ケーキ屋の彼

みー

文字の大きさ
上 下
36 / 82
6話

1

しおりを挟む

「柑菜さん、心配したよ」

 別荘に帰ると、玄関で秋斗が柑菜のことを待っていた。

 眉間にしわが寄っていて、しかしどこか力が抜けている。

 その姿を見て、柑菜は不謹慎にも自分のことを気遣ってくれた秋斗の姿に嬉しく感じてしまった。

「あんな風にいきなり走っていったら驚くよ」

 笑って謝ろうとした柑菜だったが、秋斗の顔があまりにも真剣であったために「ごめんなさい」と頭を下げる。
 
 それを見た櫻子は、柑菜のフォローをするように「柑菜ちゃん、今日携帯の充電器忘れたみたいで、それを買いに行ってたんです」と秋斗に伝えた。

「そっか、……怖い顔してごめんね」

 秋斗は、柑菜の下を向いている頭の上に手を乗せ、ポンポンと優しくたたいた。

 その手は、柑菜を包んでくれるような感じがした。

 ーー手、握りたい。

 柑菜はそう思ってしまう、しかし、美鈴のことを考えるとその手をぎゅっと握って柑菜はその思いを押し込めた。

 櫻子は、その二人の様子を見て、そうっと玄関からいなくなる。

 ーーどうして、諦めるなんて言うのかしら……。

 秋斗の柑菜を見る目、態度、そしてあの手。

 櫻子の目には、秋斗が柑菜に対して何か特別な感情を持っているように見えるのであった。




「柑菜ちゃん、大学院のこと嫌だった?」

 リビングに戻る柑菜に駆け寄る美鈴の顔は、不安でいっぱいそうだ。

 柑菜はその美鈴を見て、心底申し訳ない気持ちになる。

 自分の小さい恋心と嫉妬心のせいで、相手を不安な思いにさせてしまったと柑菜は悔いた。

「違うんです、本当に買い残しがあって……」

 だからこそ、その恋心を奥底にしまい、何事もなかったかのように接する。

「よかった……」

 柑菜の言葉を聞いた美鈴はの顔は、安心していた。

 その顔は、どこかお母さんを思い起こさせた。

 まだ会って間もない人をこんなにも考えてくれる人だからこそ、秋斗はきっと美鈴を好きになったのだろうと、柑菜は思う。

 自分なんかよりも、何十倍も素敵な人だとーー。








「ねえ、そろそろカレー作らない?」

 タイミングを見計らって、亜紀は冷蔵庫から具材を取り出していた。

 柑菜を見る亜紀の目は、どこか冷たく感じる。

 それを春樹は見逃さなかった。

「そうしよっか」

 ひと段落した6人は、それぞれ分担を決め、カレー作りに取り掛かった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

届かない手紙

白藤結
恋愛
子爵令嬢のレイチェルはある日、ユリウスという少年と出会う。彼は伯爵令息で、その後二人は婚約をして親しくなるものの――。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中。

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

妹の妊娠と未来への絆

アソビのココロ
恋愛
「私のお腹の中にはフレディ様の赤ちゃんがいるんです!」 オードリー・グリーンスパン侯爵令嬢は、美貌の貴公子として知られる侯爵令息フレディ・ヴァンデグリフトと婚約寸前だった。しかしオードリーの妹ビヴァリーがフレディと一夜をともにし、妊娠してしまう。よくできた令嬢と評価されているオードリーの下した裁定とは?

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...