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第296話 五国初会合の2月
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激動の載冠式典から早2年。
時が経つのは早い物で俺も22歳。スタルフも20歳。
この世界では立派な大人の部類。中身は兎も角。
会合での新顔は新聖女のノレリムのみ。他は見知った顔触れで安心。
期間は6日から3泊。
事務棟はセントバらに任せてフルメンバーで出張。
城内の宿舎に入るのは自分、フィーネ、ペリーニャ、ダリアと従者2人まで。他は北部地区の宿で自由行動。
実家訪問以外ラザーリア滞在が初めてのシュルツとファフとオメアがウッキウキ。長期滞在経験の有る3人が居れば何の問題も無い。
4国の客人の転移運搬を終えた後のタイラント宿舎内。
「2年前は隣宿舎に居たペリーニャがこっち側に居るってのも感慨深いな」
「本に…。不思議なご縁です」
メルシャンも笑いながら。
「元王女のダリアもね」
「本当ですね。今回は一役人としてですがラザーリア城内は初めてで緊張して居ります」
メイザーは若干萎縮。
「女性ばかりで肩身が狭いな。スターレンは平気だろうが」
「まあそうですね。ソプランが居なければ何処へ行っても完全ハーレムですし。羨ましいと良く言われますが実際尻に敷かれる数が増えて大変ですよ」
「そこは幸せって言いなさい」
フィーネに突っ込まれ。
「幸せです」
姿勢を正してお答え。
「確かに敷かれてるな」
とメイザーに笑われた。
そんな6日午前のタイラント団欒を過ごしていると…。
お隣のアッテンハイム宿舎から突撃来客。
「貴方が男に走って聖女を投げ出したペリーニャさん?」
とんでもない爆弾娘化したノレリムの登場。
後ろのゼノン隊の制止も聞かずに。
「おいゼノン!そいつの外交教育はどうなってるんだ。ケイブラハム卿の許可は得てるんだろうな」
「そ、それが宿舎を勝手に抜け出しまして。今慌てて追い掛けて」
ペリーニャの前に立ちノレリムの胸倉を掴み上げ。
「おい馬鹿女!ノレリムとか言ったか。ここは異国。自由に振舞って良いのはアッテンハイム領土内。
ここはタイラントの宿舎内だ!メイザー王太子も居る御前で挨拶もせず。解ってるのか?2国跨ぎの領土侵害を犯しているんだぞ」
「わ…私は新聖女で」
「馬鹿が!責めてケイブラハム卿を通せ。聖女だろうが何だろうが国家間外交折衝には関係無い。冒険者上がりだろうが許されん!それ位覚えろ!!」
「す、済みません…」
「謝る相手が違う!」
髪の毛を掴んでメイザーの前に膝を着かせ。
「一番の上位者に対しての謝罪は!」
「も、申し訳有りません。メイザー王太子殿下。メルシャン王女様。大変なご無礼を…」
「その辺にしてやれスターレン。不慣れならある程度は仕方が無い。許す」
「もう良いでしょう。しっかり伝わった様子ですし」
「チッ…。時代が一昔前ならここの牢にぶち込んでやる所だが今回だけは大目に見てやる。俺はここの元王子だから何だって出来るんだぞ」
「済みませんでした!」
「帰国後にグリエル様に訓告報告をする。ここの上にも伝え今回の会合中は城内での私語発言は禁止だ。役職であるケイブラハム卿を差し置いたのが最も解せん。
ドロメダを張り付かせて教育し直せ。気分が悪い。この責任は重いぞゼノン」
「ハッ!連れ帰り早急に教育を」
お馬鹿は泣きながら連れ戻された。
「あーあ。運んで来る時は大人しかったのになぁ。猫被ってたのか」
「行き成り先輩聖女に喧嘩売りに来るとは。頭の中どうなってんだあいつ」
「急に崇められて勘違いをした典型ですよ。スターレン様が出ていなければ私が殴る所でした。彼女は命拾いしましたね」
「これで懲りたでしょう。未来を読まなくても解ります」
ソプランたちも首を捻る。
「あの女。パージェント城で俺と会った事も忘れてんな」
「記憶の消し方を間違えた?…別の期待が持てそうです」
「別か…。ちょっと泳がせても面白いかもな」
「面白いとは?」
「ここの内通者です。保守派の誰か。上手く行けばかなりの大物が釣れそうで」
「成程面白い。城内での発言が封じられたなら。接触は城外に成るか」
「それっすね」
ロディ。このまま泳がせる。お出掛けするなら西部地区。慰霊した寺院よりも西側張ってみてとレイルたちにも。
承知。伝えます。
馬鹿も使いようとは言えあれでは早過ぎる。
ここの管理者のオルターとゾルト。アーネセル隊が揃って王宮前広間へ携行武装の擦り合わせに抜けている最中での出来事…。
その僅かな隙を狙ったなら大物処の騒ぎじゃない。偶然にしては出来過ぎ。
ゾルトの弟でタイラント歓待宿舎担当料理長のコレズトのランチを頂き気分も回復。
「美味いな…。2年前とは全く違う」
「醤油は使ってないけどタイラント風に寄せてる感じ?」
これは良い人材かも。
食堂脇に控えている人物に向かって。
「オルター。ゾルトとコレズト呼んで。料理が美味しかったから少し話を聞きたい」
「畏まりました。後程直ぐに」
2人がメイザーたちに挨拶してからこちらへ。
「スターレン様。我が弟が何か?」
「料理人が直接お声を頂けるとは何と言う光栄。ご不満や不備でしょうか?」
「2人共そんなに構えなくても良いよ。2年前とガラッと変化したからなんでかなと聞きたくて」
「おぉ…それでしたか」
コレズトがペリーニャに会釈して。
「ペリーニャ様が…。水竜教へ改信を為されてスターレン様のお妃様に成られたのが切っ掛けです」
「ほぉ」
「私が切っ掛け?ですか」
「はい…」
少し目を伏せ。
「一昨年。西の寺院でペリーニャ様に…。娘の慰霊と昇霊のご祈祷をして頂けたのが。切っ掛けなのです」
「「あ…」」
フィーネたちもこれには驚いた。
「一人娘を失い絶望していた私と妻の心も救われ。後追いで水竜教へ改信した途端。妻に二人目が授かり何かご恩返しがしたいと。
何時かタイラントへ行き直接お礼が言えたらなと。時代を先行くタイラントのお料理を学ばせて頂きました」
「成程…」
「感謝なら今のお言葉で結構です。大変美味しいお料理と共に充二分に伝わりました」
涙を溢し。
「…有り難う御座います。帰ったら妻と二人目の娘に伝えねば」
「コレズトは将来。と言うか来年にでもタイラントに移住する気は無い?」
「移住…ですか?」
「そう。来年のオリオン開業に合わせ。管轄ホテルの料理人が全く足りてなくて探してるんだ。もし良かったら家族揃って来て欲しい。住居は保証する。
オリオンの宿舎もガラ空きだし。最寄り町のラッハマでも全然空いてる。前向きに考えて欲しい」
「前向きに…考えます!良いよな兄さん」
「誰が反対出来ようか。有り難くご指名に預かれ」
「あぁこうしては居られません。間食とお夕食の準備に取り掛からねば」
「あ、今日の間食は無しでいい。帝国のクルシュが何か持って来るらしいから。夕食に期待してるよ」
「畏まりました。ご滞在中は試験だと受け止め料理人一同で精一杯腕を振るわせて頂きます!」
「他にも似たような境遇の人が居たら声掛けてみて。今回以降でもゾルトやオルター経由でパージェントの事務棟に手紙送ってくれたら面接に飛んで来る。何人でも」
「大変に有り難く!思い浮かぶ人材は既に数名。本人たちと話し。折を見てお手紙をば」
兄弟2人喜び勇んで退出。
「人材確保。ペリーニャのお陰だ」
「お手柄ね」
「いえいえ。あの時あの場に居た皆の手柄です。ロイド様も含めて」
「確かにそうだ。今も伝わってるから大丈夫」
嬉しい誤算ですね。
これも縁だな。恵まれてる。過程は辛いけど。
前向きに考えましょう。
前向きに、進んで行こう。
メイザーとメルシャンが唖然と。
「流れるように優秀な人材確保…」
「とても真似出来ませんね…」
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引き続き食堂の小テーブルを囲み。トランプ遊びに興じていると大きなバスケットを腕にしたクルシュとレレミィが遊びに来た。
方々へ挨拶した後。
「その節は大変なご迷惑をお掛けしました。フィーネ様」
「いえいえ。私の勘も満更外れてなかったんじゃない?」
「図星です…。十三歳の春。一本だけラザーリアに居たスターレン様に辿り着ける道が有りました。屑女神関係無しに誰よりも先にお救い出来た道が。でも私は旅立ちより楽な方へと逃げた。
あの時既に…お側に仕える資格を失っていたのだと」
そう言って瓶詰めのプリンを人数分空きテーブルに並べ。
「昨今のお詫びの印に。今度は自分自身の足を東部町へと運び。特産の軍鶏の卵を購入し。何時かに頂いたプリンをお返しにお作りました」
昔は昔。それはもう無い道。
「へぇ」
「クルシュ料理に目覚めたの?」
「はい。謹慎中に始めました」
早速人数分のスプーンを用意して。
「「んん!?」」
口に入れた瞬間皆が驚きと笑顔に。
程良く冷え冷え。
「濃厚。凄く美味しい」
「クリーミィ。蕩けるプリンだ。幸せ♡」
「光栄ですわ」
クルシュもニッコリ。ずっと素直で居て欲しい心からの笑顔に見えた。
「プリンやローストビーフを頂いた時。私はちゃんとお礼をお返ししていたでしょうか…」
「え?あの時は…言葉は無かったけど」
「ニッコニコだったから私たちも満足よ。レレミィたちは言葉くれたし」
「はい。しっかりと。クルシュは自分の世界へ」
「やはり…。私は駄目ですね…」
「笑顔が何よりもの証拠さ」
「料理は心を幸せにする物です」
クルシュは意を決した面持ちで。
「そのお言葉通りに。自分ではなく他者を笑顔にするお料理を目指し。宮内料理長のパークさんの元で修行中の身」
「おぉパークさん。懐かしい」
「最近御馳走に成ってもお礼言えてないね。私たちも」
「そだな。今度…帰りに寄って挨拶しよう」
「そのパークさんと正式にお付き合いを始めました。父も了承済みで」
「「おぉ!」」
「怠惰な私をビシビシ厳しく戒め躾けて頂けるので。そちらの面でも病み付きに」
突然急にドM宣言。
「そ、それは良かったな」
「そっちに目覚めちゃいましたか…」
「ですのでもうご心配無く。今度遊びに来られた時にコースを振る舞えるよう修行を重ねる所存です。その時は是非ご賞味とご感想を」
「何時かは決めてないけど年内に一度は行くから」
「楽しみに期待してます」
「はい」
そのままトランプの輪に加わり。2人にお馬鹿聖女ノレリムの話をした。
「以前の私よりもお馬鹿ですね」
「何故ペリーニャ様に喧嘩を売りに?」
「さあ。全く意味不明」
「もう無関係なのに売られる理由が見付かりません」
クルシュがカードを切ってふと。
「アッテンハイムで比べられているのでは。事ある毎にペリーニャ様との違いを」
「「あぁ~」」
それなら納得。
綺麗に洗われたプリンの瓶を持ち帰りに2人は帰宿。
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北部地区の宿の大部屋の6人は既に裸。にシルクガウンを着込み。それぞれのペアと漸く唇を離してお茶。
「昼間っからエッチしてる場合じゃないわねロディ」
「そうですねレイル。お仕事が…」
シュルツとファフは。
「完全に女子会のノリでした」
「反省…」
プレマーレとオメアニスも。
「お風呂に入って外へ出ましょう」
「動くとしても明日からですよ。三日間共会合は午前だと聞いてますし午後に要点を絞って。今日は夜町散策と少しお酒も舐めながら。シュルツもそろそろ練習してみては」
「そうですね。少しずつ。…お外で飲み過ぎてしまったら運んで下さい」
ファフが挙手。
「私が。と言うよりこの五人なら酒は殆ど効きません」
ロイドが苦言。
「滞在期間中は腰巻きロープを外して出ましょう。暴れられると大変なので」
「はい…。ロイド様にお預けを」
レイルがシュルツの頭を撫でながら。
「男二人にならされたいけど女同士で気絶するまでのイキ地獄は嫌。他の子と交われなく成るし。
スターレンに抱かれて自分のペースを見付け為さい。後三ヶ月半の辛抱よ」
「深く、反省しつつ耐え凌ぎます。嫌わないで下さいレイル様…」
自分からレイルの膝上に座り謝罪の熱いキスを交した。
「甘え上手ね。そんな事言って一番はスターレンとフィーネなんでしょ?」
「そこはお許しを」
色々反省の多い成人前のお年頃。
6人は夕方から夜町のお散歩。とは言え初日は西部地区方面へレイルの蝙蝠を数匹飛ばすに留め。宿近くの酒場を巡り歩いた。
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7日。五国会合初日。
朝食後の休憩を挟み午前9時スタート。
主催国のマッハリアのみ各派閥代表2名ずつ別卓に並び傍聴。彼らに発言権は無い。
スタルフから挨拶が始り各国首脳の挨拶をノレリムを除き一通りにスタルフへと戻った。
「四国代表の方々。兄らの転移移動とは言え急な開催に応じて貰い感謝する。
二年前とは違う顔触れはアッテンハイムの新聖女のノレリムとタイラントの前聖女ペリーニャ様と元王女ダリアの計三名」
ペリーニャにだけ敬称を付けたのは父上の入れ知恵。
「だが残念な事に着日の昨日。ノレリムがタイラントの宿舎へ単独無断侵入をすると言う越権行為が見られた。
ケイブラハム卿を通さずにだ。常識的に有り得ない愚行。通例ならば即刻退去で帰国させる所。それは何故か。明確な理由が有るならここで述べよノレリム」
震える手で小型マイクを手に。傍聴席をチラ見した?
