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第266話 南東大陸後半突入までの準備期間・3
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サンタギーナの観光地迷宮浄化の翌日。
新人3人の登録が終わった後で自宅にメリリーとラメル以外の関係者を集めて緊急会議。
自宅担当の代理侍女長プリタ。ファーナ、ケイサ、アレシャとお腹の大きなミランダとカーネギも揃い踏み。
勿論シュルツも同席。
ご対面時にプリタが。
「やだ超イケメン。間違いが起きてはいけないので二人掛かりで対処します。
それと別件ですがお隣のキャライさんが母子共に健康で元気な男女の双子をお産みになったのでお二人も見に行ってあげて下さい」
「おぉそれは行かないと」
「後でゆっくりとね」
朗報も飛び込み。
「ミランダも再来月辺りか」
「はい。九月の終わり頃かなと」
「身体を一番にするミランダの仕事は無いのですが関係者に集まって貰ったのは他でも無く。
プリタがチラッと漏らしたこちらの新人3人の幼児教育を担当侍女衆と俺たち持ち回りで実施したいとそのお願いを兼ねてお呼びしました」
3人の自己紹介も終わり。
「ロロシュさんの許可は取得済み。ロイドには全部伝わってるのでここに居る者としまして。
この3人の立ち位置はレイルの専属従者。プレマーレの弟子の立場です。
クイネとラムネはラメル君の嫁。サイネルはメリリーの夫と略確定しています。相手2人が振り向くかは今後の頑張り次第。お手付きも同性愛も勿論禁止。
まあレイルが主人なので女性同士のイチャイチャは良いでしょう。
3人は同じ家に生まれた兄妹設定。親は幼少期に他界。
ちょっと抜けた所が有る長女クイネ。
女性を敬い大切にする優しい長男サイネル。
甘えん坊だがしっかり者の末っ子次女ラムネ。
東大陸南部で危険な魔物に挑んで窮地に陥った時。通り掛かったレイルが偶々気が向き助け。3人は感謝し生涯の忠誠を誓った、と言う在り来たりな筋書きです。
大問題なのはサイネル君。今朝方俺とソプランと一緒に風呂に入ってみたら!俺たちの股間を見て真っ赤になって溺れ掛けてしまいました。
これはいけない。自分にも付いてるのにオカマちゃんまっしぐら。第二のモメットにしては成らんと。頻繁にお風呂に入り。来月からは本棟や宿舎でカーネギと入り。正常な免疫を作ります」
「ホント済みません…」
「女性同士が互いの胸を見て興奮しないのと同じです。
シュルツのお顔も真っ赤ですがこれは真面目なお話なので敢えて無視します。
何よりも一番に標準語の読み書き。町中へ連れ出しお買い物で通貨価値と基礎算術を学ばせます。
サイネルはカーネギが男性用品店へ突っ込んで」
「解った」
「次に問題なのはメリリーとサイネルの引き会わせ時期。中途半端な状態で会わせるともう1人弟が出来た状態になるので非常に難しい。
しかしレイルの従者である以上は全く会わないのも可笑しな話。さてどうしましょう」
フィーネとアローマ。
「難しいねぇ。自然と不自然が同居して」
「自然な流れ…。教育者として入って貰うとスターレン様の仰る通りに成りそうです」
カタリデ。
「惜しいわね。2人切りでお茶する理由も見付からない。
育て切れば女性の心を熟知した完璧イケメンが出来上がるのに」
主人のレイル。
「ラメルの方はええのかえ」
「ラメル君は余裕だよ。レイルがそっとこの2人が相手なら良いよと告げるだけで。成人目前の年頃の男の子が自慰行為で発散するのは限界有るし」
女性陣赤面。
「そ、そうかえ…」
「申し訳無いけど男ってそう言う生き物だから。相手が常に傍に居る俺らからするとラメル君良く堪えられるなって感心するし尊敬する。
レイルの気配を感じる美女が2人も居たら堅牢な防壁もコロッと崩れる瞬間が来るよ。
料理番として関わる自然な流れも整ってるし。無宗教だから成人前でも所帯は持てる。全然問題無し」
「ふむ。メリーの方か…」
シュルツが恐る恐る。
「お兄様。ピレリ様も…。その…あの…」
「ああピレリは大丈夫だよ。結婚経験者の大人だから。今のは若い未経験の一般男性の話」
「安心しました。今直ぐささげ」
フィーネが口を塞ぎ。
「こら。何を言おうとしたのかなぁ。分別有る大人を信じなさい。それは胸の内に仕舞って」
しっかり頷き返した。
プリタが挙手。
「顔合わせは普通にするとして。何処かで修行をされるのならその現場にメリリーさんも連れて行き。
レイル様をお守りするような場面を演出してみては如何でしょう。
心酔敬愛する主人様を守れる。まあなんて素敵な殿方様♡となるかなぁと」
「「おぉ~」」
「成程のぉ。賢い」
「名案。来月の南東遠征後半終わりまで鍛え上げて9月の長期休暇中に演出してみようか。一般訓練はここの訓練場でカーネギに相手して貰って。
この3人幻術使いだから集団戦も出来る。警備や侍女衆とかティンダー隊の訓練にもなるし。タツリケ隊にボコられるのも良い経験。これぞ一挙両得」
シュルツが元気に。
「素晴らしいですね。来月からは私がスケジュール調整をします。他の希望者も集め私もこっそりと。
メリリーさんがお隣で仕事をされる間を見計らって」
「最近平和で、鈍ってた、から丁度良い」
カーネギの目がキラリと光った。
「潰すなよぉ~」
「解ってる」
サイネルたちが。
「そんなにお強いのですか?」
「カーネギは別格。ランクは中級のままだけど実力は上位上級冒険者相当」
「照れる」
「「「へぇ~」」」
「ここには体術の達人ゼファーさんも居るし。サイネルの言葉遣いも変に脚色せずにゼファーさんを見習って執事風に仕上げればいいと思う。
レイルの専属執事みたいなのを目指して。マナーも一流だから学んで」
「はい。頑張って習得させて頂きます」
ソプランが溜息。
「帰って来る頃には俺より立派な執事が完成してそうだ」
「有り得るなぁ」
「面白そうぉ」
「新人3人の方針が決まり本棟の昼食会で顔合わせをするとしましてこの話は一旦終了。
レイルは興味無いだろうけど。もう1つの重要イベント。
8月のライザー王子とダリアの婚礼式典とお披露目会をどうしようか。
シュルツは当然予定聞いてるよな。俺らが聞いても教えてくんないんだ」
「…口止めされているのですが」
「そこを何とかこっそりと」
「お願いシュルツ。私たちは内緒で覗くだけだから」
「予定では来月の末。だったのですが。
エルラダ様のお目が治せる可能性が出て来たのも有りまして九月以降へ延期されました。
お二人に伝えると無理をされるのではと」
「そう言う事か」
「内緒にしなくてもいいのにぃ。どの道9月は休暇取るんだし。薬はお隣に任せて手は出さない積もりよ。
心臓の方も別で薬剤手に入れて渡したし。急変したら私の治癒術お披露目してでも食い止める」
「それが問題なのです。お姉様」
「ん?何が?」
「ここが何処で。何の総本堂が在るのかお忘れですか?」
「「あ…」」
失念してた!
「九割以上の信者が占めるここの中枢で。水竜様に繋がる秘術を披露してしまっては最早誰の口も塞げません。
総本堂の神官長を越えた立ち位置と成り。ペリーニャ様と同じ境遇に…」
「あぁ。その面をすっかり忘れてたわ」
カタリデが助言。
「式典会場で急変したら私が食い止めた風に見せればいいのよ。聖属性の光振り撒けばバレないバレない。
カメノスの研究棟空けといて貰って運び込めば?
私を理由にすれば出席理由にも成る。簡単じゃない」
「名案です!それで行きましょう。早速午後に上へ伝えに参ります」
「ありがとフウ。ホント助かる」
「何時も何時も難しく考え過ぎなのよ。2人も周りもね」
仰る通りで反省し切り。
--------------
スターレン側はフウの活躍で心配要らず。
悩みの種はラザーリア側。
捕虜土竜3匹とドドッツ家の処遇が決定。屋敷は解体。
無関係と判明した奥様と娘に財産の半分と宿の経営権が譲渡された。
土竜とドドッツは収監され厳しい尋問中。後にロルーゼのバーミンガム家とルイドミルにスタルフ王の猛抗議が発表される。
洞穴5本は埋め立てられ硬い石膏を混ぜられた。
他に洞穴は無い。付近の下水路も改善予定。
残った物。測量具と掘削具が少々厄介。
王族一同と穏健派の幹部が集まる会に私も同席。
「掘削具に溜まった石と砂利は郊外の空き地に排出すれば済みます。
2つの道具は魔道具。今現在のマッハリアに製作出来る技術は無い。
所有権は私にと言われ。建築の地下路を掘るのには非常に有用。有用性はタイラントに限らず何の国も欲しい物では有ります」
スタルフ王に問われる。
「歯切れが悪いですねロディ様。何に引っ掛かりを?」
隣のローレンが腕組み。
「解らんか、スタルフ」
「と言われても。持ち帰れば兄上もよろこ…。あ!」
「そうです。私はこれらを持ち帰れないのです。
勘の良いスターレンはこれがラザーリアで発見されたと言うだけで全てを見抜き。激高し直ぐにでもルイドミルとバーミンガム家の関係者を殺しに向かう。
守護者の私は問われれば嘘は吐けない。今の彼を止める術は無い。妻のフィーネでも難しい」
「な、成程。英雄としても勇者としても信用はガタ落ち。好評価も失墜してしまう。前勇者と同じ評価に成り下がる」
「はい。解体方向に向かっている邪神教団も一枚岩では無く幾つもの派閥を抱えている。ロルーゼに隠れる派閥の狙いは真にそれ。スターレンを貶め私たちを世界から孤立させようとしています。
これを作る技術をその派閥が持つならば。又は発掘し得る迷宮がロルーゼに在るのなら。何度でもここの地下を掘り進め彼を挑発し続けるでしょう」
「派閥の中に相当な曲者策士が居るな。
ここに居る者が閉口しても下から漏れる。スタルフが抗議文を発表すればスターレンにも知れ渡る。
訴追しなければロルーゼの派閥は叩けない。知られればロディに何が有ったのかを問う。
忌々しい!」
ローレンが机を叩き紅茶のカップが揺れた。
「隠し通せる時間も少ない。
ロディ様。思い切って兄上に隠さず話す。若しくは一番冷静で思考に優れるカタリデ様からお伝えして頂くのはどうでしょう。
起きた事は事実。これらに類する道具は他にも。外側からなら掘れる事も兄上なら既知の筈。
ロディ様は兄上から地下の塵拾いでも、と言われたのですよね?」
「あぁ確かに」
スタルフ王はスターレンの弟でしたね。
「私とした事が…」
「僕も今はここの主。父上の息子で英雄の弟です。傍で兄上の背中を見ていた時間は父上よりも長いのですよ?」
「失礼しました」
「一本取られたな」
「予想済みの事で兄上は怒りませんよ。多分ふーんやっぱりねで終わります。温い敵の挑発には乗りません。乗った振りをして隠れた鼠を引っ張り出す気なのでしょう。
今度は僕が先手を取りたいからロディ様を止めた、とお伝え下さい」
「解りました。後程直ぐに」
掘削具の中身を空にしてパージェントの自宅へ帰った。
自宅で新人3人の教育プランを練っていたスターレンに道具を見せると。
あーやっぱそろそろだったかぁ。で終わりだった。
「スタルフ王が今度は僕に遣らせろと。止められました」
「まあねぇ。国から離れた俺が何時までも出しゃばってたらあかんよなぁ」
「国王様だもん。立ててあげないと可哀想よ」
「だな」
取り越し苦労とはこの事。
「シュルツ。パイルバンカーに続き。これ欲しい?」
「欲しいです!下水路と上水源泉路を仕分けるのに大変便利です。ロープで遠隔操作をすればガス溜りも怖く有りません。ガス成分も見えるように改造します!
ロイド様。宜しいでしょうか」
「どうぞどうぞ」
「ロイドはまたラザーリア戻る?こっち手伝ってくれる?」
「こちらで。シュピナードとの手合わせに乗り遅れる訳には行きません。それにローレン様に甘えているとフウに嫉妬されてしまいます」
「我輩もアレイゴーレムとやりたかったニャ!」
「やーねフィーネでも有るまいし。千年以上堪えた私を嘗めて貰っちゃ困るわ。それにローレン様に次ぐ逸材見付けちゃったからさ。オホホホッ」
「聞き捨てならないわね。誰よ」
「内緒~」
楽しい時間。あの方かな?
