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第289話 エルラダ女史の手術
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5月28日。昼間にモーちゃんを連れて登城。
今回は何を詰める訳でも無い純粋な顔合わせ。
夜は招待客両家を事務棟食堂へ招きプチ宴会。
この1階フロアだけでも凄い設備だとお客皆が絶賛。
ラメル君と俺たちで作った料理も大絶賛。
6人共移民したいと言い出しフラジミゼールが空っぽに成るので止めてとお願い。
少しだけ上のフロアにも案内して宴は解散。
会の終わりにモーリアから素朴な質問。
「スターレン様。一つ宜しいでしょうか」
「何?急に改まって」
「…ロロシュ邸や町中でスターレン様の後ろを歩いていた時妙に御婦人方の視線を感じたのですが。気の所為か自意識過剰なのでしょうか」
「おぉ間違い無く気の所為じゃないよ。俺の知り合いってだけで初見だと余計に注目される。タイラントは男性比率低いから独身なら優良物件だ!」
フィーネも隣で同調。
「私にもチャンス有るかも!とかね」
「やはり…でしたか」
「モーリアはイケメンだし。フラジミゼールで彼女とか居なかった?作らなかった?」
「父の影響で社交の場には良く出てはいたのですが。どうも貴族令嬢様と言うのが性に合わないと言いますか。堅苦しい肩が凝る窮屈だなと感じてしまい。
お茶や食事を共にしても味気なく…。自分が悪い気もしますが真面にお付き合いをした事が無いのが現状です」
その隣のリオーナが呆れ。
「私はこの奥手の兄の悪影響でその御婦人様から良く苛められるんです。なんで振り向かないの!どうすれば気が引けるの!あんた邪魔してない?もしかして同性愛者?等々散々言われて居ります。常に。
それに釣られて私にも彼氏が出来ず。作れず」
「「おぉ…」」
「普通に女性が好きですよ。現在も絶賛緊張してます。聞きしに勝る美女ばかりでスターレン様が羨ましいなと。
フィーネ様だけでも心臓バクバクなのに。ここは天国で自分は既に死んでいるのではと誤解をする程で」
女性陣褒められて満足げな顔。
「奥手と言いながら中々饒舌じゃん。それなら直ぐに彼女出来るよ。侍女でも町民でも選り取り見取り。リオーナに紹介出来そうな人は全く浮かばないけど…」
「はぁ…でしょうねぇ」
かなりがっくり。
「モーちゃん誰か居ないの?リオーナのお相手」
「うーん。つい先日まで新聖女にと考えていて。落選してもアッテンハイムで見付かるかと踏んで探してはいなかったのが正直。リオナは」
「ロルーゼに碌な殿方は居りませんよ。地位や名誉や家柄ばかり気にして」
「母様それ以上は絶望しか無いから止めて」
「南西ならチラホラ居るんだけどなぁ」
カタリデが拒絶。
「止めてよ。私の将来潰す気?」
「違うって。モデロンとか全然下が居るじゃん」
「良かったぁビックリしたわぁ」
「ソプラン。お城に来てる勇者隊希望者の中で誰か居なかった?」
「む~。その目線で見てねえからな。戦闘力ばっかで。確かにタイラント外が殆どだから居るかも。選考落ちの時点で見向きもされなくなるのが残念なとこだ。俺やアローマが直で話すると後々面倒だし」
「救いとしては女性冒険者が全く来られない点だけです。理由はご想像通りに」
「そかぁ。まあまだ19なんだし気長に行こう。焦っても変なのしか捕まらない。移民と一口に言っても男よりやってみたい仕事を探さないと。そっちの繋がりに期待するとかでも」
「確かにそちらを優先すべきですね。観光で遊びに来る訳ではないので。帰って仕事面を考えます。兄さんも」
「うん。手に職持たないとお相手処じゃないよな」
最後は少し真面目な笑い話に。
しかしモーリアのモテ期は直ぐそこだ。
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29日の両家のチェックアウト後。
モーちゃん一家をフラジミゼールへ送り届けていよいよ本題のエルラダさんの手術の話。
ナノモイ氏とエリセンティの滞在部屋を決め。
最新の心臓周りのスキャン絵(私めの作画)脈拍波形記録と診察記録や人体模型や解剖図鑑を並べ。本人交えて協議を開始。
この世界初の最新医療グッズとカテーテル施術法をナノモイ氏に説明する所から始まった。
目を大きく見開き。
「はぁー。内腿付け根の動脈から直接心臓までとは…。私の知識は要らないのでは」
「そんな事は有りません。外から見るのと実際の中身を見てる人の経験値の違い。感覚や距離感など。
それよりエルラダさん。普通本人は聞かない物だと思うんですがご気分は大丈夫なのですか?」
「平気です。自分の中身が知れる良い機会。仮に死んでもあぁ私はこれに遣られて死んだのかと納得も出来ます」
「お母さん!お願いだから止めて。後ろ向きは嫌」
「何も後ろ向きではないわよ。人間何時かは死ぬ運命。それが少し早いだけの話。可能性の問題。孫の顔は楽しみだけれど死因は千差万別。そんなに嫌なら未来視を使えば良い。
手術途中で失敗しても貴女は何も出来ないわ」
「そうですけど言い方が嫌です!何方でも良いみたいな」
「臆病な上に聞き分けが無い子ね。お受けする私が良いと言っているのです。ドンと構え為さい」
「どうして伝わらないの…」
涙目で顔を覆った。
「重要な会議のお邪魔をするなら事務棟へ戻り為さい!
今私の寿命を縮めているのは貴女よ」
「はい。それは済みません。私情は後に。進めて下さいスターレン様」
「本人の方が肝が据わり過ぎな気もしますが進めます。
反対側の血流入口の静脈弁の神経伝達異常は飲み薬で9割以上改善。それは1年前の波形と比べて明らか。
体力面も向上。心臓以外の状態は全て正常。年齢も37とお若く治りも早い。
その半面。若さ故に老齢の方より血行が良い。詰りカテーテルの入れ方を僅かでもミスすると出血多量で即死。
準備した内視ゴーグルで無数の血管の中から大動脈を見極め血管壁内を傷付けない訓練が必要。
今年初めから処理待ちの豚さんのお命を借り実用試験を重ねましたが人間の身体では未実施です。
人間の構造違いで同じ動脈でも1つルートを間違えると頭の中。脳髄内まで届いてしまう為。そちらも傷付けてしまうと大きな障害が残ります。半身不随や言語障害や記憶障害等々。
取り敢えずナノモイ氏の訓練を1週間から10日を予定しています。
長いか短いか。将又人間の身体でやってみたいか。如何でしょうか」
唸り目を閉じ。人体模型を見ながら少し考えたいと。それを見守りながら待った。
「三度。若い一歳未満の豚で道具の感覚を掴んでから判断をしたい。人体で試すと言っても生きていなければ意味が無い。被検体が居ないのでは本番勝負。その一回に全力を掛けられる準備をする迄。
スターレン殿の描いたエルラダ女史の内部絵を元に判断するに。動脈弁自体一部肥大化。それを削り取るだけでもかなりの改善が見込める。
しかし…脈異常が周期的なのが解せん。
きっちり九十秒。弁だけでそんな事が起きるのか。
静脈用の神経改善処方薬で動脈側に効果が無い?
詰りは神経側が異常だと認識していない。人間の構造だと心臓の動きを司るのは脳幹ではない。心臓の裏側…」
模型から心臓を取出し掲げ。
「心臓の背中側の上部。ここに心臓の脳と呼ばれる独立神経の集計路が在る。恐らくだがここの何本かが混線している。スターレン殿の鑑定とゴーグルで探り。手術は最低二回。俯せ背中からの整形術と仰向けカテーテル術」
「成程…。周期は別物か」
ペルシェとアルシェ姉妹がメモを取りながら一言二言言葉を交した。
「整形術から間を空け経過観察を十日前後。訓練時間よりもそちらに時間を割り振った方が良い」
「解りました。では早速…」
「その前に幾つか質問が」
「何でしょう」
「フィーネ様とペリーニャ様の治癒術は如何程のレベルなのでしょうか」
「…それは非常時に備えての質問ですか?」
「含めて。再生と再構成まで可能なら使えない。何故なら全てが初期状態に戻される。整形術の方は異常ではない故に」
「あぁそこまで戻るのか…。2人共もう再生まで可能」
「補助するにしても止血程度なのね」
「無念です…」
「使えませんな。輸血用のストックは」
「同じ型を持つ人が近場に少なく。現在5L程度。半分冷凍半分冷蔵保管」
「そちらはまずまずですか。カテーテル術の前に冷凍を冷蔵に。出来る限りの採取。それと術後の増血剤と鉄分多目の食事。基本的な所を後程擦り合わせましょうか」
「はい。ではエルラダさん。手術着に着替えて診察室へ。
俺とナノモイ氏とアルシェとペルシェで総合的に診察し直します」
「直ぐに準備を」
診察室でエルラダさんを集中診察。俺は背中を触診。
3人は新作ゴーグルで。
診察後。軽食を食べながら本人と人体模型を囲み。4人と関係者少数で夕方迄協議を重ねた。
描き出したスケッチと照らし合わせ。動脈弁異常の原因を特定した。それはナノモイ氏の指摘通りに集計路内の3本が途中で二段に絡まり合っていた。
背骨付近の背骨の隙間2箇所を使えば届く範囲。他の神経と脊髄を傷付けない高難易度の手術と成る。
背面整形は天才姉妹が執刀。ナノモイ氏と俺たちはアドバイザーとサポート。
カテーテル術はペルシェとナノモイ氏がメイン。
そこまで策定した所で29日はお開き。
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30日は医療器具を契約養豚所へ持ち込み。ナノモイ氏の道具訓練。
自分たちの午後は丸々空き。
そこへ…グリドットが悲痛な表情を浮べて現われた。
「やってくれましたねスターレン様。来年のお楽しみを」
「先手必勝。休養充分な俺に口走る方が悪い。やるなら徹底的にが信条でね」
「叱責を受けたのは僕なんで別に構いませんがね!
ペースメーカーは今有っても意味が無いので来年用の報酬を先にお持ちしました。
とは別にプレマーレ様の方は本日か次回か」
深呼吸をしてから。
「本日この後でお願いします」
「解りました。ではこちらを」
白い布を解くと輪廻の輪とは別形状の楕円の輪の半分。
「輪廻の輪と同様に対照半分をマウデリン。繋ぎは世界樹か古代樹の木片。世界樹を使うなら木霊の精霊さん。
古代樹ならオメアニス様でも。神を下りても神同等。今の貴女様は過去以上です故何方でも。
道具名は危険予知の冠。今後所有者とお仲間に対して未知の脅威が迫った時に自動発動。スターレン様の悪い予感や嫌な感覚と略略同じ効果を示します。
旅の必需品。本来の意味でのお守りです。最後を飾るに相応しいとの意味合いで」
「御方様とのお別れか…。名残惜しいな。あんな屑より直にお会いしたかったと伝えて欲しい」
「聞こえていますがお伝えします。お守りの所有者で誰が適任かは皆様のご想像通りに。クルシュさんでも良かったのですが?」
「それは彼女の人生だ。能力を持ってるからって捻じ曲げる権利は無いよ」
「教育次第ではかなり改善しましたよ?」
「グリドット…。お前は俺を本気で怒らせたいのか」
レイルが背後から首根を掴み。
「ペースメーカーは自力作成して。今回で最後なら冥府に堕ちてみる?」
「失礼しました!済みません今のは失言です。多分帰ったら謹慎処分。それでお納めを」
「何度も世話になってるから見逃す。離してやって」
「はーい」
「ダリア。これはもう少し熟練度上げてからにしよう。何でも勘でも危険危険じゃ心も身体も疲れちゃう」
「はい。今は特に。未熟者には過剰なお守りです」
襟元を整えたグリドットがプレマーレにイヤホンタイプの小さな通話器を渡した。
「耳に添えた時から使えます」
震えながら掌の上に乗せ。
「有り難う…」
「防音室空いてるから好きなだけ使って」
「はい…」
レイルに支えられながら2階へ上がった。
「あれは使い切り?返却?」
「返却と告げたら今度こそ死ねます。思い出の品にどうぞ」
フィーネとアローマが蜂蜜を買いに行っている間に。
「何度かタイラントやこっちの世界覗いて。何か違和感やら疑問に思う事が有ったら教えて。終盤の記念に」
「そうですね…。自走車の実現を見てみたかったのと。
タイラント領土内に一つ。中央大陸内に後二つ。
南西中央部に一つ。未発見のかなり深い迷宮が在ります」
「へぇ」
「中央に三つ。これがヒント。特に…。余計かな。ちょっと御方様に問い合わせします。お待ちを」
「おけ。偶にはゆっくりして行けよ」
数分の後。
「許可が下りました。特に中央南西部で見付かる迷宮は敵側に先手を取られると厄介そうだと」
「ふーん…。あれか」
レイルが俺の隣に来て催促。
「目星付いてるなら教えてよぉ」
「買い物の2人の帰りと上のプレマーレが終わったら。夕食後に皆で話そう。そんな難しくない」
「焦らすわね」
「偶にはいいでしょ」
「もぅ♡」
「来年以降かなり時間が空くと思われるので繋ぎの探索にどうぞ、と言う感じです。自走車は個人的にも上のお二人も楽しみにして居られるので急ぐ必要は有りません」
「後でシュルツに伝えとく」
道具の説明付き添いで今はシュルツとファフが居ない。
事務棟担当は現在ソプラン。
グリドットが帰り。フルメンバーが揃った夕食後。
ボロボロに成ったプレマーレは女子一同で慰め回復。
「グリドットが置き土産に言い残した迷宮の話。
俺の予想を今聞きたいか。来年聞きたいか。もう今聞いてしまおうと言う人は挙手!」
何と全員。
「早めに聞いた方が心の準備が出来るってもんだろ」
「そうそう」
ソプランにレイルが同意。
「では1つ目。タイラント領土内。それはローリターナー山脈のタイラント側の3ルートの何処か。雪解け後の春から夏に掛けて入口が現われる。
2つ目。エボニアル山脈。俺とフィーネとレイルとクワンで塞いじゃった東西地下道から近い場所。情報はハイネのルビアンダさんの昔話を聞いて。訪ねた地元住民が持ってると思う。
3つ目。デリアガンザス山脈。現在も少量のマウデリン欲しさにクワンジア南で掘り進めてる山脈端に現われる。
アデルの派閥に先手を取られると厄介だと御方様が態々ご忠告」
「確定じゃねか。毎度の事ながら」
「そうよ」
「飽くまで予想だって」
皆を宥め。
「3つ目はクワンジア側から入る理由が無い。国所有で探索権限が無い。なら俺たちに残された手段はたった1つ。それは何でしょうペリーニャ」
「私に…。と言う事はアッテンハイム側から国境スレスレを攻める」
「正解。こっち側で先に入口見付けちゃおう。天然迷宮だから双眼鏡で調べられるし。
…アローマ。フィーネの口塞いで」
「え?私?」
「畏まりました」
塞がれたのを見て。
「カタリデも何も喋るな」
「解った」
「アデルの手に渡ると厄介な代物。ベルさんがこっちの世界で再現しなかった物の1つ。破滅の小石の破壊力が霞んでしまう程の大量殺戮兵器」
「…」
全員沈黙。
「フィーネとカタリデの口を塞いだ物の原料が埋まってると思う。絶対に口に出すな」
フィーネがウンウン頷いた。
「あーあ最低。ピーカー君は私の心読んじゃ駄目よ」
「読みません!忘れます」
「何とかクワンジア側の一般鉱山夫を生き埋めにしないように地下に繋がるルートを全部塞いで迷宮にも入らず存在を消したいのが俺の願い。
どうしても塞げなかったら全部掘り出して南極から焼却処分したい。その埋蔵量にも因りけりだけど。
掘り過ぎて山頂の天馬の里を崩壊させる訳にも行かない。かなり入念な調査が必要。
クワンはクワンジア側の進捗をちょいちょい探って」
「了解です!今は神域でかなり深くまで覗けるので」
「助かる。下見程度なら今年の年末空いた期間で覗いてみよう。フィーネさんの予定に入れといて」
「うん…。あぁ駄目だわ手が震える。後で書きます。内容書かずに予定だけ」
「グーニャは昔の配下が山脈の何処まで入り込んだか把握出来る?」
「出来ますニャ」
「それ以上奥に行くなと伝えて」
「ハイニャ!」
「お願いします。想像通りの本物だった場合。生身で接近すると身体の各所が汚染され変質する。細胞の根底の遺伝子とかのレベルで自然現象。再生とは関係無く。治癒術も属性とも無縁。後から直す術は存在しない。緩和する薬もこっちにはまだ無い。
接近する人員と対策装備を整えてからじゃないとレイルでも俺でも神2人だろうとかなり厳しい。
最悪ブラン装備の誰か1人。と進化したピーカー君とかシュピナード&ナーディとか環境を無視出来る者以外は絶対に行かせない。冗談抜きで事後の汚染除去も含めて危険極まりない物質。
迷宮内の魔物は異常変異種塗れだと思われる。別の意味で超高難易度迷宮だ。
ここまでは最悪想定。
救いとしてはベルさんが解説書でそんな物はこちらには無いと言い切ってくれた点。御方様が厄介そう、と言葉を柔らかくしてくれてる点。この2点から察するに。希望的にアデルが持つ小石の破壊力を上昇させられる物に留まるとも取れる。
後は実物を見て判断。
エボニアルも夏場が良さそう。南西中央部は相当時間がぽっかり空いた時。赤白竜と本物の方の白大蛇にご挨拶して調査かな。何にせよ本番は来年以降で西に乗り込むまでの間に」
フィーネがアローマに手帳を渡して。
「ショック過ぎて失言が怖いから予定発表お願い」
「はい。代理発表をします。
本日より六日後の六月五日にエルラダさんの一回目の手術が決定しました。背中からの心臓背面整形術です。
執刀医はカメノス邸のお二人。スターレン様とフィーネ様とペリーニャ様はナノモイ氏と共にサポート役。
御三人様は前日四日からのご準備を。
三日から五日までを男子休息日に割り当てます。スターレン様は明日からのローテーションをお願いします。
二日の夜は傷心中のプレマーレ様を癒し尽くしましょう。
五日以降十日間は術後の経過観察。良好であれば真ん中辺りに南極女子会。
その後も順調であれば十六日にカテーテル術を実施。
思わしく無ければ再執刀。必要に応じてお二人の治癒術も適用の可能性有。
再執刀後、更に十日間と言う流れで進みます。