んん?まさか…居るのかあの中に。冗談だろ。
「大変に、申し訳無い。出国前に初等教育を受けていたのにも関わらず。私情に走り監視の目が緩んだ隙に。ペリーニャ様へどうしてもご挨拶がしたいと思い立ち」
「待て。挨拶なら今日からの昼食会後に幾らでも出来た。その時間も用意すると連絡書にも明記した。お前はそれを読まなかったとでも?」
「聖女同士なら…。関係が無い物と勘違いを」
「勘違い?お前は勘違いでペリーニャ様を挑発するような言動をしたのか?」
「…スターレン様に走り信仰を捨てられたのは紛れもない事実。多少語気を荒げてしまったのは自由な冒険者時代の悪癖とお許しを」
鼻で笑い。
「挨拶に行って語気を荒げる?何を馬鹿な。兄上。冒険者の常識では普通なのですか?」
「有り得ん。ペリーニャも冒険者登録をさせた。もう既に中級。同じ中級以上の者同士。下手をすれば死闘と成り殺し合いに発展する。
現在も冒険者なら当然熟知している筈だが」
「ほぉ…勉強に成る。ノレリムはその死闘を申し込みに向かったのか」
「ち、違います…。そこまで深い意図は」
「無いのに挑発?信仰の選択は誰にも許された自由。グリエル教皇も容認され兄との婚姻を許された。国を捨てた訳でも無い。お前はクワンジア出身。それは個人的な恨みではないのかノレリム。正直に述べよ」
努めて冷静な言動。スタルフも腕を上げたな。
兄ちゃん嬉しいぞ。短気なのは俺か…(泣)
「正直に言えば…。ペリーニャ様との優劣を付けたかった。聖女公募の時点から比較され。私の方が聖女に相応しいと証明をしたかったのです。手合わせをして軽く叩けば事を為せるのではとの短絡的な発想で」
「ふむ成程。やっと納得行く答えが聞けた。手合わせをすればペリーニャ様に勝てると言いたいのだな」
「はい…」
はいって言ったよこの馬鹿女。
「ほぉ面白い。勇者である兄上の隊に加入して間も無く前線に立ち幾つもの深い迷宮を踏破しているペリーニャ様に勝てる?
それは是非見てみたい。
昼食会後の余興として王宮前広場で手合わせを願おう。木剣でなら如何かペリーニャ様」
「お受け致しましょう。御前試合と同義。骨の数本は覚悟して頂きます」
「え…」
ノレリムの顔が真っ青に。真性のお馬鹿だ。
「ケイブラハム卿も興味が有るだろう」
「至極大変に。成長されたペリーニャ様のお姿が拝見出来るのなら喜んで。グリエル様への土産話にも成る」
「決定だ。では本題に入る。本会合で目指すのは西方三国と内陸小国群を除いた五カ国の恒久的な和平。その礎であり発端としたい」
場内一同が響めく。
「宗教にも国境にも囚われない未来永劫に続く和平。困難な道であり理想論であるのは重々承知。しかし何もせず無益な戦争を繰り返し。武器商人をブクブクと肥えさせるよりは遙かに有益な思想だと考える。
闇商が消え。闇組織が兄上のお陰で消え行きそうな今だからこそ出来る事を一つ一つ五カ国内で進めたい。
当然反対する者。抵抗勢力は現われる。例え失敗しても何かは残せる。次の世代や後世に残る物を作る努力は決して無駄には終わらない。
この思想に賛同出来ぬ者は今直ぐ席を立ち退出願いたい」
傍聴席の何人かはピク付いたが主賓席は誰も動かない。皆俺が関わった人たちばかりだから。
「無様を晒して済まない。散々話し合ったのに自国の傍聴席で何人か動いた。後日に訳を聞いて処罰を下す。付いて来られない老害と塵は容赦無く切り捨てる。
勇者を兄に持つ余を国王にしたのは貴様らだ。今更文句を垂れるな馬鹿者共め。
四カ国の要人は了承と見做す。明後日までに考案する幾つかの改革素案を余す持ち帰り。各国の首長と協議して貰いたい。
その上で改善案なり独自案なり反対意見を正式文書で送って欲しい。
会合中の意見交換や提案は随時受け付ける。経験不足なのは自分。経験豊富な年配皆の意見を聞かせてくれ」
会合第一段として前回ハルジエがちょい出ししたエストリア大渓谷を渡す複数の大橋の建設。その具体的な時期に付いて。目処は来年前半。来年の2月会合後を目指すと言う案。
続いてアッテンハイムとタイラントとの国境撤廃。ロルーゼは新政権が発足したばかりで保留として。
「勿論今直ぐと言う話でも強要する物でも無い。まずはケイブラハム卿とメイザー王太子が持ち帰った後で。国境撤廃案は双方合意の元で緩和なりを取り決める」
「大変善き提案。元よりアッテンハイムとの国境は有って無いような物。教皇も頭から嫌とは言うまいて」
「タイラント側は即答困難。スターレンが自国に居るからと言う理由だけでは通らない。王や皆で協議する。個人的には前向きに」
「有り難い。兄上。大橋に付いてですが」
「建設を手伝えと?」
「率直に述べれば。当然三国同意の上で」
「まあ来年なら時間はかなり取れる。来年2月以降で協議してみるよ」
「助かります。工期を短縮するのと不要な落下事故を防ぐにはどうしても兄上の力が必要なので」
「解ってるよ。どうせ頼まれると予想はしてた。前回ハルジエが堂々と演説で予告してくれた時点で」
「…申し訳無い」
「済みません。端から当てにしてしまって」
その後帝国とマッハリアの法律や条令の食い違いと調整案の一部が公開された。スタルフとハルジエとエンバミル氏が主導にて。
挨拶回りがメインの昼食会中。ロルーゼのマルセンド卿が俺たちの前に来た。
「お迎えの時には控えましたが少し尋ねたい事が。ここではちょっと。夕時前に宿舎を伺っても宜しいですかな」
「ここでは話せない事?ええどうぞ。今日は出掛ける用事は無いので」
会釈を返しスッと外れた。
「何だろ」
「何だろね」
昼食会後の余興と言えばあれです。
ペリーニャはパンツルックにお着替え。ノレリムは聖女のローブのまま?
「ノレリム…。貴方は本当に冒険者なのですか?」
「何か?」
この子こんな頭悪かったの?
「それで良しと言うなら私は構いませんが…。始めましょうかスタルフ王陛下」
「よ、良し…。信じられんが始めよう」
広間で主賓は椅子に座り他は分散して立ち見と言う逃げ場の無い即席模擬戦会場。
長木剣を中段奥引き構えで左手を剣身に添え腰を落とすペリーニャに対しノレリムはオーソドックスな中段両手持ち構え。
父上の始め!の号令で普通靴を履いたペリーニャが正面から特攻。天翔ブーツを脱いでもそこいらの上級冒険者には負けない俊足で…痛そうな露出腕を籠手払い。
「ううっ」
避けるのかと思えばモロに受け木剣を落下。
背中に回り横一閃で腰払い。床に転がったノレリムが。
「ま、まい…ふぐぅ」
敗北を発しようしたその口を靴で踏み付け封じ。
「治癒はしてあげますからお立ち為さい」
ガラ空きの腹を踵で踏み踏み。冷徹な無表情で。
悲鳴を上げながら何とか立ち上がったノレリムの上段袈裟斬りを素手で掴み木剣を没収。自分も捨てて拳を構え腹パンを3発。吐きそうに成った顔面を強打で一撃。
体勢を崩したノレリムの腕を掴んで引き戻し。足払いを加えて純白のおパンツを御開帳。
「あらあら口程にも無い」
「そこまで!」
父上も呆気に取られて止めるのがかなり遅れた。
スタルフと父上に一礼を返して元の位置。そこからゼノンとリーゼルに手を振った。
「お、お見事です」
「たったの一年で…ここまでに…」
「ゼノン。何なら手合わせを」
「負けそうな勢いなのでご勘弁を。帰国後にクビです」
「残念ですね。隊の中では一番弱いのに」
「「…」」
呆然の2人と観衆を残し。悶絶するノレリムを治癒した。
「温情です。まだ遣りますか?」
「か、完敗です…。無礼の数々お許しを」
「嘘吐き」
敗北を認めたノレリムをペリーニャが掴み上げ。
「な…にを」
「貴女。逃げる気ですね」
「…」
「やっぱり私の方が聖女に相応しいと帰って御父様に告げて逃げ去ろうと。そして私は戻される。そう言う筋書きですね」
成程。それが狙いか。
「ケイブラハム!お前の指示か!!」
今度は俺がケイブラハム卿の胸倉を掴んだ。
「違う!」
「なら誰だ。グリエル様か」
「それは解らん。兎に角私は知らない。馬鹿を演じる節が見え疑っていたのは確かだが。信じてくれ」
卿の正装を整え。
「済まなかった。どうも最近短気の虫が湧いてしまって」
「いや。私も疑わしい行動を取ってしまった」
「スタルフ。父上。全く逆の情報を外に流して下さい。正しい情報が流れた場合。この中にノレリムを操る首謀者が居ます」
「それは名案だ。直ぐに流そう。敗北したのはペリーニャ様だとな」
ノレリムが必死の抵抗。
「違います!全て私の独断で」
「まだ白を切るか。ならば1時間後に城外を練り歩いて貰おう」
「な…ぜ…」
「好きに囀ると良い。違う違うと言い訳を叫びながら。国の発表とは逆を叫べば君は晴れて狂人。面倒な聖女から安全に下りられる。教皇様は公募の遣り直しだ。魅力的な話じゃないか」
「…」
明らかな動揺の色。
「ドロメダ。君ら女性隊も怪しい。ゼノンとリーゼルで連れ回せ!」
「「ハッ!」」
「そんな…私は」
「どうして昨日ノレリムを自由にする隙を作った。側近護衛長である君が。誰かに唆されたんだろ。ペリーニャを戻せる策が有ると」
「昨日は本当に偶然で。私は何も」
「ドロメダ…。信じていたのに。私の自由と幸せを喜んでくれているとばかり」
「お願いしますペリーニャ様。信じて下さい。解りました。滞在期間中は私が代表で城内の独房へと入ります。
ローレン様。房のご用意を」
「そこまでは遣り過ぎだ。外に漏れてしまう。タイラントの宿舎で預かれ。ペリーニャ様と同室で」
「久々にゆっくりお話しましょう。お説教です」
「はい…。何も知らないのですが隙を作ったのは事実なので甘んじて。寧ろ喜んで」
さあて誰が釣れるかなぁ。
誰でしょうね。今日は動かなくとも明日には必ず。
今回を逃したら手が無くなるからな。
大物を金椅子に座らせましょう。
きっと釣れるさ。
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陰りが見え始めた女神教を復活させる為にペリーニャを連れ戻そうとする動きが有るのは明白。
タイラント宿舎内。食堂の片隅でペリーニャと聖騎士女性隊の5人がお喋り中。
離れた席に座り俺たちも来客待ち。隣のダリアに問う。
「誰が釣れるとかアデル関連で変化は見えた?」
「ペリーニャ様が連れ戻される未来は有りません。アデルの初手の動きも三月十日から動かず。ミゼッタさんの情報を得た後でノレリムと会います。
ですが既に彼女は聖女を下り記憶も無いので無害な一般冒険者。
スターレン様に先手を取られたと判断したアデルが目指すのはアッテンハイム南の新迷宮。過去に屑女神が告げられた場所へクワンジア鉱山から侵入。今見えている段階では踏破までに半年以上。かなり時間を稼げます。
ノレリムの次に選出されるのはモーランゼアの令嬢。今の所無害でその詳細は後日に。ロルーゼやアッテンハイムに次の該当者は不在。スターレン様が深く手を加えたクワンジアとマッハリアからは誰も出ません。
釣れるのは傍聴席に居た人物。保守派首長のシャザムその人です」
「あいつまだ諦めてなかったのか」
「しぶとい。真に老害ね」
「実際町中でノレリムと話をするのは。伝達役の下臣スダカーン。両親を早くに亡くしたノレリムに取って父親的存在で内面から崩された形ですね。
捕えても記憶を弄るのはまだ早いとレイル様へお伝えを」
「大丈夫もう聞こえてるから。にしても…」
「何処までも卑怯だな。シャザム一派」
「アッテンハイム側との繋がりは良く見えません。金椅子の出番です」
「先が読めても金椅子は大活躍だ」
「ホント良い物貰ったね。自分じゃ絶対座れないけど」
テーブルを囲む7人は無言で頷いた。
胸の痛む未来視は止めて談笑をしていると来客登場。
空き部屋を応接室代わりにマルセンド卿の質疑を伺う。
「王族2人とペリーニャ不在でも大丈夫?」
「結構です。タイラント内では通じているでしょうから」
「まあね。で俺に質問とは」
「フラジミゼールの件なのですが」