「スターレン。レフィキュラ迷宮には何時」
「そうじゃ。何時行くのじゃ」
「そうじゃ、じゃないだろ。主人のレイルは教育プラン考えろよ。ちゃんと持って帰るから」
「ぬぅ~。企画は苦手じゃ~」
「いい暇潰しが出来たじゃねえか姐さん」
「くぅ、これでは無かった…」
「もう直ぐ。夕方に行くよ。あっちの真夜中に」
「了解です。では私はお風呂へ」
「戦の前に清めるのニャ~」
「まだだって。いってら~」
--------------
廃棄されたレフィキュラ迷宮。自白椅子をアークロードからゲットした思い出深い場所。
上層地上に人間は誰も居ない。少し上へ上がってみたが新たに掘られた形跡は無かった。
悪魔って玉座が好きなのか?と思いつつ。
居残りレイルと従者以外のメンバーで最下層へ降りた。
何か有るか。サピエルの逃げ口上だったのか。
フィーネのライトで層内を明るく照らし出し。
「もう少し照明を下げて下さい。目がチクチクします」
プレマーレに文句を言われた。
「来なきゃいいじゃん」
「レイルダール様から見て来いと言われています。企画書も出る幕無いですし」
「もー。クワンティが居るのにぃ」
「報酬の半分はレイル様の功績ですから我慢しましょう。今もバッチリ見てます」
「しゃーないなぁ」
文句を返してフィーネがライトの光度を下げた。
そのフィーネを層の中央に据え。八方に広がり探索。
だがしかし何も無い。
壁際、玉座が在った場所、赤絨毯の下。片眼鏡で探しても無い物は無い。
そもそも探し物が解らない。
中央に集まる。
「…無いな。何も」
「うーん…。こんな時アローマなら…」
そう言ってフィーネは天井を見上げた。釣られて皆も。
歪な地肌しか無かった。
「何も無いわね」
「帰るか。悪魔は基本悪戯好きだからな」
「そうねぇ」
帰ろうとした時ソラリマが。
『待て。アローマが照明を消してみろと言っているらしい』
「え?真っ暗に?」
半信半疑でライトを消すと。玉座が在った場所の空中に白い小さな光結晶が浮かんでいた。
「「おぉ!」」
「アローマさんの勘は凄いですね」
ロイドも皆も同じ感想。
「今度からアローマを迷宮専門家と呼ぼう」
「悔しいなぁ。どうして解るんだろ。後でコツ教えて貰お」
「私も聞きたいです」
プレマーレも賛同。
代表して俺が結晶体を掴んだ。
真実の灯火。
複雑怪奇な迷路迷宮でも必ず正解ルートへ導く。
トラップ前では上下移動。
行き先に魔物が居れば左右移動。
宝箱付近では✕を描き繰り返す。
空やギミック無関係の箱には無反応。
日光や照明器具の光を吸収。照射時間分輝き続ける。
迷宮探索の必需品。
「いやこれ宝具級だよ。もしかしてピーカー君見えてた?」
「はい。浮いていた場所だけ光の屈折が変化していたのでお楽しみを奪ってはいけないと」
「アローマとピーカー君とこれが有れば迷路無敵やね」
カタリデも感心。
「導き手。アウスレーゼ君の言った通りだわ。でアローマはやっぱり指導者に向いてる」
「天性の素質かぁ。そりゃ適わんわ」
「もう何も言えないわ…」
「経験ですよ何事も。スタプ時代がそうで在ったように」
「確かに。凡人なら探究者に成れ、か」
「誰の言葉?」
「スタプ時代にモーちゃんから言われた有り難い教訓」
「成程。早くロルーゼの選挙戦終わるといいね」
それに尽きる。
自宅に帰ってアローマにコツを聞くと。
「天然迷宮の住人は基本暗闇で生活されています故。光源に纏わる何かが有るのではと考えました。
それとレイル様とスターレン様を格上と認識されて居られた様子でしたので何も残さぬ訳が無いと」
「「ほぇ~」」
「メモります…」
プレマーレのメモは役に立つ日が来るのだろうか。
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水没迷宮産のインクとライリー工房製のロール紙を使ったシュルツ製作脈拍計が完成。
昨日も行ったが改めてキャライの出産祝いの品を贈り。エルラダさんの体調と脈拍を計測試運転。
身体は安定。脈拍計も前に手書きした図と同じ。医院の方でも使えるとシュルツが増産すると取り決めた。
インクが必要に成るからとフィーネは水没迷宮へグーニャと共に向かい。ロロシュ邸新人教育班とスフィンスラー訓練班に分かれた。
翌日の合同訓練。
スフィンスラー14層にコテージを置き。新人3人と従者2人を残してその他で向かうは17層ラストトライ。
上のアレイではレイル以外全滅し掛けた。
「今回は現状最強装備。どんなゴーレムでも怖くない。無いったら無い。反射盾はアローマの物だから若干不安」
「どっちなのよ。素直に借りて来れば良かったじゃん」
「いや大丈夫。の筈だ」
何が出るか予測不能で予測線は描けない。
層内中央でプレマーレを円で囲んで身構えた。
カタリデは抜剣。再生専念で竜は腕の中。シュピナードとダメスドーテも初期から臨戦態勢。クワンはソラリマを装備済み。抜かり無し。
「参ります!」
気合いの一声。プレマーレが地面を右手で叩いた。
次の瞬間。全ての照明が消え真っ暗。フィーネがライトを取り出すよりも早く周囲と足元に土壁が乱立。
「しまった!最初の迷路だ」
叫んでも応える者は居ない…。全員分断された。
手に握るカタリデとバッグの中のピーカー。
「やるわねベル。私が光るより真実の灯火使いなさい。それと集合掛けて。1km以上は離れてない」
「落ち着いて下さい」
「お、おぉ。ごめん。取り乱した」
純連の冠を取出し強制起動。
「皆居るか?真実の灯火使うからライトは要らない」
「ビックリしたぁ」
嫁の後に全員無事に応答。
灯火で照らし出された周囲の壁は地面から天井までびっしり接着。
「ソプランたちが居て竜出してたら人数足りなかった」
「それと、灯火日干しにしといて良かったね」
光充填してなかったらヤバかった。
フィーネ、ロイド、グーニャ、クワン、レイル、プレマーレ、シュピナード、ナーディ、ダメスドーテ。
余力1人分のギリ。
初期に居なかったメンバーに説明を加え。
「最初の流動迷路はもう無いと考える方が間違いだった。床の方向表示板は無い。壁には触れられない。
灯火の導きに従い慎重に進もう。ピーカーも何か見えたら遠慮無く言って。壁かなり固そうで潰されたら重傷だ」
「はい」
「強敵は最後かえ」
「だろうね。プレマーレの魔力損失は前回よりも多い?」
「八割飛びました。成長分を考慮すると前の倍」
「壁分だと考えるのは楽観に過ぎる。またとんでもないゴーレムが来るぞこれ」
「武者震いして来たー」
「いよいよ」
「ワクワクだニャ~」
起動者の俺の前方上方固定の灯火が歩き出しと同時に移動した。方向性も案内してくれる。
導きの光に従い奥へ手前へ左や右へ迷わずに。トラップや宝箱の反応は出ず。広がる通路の前で左右に振れた。
「いよいよか…」
通路を抜け切ると同時に周囲の壁が消失。
層内の照明が点灯。そして姿を現わしたゴーレム。
俺たちを取り囲む10個の灰色球体…。
アイアンロックゴーレム改。最早説明不要。
「皆動くな!継ぎ目は無い。魔法は無効。タングステンにマウデリンコーティングのオマケ付き。接近したら吸い込まれてグチャグチャに潰される。
レイル。俺なら撤退を勧める。何か策は有るか」
「無いわ!!有るとすれば妾とプレマーレとシュピナード単騎で各個撃破するしか無い。再生武装と破壊不能品以外は失う。
若しくはオーラの圧縮結界で一個に纏めてから倒す」
「裸に成るのは嫌ですね…。今はもう。スターレン様が居なければ脱げますが」
「中に入って魔核を破壊するなら私が適任でしょうな」
纏めてシュピナードで倒す。しか手が無い。
「クワンはフィーネの肩から動くな。フィーネの蔦でゆっくり全員を繋いで離脱準備。俺はガントレットを外し。オーラを背中方面に出す」
「クワッ」
「了解」
カタリデをそっと宙に浮かせて慎重に慎重にガントレットを外し袖を捲ってオーラを背中に出した。
「オーラ。俺の頭の上に乗り。10個結界で囲んでから衝突させるのは可能か」
「時間は掛かるが可能だ。どれ程の距離で吸われるのかを確かめねば為らん」
「頼む。距離を離す方向に。シュピナードの前方方向へ1周回す感じ」
「御意」
シュピナードの右手の個体前に金銀壁を1枚張り。吸い込まれた距離手前で更に右手個体を囲い込み。吸収される前に外へ動かし圧縮合体。
距離を測りその隣を繋いで行く作業。最後はシュピナード前の個体の後ろへ3倍化した9集合体を置いた。
結界に囲まれた段階で俺たちは後方へ撤退歩行。
1個集合体から充分な距離を確保して一息。
「ふぅ。何とかなったな」
「寿命が縮むわぁ」
「個体ゴーレムが良かったニャ…」
「残念ですね」
グーニャとロイドはがっかり。
「シュピナード。中身は空じゃと思うが何か隠し球が居るやも知れぬ。抜かるでないぞ」
「私に油断は有りません。常に全身全霊。御安心下さい我が主」
「うむ。行け」
馬上から飛び降りレイルに一礼。
黄金の槍を構えアイアンの正面に高速突貫。
接近した途端姿が消え吸い込まれた。
「えー。突発ですが双眼鏡が2つしかないので。ここからは私めとフィーネで解説致します」
「透視具が増えるのは嫌ですが構造体が覗ける望遠具は欲しい所。あ、早くもシュピナードが2体に分身。
中に隠れていた小型ゴーレムを片方で抑えつつ。片方が後ろの魔核に挑もうとしてますね」
「おぉ小型ゴーレムも分身しました。定置が無くシュピナードが圧倒的不利。ベルさん鬼ですねぇ」
「鬼畜です。ここまで私たちを鍛え上げていったい何と戦わせようとしているのか非常に疑問で恐怖を感じます。
さあ場慣れして来たシュピナードが元に戻り弱体化した小型を各個撃破。即興で最適戦略を考えられるシュピナードの冷静さを見習いましょう。特に私は!」
「学ぶ事の多い迷宮ですね。
非常に良い流れ。では有りましたが撃破した小型の残骸が残りと合体。再びシュピナードが分身。徐々に小型を弱らせて行く戦法に切り替えました」
「勇者を育成するこの迷宮にこんなえげつない物を置いたベルエイガさんをあの日に戻って殴りたい!
完全に流れはシュピナード。無尽蔵のスタミナと死霊の特性を存分に活かし小型を削っています。
ほぉ押し切れる状態まで持ち込み。倒し切らずに後ろの魔核を同時攻撃し始めましたね」
「最終的に魔核と合体するのだと判断したのでしょう。
これは流石と言う他有りません」
「両方同時に削って削って…遂に!4本腕で全部串刺し。真似したくても出来ません!」
アイアン改が崩壊。霧散して消え去り。シュピナードが綺麗な着地を見せた。
人型皆で拍手。
「見事じゃ」
レイルの前に跪き。
「何のこれしき。中に入れて動ければ単なる雑魚です。
それに…スターレン殿が持つ宝石の助力がかなり利いてますね」
「「あぁ~」」
皆が納得。
気になるドロップはマウデリン10kgと特殊タングステンが50kg(約10kg)分の塊が落ちた。
「質量5分の1か。上の特殊白金と一緒に別々に保管しないとな」
「マウデリンと合わせれば結構な量が作れるね」
「今直ぐは過剰だし。皆でゆっくり考えよう」
「そうしましょ。レイルは何か要望は?ここの物はレイルに権限有るし」
「そうじゃのぉ…。ラメル用の刃毀れしない包丁セットとソプランとアローマ用の長剣でも作れば良いじゃろ。新人用にはまだ早い」
「包丁セットいいな。平和的利用で」
「専用まな板も必要ね。キッチン崩壊しちゃう」
軽く談笑して上に戻った。
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14層に戻るとソプランたちの前に新人3人が転がり気絶中だった?