手術と無関係の人員は事務棟仕事か迷宮訓練その他。シュルツお嬢様のお稽古手伝いなどを任意の複数で。
ダリア様の未来視はどうされますか。
半端な決意では結果が揺らぎます故。遣るなら遣る。遣らないなら遣らない。ご決断を」
「遣りません。何が起きても誰かの所為にしたく無い。文句を言える資格も無し。
今だけは臆病者で居させて下さい。お許し下さいスターレン様」
「それで良いと思う。休養するのも大事な仕事。途中で割り込むのだけは控えて」
「はい!」
気合いの停止宣言。
「七月以降八月までは未定。九月以降の大項目に変更は有りません。十一月以降でアッテンハイム領の調査が追加されたのみ。
別項目で七月上旬にペカトーレで紫茸の入手協議。と同時に胃薬も忘れずに。
それ以降でピーカー君の進化を見守り。自然進化が見込まれなければアウスレーゼ様の元へ向かいます。
七月中旬以降で術後の快方お祝い会からモーランゼア訪問へと繋がります。
今年の九月の長期休暇は各地からの来客が多くなってしまいましたので八月下旬。こちらの雨期明け直ぐに前倒せる案件は前に倒し自分たちの休暇を必ず確保します。
年内は以上。
スターレン様。モーランゼア訪問の前にセントバ様とミゼッタ様のお屋敷へ立ち寄られますか」
「悩んでるけど…。自然に行くならやっぱそこかな」
「畏まりました。こちらの手帳に後で追記致します。
他何か有れば」
特に無し。
「では本日は解散と致します」
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31日朝。
自宅に届けられたお手紙類を読んでいると…。
「おぉアストラ皇帝から早速感謝状が届いた。効果絶大でもう2本欲しいって。ソプラン君予備は」
「全然余裕だ。適当な時間でトロイヤと配達行って来る」
男の密談に我が正妻フィーネが首を突っ込んだ。
「お隣のお薬なんでしょ。もう皆解ってるから私たちで納入しても」
そんなおふざけを咬ます正妻の顔をアローマが包み。
「最も自信が無いのは何方ですか?フィーネ様」
「私…です」
「殿方専用の夜のお薬を御自分で購入に走る事への恥じらいは何処へ?」
「恥じらい…置き忘れてました」
「秘薬に関しての口出しは?」
「無用…でした。御免為さい」
「殿方専用はペルシェ様からも受け取れません。カメノス氏御本人のご許可が無くては」
「勉強不足…です」
そのままフィーネの顔を豊かなお胸で包んだ。
「温かくて柔らかくて愛おしい…幸せ♡」
「何の寸劇やねん」
「ごめんちゃい」
更に開封を続けていると…。
「サダハ様?」
「え?」
ダイニングに居た嫁たちも集まる。
「えーっと何何。昇霊の儀式の際。同席されていた金髪美女は第七妃ではないのかね!(怒)
挨拶には来ないのかね!(照)
出来れば来て欲しい!(他の妃も含めて)
自分が見たいだけじゃねえか!あれ?まだ1枚…」
2枚目へ突入。
「えー…。その金髪美女様。に良く似た感じの金髪美青年を最近シャインの町中で見掛けるように成ったとの報告が上がった。
買い物は勿論有り難いのだが。転移で町のド真ん中に突っ込んで来るのは如何な物か。それも各寺院の修女寮や独身女子寮の近くを狙い澄ましたかのように。
隠し切れないファンが急増して待侘びるように成っているがそちらの都合は悪くはないのかね?常識的に」
「おいレイル!サイネルの教育不足だ。1人でお買い物に行かせるのは早過ぎる」
慌ててリビングに飛んで来たレイル。
「ごめーんスターレン。怒らないでぇ」
「怒ってはない。転移道具余ったからって勝手に渡しちゃ駄目だろ」
ハグして頭を撫で撫で。
「はーい、反省♡」
「合間の時間で教えといて。町は基本外から身分証を提示して入りなさいって」
「うん。言い忘れてた。後でデコピンしとく。死なない程度に」
「死んだらメリリーが悲しむだろ」
「そうねうっかり。優しく説教しとく」
レイルを隣に置き。お手紙確認の続き。
「今日のは…こんなもんか。レイルたちは朝食べた?」
「まだ」
本日の当番ロイドを見て。
「2人分追加の用意有る?」
「増えるだろうと作ってますので余裕です」
「じゃあプレマーレも呼んで朝食にしよう。今日俺暇だから事務棟張り付き」
「はーい。フィーネの席陣取るぅ」
「ちょっとレイル。今日は私も事務棟だよ」
「そっちの席もローテしなさい。指定でもないのに隣独占してるの誰よ」
「バレてたか…。それは会議室で話し合いましょう」
「話し合う以前の問題だけど。付き合ってあげる」
朝から正妻とレイルの火花が熱い。
朝食後に事務棟へ場を移し隊長のみ固定席へ座る。
支配人席と副支配人席は並んで最奥。自分の席はその手前右手。パッと見俺が秘書官みたいな位置取り。気兼ね無くごゆっくりがテーマらしい。
俺の隣卓2つはフリー枠。対面左手の3つもフリー。
その6卓の下手に小デスクが10セット。
トロイヤとティマーンで2つ。ティンダー隊で2つ。
以下はまだ空きで1つをエルラダさんが体力作りのお茶汲み係として使用中。
1階から3階までの上り下りだけでも結構な運動。
当然給湯室は3階にも在るのだが本人立っての希望でそうなった。
固まって座れる休憩ブースまで設置。
エルラダさんに特別水筒で運んで貰った珈琲を飲み。
「手術への不安や緊張は」
「微塵も。乗り越えた先の希望の方が大きく。明るい未来を信じて疑わずに。
明後日の昼から術前準備で研究棟へ入ります」
「そうですか。これ以上は何も言うべきではないですね」
「然様で」
支配人席のダリアを見ながら。
「未来視は?」
「使いません。今月来月は他の用事なくば封印します」
「臆病者」
「何と言われ様とも使いません!」
拒絶を示すダリアの前に歩み寄り。
「臆病者」
「嫌です!許してお母さん」
「駄目です。許しません」
「お母さん…。どうして私を苛めるの…」
近くの空き椅子を持ちデスクの対面に座った。
「私を見なさいニーダ」
涙を滲ませダリアは半分睨み返した。
「嫌です!」
「聞きなさい。既に制御は出来ています。見たい物だけでなく見たくない物も同時に見られる精神力も備わった。
ここで逃げたらそれらが崩れます。未来視で見える景色も激変。もう使い物には成らず。スターレン様のお役にも立てなく成る。それでも良いのですか?」
「…」
「誤りを信じた勇者隊の皆様が大きな損害を被る。その責を負った貴女がどうするのか。誰にも何も言わずに逃亡を図り。自死を試みるでしょう」
「そんな…」
「ベルはどの様な未来を見ようとも希望は捨てなかった。それが今。何度でも模索し。長い時を掛け。種族の壁まで乗り越え小さな種を植えて回りました。
貴女にその続きを託したのです。未来への希望。それが貴女と言う形。勇者様の妻の道を選んだのならば。
乗り越え為さい。私の命を無駄にしないで。これが私が与えられる最後の課題です」
「だとしても…嫌…です」
大きな溜息を吐き。
「聞き分けない子…。呆れて物も言えません。ではこうしましょう。
ここで逃げると言うのなら。手術が成功し。根治をしたとしても貴女の目の前で自分の命を絶ちます」
「な!?」
驚いたのは室内の他全員。
「そんなの…駄目です!何の為に」
「貴女に再会する為です!貴女を成長させる為に私は戻って来られた。役目はここまで。使わないのなら容赦無く捨て去ります!」
強靱な母。臆病な娘。いや寧ろそれが普通だと思う。
部外者は口を挟めず見守った。
「嫌ぁぁぁ」
遂には泣き出した。当然。
「ふぅ…。ならばこうしましょう。私が根治した暁に。役立たずの貴女はスターレン様のお側を離れなさい」
「え…?」
「私が貴方の代わりに。占い師として第四妃の席へと座って差し上げましょう。頑張ればまだ子が作れます」
え?何ですと!?
「ちょっと…それはエルラダさん」
「私ではご不満だとでも?」
「いやその。不満とかそう言う話では…」
「では死ぬしか有りませんよね?」
「えぇ…」
どうしたらええんや。
室内に救いは無く。視線を投げた皆が目を逸らした。
「ま、まずは落ち着きましょう。明後日まで。いやまだ手術までには時間が有ります。
大切な荷物を準備中のソプランとトロイヤもビックリして落としてしまいそうです。
来客は…相変わらず来ない様子なので。場所を下の小会議室に移しましてですね。もう少しだけダリアを許容してあげられるようなお話合いをしましょうか」
「二択以外には有りません!」
「そう仰らずに。何か別案が浮かぶかも知れませんし」
涙を拭ったダリアが顔を上げ。
「遣ります。遣って見せます。一月でも二月先でも!妃の席を親子で入れ替わるなど有り得ない」
「ほら見なさい。スターレン様の方が私よりも優先度が遙かに高いのです。式典の時でもそう。貴女は気付かぬ内に私の未来を見た。無事に乗り切れる私の未来を。安心したからこそスターレン様だけを見ていた」
「…それは…」
「先日の報告では。スターレン様が深く傷付いた場面を見ても。努めて冷静に他の道を模索し正しく導けたと伺って居ります。
ならば恐れる事など何も無く。優先の低い私が死のうと生きようと関係は無いではないですか」
「スターレン様は再生能力を備えているので冷静に…」
「いいえ違います。同時にその先も見ていた。スターレン様が死亡されてしまう未来も」
「…」
マジッすか…。ポセラの槍使われると死んじゃうんだ。
フィーネに目線を投げると顔を覆ってデスクに伏せた。
「今更何に怯えるのですか?」
「はい…。済みません。私も何から逃げていたのか。さっぱり意味不明です」
「見たくない物に目を瞑る。それでは正しい道は見えませんよ」
「はい…。今夜、必ず自宅で落ち着いてから実施します」
「最初からそう仰い。…スターレン様」
「はい何でしょう」
「ご褒美を下さい。一晩限定の。私は完全にフリーです」
「有り難いお話ですが。それは色々と誤解を招くので。どうかご容赦を」
「お手付きされても問題無いリストでも作成しましょうか。私はその内の一人です」
「そ!?その様な物が!?」
「冗談ですよ」
「ビックリしたぁ。エルラダさんは俺の母親です。揶揄わないで頂きたい」
「ニーダを苛め過ぎましたかね。弱虫で臆病で嘘吐き娘にはこれ位やらないと通じません故」
「お母さん。もう…堪忍して下さい。お願いします」
「宜しい。結果は私に告げなくて結構です。どうせ顔に出て丸解りですから」
椅子を戻してお茶汲み係の席へ座り直した。
間違い無い。心臓以外は強靱な肝っ玉母ちゃんだ…。
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夕食後。フルメンバーが集まる中でダリアが落ち着いた頃に未来視を実施。
とその前に。
「ここでする質問ではないけどフィーネさん」
「何かな?」
「ボルトイエガルで偽装に潜ったナーミレイジュ迷宮の結果報告誰からも受けてないんだけど。なんで?」
「あ、それ私も気になってた」
「僕もです」
カタリデとピーカー君も俺と一緒に王都内に居たので。
主に女性陣のお顔が真っ赤に。ソプランは目を逸らした。
「シュルツの前では言い難いんだけど…。エッチな道具がわんさと出たの。主に女の子同士で使うような…。
今拠点で使ってる物」
「あぁアレか。突然持ち出されたグッズ」
「なーんだ。アレねぇ」
「聞けば納得」
「ギルドにもお前にも報告出来んだろ」
「まあね。ダリア…ひょっとして」
「何の事ですか!私は単に最善策をですね!」
「嘘嘘冗談。仲良く成る為には必要な物だった、としよう」
シュルツの興味が臨界点突破。
「私も女子会に連れて行って下さい!目の前でお話ばかり伺ってもう我慢の限界ですお姉様」
「駄目!絶対駄目。まだ早いわ。後1年。1年の辛抱よ」
「女性同士なら踏み切っても問題有りません!お泊まりの許可も取れます。いえ取ります!」
「そ、そんな…。どうしよスタンさん。アローマ」
「俺は知らないよ。フィーネもアローマもシュルツの前で女子会女子会と平気で案内しちゃってるんだから。興味を持つなって方が無理だよ」
「「しまった!」」
「ですよねお兄様。成人まで一年を切った盛んな私の目の前で何度も何度も。真夜中に一人で慰める私の身にも成って下さい!」
シュルツ以外の女性陣が沈黙。
「優しいの限定にすればいいじゃん。大切な物は奪わないように」
「ぜ、善処します…」
「優しい…。境界線は何処でしたでしょうか…」
アローマも珍しく混乱中。
「ではダリア。集中出来ないなら外で風でも当って」
「いえ…大丈夫です。振り払います。
六月五日正午。予定通りの執刀開始。
執刀医のお二人。サポートの四人様の体調は万全。
手術台にうつ伏せの母。背中が開いた手術着。
全身麻酔で昏睡。
脈拍計、心電図波形、血圧計機材正常。
整形術用の手術道具。予備含めて全て整い清潔。
緊急用の輸血パックも準備済み。
執刀医の手際の早さにナノモイ氏が驚愕。
十分と掛からず整形完了。内部縫合。背面二箇所縫合まで約三分…。手術は完了。
サポートの出番は無し。
執刀医が最初からナノモイ氏とペルシェ様だった場合。
手術完了までの時間が五分加算。
執刀医がナノモイ氏とスターレン様だった場合。
完了までの所要時間が約倍の三十分。
以上の三つの組合せで失敗は有りません」
「おぉ整形だけなら俺でも行けると」
「整形術後。断裂した背筋。自然結合が八日。
治癒術なら即日…。但し何方か。お二人で行使すると整形部までが元通りに」
「私は大雑把だからペリーニャね」
「はい」
「少しは否定して欲しいな」
「この件に関しては出来ません」
「泣きそうです」
「十日間の経過観察。自然と治癒術何方を選択しても九十秒間隔の異常波形は根絶。
…代わりにランダム突出波形が出現。動脈弁一部肥大と動脈血管の疲弊であると協議して結論。
カテーテル術の実施が決定。
予定通りの十六日正午に施術。
施術者はナノモイ氏。他五名様は引き続きサポート。
右内腿付け根からカテーテル挿入開始。出血は軽微。
約二十秒で異常動脈弁に先端が到達。
肥大部の除去まで二分。カテーテル内管伝いで排出。
折り返しに血管内壁補強ステント挿入。
動脈弁手前に設置開放。設置完了。
カテーテル引き抜き時…。先端部が挿入口に引っ掛かり開口出血。輸血を開始。同時に止血具を装着。
輸血量は二パックで血圧正常域に復帰。止血も完了。
治癒術だと一パックで完了。
止血具要らずで直ぐに動けます。麻酔から覚醒しても問題は無し。お二人何方でも変動無し。
止血具のみだと半日間ベッドの上で静養。
何方も血液一時枯渇での弊害は無し。後遺症も…無し。
術後五日間経過観察。
ランダム波形が消失正常化。静脈異常も突出が残り半分に沈静化。
七月に受け取れる改善薬分を使わずとも充分完治が可能と協議結論。
施術者がナノモイ氏以外だと…全員失敗。内部出血多量で母は亡くなります…。胸部からの排出。輸血量不足と血管縫合が間に合いません。
ナノモイ氏を連れて来てくれて有り難う御座います。
スターレン様!」
俺の胸にダリアが飛び込んで号泣。
抱き締めながら。
「俺は連れて来ただけさ。これぞ巡り合わせ。クソ女神の魔の手から脱した人間たちの連携だ。ダリアが傍に居てくれなかったら俺たちはここまで来られなかった。
胸を張って前に進もう。こちらこそ俺を選んでくれて有り難うダリア。愛の言葉は今晩たっぷりと捧げたい」
「はい!」
一同で拍手を贈った。
-------------
6月10日。
朝から女性メンバーが全員お出掛けして暇な男2人は事務棟でボーッと。術後リハビリ中のエルラダさんに淹れて貰った珈琲片手にデスクワーク。
「暇じゃのぉ」
「暇だなぁ」
「暇ですねぇ」
俺とソプランと3卓目のエルラダさん。
「エルラダさん。波形変わって胸に痛みとかは」
「胸の鼓動が変わって違和感は有りますが特に痛みは無いですね。激しく運動して少し休んだ時のような倦怠感みたいな感じです」
「もう少ししたら激しい運動も出来るように成るし。訓練設備も9月前には完成」
「その他には何かやってみたい事は無いんですか?」
「ん~。今まで控えていた脂っこい物を食べたり。お酒を飲んだり。気に成っている方は居ます。
スターレン様以外で」
「こっちの心臓が危ういんでその冗談は止めて。でもエルラダさんが気に成る人は気に成る」
「気に成るな。俺たちが知ってる人?」
「よーくご存じの方ですよ。…少しだけなら今からこっそりご自宅でどうです?」
「誘惑せんで下さい。大人の色気が半端無いんですから」
「俺は関係無い外野だから隠蔽工作に協力するぜ。明日迄嫁らは帰って来ねえし。
ここで留守番するだけだがな」
「俺は何を試されているんだ…」
「娘の避妊具をこっそり拝借したのでソプランさんも大丈夫ですよ」
「はっ…。マジッすか」
「お二人共乗り気なら。今晩決定です。そっちの方面も謳歌したいので優しくお願いします」
「「え!?」」
決定されてしまった…。
「うっそマジで言ってるの?エルラダさん」
「大胆ですねぇ」
「カタリデ様とピーカー君が黙っていればバレません。娘たちは集中してのめり込んでいますし。母親として義理息子の家に遊びに行くだけです。占いでも今日なら安全。
もしバレても自分たちは楽しんで私が楽しんで何が悪いのかと言うだけです」
「確かにロイドの念話も完全に途絶えてるけど。複雑な心境です…」
「俺もなんだが…」
「とーりあえず黙ります。夜間は休眠しよかな」
「僕も寝ます」
「「マジか…」」
ペッツの口も封じないと…。いやホントにいいのかな。
「私への奉仕活動だと思えば浮気では有りません。外で遊ぶなと言うなら家で遊ぶ。間違ってますか?」
「間違い…ではないです」
「ないけどホントに心臓は大丈夫なんすか」
「十六日以降もピンピンしている筈ですが?」
「「あ…」」
ダリアの未来視で。
「それにニーダは経過観察中の今を見ています。何も言わず解り易い場所に避妊具を置いてくれたのですから許可が下りたも同然。何も気に病む必要は有りません」
何故下りた!?