「あ…それね」
「領主であるモーゼス伯のウィンケル家と我が先人のナノモイのアッペルト家。町の中核を担う二家が揃って来年中頃を目処にタイラントへの移住と水竜教への改信をする予定だと王都に打診が有りました。
ウィンケル家の子息二人は昨年既に移住完了。その全てにスターレン様が関わっているのは周知の事実。
二家共に後任の選定に入られた」
「事実だし個人の自由だ。後任を置くのなら何も問題は無い筈だが?」
「それが大問題。新生王都に激震が走っています。上層下層奴隷層に至るまで」
「そんなに?」
「御自分たちの影響力をもう少し自覚されては如何か。漸く国内安定化を図ろうかと言う矢先。最も安定していたフラジミゼールの頭が抜ける。
それは仕方が無いとしても次に起きるのは大量移民。フラジミゼールの民の大半がタイラントと交流し強い憧れを抱いています。
南端が動けば近隣町。中部。王都まで」
「可能性は有るけどそこまでは動かない。予兆が有るなら先に布令を出せば良い。両国国王の発令で。
先読みが得意なマルセンド卿と革命を果たした新王アルアンドレフ。その君らが居て1年以上の猶予が有るのに泣き言を他国の俺に振るな」
「恥を忍んでご助言を頂きたく」
溜息しか出ない…。
「なら少しだけ。自分が王だったらこうする案を。
まず新王が遣るべきなのは奴隷層の完全撤廃。罪無き者は全て平民へ戻し。貴族家の優遇制度を破壊する。
それは人民解放を謳い王と成った者の責務として。今のメレディスが良い例だと参考に。
必要な根回しはマルセンド卿が得意で使命。
正常化の兆しを見せれば国民は留まる。隣の畑が綺麗に実りが有るように見えるのと同じ。
今に不満が有るから隣人に憧れ嫉妬する。人心を掴めている新王が率先して選挙時の口約を果たす。それだけで民は安心する。安心感が生まれれば治安も改善。
バラバラの国軍を修正するよりも先に。優良な冒険者の手を借り雇い各町の自警団を構築し育成する。
行商隊が安全に品物を南北に運べさえすれば移民は抑えられ正統な賃金を得る為に仕事を熟す。
必要となるのは金。上層がたんまり溜め込んだ資産を下に回す。時には強引にでも。
闇組織の残党は潰した。再び湧かない制度を先に構築してしまえば良い。
残党の掃気は利害が一致していたからやったまで。これ以上頼られては困る。
真っ当な自浄作用を見せて循環させる。そこまで難しい話ではない。根回しと手順をミスしなければな」
「成程…」
メモを取り終え。
「大変参考に成りました。会合の素案と共に持ち帰り早速協議します。革命を果たした者の責務…。真に重い言葉ですな」
「折角新王に入れ替わったんだから王都の名称は変えた方が良い。過去の英雄に何時までも縋るのではなく。新たに生まれ変わった国として」
「それは良い案。完全に抜けてました。看板を挿げ替えるなら今しか無い。宿題が増える増える。
先輩が貴方に心酔する理由が漸く理解出来ましたよ」
「そりゃどうも」
「この話とは別に。昨年よりタイラントから公爵家のソガードルク家当主二人の召還依頼が来ているのですが。あれにも関わりが?」
ソプランに視線を送り。
「一部ね。ヘルメン陛下とミラン様の命を狙った賊がソガードルク家に直で雇われたと聞けば捨て置けん。
丁度良い資金源だ。子供に少しと屋敷を残して他を派閥からも全没収してしまえ。従者たちに正統な賃金と退職金を支払い強制労働の奴隷を解放してやればそれだけでも随分な宣伝に成る。序でに配布する金が得られるぞ」
「ホッホッホッ。良いですな良いですな。新王の顔も緩む事受合い。それを最初に片付けましょう」
笑いながら宿舎を出るマルセンド卿を玄関ロビーで見送りソプランを振り返った。
「余計なお世話だけどジョゼには」
「どーすっかなぁ。料理以外はまあまあ賢いし。何も知らせないのも後が怖い。上と相談する前にアローマと対応を考えるさ」
「実の両親が健在だった。中々伝えるのが難しいですね」
「フィーネとアローマで王子王女に話伝えて。ペリーニャは明日でいいや。俺喋り疲れた」
「はーい。モチで当然」
「畏まりました」
クルシュの件が無くてもめちゃめちゃ忙しい。御方様の遊び心に戦々恐々。あの予告はグリドットの失言ではないのかも。
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7日同日の事務棟一階厨房内に立つ女性三人。
ミゼッタ、リオーナ、ジョゼは簡単な筈の焼き菓子クッキーの材料を前に苦心中。
「何故?何故なのジョゼさん」
「どうして…。料理本の通りの分量で入れないのですか?」
「何故と言われても…。お砂糖多めの方が甘くて美味しいじゃない?」
「まだ食べてもいないのに?」
「まだ焼いてもいませんよ?」
「ん~~」
「ティンダーさんを殺したいと?」
「内心では殺して他の方と?」
「違います!それは絶対に有りません。ティンダーさんを心から愛しています。家事全般は習得しました。後はお料理だけなのです」
「でしたら殿方様の健康を第一に考え」
「お砂糖は省き。小麦とバター本来の甘みと塩気で勝負をしましょう。煮込み料理にお出汁と醤油を使うならお塩も不要です」
「本棟の料理人からも同じ事を口を酸っぱく言われたのだけど。物足りなく無い?」
「「有りません!」」
「将来産まれるお子様も離乳食で殺すのですか?」
「自分も含めて一家心中でもしたいのですか?」
「!?…そこまでは…考えてなかった…」
「「考えて下さい!」」
「内臓の消化器官は一度壊れると元に戻らない物が多いとカメノス医院のお二人からお聞きしました」
「それ以前に常識です」
「…ごめん…」
「ジョゼさんのお考えは全てが逆です。付け足すや増やすのではなく。調味料は分量を差し引き。素材の味を引き出す物だと改めて下さい」
「不得意な焼き物料理も同じ。厚みが有る物なら外からしっかりと焼き切るのではなく。中からじんわり火を通すと言う思考に切り替えましょう」
「目から鱗だ!?」
「「常識です!」」
「まずは高級なお砂糖と蜂蜜を省いた素焼きにしてみましょう」
「味が足りなければ後付けのソースを自分の分だけ付ければ良いのです!」
「はい…。済みません」
「大切な殿方様とお子様を殺したくないのであれば」
「自分も長生きしたいのであれば」
「やっと理解が出来た!」
「「やっとですか…」」
漸く三人は美味しい素焼きのクッキーに蜂蜜を付け。ほろ苦い紅茶で喉を通せる物に有り付けた。
ジョゼの焼き菓子。初めての成功の一幕。
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8日午前の会合。
この日の議題は各国の代表的な条例と法整備の違いに付いて議論。
ノレリムは不適合として宿舎にゼノン隊の半数で軟禁。
ドロメダ隊はペリーニャの後方壁際に待機。
議題の中心はやはり奴隷制度。
アッテンハイムは無い。犯罪者は牢屋か国外追放。
帝国も犯罪者のみ。重犯罪者は拷問して投獄。軽犯罪者は一定期間強制労働の末。改善なら釈放。
ロルーゼは昔ながらの拷問付き強制労働。
タイラントは完全撤廃目前の試運転段階。既に切り分けて半解放状態。犯罪者の新規受入は停止。取り調べの末に別所へ投獄など。
マッハリアはロルーゼと似ていたが。2年前の即位後から完全撤廃に向け準備。現段階は貴族家と女神教との切り離しを完了。
聞き終えたマルセンド卿の感想。
「やはり当国が最も遅れて居りますな。しかしそれも時間の問題。来年には全く違う形をお見せ致しましょう。新王の選挙時の口約でも有る案件ですからな」
ホホッと軽快に笑い俺と視線を交した。
「我がマッハリアも色々な!妨害工作で遅れ気味。競り合う物ではないが次回までには違う形を。目指して見習うべきは先行するタイラント。
四年前の訪問時とは丸で別世界。奴隷層の民が好きな仕事を選び。城下で自由に買い物をする。奴隷と括られているだけで平民と何ら変わらない。
完全解放までの目処は何れ位なのだメイザー殿」
「来年後半には間に合う物と。今現在は移行期間。慣らし運転と言った具合。スターレンが正常化を一気に早めてくれたのでな」
「慣し運転か…。我が国も恩恵に預かって置きながらのこの為体。もう少し梃子入れが必要なようだ。
タイラントでの四月末の晩餐会へ出席する為にも。こちらにも招待状を送ってくれるのだろうな」
「当然。案内と招待状は四国に必ず送る。帝国以外はまたスターレンらの転移輸送と成るが」
一気に視線が集中。
「承知。長旅が終わったら運搬業でも展開しますよ」
ややウケで2日目の会合を終えた。
昼食会でも大きなイベントは無く。宿舎へ戻ってのんびりゴロゴロ。
こちらの会終わりと同時に城外を出されたノレリムが餌の役目を存分に果たし。15時前にロイドがスダカーンを縄で縛って城内に運び入れた。
猿轡をされてウーウー煩いので離れた場所で。
「お疲れ~。外はどんな感じ?」
「あの伝令と合流しようとノレリムがゼノン隊を振り切り路地へ入り込んだ所を押えました。
ノレリムは隣宿舎へ逆戻り。小物はこちら。雇い主と思われる屋敷に蝙蝠とグーニャを潜らせてます。まあ大した物は出ないか。出ても欲望の杯程度かと。同じ物なら繋がりを示す証拠には成りますね。
クワンティは上に」
「ふむふむ。今回も楽して済まない」
「この程度仕事にも成りません。他はもう観光してます」
「それでいいよ。ダリアが居て敵の後手を踏むなら俺たち全員失格さ」
「でしょうね。では何か見付かれば連絡を」
「宜しく~」
「明日は私たちも合流か買い物して帰るから。先に帰っても待っててくれても何方でも」
「はい。多分夕食作りに先帰りだと」
幸せな同居生活までもう少し。
シーツに包んだスダカーンを担ぎ。弟が待つ会議室へ。
父上とペリルはソプランが呼び出し済。
行き成り金椅子に座らせシーツと猿轡を解いた。
「はぁ…死ぬかとおも!?」
スタルフと父上の姿を見付けて絶句。
「よぉ小物。俺は見覚え無いが誰の下臣だ」
「シャザム様…の…。何故だ…。何故口から…」
「出さなくてもスタルフと父上なら知ってるだろ。何者でノレリムと連んでた」
「スダカーン…。シャザム様の隠れ秘書官…。主の指示でノレリムへの伝言を依頼された…」
「どんな?」
「お前は用済みだ…。聖女を下りてクワンジアへ帰れ。繋がりを示さねば何もしない…と」
「用済みか。お前とノレリムの関係性は」
「私は只の連絡役。ただ…彼女の方は私を実の父のようだ。面影が似ていると」
「それを言われてお前は何とも思わない?」
「結婚もした事が無いのに行き成りそれを言われても。何を思えと…」
「安心しろ。お前は一生結婚出来ん。アッテンハイム側とお前かシャザムは誰かと繋がってるのか」
「シャザム様は…ビエンコ祭事長と連絡の遣り取りを。私は誰とも」
「ビエンコかぁ。あいつなら有り得る。改信までしたペリーニャをどうやって戻す積もりだった。教皇様にも認められてるのに」
「アッテンハイムの役員と聖騎士団半数の票が有れば…水竜教と掛け持ち兼任も可能だと。前例は無いが不可能ではないと」
「兼任!?本人の意思を無視してか?」
「最後に教皇様か。レンブラントのローレライ大司教の認可さえ有れば可能だとか。詳しくは知りません…」
「父上は聞いた事有ります?そんなの」
「いや私も初耳だ。幾ら何でも本人の意思は無視されん。改信直後ならいざ知らず。一年以上が経ち。新聖女が公募で任命された今に成って。意味が解らんな」
「ですよね。教皇様もローレライも俺と仲が良い。ペリーニャを特別視はしていても認可を下ろす訳が無い。何かの魔道具で操らない限り。それを誰が持っている」
「シャザム様のお屋敷の地下に…。欲望の杯と対を為す渇欲の銀杯が有り。それに水を入れて飲ませると一時的に思い通りに操れるのだとか…聞きました」
「闇から物で間違いないな」
「だと思います…」
「大きさは」
「欲望の杯と同形でした」
ロディ聞こえた?