「何これ。中で勉強してたんじゃ?」
「いやぁ…。途中で身体動かしたいって言うからよ。基礎体力の運動でも、て勧めたら行き成り模擬戦やりたいってな感じで」
「では少しやってみようかと。いざ始めると現在の魔力量も確かめずに幻術を乱発しまして。…枯渇しました。
今し方」
「何をしとるんじゃ!」
お怒りのレイルさんは新人を爪先で転がした。
「駄目駄目。人間の場合直ぐ動かしたら。暫くそこで寝かせて。ここなら風邪は引かないし」
「欲張りおって…。一日無駄にするではないか」
主人は頭を抱え。アローマが3人に毛布を掛けた。
下は冷たい地面。反省して下さい。
離れた場所に金属案山子を設置。
ソプランたちの長剣訓練。そこから対岸でシュピナードとレイル。ロイドの順に飛翔無し模擬戦。
その隣で進化ナーディとダメス。グーニャの蔦無し模擬戦が始まった。
ソプランたちの側から模擬戦を観戦。
直ぐに従者も中断して一緒に観戦。
「おーレイルの4本腕と互角。寧ろシュピナードが押し気味だ」
「剣戟が速過ぎて火花が眩しいぜ」
「進化ナーディがダメスをスピードで圧倒してる」
「お馬なのに横移動も速いですねぇ」
「クワ。スターレン様。あたしの模擬にオーラを出して」
「ごめんクワンの相手すっかり忘れてた。今出すよ」
オーラとルーナを出し直し。高速ドッグファイトが上空に加わった。
3方を眺めてるだけで面白い。
取り残されたルーナが溜息。
「我は案山子でも叩くか。布巻いて」
「伸び代が有るって解って良かったじゃん」
「まあな」
フィーネの隣のプレマーレ。
「フィーネ様。時間掛かりそうですし。普通槍で模擬しませんか?」
「そうねぇ。もうちょい観戦したら」
「はい。私も観たいので」
「あれ…?俺も案山子か…」
俺も溢れてたw
苛ついたレイルが更に高速乱撃。しかしそれでもシュピナードは一切乱れず払い受け。
「もう良い!休憩じゃ。ロイド代われ」
「あらあら腕を増やしたのに自滅とは」
「喧しいわ」
ロイドに交代。二刀流ではなく長剣1本を選択。
カタリデを抜いてないのに素晴らしい身の熟しと練られた運用で4本剣と対等に渡り合った。
「うほぉ」
「速い速い。遠目じゃないと見切れないわ」
「あんな頂上見ちまうと絶望しかないぜ」
「流れが綺麗でお美しいです。一段と」
「遠いなぁ…。槍の間合いなんて取れもしない」
鍔迫り合いには持ち込まず。詰められたら2,3本を同時に回し受け。押された力で広い場所に距離を取る。付近の壁は背にしない足運び。
環境や位置取りまで常に先読み。圧巻である。
隣のダメスもグーニャとチェンジ。
ナーディの懐に飛び込み足蹴りを態と誘い眼下に死角を作り出し翻弄。
休憩中のダメスがそうやれば良かったでやんすなぁと嘆き節を漏らした。
怒ったナーディが何故か観戦中の俺たちの方向に猛然と爆走。
「な、何だ?」
「なんでこっち?」
アローマの前で急停止して頭を垂れた。
「私に乗れと?」
ブルルと嘶いた。
「騎乗すると何が変わるのでしょう…。取り敢えず乗りますが。フィーネ様。もし飛ばされたら」
「私とスタンで必ずキャッチするわ」
「有り難う御座います」
颯爽と騎乗。
グーニャの前に舞い戻り。
「待たせたな。だそうです」
「逃げたのかと思ったニャ」
この時初めて知った。ナーディの能力は誰かが乗ると爆上がりする事を。
「ニャ!?」
霧が舞い。ナーディが消え。グーニャが舞い上がり。強烈な後ろ蹴りを喰らって側壁までぶっ飛び突き刺さった。
馬上のアローマはキョトン顔。
「今…何が?」
穴から這い出たグーニャ。
「お…面白いニャ…。我輩の本気を見せてやるニャー」
赤い霧と灰色の霧の打つかり合い。
蹄と爪の応酬。グーニャの巨大化にも即対応。
尻尾を踏み付け。その背を駆け上がり。猫の額に痛烈な後ろ蹴りをお見舞いして地上へフワリと着地。
アローマは首を捻り。
「上からだと観戦は無理なようで」
仰向けに倒れるグーニャ。
「きょ…強敵が居たニャ!」
元の大きさに戻って霧の応酬で交わり。
スタミナ切れで転がった。
「ダ…ダメス。交代ニャ…」
「兄貴が駄目ならおいも無理でやんすが」
「一匹で駄目なら二匹ニャ!!」
「卑怯な兄貴も嫌いじゃないでやすよぉー」
「掛かって来い。的を大きくするとは愚か者め。生きていたら馬糞塗れにしてやる所。だそうです」
「ニャンですとぉぉぉ」
「嘗めやがってこの馬ぁぁぁ」
赤黒灰の霧の交差点。アローマがポツリと。
「私の鍛錬時間が…」
「どうしよ。キャッチ出来るかな」
「もうちょっとだけ近付こうか」
範囲外ギリギリへ移動。
メモに余念が無いプレマーレ。
「猫は額が弱点…。どう捉えれば…」
「深読みすると碌な事無いぜ」
「はい…」
ソプランに諭された。
--------------
新人3人を来客宿舎へ寝かせフギンさんたちにお任せ。
自宅での夕食後。
「急に明日空いたなぁ」
「何しよっか。潜水艇見に行くと焦らせちゃうし」
3人の様子を見に行ったプレマーレが着席。
「フィーネ様の発言で焦ってしまったそうです」
「え?私の?」
「幻術を織り交ぜれば即戦力だと」
「え~。あれは来月の話なのにぃ」
「人の所為にしよるか…」
レイルのカップを持つ手が震える。
「カップ壊れるから怒るな怒るな」
「ぬぅ…」
「まあ枯渇もやって損は無いし。伸び率とか。ちょっと早めに来ただけよ。
子育てした事無いけど子供ではないし。言えば解るんだからしっかりプランの説明を加えましょ」
「うむ」
「明日は買い物でもするか」
アローマが挙手。
「一つ気になる事が」
「お、アローマの勘は気になるな」
「なりますねぇ」
「エメラルドの件も有りますが。何時だったかスターレン様が掘られてペリーニャ様にお渡しした輝く女神様の彫像をお側に置いているのは、大丈夫なのでしょうか…」
「「あ!」」
ロイドも。
「失念ですね。強力に加護が付与された物が近くに。
今でも女神を信じるペリーニャが手放す理由が無い。侵食されれば何時でも操れます」
カタリデの助言。
「どんな物か私は見てないけど。他に遣い道が見付かったから返してって言えば?」
「うーん…」
「ペリーニャ喜んでたしねぇ…」
「ペリーニャちゃんだけじゃ済まないのよ?教皇も次の子も簡単に操られるのよ?特に子供の方が危険。女神ちゃんの執念甘く見てない?」
確かにペリーニャだけでは済まない。
「解った」
「返して貰おう。何か代わりの物を用意して」
その代わりの物が浮かばない。
シュルツが挙手。
「もう一本扇子をお作りしましょう。材料はロイド様の羽毛以外は揃っています。ペリーニャ様はロイド様が大好きですからきっと喜びますよ」
「おぉ」
「流石はシュルツ。着眼点が違うわ。心が安らぐラベンダーの香水も付けて。カルお願い」
「早速。寝室へ行きましょう」
「はい!」
2人が手を繋いで寝室へ上がった。
「ペリーニャの数少ない友達だもんな、シュルツ」
「うんうん。やっぱりアローマ冴えてる。序でにエメラルドに転移付与して来るわ。
私たちが出掛けてる間にハイネの2人にこっちの進捗説明してあげて。ソプラン連れてけば外に出し易いし」
「畏まりました」
「そろそろ言わねえとな。二人はオーナルとコーレル限定で問題無いか」
「そうね。キリータルニアには複製アデルが居るから近付けさせられない。何となくウィンキーも居る気がして」
「邪気がごっそり奪われたボルトイエガルは招待状が来ても行かない。今のガンターネに接近するのも危険だ」
「了解」
--------------
主たちがお嬢様の扇子を持って昼前に出掛けた。
それに合わせアローマとハイネへ飛び密偵二人を昼食へ誘い出した。
外ではゆっくり話せないから場所はロロシュ邸内に折り返し。
二人に南東前半の話と最近の進捗を食後に説明。
当然驚いてはいたが。
「何となくは」
「予想してました」
「とは言っても直ぐ解体って訳じゃない。中枢とは休戦しても離れる奴も居れば元々別派閥ってのも居る」
「実際にロルーゼの隠れ派閥がラザーリアの地下を掘ってスターレン様を挑発する事案が発生しました。休戦後に」
「各地の中枢に深く入ってますからね」
「西大陸の本体も居ますし」
「だよな。姐さんが西以外を出せって挑発したのに集まったのはたったの五百前後だ。完全解消には程遠い。
第二のシトルリンやガンターネが潜んでる可能性は充分過ぎる程有る」
アローマが話を追加。
「これは主からの伝言ではないですが…」
「おい。勝手な」
「言わせて下さい。頭の片隅に。今はまだ動いてはいけません。必ず主の指示を待ってからとお約束を」
「はい」
「今は聞くだけで」
「最近のクワンジアの動向です。闘技大会後。主も私たちも立ち寄っていません。
元老院の重鎮二人はレイル様の助力も有って排除は出来ています。しかしそれも全てではない。
西と直結する国がこれで終わりだとは思えません。アデルと言う原本も居ます。他にもまだ誰かが居る気がして。
未だにピエール国王様が道化を演じ続ける。続けなければ為らない理由が眠っていると私は思います」
「まだ他にか…」
確かに引っ掛かる。
「成程。ウィンキーも何処かで生きてますからね」
「今俺たちが動くのは危険。それは理解しました。
多分スターレン様なら…。西へ本格遠征へ向かう際に一斉に引っ張り出すお積りなのではないでしょうか。
ピエール王に変化が無いのは当然知ってますから」
「前も怪しい奴等は山程居たしな。港の拠点も壊滅させた訳でもない。トロイヤの言う通りかも。
だがそれも二年以上先の話だ。それまでに敵が動くのを待ってるのかも知れねえ。抜駆けすんなよ。
今度怒られるのは俺たちなんだから」
「行きませんよ。トロイヤしか飛べませんし」
「おいおい裏切るなよ。もし何か起きたら俺だけの所為に成るだろ。道連れだ」
「それはその時の流れだな」
「連れねえなぁ」
「他に二人が気になってる国は有るか」
「俺は特に」
ティマーンは無いがトロイヤは。
「俺は個人的に内戦中のメレディスですかね。ウィンキー以外誰も入ってない。
詳しくは聞けませんが助けてくれたら国宝渡すってモンターニュが送って来たんですよね。
そのお宝には興味が有ります。まあ介入するとスターレン様が大損するのは目に見えてますが」
「あーまあな。でもお宝欲しさに勇者が奴隷解放軍を潰せんだろ」
「間違い無いです」
「国宝は国の物。行く行くの勝利者たちの物。それが解放軍なら良いとのお考えなのでは?」
「流石アローマさん。思慮深い。軍師の才能有るんじゃないですか」
「お止め下さい。これ以上責任が重なると重圧で潰れてしまいそうです」
「最近のアローマは鋭いしなぁ。色々な面で」
「あなたまで。はぁ味方が居ない…」
「メレディスはモーランゼアと帝国が監視してる。何が起きても連絡は入る。手を出す要素は何も無い。
王国軍が国宝使って低層奴隷を人質にし……」
ヤベえ…。三人の顔も固まった。
「止めだ!この話は止めよう」
「止めましょう」
「それがいいです」
「不用意に発言するもんじゃないな…」
しかし…。この話は後に現実となった。
--------------
彫像を手放したくないペリーニャをロイドとクワンとカタリデで粘り強く優しく説得して。
何とか返却してくれた像を自宅で囲んだ。
像を見た途端にレイルが。
「破壊せよ。見ているだけで苛つく」
「待て待て。壊したらバレるだろ。解呪のルビー像もこれも壊されたくなくて防御力まで付いてんだから」
「今も絶賛見てるかも知れないし。ペリーニャも遣い道気にしてたから無くすのは困る」
「ではどうするのじゃ。この汚物は」
レイルに取っては汚物になるらしい。
「汚物言うな。効果は正統な物。人間に取っては」
「でもどうしよう。深海遺跡は懐中時計と神殺しを置いてて一緒には置けない。持ち歩きたくもない。
保管に適した場所も…浮かばない」
悩めるフィーネに続きカタリデ。
「あの子に頼むと存在と居場所が露呈する。ルビー像はフィーネと私が居るから用済み。
私が上書きすると何したかバレバレ。地中深くに埋めても掘り起こされる」
ロイドも悩む。
「誰も入れない場所で私たちも立ち寄らない場所…」
挙手したアローマに。
「お、真打ち発案」
「何でも言って」
皆の視線が集中。
「重圧が…。それはさて置き。私とソプランは入っていませんがスフィンスラーの十八層では如何でしょう。
プレマーレ様の再現で永久氷を出して氷漬けに。
私たちはカタリデ様の御加護で操られない。新人三人と従者二人はレイル様の御加護が。
部外者は絶対に入れず。他の転移可能者はシュルツお嬢様のみです」
「「それだ!」」
皆で拍手。
「気付かないもんだなぁ」
「さっすがアローマ」
「いえいえ」
「プレマーレの回復は」
「明後日には局所再現が可能です」
「良し。邪魔臭いから今から仮置きして来るよ。ルビー像と一緒に。
使用用途は…強力な魔物を封印したとしよう」
「狡賢さは健在ですねぇスタンさん」
「それ程でも。これだけはアローマに負けんっておい」
「冗談冗談。行ってらっしゃい。私触りたくないから」
「行って参ります!」
速攻18層のド真ん中に投げ捨てて帰宅。
「よーし。今日の夕食はて…あれ?」
フィーネとアローマの姿がリビングから消えていた。
「フィーネとアローマは寝室で内緒話を。アローマにご褒美をと聞いたらフィーネに折り入って頼みたい事が有ると上に」
ロイドが説明してくれた。
「へぇ何だろ。まあいいや。
今日の夕食は最近ずっと肉料理ばっかなので。リゼルオイルを使って魚介天麩羅と根菜たっぷり掻揚げ丼にしたいと思います。
お酒飲む人はお米少な目で」
「何それ最高じゃない。私も早く食べたいわぁ」
「カタリデが人間に戻る時は大宴会だ。それまで待って」
「何時に成る事やら」
「ええのぉ。妾は白米もたっぷりとな」
「賛同致します」
「天丼。良いですね」
ロイドに続きシュルツが慌てて。