「良しソプラン君。これはもう病人や懐妊時の性事情を学べる勉強会だとしてしまおう。それに大切な女性にここまで言わせてはいけない」
「勉強会か。なら罪悪感は零だな。有り難く講義を受けさせて頂こう。恥ずべき事とする方がお身体に障るってもんだろうし。ここは一つ腹を括って」
「私が気に成っている方は…」
「「止めて下さい」」
「折角心の折り合いが着けられたのに」
「その話は今ではないですね」
「それは残念。次回の女子会の時に取って置きましょう」
「じ、次回…」
「次も…勉強させて貰えると…」
「一晩で捨てられるのは嫌ですわ。来月以降の方がより回復しています」
「以降…」
「その先まで…」
3人切りの執務室で。3人だけの秘密の裏行事が確定で走り出した日。
そんな尊いエッチな妄想がぶっ飛ぶ事件がラメル君の美食健康ランチを食した後に勃発した。
長めの食後のお茶をして上に戻ろうかと腰を上げた頃。
真面目に外の警備をしていたティンダーが食堂に現われ告げる。
「おぉ丁度下でしたか。今正面玄関にクワンジアのセントバ様とミゼッタ様がお越しなのですが」
「は!?」
「お前知り合いだったのか?」
「グリムゾルテはアイールたちの故郷でラクドエイスまで南下する時に町間移動の護衛仕事を俺たちの隊で請け負いましてね。それで知り合いに」
「成程。上の小会議室にお通しして」
「エルラダさんは適当に上で茶淹れを頼みます」
「畏まりました」
久し振りだねと挨拶を交す傍ら。ミゼッタがエルラダさんを見て首を傾げた。
「給仕の方までご同席?…信用は」
「ダリアの母です。スターレンは義理息子。お邪魔なら退出しますが」
「あぁ済みません。御母様だとは失礼しました。ここは信用の置ける方しか置かないと言う噂は本当のようで。どうぞご同席を」
全員着席。
「そんな噂に成ってるの?」
「タイラントは美男美女の宝庫。スターレン様は容姿で選んでいるのではとやっかみ。悪い噂を流す輩も居ますが皆が口々にそんな物は当たり前だと笑い飛ばすような」
「グチャグチャやん」
「実際事実だしな」
「全否定はしない…」
少々お疲れ気味のセントバ氏。
「漸く。やっと先々月にシータ家を解体出来まして。出国許可も下りました。馬鹿息子の妨害も多少は」
「やっぱり手を出して来ましたか」
「やはりアデルをご存じで」
「大幹部ですからね。我々の敵の」
「当然でしたな…。空席と成った聖女様の一般公募に」
「突然私を推薦したいと。意味不明な手紙を寄越され。気持ちが悪くて御爺様と共にこちらへ逃げて参りました。
屋敷の従者は北部町や王都へ分散。それも片付き二人分の資産を確保出来ましたので何処かに定住出来る場所は無い物かとお訪ねしました」
「おぉ成程。ここの裏の宿舎も空いてはいるけど。明日迄管理者の嫁さんたちが挙って女子会小旅行中でね。直ぐになら手堅く一旦南町のハイネか都内の2区の借家か。
ハイネならクワンジアの移民の一部が居るし。顔見知りが居るかも。半分は救助者だし」
「一旦宿かホテル泊まって出直してもいい。その宿代もこっち持ち。て言うと疑問に思うかもだが。アデルの動きを封じる一手として」
「2人に一役買って貰えるならの条件でだけどね」
「確かにそれなら。等価交換には程遠いですが多少は気が休まります」
「女子会…ですか。羨ましい」
実際は…素人の方には不向きな会です。
シュルツ大丈夫かな…。帰って来たら俺用済みだったりしないか心配。
「序でに水竜教へ改信して貰えると嬉しい。アッテンハイムやモーランゼアと仲は良いけど女神教はもう駄目。訳有って相性最悪に成ってね。
ペリーニャもそれで改信させた経緯も含んでる」
「邪神教と女神教が…繋がっていると?」
「実はね。…改信と口外無用を約束してくれるなら詳しく話す。自信が無いなら引っ越しだけで」
「「誓います」」
「残り僅かな命を賭して」
「元々改信をする積もりで居りました。出来れば総本堂でと参った次第で」
「良かった。では…」
邪神教を裏で操っていたのが時のクソ女神張本人。昨年暮れにペリーニャを迎えにアッテンハイムを訪ねたら本人降臨で大暴露。皆で囲んでキモい、変態を連呼したら泣きながらどっかに消え。神域にも戻らず現在行方不明で完全消滅一歩手前まで来ていると説明。
「す…ごい、ですね…」
「女神と直接対峙された…」
「自分は直で2回目」
「俺は別動で現場には居られなかったがな。殴るにも値しない雑魚だったとよ」
「お、御爺様。宿を押さえて早急に改信を為ねば」
「慌てるな。明日は何時頃お訪ねすれば宜しいでしょうか」
「総本堂前の中央広場に大きな時計塔が在る。それが17時でこっちが締まる。それより前15時以降で。
のんびりしてて過ぎたらロロシュ邸側の俺の自宅を訪ねて欲しい」
「今から軽く町案内と五区と総本堂までの道案内は俺がする」
ミゼッタが思い出したかのように。
「忘れて居りましたわスターレン様」
「何?どうかした?」
「愛人枠の余力は」
「はい?唐突に?お爺ちゃんの前で?」
「私は孫娘の自由意志を尊重します。殿方お二人ならば大賛成です」
ハッキリと。
「そんな…。俺まで?」
「驚かれる事でしょうか」
「「何故?」」
全く話が見えない男2人。
「…勇者隊の中で」
「「ん?」」
「お一人だけ」
「「んん?」」
「居るでは有りませんか!両取りを堂々と晒して居られるプレマーレ様が!」
「「え!?」」
エルラダさんは当然顔。
「今気付いたのですか。結構鈍感なのですね」
「「えぇ…」」
「大変珍しい褐色美女。風の噂では最初はスターレン様の愛人。それは多妻が解放される前。解放後に正妃が八枠まで発表されたにも関わらずプレマーレ様のお名前は何処にも無い…。いやそんな馬鹿な。
噂が噂を呼んでも。第五の令嬢様は未成年。成人待ちの最中でも両財団の侍女衆には一切手を出されて居られないと聞けば!勘の良い女なら誰でも気付きます。
プレマーレ様は両取りをしていると」
「「…」」
男2人プチパニック。
「お二人とお知り合いに成れた私ならば。完全フリーの今ならば一枠設けて」
「待つんだミゼッタ。早まってはいけない」
「プレマーレは長い旅を共にして来たからこそ。少し踏み外して俺ともそう言う関係に成った。それは認めるがミゼッタ嬢は違う。愛人枠は一般には理解されず誤解され易いだろ。
人生を棒に振るな。男なら他に幾らでも」
「正妃が八人の時点で常識もへったくれも有りますか!」
「怒るなよ。落ち着いて」
「冷静に成れ。取り敢えず一晩宿かホテルで頭冷やして明日出直してくれ」
「俺たちの答えは決まってる。そっちも〆切りました」
「たった今」
「そんな…。後一歩だったのに」
悔しさに拳を震わせ。
「悔しがってもダーメ。これ以上は特に俺の方の身が持ちません」
「俺も二人が限界だ。外面や噂なんざ関係ねえ」
実際は2人で全員なのですが!
何なら今晩1人追加されてしまうんですが!
胸が苦しい。不整脈かな?
「理解しました」
「良かった」
「落ち着けよ」
「明日プレマーレ様に直談判致します」
「「待てい!」」
余計に拗れた。
エルラダさんは素知らぬ涼しいお顔。
「それでも駄目なら諦めます。とは別に御爺様と旅の途中で相談していたのですが」
「何でしょう。もう何でも言ってくれ」
「将来開かれるオリオンの管轄ホテルの従業者はお決まりでしょうか」
「まだ正式には何も。警備担当者はチラッと選抜を始めた段階。3財団や城の兵士とかも参加するだろうからそこまで急いでもいない。専属に成りたいと?」
「我が儘を申し上げるなら。御爺様も私も人材斡旋業者に辛酸を舐め続けさせられ、人を見抜く才と経験は有ると自負して居ります。
来客の中に敵の潜伏者。等は考え過ぎでも不届き者は紛れるでしょう」
「確かにその面は有るね」
「それまでの間。腐れ父を止めるお役目として御爺様はこちらの専属執事。私は両財団何方かで侍女業務の習得に勤しみたいと考えます。
見方を変えればオリオンには独身男性も多く来られます故に愛人枠が無いのであればそちらで探す手も。
お互いに悪くない条件だと。如何でしょう」
ミゼッタ…出来るな。商人向きだ。
「うん。悪くないね。2人共交渉術に長けてる。独自で商売を始めてみるのも手。アデルは会った事は無いけど馬鹿ではなさそう。行き成りこの王都には仕掛けては来ないと踏んでる。攻めるなら周りから。不安定なオリオンが狙われ易いのは事実。
明日嫁ら交えてその話もしよう。初っ端から愛人話で爆弾投下すんなよ」
「はい。初っ端は外します」
「怖いなぁ。なんでそこまで俺たちに拘るのさ」
「全くだぜ」
セントバ氏は溜息。女性2人は呆れ顔。
「自覚が…無い?」
「「何が?」」
「外を歩くだけで馬鹿みたいなフェロモンを振り撒いて置きながら。着けられて居られる香水は何処を探しても見付からない薔薇の香り。お話をすれば胸躍り。機会が有るなら飛び込まずには居られません!お知り合いでフリーな女性ならば誰でも!」
「そんなん」
「言われてもなぁ」
無自覚なのは俺たちだったと。
取り敢えずリシャーノ王女に会うのはかなり先延ばしにしようと男2人で誓い合った。
ソプランが来客2人を送り届け。
3人とクワンとグーニャの自宅夕食を終えて。
「エルラダさん。冗談なら冗談だったと正直に言って下さい」
「頼みます」
「私から誘って置いて冗談では済ませませんよ。既婚のお二人と一線を越えようと言うのに」
「解りました。もう聞きません」
「覚悟を決めたぜ」
「クワンとグーニャはこれから寝室やお風呂場で何が起きても黙っててくれるか?」
「あっちはあっちで盛り上がってますので。楽勝で黙りますよ」
「今の我輩はクワンティ様の下僕ですニャ。主はフィーネ様でもスターレン様とクワンティ様の意見を尊重します。多数決ニャン」
圧倒的有利な多数決だ。
「では歯をしっかり磨いてから寝室へとお運びします」
「きっちり身支度済ませて」
「宜しくお願い致します」
3人で一礼。
………
越えてしまった…。ダリアに心で謝りながらも。
余計な薬は勿論使わず。男2人はお相手様を細心の注意と敬意を払い愛情を込めて。息を切らせずに天国へとお連れすると言う全く新しい技を習得させて頂いた。
深夜のお風呂場で。
「大変、勉強に成りました。そして」
「気持ち良かったっす。今まで味わってない部類の」
「こちらこそ。殿方お二人を同時にお相手出来るなど幸せな一時でした。でもまだまだ時間は有ります。
今宵は頗る体調も良い。もっともっと幸せを下さいな」
「「喜んで!」」
天国へ連れて行かれたのは俺たちの方でした。
罪悪感も消し飛ぶ幸せを噛み締めて。
-------------
6月11日。
昨日からの引き続きで事務棟に張り付く俺たち3人。
エルラダさんの体調を最優先にたっぷり10時過ぎまで睡眠時間を確保した上で。
「相変わらず」
「暇だなぁ」
「平和ですねぇ」
並びは同じでも心の距離感は圧倒的に縮まった。
女子会終わりの10人が帰ったのはどっぷり昼下がりの14時過ぎ。
10人全員で俺たちの前に出勤。
シュルツはフィーネにベッタリくっ付いて離れずニッコニコな笑顔。
「シュルツ上機嫌だな。もう俺要らないんじゃない?」
笑顔が一変怒り顔。
「お兄様!言って良い事と悪い事が有ります。これはこれそれは全くの別物です!」
「ごめんごめん。冗談だよ。心変わりしてないか不安に成っただけ」
「一切微塵もしていません!ご心配無く」
「良かった」
オマケに熱いハグとキスまで頂いた。
覚えたての新技を投げ込まれて俺の方がメロメロ。
そっと離して。
「これ以上は俺が危険だから止め」
皆に向き直り昨日クワンジアから遙々セントバ氏とミゼッタが改信と移住をしに向こうから来てくれたと説明。
「15時以降で挨拶と住居と仕事の割り振りとかの話し合いに来るからフィーネとアローマとシュルツとダリアとファフは必須。他は自宅でも下の食堂で遅めの昼でも解散でもご自由に」
「態々来てくれたんだ。寄る手間が省けて良かった。朝から殆ど何も食べてないからラメル君ランチの残り食べて来るね。今の内に」
「ほーい。まだ余裕だからごゆっくり」
「…それよりスタンさん」
「なんざんしょ」
「エルラダさんもこっちに座ってるのは」
「おいおい。他が出払ってたった3人だけなのに。1人だけお茶汲み席の離れ小島に座れとでも?」
「酷い人ですね。フィーネ様は」
「お嬢。主と正副支配人席と下の四席以外は自由だろ。好い加減にしないとアローマに追い出されるぞ」
「御免為さい!済みません!そんな積もりじゃなくて。許してエルラダさん、アローマ」
アローマがフィーネの肩に手を置き。
「未だに独占欲を小出しにするのはお止め下さい。それはもう態とやっているとしか見られませんよ?」
「違うの。ホントに違うの」
「違いません。お昼を頂いたらご来客前にお席のお話を詰めましょう。ここはスターレン様の領域であってフィーネ様でも自由には決められません。良いですね!」
「はい…。アローマに従います」
正妻の鋭い勘を機転を利かせて回避した。
セティ…回避とは?
全部読まないと気が済まないのかロディ。失望するし。それは以前のフィーネと変わらんぞ。何でも縛り付ける。
御免為さい!自重の鍛錬を!
努力して。
はい!