しっかりと。これからダメスを後追いでグーニャに伝えさせます。
隠滅される前に回収宜しく。
承知。
「父上。既にペットを潜入させているので回収します。それを明日シャザムに突き付けましょう。この椅子に乗せて」
「やってしまった物は仕方が無いな。止める間も無かった。そうだなスタルフ」
「はい。兄上を止められるのは妃方だけです。僕は事後で知りましたと」
物分りの良い自慢の親子です。
「最後の質問だ。ノレリムとどうやって知り合った」
「丁度一年前に。シャザム様がクワンジアの知り合いに紹介して貰ったと連れて来られました」
「可哀想に。判断はスタルフに任せるが。俺はノレリムを一旦アッテンハイムにそのまま帰し。聖女を下ろさせて自由にさせる案で行く。明日の会合で採決してくれ。こいつとノレリムの前で」
「僕も同じです。後で父上と相談を」
「する迄も無い。正規に下ろさないとペリーニャが困る。椅子は会合中に出し直してくれ」
「了解です」
スダカーンは拘束したまま城内留置部屋へ。
明日の会合はお祭りだ。
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2月9日。昨日の時点でロイドから銀杯を2個受け取り挑む五国会合。
会場に全員が入ると同時に扉を外で封鎖。
スタルフの挨拶から始まる。
「廊下が騒がしいのは気に為ずに。今回の五国会合は昨日の条例の示し合わせで目的を果たしている。この続きは来年と今年四月末のタイラントで進めようと考える。
今日は趣向を変え…身内の恥を晒す。
昨日の午後。ノレリムが城下外遊中に護衛を振り切り我が国内の密偵と会おうとした。
その賊は既に捕獲済。後程ここへ入れるがノレリムの発言は許さない。勝手に口を開けばこの国の法で裁く。良いな」
「はい…。閉口致します。何が起きても」
「良かろう。では兄上。例の椅子をここへ」
「了解」
豪華な金椅子を室内奥のスペースに置き。廊下から連れて来られたスダカーンが座らせられ昨日のお復習い。
タイラント宿舎の人員とスタルフと父上以外皆が驚き。シャザムが盛大に狼狽えた。
「ちが…。違う!私は何も」
「黙れシャザム!お前の経験を見込んで首長の座に置いてやったのに。後宮の寝所に金杯を仕込んだ挙句。アッテンハイムのグリエル教皇まで銀杯で操ろうとした。
言い訳は要らん。その老害をこの椅子に座らせろ」
スダカーンが立たされ衛兵に両脇を抑えられたシャザムが強制的に着席。と同時に抵抗する動きも停止。
「くっ…何故動けぬ。何だこの椅子は!」
「どうでも良い。兄上がとある迷宮で授かった拷問無しで何でも白状してしまう有り難い椅子だ。老い先短い人生の記念に説くと味わえ。
ペリーニャ様を戻して如何する積もりだったのだ。ビエンコと共謀しても銀杯の効果が無くなればお終いで元に戻るだけ。全くの無意味だ」
「もど…戻せば…。女神教が復権…する。ぎ、銀杯の効果は消えても認可した記憶は残る。それだけ有れば充分。
自分で認可…したのだから取り消しは出来ん。そこの低脳な新聖女ではなく。優秀な新聖女が現われれば…。スタルフ王の第三妃に迎え。アッテンハイムとマッハリアは盤石な体制が築ける」
「何を馬鹿な…。お前は金杯を自分で試したのか。それとも何か悪い毒物でも喰らったのか。四方や闇組織と直接繋がっているのか」
「私は正常だ…。ノレリムを紹介してくれた人身売買組織もその裏までは知らぬ。クワンジアではまだ普通に奴隷が買える。スターレンが一つ潰した所で他にも幾つか残っている」
「他国から人を買うのが正常だと?笑わせるな。
過去に大きな過ちを犯したこの国で。奴隷制度を撤廃しようと五国会合まで開いた余の顔に泥を塗りたくりながら何が盤石だ。恥を知れ老害め」
スタルフは大きく息を吐き。目頭を押えた。
「スダカーンは保守派と縁切り。穏健派の下位議員の秘書官見習いから出直せ。
シャザムは更迭。財の一部を残し全没収。女神教の寺院へは監視付きでの外出を許可する。恩赦はそこまで。女神に祈りながら死期を待て。
後任は後日に定例議会内で選定する。
冥土の土産に一つ大きな知らせをお前にくれてやろう」
「何…を?」
「現マッハリア王家。詰りはフリューゲル家総員は近々水竜教へ改信をする」
「…な…」
これは父上も知らなかった模様。スタルフの後方で目を剥いた。
「スタルフ…」
「父上とソフィアーヌ母様が兄上との最近の歓待で改信を悩まれていたのは知っています。
誰に聞いた訳でも無く。僕自身の勘です。
それも踏まえハルジエが統一教会を脱会しました。行き先は水竜教。ならば取るべき道は一つしか無い」
「…済まん」
「ケイブラハム卿。何度でも言うが宗教と外交は別物。信仰の選択は自由意志。本会合には何ら影響しない。その認識で合っているな」
「勿論。他国は他国の勝手。ペリーニャ様は水竜教。別段何も思いませぬ。教皇であろうと誰であろうと口を挟める物ではない。外交とは無縁だ」
「マルセンド卿もその認識で良いな」
「如何にも。我がロルーゼでも水竜教への改信が流行って居りますからな。それが時代の流れ。止める権利は誰にも無い」
「結構。政治と宗教が直結していた時代は駆逐された豚で終わった。西以外世界何処を探しても政治と宗教は無関係だ。引き摺る国は排他されて行く。それは良し。
次にノレリムの処遇。言ってしまえば罪を犯した訳ではない。無知故に宿舎間を無断で移動しただけだ。
厳重注意の書を添えアッテンハイムに帰国させ。それ以降はケイブラハム卿とグリエル教皇に一任する。
主賓四国の反対者は挙手を」
見渡せど誰も居ない。
「これにて可決とする。他に何も無ければ昼食会で第一回五国会合を閉会するが」
エンバミル氏が挙手。
「当国の護衛。帝国騎士団長のラーランが聖騎士ゼノンと手合わせをしたいと兼ねてより希望している。
昼食会後に訓練場を少し借りたい。ゼノンが受けてくれるのならだが」
「こちらは構わない。どうするかはゼノン次第だ」
注目を浴びるゼノンは少し悩み。
「良いでしょう。お受けします。但し五国関係者の前でのみの御前試合。マッハリアの傍聴席は信用に足らない。
帝国とアッテンハイムの溝掘りに使おうなどと考え結果を湾曲させられては困ります」
「否定出来んのが辛いな。揃いも揃って馬鹿ばかりだ。良いだろう。窓の無い室内訓練場で外野を排除する。昼食会後に移動しよう」
「感謝致します。スタルフ王陛下」
五国会合最終日の余興は自分は初めて見るゼノンとラーランの本気。
「ペリーニャも初めてだよな。ゼノンの本気」
「初ですね。何だかんだでスターレン様と席を外してばかり居ましたし」
色々有り過ぎて。ラフドッグの浜辺から逃避行したり変態女神に会いに行ったりで。
推定実力伯仲の2人。互いに長木剣と木製鉄枠の小盾。
自国の軽量防具。外装は似ているが中身は違う。
守りのゼノン。攻めのラーラン。
ソプランと良い勝負をしたラーランの圧勝かと思われた。
(勝手な予想)
しかし蓋を開ければ防戦一方と成ったのはラーラン。
素早さの源。初動の足捌きを徹底的に封じられジリ貧。
壁際まで追い込まれ。反撃しようとその壁を後ろ蹴りに飛翔した所でラーランを越える俊足を見せ更に回り込み。
裏剣も斬り上げも全て避けられ。器用に盾を外され木剣も飛ばされラーランの完敗。
ソプランがぼやき。
「やっぱ手抜きしてやがったなゼノン」
「我ら聖騎士。ペリーニャ様の幸せこそが本懐。我らの手でお救い出来なかったあの日。この地下でスターレン様がお救いして下さったあの日から。
我らの願いはたった一つ。今のお姿そのものです。模擬の敗北で自由に成られるのであれば喜んで。
我らの剣は聖女の剣。この身全ては盾。それ以外の何物でもない。それだけです」
「ゼノン…。有り難う」
「ラーランもだ。なんで長槍使わねえんだ。エンバミル卿かレレミィ様が報告しちまうぞ。上に」
「いやぁ参りましたね。実力を測る処の騒ぎじゃ有りませんでした。ソプランさんの言う通り。上には上が居る。
もう一本お願いしても宜しいですか。これでは国に帰れません。次は得意な得物で」
「良いとも。互いの気が済むまで何本でもお相手致す」
2本目は長木槍を構えたラーランの圧勝。かと思われたがそうでもなく。リーチを活かした距離感と間合いを詰められ離れ。矛先よりも内側で去なし脇に挟まれ膠着状態。
強引にゼノンを持ち上げ薙ぎ倒し辛くも勝利。
3本目はゼノンの苦手な距離をラーランが把握。両者の武器が砕けた所で引き分け。
終わってみれば五分五分。握手を交してお開き。
「次はタイラントで」
「次の聖女が決まっていればな」
「それもそうですね」
観衆皆の拍手で初回五国会合の幕は下りた。
今回は寄り道無しで各国の要人たちを送り届けて終了。
最後に帝国を訪ね。クルシュの案内でパーク料理長に久々のお礼とご挨拶をして帰国。
「逞しくて厳しいパークさんに調理されちゃいました♡」
「その表現は色々と誤解を招きますぞクルシュ様」
人目も憚らずイチャイチャ。これ以上はお邪魔。熱々の2人を残して退散。
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帰国して翌日10日は丸1日。五国会合の内容報告とタイラント内の初期擦り合わせに費やした。
2月11日。フィーネと2人切りでハイネへデート。
行き先はフレットの店。ルビアンダさんの昔話を伺いに。
懐かしそうに目を細めて。
「エボニアルの地下道は今どうなってるんだい」
「東の途中を崩落。その一部の岩で中間分岐を東西で封印しました。上等な掘削機でないと掘れない位頑丈に」
「スタンさんと仲間と魔力盛り盛りに周辺一帯まで固めたのでカッチカチです」
「なんとまあ…」
4人分の珈琲を淹れてくれたフレットも驚き。
「やる事全て普通では終われないんですか?平和に成ってから通常行商ルートに使えたのに」
「申し訳無いとは思ったよ。でも闇の中枢では結構有名な場所なら潰さんと」
「モハンもマッハリアも近隣一般住民には迷惑よ。今はまだまだ」
「まあそうさね。モハン側は春夏が短くてね。大体五月初めから八月上旬まで。移行十二月中旬までギリギリ通れて使えた。以外は寒くて氷が張って真面に歩けやしないし馬も駆け上がれない。
あんたらは強引に行けても一般人にはね」
「だろうね」
「ですよねぇ」
「西出口から大きく二つに分岐。そのまま西の町村へ向かう道と北の山脈側の高原地帯に向かう道。高原に二つの集落が在って南は固定。北は季節で少し移動する」
「移動集落か」
「高原ならではね」
「その北側の移動先の一つで極上の珈琲豆を栽培してんのさ。珈琲も景色も最高でねぇ。
背にするは大山脈の山嶺。眼下には平野部と樹海と早朝には霧が立ち籠める雲海。日の出も日没も澄んだ空気も何もかも色彩鮮やか。
好んで足を運んでたのは私とフレットだけさね」
「俺は最初強引に連れられて。二度目以降は病み付きに成った口で」
「「へぇ~」」
「いいな。観光だけでも」
「他事どうでもいいから純粋に景色眺めたい」
「他事?あんなと言えば現地人に悪いけど。あんな辺鄙な場所に何か在るのかい?」
「見付けたい物が2つ程」
「只の勘なので。でもスタンさんの勘は良く当るんで一度は訪問しないと」
「ほぉ~聞きたいけど止めとくよ。現地の人はちょっと気難しい面も有る。有るけど…お宅の白鳩が居ればそれはもう大歓迎だろうさ」
「紹介状なんて不要ですよ。きっと沢山お土産。と言う名の献上品を貰えます」
俺たちは苦笑いでお返し。
「話変わるけどフレットは結婚してるの?」
「昨年目出度くしました。財団関係者と。今はラッハマ側の農園に居ます。月半分行ったり来たりで。
スターレン様も知ってる人です」
「へぇ誰だろ」
「興味津々。教えてくれないの?」
ルビアンダさんが拒否。
「孫が出来てからにしとくれ。あんたの熱烈な信者だからねぇ。今会わせると何言い出すか」
「勘弁して下さい。ここでの付き合いは伝えてないんで」
「止めときまーす」
「興味は封印で」
危険危険。
特殊な武装や道具の出物は無く。2種の豆袋を購入して退店。それからフィーネと2人切りでハイネやラフドッグでおデート。シュルツのストレス軽減の為、拠点は無し。
と来れば他の9人共個別デート。
ソプランは何時もの3人と。
女子会などの休息日はプールやジムトレ。
下旬に秘密の宴を欠かさず。6月までは抑え気味に。
幸せ生活の最中。
ロルーゼの王都名称がエルドシアンへ変更。同時にワイデルミとキシャレッドの強制送還開始。3月中旬頃お届け完了予定。
合間に南西の赤白竜と白大蛇に初挨拶。その後にクワン主催の迷宮調査スタート。人型は手出しせず。
2月はこうして過ぎ行き3月へ突入。
時が経つのは早い物で俺も22歳。スタルフも20歳。
この世界では立派な大人の部類。中身は兎も角。
会合での新顔は新聖女のノレリムのみ。他は見知った顔触れで安心。
期間は6日から3泊。
事務棟はセントバらに任せてフルメンバーで出張。