「プリタさん。本棟のお夕食のお断りを!」
「はいさー」
「来客多そうだな。上の2人降りて来る前にラフドッグへ買い物行くか。シュルツとロイドは留守番で」
「はい!」
「上2人を気長に待ちましょう」
「個人用に滋養酒買えねえか?」
「ここのはロイドが買ったからいいんじゃない。ビール樽も1個聞いてみる」
「話の解る上司で助かるぜ」
初めてかも知れない4人組とクワンで買い物に出掛けた。
と言いつつレイルたちはクワンに任せ。町の入口で2手に分かれた。
町行く人々に手を振り返しながら。
「こっちは大分落ち着いて来たな」
「出てない王都が一番酷えよ」
「引き籠もりは良くないね」
「自由に買い物出来ねえし。パンツとか」
「それなぁ。マジ困る」
「男冒険者服量販店でも作るか。バカ売れ確定。嫁からも文句言われねえ」
「いいねぇ。次の商売はその路線でも。冒険者時代が終わっても服は永遠に残り続ける」
「店番は別人に任せて。裏に専用事務所作れば」
「完璧だ。行ける」
などと将来を考えたり。
「必死ねぇ」カタリデに突っ込みを入れられ。
「男は1人の時間が欲しいんよ。服はあれだ。元世界でも圧倒的に紳士服より婦人服専門店が多かった。平和な時代に成れば成る程着飾る女子優遇」
「ん~。その面は否めないわね」
「内緒だぜカタリデ様」
「解ってまーす」
買い物済ませて自宅に帰ると。何故かグッと距離感が縮まった両嫁がキッチンで夕食準備を始めていた。
「なんか楽しそうだな」
「アローマは何をお嬢に頼んだんだ?」
「秘密です」
「女同士の秘密に突っ込まないで。これから嫁と旦那でどう時間を分けてくかって話よ」
「ふーん」
「そう言う話なら割り込めねえな」
久々にロロシュ氏と本棟料理長を交えた楽しい夕食会。
「すっかり来客が増えました」
「予想通りだ。スターレン君の外交官案話が挙がった時点で外には置けないとな」
「だから邸内だったんですね」
「今は感謝しか無いです。郊外の小さな家ではとても入り切らない」
「まあシュルツが指摘したのだがな。共有部門もそうだが先見の目がわしよりも上だ。鼻が高い」
「照れてしまいます」
「商売人は目先の利益に目が行き勝ちですからね」
「全くだ」
「財団の切り分けは順調ですか?と俺が気にする筋合いじゃないですが」
「人材不足は否めんが問題無いだろう。サルベも育ち跡取りも出来た。ウィンザートも順調。ラフドッグはゴーギャンに任せ。王都とオリオンはシュルツと…ピレリが居る事だしな」
「まだ反対されるのですか御爺様。私は駆け落ちしても良いのですよ」
「脅すな。誠実さは認めてはいる。何処かで別の経験を積ませてやりたいが…。中々妙案が浮かばん」
ソプランに目線を送りあの話を振る。
「将来王都郊外に紳士服専門店を開業するのはどうです?平和になれば婦人服店が増えます。現時点でもその傾向が見られ紳士店は少ない。
服飾系はモヘッドの管轄ですが卸問屋や仲介業なら幾らでも広げられます。
そこに俺たち男の隠れ事務所とかを作って貰えると尚嬉しいなって」
「おぉ…名案だ。東街道沿いは砦以外ガラ空きだし。男物は必ず売れる。男にしか解らぬ事も多々有るからな。
自走車道に加え土産物にも最適。うむ。早速明日から考えてみよう」
やったぜ。
「そんなに私から離れたいんだぁ。そっかぁふーん」
「男女の切り分けの一環だ。さっき自分で言ったじゃん。常にべったりだと何時か拗れる。ピレリにも必ず役に立つ事業だし。文句は言わせない」
「はーい…」
多少強引でもこれは夫婦円満の為に避けては通れぬ道。
ブリッジを言い訳にフィーネは逃げている。そう感じた。
--------------
レイルのお説教から始まる新人教育。
「半端じゃ。一般教養が無くては外も出歩けぬ。枯渇状態を二人に見られたらどうするのじゃ」
「「「済みません…」」」
「努力は良いが限界を詰めるには早い。魔力の伸び代は並の人間よりは有る。最低でも元々の総量までは。
焦るな。妾が安心して遊びに行けぬではないか」
「「「はい」」」
今日はアローマが付きっきりで教育。来客用宿舎の食堂へ4人が移動した。
「今日はアローマ。明日はロイド。明後日はフィーネ。
3日後はレイル直々に迷宮で訓練。4日後は俺。
合間にプレマーレの氷漬け作業と事後確認。
そうこうしてる間に潜水艇の操縦訓練が始まる。そっからは二手に班分け。
訓練以外のレイルは主役2人とそれぞれおデート。
教育外の俺たちは8月からの準備を同時進行。エルラダさんの経過観察。他に別件来たら調整。迷宮内で個別特訓と息抜き。
8月も余裕出たから焦らず適度な休暇も入れて。
てな感じで進めましょう」
「うん。帰って来た時は暇になるかと思ってたけど全然忙しいね」
「カタリデじゃないけど何時になったらのんびりゆったり出来るんだか。全く違う仕事の神様でも居るのかね」
「居たら嫌。断固拒否。後は…デニーロさんに包丁と専用まな板とアローマたちの専用長剣の相談」
「それはこの後行こっか。ヤンとも相談するからシュルツも誘って」
「だね。専用剣はマウデリン付与と大狼様の牙合成したら凄いの出来そう、て考えてます」
「おいおい俺らも西行くの確定か?」
「西以外の戦場が山程有るやないの~」
「…今のは聞こえなかった事にする」
「妾はメリリーでも連れ出すかの。明日はラメルが休暇じゃし」
「ふむふむ。モテる女は辛いっすねぇ」
最近溜まって来た郵便物をパラパラと…。
「ギレム工房?新作のお知らせ?何何…。
お、フィーネさん。ギレム工房で何か楽器作ったらしいぞ」
「楽器?商売品目拡大の一環かな。面白そう。
午後に行かない?」
「いいね行こ…」
レイルとロイドがこちらを凝視。
「昼食べて行きたい人で行きましょう」
「俺とアローマは明日覗く。今日は人数多そうだしよ。
城の様子でも見て来るわ」
「宜しく~」
解散して俺たちはデニーロ師匠の自宅訪問。
隣のヤン夫婦も招いて4人に塊を見て貰った。
「うひょ~。またとんでもねえもん持って来やがって」
「重いのに軽い…。異常です」
後ろの夫人2人も鑑定眼鏡を使い回し。
「質量変換…」
「何処で仕入れて来るだい!」
フラーメが怒った。
「怒るなって。これ以上これ以外には出ないから」
「迷宮産よ。詳しくは言えない」
「聞きたくもねえな。で今度はこれで何打てって?」
「標準型にスロットを加えた長剣2本と」
包丁セットをテーブルに並べ。
「包丁セットはマウデリン無し。とまな板。板厚は8mmも有れば充分。広さは一般的なキッチンサイズより少し大きめで」
「素材的にアイマーさんには頼めなくて。合わせ鋼でも無いですし」
「こんな貴重な金属で包丁…。大将気でも狂ったか」
「頭を…何処かで強く」
「違うわ!包丁はタングステンの使用権を持つ人の要望なんだよ。セットは長剣分を差し引いて出来る範囲で」
「マウデリンの半分は小型チップにして下さい。別の場所で掘った鉱石は精製を最後に」
「まだ持ってんのか」
「マウデリンに関しては手付かずの山も有るから困ってないんだ。内緒だぜ」
「はぁ~もういいや。確かにアイマーは鋳造が得意じゃねえし。特別炉は常時空いてるから引き受ける。製作期間はどの位だ」
「長剣は9月中。次の遠征から帰って来る頃に出来てたら嬉しい。包丁セットは12月。渡す人の誕生月祝いも兼ねてるから。
ヤンはシュルツの案件を調整して貰って」
シュルツがはい、と。
「人手が要るならまたカーネギさんとギークさんを連れて来ます」
「お嬢様。そんだけ時間が有って出来ませんなんて職人が言えるかよ。ヤンと俺だけで一月有れば出来る。嫁さん二人の補助も有るしな」
「僕の方の調整だけですね。今抱えている至急案件は医療器具なので。そちらを」
「明日本邸の方で調整会議を開きましょう」
「承知しました」
特殊金属はシュルツのバッグにIN。
「最近変な客こっちに来てない?俺に会いたいだとか会わせろだとか」
「冷やかしはしょっちゅうだが。大将と直で会わせろって度胸の有る客は来てねえな。こっちには。
精々城の選考会に参加するって意気って泣きながら帰りに土産買ってく奴なら居た」
「ハハッ」
「家の方は。どうだっけフラーメ」
「ん~特には。こっちの表は小物メインだからね。詳しく知らなきゃ関係無しって思うんじゃないかい?」
答えたフラーメにナンシャが思い出し。
「あ、でも一昨日そちらに目付きの悪ーいお客さん来てませんでした?丁度午後のお茶休憩に入る前」
「あぁ~居たね。私が睨み返したらフンッて出てったよ。強そうには見えなかったけど中級冒険者風。
筋肉はまあまあ。私とナンシャの間位の背丈。男にしては小柄な部類。ここでは珍しい黒髪短髪。二十代後半から三十代前半」
「ふーん。南西か南東西部出身かな」
「選考会目当てかしら」
「はてさて」
試しに周囲を索敵…。
「お!1匹挑戦的な赤色がここの玄関前方の影に居る」
「噂をすると直ぐ寄って来るよねぇ」
「私が行こうか?」
出ようととしたフラーメを引き留め。
「フラーメはもしもが有るだろ。身体を一番に考えろ」
「う…。それ言われると」
「そうそう。スタンに会いたがってるなら私たち。フラーメがボコったら関係性疑って付き纏うわよ」
「それは困る」
「だったら任せなさい。フィーネは中頼む」
「はーい。殺さないようにねー。何時もとは逆に」
「何も言えんな…」
玄関飛び出て速攻ロープで捕縛。序でに逆さ吊りに。
見た事も無い青年男子。
「誰だお前」
「お、降ろせ!」
「三枚に?行き成り死刑を望むとは見下げた根性だ」
表通りの人々が立ち止まって指を指す。反応早すぎ。
「ち、違う!地上に降ろせ!」
「地面に叩き付けて首を折れと?言葉遣いが汚い罪で」
「そんなので殺されて堪るか!!」
「反省も無ければ改めもしない。良し。地面に頭擦り付けて禿げの刑に処す」
「止め…。止めて下さい。お願いします勇者様」
「おー俺を知っていてあの口の利き方。町民に聞こえたらここから生きては出られんぞ。何者だ」
かなり頭に血が下りて顔が真っ赤。
「と、取り敢えず。逆さまを止めて、下さい」
「しゃーないなぁ」
正吊りに反転。
家の中の6人とクワンも出て来た。
「その人です。一昨日の」
「そいつだね。家の商品万引きした盗人」
え?
「と、取ってない!嘘を言うな!!」
ロープを絞ってみた。
「ぐ、ぐるじいぃ。それは僕じゃないです。誓って」
「冗談だよ。何も盗まれてない」
緩めてあげた。
「はぁ…はぁ…。多寡が…ロープに、屈するとは…」
「だから誰なのか言えや。逃げられんように両足折るぞ」
「言います!言いますから!」
呼吸を整え。
「スターレン様だけにお話したいんで。耳貸して貰えませんか」
「噛むなよ。まさか舐める積もりじゃないだろうな」
「そんな趣味してませんて!」
シュルツが口を押えて。
「この方は同性愛者…」
「シュルツは見ちゃダメよ」
そっとフィーネが両眼を塞いだ。
「違いますって!」
話が進まないので接近して耳を向けた。
「僕のこの世界での仮名はグリドット。本名は別の中域からの使者です」
「なんと…」
ロイドと一緒の存在。
「貴方に御告げを与えた彼の異界女神様の直下です。
こちらの女神が敵側に加担したので謹慎期間が延長。その罰として対策品第一段を貴方に渡すよう五日前に送り込まれました。
降ろして頂けません?」
「そいつは失礼した。だったら城の選考会かロロシュ邸に来てくれれば」
「身分証が無いんです!」
「あぁごめん。降ろすよ」
急遽自宅へ招いてお話を拝聴。
「凄いな…。古代と近代がぐちゃぐちゃだ」
「俺たちがごり押ししてるからね。特にここは。後々に整えて行くさ。珈琲か紅茶どっちがいい?」
「では珈琲で」
冷蔵庫のアイス珈琲とシロップを進呈。
美味しそうに一杯飲み切り。
「生き返るぅ。死んだ事無いですが」
グリドットの隣に座ったロイドが。
「同業の方でしたか」
「そんな所です。但し今の僕は戦闘力が皆無。その代わり時の女神には絶対に認識されません。所謂中域の配達屋です」
「へぇそんな役職有るんだ」
背中のカタリデも驚く。
「カルもファフレイスも本来ここの中域者じゃない。それ以外を見た事が無いわ。何か理由が有るの?」
「それは追々解りますよ。嫌でも」
「ふーん。まあいいわ。話進めて」
二杯目に口を付けてから。
「こちらの世界の昔話は余所に。今回お持ちした対策品第一段はこちら」
道具袋から白い布包みを出して机上に置いた。
「約款切りと呼ばれる物です。貴方の左胸に刻まれた召還紋を断ち切るカッターですね」
「おぉめっちゃ欲しかった」
「焼かれた箇所をこれでもう一度真横に刻んで下さい」
「後でやります」
「一回使い切りなんで捨てるなり溶かすなり。転用はご自由にだそうです」
有り難や有り難や。
「次からはさっきの店より到着を知らせます。罪を重ねてくれれば楽なんですが時の女神も馬鹿ではない。
最悪展開予想の他にもあの手この手を仕込んでいるでしょう。何たってこの世界の時を操れますから。
ヒントは貴方が経験した全て。戻された時間。進められた時間。繰り返された要人との会話。その中から探って行くと良いでしょう。
それとフィーネ様に御方様からの伝言です」
「はい?」
「スターレン様の自由時間。過去を振り返る時間を増やし邪魔をするなと。貴女の我が儘で縛れば縛る程良い流れは途絶える。考えを改めた方が良い、だそうです」
「反省します…」
「まあスターレン様ならそれすらも踏み越えて行くでしょうから然程心配はしていないみたいです。
とは別にちょっとだけ現金を貰えませんか?都内を観光して帰りたいんで。それとラフドッグの蜂蜜を小瓶で」
巾着袋と蜂蜜をご用意。
「蜂蜜は御方様とファルロ様の好物なんで定期的に買って損は無いですよ」
「メモります」
黒蹄鉄に加え重要項目が2件増えた。
「では僕はこれで。吸血姫様にぶち殺されたら帰れなくなるので」
「聞こえてるから多分大丈夫。デート中だし」