序でにロディも手懐けた。
来客2人が来たのは15時半を回った頃。
エルラダさんとアローマが茶淹れと運び入れ。こちらのメンバーは誰も帰らずフルメンバー。プレマーレが帰るのを期待したのだが。
エルラダさんも端席へ腰を下ろした。
「昨日お話の大半をお聞きしたので私もご同席させて頂きます。単純に興味ですので居ない者と」
態々文句を垂れる人は居ない。
「2人は元々来る時からここへの移住と水竜教への改信を決めてくれてた。俺とクソ女神との関係性と現状の話もしてある。住居を新宿舎かハイネか都内の借家か。
新宿舎なら城を通す必要無し。事後連絡で済む。
仕事場の希望はオリオン直轄ホテルの専属従業者。開業までの間はここの準専属執事と両邸での侍女業習得。
商業に関して2人共経験豊富で問題は無い即戦力。寧ろここが暇すぎてセントバ氏が勿体無い。宝の持ち腐れ。
オリオンの開業予定は早くて2年後。ここや侍女以外でもう一つ仕事を増やしても良いと思います。
それらを踏まえた上で。2人からご挨拶をどうぞ」
2人それぞれ立って挨拶と自己紹介を軽めに座った。
「では指揮系統管理者の5人で話し合い。目の前では聞こえちゃうから隣室でどうぞ」
フィーネが4人を連れて退出。
その隙にレイルが俺とソプランの腕を掴んで部屋の端っこに追い遣られた。
「ねえ。あの女から二人を狙う雌の臭いがするんだけど。また増えるの?今丁度良い感じの十人なのに…」
「大丈夫だって。クルシュと違って聞き分け有る子だから」
「姐さん。その話は最後にする。反対意見の採決はするから待ってくれ」
「うん…。解った。私は二人が望むならどっちでもいい。でも時間を奪われるのは嫌」
「「了解」」
1人の時間配分削られちゃうからね。
元から断る流れで予告済だし。
別室での擦り合わせを終えた5人が戻りフィーネさん。
「まずは来て頂けて有り難う御座います。厄介なアデルを牽制する上でも有り難く歓迎します。
住居は新宿舎の南棟の2階角部屋の何方か。この後内覧へ行き決定して貰います。基本的な家具以外何も無いので明日位迄はホテル延長を。私たちの誰か付き添いで明日買い揃えに向かいます。セントバ氏はソプランと。
必要代金は全てこちら負担。両財団系の店ではお金が掛からないので遠慮無くどうぞ。
暫定希望の仕事で反対意見は無く了承。追加の仕事は本人たちのご意見を後に聞いてからの決定とします。時間制限は設けませんので都内の様子を見て回りじっくりとお決め下さい。
改信手続きは昨日の時点で終了との事。念の為証明書の確認を後程に。
明日。買い物以外でセントバ氏はロロシュ邸のゼファー執事長と面会。ミゼッタさんは同邸のフギン侍女長との面会をセッティングします。仕事内容の把握が出来次第お隣のカメノス邸関係者へ伝達。ロロシュさんとカメノスさんへのご挨拶もその時に。
お城への報告は明後日私とアローマで事後報告。必要に応じて呼び出しを喰らうかも知れませんのでお部屋で待機をお願いします。
私たちからは以上。2人のご意見は」
セントバ氏から。
「特に。充分過ぎる位です。孫が独り暮らしを出来るように行く行くは自分で部屋を探します。身体が動かなく成れば水竜教の寺院にでも」
爆弾準備中のミゼッタ。
「御爺様同様に待遇に関しては過分に充分。…フィーネ様一つ希望を加えても」
「可能な事ならば。愛人枠以外で」
流石のフィーネも先手打ち。誰でも解る。
「くっ…先手とは。どうしても駄目ですか」
「駄目です。理由に乏しい。好きと言う感情だけで飛び込まれても困ります。私たちは貴女の父親を殺そうとしているのに。2人共納得はしていて逃げて来た状況。それは理解しますが実際目の前で害する場面に遭遇した時どうなるか解りません。
温情が再燃して私たちの邪魔をするかも。そうなれば貴女も排除します。愛人枠へ入ってからでは遅い。スタンやソプランの心が大きく乱されます。
スタンが乱されるのは正妃皆の堪え難い苦しみです。
お相手不在で自由だからと来られても受け入れられる訳が有りません!」
「でしたら何故プレマーレ様だけが許されるのですか。責めてその訳を教えては頂けないでしょうか」
「説明は不要です。貴女には関係が無い。他に憧れを抱く人間が千人万人居ようと知った事では有りません。何故公開しなくてはいけないのか。逆に聞かせて」
「それは…」
「話に為らない。興味本位だけ。スタンに相応しいお相手を探せとでも?」
「違います。それは自分で」
「愛人枠を断られたら探す?」
「はい…その積もりで」
「ふざけないで!そっちが何よりも先。貴女はここへ何をしに来たの?2人の男を誘惑しに来たの?
アデルの魔の手から助けて欲しいからここへ来たのではないの?」
「…」
「答えられないならクワンジアへ帰りなさい。何なら明日朝に転移で送るわ。居られても邪魔だから。有能なセントバさんだけを残して」
「助けて下さい!毎日毎日不安なのです。御爺様と居ても不安を感じて夜眠れずに明かす事も多々。
あの男から逃れたい。私はあの男の戯れ言を信じて捕まりました。もう二度と会いたくない。
会えばこの手で殺したい!この不安感を消し飛ばしたいのです。スターレン様やソプラン様の温情とご寵愛をお受けすれば消せる気が…して。済みませんでした!」
「正直で結構。助けましょう。お互い手を尽くして。でも手っ取り早く2人に縋っては駄目。それはきっと愛じゃない。利用して溺れて忘れたいだけよ。昨日その話もしたなら断られたでしょ」
「はい」
「一方的では元から駄目よ。そんな人たちは山程居る。独身や未婚姻の侍女の皆に我慢をさせているの。それは理解出来るでしょ」
「はい。私が許されたら次々に…」
「だったら止めてくれないと。ここに居れば安全。商人気質だけど信用出来る人が大勢。ここやハイネに行けば友達も沢山出来る。ちょっぴり若いけど将来有望な男の子も居る。お仕事探しと同時にまずはそこから。
私たちもと言いたいのは山々だけど出張や遠征。長期休暇だって欲しいからずっとここには居られない。
居られる間は頼ってくれて構わない。誘惑以外で楽しいお酒と食事で騒ぎましょう。そうして忙しくしてる内にきっと悪夢を忘れてるわ」
「有り難う御座います…。今、本心を打ち撒けただけでも胸が大分軽く成りました。今夜は眠れそうな気がします」
「案外難しくないんじゃない?」
「そうかも…。そうですね。はい」
「セントバさんも大きな荷物を下ろして頂いて。暫くゆっくり静養と散策をお楽しみ下さい。この安全なタイラントで」
「言葉も無いです…。感謝を」
「明日の夕方はここの1階で宴会を開きましょう。エルラダさんはお酒を控えて頂き。男女別で夜の王都へ繰り出しましょう」
正妻は強し。全て丸く収め切った。
-------------
6月23日。
エルラダさんの術後1週間が過ぎ。結果は未来視通りの良好な経過具合。
ナノモイ氏とエリィ夫婦を交えカメノス邸で快方祝宴が催され夫婦は明日転移で帰宅。
「いやぁナノモイ氏と出会えてホントに良かった。来て頂けてなかったらエルラダさんはここには居なかった」
「有り難う御座います」
エルラダさんもナノモイ氏に一礼。
「いやいやこちらこそ。再び医療の道に携われた事。全く新しい機材や道具に触れられて感謝しか無い。年内か年明け辺りにまた伺いに。エルラダ女史の経過も見つつその他の話をしたい」
「是非是非。予定の手紙を送って下さい。どの道モーゼス伯も遊びに来るのでこちらから迎えに上がります。9月10月以外は結構余裕です。
9月の夏を経験したいならばその時でも」
「是非とも」
「非常に魅力的な話だがね。新政権が誕生したばかりで長期の外出ではフラジミゼールの雑事が山積み。多分年内はその処理で消える。
楽しみは来年に取って置こう。と言いつつエリィがどうしてもと言うなら考えるが」
「悩みますねぇ…。モーゼス伯のご家族も来られるなら私たちも。向こうで確認してみます。将来的なお話も兼ねて段々と」
その他色々な世間話に華が咲き。エルラダさんが久々の薄いお酒に酔い。可愛い感じでお眠が来た所で祝宴はお開きと成った。
エルラダさんもナノモイ夫妻もカメノス邸の宿舎なのでお別れ。ダリアを囲んで自宅で飲み直した。
「目出度い日は何度乾杯しても楽しいな。ダリアもあんま酒強くなかったのは母親譲りかね」
「そうかも知れません」
ほんのり赤ら顔が親子揃ってキュート。
適当なお摘まみを用意してダイニングを見渡すと?
「ソプラン何か有った?隣の会の時から変な顔して。具合悪いなら部屋帰っても」
「雨期前の風邪?」
おでこを触ったアローマが。
「平常ですね」
「風邪ではないんだが…。今朝からちょっとな」
「まさかアレが来ちゃった?」
「え?」
女子一同騒然。
「いやそれでもない。至って絶好調だ」
女子一同が安堵。知ってる筈のアローマまで。
「質問なんだがオメアニス様」
「何でしょう」
「過去に別人に擦ったスキルが再燃する事は有るのか」
「…まさか略奪者?でも何も…見えませんね」
「気の所為じゃない。お嬢を見てると…胸の奥で別の誰かが囁きやがる。スターレンから奪えって」
「え!?」
急遽俺がソプランの肩を触診。
特性:瞬歩、略奪者
「あ…出てる。瞬歩の次に。かなり薄らと略奪者」
「マジか…」
オメアニスとペリーニャがソプランを間近に凝視。
「あぁ…ギリギリ」
「見えるか…見えないか。薄い上に掠れています」
オメアニスとレイルが考察。
「レイル様。擦った相手。現在で言う五十五前後の人物が昨日か今朝お亡くなりになれば可能性は」
「有るかも…。でも違う気がする。別人に擦ったなら縁は切れるし生まれ直してるなら相手は二十六歳前後で死んでる筈。今のソプランが二十九として。
時間差で復帰するのも変。今日はこのまま解散するし何もしない日…。あ、モーランゼア訪問が近いからか」
「おぉぽいな」
「面倒臭えなぁ。またクソ女神か」
「にしも変ねぇ昨日誰かと町中で接触しなかった?肩が打つかったとか握手を交したとか」
「ん…?接触…外で接触」
目を閉じ昨日を手を動かしながら振り返る。
俺たちは只見守るのみ。
「一昨日の夜は姐さんたちと愛を重ねた日で違う。昨日からで確定。昨日…。午前は城への確認業務。昼からハイネで馴染みの店数軒で買い物。事務棟寄って帰宅。
知らない奴と接触したなら城内…。あ、居たな。珍しく女冒険者が入隊選考に一人だけ混じって。敗退は当然。
下に降りてタツリケ氏と話をしたかったから観覧から下へ移動。廊下途中でその女と正面同士で遭遇。
最後尾のそいつが俺の隣で転んだ。態とらしいなと思いつつ手を貸して起こしてやった。
手首や腕まで掴まれ抱き着こうとまでしたから胸倉掴み上げて調子放いてんじゃねえぞと突き放した」
「結構忘れないと思うけどそれぽいね」
「あぁ女だから一旦外しちまった。名前はノレリム。クワンジア出身。容姿は本人自信満々。俺的に並の中の並。
背格好はお嬢様と同じ位で明るめの茶髪のポニテ。
後で隊員の素性調べたが怪しい点は無く。帰国の途中聖都に寄った序でに次期聖女の応募をするだとか…。
悪いな、確定だったわ」
皆でそれじゃんと言いながら俺が探索コンパスを取出し王都の地図上で回した。
「お、金持ってるな。エリュグンテの3階。301の角部屋に滞在中」
ダリアに視線が中した。
「微酔いで自信半分。ですが逃すのは癪なので存分に遣ってみます」
グラスを置き目を閉じた。
「現在二十時半過ぎ。天候は快晴。
レイル様の蝙蝠で接近…おぉ転移で逃亡。
グーニャで接近…同じく逃亡。殿方二人で男性隊員に化け接近…香水で気付かれ逃亡。
ホテル内での捕獲は困難。
明日朝九時過ぎに隊の皆でチェックアウト。外へ。
偶然を装いスターレン様と数名で擦れ違い…回避して路地裏へ逃げ込み。
慎重な女ですね。以降誰が接近しようと中央広場の停留所を目指し。ラッハマ行きのキャラバンに参加。陸路で逃亡します。止める理由は皆無です」
「捕まえられないのか」
「手はまだ。ソプランさんのスキル解除と共に意趣返しを探ります。
オメアニス様…根絶。意趣返し無し。
レイル様…根絶。ノレリム、意趣返しで即死。
クワンティ…ソプランさんのスキルが昇格?略奪強奪の更に上?何でしょう…分配供与?
不思議なスキルが鑑定後に登場。スターレン様が凄え凄えと大喜び。
ロイド様とファフ様の共同浄化…スキル変動無し。意趣返しでノレリムを一時的支配下。ホテルを出た後。隊と別れさせ事務棟へ誘導。
金椅子に座らせ情報取り放題です」
「やっと…」
「私たちの出番が…。長かった」
「フィーネ様とペリーニャ様の共同浄化…根絶直前でソプランさんの略奪が成功。意趣返し無し。
お二人はソプランさんの正妻と第二妃へ。ロイド様から繰り上がり。七席へプレマーレ様。八席へ責任を取ったアローマさんが。
一時的にスターレン様は悲しみますが。ソプランさんならまあ良いかとさっくり切り替え大団円。
正妻のロイド様と第二の私が支えて参ります。これで行きましょうロイド様!」
「賛成♡」
「「止めて下さい!!」」
「ロイドとファフ確定だな。クワンのスキル昇格って制限時間有りそうか見て」
「はい。……あれ?明日の朝では根絶のみ。本日零時を回る前までの間限定の様子です」
「お、いいねぇ。復帰初期の曖昧時間内限定だな。ソプランやってみる?」
「やってみるか。変なのだったら封印の道探ればいいし。根絶の手も有る」
ロイドとファフでソプランの肩に手を置き共同浄化。ノレリムを支配下に置き。何とお一人様の独占部屋だったので風呂に入らせそのまま就寝。
第一段階終了後にクワンのスキル昇格。同じくソラリマクワンで肩に乗り執行。
分配供与:任意者から任意者への魔力移譲。装備や衣服以外の肌や露出部に触れ合い相互移動。自身には積載無しの架け橋。自己魔力消費も無し。主要属性不問。
「おぉ凄い。ソプランならではの魔力移譲スキル。俺とフィーネから分配して対象が近場に居れば略無限供給だな」
一同で拍手。
「上限も無さそう。多少練習すれば」
「マーレ嬢の再現魔法が使い放題か」
「スフィンスラーの残りとか一日で回り切れますね」
「スフィンスラーは来年のシュルツ用に取って置きたいから他の迷宮とかで。周回待ち要らずで一発総ナメ。欲しい所を何度でも繰り返せる」
「入り直さなくていいのは利点だな」
「時間が大幅に稼げるわ」
良い事尽くめ。魔力全回復の秘薬が本当の意味で緊急用と成った日。
大満足の翌朝。9時前には全員事務棟に集合。
現われたノレリムを詳しく女性陣が身体検査。特殊な道具は持って居らず初級治癒魔法とスキル復元魔法を所持。
戦闘力は中級の上と判明。
体内に異物は無し。破滅の小石の存在は知らず。アデルの部下であるのは認めた。
「小石とは繋がらなかったか…。オメア。この子のスキル復元だけを剥がすか封印は可能?」
「何方も可能ですがどうされるのですか?」
「なら剥がしてこの子を新聖女にする。ここでの記憶とアデルに関する記憶をレイルに消して貰って。他の面倒なスキル持ちの子を聖女にさせない為に」
「成程…安全予防策をこの子で」
「そそ。何人も追えないし。阻止してばかりじゃ一向に聖女が誕生しない。ペリーニャ帰還の道も封じられる」
全員納得で即実行。早期に解決と予防。
記憶を消して停留所付近で支配下を解除。
「剥がしたスキル復元でスターレン様の時間操作を戻せますが如何します?」
「ん~。ペリーニャの分が半減するからそのままで。アデルが持ってる奴を剥がして俺に戻す。そこまで接近出来たなら」
「良い案ですね。適当な魔物で熟練度を増せば。クルシュさんの未来視を剥がしてダリアに上乗せも可能。九月に来る本人了承の元で、ですが」
「そこまでは欲張らないよ。ダリアは?」
「要らないと言うなら頂きます。今のスキルを伸ばすのが先決で最善。上乗せして精度と範囲が増えるのと結局は同じです故」
他反対意見が上がる事は有る訳無かった。
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毎月末週の3日間。29~31日は事務棟運休設定。
そこに合わせて秘密の宴。
の前の27、28日の週末休みを利用して今月2回目の拠点女子会へ女性メンバー10人がウッキウキでお出掛け。
薬類を納品しに行く序でにお会いする方は勿論。
「エルラダさん。今月2回目の女子会が開催されてしまいました」
「こんなにも早く来るとは…。相当楽しいみたいで」
男2人は期待の目を向けた。
「今回も大丈夫でしょう。どんどん嵌まっているのでこっちの事など気にしてませんよ。心配なのはお二人の居場所だけで。
ダリアの避妊具も新しい予備品を貰ったそうなのでこれは私の物」
「おぉ素晴らしい流れだ」
「またお勉強させて頂けると」
「勿論ですとも。前回よりも激し目により深い講義を。その前に美味しいお夕食を期待しても?」
「全力でご準備致します」
「俺も手伝います。嫁にしか作ってないですが」
「それは貴重ですね。楽しみです。早めに行って私も何か作りますわ」
「「先生…」」
この頃からエルラダさんを影で先生と呼ぶように成った。
女性の喜ばせ方とは何か。産後の生理時の変化。
好みや弱点等々の知っているようで知らなかった事を沢山学び。夫婦生活を円満に保つ秘訣と新たな技を伝授させて頂いた。
今まで如何に薬に頼り。勢い任せや傲慢であったのかをまざまざと叩き込まれ。最高に気持ち良く幸せな時間を頂戴した俺たち。
歳を重ねても半人前のお子ちゃまだったと猛省。
先生は本気の俺たちを前にしても超余裕な対応。お互いに気持ち良く。心よりの愛を伝えても尚余裕。とは言え例の秘薬は危険過ぎるのでそれはペースメーカー納品後のお楽しみとした。
先生の気に成る人の存在を消し飛ばしてしまっては後々大問題に発展すんぞ!とカタリデに怒られ俺たちは正気に戻った。
そりゃそうだ…。止めましょう。
2泊フルでの秘密の宴で先生から学んだ事を存分に活かし新たな技も投入。愛のカステラとローションと薄い竜血剤で乗り切った31日の昼。
秘薬を使った時以上に蕩けた9人を前に全然余裕な俺たち2人。
食堂の空きテーブルに身体を預ける9人の中でも気丈な我が正妻のフィーネさん。