城内の宿舎に入るのは自分、フィーネ、ペリーニャ、ダリアと従者2人まで。他は北部地区の宿で自由行動。
実家訪問以外ラザーリア滞在が初めてのシュルツとファフとオメアがウッキウキ。長期滞在経験の有る3人が居れば何の問題も無い。
4国の客人の転移運搬を終えた後のタイラント宿舎内。
「2年前は隣宿舎に居たペリーニャがこっち側に居るってのも感慨深いな」
「本に…。不思議なご縁です」
メルシャンも笑いながら。
「元王女のダリアもね」
「本当ですね。今回は一役人としてですがラザーリア城内は初めてで緊張して居ります」
メイザーは若干萎縮。
「女性ばかりで肩身が狭いな。スターレンは平気だろうが」
「まあそうですね。ソプランが居なければ何処へ行っても完全ハーレムですし。羨ましいと良く言われますが実際尻に敷かれる数が増えて大変ですよ」
「そこは幸せって言いなさい」
フィーネに突っ込まれ。
「幸せです」
姿勢を正してお答え。
「確かに敷かれてるな」
とメイザーに笑われた。
そんな6日午前のタイラント団欒を過ごしていると…。
お隣のアッテンハイム宿舎から突撃来客。
「貴方が男に走って聖女を投げ出したペリーニャさん?」
とんでもない爆弾娘化したノレリムの登場。
後ろのゼノン隊の制止も聞かずに。
「おいゼノン!そいつの外交教育はどうなってるんだ。ケイブラハム卿の許可は得てるんだろうな」
「そ、それが宿舎を勝手に抜け出しまして。今慌てて追い掛けて」
ペリーニャの前に立ちノレリムの胸倉を掴み上げ。
「おい馬鹿女!ノレリムとか言ったか。ここは異国。自由に振舞って良いのはアッテンハイム領土内。
ここはタイラントの宿舎内だ!メイザー王太子も居る御前で挨拶もせず。解ってるのか?2国跨ぎの領土侵害を犯しているんだぞ」
「わ…私は新聖女で」
「馬鹿が!責めてケイブラハム卿を通せ。聖女だろうが何だろうが国家間外交折衝には関係無い。冒険者上がりだろうが許されん!それ位覚えろ!!」
「す、済みません…」
「謝る相手が違う!」
髪の毛を掴んでメイザーの前に膝を着かせ。
「一番の上位者に対しての謝罪は!」
「も、申し訳有りません。メイザー王太子殿下。メルシャン王女様。大変なご無礼を…」
「その辺にしてやれスターレン。不慣れならある程度は仕方が無い。許す」
「もう良いでしょう。しっかり伝わった様子ですし」
「チッ…。時代が一昔前ならここの牢にぶち込んでやる所だが今回だけは大目に見てやる。俺はここの元王子だから何だって出来るんだぞ」
「済みませんでした!」
「帰国後にグリエル様に訓告報告をする。ここの上にも伝え今回の会合中は城内での私語発言は禁止だ。役職であるケイブラハム卿を差し置いたのが最も解せん。
ドロメダを張り付かせて教育し直せ。気分が悪い。この責任は重いぞゼノン」
「ハッ!連れ帰り早急に教育を」
お馬鹿は泣きながら連れ戻された。
「あーあ。運んで来る時は大人しかったのになぁ。猫被ってたのか」
「行き成り先輩聖女に喧嘩売りに来るとは。頭の中どうなってんだあいつ」
「急に崇められて勘違いをした典型ですよ。スターレン様が出ていなければ私が殴る所でした。彼女は命拾いしましたね」
「これで懲りたでしょう。未来を読まなくても解ります」
ソプランたちも首を捻る。
「あの女。パージェント城で俺と会った事も忘れてんな」
「記憶の消し方を間違えた?…別の期待が持てそうです」
「別か…。ちょっと泳がせても面白いかもな」
「面白いとは?」
「ここの内通者です。保守派の誰か。上手く行けばかなりの大物が釣れそうで」
「成程面白い。城内での発言が封じられたなら。接触は城外に成るか」
「それっすね」
ロディ。このまま泳がせる。お出掛けするなら西部地区。慰霊した寺院よりも西側張ってみてとレイルたちにも。
承知。伝えます。
馬鹿も使いようとは言えあれでは早過ぎる。
ここの管理者のオルターとゾルト。アーネセル隊が揃って王宮前広間へ携行武装の擦り合わせに抜けている最中での出来事…。
その僅かな隙を狙ったなら大物処の騒ぎじゃない。偶然にしては出来過ぎ。
ゾルトの弟でタイラント歓待宿舎担当料理長のコレズトのランチを頂き気分も回復。
「美味いな…。2年前とは全く違う」
「醤油は使ってないけどタイラント風に寄せてる感じ?」
これは良い人材かも。
食堂脇に控えている人物に向かって。
「オルター。ゾルトとコレズト呼んで。料理が美味しかったから少し話を聞きたい」
「畏まりました。後程直ぐに」
2人がメイザーたちに挨拶してからこちらへ。
「スターレン様。我が弟が何か?」
「料理人が直接お声を頂けるとは何と言う光栄。ご不満や不備でしょうか?」
「2人共そんなに構えなくても良いよ。2年前とガラッと変化したからなんでかなと聞きたくて」
「おぉ…それでしたか」
コレズトがペリーニャに会釈して。
「ペリーニャ様が…。水竜教へ改信を為されてスターレン様のお妃様に成られたのが切っ掛けです」
「ほぉ」
「私が切っ掛け?ですか」
「はい…」
少し目を伏せ。
「一昨年。西の寺院でペリーニャ様に…。娘の慰霊と昇霊のご祈祷をして頂けたのが。切っ掛けなのです」
「「あ…」」
フィーネたちもこれには驚いた。
「一人娘を失い絶望していた私と妻の心も救われ。後追いで水竜教へ改信した途端。妻に二人目が授かり何かご恩返しがしたいと。
何時かタイラントへ行き直接お礼が言えたらなと。時代を先行くタイラントのお料理を学ばせて頂きました」
「成程…」
「感謝なら今のお言葉で結構です。大変美味しいお料理と共に充二分に伝わりました」
涙を溢し。
「…有り難う御座います。帰ったら妻と二人目の娘に伝えねば」
「コレズトは将来。と言うか来年にでもタイラントに移住する気は無い?」
「移住…ですか?」
「そう。来年のオリオン開業に合わせ。管轄ホテルの料理人が全く足りてなくて探してるんだ。もし良かったら家族揃って来て欲しい。住居は保証する。
オリオンの宿舎もガラ空きだし。最寄り町のラッハマでも全然空いてる。前向きに考えて欲しい」
「前向きに…考えます!良いよな兄さん」
「誰が反対出来ようか。有り難くご指名に預かれ」
「あぁこうしては居られません。間食とお夕食の準備に取り掛からねば」
「あ、今日の間食は無しでいい。帝国のクルシュが何か持って来るらしいから。夕食に期待してるよ」
「畏まりました。ご滞在中は試験だと受け止め料理人一同で精一杯腕を振るわせて頂きます!」
「他にも似たような境遇の人が居たら声掛けてみて。今回以降でもゾルトやオルター経由でパージェントの事務棟に手紙送ってくれたら面接に飛んで来る。何人でも」
「大変に有り難く!思い浮かぶ人材は既に数名。本人たちと話し。折を見てお手紙をば」
兄弟2人喜び勇んで退出。
「人材確保。ペリーニャのお陰だ」
「お手柄ね」
「いえいえ。あの時あの場に居た皆の手柄です。ロイド様も含めて」
「確かにそうだ。今も伝わってるから大丈夫」
嬉しい誤算ですね。
これも縁だな。恵まれてる。過程は辛いけど。
前向きに考えましょう。
前向きに、進んで行こう。
メイザーとメルシャンが唖然と。
「流れるように優秀な人材確保…」
「とても真似出来ませんね…」
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引き続き食堂の小テーブルを囲み。トランプ遊びに興じていると大きなバスケットを腕にしたクルシュとレレミィが遊びに来た。
方々へ挨拶した後。
「その節は大変なご迷惑をお掛けしました。フィーネ様」
「いえいえ。私の勘も満更外れてなかったんじゃない?」
「図星です…。十三歳の春。一本だけラザーリアに居たスターレン様に辿り着ける道が有りました。屑女神関係無しに誰よりも先にお救い出来た道が。でも私は旅立ちより楽な方へと逃げた。
あの時既に…お側に仕える資格を失っていたのだと」
そう言って瓶詰めのプリンを人数分空きテーブルに並べ。
「昨今のお詫びの印に。今度は自分自身の足を東部町へと運び。特産の軍鶏の卵を購入し。何時かに頂いたプリンをお返しにお作りました」
昔は昔。それはもう無い道。
「へぇ」
「クルシュ料理に目覚めたの?」
「はい。謹慎中に始めました」
早速人数分のスプーンを用意して。
「「んん!?」」
口に入れた瞬間皆が驚きと笑顔に。
程良く冷え冷え。
「濃厚。凄く美味しい」
「クリーミィ。蕩けるプリンだ。幸せ♡」
「光栄ですわ」
クルシュもニッコリ。ずっと素直で居て欲しい心からの笑顔に見えた。
「プリンやローストビーフを頂いた時。私はちゃんとお礼をお返ししていたでしょうか…」
「え?あの時は…言葉は無かったけど」
「ニッコニコだったから私たちも満足よ。レレミィたちは言葉くれたし」
「はい。しっかりと。クルシュは自分の世界へ」
「やはり…。私は駄目ですね…」
「笑顔が何よりもの証拠さ」
「料理は心を幸せにする物です」
クルシュは意を決した面持ちで。
「そのお言葉通りに。自分ではなく他者を笑顔にするお料理を目指し。宮内料理長のパークさんの元で修行中の身」
「おぉパークさん。懐かしい」
「最近御馳走に成ってもお礼言えてないね。私たちも」
「そだな。今度…帰りに寄って挨拶しよう」
「そのパークさんと正式にお付き合いを始めました。父も了承済みで」
「「おぉ!」」
「怠惰な私をビシビシ厳しく戒め躾けて頂けるので。そちらの面でも病み付きに」
突然急にドM宣言。
「そ、それは良かったな」
「そっちに目覚めちゃいましたか…」
「ですのでもうご心配無く。今度遊びに来られた時にコースを振る舞えるよう修行を重ねる所存です。その時は是非ご賞味とご感想を」
「何時かは決めてないけど年内に一度は行くから」
「楽しみに期待してます」
「はい」
そのままトランプの輪に加わり。2人にお馬鹿聖女ノレリムの話をした。
「以前の私よりもお馬鹿ですね」
「何故ペリーニャ様に喧嘩を売りに?」
「さあ。全く意味不明」
「もう無関係なのに売られる理由が見付かりません」
クルシュがカードを切ってふと。
「アッテンハイムで比べられているのでは。事ある毎にペリーニャ様との違いを」
「「あぁ~」」
それなら納得。
綺麗に洗われたプリンの瓶を持ち帰りに2人は帰宿。
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北部地区の宿の大部屋の6人は既に裸。にシルクガウンを着込み。それぞれのペアと漸く唇を離してお茶。
「昼間っからエッチしてる場合じゃないわねロディ」
「そうですねレイル。お仕事が…」
シュルツとファフは。
「完全に女子会のノリでした」
「反省…」
プレマーレとオメアニスも。
「お風呂に入って外へ出ましょう」
「動くとしても明日からですよ。三日間共会合は午前だと聞いてますし午後に要点を絞って。今日は夜町散策と少しお酒も舐めながら。シュルツもそろそろ練習してみては」
「そうですね。少しずつ。…お外で飲み過ぎてしまったら運んで下さい」
ファフが挙手。
「私が。と言うよりこの五人なら酒は殆ど効きません」
ロイドが苦言。
「滞在期間中は腰巻きロープを外して出ましょう。暴れられると大変なので」
「はい…。ロイド様にお預けを」
レイルがシュルツの頭を撫でながら。
「男二人にならされたいけど女同士で気絶するまでのイキ地獄は嫌。他の子と交われなく成るし。
スターレンに抱かれて自分のペースを見付け為さい。後三ヶ月半の辛抱よ」
「深く、反省しつつ耐え凌ぎます。嫌わないで下さいレイル様…」
自分からレイルの膝上に座り謝罪の熱いキスを交した。
「甘え上手ね。そんな事言って一番はスターレンとフィーネなんでしょ?」
「そこはお許しを」
色々反省の多い成人前のお年頃。
6人は夕方から夜町のお散歩。とは言え初日は西部地区方面へレイルの蝙蝠を数匹飛ばすに留め。宿近くの酒場を巡り歩いた。
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7日。五国会合初日。
朝食後の休憩を挟み午前9時スタート。
主催国のマッハリアのみ各派閥代表2名ずつ別卓に並び傍聴。彼らに発言権は無い。
スタルフから挨拶が始り各国首脳の挨拶をノレリムを除き一通りにスタルフへと戻った。
「四国代表の方々。兄らの転移移動とは言え急な開催に応じて貰い感謝する。
二年前とは違う顔触れはアッテンハイムの新聖女のノレリムとタイラントの前聖女ペリーニャ様と元王女ダリアの計三名」
ペリーニャにだけ敬称を付けたのは父上の入れ知恵。
「だが残念な事に着日の昨日。ノレリムがタイラントの宿舎へ単独無断侵入をすると言う越権行為が見られた。
ケイブラハム卿を通さずにだ。常識的に有り得ない愚行。通例ならば即刻退去で帰国させる所。それは何故か。明確な理由が有るならここで述べよノレリム」
震える手で小型マイクを手に。傍聴席をチラ見した?