「良かったぁ」
軽い足取りでスキップするグリドットを正門までお見送り。
裸で自宅風呂に突入。
対面に座るフィーネは普段着を着ている。が約款切りを持つ手が震えていた。
「私…邪魔なのかな…」
ホロリと頬を伝う涙。
「気にするなって。ブリッジが有ろうと無かろうと俺の愛は変わらない。フィーネが居ないと俺は何も出来ない。
何もしたくない。自分勝手に人生を下りる」
「それは駄目!」
「じゃあ今まで通り何も変わらない。お互いの時間も大切に増やして行くだけさ」
「うん…」
「手が震えて自信が無いならロイドと代わって」
「嫌。これは私がやる。あの日の失敗を取り返したい。もう2度とスタンを奪わせない」
「1回しか無いからたのんます」
「任せて。私も脱ごうかな」
「出血量が多くなるからお止め下さい」
「解った」
出会って数日のあの日を振り返り。すっかり消えてしまった傷跡を指でなぞる。
フィーネに身を任せて目を閉じた。
痛みは一瞬。再生も一瞬。
少しだけ垂れた血痕を拭ってくれた。
「出来たのかな。場所は間違えてないけど」
「カタリデに聞いてみようか」
「そだね」
服を着直してリビングで検証。カタリデが俺の周りをグルグル。
「ふむ。女神ちゃんと繋がってる感じは消えたわ」
「「やったー」」
待ち焦がれた至福の時。夫婦で強く抱き締め合った。
冷静なロイドさん。
「断ち切られた代わりに。直接説得する、と言う選択肢は消えました。私が出向くしか」
「行かなくていいさ。用事が有れば誰かの身体使って下りて来る。こっちは待ってるだけでいい。
候補者は沢山居るけど全部出来るなんて有り得ない。
可能なのはペリーニャだけ。シュルツはカタリデの庇護下に居る直系だ。
成人して杖入替えてサクッと旦那候補探してあげれば俺たちの勝ち」
「それが一番難しいかも」
「だなぁ。相応しい相手…全く浮かばんな」
「救えるかはフィーネの気持ち1つでは?」
「う~う~~。辛いぃ~。苦しいぃ~。私が探す。死んでも探す。その選択肢は最終手段よ」
「見付かると良いですね。私は手伝いませんよ。その我が儘は女神と同じ」
「言わないで~。薄ら解ってるから言わないで~」
カタリデも。
「私も知らなーい。許容値広げるだけじゃない」
「フウまで…」
両膝を抱えるフィーネの肩に手を添え。
「きっと見付かるさ。謹慎延びたしまだ時間は有る。焦って変なのと引き合わせたらペリーニャが傷付くだろ」
「そ、そうね。じっくり吟味しましょう。全然居ないけど」
焦りは禁物。
柱時計は11時半。
「こっちの時間もまだ有るな。ロイドの天使の輪合成してみるか」
テーブル席に座るシュルツが挙手。
「工房開けますか?」
「開けて貰おうかな。今は雑念多いし集中したいから」
「はい!」
--------------
城の広い訓練場。時間を区切って毎日選考会が行われている。
二階の観覧席に俺も座ろ…。
天覧席に陛下と王妃の姿が見え。先に膝着きご挨拶。
「王陛下。王妃様。ご機嫌麗しく。
毎日ご覧に成られているのですか?」
「ソプランか。いや毎日ではないぞ。今日は偶々午前が空いただけだ」
「麗しゅう。と言いつつ略毎日顔を出してますよ。事務仕事をサボって。運動を理由に」
「バラすな。スターレンに伝わってしまうだろ。運動は大切だ。模擬を見ていると心も躍る。と期待しているのに未だティンダー隊を破る隊が現われん」
「そうでしたか。私は眼前より失礼を」
「うむ。南東の二通以来文書は届いていない。ゆっくりして行くと良い。見所は無いが」
「ご配慮に感謝致します」
デニス氏とタツリケ氏が並んでいたのでその隣に座った。
「デニスさん店はいいのか。昼前に」
「昼はタツリケの奥さん連中に任せてるからな。パメラと子供は産後からガードナーデ家に居候中。ライラさんと子育て奮闘中で出る幕が無い。子供の顔を見に行って夕方まで仮眠するだけだ。詰りは暇」
「成程」
タツリケ氏も暇そうに。
「見に来ても暇だがな。私の隊も半数が出張中。最近ではゼファー殿も来なくなった。騎士団長殿も陛下の後ろで欠伸をしている程だ」
「へぇ。中々来ないもんすねぇ骨の有る奴」
「ティンダー隊の次はギークが控えてるからな。俺の出番は来ない気がする。そろそろ現われても良い頃合いだと思うんだが」
「東大陸は最果てで一括選考をしているだろうし。南西南東からは時間が掛かる。中央から集まってもこの程度。
うーん…微妙だ」
ルーナ両国から来てくれたらきっと面白いのに…。
まあ無いか。
ティンダー隊の強みは連携とティンダーの読心術。
常に先読みされるんだから相手からすると堪ったもんじゃない。弱い人員から崩され残った隊長をボコる。
たまーに。
「卑怯だぞ!何だその先読みスキルは!」
と指摘する隊長が現われ。
「そうか?戦場に卑怯も糞も有るか!!」
と言い返し隊長同士の一騎打ち。
した所で総合能力が下なら負けるのは当然。
相手隊長が転がり。
「参った…」
「出直せ。一番弱い俺よりお前が弱い。先を読まれても能力が上回れば俺を倒せる。簡単な話だ」
「くっ…」
今日も駄目かと思われた次の大男単騎。出身は不明。
ティンダーの顔が初めて青くなった。
「拙いな…。こいつはパワー馬鹿だ」
散開してスタミナ切れを誘おうとしたが中々落ちない。
一人一人棍棒で打ち抜かれ場外まで飛ばされた。
色めく訓練場。陛下は腰を浮かせた。
次のギークも棍棒使い。棍棒が砕けるまで叩き合い。略互角の展開。
棍棒を捨て手を組み力比べ。徐々にギークが押し負け。
「ほぉ。スタミナスキルか」
「だったら」
ギークの膝が折れ掛けたその時。
「頑張ってー。お昼抜きだよー」
エナンシャの声援が飛んだ。
「大変だ!」
手を外し。左脇から大男の腕を担いで脛払い。
地面を這わせて逆腕を背中側から掬い上げ。逆十字に腕を固め絞り上げた。
大男は堪らず。
「参った!!」
ギークが寝技に持ち込むとはなぁ。
訓練場中から拍手が送られた。
デニス氏が席を立ち。
「体術要員は俺なのに。しかしやっと出番か」
一階に下りて疲弊したギークと交代。
次の対戦はスピード馬鹿の六人隊。俺好みだ。
開始早々に囲まれたが一番体重が軽い奴から掴み倒され腕や足を盾代わりに使われ悲鳴を上げた。
残り五人は攻撃を止めて戸惑う。
「そ、それは余りにも」
「何でも使う!こいつは盾だ!!」
全員木剣を捨てて両手を挙げた。
「参りました…」
「オムツ交換にでも行くか」
タツリケ氏に手を振り。陛下と王妃様に一礼して退場。
「今日は付いてる」
タツリケ隊の五人が席を立った。
次の隊で午前の部は終了。十二人の大所帯。
指揮官次第ではと思ったが…。
タツリケ隊の可変連携スピードに付いて行けずに秒殺。
集団戦に慣れてないなら組むんじゃねえよと。
「詰まらんな」
「歯応えが無い」
「東では見慣れた光景」
「明日からの出張…」
「受けようか」
打撲したティンダーを労いに行こうと俺も席を立った時。
不意に聞こえた風切り音。
咄嗟に陛下と王妃の前に飛び。通過前に三本掴んだ。
一本擦り抜けたが前に出たアーネセルの大盾に弾かれ事無きを得る。
「天覧に矢を放ったのは何処の何奴だ!」
騒然とする訓練場。即座に騎士隊が天覧を固め。
下ではタツリケ隊が逆円陣を組み周辺警戒。
縁の手摺に足を掛けて耳を澄ました。
場内で動く者は居ない。静けさが包む。
動いたのは…天覧正面対極の城壁上。
スターレンから借りっぱなしの欠月弓を速射。
一匹は仕留めて落下。
弓を引き絞って耳を澄ます。
下のタツリケ隊が訓練場奥の壁に向かって走り出した。
壁際に透明化していた伏兵二人の意識を刈り取り手前地面へ転がした。
退場したデニス氏が戻って四人目を訓練場の床に。
「こいつは途中から柱の陰で陛下を睨み付けていた!
ソプラン。これで最後か」
「ああそいつで四人目。最後だ」
場内の緊張が弛緩する。
「陛下!一匹城壁外。六区方面に落ちました。太腿を貫いたのでお急ぎを」
「回収班を向かわせろ!」
騎士隊数名が走り出した。
「主から尋問椅子を借りて参ります」
「頼む」
どうやら俺が昼飯抜きか…。朝飯もうちょい食っときゃ良かったぜ。付いてねえ。
--------------
天使の輪と希望のサクレアの合成は成功。
名前:天使の真輪
性能:飛行系能力上昇・空間管理・水中呼吸
物理防御力10000
魔法防御力15000
森羅万象耐性極上
身体変異異常を自動再生
持続型流出魔力消費停止
大魔力消費時1時間後に最大値まで復帰
(1回/12時間)
装備時精魂に締結吸収(解除は任意)
浮上・飛行時の魔力消費無効
主要属性:聖光・風・雷
装備者に固定化(現在:ロディカルフィナ)
投擲制御性向上(主要属性を任意付与)
神罰無効
特徴:運の悪い天の御遣いなどは存在しない
主を持たぬ天使にのみ許される真輪
「やったな。欲しい機能が網羅された。
限定なのも有るけど…水中呼吸付いちゃったな」
「それは見なかったとスルーしましょう。フウの言う通り考え過ぎです」
「補助だな補助」
「神罰が無効なら何時でも女神を殴りに行けます」
武闘派天使様が降臨。
「神域で喧嘩したら拙いだろ。行かなくていい。そんな状況にはさせない」
「はい」
「なんか嫉妬しちゃうんですけどぉ」
「フィーネ…。ついさっき」
「反省すると自分で」
カタリデが叱責。
「いい加減に為さい!嫌いになる。2人は行く行く義理の親子に成るのよ」
「御免為さい!」
「お姉様を責めないであげて下さい。半分は冗談の賑やかしですから」
「シュルツありがと。嬉しい。でも誰にでも嫉妬してしまうのは危険。それは直して見せるわ」
「頑張って下さい」
ロイドが真輪を装着吸収。
「これで脱着不要。有り難うフィーネ」
「どう致しまして。お昼にしましょ…あれ?ソプラン走って来てない?」
「あ、ホントだ」
地下道を高速移動するソプランを察知。
表通路に出てみると。
「選考会場で天覧席に矢を射られた。寸前対処で陛下と王妃は無事。俺と騎士隊で犯人の四人を取り調べる。
金椅子貸してくれ」
「会場に出たかぁ。俺が行こうか?」
「いいから任せろ。偶には俺にも仕事させろよ」
「解った。任せる」
金椅子を貸し出し。
「軽食持ってく?」
フィーネの問いに。
「城で食うさ。椅子が有れば時間は掛からない」
どんな奴等か気になるがソプランに任せ。工房を片付け本棟で昼食。
レイルたちとも合流。美味しいチキンカレーを頂き。
一人で買い物中だったプレマーレ。
「危うく討伐する所でした。異界の天使を」
「おいおい」
「冗談でしょ?」
「遭遇寸前でレイル様からのお声が届き。何も」
「あっぶな」
「誰彼構わず襲うのは止めよ。妾の台詞ではないが」
レイルが真面。隣のメリリーがジト目。
「野蛮ですねぇ。プレマーレさんは」
「申し訳無い。昔の癖が色々と。記憶が戻っても感情制御は難しい物ですね。フィーネ様と同じく」
「それ解るわぁ。一緒だ」
2人には共通項が多い。だから気が合うのかも。
--------------
落下した賊も捕獲連行された。
肩と腕の骨折。太腿の貫通穴の処置も終わり命には別状は無い重傷。
金椅子に座らせても取り乱しもせず落ち着いている。
拘束具は着けられているが。
陛下と王妃立ち会いの元。騎士隊が前を固め。代表して俺が尋問に当った。
「城壁に居たお前がリーダーで間違い無いか」
「はい…」
「他の王都侵入者や構成員は居るのか」
「居ません。四人だけで」
「素直だな。王族の命を狙った割りに」
「…ソプラン様を前にしているので」
「俺?意味が解らん。お前らは邪神教団員じゃないのか」
「邪神教?は存じません。我らはそこの愚王に粛正された旧ベネチア家派閥の人間です」
また出たベネチア。
「本当ですか陛下」
「…事実だが粛正したのは極一部。大半は国外追放でロルーゼに送った。クインザの力を削ぐ為にな」
「成程」
置いてけぼりを喰らったのは俺だけか。
「で?当主の息子の俺の目の前で陛下を害し。勇者隊と王族との不仲を生じさせたかった訳だ」
「…はい」
「なん…だと…」
驚いたのは陛下と王妃。
「申し遅れましたが私はベネチア家の長男らしく。妹のジョゼを連れて来て主が鑑定し直したら判明しました」
「そうだったのか…」
「私と婚姻する前のお話ですか?」
ミラン様が陛下に問うた。
「ああ。迎えに行く数ヶ月前の話だ。王太子時代の」
「偶々俺が勇者隊に居たから利用しようとした。て事は俺の手を振り解いてウィンザートに置き去りにした親父とお袋はまだ生きてるんだな」
「はい…。名前と家名を変え…。何だ…この椅子は…」
今頃気付いたか。
「残念だがその椅子に座って嘘は吐けない。頭から落ちて死ぬべきだったな」
「そんな馬鹿な」
「諦めろ。抵抗する動きも封じられる優れた椅子だ。豪華過ぎて持ち歩けないが。
そんな解説はどうでもいい。二十数年も経って今更俺に何の用だ。そのロルーゼの屑貴族は」
「王が…死ねば。勇者隊が責任を問われ解雇。その…後にロルーゼに隊の皆様をご招待し…。選挙戦に名乗りを上げようと」
「有り得んな」
陛下の言葉に同意し思わず笑った。
「優秀な殿下が二人も居てそんな事が起きる訳が無い。
馬鹿は生まれ変わっても馬鹿なんだな。大人しくしてりゃ静かに余生を楽しめたのに。
で?その屑共の名と家名は」
「ワ…ワイデルミ・ガレ・ソガードルク卿と。妃のキシャレッド様…です」
「頑張って抵抗したなぁ。無駄だが。陛下はご存じで」
「ソガードルク…。バーミンガム家の対立公爵か」
「…はい」
「たった二十年で伸し上がったもんだ。俺と後で生まれた妹まで捨てて。さぞ汚い事を重ねたんだろう。
完全ではない透明化道具。中途半端な弓。壁を登れる道具はまあまあ使える。でもそれだけだ。
通信具や連絡道具は持ってたのか?」
「持っていません」
「玉砕覚悟だったのか」
「元より死ぬ積もりで…」
「頭の緩いワイデルミに命を捧げる価値が有ると?」
