ケーキ屋の彼

みー

文字の大きさ
上 下
41 / 82
6話

6

しおりを挟む

 花火を終え、みんなは次の楽しみを堪能している最中だった。

「やっぱり夏でも温泉は最高だね」

 櫻子の別荘には、少し広めのお風呂が2つあり、そこには最大で4人が入ることができる。

 流れているお湯は、天然の温泉だ。

 緑の塀に囲まれ、上は屋根で守られており、そこの隙間から見える夜空には星が輝いていた。

 また、波の音も聞こえてくる。

 夜の波の音を聞きながら、夜空の下で温泉に浸かる贅沢なひと時。

「美鈴さんは好きな人いるんですか?」

 女子4人が集まり、そのひと時の中展開するのは甘酸っぱい恋の話。

 春樹と秋斗がいない分、少しだけ話しやすい。

 とはいうものの、壁の隣の湯船に浸かっているのだが。

 それを知っている4人は、なるべく小さな声で体を寄せ合わせて話している。

「ふふ、どうかな」

 否定をしない美鈴に、柑菜と櫻子は顔を見合わせて「いるわきっと」と盛り上がっている。

「私、柑菜ちゃんの好きな人は分かるなあ」

「え!?」

 柑菜は、驚きのあまり顔の半分を温泉の中に隠す。

「美鈴さんも、分かってらしたんですね」

「櫻子ちゃんも?」

 うふふ、と櫻子は微笑んでいる。

「柑菜分かりやすいもんね」

 亜紀がそう言うと、柑菜はついその顔をタオルで隠した。

 まさか、美鈴にばれているとは思っていなかった柑菜は、顔が茹蛸のように真っ赤だ。

「大丈夫、秋斗は鈍いからばれてないと思うわ」

「でも秋斗さんは……」

 そこまで言って、柑菜は話すのをやめた。

 ーーでも、秋斗さんが好きなのは美鈴さんなの……!

 声に出せない気持ちを、柑菜は心の中で叫ぶ。

 その叫びは、心に突き刺さって柑菜から笑顔を奪う。

「美鈴さんは秋斗さんと仲が良くて、羨ましいです……」

 本当は、秋斗に好かれる美鈴が羨ましいというのが柑菜の本心であったが、柑菜はそれをそのような言葉で表現した。

 それが柑菜ができる精一杯のやきもち。

 そう呟いた柑菜を、美鈴は「可愛いなあ」と頭を撫でた。

「秋斗といえば、……秋斗ってそういう方面の話しないから誰が好きとか分からないなあ」

 柑菜は、隣にいる亜紀をちらっと見た。

 ーーやっぱり、亜紀しか知らないのね……。

「だから……困るんだよね」

 美鈴はつい、そう口を滑らせてしまった。

 しかし、本人は無意識に出た声にまだ気づいていないようで、隙間から見える空に輝く星を見ている。

 もちろんその声は、柑菜の耳にも櫻子の耳にも入っている。

「もしかして、美鈴さんって……」

 柑菜の中で、一方的だった秋斗の思いがつながる瞬間だった。

「あ……もしかして声に出てた?」

 柑菜の恋心を知っているから、美鈴は自分の気持ちは絶対に柑菜には言わないでおこうと決めていた。

 なのに、この温泉があまりにも心地よくて……。

「とは言っても、もう長すぎる片思いだから、そろそろ諦めるつもりよ」

 柑菜の不安な気持ちを取り除こうと、美鈴は明るい口調で話す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

届かない手紙

白藤結
恋愛
子爵令嬢のレイチェルはある日、ユリウスという少年と出会う。彼は伯爵令息で、その後二人は婚約をして親しくなるものの――。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...