「2人共…。どうしてしまったの…。あのお薬、使ってないよね…」
目まで蕩けて超絶可愛い。
「使ってないよ」
「少し竜血剤飲んだだけだ」
「気持ち良すぎて…。死んじゃうかと…思った」
他の8人も呻きながら同意。
「それは良かった。空き時間で散々ソプランと技術向上を擦り合わせた甲斐が有ったな」
「個別の弱点とか好みとか体位とか色々な」
「怖い…けど嬉しい。今後も…」
「続けるよ。技術向上とたっぷりの」
「愛情込めてな」
その言葉だけで9人は最後に昇天して伏せた。
有り難う先生。これからもずっと夫婦円満で行けそうな気がします。
今回は何を詰める訳でも無い純粋な顔合わせ。
夜は招待客両家を事務棟食堂へ招きプチ宴会。
この1階フロアだけでも凄い設備だとお客皆が絶賛。
ラメル君と俺たちで作った料理も大絶賛。
6人共移民したいと言い出しフラジミゼールが空っぽに成るので止めてとお願い。
少しだけ上のフロアにも案内して宴は解散。
会の終わりにモーリアから素朴な質問。
「スターレン様。一つ宜しいでしょうか」
「何?急に改まって」
「…ロロシュ邸や町中でスターレン様の後ろを歩いていた時妙に御婦人方の視線を感じたのですが。気の所為か自意識過剰なのでしょうか」
「おぉ間違い無く気の所為じゃないよ。俺の知り合いってだけで初見だと余計に注目される。タイラントは男性比率低いから独身なら優良物件だ!」
フィーネも隣で同調。
「私にもチャンス有るかも!とかね」
「やはり…でしたか」
「モーリアはイケメンだし。フラジミゼールで彼女とか居なかった?作らなかった?」
「父の影響で社交の場には良く出てはいたのですが。どうも貴族令嬢様と言うのが性に合わないと言いますか。堅苦しい肩が凝る窮屈だなと感じてしまい。
お茶や食事を共にしても味気なく…。自分が悪い気もしますが真面にお付き合いをした事が無いのが現状です」
その隣のリオーナが呆れ。
「私はこの奥手の兄の悪影響でその御婦人様から良く苛められるんです。なんで振り向かないの!どうすれば気が引けるの!あんた邪魔してない?もしかして同性愛者?等々散々言われて居ります。常に。
それに釣られて私にも彼氏が出来ず。作れず」
「「おぉ…」」
「普通に女性が好きですよ。現在も絶賛緊張してます。聞きしに勝る美女ばかりでスターレン様が羨ましいなと。
フィーネ様だけでも心臓バクバクなのに。ここは天国で自分は既に死んでいるのではと誤解をする程で」
女性陣褒められて満足げな顔。
「奥手と言いながら中々饒舌じゃん。それなら直ぐに彼女出来るよ。侍女でも町民でも選り取り見取り。リオーナに紹介出来そうな人は全く浮かばないけど…」
「はぁ…でしょうねぇ」
かなりがっくり。
「モーちゃん誰か居ないの?リオーナのお相手」
「うーん。つい先日まで新聖女にと考えていて。落選してもアッテンハイムで見付かるかと踏んで探してはいなかったのが正直。リオナは」
「ロルーゼに碌な殿方は居りませんよ。地位や名誉や家柄ばかり気にして」
「母様それ以上は絶望しか無いから止めて」
「南西ならチラホラ居るんだけどなぁ」
カタリデが拒絶。
「止めてよ。私の将来潰す気?」
「違うって。モデロンとか全然下が居るじゃん」
「良かったぁビックリしたわぁ」
「ソプラン。お城に来てる勇者隊希望者の中で誰か居なかった?」
「む~。その目線で見てねえからな。戦闘力ばっかで。確かにタイラント外が殆どだから居るかも。選考落ちの時点で見向きもされなくなるのが残念なとこだ。俺やアローマが直で話すると後々面倒だし」
「救いとしては女性冒険者が全く来られない点だけです。理由はご想像通りに」
「そかぁ。まあまだ19なんだし気長に行こう。焦っても変なのしか捕まらない。移民と一口に言っても男よりやってみたい仕事を探さないと。そっちの繋がりに期待するとかでも」
「確かにそちらを優先すべきですね。観光で遊びに来る訳ではないので。帰って仕事面を考えます。兄さんも」
「うん。手に職持たないとお相手処じゃないよな」
最後は少し真面目な笑い話に。
しかしモーリアのモテ期は直ぐそこだ。
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29日の両家のチェックアウト後。
モーちゃん一家をフラジミゼールへ送り届けていよいよ本題のエルラダさんの手術の話。
ナノモイ氏とエリセンティの滞在部屋を決め。
最新の心臓周りのスキャン絵(私めの作画)脈拍波形記録と診察記録や人体模型や解剖図鑑を並べ。本人交えて協議を開始。
この世界初の最新医療グッズとカテーテル施術法をナノモイ氏に説明する所から始まった。
目を大きく見開き。
「はぁー。内腿付け根の動脈から直接心臓までとは…。私の知識は要らないのでは」
「そんな事は有りません。外から見るのと実際の中身を見てる人の経験値の違い。感覚や距離感など。
それよりエルラダさん。普通本人は聞かない物だと思うんですがご気分は大丈夫なのですか?」
「平気です。自分の中身が知れる良い機会。仮に死んでもあぁ私はこれに遣られて死んだのかと納得も出来ます」
「お母さん!お願いだから止めて。後ろ向きは嫌」
「何も後ろ向きではないわよ。人間何時かは死ぬ運命。それが少し早いだけの話。可能性の問題。孫の顔は楽しみだけれど死因は千差万別。そんなに嫌なら未来視を使えば良い。
手術途中で失敗しても貴女は何も出来ないわ」
「そうですけど言い方が嫌です!何方でも良いみたいな」
「臆病な上に聞き分けが無い子ね。お受けする私が良いと言っているのです。ドンと構え為さい」
「どうして伝わらないの…」
涙目で顔を覆った。
「重要な会議のお邪魔をするなら事務棟へ戻り為さい!
今私の寿命を縮めているのは貴女よ」
「はい。それは済みません。私情は後に。進めて下さいスターレン様」
「本人の方が肝が据わり過ぎな気もしますが進めます。
反対側の血流入口の静脈弁の神経伝達異常は飲み薬で9割以上改善。それは1年前の波形と比べて明らか。
体力面も向上。心臓以外の状態は全て正常。年齢も37とお若く治りも早い。
その半面。若さ故に老齢の方より血行が良い。詰りカテーテルの入れ方を僅かでもミスすると出血多量で即死。
準備した内視ゴーグルで無数の血管の中から大動脈を見極め血管壁内を傷付けない訓練が必要。
今年初めから処理待ちの豚さんのお命を借り実用試験を重ねましたが人間の身体では未実施です。
人間の構造違いで同じ動脈でも1つルートを間違えると頭の中。脳髄内まで届いてしまう為。そちらも傷付けてしまうと大きな障害が残ります。半身不随や言語障害や記憶障害等々。
取り敢えずナノモイ氏の訓練を1週間から10日を予定しています。
長いか短いか。将又人間の身体でやってみたいか。如何でしょうか」
唸り目を閉じ。人体模型を見ながら少し考えたいと。それを見守りながら待った。
「三度。若い一歳未満の豚で道具の感覚を掴んでから判断をしたい。人体で試すと言っても生きていなければ意味が無い。被検体が居ないのでは本番勝負。その一回に全力を掛けられる準備をする迄。
スターレン殿の描いたエルラダ女史の内部絵を元に判断するに。動脈弁自体一部肥大化。それを削り取るだけでもかなりの改善が見込める。
しかし…脈異常が周期的なのが解せん。
きっちり九十秒。弁だけでそんな事が起きるのか。
静脈用の神経改善処方薬で動脈側に効果が無い?
詰りは神経側が異常だと認識していない。人間の構造だと心臓の動きを司るのは脳幹ではない。心臓の裏側…」
模型から心臓を取出し掲げ。
「心臓の背中側の上部。ここに心臓の脳と呼ばれる独立神経の集計路が在る。恐らくだがここの何本かが混線している。スターレン殿の鑑定とゴーグルで探り。手術は最低二回。俯せ背中からの整形術と仰向けカテーテル術」
「成程…。周期は別物か」
ペルシェとアルシェ姉妹がメモを取りながら一言二言言葉を交した。
「整形術から間を空け経過観察を十日前後。訓練時間よりもそちらに時間を割り振った方が良い」
「解りました。では早速…」
「その前に幾つか質問が」
「何でしょう」
「フィーネ様とペリーニャ様の治癒術は如何程のレベルなのでしょうか」
「…それは非常時に備えての質問ですか?」
「含めて。再生と再構成まで可能なら使えない。何故なら全てが初期状態に戻される。整形術の方は異常ではない故に」
「あぁそこまで戻るのか…。2人共もう再生まで可能」
「補助するにしても止血程度なのね」
「無念です…」
「使えませんな。輸血用のストックは」
「同じ型を持つ人が近場に少なく。現在5L程度。半分冷凍半分冷蔵保管」
「そちらはまずまずですか。カテーテル術の前に冷凍を冷蔵に。出来る限りの採取。それと術後の増血剤と鉄分多目の食事。基本的な所を後程擦り合わせましょうか」
「はい。ではエルラダさん。手術着に着替えて診察室へ。
俺とナノモイ氏とアルシェとペルシェで総合的に診察し直します」
「直ぐに準備を」
診察室でエルラダさんを集中診察。俺は背中を触診。
3人は新作ゴーグルで。
診察後。軽食を食べながら本人と人体模型を囲み。4人と関係者少数で夕方迄協議を重ねた。
描き出したスケッチと照らし合わせ。動脈弁異常の原因を特定した。それはナノモイ氏の指摘通りに集計路内の3本が途中で二段に絡まり合っていた。
背骨付近の背骨の隙間2箇所を使えば届く範囲。他の神経と脊髄を傷付けない高難易度の手術と成る。
背面整形は天才姉妹が執刀。ナノモイ氏と俺たちはアドバイザーとサポート。
カテーテル術はペルシェとナノモイ氏がメイン。
そこまで策定した所で29日はお開き。
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30日は医療器具を契約養豚所へ持ち込み。ナノモイ氏の道具訓練。
自分たちの午後は丸々空き。
そこへ…グリドットが悲痛な表情を浮べて現われた。
「やってくれましたねスターレン様。来年のお楽しみを」
「先手必勝。休養充分な俺に口走る方が悪い。やるなら徹底的にが信条でね」
「叱責を受けたのは僕なんで別に構いませんがね!
ペースメーカーは今有っても意味が無いので来年用の報酬を先にお持ちしました。
とは別にプレマーレ様の方は本日か次回か」
深呼吸をしてから。
「本日この後でお願いします」
「解りました。ではこちらを」
白い布を解くと輪廻の輪とは別形状の楕円の輪の半分。
「輪廻の輪と同様に対照半分をマウデリン。繋ぎは世界樹か古代樹の木片。世界樹を使うなら木霊の精霊さん。
古代樹ならオメアニス様でも。神を下りても神同等。今の貴女様は過去以上です故何方でも。
道具名は危険予知の冠。今後所有者とお仲間に対して未知の脅威が迫った時に自動発動。スターレン様の悪い予感や嫌な感覚と略略同じ効果を示します。
旅の必需品。本来の意味でのお守りです。最後を飾るに相応しいとの意味合いで」
「御方様とのお別れか…。名残惜しいな。あんな屑より直にお会いしたかったと伝えて欲しい」
「聞こえていますがお伝えします。お守りの所有者で誰が適任かは皆様のご想像通りに。クルシュさんでも良かったのですが?」
「それは彼女の人生だ。能力を持ってるからって捻じ曲げる権利は無いよ」
「教育次第ではかなり改善しましたよ?」
「グリドット…。お前は俺を本気で怒らせたいのか」
レイルが背後から首根を掴み。
「ペースメーカーは自力作成して。今回で最後なら冥府に堕ちてみる?」
「失礼しました!済みません今のは失言です。多分帰ったら謹慎処分。それでお納めを」
「何度も世話になってるから見逃す。離してやって」
「はーい」
「ダリア。これはもう少し熟練度上げてからにしよう。何でも勘でも危険危険じゃ心も身体も疲れちゃう」
「はい。今は特に。未熟者には過剰なお守りです」
襟元を整えたグリドットがプレマーレにイヤホンタイプの小さな通話器を渡した。
「耳に添えた時から使えます」
震えながら掌の上に乗せ。
「有り難う…」
「防音室空いてるから好きなだけ使って」
「はい…」
レイルに支えられながら2階へ上がった。
「あれは使い切り?返却?」
「返却と告げたら今度こそ死ねます。思い出の品にどうぞ」
フィーネとアローマが蜂蜜を買いに行っている間に。
「何度かタイラントやこっちの世界覗いて。何か違和感やら疑問に思う事が有ったら教えて。終盤の記念に」
「そうですね…。自走車の実現を見てみたかったのと。
タイラント領土内に一つ。中央大陸内に後二つ。
南西中央部に一つ。未発見のかなり深い迷宮が在ります」
「へぇ」
「中央に三つ。これがヒント。特に…。余計かな。ちょっと御方様に問い合わせします。お待ちを」
「おけ。偶にはゆっくりして行けよ」
数分の後。
「許可が下りました。特に中央南西部で見付かる迷宮は敵側に先手を取られると厄介そうだと」
「ふーん…。あれか」
レイルが俺の隣に来て催促。
「目星付いてるなら教えてよぉ」
「買い物の2人の帰りと上のプレマーレが終わったら。夕食後に皆で話そう。そんな難しくない」
「焦らすわね」
「偶にはいいでしょ」
「もぅ♡」
「来年以降かなり時間が空くと思われるので繋ぎの探索にどうぞ、と言う感じです。自走車は個人的にも上のお二人も楽しみにして居られるので急ぐ必要は有りません」
「後でシュルツに伝えとく」
道具の説明付き添いで今はシュルツとファフが居ない。
事務棟担当は現在ソプラン。
グリドットが帰り。フルメンバーが揃った夕食後。
ボロボロに成ったプレマーレは女子一同で慰め回復。
「グリドットが置き土産に言い残した迷宮の話。
俺の予想を今聞きたいか。来年聞きたいか。もう今聞いてしまおうと言う人は挙手!」
何と全員。
「早めに聞いた方が心の準備が出来るってもんだろ」
「そうそう」
ソプランにレイルが同意。
「では1つ目。タイラント領土内。それはローリターナー山脈のタイラント側の3ルートの何処か。雪解け後の春から夏に掛けて入口が現われる。
2つ目。エボニアル山脈。俺とフィーネとレイルとクワンで塞いじゃった東西地下道から近い場所。情報はハイネのルビアンダさんの昔話を聞いて。訪ねた地元住民が持ってると思う。
3つ目。デリアガンザス山脈。現在も少量のマウデリン欲しさにクワンジア南で掘り進めてる山脈端に現われる。
アデルの派閥に先手を取られると厄介だと御方様が態々ご忠告」
「確定じゃねか。毎度の事ながら」
「そうよ」
「飽くまで予想だって」
皆を宥め。
「3つ目はクワンジア側から入る理由が無い。国所有で探索権限が無い。なら俺たちに残された手段はたった1つ。それは何でしょうペリーニャ」
「私に…。と言う事はアッテンハイム側から国境スレスレを攻める」
「正解。こっち側で先に入口見付けちゃおう。天然迷宮だから双眼鏡で調べられるし。
…アローマ。フィーネの口塞いで」
「え?私?」
「畏まりました」
塞がれたのを見て。
「カタリデも何も喋るな」
「解った」
「アデルの手に渡ると厄介な代物。ベルさんがこっちの世界で再現しなかった物の1つ。破滅の小石の破壊力が霞んでしまう程の大量殺戮兵器」
「…」
全員沈黙。
「フィーネとカタリデの口を塞いだ物の原料が埋まってると思う。絶対に口に出すな」
フィーネがウンウン頷いた。
「あーあ最低。ピーカー君は私の心読んじゃ駄目よ」
「読みません!忘れます」
「何とかクワンジア側の一般鉱山夫を生き埋めにしないように地下に繋がるルートを全部塞いで迷宮にも入らず存在を消したいのが俺の願い。
どうしても塞げなかったら全部掘り出して南極から焼却処分したい。その埋蔵量にも因りけりだけど。
掘り過ぎて山頂の天馬の里を崩壊させる訳にも行かない。かなり入念な調査が必要。
クワンはクワンジア側の進捗をちょいちょい探って」
「了解です!今は神域でかなり深くまで覗けるので」
「助かる。下見程度なら今年の年末空いた期間で覗いてみよう。フィーネさんの予定に入れといて」
「うん…。あぁ駄目だわ手が震える。後で書きます。内容書かずに予定だけ」
「グーニャは昔の配下が山脈の何処まで入り込んだか把握出来る?」
「出来ますニャ」
「それ以上奥に行くなと伝えて」
「ハイニャ!」
「お願いします。想像通りの本物だった場合。生身で接近すると身体の各所が汚染され変質する。細胞の根底の遺伝子とかのレベルで自然現象。再生とは関係無く。治癒術も属性とも無縁。後から直す術は存在しない。緩和する薬もこっちにはまだ無い。
接近する人員と対策装備を整えてからじゃないとレイルでも俺でも神2人だろうとかなり厳しい。
最悪ブラン装備の誰か1人。と進化したピーカー君とかシュピナード&ナーディとか環境を無視出来る者以外は絶対に行かせない。冗談抜きで事後の汚染除去も含めて危険極まりない物質。
迷宮内の魔物は異常変異種塗れだと思われる。別の意味で超高難易度迷宮だ。
ここまでは最悪想定。
救いとしてはベルさんが解説書でそんな物はこちらには無いと言い切ってくれた点。御方様が厄介そう、と言葉を柔らかくしてくれてる点。この2点から察するに。希望的にアデルが持つ小石の破壊力を上昇させられる物に留まるとも取れる。
後は実物を見て判断。
エボニアルも夏場が良さそう。南西中央部は相当時間がぽっかり空いた時。赤白竜と本物の方の白大蛇にご挨拶して調査かな。何にせよ本番は来年以降で西に乗り込むまでの間に」
フィーネがアローマに手帳を渡して。
「ショック過ぎて失言が怖いから予定発表お願い」
「はい。代理発表をします。
本日より六日後の六月五日にエルラダさんの一回目の手術が決定しました。背中からの心臓背面整形術です。
執刀医はカメノス邸のお二人。スターレン様とフィーネ様とペリーニャ様はナノモイ氏と共にサポート役。
御三人様は前日四日からのご準備を。
三日から五日までを男子休息日に割り当てます。スターレン様は明日からのローテーションをお願いします。
二日の夜は傷心中のプレマーレ様を癒し尽くしましょう。
五日以降十日間は術後の経過観察。良好であれば真ん中辺りに南極女子会。
その後も順調であれば十六日にカテーテル術を実施。