「王と成った暁に。残された家族を奴隷から平民に戻してやると…誘われました。四人共に」
「今でも出来る事を後回し。騙されているとは思わなかったのか」
「縋れる道が…それしか無いのです。今のロルーゼでは」
「腐ってんな根っこまで。
陛下。通常なら極刑でしょうがソガードルク家の繋がりで他にも引っ張り出せるかも知れません。後はお任せしますが屑をこっちまで強制召還するなら。是非とも私に一発殴らせて下さい。処刑前に」
「…考えてみよう」
「では私はこれにて。主への報告と。椅子は明日取りにお伺い致します」
「うむご苦労。勇者隊の手を借りる迄も無いと伝えよ」
「畏まりました」
一礼して退出。
訓練場併設の従業者食堂でティンダー隊を労いながら遅めの昼食。
「単純馬鹿相手だと厳しいか」
「厳しいっすね。思考が読めてもごり押されると。まあ直前でヒント与えた俺が悪いんですが。さっきのは」
腕に包帯を巻いたアイールバムが。
「頼みますよ隊長。幸運なのは自分だけなんすから」
「済まん済まん」
「全員数日休み貰ったと思え。本来の業務でもねえし。後はタツリケ隊に任せとけ。あっちは暇にさせると地方出張しちまうし」
「へーい」
「でさっきの賊はどうなったんですか」
ティンダーに問われ。
「詳しくは言えねえが。完全に俺たちの敵って訳でも無かった。色々情報持ってそうだから牢屋行きだろうな」
暫くの間は。
「来月からは愉快な新人三人をロロシュ邸内の訓練場で相手して貰う。詳細は追ってお嬢様から入る。
かなり強えから体調整えとけよ」
「え…ソプランさんが強いって言うと…」
「また化けもんとやれって?」
他三人も項垂れた。
「訓練だ訓練。ヒントは見た目に騙されるな。自分の見てる物を全部疑え、かな」
「えぇ…」
五人共同じ反応。
--------------
ギレムと弟子たちは俺たちの人数を見て腰を抜かした。
「こ…こんなにお越しになるとは…」
「今丁度遠征の谷間でさ。時間に余裕有るんだ。今日は偶々集まった」
「明日はアローマとソプランがシュルツを連れて来ます」
「す、直ぐに応接室でお茶のご用意を」
紅茶の後に運ばれた台車数台。
「もう少し調整して。近々マリーシャ様の劇団と王城楽隊に売り込もうかと考えている」
白いシーツを外すとそこには。
「我が工房の純粋なオリジナル。世界の何処にも無い物を目指した、弦楽器です」
「「おぉ~」」
大小様々。薄型、厚形、リュートのようなお椀型等。
風変わりな金属製ギターの姿が。
「ワイヤーは二種類。フロッグの皮と馬の鬣の撚り糸。
同じくフロッグの皮に薄いステン材を二重螺旋で巻いた物で耐久は両方二十年計算です。
音階調整は勿論。激しい使用でも切れない物をと。
経験不足な木材は捨て得意な分野で新たな構造を考案。金属吹奏楽器も技巧が難しく今は断念。
最終的にこの形に成りました」
「いいねぇ。ちょっと鳴らしてもいい?」
「私も」
「どうぞどうぞ。その為にご案内をしたのですから。何なりとご意見を頂ければ幸いです」
人型皆で好きな物を手に。椅子に座って抱えた。
俺が持ったのは金属ワイヤー。指先や専用ピックでサラサラ流し適当に弦を押えた。
刺々しいエレキチックな音が響く…。
「密集すると煩いな。練習場出てもいい?」
「ご自由にどうぞ。散々外で鳴らしてますので」
芝生の上に胡座で座り。コード表を見ながら1つ1つ。
金属ワイヤーは鋭く。馬弦は柔らかくエコーが掛かってそれぞれ気持ちが良い。
木製のように籠らず生々しい音。魔石を使わない生の金属音。元世界にも無い新しい音。
サラサラ鳴らしながら曇り空を見上げた。
タイラントももう直ぐ雨期。夕暮れとは違う切ない空模様。
この世界の雨は夜間に降る事が多い。それも何かの仕掛けなのだろうか。世界全体を巻き込むような時間調整。
アッテンハイムの雨期ド真ん中以外。特に俺とフィーネは昼間に雨を経験する事が極端に少なかった。ずっと晴れ男晴れ女だと思い込んでいたが。
何かが違う…。
離れた場所で談笑しながら並んで弾いていたフィーネとロイドに近付き思いを告げた。
「この世界の雨が夜間に多いのは。水巫女のフィーネが寝る時間を狙ってる気がして来たんだけど…。
考え過ぎかな」
「え…」
「有り得ますね。水巫女の発現を遅らせたかったとか」
「やっぱそんな感じだよなぁ。スタプ時代にこんな長期の晴れ続きとか無かったもん。フィーネと出会う前のラザーリア時代を含めても」
「そっからなの…。もう頭痛いわ」
「まあ今のは妄想だから気にすんな。先に中に戻るよ。
レイルの楽器評価聞きたい」
「私たちも戻ろっか」
「そうしましょう」
中の3人はレイルを中心にギレムたちの対面に座って熱く語っていた。2つの薄型器を挟んで。
「この薄型はちょっと音が味気ないわ。他の大きさの物は腹の空洞の大小が有って反響が良い。
木製の利点は何と言っても気道。樹木が呼吸したり水を通したり流したりする小さな穴の事よ。
そこから型起こしすると同時に水分を蒸発させて乾かして気道の空洞と板の形で反響音を作ってる」
「はぁ~何とも」
「金属板金の材質も有るけど板金故に気道が無い。だから空洞容積が少ない薄型は味気なく物足りない。
最初は皆が新商品に飛び付いても。やっぱり木製の方が良いなと飽きられてしまうわ」
「困ります!非常に。メンテを含めて長期商品を目指しているんで」
「構想と発想は斬新。でも深みが足りない。経験不足も当然有るでしょうけど。
腹の空洞内側面に薄い銅板を入れ凹凸を付けたり小さな穴を空けてみると良いわ。調整次第で音の棘が消えて柔らかくなる」
「何と!まだまだ完成とは程遠い…。挑戦し甲斐が有るってものです」
「容積と面積が少ない薄型は…銅板を格子状に組んだ物か可能なら蜂の巣構造の中敷きを入れみると良い」
「成程!中敷きで面積と反響を稼ぎ出す。益々難易度が上昇。燃えて来ました」
「暑苦しいわね」
「済みません。お客様の前では自重します…」
「それから弦ね…。何方も悪くは無いし。張りや強度の問題も有るでしょうけど。金属弦が微妙に太い。
今の七割か八割の太さか。専用ピックの材質を改善した方が良いわ。
基本音階は出来てても太さで音域が狭まってる」
「そこもですかぁ。泣きそうです」
「気持ち悪いわね」
「今のは冗談とお受け取りを」
「私が気になったのはそんなとこ。改良品の知らせがスターレンに届くのを楽しみにしてるわ」
「承知致しました。売り込みを掛ける前で良かったです。
他に何かご意見を頂戴出来れば」
「いやいや今ので全部っしょ」
「楽器作りに関しては専門外よ。レイル以上の人はここには居ない」
「如何にも」
「流石は我が主」
「益々好きになっちゃいましたレイル様♡」
メリリーの将来に不安を感じた。
「趣味に加えたいから薄型2本買って帰ってもいい?
パクったりしないからさ」
「ど…ん~。ホントですか?」
「疑り深いな。誓約書書くよ」
「お願いします。工房の未来が掛かってるんで」
商人らしい商人だ。信用売りはしない。
自分の証文書で3枚。技術転用はしない旨の誓約書を書いて俺とギレムの署名を入れた。(1枚はギルド提出用)
自分的には満足なお買い物をして帰宅。
--------------
「空き部屋1つ防音室にしてもいいかな?」
「良いと思います。私も偶に貸して。笛の練習全く手付かずだから」
「おっけー。ではではピーカー君」
バッグの中から。
「もう出来てます!」
「仕事が早い!」
「流石ね。建築に関しては足の指にも届かないわ」
「私も読書以外に趣味的な物を探さないと」
困り顔のロイドにフィーネが。
「手頃に編み物とかしましょ。多分直ぐに追い越されるけど競う物ではないし」
「良いですね。明後日に購入します」
「今日はレイルとメリリーはどうする?マッサラなら転移で送るけど」
「どっちがええのじゃ?」
「マッサラで二人切りがいいです。プレマーレさん無しで」
「え…。ではこちらに泊まっても宜しいでしょうか。ロイド様と同室でも。明後日まで」
「私は構いませんよ」
「いいんじゃない」
「いいわね。スタンは自由に。私たちは女子会。防音室作ってる間に私が送る」
「うむ」
「お願いします」
夕食も女子に任せて空き部屋を工作。
ピーカーをお外に出して。
「何方が良いでしょう。全面に壁を貼るか。半面程の小部屋を作るか。小部屋なら出すだけです」
「む~ん。悩むけど全面にしよう。楽器置きと油絵とか飾りたい。独占じゃなく空きを残して」
「了解です!」
バッグに戻ってカットされた厚板がポンポンと排出。
指示通りに床から横壁。窓用の内窓。最後にドア。
ドアは廊下側のノックだけが聞こえる不思議構造。廊下側に入室看板を掛け。室内には楽器スタンド。小棚。
横壁には何でも置けるレール棚。小さなテーブル。
テーブルに合う極上椅子が2脚。低い座椅子も2脚。
「ストップ!ピーカー君。シュルツの余白を残さんときっと泣いちゃう」
「あー済みません。遣り過ぎました。ここまでで」
カタリデをスタンドに立て掛けピーカーと床に寝転がって天井を見詰めた。
「新築の匂いだ」
「最初の特権ですね」
「あたしゃ置物かい」
「ごめん。殺風景だったから。時間有るし久々に油絵でも描こうか。この部屋の第一作目。
…ピレリの新規店はシュルツが描くだろうから何か別の」
「じゃあ私の未来予想図描いてみてよ。いざって時にイメージが出来てないと困るし」
「おっけー」
道具を出して座椅子に座りカタリデを眺め倒す。
絵の具をパレットに少量出して筆を手に。サササッと。
「「……」」俺とピーカー君の反応。
「もう出来たの?早いねぇ。こっち向けてよ」
「怒らない?」
「美人に描けた?」
「超絶美女がこちらに」
「だったら良いじゃない」
そっとカタリデに絵を向けた。
題名『高原を駆ける裸乙女』
「何描いてくれてんのよぉぉぉ」
悲鳴のような怒号。
「止めて!今直ぐ燃やして!!」
布で包んで床に伏せ。
「後で燃やします。裏庭で。てかしっかり服までイメージせんからこうなるんだよ。白いワンピースとか下着まできっちり。俺の絵は本人の意識を投影する。絶対嫌だとか強い方のを。
相手がフィーネ以外は」
「説明不足!ちょっと待ってイメージ作るから」
「ほい」
暇なので布を外して裸婦画を眺めた。
「止めい!!邪魔しないで。未来の私で股間固くしてんじゃないわよ!!!」
「バレたか」
そっと伏せた。もう頭に焼き付けてしまったが。
待つ事暫し。
「良し出来た。この姿で初めてじゃないかって位の精神統一イメージ」
「武器に二言は無いですね?」
「武士みたいだけど無いわ」
「描きましょう」
再び筆を執り。ササササッ。
題名『高原を駆ける乙女』
裸足で高原を駆けるオレンジ色のワンピース。大人版シュルツの顔立ちをシャープにした感じ。お胸は同等。
身長はやや高い気がした。
「何処と無くシュルツに似るんだな」
「血脈ですかね」
「良い感じじゃない。大変満足」
上段のレール棚の中央に鎮座。
その隣にパージェントの風景画も離して飾った。
「日が暮れる前に焚き火しちゃお」
「そうして下さい。私をオカズにしたら将来去勢するんでお間違え無く」
「充分に注意致します」
室内を片付け空室に裏返して下へと降りた。
--------------
キッチン横を駆け抜け裏庭で証拠隠滅完了。
炭は肥やしに。ふぅ~。
リビングに戻ると嫁が珈琲を淹れてくれた。
「慌てて何を燃やしたの?」
「ノーコメントで」
「フィーネの想像通りの物よ。詮索はしないで。私のダメージがデカい」
「そ、そう…。まあいいわ。夕食は豚汁と焼き魚だけどいいかな」
「全然おっけーです。大根おろしの黒酢掛けを添えて頂けると尚嬉し」
「解った。明日はじゃこ大根か海蘊酢付けるね」
「あざっす」
「ロイド黒酢買ったのに何も作ろうとしないけど何か理由有るの?レシピが浮かばないとか」
「作りたい物が有り過ぎて吟味中です」
「あっそれね。それは楽しみだ」
競合しないように気を付けよう。
帰宅したソプランと新人教育から戻ったアローマを交え食後に今日の流れを擦り合わせ。
3方密度の濃い1日でした。
「天使様がもう一人かよ」
「お会いしてみたかったです」
「こっちの女神がまたやらかしてくれたら会えるよ。同時に変な事も起きてるけど」
「それ言われると」
「微妙ですね…」
「ソプランとジョゼの両親かぁ。失墜するルイドミルの代打で動かしたと見るか。昔に仕込んだ物が発動しただけなのか判断は難しいな」
「何にしろ勇者隊の孤立化と内部分裂狙ってるのは間違い無い。離反した邪神教やら別口の女神教とかの関係者を動かして。
直接の御告げではなくても」
「組立ムズいなぁそうなると。内部に詳しくない国全部」
「女神教が浸透してない国の方が少ないもんねぇ。
タイラント、帝国、ルーナ両国、ペイルロンド、
ボルトイエガル、スリーサウジア、東大陸位かな」
「分散してるようでしてない。何処の国でも打ち込めるし布石は幾らでも仕込める。
俺の経験した全て…。当番来るまで時間作ろ。ロイドは何か浮かぶ?繰り返した要人との会話」
「んー。んー…。身近な所で浮かぶのはヘルメン王の昔話でしょうか」
「繰り返してたっけ」
「先代のラフタル王をマッハリアで罠に嵌めて殺害した話と鏡の話は2度してますね。場所と同席者と内容はそっくりそのままではないですが」
「お!言われてみればそんな気が。他にも有りそうだな」
「魔導鏡の話か。俺もアローマも詳しくないから教えてくれよ」
「是非」
プレマーレも「私もです」と。
ヘルメンちの話よりも前の。闘技場での昇霊門儀式の場面から振り返って説明。
「偽物のヘルメン王が現われていた…」
「擬態道具がもう十年以上も前に仕込まれた」
「キリータルニアの歪みも十年計算。十年の時が鍵。
スターレン様のスタプ時代に十年歪んでいたと言うのは飛躍し過ぎでしょうか」