んん?まさか…居るのかあの中に。冗談だろ。
「大変に、申し訳無い。出国前に初等教育を受けていたのにも関わらず。私情に走り監視の目が緩んだ隙に。ペリーニャ様へどうしてもご挨拶がしたいと思い立ち」
「待て。挨拶なら今日からの昼食会後に幾らでも出来た。その時間も用意すると連絡書にも明記した。お前はそれを読まなかったとでも?」
「聖女同士なら…。関係が無い物と勘違いを」
「勘違い?お前は勘違いでペリーニャ様を挑発するような言動をしたのか?」
「…スターレン様に走り信仰を捨てられたのは紛れもない事実。多少語気を荒げてしまったのは自由な冒険者時代の悪癖とお許しを」
鼻で笑い。
「挨拶に行って語気を荒げる?何を馬鹿な。兄上。冒険者の常識では普通なのですか?」
「有り得ん。ペリーニャも冒険者登録をさせた。もう既に中級。同じ中級以上の者同士。下手をすれば死闘と成り殺し合いに発展する。
現在も冒険者なら当然熟知している筈だが」
「ほぉ…勉強に成る。ノレリムはその死闘を申し込みに向かったのか」
「ち、違います…。そこまで深い意図は」
「無いのに挑発?信仰の選択は誰にも許された自由。グリエル教皇も容認され兄との婚姻を許された。国を捨てた訳でも無い。お前はクワンジア出身。それは個人的な恨みではないのかノレリム。正直に述べよ」
努めて冷静な言動。スタルフも腕を上げたな。
兄ちゃん嬉しいぞ。短気なのは俺か…(泣)
「正直に言えば…。ペリーニャ様との優劣を付けたかった。聖女公募の時点から比較され。私の方が聖女に相応しいと証明をしたかったのです。手合わせをして軽く叩けば事を為せるのではとの短絡的な発想で」
「ふむ成程。やっと納得行く答えが聞けた。手合わせをすればペリーニャ様に勝てると言いたいのだな」
「はい…」
はいって言ったよこの馬鹿女。
「ほぉ面白い。勇者である兄上の隊に加入して間も無く前線に立ち幾つもの深い迷宮を踏破しているペリーニャ様に勝てる?
それは是非見てみたい。
昼食会後の余興として王宮前広場で手合わせを願おう。木剣でなら如何かペリーニャ様」
「お受け致しましょう。御前試合と同義。骨の数本は覚悟して頂きます」
「え…」
ノレリムの顔が真っ青に。真性のお馬鹿だ。
「ケイブラハム卿も興味が有るだろう」
「至極大変に。成長されたペリーニャ様のお姿が拝見出来るのなら喜んで。グリエル様への土産話にも成る」
「決定だ。では本題に入る。本会合で目指すのは西方三国と内陸小国群を除いた五カ国の恒久的な和平。その礎であり発端としたい」
場内一同が響めく。
「宗教にも国境にも囚われない未来永劫に続く和平。困難な道であり理想論であるのは重々承知。しかし何もせず無益な戦争を繰り返し。武器商人をブクブクと肥えさせるよりは遙かに有益な思想だと考える。
闇商が消え。闇組織が兄上のお陰で消え行きそうな今だからこそ出来る事を一つ一つ五カ国内で進めたい。
当然反対する者。抵抗勢力は現われる。例え失敗しても何かは残せる。次の世代や後世に残る物を作る努力は決して無駄には終わらない。
この思想に賛同出来ぬ者は今直ぐ席を立ち退出願いたい」
傍聴席の何人かはピク付いたが主賓席は誰も動かない。皆俺が関わった人たちばかりだから。
「無様を晒して済まない。散々話し合ったのに自国の傍聴席で何人か動いた。後日に訳を聞いて処罰を下す。付いて来られない老害と塵は容赦無く切り捨てる。
勇者を兄に持つ余を国王にしたのは貴様らだ。今更文句を垂れるな馬鹿者共め。
四カ国の要人は了承と見做す。明後日までに考案する幾つかの改革素案を余す持ち帰り。各国の首長と協議して貰いたい。
その上で改善案なり独自案なり反対意見を正式文書で送って欲しい。
会合中の意見交換や提案は随時受け付ける。経験不足なのは自分。経験豊富な年配皆の意見を聞かせてくれ」
会合第一段として前回ハルジエがちょい出ししたエストリア大渓谷を渡す複数の大橋の建設。その具体的な時期に付いて。目処は来年前半。来年の2月会合後を目指すと言う案。
続いてアッテンハイムとタイラントとの国境撤廃。ロルーゼは新政権が発足したばかりで保留として。
「勿論今直ぐと言う話でも強要する物でも無い。まずはケイブラハム卿とメイザー王太子が持ち帰った後で。国境撤廃案は双方合意の元で緩和なりを取り決める」
「大変善き提案。元よりアッテンハイムとの国境は有って無いような物。教皇も頭から嫌とは言うまいて」
「タイラント側は即答困難。スターレンが自国に居るからと言う理由だけでは通らない。王や皆で協議する。個人的には前向きに」
「有り難い。兄上。大橋に付いてですが」
「建設を手伝えと?」
「率直に述べれば。当然三国同意の上で」
「まあ来年なら時間はかなり取れる。来年2月以降で協議してみるよ」
「助かります。工期を短縮するのと不要な落下事故を防ぐにはどうしても兄上の力が必要なので」
「解ってるよ。どうせ頼まれると予想はしてた。前回ハルジエが堂々と演説で予告してくれた時点で」
「…申し訳無い」
「済みません。端から当てにしてしまって」
その後帝国とマッハリアの法律や条令の食い違いと調整案の一部が公開された。スタルフとハルジエとエンバミル氏が主導にて。
挨拶回りがメインの昼食会中。ロルーゼのマルセンド卿が俺たちの前に来た。
「お迎えの時には控えましたが少し尋ねたい事が。ここではちょっと。夕時前に宿舎を伺っても宜しいですかな」
「ここでは話せない事?ええどうぞ。今日は出掛ける用事は無いので」
会釈を返しスッと外れた。
「何だろ」
「何だろね」
昼食会後の余興と言えばあれです。
ペリーニャはパンツルックにお着替え。ノレリムは聖女のローブのまま?
「ノレリム…。貴方は本当に冒険者なのですか?」
「何か?」
この子こんな頭悪かったの?
「それで良しと言うなら私は構いませんが…。始めましょうかスタルフ王陛下」
「よ、良し…。信じられんが始めよう」
広間で主賓は椅子に座り他は分散して立ち見と言う逃げ場の無い即席模擬戦会場。
長木剣を中段奥引き構えで左手を剣身に添え腰を落とすペリーニャに対しノレリムはオーソドックスな中段両手持ち構え。
父上の始め!の号令で普通靴を履いたペリーニャが正面から特攻。天翔ブーツを脱いでもそこいらの上級冒険者には負けない俊足で…痛そうな露出腕を籠手払い。
「ううっ」
避けるのかと思えばモロに受け木剣を落下。
背中に回り横一閃で腰払い。床に転がったノレリムが。
「ま、まい…ふぐぅ」
敗北を発しようしたその口を靴で踏み付け封じ。
「治癒はしてあげますからお立ち為さい」
ガラ空きの腹を踵で踏み踏み。冷徹な無表情で。
悲鳴を上げながら何とか立ち上がったノレリムの上段袈裟斬りを素手で掴み木剣を没収。自分も捨てて拳を構え腹パンを3発。吐きそうに成った顔面を強打で一撃。
体勢を崩したノレリムの腕を掴んで引き戻し。足払いを加えて純白のおパンツを御開帳。
「あらあら口程にも無い」
「そこまで!」
父上も呆気に取られて止めるのがかなり遅れた。
スタルフと父上に一礼を返して元の位置。そこからゼノンとリーゼルに手を振った。
「お、お見事です」
「たったの一年で…ここまでに…」
「ゼノン。何なら手合わせを」
「負けそうな勢いなのでご勘弁を。帰国後にクビです」
「残念ですね。隊の中では一番弱いのに」
「「…」」
呆然の2人と観衆を残し。悶絶するノレリムを治癒した。
「温情です。まだ遣りますか?」
「か、完敗です…。無礼の数々お許しを」
「嘘吐き」
敗北を認めたノレリムをペリーニャが掴み上げ。
「な…にを」
「貴女。逃げる気ですね」
「…」
「やっぱり私の方が聖女に相応しいと帰って御父様に告げて逃げ去ろうと。そして私は戻される。そう言う筋書きですね」
成程。それが狙いか。
「ケイブラハム!お前の指示か!!」
今度は俺がケイブラハム卿の胸倉を掴んだ。
「違う!」
「なら誰だ。グリエル様か」
「それは解らん。兎に角私は知らない。馬鹿を演じる節が見え疑っていたのは確かだが。信じてくれ」
卿の正装を整え。
「済まなかった。どうも最近短気の虫が湧いてしまって」
「いや。私も疑わしい行動を取ってしまった」
「スタルフ。父上。全く逆の情報を外に流して下さい。正しい情報が流れた場合。この中にノレリムを操る首謀者が居ます」
「それは名案だ。直ぐに流そう。敗北したのはペリーニャ様だとな」
ノレリムが必死の抵抗。
「違います!全て私の独断で」
「まだ白を切るか。ならば1時間後に城外を練り歩いて貰おう」
「な…ぜ…」
「好きに囀ると良い。違う違うと言い訳を叫びながら。国の発表とは逆を叫べば君は晴れて狂人。面倒な聖女から安全に下りられる。教皇様は公募の遣り直しだ。魅力的な話じゃないか」
「…」
明らかな動揺の色。
「ドロメダ。君ら女性隊も怪しい。ゼノンとリーゼルで連れ回せ!」
「「ハッ!」」
「そんな…私は」
「どうして昨日ノレリムを自由にする隙を作った。側近護衛長である君が。誰かに唆されたんだろ。ペリーニャを戻せる策が有ると」
「昨日は本当に偶然で。私は何も」
「ドロメダ…。信じていたのに。私の自由と幸せを喜んでくれているとばかり」
「お願いしますペリーニャ様。信じて下さい。解りました。滞在期間中は私が代表で城内の独房へと入ります。
ローレン様。房のご用意を」
「そこまでは遣り過ぎだ。外に漏れてしまう。タイラントの宿舎で預かれ。ペリーニャ様と同室で」
「久々にゆっくりお話しましょう。お説教です」
「はい…。何も知らないのですが隙を作ったのは事実なので甘んじて。寧ろ喜んで」
さあて誰が釣れるかなぁ。
誰でしょうね。今日は動かなくとも明日には必ず。
今回を逃したら手が無くなるからな。
大物を金椅子に座らせましょう。
きっと釣れるさ。
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陰りが見え始めた女神教を復活させる為にペリーニャを連れ戻そうとする動きが有るのは明白。
タイラント宿舎内。食堂の片隅でペリーニャと聖騎士女性隊の5人がお喋り中。
離れた席に座り俺たちも来客待ち。隣のダリアに問う。
「誰が釣れるとかアデル関連で変化は見えた?」
「ペリーニャ様が連れ戻される未来は有りません。アデルの初手の動きも三月十日から動かず。ミゼッタさんの情報を得た後でノレリムと会います。
ですが既に彼女は聖女を下り記憶も無いので無害な一般冒険者。
スターレン様に先手を取られたと判断したアデルが目指すのはアッテンハイム南の新迷宮。過去に屑女神が告げられた場所へクワンジア鉱山から侵入。今見えている段階では踏破までに半年以上。かなり時間を稼げます。
ノレリムの次に選出されるのはモーランゼアの令嬢。今の所無害でその詳細は後日に。ロルーゼやアッテンハイムに次の該当者は不在。スターレン様が深く手を加えたクワンジアとマッハリアからは誰も出ません。
釣れるのは傍聴席に居た人物。保守派首長のシャザムその人です」
「あいつまだ諦めてなかったのか」
「しぶとい。真に老害ね」
「実際町中でノレリムと話をするのは。伝達役の下臣スダカーン。両親を早くに亡くしたノレリムに取って父親的存在で内面から崩された形ですね。
捕えても記憶を弄るのはまだ早いとレイル様へお伝えを」
「大丈夫もう聞こえてるから。にしても…」
「何処までも卑怯だな。シャザム一派」
「アッテンハイム側との繋がりは良く見えません。金椅子の出番です」
「先が読めても金椅子は大活躍だ」
「ホント良い物貰ったね。自分じゃ絶対座れないけど」
テーブルを囲む7人は無言で頷いた。
胸の痛む未来視は止めて談笑をしていると来客登場。
空き部屋を応接室代わりにマルセンド卿の質疑を伺う。
「王族2人とペリーニャ不在でも大丈夫?」
「結構です。タイラント内では通じているでしょうから」
「まあね。で俺に質問とは」
「フラジミゼールの件なのですが」