思わしく無ければ再執刀。必要に応じてお二人の治癒術も適用の可能性有。
再執刀後、更に十日間と言う流れで進みます。
手術と無関係の人員は事務棟仕事か迷宮訓練その他。シュルツお嬢様のお稽古手伝いなどを任意の複数で。
ダリア様の未来視はどうされますか。
半端な決意では結果が揺らぎます故。遣るなら遣る。遣らないなら遣らない。ご決断を」
「遣りません。何が起きても誰かの所為にしたく無い。文句を言える資格も無し。
今だけは臆病者で居させて下さい。お許し下さいスターレン様」
「それで良いと思う。休養するのも大事な仕事。途中で割り込むのだけは控えて」
「はい!」
気合いの停止宣言。
「七月以降八月までは未定。九月以降の大項目に変更は有りません。十一月以降でアッテンハイム領の調査が追加されたのみ。
別項目で七月上旬にペカトーレで紫茸の入手協議。と同時に胃薬も忘れずに。
それ以降でピーカー君の進化を見守り。自然進化が見込まれなければアウスレーゼ様の元へ向かいます。
七月中旬以降で術後の快方お祝い会からモーランゼア訪問へと繋がります。
今年の九月の長期休暇は各地からの来客が多くなってしまいましたので八月下旬。こちらの雨期明け直ぐに前倒せる案件は前に倒し自分たちの休暇を必ず確保します。
年内は以上。
スターレン様。モーランゼア訪問の前にセントバ様とミゼッタ様のお屋敷へ立ち寄られますか」
「悩んでるけど…。自然に行くならやっぱそこかな」
「畏まりました。こちらの手帳に後で追記致します。
他何か有れば」
特に無し。
「では本日は解散と致します」
-------------
31日朝。
自宅に届けられたお手紙類を読んでいると…。
「おぉアストラ皇帝から早速感謝状が届いた。効果絶大でもう2本欲しいって。ソプラン君予備は」
「全然余裕だ。適当な時間でトロイヤと配達行って来る」
男の密談に我が正妻フィーネが首を突っ込んだ。
「お隣のお薬なんでしょ。もう皆解ってるから私たちで納入しても」
そんなおふざけを咬ます正妻の顔をアローマが包み。
「最も自信が無いのは何方ですか?フィーネ様」
「私…です」
「殿方専用の夜のお薬を御自分で購入に走る事への恥じらいは何処へ?」
「恥じらい…置き忘れてました」
「秘薬に関しての口出しは?」
「無用…でした。御免為さい」
「殿方専用はペルシェ様からも受け取れません。カメノス氏御本人のご許可が無くては」
「勉強不足…です」
そのままフィーネの顔を豊かなお胸で包んだ。
「温かくて柔らかくて愛おしい…幸せ♡」
「何の寸劇やねん」
「ごめんちゃい」
更に開封を続けていると…。
「サダハ様?」
「え?」
ダイニングに居た嫁たちも集まる。
「えーっと何何。昇霊の儀式の際。同席されていた金髪美女は第七妃ではないのかね!(怒)
挨拶には来ないのかね!(照)
出来れば来て欲しい!(他の妃も含めて)
自分が見たいだけじゃねえか!あれ?まだ1枚…」
2枚目へ突入。
「えー…。その金髪美女様。に良く似た感じの金髪美青年を最近シャインの町中で見掛けるように成ったとの報告が上がった。
買い物は勿論有り難いのだが。転移で町のド真ん中に突っ込んで来るのは如何な物か。それも各寺院の修女寮や独身女子寮の近くを狙い澄ましたかのように。
隠し切れないファンが急増して待侘びるように成っているがそちらの都合は悪くはないのかね?常識的に」
「おいレイル!サイネルの教育不足だ。1人でお買い物に行かせるのは早過ぎる」
慌ててリビングに飛んで来たレイル。
「ごめーんスターレン。怒らないでぇ」
「怒ってはない。転移道具余ったからって勝手に渡しちゃ駄目だろ」
ハグして頭を撫で撫で。
「はーい、反省♡」
「合間の時間で教えといて。町は基本外から身分証を提示して入りなさいって」
「うん。言い忘れてた。後でデコピンしとく。死なない程度に」
「死んだらメリリーが悲しむだろ」
「そうねうっかり。優しく説教しとく」
レイルを隣に置き。お手紙確認の続き。
「今日のは…こんなもんか。レイルたちは朝食べた?」
「まだ」
本日の当番ロイドを見て。
「2人分追加の用意有る?」
「増えるだろうと作ってますので余裕です」
「じゃあプレマーレも呼んで朝食にしよう。今日俺暇だから事務棟張り付き」
「はーい。フィーネの席陣取るぅ」
「ちょっとレイル。今日は私も事務棟だよ」
「そっちの席もローテしなさい。指定でもないのに隣独占してるの誰よ」
「バレてたか…。それは会議室で話し合いましょう」
「話し合う以前の問題だけど。付き合ってあげる」
朝から正妻とレイルの火花が熱い。
朝食後に事務棟へ場を移し隊長のみ固定席へ座る。
支配人席と副支配人席は並んで最奥。自分の席はその手前右手。パッと見俺が秘書官みたいな位置取り。気兼ね無くごゆっくりがテーマらしい。
俺の隣卓2つはフリー枠。対面左手の3つもフリー。
その6卓の下手に小デスクが10セット。
トロイヤとティマーンで2つ。ティンダー隊で2つ。
以下はまだ空きで1つをエルラダさんが体力作りのお茶汲み係として使用中。
1階から3階までの上り下りだけでも結構な運動。
当然給湯室は3階にも在るのだが本人立っての希望でそうなった。
固まって座れる休憩ブースまで設置。
エルラダさんに特別水筒で運んで貰った珈琲を飲み。
「手術への不安や緊張は」
「微塵も。乗り越えた先の希望の方が大きく。明るい未来を信じて疑わずに。
明後日の昼から術前準備で研究棟へ入ります」
「そうですか。これ以上は何も言うべきではないですね」
「然様で」
支配人席のダリアを見ながら。
「未来視は?」
「使いません。今月来月は他の用事なくば封印します」
「臆病者」
「何と言われ様とも使いません!」
拒絶を示すダリアの前に歩み寄り。
「臆病者」
「嫌です!許してお母さん」
「駄目です。許しません」
「お母さん…。どうして私を苛めるの…」
近くの空き椅子を持ちデスクの対面に座った。
「私を見なさいニーダ」
涙を滲ませダリアは半分睨み返した。
「嫌です!」
「聞きなさい。既に制御は出来ています。見たい物だけでなく見たくない物も同時に見られる精神力も備わった。
ここで逃げたらそれらが崩れます。未来視で見える景色も激変。もう使い物には成らず。スターレン様のお役にも立てなく成る。それでも良いのですか?」
「…」
「誤りを信じた勇者隊の皆様が大きな損害を被る。その責を負った貴女がどうするのか。誰にも何も言わずに逃亡を図り。自死を試みるでしょう」
「そんな…」
「ベルはどの様な未来を見ようとも希望は捨てなかった。それが今。何度でも模索し。長い時を掛け。種族の壁まで乗り越え小さな種を植えて回りました。
貴女にその続きを託したのです。未来への希望。それが貴女と言う形。勇者様の妻の道を選んだのならば。
乗り越え為さい。私の命を無駄にしないで。これが私が与えられる最後の課題です」
「だとしても…嫌…です」
大きな溜息を吐き。
「聞き分けない子…。呆れて物も言えません。ではこうしましょう。
ここで逃げると言うのなら。手術が成功し。根治をしたとしても貴女の目の前で自分の命を絶ちます」
「な!?」
驚いたのは室内の他全員。
「そんなの…駄目です!何の為に」
「貴女に再会する為です!貴女を成長させる為に私は戻って来られた。役目はここまで。使わないのなら容赦無く捨て去ります!」
強靱な母。臆病な娘。いや寧ろそれが普通だと思う。
部外者は口を挟めず見守った。
「嫌ぁぁぁ」
遂には泣き出した。当然。
「ふぅ…。ならばこうしましょう。私が根治した暁に。役立たずの貴女はスターレン様のお側を離れなさい」
「え…?」
「私が貴方の代わりに。占い師として第四妃の席へと座って差し上げましょう。頑張ればまだ子が作れます」
え?何ですと!?
「ちょっと…それはエルラダさん」
「私ではご不満だとでも?」
「いやその。不満とかそう言う話では…」
「では死ぬしか有りませんよね?」
「えぇ…」
どうしたらええんや。
室内に救いは無く。視線を投げた皆が目を逸らした。
「ま、まずは落ち着きましょう。明後日まで。いやまだ手術までには時間が有ります。
大切な荷物を準備中のソプランとトロイヤもビックリして落としてしまいそうです。
来客は…相変わらず来ない様子なので。場所を下の小会議室に移しましてですね。もう少しだけダリアを許容してあげられるようなお話合いをしましょうか」
「二択以外には有りません!」
「そう仰らずに。何か別案が浮かぶかも知れませんし」
涙を拭ったダリアが顔を上げ。
「遣ります。遣って見せます。一月でも二月先でも!妃の席を親子で入れ替わるなど有り得ない」
「ほら見なさい。スターレン様の方が私よりも優先度が遙かに高いのです。式典の時でもそう。貴女は気付かぬ内に私の未来を見た。無事に乗り切れる私の未来を。安心したからこそスターレン様だけを見ていた」
「…それは…」
「先日の報告では。スターレン様が深く傷付いた場面を見ても。努めて冷静に他の道を模索し正しく導けたと伺って居ります。
ならば恐れる事など何も無く。優先の低い私が死のうと生きようと関係は無いではないですか」
「スターレン様は再生能力を備えているので冷静に…」
「いいえ違います。同時にその先も見ていた。スターレン様が死亡されてしまう未来も」
「…」
マジッすか…。ポセラの槍使われると死んじゃうんだ。
フィーネに目線を投げると顔を覆ってデスクに伏せた。
「今更何に怯えるのですか?」
「はい…。済みません。私も何から逃げていたのか。さっぱり意味不明です」
「見たくない物に目を瞑る。それでは正しい道は見えませんよ」
「はい…。今夜、必ず自宅で落ち着いてから実施します」
「最初からそう仰い。…スターレン様」
「はい何でしょう」
「ご褒美を下さい。一晩限定の。私は完全にフリーです」
「有り難いお話ですが。それは色々と誤解を招くので。どうかご容赦を」
「お手付きされても問題無いリストでも作成しましょうか。私はその内の一人です」
「そ!?その様な物が!?」
「冗談ですよ」
「ビックリしたぁ。エルラダさんは俺の母親です。揶揄わないで頂きたい」
「ニーダを苛め過ぎましたかね。弱虫で臆病で嘘吐き娘にはこれ位やらないと通じません故」
「お母さん。もう…堪忍して下さい。お願いします」
「宜しい。結果は私に告げなくて結構です。どうせ顔に出て丸解りですから」
椅子を戻してお茶汲み係の席へ座り直した。
間違い無い。心臓以外は強靱な肝っ玉母ちゃんだ…。
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夕食後。フルメンバーが集まる中でダリアが落ち着いた頃に未来視を実施。
とその前に。
「ここでする質問ではないけどフィーネさん」
「何かな?」
「ボルトイエガルで偽装に潜ったナーミレイジュ迷宮の結果報告誰からも受けてないんだけど。なんで?」
「あ、それ私も気になってた」
「僕もです」
カタリデとピーカー君も俺と一緒に王都内に居たので。
主に女性陣のお顔が真っ赤に。ソプランは目を逸らした。
「シュルツの前では言い難いんだけど…。エッチな道具がわんさと出たの。主に女の子同士で使うような…。
今拠点で使ってる物」
「あぁアレか。突然持ち出されたグッズ」
「なーんだ。アレねぇ」
「聞けば納得」
「ギルドにもお前にも報告出来んだろ」
「まあね。ダリア…ひょっとして」
「何の事ですか!私は単に最善策をですね!」
「嘘嘘冗談。仲良く成る為には必要な物だった、としよう」
シュルツの興味が臨界点突破。
「私も女子会に連れて行って下さい!目の前でお話ばかり伺ってもう我慢の限界ですお姉様」
「駄目!絶対駄目。まだ早いわ。後1年。1年の辛抱よ」
「女性同士なら踏み切っても問題有りません!お泊まりの許可も取れます。いえ取ります!」
「そ、そんな…。どうしよスタンさん。アローマ」
「俺は知らないよ。フィーネもアローマもシュルツの前で女子会女子会と平気で案内しちゃってるんだから。興味を持つなって方が無理だよ」
「「しまった!」」
「ですよねお兄様。成人まで一年を切った盛んな私の目の前で何度も何度も。真夜中に一人で慰める私の身にも成って下さい!」
シュルツ以外の女性陣が沈黙。
「優しいの限定にすればいいじゃん。大切な物は奪わないように」
「ぜ、善処します…」
「優しい…。境界線は何処でしたでしょうか…」
アローマも珍しく混乱中。
「ではダリア。集中出来ないなら外で風でも当って」
「いえ…大丈夫です。振り払います。
六月五日正午。予定通りの執刀開始。
執刀医のお二人。サポートの四人様の体調は万全。
手術台にうつ伏せの母。背中が開いた手術着。
全身麻酔で昏睡。
脈拍計、心電図波形、血圧計機材正常。
整形術用の手術道具。予備含めて全て整い清潔。
緊急用の輸血パックも準備済み。
執刀医の手際の早さにナノモイ氏が驚愕。
十分と掛からず整形完了。内部縫合。背面二箇所縫合まで約三分…。手術は完了。
サポートの出番は無し。
執刀医が最初からナノモイ氏とペルシェ様だった場合。
手術完了までの時間が五分加算。
執刀医がナノモイ氏とスターレン様だった場合。
完了までの所要時間が約倍の三十分。
以上の三つの組合せで失敗は有りません」
「おぉ整形だけなら俺でも行けると」
「整形術後。断裂した背筋。自然結合が八日。
治癒術なら即日…。但し何方か。お二人で行使すると整形部までが元通りに」
「私は大雑把だからペリーニャね」
「はい」
「少しは否定して欲しいな」
「この件に関しては出来ません」
「泣きそうです」
「十日間の経過観察。自然と治癒術何方を選択しても九十秒間隔の異常波形は根絶。
…代わりにランダム突出波形が出現。動脈弁一部肥大と動脈血管の疲弊であると協議して結論。
カテーテル術の実施が決定。
予定通りの十六日正午に施術。
施術者はナノモイ氏。他五名様は引き続きサポート。
右内腿付け根からカテーテル挿入開始。出血は軽微。
約二十秒で異常動脈弁に先端が到達。
肥大部の除去まで二分。カテーテル内管伝いで排出。
折り返しに血管内壁補強ステント挿入。
動脈弁手前に設置開放。設置完了。
カテーテル引き抜き時…。先端部が挿入口に引っ掛かり開口出血。輸血を開始。同時に止血具を装着。
輸血量は二パックで血圧正常域に復帰。止血も完了。
治癒術だと一パックで完了。
止血具要らずで直ぐに動けます。麻酔から覚醒しても問題は無し。お二人何方でも変動無し。
止血具のみだと半日間ベッドの上で静養。
何方も血液一時枯渇での弊害は無し。後遺症も…無し。
術後五日間経過観察。
ランダム波形が消失正常化。静脈異常も突出が残り半分に沈静化。
七月に受け取れる改善薬分を使わずとも充分完治が可能と協議結論。
施術者がナノモイ氏以外だと…全員失敗。内部出血多量で母は亡くなります…。胸部からの排出。輸血量不足と血管縫合が間に合いません。
ナノモイ氏を連れて来てくれて有り難う御座います。
スターレン様!」
俺の胸にダリアが飛び込んで号泣。
抱き締めながら。
「俺は連れて来ただけさ。これぞ巡り合わせ。クソ女神の魔の手から脱した人間たちの連携だ。ダリアが傍に居てくれなかったら俺たちはここまで来られなかった。
胸を張って前に進もう。こちらこそ俺を選んでくれて有り難うダリア。愛の言葉は今晩たっぷりと捧げたい」
「はい!」
一同で拍手を贈った。
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6月10日。
朝から女性メンバーが全員お出掛けして暇な男2人は事務棟でボーッと。術後リハビリ中のエルラダさんに淹れて貰った珈琲片手にデスクワーク。
「暇じゃのぉ」
「暇だなぁ」
「暇ですねぇ」
俺とソプランと3卓目のエルラダさん。
「エルラダさん。波形変わって胸に痛みとかは」
「胸の鼓動が変わって違和感は有りますが特に痛みは無いですね。激しく運動して少し休んだ時のような倦怠感みたいな感じです」
「もう少ししたら激しい運動も出来るように成るし。訓練設備も9月前には完成」
「その他には何かやってみたい事は無いんですか?」
「ん~。今まで控えていた脂っこい物を食べたり。お酒を飲んだり。気に成っている方は居ます。
スターレン様以外で」
「こっちの心臓が危ういんでその冗談は止めて。でもエルラダさんが気に成る人は気に成る」
「気に成るな。俺たちが知ってる人?」
「よーくご存じの方ですよ。…少しだけなら今からこっそりご自宅でどうです?」
「誘惑せんで下さい。大人の色気が半端無いんですから」
「俺は関係無い外野だから隠蔽工作に協力するぜ。明日迄嫁らは帰って来ねえし。
ここで留守番するだけだがな」
「俺は何を試されているんだ…」
「娘の避妊具をこっそり拝借したのでソプランさんも大丈夫ですよ」
「はっ…。マジッすか」
「お二人共乗り気なら。今晩決定です。そっちの方面も謳歌したいので優しくお願いします」
「「え!?」」
決定されてしまった…。
「うっそマジで言ってるの?エルラダさん」
「大胆ですねぇ」
「カタリデ様とピーカー君が黙っていればバレません。娘たちは集中してのめり込んでいますし。母親として義理息子の家に遊びに行くだけです。占いでも今日なら安全。
もしバレても自分たちは楽しんで私が楽しんで何が悪いのかと言うだけです」
「確かにロイドの念話も完全に途絶えてるけど。複雑な心境です…」
「俺もなんだが…」
「とーりあえず黙ります。夜間は休眠しよかな」
「僕も寝ます」
「「マジか…」」
ペッツの口も封じないと…。いやホントにいいのかな。
「私への奉仕活動だと思えば浮気では有りません。外で遊ぶなと言うなら家で遊ぶ。間違ってますか?」
「間違い…ではないです」
「ないけどホントに心臓は大丈夫なんすか」
「十六日以降もピンピンしている筈ですが?」
「「あ…」」
ダリアの未来視で。
「それにニーダは経過観察中の今を見ています。何も言わず解り易い場所に避妊具を置いてくれたのですから許可が下りたも同然。何も気に病む必要は有りません」
何故下りた!?