「あ…。あぁそうだ!スタプの時。自己意識が覚醒したのが二十歳前後。それ以前が曖昧だ。親兄弟の記憶が薄く覚醒してから実際に会った事は無い」
「私の時間軸もスターレンに同期していたので20年分ロストさせられていた…。非常に不愉快」
「やってくれたなぁ時の女神。只の平民村人だと油断させて裏で遣りたい放題だったのか」
カタリデが助言。
「スタプの生まれた村に行った方がいいわね。来年の選挙後に。見落とした痕跡が有りそう」
「だな。くっそ腹立つ。俺だけじゃなく。そっから先の関係者の人生までぐちゃぐちゃじゃねえか。ロイドじゃないけどぶん殴りたい」
「今は冷静に。その時が来たら私は2番手で」
乱れた呼吸を爽やかな梅酒で整えて。
「ふぅ。そもそも50年前から可笑しい事だらけ。俺の転生よりも前に死んでいた前勇者の魂を時間をズラして再び人間に転生させた。
地下でのあいつはどう多く見積もっても二十代後半で若かった。そこでも20年分の開きが有る」
フィーネがポツリと。
「20年分の余白と仕組まれた罠。気が遠くなりそ」
ソプランが。
「前からずっと気になってたんだが。前勇者。ラザーリア地下でのそいつの名前はどんなだ」
「読めなかった。あいつの名前はスッポリと。何度遠隔で見ても直接触っても。頭に入ったピーカーもそうだろ」
「はい。見えたのは複製したランディスと言う名前だけでした。この世界ではない異文化の記憶の断片は見えましたが僕には理解が出来ません」
「そうか」
隣のアローマが。
「もしかしたら…。前勇者が人間に転生する前まで。この世界に存在しない時の女神様の眷属。中域者、だったのでは」
「……」
アローマ以外全員項垂れた。
「嫌でも解る。グリドットもそう言ってたな」
「言ってたわね。ハッキリと」
「デッカい探し物が見えた所で。今日はお開きにしますか」
「そうね。これ以上は時間と精神の浪費よ。私たちは前にしか進めないんだし。しっかり休んで切り替えましょう」
フィーネの言葉で今宵は解散。
メモ帳に大項目が追加された。
ロルーゼで中域者の痕跡を探せ、と。
俺たちが絶対的優勢とは言えなくなった今日この日。
新人3人の登録が終わった後で自宅にメリリーとラメル以外の関係者を集めて緊急会議。
自宅担当の代理侍女長プリタ。ファーナ、ケイサ、アレシャとお腹の大きなミランダとカーネギも揃い踏み。
勿論シュルツも同席。
ご対面時にプリタが。
「やだ超イケメン。間違いが起きてはいけないので二人掛かりで対処します。
それと別件ですがお隣のキャライさんが母子共に健康で元気な男女の双子をお産みになったのでお二人も見に行ってあげて下さい」
「おぉそれは行かないと」
「後でゆっくりとね」
朗報も飛び込み。
「ミランダも再来月辺りか」
「はい。九月の終わり頃かなと」
「身体を一番にするミランダの仕事は無いのですが関係者に集まって貰ったのは他でも無く。
プリタがチラッと漏らしたこちらの新人3人の幼児教育を担当侍女衆と俺たち持ち回りで実施したいとそのお願いを兼ねてお呼びしました」
3人の自己紹介も終わり。
「ロロシュさんの許可は取得済み。ロイドには全部伝わってるのでここに居る者としまして。
この3人の立ち位置はレイルの専属従者。プレマーレの弟子の立場です。
クイネとラムネはラメル君の嫁。サイネルはメリリーの夫と略確定しています。相手2人が振り向くかは今後の頑張り次第。お手付きも同性愛も勿論禁止。
まあレイルが主人なので女性同士のイチャイチャは良いでしょう。
3人は同じ家に生まれた兄妹設定。親は幼少期に他界。
ちょっと抜けた所が有る長女クイネ。
女性を敬い大切にする優しい長男サイネル。
甘えん坊だがしっかり者の末っ子次女ラムネ。
東大陸南部で危険な魔物に挑んで窮地に陥った時。通り掛かったレイルが偶々気が向き助け。3人は感謝し生涯の忠誠を誓った、と言う在り来たりな筋書きです。
大問題なのはサイネル君。今朝方俺とソプランと一緒に風呂に入ってみたら!俺たちの股間を見て真っ赤になって溺れ掛けてしまいました。
これはいけない。自分にも付いてるのにオカマちゃんまっしぐら。第二のモメットにしては成らんと。頻繁にお風呂に入り。来月からは本棟や宿舎でカーネギと入り。正常な免疫を作ります」
「ホント済みません…」
「女性同士が互いの胸を見て興奮しないのと同じです。
シュルツのお顔も真っ赤ですがこれは真面目なお話なので敢えて無視します。
何よりも一番に標準語の読み書き。町中へ連れ出しお買い物で通貨価値と基礎算術を学ばせます。
サイネルはカーネギが男性用品店へ突っ込んで」
「解った」
「次に問題なのはメリリーとサイネルの引き会わせ時期。中途半端な状態で会わせるともう1人弟が出来た状態になるので非常に難しい。
しかしレイルの従者である以上は全く会わないのも可笑しな話。さてどうしましょう」
フィーネとアローマ。
「難しいねぇ。自然と不自然が同居して」
「自然な流れ…。教育者として入って貰うとスターレン様の仰る通りに成りそうです」
カタリデ。
「惜しいわね。2人切りでお茶する理由も見付からない。
育て切れば女性の心を熟知した完璧イケメンが出来上がるのに」
主人のレイル。
「ラメルの方はええのかえ」
「ラメル君は余裕だよ。レイルがそっとこの2人が相手なら良いよと告げるだけで。成人目前の年頃の男の子が自慰行為で発散するのは限界有るし」
女性陣赤面。
「そ、そうかえ…」
「申し訳無いけど男ってそう言う生き物だから。相手が常に傍に居る俺らからするとラメル君良く堪えられるなって感心するし尊敬する。
レイルの気配を感じる美女が2人も居たら堅牢な防壁もコロッと崩れる瞬間が来るよ。
料理番として関わる自然な流れも整ってるし。無宗教だから成人前でも所帯は持てる。全然問題無し」
「ふむ。メリーの方か…」
シュルツが恐る恐る。
「お兄様。ピレリ様も…。その…あの…」
「ああピレリは大丈夫だよ。結婚経験者の大人だから。今のは若い未経験の一般男性の話」
「安心しました。今直ぐささげ」
フィーネが口を塞ぎ。
「こら。何を言おうとしたのかなぁ。分別有る大人を信じなさい。それは胸の内に仕舞って」
しっかり頷き返した。
プリタが挙手。
「顔合わせは普通にするとして。何処かで修行をされるのならその現場にメリリーさんも連れて行き。
レイル様をお守りするような場面を演出してみては如何でしょう。
心酔敬愛する主人様を守れる。まあなんて素敵な殿方様♡となるかなぁと」
「「おぉ~」」
「成程のぉ。賢い」
「名案。来月の南東遠征後半終わりまで鍛え上げて9月の長期休暇中に演出してみようか。一般訓練はここの訓練場でカーネギに相手して貰って。
この3人幻術使いだから集団戦も出来る。警備や侍女衆とかティンダー隊の訓練にもなるし。タツリケ隊にボコられるのも良い経験。これぞ一挙両得」
シュルツが元気に。
「素晴らしいですね。来月からは私がスケジュール調整をします。他の希望者も集め私もこっそりと。
メリリーさんがお隣で仕事をされる間を見計らって」
「最近平和で、鈍ってた、から丁度良い」
カーネギの目がキラリと光った。
「潰すなよぉ~」
「解ってる」
サイネルたちが。
「そんなにお強いのですか?」
「カーネギは別格。ランクは中級のままだけど実力は上位上級冒険者相当」
「照れる」
「「「へぇ~」」」
「ここには体術の達人ゼファーさんも居るし。サイネルの言葉遣いも変に脚色せずにゼファーさんを見習って執事風に仕上げればいいと思う。
レイルの専属執事みたいなのを目指して。マナーも一流だから学んで」
「はい。頑張って習得させて頂きます」
ソプランが溜息。
「帰って来る頃には俺より立派な執事が完成してそうだ」
「有り得るなぁ」
「面白そうぉ」
「新人3人の方針が決まり本棟の昼食会で顔合わせをするとしましてこの話は一旦終了。
レイルは興味無いだろうけど。もう1つの重要イベント。
8月のライザー王子とダリアの婚礼式典とお披露目会をどうしようか。
シュルツは当然予定聞いてるよな。俺らが聞いても教えてくんないんだ」
「…口止めされているのですが」
「そこを何とかこっそりと」
「お願いシュルツ。私たちは内緒で覗くだけだから」
「予定では来月の末。だったのですが。
エルラダ様のお目が治せる可能性が出て来たのも有りまして九月以降へ延期されました。
お二人に伝えると無理をされるのではと」
「そう言う事か」
「内緒にしなくてもいいのにぃ。どの道9月は休暇取るんだし。薬はお隣に任せて手は出さない積もりよ。
心臓の方も別で薬剤手に入れて渡したし。急変したら私の治癒術お披露目してでも食い止める」
「それが問題なのです。お姉様」
「ん?何が?」
「ここが何処で。何の総本堂が在るのかお忘れですか?」
「「あ…」」
失念してた!
「九割以上の信者が占めるここの中枢で。水竜様に繋がる秘術を披露してしまっては最早誰の口も塞げません。
総本堂の神官長を越えた立ち位置と成り。ペリーニャ様と同じ境遇に…」
「あぁ。その面をすっかり忘れてたわ」
カタリデが助言。
「式典会場で急変したら私が食い止めた風に見せればいいのよ。聖属性の光振り撒けばバレないバレない。
カメノスの研究棟空けといて貰って運び込めば?
私を理由にすれば出席理由にも成る。簡単じゃない」
「名案です!それで行きましょう。早速午後に上へ伝えに参ります」
「ありがとフウ。ホント助かる」
「何時も何時も難しく考え過ぎなのよ。2人も周りもね」
仰る通りで反省し切り。
--------------
スターレン側はフウの活躍で心配要らず。
悩みの種はラザーリア側。
捕虜土竜3匹とドドッツ家の処遇が決定。屋敷は解体。
無関係と判明した奥様と娘に財産の半分と宿の経営権が譲渡された。
土竜とドドッツは収監され厳しい尋問中。後にロルーゼのバーミンガム家とルイドミルにスタルフ王の猛抗議が発表される。
洞穴5本は埋め立てられ硬い石膏を混ぜられた。
他に洞穴は無い。付近の下水路も改善予定。
残った物。測量具と掘削具が少々厄介。
王族一同と穏健派の幹部が集まる会に私も同席。
「掘削具に溜まった石と砂利は郊外の空き地に排出すれば済みます。
2つの道具は魔道具。今現在のマッハリアに製作出来る技術は無い。
所有権は私にと言われ。建築の地下路を掘るのには非常に有用。有用性はタイラントに限らず何の国も欲しい物では有ります」
スタルフ王に問われる。
「歯切れが悪いですねロディ様。何に引っ掛かりを?」
隣のローレンが腕組み。
「解らんか、スタルフ」
「と言われても。持ち帰れば兄上もよろこ…。あ!」
「そうです。私はこれらを持ち帰れないのです。
勘の良いスターレンはこれがラザーリアで発見されたと言うだけで全てを見抜き。激高し直ぐにでもルイドミルとバーミンガム家の関係者を殺しに向かう。
守護者の私は問われれば嘘は吐けない。今の彼を止める術は無い。妻のフィーネでも難しい」
「な、成程。英雄としても勇者としても信用はガタ落ち。好評価も失墜してしまう。前勇者と同じ評価に成り下がる」
「はい。解体方向に向かっている邪神教団も一枚岩では無く幾つもの派閥を抱えている。ロルーゼに隠れる派閥の狙いは真にそれ。スターレンを貶め私たちを世界から孤立させようとしています。
これを作る技術をその派閥が持つならば。又は発掘し得る迷宮がロルーゼに在るのなら。何度でもここの地下を掘り進め彼を挑発し続けるでしょう」
「派閥の中に相当な曲者策士が居るな。
ここに居る者が閉口しても下から漏れる。スタルフが抗議文を発表すればスターレンにも知れ渡る。
訴追しなければロルーゼの派閥は叩けない。知られればロディに何が有ったのかを問う。
忌々しい!」
ローレンが机を叩き紅茶のカップが揺れた。
「隠し通せる時間も少ない。
ロディ様。思い切って兄上に隠さず話す。若しくは一番冷静で思考に優れるカタリデ様からお伝えして頂くのはどうでしょう。
起きた事は事実。これらに類する道具は他にも。外側からなら掘れる事も兄上なら既知の筈。
ロディ様は兄上から地下の塵拾いでも、と言われたのですよね?」
「あぁ確かに」
スタルフ王はスターレンの弟でしたね。
「私とした事が…」
「僕も今はここの主。父上の息子で英雄の弟です。傍で兄上の背中を見ていた時間は父上よりも長いのですよ?」
「失礼しました」
「一本取られたな」
「予想済みの事で兄上は怒りませんよ。多分ふーんやっぱりねで終わります。温い敵の挑発には乗りません。乗った振りをして隠れた鼠を引っ張り出す気なのでしょう。
今度は僕が先手を取りたいからロディ様を止めた、とお伝え下さい」
「解りました。後程直ぐに」
掘削具の中身を空にしてパージェントの自宅へ帰った。
自宅で新人3人の教育プランを練っていたスターレンに道具を見せると。
あーやっぱそろそろだったかぁ。で終わりだった。
「スタルフ王が今度は僕に遣らせろと。止められました」
「まあねぇ。国から離れた俺が何時までも出しゃばってたらあかんよなぁ」
「国王様だもん。立ててあげないと可哀想よ」
「だな」
取り越し苦労とはこの事。
「シュルツ。パイルバンカーに続き。これ欲しい?」
「欲しいです!下水路と上水源泉路を仕分けるのに大変便利です。ロープで遠隔操作をすればガス溜りも怖く有りません。ガス成分も見えるように改造します!
ロイド様。宜しいでしょうか」
「どうぞどうぞ」
「ロイドはまたラザーリア戻る?こっち手伝ってくれる?」
「こちらで。シュピナードとの手合わせに乗り遅れる訳には行きません。それにローレン様に甘えているとフウに嫉妬されてしまいます」
「我輩もアレイゴーレムとやりたかったニャ!」
「やーねフィーネでも有るまいし。千年以上堪えた私を嘗めて貰っちゃ困るわ。それにローレン様に次ぐ逸材見付けちゃったからさ。オホホホッ」
「聞き捨てならないわね。誰よ」
「内緒~」
楽しい時間。あの方かな?