「あ…それね」
「領主であるモーゼス伯のウィンケル家と我が先人のナノモイのアッペルト家。町の中核を担う二家が揃って来年中頃を目処にタイラントへの移住と水竜教への改信をする予定だと王都に打診が有りました。
ウィンケル家の子息二人は昨年既に移住完了。その全てにスターレン様が関わっているのは周知の事実。
二家共に後任の選定に入られた」
「事実だし個人の自由だ。後任を置くのなら何も問題は無い筈だが?」
「それが大問題。新生王都に激震が走っています。上層下層奴隷層に至るまで」
「そんなに?」
「御自分たちの影響力をもう少し自覚されては如何か。漸く国内安定化を図ろうかと言う矢先。最も安定していたフラジミゼールの頭が抜ける。
それは仕方が無いとしても次に起きるのは大量移民。フラジミゼールの民の大半がタイラントと交流し強い憧れを抱いています。
南端が動けば近隣町。中部。王都まで」
「可能性は有るけどそこまでは動かない。予兆が有るなら先に布令を出せば良い。両国国王の発令で。
先読みが得意なマルセンド卿と革命を果たした新王アルアンドレフ。その君らが居て1年以上の猶予が有るのに泣き言を他国の俺に振るな」
「恥を忍んでご助言を頂きたく」
溜息しか出ない…。
「なら少しだけ。自分が王だったらこうする案を。
まず新王が遣るべきなのは奴隷層の完全撤廃。罪無き者は全て平民へ戻し。貴族家の優遇制度を破壊する。
それは人民解放を謳い王と成った者の責務として。今のメレディスが良い例だと参考に。
必要な根回しはマルセンド卿が得意で使命。
正常化の兆しを見せれば国民は留まる。隣の畑が綺麗に実りが有るように見えるのと同じ。
今に不満が有るから隣人に憧れ嫉妬する。人心を掴めている新王が率先して選挙時の口約を果たす。それだけで民は安心する。安心感が生まれれば治安も改善。
バラバラの国軍を修正するよりも先に。優良な冒険者の手を借り雇い各町の自警団を構築し育成する。
行商隊が安全に品物を南北に運べさえすれば移民は抑えられ正統な賃金を得る為に仕事を熟す。
必要となるのは金。上層がたんまり溜め込んだ資産を下に回す。時には強引にでも。
闇組織の残党は潰した。再び湧かない制度を先に構築してしまえば良い。
残党の掃気は利害が一致していたからやったまで。これ以上頼られては困る。
真っ当な自浄作用を見せて循環させる。そこまで難しい話ではない。根回しと手順をミスしなければな」
「成程…」
メモを取り終え。
「大変参考に成りました。会合の素案と共に持ち帰り早速協議します。革命を果たした者の責務…。真に重い言葉ですな」
「折角新王に入れ替わったんだから王都の名称は変えた方が良い。過去の英雄に何時までも縋るのではなく。新たに生まれ変わった国として」
「それは良い案。完全に抜けてました。看板を挿げ替えるなら今しか無い。宿題が増える増える。
先輩が貴方に心酔する理由が漸く理解出来ましたよ」
「そりゃどうも」
「この話とは別に。昨年よりタイラントから公爵家のソガードルク家当主二人の召還依頼が来ているのですが。あれにも関わりが?」
ソプランに視線を送り。
「一部ね。ヘルメン陛下とミラン様の命を狙った賊がソガードルク家に直で雇われたと聞けば捨て置けん。
丁度良い資金源だ。子供に少しと屋敷を残して他を派閥からも全没収してしまえ。従者たちに正統な賃金と退職金を支払い強制労働の奴隷を解放してやればそれだけでも随分な宣伝に成る。序でに配布する金が得られるぞ」
「ホッホッホッ。良いですな良いですな。新王の顔も緩む事受合い。それを最初に片付けましょう」
笑いながら宿舎を出るマルセンド卿を玄関ロビーで見送りソプランを振り返った。
「余計なお世話だけどジョゼには」
「どーすっかなぁ。料理以外はまあまあ賢いし。何も知らせないのも後が怖い。上と相談する前にアローマと対応を考えるさ」
「実の両親が健在だった。中々伝えるのが難しいですね」
「フィーネとアローマで王子王女に話伝えて。ペリーニャは明日でいいや。俺喋り疲れた」
「はーい。モチで当然」
「畏まりました」
クルシュの件が無くてもめちゃめちゃ忙しい。御方様の遊び心に戦々恐々。あの予告はグリドットの失言ではないのかも。
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7日同日の事務棟一階厨房内に立つ女性三人。
ミゼッタ、リオーナ、ジョゼは簡単な筈の焼き菓子クッキーの材料を前に苦心中。
「何故?何故なのジョゼさん」
「どうして…。料理本の通りの分量で入れないのですか?」
「何故と言われても…。お砂糖多めの方が甘くて美味しいじゃない?」
「まだ食べてもいないのに?」
「まだ焼いてもいませんよ?」
「ん~~」
「ティンダーさんを殺したいと?」
「内心では殺して他の方と?」
「違います!それは絶対に有りません。ティンダーさんを心から愛しています。家事全般は習得しました。後はお料理だけなのです」
「でしたら殿方様の健康を第一に考え」
「お砂糖は省き。小麦とバター本来の甘みと塩気で勝負をしましょう。煮込み料理にお出汁と醤油を使うならお塩も不要です」
「本棟の料理人からも同じ事を口を酸っぱく言われたのだけど。物足りなく無い?」
「「有りません!」」
「将来産まれるお子様も離乳食で殺すのですか?」
「自分も含めて一家心中でもしたいのですか?」
「!?…そこまでは…考えてなかった…」
「「考えて下さい!」」
「内臓の消化器官は一度壊れると元に戻らない物が多いとカメノス医院のお二人からお聞きしました」
「それ以前に常識です」
「…ごめん…」
「ジョゼさんのお考えは全てが逆です。付け足すや増やすのではなく。調味料は分量を差し引き。素材の味を引き出す物だと改めて下さい」
「不得意な焼き物料理も同じ。厚みが有る物なら外からしっかりと焼き切るのではなく。中からじんわり火を通すと言う思考に切り替えましょう」
「目から鱗だ!?」
「「常識です!」」
「まずは高級なお砂糖と蜂蜜を省いた素焼きにしてみましょう」
「味が足りなければ後付けのソースを自分の分だけ付ければ良いのです!」
「はい…。済みません」
「大切な殿方様とお子様を殺したくないのであれば」
「自分も長生きしたいのであれば」
「やっと理解が出来た!」
「「やっとですか…」」
漸く三人は美味しい素焼きのクッキーに蜂蜜を付け。ほろ苦い紅茶で喉を通せる物に有り付けた。
ジョゼの焼き菓子。初めての成功の一幕。
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8日午前の会合。
この日の議題は各国の代表的な条例と法整備の違いに付いて議論。
ノレリムは不適合として宿舎にゼノン隊の半数で軟禁。
ドロメダ隊はペリーニャの後方壁際に待機。
議題の中心はやはり奴隷制度。
アッテンハイムは無い。犯罪者は牢屋か国外追放。
帝国も犯罪者のみ。重犯罪者は拷問して投獄。軽犯罪者は一定期間強制労働の末。改善なら釈放。
ロルーゼは昔ながらの拷問付き強制労働。
タイラントは完全撤廃目前の試運転段階。既に切り分けて半解放状態。犯罪者の新規受入は停止。取り調べの末に別所へ投獄など。
マッハリアはロルーゼと似ていたが。2年前の即位後から完全撤廃に向け準備。現段階は貴族家と女神教との切り離しを完了。
聞き終えたマルセンド卿の感想。
「やはり当国が最も遅れて居りますな。しかしそれも時間の問題。来年には全く違う形をお見せ致しましょう。新王の選挙時の口約でも有る案件ですからな」
ホホッと軽快に笑い俺と視線を交した。
「我がマッハリアも色々な!妨害工作で遅れ気味。競り合う物ではないが次回までには違う形を。目指して見習うべきは先行するタイラント。
四年前の訪問時とは丸で別世界。奴隷層の民が好きな仕事を選び。城下で自由に買い物をする。奴隷と括られているだけで平民と何ら変わらない。
完全解放までの目処は何れ位なのだメイザー殿」
「来年後半には間に合う物と。今現在は移行期間。慣らし運転と言った具合。スターレンが正常化を一気に早めてくれたのでな」
「慣し運転か…。我が国も恩恵に預かって置きながらのこの為体。もう少し梃子入れが必要なようだ。
タイラントでの四月末の晩餐会へ出席する為にも。こちらにも招待状を送ってくれるのだろうな」
「当然。案内と招待状は四国に必ず送る。帝国以外はまたスターレンらの転移輸送と成るが」
一気に視線が集中。
「承知。長旅が終わったら運搬業でも展開しますよ」
ややウケで2日目の会合を終えた。
昼食会でも大きなイベントは無く。宿舎へ戻ってのんびりゴロゴロ。
こちらの会終わりと同時に城外を出されたノレリムが餌の役目を存分に果たし。15時前にロイドがスダカーンを縄で縛って城内に運び入れた。
猿轡をされてウーウー煩いので離れた場所で。
「お疲れ~。外はどんな感じ?」
「あの伝令と合流しようとノレリムがゼノン隊を振り切り路地へ入り込んだ所を押えました。
ノレリムは隣宿舎へ逆戻り。小物はこちら。雇い主と思われる屋敷に蝙蝠とグーニャを潜らせてます。まあ大した物は出ないか。出ても欲望の杯程度かと。同じ物なら繋がりを示す証拠には成りますね。
クワンティは上に」
「ふむふむ。今回も楽して済まない」
「この程度仕事にも成りません。他はもう観光してます」
「それでいいよ。ダリアが居て敵の後手を踏むなら俺たち全員失格さ」
「でしょうね。では何か見付かれば連絡を」
「宜しく~」
「明日は私たちも合流か買い物して帰るから。先に帰っても待っててくれても何方でも」
「はい。多分夕食作りに先帰りだと」
幸せな同居生活までもう少し。
シーツに包んだスダカーンを担ぎ。弟が待つ会議室へ。
父上とペリルはソプランが呼び出し済。
行き成り金椅子に座らせシーツと猿轡を解いた。
「はぁ…死ぬかとおも!?」
スタルフと父上の姿を見付けて絶句。
「よぉ小物。俺は見覚え無いが誰の下臣だ」
「シャザム様…の…。何故だ…。何故口から…」
「出さなくてもスタルフと父上なら知ってるだろ。何者でノレリムと連んでた」
「スダカーン…。シャザム様の隠れ秘書官…。主の指示でノレリムへの伝言を依頼された…」
「どんな?」
「お前は用済みだ…。聖女を下りてクワンジアへ帰れ。繋がりを示さねば何もしない…と」
「用済みか。お前とノレリムの関係性は」
「私は只の連絡役。ただ…彼女の方は私を実の父のようだ。面影が似ていると」
「それを言われてお前は何とも思わない?」
「結婚もした事が無いのに行き成りそれを言われても。何を思えと…」
「安心しろ。お前は一生結婚出来ん。アッテンハイム側とお前かシャザムは誰かと繋がってるのか」
「シャザム様は…ビエンコ祭事長と連絡の遣り取りを。私は誰とも」
「ビエンコかぁ。あいつなら有り得る。改信までしたペリーニャをどうやって戻す積もりだった。教皇様にも認められてるのに」
「アッテンハイムの役員と聖騎士団半数の票が有れば…水竜教と掛け持ち兼任も可能だと。前例は無いが不可能ではないと」
「兼任!?本人の意思を無視してか?」
「最後に教皇様か。レンブラントのローレライ大司教の認可さえ有れば可能だとか。詳しくは知りません…」
「父上は聞いた事有ります?そんなの」
「いや私も初耳だ。幾ら何でも本人の意思は無視されん。改信直後ならいざ知らず。一年以上が経ち。新聖女が公募で任命された今に成って。意味が解らんな」
「ですよね。教皇様もローレライも俺と仲が良い。ペリーニャを特別視はしていても認可を下ろす訳が無い。何かの魔道具で操らない限り。それを誰が持っている」
「シャザム様のお屋敷の地下に…。欲望の杯と対を為す渇欲の銀杯が有り。それに水を入れて飲ませると一時的に思い通りに操れるのだとか…聞きました」
「闇から物で間違いないな」
「だと思います…」
「大きさは」
「欲望の杯と同形でした」
ロディ聞こえた?