「良しソプラン君。これはもう病人や懐妊時の性事情を学べる勉強会だとしてしまおう。それに大切な女性にここまで言わせてはいけない」
「勉強会か。なら罪悪感は零だな。有り難く講義を受けさせて頂こう。恥ずべき事とする方がお身体に障るってもんだろうし。ここは一つ腹を括って」
「私が気に成っている方は…」
「「止めて下さい」」
「折角心の折り合いが着けられたのに」
「その話は今ではないですね」
「それは残念。次回の女子会の時に取って置きましょう」
「じ、次回…」
「次も…勉強させて貰えると…」
「一晩で捨てられるのは嫌ですわ。来月以降の方がより回復しています」
「以降…」
「その先まで…」
3人切りの執務室で。3人だけの秘密の裏行事が確定で走り出した日。
そんな尊いエッチな妄想がぶっ飛ぶ事件がラメル君の美食健康ランチを食した後に勃発した。
長めの食後のお茶をして上に戻ろうかと腰を上げた頃。
真面目に外の警備をしていたティンダーが食堂に現われ告げる。
「おぉ丁度下でしたか。今正面玄関にクワンジアのセントバ様とミゼッタ様がお越しなのですが」
「は!?」
「お前知り合いだったのか?」
「グリムゾルテはアイールたちの故郷でラクドエイスまで南下する時に町間移動の護衛仕事を俺たちの隊で請け負いましてね。それで知り合いに」
「成程。上の小会議室にお通しして」
「エルラダさんは適当に上で茶淹れを頼みます」
「畏まりました」
久し振りだねと挨拶を交す傍ら。ミゼッタがエルラダさんを見て首を傾げた。
「給仕の方までご同席?…信用は」
「ダリアの母です。スターレンは義理息子。お邪魔なら退出しますが」
「あぁ済みません。御母様だとは失礼しました。ここは信用の置ける方しか置かないと言う噂は本当のようで。どうぞご同席を」
全員着席。
「そんな噂に成ってるの?」
「タイラントは美男美女の宝庫。スターレン様は容姿で選んでいるのではとやっかみ。悪い噂を流す輩も居ますが皆が口々にそんな物は当たり前だと笑い飛ばすような」
「グチャグチャやん」
「実際事実だしな」
「全否定はしない…」
少々お疲れ気味のセントバ氏。
「漸く。やっと先々月にシータ家を解体出来まして。出国許可も下りました。馬鹿息子の妨害も多少は」
「やっぱり手を出して来ましたか」
「やはりアデルをご存じで」
「大幹部ですからね。我々の敵の」
「当然でしたな…。空席と成った聖女様の一般公募に」
「突然私を推薦したいと。意味不明な手紙を寄越され。気持ちが悪くて御爺様と共にこちらへ逃げて参りました。
屋敷の従者は北部町や王都へ分散。それも片付き二人分の資産を確保出来ましたので何処かに定住出来る場所は無い物かとお訪ねしました」
「おぉ成程。ここの裏の宿舎も空いてはいるけど。明日迄管理者の嫁さんたちが挙って女子会小旅行中でね。直ぐになら手堅く一旦南町のハイネか都内の2区の借家か。
ハイネならクワンジアの移民の一部が居るし。顔見知りが居るかも。半分は救助者だし」
「一旦宿かホテル泊まって出直してもいい。その宿代もこっち持ち。て言うと疑問に思うかもだが。アデルの動きを封じる一手として」
「2人に一役買って貰えるならの条件でだけどね」
「確かにそれなら。等価交換には程遠いですが多少は気が休まります」
「女子会…ですか。羨ましい」
実際は…素人の方には不向きな会です。
シュルツ大丈夫かな…。帰って来たら俺用済みだったりしないか心配。
「序でに水竜教へ改信して貰えると嬉しい。アッテンハイムやモーランゼアと仲は良いけど女神教はもう駄目。訳有って相性最悪に成ってね。
ペリーニャもそれで改信させた経緯も含んでる」
「邪神教と女神教が…繋がっていると?」
「実はね。…改信と口外無用を約束してくれるなら詳しく話す。自信が無いなら引っ越しだけで」
「「誓います」」
「残り僅かな命を賭して」
「元々改信をする積もりで居りました。出来れば総本堂でと参った次第で」
「良かった。では…」
邪神教を裏で操っていたのが時のクソ女神張本人。昨年暮れにペリーニャを迎えにアッテンハイムを訪ねたら本人降臨で大暴露。皆で囲んでキモい、変態を連呼したら泣きながらどっかに消え。神域にも戻らず現在行方不明で完全消滅一歩手前まで来ていると説明。
「す…ごい、ですね…」
「女神と直接対峙された…」
「自分は直で2回目」
「俺は別動で現場には居られなかったがな。殴るにも値しない雑魚だったとよ」
「お、御爺様。宿を押さえて早急に改信を為ねば」
「慌てるな。明日は何時頃お訪ねすれば宜しいでしょうか」
「総本堂前の中央広場に大きな時計塔が在る。それが17時でこっちが締まる。それより前15時以降で。
のんびりしてて過ぎたらロロシュ邸側の俺の自宅を訪ねて欲しい」
「今から軽く町案内と五区と総本堂までの道案内は俺がする」
ミゼッタが思い出したかのように。
「忘れて居りましたわスターレン様」
「何?どうかした?」
「愛人枠の余力は」
「はい?唐突に?お爺ちゃんの前で?」
「私は孫娘の自由意志を尊重します。殿方お二人ならば大賛成です」
ハッキリと。
「そんな…。俺まで?」
「驚かれる事でしょうか」
「「何故?」」
全く話が見えない男2人。
「…勇者隊の中で」
「「ん?」」
「お一人だけ」
「「んん?」」
「居るでは有りませんか!両取りを堂々と晒して居られるプレマーレ様が!」
「「え!?」」
エルラダさんは当然顔。
「今気付いたのですか。結構鈍感なのですね」
「「えぇ…」」
「大変珍しい褐色美女。風の噂では最初はスターレン様の愛人。それは多妻が解放される前。解放後に正妃が八枠まで発表されたにも関わらずプレマーレ様のお名前は何処にも無い…。いやそんな馬鹿な。
噂が噂を呼んでも。第五の令嬢様は未成年。成人待ちの最中でも両財団の侍女衆には一切手を出されて居られないと聞けば!勘の良い女なら誰でも気付きます。
プレマーレ様は両取りをしていると」
「「…」」
男2人プチパニック。
「お二人とお知り合いに成れた私ならば。完全フリーの今ならば一枠設けて」
「待つんだミゼッタ。早まってはいけない」
「プレマーレは長い旅を共にして来たからこそ。少し踏み外して俺ともそう言う関係に成った。それは認めるがミゼッタ嬢は違う。愛人枠は一般には理解されず誤解され易いだろ。
人生を棒に振るな。男なら他に幾らでも」
「正妃が八人の時点で常識もへったくれも有りますか!」
「怒るなよ。落ち着いて」
「冷静に成れ。取り敢えず一晩宿かホテルで頭冷やして明日出直してくれ」
「俺たちの答えは決まってる。そっちも〆切りました」
「たった今」
「そんな…。後一歩だったのに」
悔しさに拳を震わせ。
「悔しがってもダーメ。これ以上は特に俺の方の身が持ちません」
「俺も二人が限界だ。外面や噂なんざ関係ねえ」
実際は2人で全員なのですが!
何なら今晩1人追加されてしまうんですが!
胸が苦しい。不整脈かな?
「理解しました」
「良かった」
「落ち着けよ」
「明日プレマーレ様に直談判致します」
「「待てい!」」
余計に拗れた。
エルラダさんは素知らぬ涼しいお顔。
「それでも駄目なら諦めます。とは別に御爺様と旅の途中で相談していたのですが」
「何でしょう。もう何でも言ってくれ」
「将来開かれるオリオンの管轄ホテルの従業者はお決まりでしょうか」
「まだ正式には何も。警備担当者はチラッと選抜を始めた段階。3財団や城の兵士とかも参加するだろうからそこまで急いでもいない。専属に成りたいと?」
「我が儘を申し上げるなら。御爺様も私も人材斡旋業者に辛酸を舐め続けさせられ、人を見抜く才と経験は有ると自負して居ります。
来客の中に敵の潜伏者。等は考え過ぎでも不届き者は紛れるでしょう」
「確かにその面は有るね」
「それまでの間。腐れ父を止めるお役目として御爺様はこちらの専属執事。私は両財団何方かで侍女業務の習得に勤しみたいと考えます。
見方を変えればオリオンには独身男性も多く来られます故に愛人枠が無いのであればそちらで探す手も。
お互いに悪くない条件だと。如何でしょう」
ミゼッタ…出来るな。商人向きだ。
「うん。悪くないね。2人共交渉術に長けてる。独自で商売を始めてみるのも手。アデルは会った事は無いけど馬鹿ではなさそう。行き成りこの王都には仕掛けては来ないと踏んでる。攻めるなら周りから。不安定なオリオンが狙われ易いのは事実。
明日嫁ら交えてその話もしよう。初っ端から愛人話で爆弾投下すんなよ」
「はい。初っ端は外します」
「怖いなぁ。なんでそこまで俺たちに拘るのさ」
「全くだぜ」
セントバ氏は溜息。女性2人は呆れ顔。
「自覚が…無い?」
「「何が?」」
「外を歩くだけで馬鹿みたいなフェロモンを振り撒いて置きながら。着けられて居られる香水は何処を探しても見付からない薔薇の香り。お話をすれば胸躍り。機会が有るなら飛び込まずには居られません!お知り合いでフリーな女性ならば誰でも!」
「そんなん」
「言われてもなぁ」
無自覚なのは俺たちだったと。
取り敢えずリシャーノ王女に会うのはかなり先延ばしにしようと男2人で誓い合った。
ソプランが来客2人を送り届け。
3人とクワンとグーニャの自宅夕食を終えて。
「エルラダさん。冗談なら冗談だったと正直に言って下さい」
「頼みます」
「私から誘って置いて冗談では済ませませんよ。既婚のお二人と一線を越えようと言うのに」
「解りました。もう聞きません」
「覚悟を決めたぜ」
「クワンとグーニャはこれから寝室やお風呂場で何が起きても黙っててくれるか?」
「あっちはあっちで盛り上がってますので。楽勝で黙りますよ」
「今の我輩はクワンティ様の下僕ですニャ。主はフィーネ様でもスターレン様とクワンティ様の意見を尊重します。多数決ニャン」
圧倒的有利な多数決だ。
「では歯をしっかり磨いてから寝室へとお運びします」
「きっちり身支度済ませて」
「宜しくお願い致します」
3人で一礼。
………
越えてしまった…。ダリアに心で謝りながらも。
余計な薬は勿論使わず。男2人はお相手様を細心の注意と敬意を払い愛情を込めて。息を切らせずに天国へとお連れすると言う全く新しい技を習得させて頂いた。
深夜のお風呂場で。
「大変、勉強に成りました。そして」
「気持ち良かったっす。今まで味わってない部類の」
「こちらこそ。殿方お二人を同時にお相手出来るなど幸せな一時でした。でもまだまだ時間は有ります。
今宵は頗る体調も良い。もっともっと幸せを下さいな」
「「喜んで!」」
天国へ連れて行かれたのは俺たちの方でした。
罪悪感も消し飛ぶ幸せを噛み締めて。
-------------
6月11日。
昨日からの引き続きで事務棟に張り付く俺たち3人。
エルラダさんの体調を最優先にたっぷり10時過ぎまで睡眠時間を確保した上で。
「相変わらず」
「暇だなぁ」
「平和ですねぇ」
並びは同じでも心の距離感は圧倒的に縮まった。
女子会終わりの10人が帰ったのはどっぷり昼下がりの14時過ぎ。
10人全員で俺たちの前に出勤。
シュルツはフィーネにベッタリくっ付いて離れずニッコニコな笑顔。
「シュルツ上機嫌だな。もう俺要らないんじゃない?」
笑顔が一変怒り顔。
「お兄様!言って良い事と悪い事が有ります。これはこれそれは全くの別物です!」
「ごめんごめん。冗談だよ。心変わりしてないか不安に成っただけ」
「一切微塵もしていません!ご心配無く」
「良かった」
オマケに熱いハグとキスまで頂いた。
覚えたての新技を投げ込まれて俺の方がメロメロ。
そっと離して。
「これ以上は俺が危険だから止め」
皆に向き直り昨日クワンジアから遙々セントバ氏とミゼッタが改信と移住をしに向こうから来てくれたと説明。
「15時以降で挨拶と住居と仕事の割り振りとかの話し合いに来るからフィーネとアローマとシュルツとダリアとファフは必須。他は自宅でも下の食堂で遅めの昼でも解散でもご自由に」
「態々来てくれたんだ。寄る手間が省けて良かった。朝から殆ど何も食べてないからラメル君ランチの残り食べて来るね。今の内に」
「ほーい。まだ余裕だからごゆっくり」
「…それよりスタンさん」
「なんざんしょ」
「エルラダさんもこっちに座ってるのは」
「おいおい。他が出払ってたった3人だけなのに。1人だけお茶汲み席の離れ小島に座れとでも?」
「酷い人ですね。フィーネ様は」
「お嬢。主と正副支配人席と下の四席以外は自由だろ。好い加減にしないとアローマに追い出されるぞ」
「御免為さい!済みません!そんな積もりじゃなくて。許してエルラダさん、アローマ」
アローマがフィーネの肩に手を置き。
「未だに独占欲を小出しにするのはお止め下さい。それはもう態とやっているとしか見られませんよ?」
「違うの。ホントに違うの」
「違いません。お昼を頂いたらご来客前にお席のお話を詰めましょう。ここはスターレン様の領域であってフィーネ様でも自由には決められません。良いですね!」
「はい…。アローマに従います」
正妻の鋭い勘を機転を利かせて回避した。
セティ…回避とは?
全部読まないと気が済まないのかロディ。失望するし。それは以前のフィーネと変わらんぞ。何でも縛り付ける。
御免為さい!自重の鍛錬を!
努力して。
はい!
