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しおりを挟む「そうだ、この前うちのケーキのこと褒めてくれたって美鈴から聞いたんだ、本当にありがとう」
ケーキ屋以外で話すのは初めてで、そしてまた、こんなに長い言葉を貰うことも初めての柑菜は、緩む口元を隠せずにいた。
ーーこのまま、時間が止まってしまえばいいのに……。
「昔からケーキが好きで、あそこのケーキは今までに食べたケーキの中で一番です」
柑菜は、嘘偽りなく本心を話した。秋斗の作るケーキは甘さが控えめで、くどくない。
「ありがとう」
柑菜の言葉を聞いた秋斗は、少し目を逸らして表情を暗くしたが、すぐに元通りになる。
その2人の場に、遠慮がちに櫻子がやって来た。
「柑菜ちゃん、もうそろそろ時間だから、料理運ぶわね」
櫻子が時計を確認すると、3時の5分前を指していた。
きっと、そろそろ亜紀もやって来るだろう。皆は、ドアのところに集まって息を潜めてその時を待った。
「亜紀ちゃん誕生日おめでとう~~!!」
亜紀が入るのと同時に、みんなはクラッカーを鳴らした。
亜紀は、大きな目をさらに大きく丸くして驚いている。
「初めまして、今回の誕生日ケーキを作った高梨秋斗です」
「はじめまして、柑菜の友達の宮村亜紀です」
実はこれは、亜紀と櫻子が考えた柑菜へのサプライズと、柑菜と櫻子が考えた亜紀へのサプライズ誕生日パーティだった。
櫻子は、2つのサプライズを同時進行で計画し、実行したのだ。
「突然お邪魔してごめんなさい、私は同じ大学の大学院で絵画を学んでる坂付美鈴です。美術の人とぜひ話して見たかったからちょうどよかったわ」
「先輩なんですか!? 私も嬉しいです、いろいろと大学院の話とか聞いてみたいです」
話を終えた亜紀は、目の前に並べられた料理やケーキに目を輝かせている。
誕生日おめでとうコールを終えると、みんなは、それぞれ思い思いに行動する。
亜紀は、美鈴と美術の話で盛り上がっている。
どの画家が好きだとか、どの時代の絵が好みであるとか、専門トークを繰り広げていた。
櫻子と春樹は、なにやらヒソヒソと話をしている。
櫻子のその顔は、やはりほんのり赤くて、口角も上がっていた。
柑菜は一人、オレンジジュースを飲みながら、ここから見える西音寺家の立派な庭を眺めている。
「ケーキ、お好きなんですね」
「あ、はい」
後ろから、秋斗が柑菜に話しかける。柑菜は話し掛けられた瞬間、緊張で変な声が出そうになった。
「ケーキ食べると、嫌なこととか忘れちゃうんですよね。それに、絵を描いたあとの甘いものがすごく身体に染みるんです」
こんな話を秋斗にしている自分が、数ヶ月前の自分では信じられないことだと、柑菜は今この時間をじっくりと味わう。
「絵、描くんですね」
「はい、専門的じゃなくて、教員になるための勉強で、なんですけどね」
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