しっかりと。これからダメスを後追いでグーニャに伝えさせます。
隠滅される前に回収宜しく。
承知。
「父上。既にペットを潜入させているので回収します。それを明日シャザムに突き付けましょう。この椅子に乗せて」
「やってしまった物は仕方が無いな。止める間も無かった。そうだなスタルフ」
「はい。兄上を止められるのは妃方だけです。僕は事後で知りましたと」
物分りの良い自慢の親子です。
「最後の質問だ。ノレリムとどうやって知り合った」
「丁度一年前に。シャザム様がクワンジアの知り合いに紹介して貰ったと連れて来られました」
「可哀想に。判断はスタルフに任せるが。俺はノレリムを一旦アッテンハイムにそのまま帰し。聖女を下ろさせて自由にさせる案で行く。明日の会合で採決してくれ。こいつとノレリムの前で」
「僕も同じです。後で父上と相談を」
「する迄も無い。正規に下ろさないとペリーニャが困る。椅子は会合中に出し直してくれ」
「了解です」
スダカーンは拘束したまま城内留置部屋へ。
明日の会合はお祭りだ。
-------------
2月9日。昨日の時点でロイドから銀杯を2個受け取り挑む五国会合。
会場に全員が入ると同時に扉を外で封鎖。
スタルフの挨拶から始まる。
「廊下が騒がしいのは気に為ずに。今回の五国会合は昨日の条例の示し合わせで目的を果たしている。この続きは来年と今年四月末のタイラントで進めようと考える。
今日は趣向を変え…身内の恥を晒す。
昨日の午後。ノレリムが城下外遊中に護衛を振り切り我が国内の密偵と会おうとした。
その賊は既に捕獲済。後程ここへ入れるがノレリムの発言は許さない。勝手に口を開けばこの国の法で裁く。良いな」
「はい…。閉口致します。何が起きても」
「良かろう。では兄上。例の椅子をここへ」
「了解」
豪華な金椅子を室内奥のスペースに置き。廊下から連れて来られたスダカーンが座らせられ昨日のお復習い。
タイラント宿舎の人員とスタルフと父上以外皆が驚き。シャザムが盛大に狼狽えた。
「ちが…。違う!私は何も」
「黙れシャザム!お前の経験を見込んで首長の座に置いてやったのに。後宮の寝所に金杯を仕込んだ挙句。アッテンハイムのグリエル教皇まで銀杯で操ろうとした。
言い訳は要らん。その老害をこの椅子に座らせろ」
スダカーンが立たされ衛兵に両脇を抑えられたシャザムが強制的に着席。と同時に抵抗する動きも停止。
「くっ…何故動けぬ。何だこの椅子は!」
「どうでも良い。兄上がとある迷宮で授かった拷問無しで何でも白状してしまう有り難い椅子だ。老い先短い人生の記念に説くと味わえ。
ペリーニャ様を戻して如何する積もりだったのだ。ビエンコと共謀しても銀杯の効果が無くなればお終いで元に戻るだけ。全くの無意味だ」
「もど…戻せば…。女神教が復権…する。ぎ、銀杯の効果は消えても認可した記憶は残る。それだけ有れば充分。
自分で認可…したのだから取り消しは出来ん。そこの低脳な新聖女ではなく。優秀な新聖女が現われれば…。スタルフ王の第三妃に迎え。アッテンハイムとマッハリアは盤石な体制が築ける」
「何を馬鹿な…。お前は金杯を自分で試したのか。それとも何か悪い毒物でも喰らったのか。四方や闇組織と直接繋がっているのか」
「私は正常だ…。ノレリムを紹介してくれた人身売買組織もその裏までは知らぬ。クワンジアではまだ普通に奴隷が買える。スターレンが一つ潰した所で他にも幾つか残っている」
「他国から人を買うのが正常だと?笑わせるな。
過去に大きな過ちを犯したこの国で。奴隷制度を撤廃しようと五国会合まで開いた余の顔に泥を塗りたくりながら何が盤石だ。恥を知れ老害め」
スタルフは大きく息を吐き。目頭を押えた。
「スダカーンは保守派と縁切り。穏健派の下位議員の秘書官見習いから出直せ。
シャザムは更迭。財の一部を残し全没収。女神教の寺院へは監視付きでの外出を許可する。恩赦はそこまで。女神に祈りながら死期を待て。
後任は後日に定例議会内で選定する。
冥土の土産に一つ大きな知らせをお前にくれてやろう」
「何…を?」
「現マッハリア王家。詰りはフリューゲル家総員は近々水竜教へ改信をする」
「…な…」
これは父上も知らなかった模様。スタルフの後方で目を剥いた。
「スタルフ…」
「父上とソフィアーヌ母様が兄上との最近の歓待で改信を悩まれていたのは知っています。
誰に聞いた訳でも無く。僕自身の勘です。
それも踏まえハルジエが統一教会を脱会しました。行き先は水竜教。ならば取るべき道は一つしか無い」
「…済まん」
「ケイブラハム卿。何度でも言うが宗教と外交は別物。信仰の選択は自由意志。本会合には何ら影響しない。その認識で合っているな」
「勿論。他国は他国の勝手。ペリーニャ様は水竜教。別段何も思いませぬ。教皇であろうと誰であろうと口を挟める物ではない。外交とは無縁だ」
「マルセンド卿もその認識で良いな」
「如何にも。我がロルーゼでも水竜教への改信が流行って居りますからな。それが時代の流れ。止める権利は誰にも無い」
「結構。政治と宗教が直結していた時代は駆逐された豚で終わった。西以外世界何処を探しても政治と宗教は無関係だ。引き摺る国は排他されて行く。それは良し。
次にノレリムの処遇。言ってしまえば罪を犯した訳ではない。無知故に宿舎間を無断で移動しただけだ。
厳重注意の書を添えアッテンハイムに帰国させ。それ以降はケイブラハム卿とグリエル教皇に一任する。
主賓四国の反対者は挙手を」
見渡せど誰も居ない。
「これにて可決とする。他に何も無ければ昼食会で第一回五国会合を閉会するが」
エンバミル氏が挙手。
「当国の護衛。帝国騎士団長のラーランが聖騎士ゼノンと手合わせをしたいと兼ねてより希望している。
昼食会後に訓練場を少し借りたい。ゼノンが受けてくれるのならだが」
「こちらは構わない。どうするかはゼノン次第だ」
注目を浴びるゼノンは少し悩み。
「良いでしょう。お受けします。但し五国関係者の前でのみの御前試合。マッハリアの傍聴席は信用に足らない。
帝国とアッテンハイムの溝掘りに使おうなどと考え結果を湾曲させられては困ります」
「否定出来んのが辛いな。揃いも揃って馬鹿ばかりだ。良いだろう。窓の無い室内訓練場で外野を排除する。昼食会後に移動しよう」
「感謝致します。スタルフ王陛下」
五国会合最終日の余興は自分は初めて見るゼノンとラーランの本気。
「ペリーニャも初めてだよな。ゼノンの本気」
「初ですね。何だかんだでスターレン様と席を外してばかり居ましたし」
色々有り過ぎて。ラフドッグの浜辺から逃避行したり変態女神に会いに行ったりで。
推定実力伯仲の2人。互いに長木剣と木製鉄枠の小盾。
自国の軽量防具。外装は似ているが中身は違う。
守りのゼノン。攻めのラーラン。
ソプランと良い勝負をしたラーランの圧勝かと思われた。
(勝手な予想)
しかし蓋を開ければ防戦一方と成ったのはラーラン。
素早さの源。初動の足捌きを徹底的に封じられジリ貧。
壁際まで追い込まれ。反撃しようとその壁を後ろ蹴りに飛翔した所でラーランを越える俊足を見せ更に回り込み。
裏剣も斬り上げも全て避けられ。器用に盾を外され木剣も飛ばされラーランの完敗。
ソプランがぼやき。
「やっぱ手抜きしてやがったなゼノン」
「我ら聖騎士。ペリーニャ様の幸せこそが本懐。我らの手でお救い出来なかったあの日。この地下でスターレン様がお救いして下さったあの日から。
我らの願いはたった一つ。今のお姿そのものです。模擬の敗北で自由に成られるのであれば喜んで。
我らの剣は聖女の剣。この身全ては盾。それ以外の何物でもない。それだけです」
「ゼノン…。有り難う」
「ラーランもだ。なんで長槍使わねえんだ。エンバミル卿かレレミィ様が報告しちまうぞ。上に」
「いやぁ参りましたね。実力を測る処の騒ぎじゃ有りませんでした。ソプランさんの言う通り。上には上が居る。
もう一本お願いしても宜しいですか。これでは国に帰れません。次は得意な得物で」
「良いとも。互いの気が済むまで何本でもお相手致す」
2本目は長木槍を構えたラーランの圧勝。かと思われたがそうでもなく。リーチを活かした距離感と間合いを詰められ離れ。矛先よりも内側で去なし脇に挟まれ膠着状態。
強引にゼノンを持ち上げ薙ぎ倒し辛くも勝利。
3本目はゼノンの苦手な距離をラーランが把握。両者の武器が砕けた所で引き分け。
終わってみれば五分五分。握手を交してお開き。
「次はタイラントで」
「次の聖女が決まっていればな」
「それもそうですね」
観衆皆の拍手で初回五国会合の幕は下りた。
今回は寄り道無しで各国の要人たちを送り届けて終了。
最後に帝国を訪ね。クルシュの案内でパーク料理長に久々のお礼とご挨拶をして帰国。
「逞しくて厳しいパークさんに調理されちゃいました♡」
「その表現は色々と誤解を招きますぞクルシュ様」
人目も憚らずイチャイチャ。これ以上はお邪魔。熱々の2人を残して退散。
-------------
帰国して翌日10日は丸1日。五国会合の内容報告とタイラント内の初期擦り合わせに費やした。
2月11日。フィーネと2人切りでハイネへデート。
行き先はフレットの店。ルビアンダさんの昔話を伺いに。
懐かしそうに目を細めて。
「エボニアルの地下道は今どうなってるんだい」
「東の途中を崩落。その一部の岩で中間分岐を東西で封印しました。上等な掘削機でないと掘れない位頑丈に」
「スタンさんと仲間と魔力盛り盛りに周辺一帯まで固めたのでカッチカチです」
「なんとまあ…」
4人分の珈琲を淹れてくれたフレットも驚き。
「やる事全て普通では終われないんですか?平和に成ってから通常行商ルートに使えたのに」
「申し訳無いとは思ったよ。でも闇の中枢では結構有名な場所なら潰さんと」
「モハンもマッハリアも近隣一般住民には迷惑よ。今はまだまだ」
「まあそうさね。モハン側は春夏が短くてね。大体五月初めから八月上旬まで。移行十二月中旬までギリギリ通れて使えた。以外は寒くて氷が張って真面に歩けやしないし馬も駆け上がれない。
あんたらは強引に行けても一般人にはね」
「だろうね」
「ですよねぇ」
「西出口から大きく二つに分岐。そのまま西の町村へ向かう道と北の山脈側の高原地帯に向かう道。高原に二つの集落が在って南は固定。北は季節で少し移動する」
「移動集落か」
「高原ならではね」
「その北側の移動先の一つで極上の珈琲豆を栽培してんのさ。珈琲も景色も最高でねぇ。
背にするは大山脈の山嶺。眼下には平野部と樹海と早朝には霧が立ち籠める雲海。日の出も日没も澄んだ空気も何もかも色彩鮮やか。
好んで足を運んでたのは私とフレットだけさね」
「俺は最初強引に連れられて。二度目以降は病み付きに成った口で」
「「へぇ~」」
「いいな。観光だけでも」
「他事どうでもいいから純粋に景色眺めたい」
「他事?あんなと言えば現地人に悪いけど。あんな辺鄙な場所に何か在るのかい?」
「見付けたい物が2つ程」
「只の勘なので。でもスタンさんの勘は良く当るんで一度は訪問しないと」
「ほぉ~聞きたいけど止めとくよ。現地の人はちょっと気難しい面も有る。有るけど…お宅の白鳩が居ればそれはもう大歓迎だろうさ」
「紹介状なんて不要ですよ。きっと沢山お土産。と言う名の献上品を貰えます」
俺たちは苦笑いでお返し。
「話変わるけどフレットは結婚してるの?」
「昨年目出度くしました。財団関係者と。今はラッハマ側の農園に居ます。月半分行ったり来たりで。
スターレン様も知ってる人です」
「へぇ誰だろ」
「興味津々。教えてくれないの?」
ルビアンダさんが拒否。
「孫が出来てからにしとくれ。あんたの熱烈な信者だからねぇ。今会わせると何言い出すか」
「勘弁して下さい。ここでの付き合いは伝えてないんで」
「止めときまーす」
「興味は封印で」
危険危険。
特殊な武装や道具の出物は無く。2種の豆袋を購入して退店。それからフィーネと2人切りでハイネやラフドッグでおデート。シュルツのストレス軽減の為、拠点は無し。
と来れば他の9人共個別デート。
ソプランは何時もの3人と。
女子会などの休息日はプールやジムトレ。
下旬に秘密の宴を欠かさず。6月までは抑え気味に。
幸せ生活の最中。
ロルーゼの王都名称がエルドシアンへ変更。同時にワイデルミとキシャレッドの強制送還開始。3月中旬頃お届け完了予定。
合間に南西の赤白竜と白大蛇に初挨拶。その後にクワン主催の迷宮調査スタート。人型は手出しせず。
2月はこうして過ぎ行き3月へ突入。
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