序でにロディも手懐けた。
来客2人が来たのは15時半を回った頃。
エルラダさんとアローマが茶淹れと運び入れ。こちらのメンバーは誰も帰らずフルメンバー。プレマーレが帰るのを期待したのだが。
エルラダさんも端席へ腰を下ろした。
「昨日お話の大半をお聞きしたので私もご同席させて頂きます。単純に興味ですので居ない者と」
態々文句を垂れる人は居ない。
「2人は元々来る時からここへの移住と水竜教への改信を決めてくれてた。俺とクソ女神との関係性と現状の話もしてある。住居を新宿舎かハイネか都内の借家か。
新宿舎なら城を通す必要無し。事後連絡で済む。
仕事場の希望はオリオン直轄ホテルの専属従業者。開業までの間はここの準専属執事と両邸での侍女業習得。
商業に関して2人共経験豊富で問題は無い即戦力。寧ろここが暇すぎてセントバ氏が勿体無い。宝の持ち腐れ。
オリオンの開業予定は早くて2年後。ここや侍女以外でもう一つ仕事を増やしても良いと思います。
それらを踏まえた上で。2人からご挨拶をどうぞ」
2人それぞれ立って挨拶と自己紹介を軽めに座った。
「では指揮系統管理者の5人で話し合い。目の前では聞こえちゃうから隣室でどうぞ」
フィーネが4人を連れて退出。
その隙にレイルが俺とソプランの腕を掴んで部屋の端っこに追い遣られた。
「ねえ。あの女から二人を狙う雌の臭いがするんだけど。また増えるの?今丁度良い感じの十人なのに…」
「大丈夫だって。クルシュと違って聞き分け有る子だから」
「姐さん。その話は最後にする。反対意見の採決はするから待ってくれ」
「うん…。解った。私は二人が望むならどっちでもいい。でも時間を奪われるのは嫌」
「「了解」」
1人の時間配分削られちゃうからね。
元から断る流れで予告済だし。
別室での擦り合わせを終えた5人が戻りフィーネさん。
「まずは来て頂けて有り難う御座います。厄介なアデルを牽制する上でも有り難く歓迎します。
住居は新宿舎の南棟の2階角部屋の何方か。この後内覧へ行き決定して貰います。基本的な家具以外何も無いので明日位迄はホテル延長を。私たちの誰か付き添いで明日買い揃えに向かいます。セントバ氏はソプランと。
必要代金は全てこちら負担。両財団系の店ではお金が掛からないので遠慮無くどうぞ。
暫定希望の仕事で反対意見は無く了承。追加の仕事は本人たちのご意見を後に聞いてからの決定とします。時間制限は設けませんので都内の様子を見て回りじっくりとお決め下さい。
改信手続きは昨日の時点で終了との事。念の為証明書の確認を後程に。
明日。買い物以外でセントバ氏はロロシュ邸のゼファー執事長と面会。ミゼッタさんは同邸のフギン侍女長との面会をセッティングします。仕事内容の把握が出来次第お隣のカメノス邸関係者へ伝達。ロロシュさんとカメノスさんへのご挨拶もその時に。
お城への報告は明後日私とアローマで事後報告。必要に応じて呼び出しを喰らうかも知れませんのでお部屋で待機をお願いします。
私たちからは以上。2人のご意見は」
セントバ氏から。
「特に。充分過ぎる位です。孫が独り暮らしを出来るように行く行くは自分で部屋を探します。身体が動かなく成れば水竜教の寺院にでも」
爆弾準備中のミゼッタ。
「御爺様同様に待遇に関しては過分に充分。…フィーネ様一つ希望を加えても」
「可能な事ならば。愛人枠以外で」
流石のフィーネも先手打ち。誰でも解る。
「くっ…先手とは。どうしても駄目ですか」
「駄目です。理由に乏しい。好きと言う感情だけで飛び込まれても困ります。私たちは貴女の父親を殺そうとしているのに。2人共納得はしていて逃げて来た状況。それは理解しますが実際目の前で害する場面に遭遇した時どうなるか解りません。
温情が再燃して私たちの邪魔をするかも。そうなれば貴女も排除します。愛人枠へ入ってからでは遅い。スタンやソプランの心が大きく乱されます。
スタンが乱されるのは正妃皆の堪え難い苦しみです。
お相手不在で自由だからと来られても受け入れられる訳が有りません!」
「でしたら何故プレマーレ様だけが許されるのですか。責めてその訳を教えては頂けないでしょうか」
「説明は不要です。貴女には関係が無い。他に憧れを抱く人間が千人万人居ようと知った事では有りません。何故公開しなくてはいけないのか。逆に聞かせて」
「それは…」
「話に為らない。興味本位だけ。スタンに相応しいお相手を探せとでも?」
「違います。それは自分で」
「愛人枠を断られたら探す?」
「はい…その積もりで」
「ふざけないで!そっちが何よりも先。貴女はここへ何をしに来たの?2人の男を誘惑しに来たの?
アデルの魔の手から助けて欲しいからここへ来たのではないの?」
「…」
「答えられないならクワンジアへ帰りなさい。何なら明日朝に転移で送るわ。居られても邪魔だから。有能なセントバさんだけを残して」
「助けて下さい!毎日毎日不安なのです。御爺様と居ても不安を感じて夜眠れずに明かす事も多々。
あの男から逃れたい。私はあの男の戯れ言を信じて捕まりました。もう二度と会いたくない。
会えばこの手で殺したい!この不安感を消し飛ばしたいのです。スターレン様やソプラン様の温情とご寵愛をお受けすれば消せる気が…して。済みませんでした!」
「正直で結構。助けましょう。お互い手を尽くして。でも手っ取り早く2人に縋っては駄目。それはきっと愛じゃない。利用して溺れて忘れたいだけよ。昨日その話もしたなら断られたでしょ」
「はい」
「一方的では元から駄目よ。そんな人たちは山程居る。独身や未婚姻の侍女の皆に我慢をさせているの。それは理解出来るでしょ」
「はい。私が許されたら次々に…」
「だったら止めてくれないと。ここに居れば安全。商人気質だけど信用出来る人が大勢。ここやハイネに行けば友達も沢山出来る。ちょっぴり若いけど将来有望な男の子も居る。お仕事探しと同時にまずはそこから。
私たちもと言いたいのは山々だけど出張や遠征。長期休暇だって欲しいからずっとここには居られない。
居られる間は頼ってくれて構わない。誘惑以外で楽しいお酒と食事で騒ぎましょう。そうして忙しくしてる内にきっと悪夢を忘れてるわ」
「有り難う御座います…。今、本心を打ち撒けただけでも胸が大分軽く成りました。今夜は眠れそうな気がします」
「案外難しくないんじゃない?」
「そうかも…。そうですね。はい」
「セントバさんも大きな荷物を下ろして頂いて。暫くゆっくり静養と散策をお楽しみ下さい。この安全なタイラントで」
「言葉も無いです…。感謝を」
「明日の夕方はここの1階で宴会を開きましょう。エルラダさんはお酒を控えて頂き。男女別で夜の王都へ繰り出しましょう」
正妻は強し。全て丸く収め切った。
-------------
6月23日。
エルラダさんの術後1週間が過ぎ。結果は未来視通りの良好な経過具合。
ナノモイ氏とエリィ夫婦を交えカメノス邸で快方祝宴が催され夫婦は明日転移で帰宅。
「いやぁナノモイ氏と出会えてホントに良かった。来て頂けてなかったらエルラダさんはここには居なかった」
「有り難う御座います」
エルラダさんもナノモイ氏に一礼。
「いやいやこちらこそ。再び医療の道に携われた事。全く新しい機材や道具に触れられて感謝しか無い。年内か年明け辺りにまた伺いに。エルラダ女史の経過も見つつその他の話をしたい」
「是非是非。予定の手紙を送って下さい。どの道モーゼス伯も遊びに来るのでこちらから迎えに上がります。9月10月以外は結構余裕です。
9月の夏を経験したいならばその時でも」
「是非とも」
「非常に魅力的な話だがね。新政権が誕生したばかりで長期の外出ではフラジミゼールの雑事が山積み。多分年内はその処理で消える。
楽しみは来年に取って置こう。と言いつつエリィがどうしてもと言うなら考えるが」
「悩みますねぇ…。モーゼス伯のご家族も来られるなら私たちも。向こうで確認してみます。将来的なお話も兼ねて段々と」
その他色々な世間話に華が咲き。エルラダさんが久々の薄いお酒に酔い。可愛い感じでお眠が来た所で祝宴はお開きと成った。
エルラダさんもナノモイ夫妻もカメノス邸の宿舎なのでお別れ。ダリアを囲んで自宅で飲み直した。
「目出度い日は何度乾杯しても楽しいな。ダリアもあんま酒強くなかったのは母親譲りかね」
「そうかも知れません」
ほんのり赤ら顔が親子揃ってキュート。
適当なお摘まみを用意してダイニングを見渡すと?
「ソプラン何か有った?隣の会の時から変な顔して。具合悪いなら部屋帰っても」
「雨期前の風邪?」
おでこを触ったアローマが。
「平常ですね」
「風邪ではないんだが…。今朝からちょっとな」
「まさかアレが来ちゃった?」
「え?」
女子一同騒然。
「いやそれでもない。至って絶好調だ」
女子一同が安堵。知ってる筈のアローマまで。
「質問なんだがオメアニス様」
「何でしょう」
「過去に別人に擦ったスキルが再燃する事は有るのか」
「…まさか略奪者?でも何も…見えませんね」
「気の所為じゃない。お嬢を見てると…胸の奥で別の誰かが囁きやがる。スターレンから奪えって」
「え!?」
急遽俺がソプランの肩を触診。
特性:瞬歩、略奪者
「あ…出てる。瞬歩の次に。かなり薄らと略奪者」
「マジか…」
オメアニスとペリーニャがソプランを間近に凝視。
「あぁ…ギリギリ」
「見えるか…見えないか。薄い上に掠れています」
オメアニスとレイルが考察。
「レイル様。擦った相手。現在で言う五十五前後の人物が昨日か今朝お亡くなりになれば可能性は」
「有るかも…。でも違う気がする。別人に擦ったなら縁は切れるし生まれ直してるなら相手は二十六歳前後で死んでる筈。今のソプランが二十九として。
時間差で復帰するのも変。今日はこのまま解散するし何もしない日…。あ、モーランゼア訪問が近いからか」
「おぉぽいな」
「面倒臭えなぁ。またクソ女神か」
「にしも変ねぇ昨日誰かと町中で接触しなかった?肩が打つかったとか握手を交したとか」
「ん…?接触…外で接触」
目を閉じ昨日を手を動かしながら振り返る。
俺たちは只見守るのみ。
「一昨日の夜は姐さんたちと愛を重ねた日で違う。昨日からで確定。昨日…。午前は城への確認業務。昼からハイネで馴染みの店数軒で買い物。事務棟寄って帰宅。
知らない奴と接触したなら城内…。あ、居たな。珍しく女冒険者が入隊選考に一人だけ混じって。敗退は当然。
下に降りてタツリケ氏と話をしたかったから観覧から下へ移動。廊下途中でその女と正面同士で遭遇。
最後尾のそいつが俺の隣で転んだ。態とらしいなと思いつつ手を貸して起こしてやった。
手首や腕まで掴まれ抱き着こうとまでしたから胸倉掴み上げて調子放いてんじゃねえぞと突き放した」
「結構忘れないと思うけどそれぽいね」
「あぁ女だから一旦外しちまった。名前はノレリム。クワンジア出身。容姿は本人自信満々。俺的に並の中の並。
背格好はお嬢様と同じ位で明るめの茶髪のポニテ。
後で隊員の素性調べたが怪しい点は無く。帰国の途中聖都に寄った序でに次期聖女の応募をするだとか…。
悪いな、確定だったわ」
皆でそれじゃんと言いながら俺が探索コンパスを取出し王都の地図上で回した。
「お、金持ってるな。エリュグンテの3階。301の角部屋に滞在中」
ダリアに視線が中した。
「微酔いで自信半分。ですが逃すのは癪なので存分に遣ってみます」
グラスを置き目を閉じた。
「現在二十時半過ぎ。天候は快晴。
レイル様の蝙蝠で接近…おぉ転移で逃亡。
グーニャで接近…同じく逃亡。殿方二人で男性隊員に化け接近…香水で気付かれ逃亡。
ホテル内での捕獲は困難。
明日朝九時過ぎに隊の皆でチェックアウト。外へ。
偶然を装いスターレン様と数名で擦れ違い…回避して路地裏へ逃げ込み。
慎重な女ですね。以降誰が接近しようと中央広場の停留所を目指し。ラッハマ行きのキャラバンに参加。陸路で逃亡します。止める理由は皆無です」
「捕まえられないのか」
「手はまだ。ソプランさんのスキル解除と共に意趣返しを探ります。
オメアニス様…根絶。意趣返し無し。
レイル様…根絶。ノレリム、意趣返しで即死。
クワンティ…ソプランさんのスキルが昇格?略奪強奪の更に上?何でしょう…分配供与?
不思議なスキルが鑑定後に登場。スターレン様が凄え凄えと大喜び。
ロイド様とファフ様の共同浄化…スキル変動無し。意趣返しでノレリムを一時的支配下。ホテルを出た後。隊と別れさせ事務棟へ誘導。
金椅子に座らせ情報取り放題です」
「やっと…」
「私たちの出番が…。長かった」
「フィーネ様とペリーニャ様の共同浄化…根絶直前でソプランさんの略奪が成功。意趣返し無し。
お二人はソプランさんの正妻と第二妃へ。ロイド様から繰り上がり。七席へプレマーレ様。八席へ責任を取ったアローマさんが。
一時的にスターレン様は悲しみますが。ソプランさんならまあ良いかとさっくり切り替え大団円。
正妻のロイド様と第二の私が支えて参ります。これで行きましょうロイド様!」
「賛成♡」
「「止めて下さい!!」」
「ロイドとファフ確定だな。クワンのスキル昇格って制限時間有りそうか見て」
「はい。……あれ?明日の朝では根絶のみ。本日零時を回る前までの間限定の様子です」
「お、いいねぇ。復帰初期の曖昧時間内限定だな。ソプランやってみる?」
「やってみるか。変なのだったら封印の道探ればいいし。根絶の手も有る」
ロイドとファフでソプランの肩に手を置き共同浄化。ノレリムを支配下に置き。何とお一人様の独占部屋だったので風呂に入らせそのまま就寝。
第一段階終了後にクワンのスキル昇格。同じくソラリマクワンで肩に乗り執行。
分配供与:任意者から任意者への魔力移譲。装備や衣服以外の肌や露出部に触れ合い相互移動。自身には積載無しの架け橋。自己魔力消費も無し。主要属性不問。
「おぉ凄い。ソプランならではの魔力移譲スキル。俺とフィーネから分配して対象が近場に居れば略無限供給だな」
一同で拍手。
「上限も無さそう。多少練習すれば」
「マーレ嬢の再現魔法が使い放題か」
「スフィンスラーの残りとか一日で回り切れますね」
「スフィンスラーは来年のシュルツ用に取って置きたいから他の迷宮とかで。周回待ち要らずで一発総ナメ。欲しい所を何度でも繰り返せる」
「入り直さなくていいのは利点だな」
「時間が大幅に稼げるわ」
良い事尽くめ。魔力全回復の秘薬が本当の意味で緊急用と成った日。
大満足の翌朝。9時前には全員事務棟に集合。
現われたノレリムを詳しく女性陣が身体検査。特殊な道具は持って居らず初級治癒魔法とスキル復元魔法を所持。
戦闘力は中級の上と判明。
体内に異物は無し。破滅の小石の存在は知らず。アデルの部下であるのは認めた。
「小石とは繋がらなかったか…。オメア。この子のスキル復元だけを剥がすか封印は可能?」
「何方も可能ですがどうされるのですか?」
「なら剥がしてこの子を新聖女にする。ここでの記憶とアデルに関する記憶をレイルに消して貰って。他の面倒なスキル持ちの子を聖女にさせない為に」
「成程…安全予防策をこの子で」
「そそ。何人も追えないし。阻止してばかりじゃ一向に聖女が誕生しない。ペリーニャ帰還の道も封じられる」
全員納得で即実行。早期に解決と予防。
記憶を消して停留所付近で支配下を解除。
「剥がしたスキル復元でスターレン様の時間操作を戻せますが如何します?」
「ん~。ペリーニャの分が半減するからそのままで。アデルが持ってる奴を剥がして俺に戻す。そこまで接近出来たなら」
「良い案ですね。適当な魔物で熟練度を増せば。クルシュさんの未来視を剥がしてダリアに上乗せも可能。九月に来る本人了承の元で、ですが」
「そこまでは欲張らないよ。ダリアは?」
「要らないと言うなら頂きます。今のスキルを伸ばすのが先決で最善。上乗せして精度と範囲が増えるのと結局は同じです故」
他反対意見が上がる事は有る訳無かった。
-------------
毎月末週の3日間。29~31日は事務棟運休設定。
そこに合わせて秘密の宴。
の前の27、28日の週末休みを利用して今月2回目の拠点女子会へ女性メンバー10人がウッキウキでお出掛け。
薬類を納品しに行く序でにお会いする方は勿論。
「エルラダさん。今月2回目の女子会が開催されてしまいました」
「こんなにも早く来るとは…。相当楽しいみたいで」
男2人は期待の目を向けた。
「今回も大丈夫でしょう。どんどん嵌まっているのでこっちの事など気にしてませんよ。心配なのはお二人の居場所だけで。
ダリアの避妊具も新しい予備品を貰ったそうなのでこれは私の物」
「おぉ素晴らしい流れだ」
「またお勉強させて頂けると」
「勿論ですとも。前回よりも激し目により深い講義を。その前に美味しいお夕食を期待しても?」
「全力でご準備致します」
「俺も手伝います。嫁にしか作ってないですが」
「それは貴重ですね。楽しみです。早めに行って私も何か作りますわ」
「「先生…」」
この頃からエルラダさんを影で先生と呼ぶように成った。
女性の喜ばせ方とは何か。産後の生理時の変化。
好みや弱点等々の知っているようで知らなかった事を沢山学び。夫婦生活を円満に保つ秘訣と新たな技を伝授させて頂いた。
今まで如何に薬に頼り。勢い任せや傲慢であったのかをまざまざと叩き込まれ。最高に気持ち良く幸せな時間を頂戴した俺たち。
歳を重ねても半人前のお子ちゃまだったと猛省。
先生は本気の俺たちを前にしても超余裕な対応。お互いに気持ち良く。心よりの愛を伝えても尚余裕。とは言え例の秘薬は危険過ぎるのでそれはペースメーカー納品後のお楽しみとした。
先生の気に成る人の存在を消し飛ばしてしまっては後々大問題に発展すんぞ!とカタリデに怒られ俺たちは正気に戻った。
そりゃそうだ…。止めましょう。
2泊フルでの秘密の宴で先生から学んだ事を存分に活かし新たな技も投入。愛のカステラとローションと薄い竜血剤で乗り切った31日の昼。
秘薬を使った時以上に蕩けた9人を前に全然余裕な俺たち2人。
食堂の空きテーブルに身体を預ける9人の中でも気丈な我が正妻のフィーネさん。
「2人共…。どうしてしまったの…。あのお薬、使ってないよね…」
目まで蕩けて超絶可愛い。
「使ってないよ」
「少し竜血剤飲んだだけだ」
「気持ち良すぎて…。死んじゃうかと…思った」
他の8人も呻きながら同意。
「それは良かった。空き時間で散々ソプランと技術向上を擦り合わせた甲斐が有ったな」
「個別の弱点とか好みとか体位とか色々な」
「怖い…けど嬉しい。今後も…」
「続けるよ。技術向上とたっぷりの」
「愛情込めてな」
その言葉だけで9人は最後に昇天して伏せた。
有り難う先生。これからもずっと夫婦円満で行けそうな気がします。
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