「スターレン。レフィキュラ迷宮には何時」
「そうじゃ。何時行くのじゃ」
「そうじゃ、じゃないだろ。主人のレイルは教育プラン考えろよ。ちゃんと持って帰るから」
「ぬぅ~。企画は苦手じゃ~」
「いい暇潰しが出来たじゃねえか姐さん」
「くぅ、これでは無かった…」
「もう直ぐ。夕方に行くよ。あっちの真夜中に」
「了解です。では私はお風呂へ」
「戦の前に清めるのニャ~」
「まだだって。いってら~」
--------------
廃棄されたレフィキュラ迷宮。自白椅子をアークロードからゲットした思い出深い場所。
上層地上に人間は誰も居ない。少し上へ上がってみたが新たに掘られた形跡は無かった。
悪魔って玉座が好きなのか?と思いつつ。
居残りレイルと従者以外のメンバーで最下層へ降りた。
何か有るか。サピエルの逃げ口上だったのか。
フィーネのライトで層内を明るく照らし出し。
「もう少し照明を下げて下さい。目がチクチクします」
プレマーレに文句を言われた。
「来なきゃいいじゃん」
「レイルダール様から見て来いと言われています。企画書も出る幕無いですし」
「もー。クワンティが居るのにぃ」
「報酬の半分はレイル様の功績ですから我慢しましょう。今もバッチリ見てます」
「しゃーないなぁ」
文句を返してフィーネがライトの光度を下げた。
そのフィーネを層の中央に据え。八方に広がり探索。
だがしかし何も無い。
壁際、玉座が在った場所、赤絨毯の下。片眼鏡で探しても無い物は無い。
そもそも探し物が解らない。
中央に集まる。
「…無いな。何も」
「うーん…。こんな時アローマなら…」
そう言ってフィーネは天井を見上げた。釣られて皆も。
歪な地肌しか無かった。
「何も無いわね」
「帰るか。悪魔は基本悪戯好きだからな」
「そうねぇ」
帰ろうとした時ソラリマが。
『待て。アローマが照明を消してみろと言っているらしい』
「え?真っ暗に?」
半信半疑でライトを消すと。玉座が在った場所の空中に白い小さな光結晶が浮かんでいた。
「「おぉ!」」
「アローマさんの勘は凄いですね」
ロイドも皆も同じ感想。
「今度からアローマを迷宮専門家と呼ぼう」
「悔しいなぁ。どうして解るんだろ。後でコツ教えて貰お」
「私も聞きたいです」
プレマーレも賛同。
代表して俺が結晶体を掴んだ。
真実の灯火。
複雑怪奇な迷路迷宮でも必ず正解ルートへ導く。
トラップ前では上下移動。
行き先に魔物が居れば左右移動。
宝箱付近では✕を描き繰り返す。
空やギミック無関係の箱には無反応。
日光や照明器具の光を吸収。照射時間分輝き続ける。
迷宮探索の必需品。
「いやこれ宝具級だよ。もしかしてピーカー君見えてた?」
「はい。浮いていた場所だけ光の屈折が変化していたのでお楽しみを奪ってはいけないと」
「アローマとピーカー君とこれが有れば迷路無敵やね」
カタリデも感心。
「導き手。アウスレーゼ君の言った通りだわ。でアローマはやっぱり指導者に向いてる」
「天性の素質かぁ。そりゃ適わんわ」
「もう何も言えないわ…」
「経験ですよ何事も。スタプ時代がそうで在ったように」
「確かに。凡人なら探究者に成れ、か」
「誰の言葉?」
「スタプ時代にモーちゃんから言われた有り難い教訓」
「成程。早くロルーゼの選挙戦終わるといいね」
それに尽きる。
自宅に帰ってアローマにコツを聞くと。
「天然迷宮の住人は基本暗闇で生活されています故。光源に纏わる何かが有るのではと考えました。
それとレイル様とスターレン様を格上と認識されて居られた様子でしたので何も残さぬ訳が無いと」
「「ほぇ~」」
「メモります…」
プレマーレのメモは役に立つ日が来るのだろうか。
--------------
水没迷宮産のインクとライリー工房製のロール紙を使ったシュルツ製作脈拍計が完成。
昨日も行ったが改めてキャライの出産祝いの品を贈り。エルラダさんの体調と脈拍を計測試運転。
身体は安定。脈拍計も前に手書きした図と同じ。医院の方でも使えるとシュルツが増産すると取り決めた。
インクが必要に成るからとフィーネは水没迷宮へグーニャと共に向かい。ロロシュ邸新人教育班とスフィンスラー訓練班に分かれた。
翌日の合同訓練。
スフィンスラー14層にコテージを置き。新人3人と従者2人を残してその他で向かうは17層ラストトライ。
上のアレイではレイル以外全滅し掛けた。
「今回は現状最強装備。どんなゴーレムでも怖くない。無いったら無い。反射盾はアローマの物だから若干不安」
「どっちなのよ。素直に借りて来れば良かったじゃん」
「いや大丈夫。の筈だ」
何が出るか予測不能で予測線は描けない。
層内中央でプレマーレを円で囲んで身構えた。
カタリデは抜剣。再生専念で竜は腕の中。シュピナードとダメスドーテも初期から臨戦態勢。クワンはソラリマを装備済み。抜かり無し。
「参ります!」
気合いの一声。プレマーレが地面を右手で叩いた。
次の瞬間。全ての照明が消え真っ暗。フィーネがライトを取り出すよりも早く周囲と足元に土壁が乱立。
「しまった!最初の迷路だ」
叫んでも応える者は居ない…。全員分断された。
手に握るカタリデとバッグの中のピーカー。
「やるわねベル。私が光るより真実の灯火使いなさい。それと集合掛けて。1km以上は離れてない」
「落ち着いて下さい」
「お、おぉ。ごめん。取り乱した」
純連の冠を取出し強制起動。
「皆居るか?真実の灯火使うからライトは要らない」
「ビックリしたぁ」
嫁の後に全員無事に応答。
灯火で照らし出された周囲の壁は地面から天井までびっしり接着。
「ソプランたちが居て竜出してたら人数足りなかった」
「それと、灯火日干しにしといて良かったね」
光充填してなかったらヤバかった。
フィーネ、ロイド、グーニャ、クワン、レイル、プレマーレ、シュピナード、ナーディ、ダメスドーテ。
余力1人分のギリ。
初期に居なかったメンバーに説明を加え。
「最初の流動迷路はもう無いと考える方が間違いだった。床の方向表示板は無い。壁には触れられない。
灯火の導きに従い慎重に進もう。ピーカーも何か見えたら遠慮無く言って。壁かなり固そうで潰されたら重傷だ」
「はい」
「強敵は最後かえ」
「だろうね。プレマーレの魔力損失は前回よりも多い?」
「八割飛びました。成長分を考慮すると前の倍」
「壁分だと考えるのは楽観に過ぎる。またとんでもないゴーレムが来るぞこれ」
「武者震いして来たー」
「いよいよ」
「ワクワクだニャ~」
起動者の俺の前方上方固定の灯火が歩き出しと同時に移動した。方向性も案内してくれる。
導きの光に従い奥へ手前へ左や右へ迷わずに。トラップや宝箱の反応は出ず。広がる通路の前で左右に振れた。
「いよいよか…」
通路を抜け切ると同時に周囲の壁が消失。
層内の照明が点灯。そして姿を現わしたゴーレム。
俺たちを取り囲む10個の灰色球体…。
アイアンロックゴーレム改。最早説明不要。
「皆動くな!継ぎ目は無い。魔法は無効。タングステンにマウデリンコーティングのオマケ付き。接近したら吸い込まれてグチャグチャに潰される。
レイル。俺なら撤退を勧める。何か策は有るか」
「無いわ!!有るとすれば妾とプレマーレとシュピナード単騎で各個撃破するしか無い。再生武装と破壊不能品以外は失う。
若しくはオーラの圧縮結界で一個に纏めてから倒す」
「裸に成るのは嫌ですね…。今はもう。スターレン様が居なければ脱げますが」
「中に入って魔核を破壊するなら私が適任でしょうな」
纏めてシュピナードで倒す。しか手が無い。
「クワンはフィーネの肩から動くな。フィーネの蔦でゆっくり全員を繋いで離脱準備。俺はガントレットを外し。オーラを背中方面に出す」
「クワッ」
「了解」
カタリデをそっと宙に浮かせて慎重に慎重にガントレットを外し袖を捲ってオーラを背中に出した。
「オーラ。俺の頭の上に乗り。10個結界で囲んでから衝突させるのは可能か」
「時間は掛かるが可能だ。どれ程の距離で吸われるのかを確かめねば為らん」
「頼む。距離を離す方向に。シュピナードの前方方向へ1周回す感じ」
「御意」
シュピナードの右手の個体前に金銀壁を1枚張り。吸い込まれた距離手前で更に右手個体を囲い込み。吸収される前に外へ動かし圧縮合体。
距離を測りその隣を繋いで行く作業。最後はシュピナード前の個体の後ろへ3倍化した9集合体を置いた。
結界に囲まれた段階で俺たちは後方へ撤退歩行。
1個集合体から充分な距離を確保して一息。
「ふぅ。何とかなったな」
「寿命が縮むわぁ」
「個体ゴーレムが良かったニャ…」
「残念ですね」
グーニャとロイドはがっかり。
「シュピナード。中身は空じゃと思うが何か隠し球が居るやも知れぬ。抜かるでないぞ」
「私に油断は有りません。常に全身全霊。御安心下さい我が主」
「うむ。行け」
馬上から飛び降りレイルに一礼。
黄金の槍を構えアイアンの正面に高速突貫。
接近した途端姿が消え吸い込まれた。
「えー。突発ですが双眼鏡が2つしかないので。ここからは私めとフィーネで解説致します」
「透視具が増えるのは嫌ですが構造体が覗ける望遠具は欲しい所。あ、早くもシュピナードが2体に分身。
中に隠れていた小型ゴーレムを片方で抑えつつ。片方が後ろの魔核に挑もうとしてますね」
「おぉ小型ゴーレムも分身しました。定置が無くシュピナードが圧倒的不利。ベルさん鬼ですねぇ」
「鬼畜です。ここまで私たちを鍛え上げていったい何と戦わせようとしているのか非常に疑問で恐怖を感じます。
さあ場慣れして来たシュピナードが元に戻り弱体化した小型を各個撃破。即興で最適戦略を考えられるシュピナードの冷静さを見習いましょう。特に私は!」
「学ぶ事の多い迷宮ですね。
非常に良い流れ。では有りましたが撃破した小型の残骸が残りと合体。再びシュピナードが分身。徐々に小型を弱らせて行く戦法に切り替えました」
「勇者を育成するこの迷宮にこんなえげつない物を置いたベルエイガさんをあの日に戻って殴りたい!
完全に流れはシュピナード。無尽蔵のスタミナと死霊の特性を存分に活かし小型を削っています。
ほぉ押し切れる状態まで持ち込み。倒し切らずに後ろの魔核を同時攻撃し始めましたね」
「最終的に魔核と合体するのだと判断したのでしょう。
これは流石と言う他有りません」
「両方同時に削って削って…遂に!4本腕で全部串刺し。真似したくても出来ません!」
アイアン改が崩壊。霧散して消え去り。シュピナードが綺麗な着地を見せた。
人型皆で拍手。
「見事じゃ」
レイルの前に跪き。
「何のこれしき。中に入れて動ければ単なる雑魚です。
それに…スターレン殿が持つ宝石の助力がかなり利いてますね」
「「あぁ~」」
皆が納得。
気になるドロップはマウデリン10kgと特殊タングステンが50kg(約10kg)分の塊が落ちた。
「質量5分の1か。上の特殊白金と一緒に別々に保管しないとな」
「マウデリンと合わせれば結構な量が作れるね」
「今直ぐは過剰だし。皆でゆっくり考えよう」
「そうしましょ。レイルは何か要望は?ここの物はレイルに権限有るし」
「そうじゃのぉ…。ラメル用の刃毀れしない包丁セットとソプランとアローマ用の長剣でも作れば良いじゃろ。新人用にはまだ早い」
「包丁セットいいな。平和的利用で」
「専用まな板も必要ね。キッチン崩壊しちゃう」
軽く談笑して上に戻った。
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14層に戻るとソプランたちの前に新人3人が転がり気絶中だった?
「何これ。中で勉強してたんじゃ?」
「いやぁ…。途中で身体動かしたいって言うからよ。基礎体力の運動でも、て勧めたら行き成り模擬戦やりたいってな感じで」
「では少しやってみようかと。いざ始めると現在の魔力量も確かめずに幻術を乱発しまして。…枯渇しました。
今し方」
「何をしとるんじゃ!」
お怒りのレイルさんは新人を爪先で転がした。
「駄目駄目。人間の場合直ぐ動かしたら。暫くそこで寝かせて。ここなら風邪は引かないし」
「欲張りおって…。一日無駄にするではないか」
主人は頭を抱え。アローマが3人に毛布を掛けた。
下は冷たい地面。反省して下さい。
離れた場所に金属案山子を設置。
ソプランたちの長剣訓練。そこから対岸でシュピナードとレイル。ロイドの順に飛翔無し模擬戦。
その隣で進化ナーディとダメス。グーニャの蔦無し模擬戦が始まった。
ソプランたちの側から模擬戦を観戦。
直ぐに従者も中断して一緒に観戦。
「おーレイルの4本腕と互角。寧ろシュピナードが押し気味だ」
「剣戟が速過ぎて火花が眩しいぜ」
「進化ナーディがダメスをスピードで圧倒してる」
「お馬なのに横移動も速いですねぇ」
「クワ。スターレン様。あたしの模擬にオーラを出して」
「ごめんクワンの相手すっかり忘れてた。今出すよ」
オーラとルーナを出し直し。高速ドッグファイトが上空に加わった。
3方を眺めてるだけで面白い。
取り残されたルーナが溜息。
「我は案山子でも叩くか。布巻いて」
「伸び代が有るって解って良かったじゃん」
「まあな」
フィーネの隣のプレマーレ。
「フィーネ様。時間掛かりそうですし。普通槍で模擬しませんか?」
「そうねぇ。もうちょい観戦したら」
「はい。私も観たいので」
「あれ…?俺も案山子か…」
俺も溢れてたw
苛ついたレイルが更に高速乱撃。しかしそれでもシュピナードは一切乱れず払い受け。
「もう良い!休憩じゃ。ロイド代われ」
「あらあら腕を増やしたのに自滅とは」
「喧しいわ」
ロイドに交代。二刀流ではなく長剣1本を選択。
カタリデを抜いてないのに素晴らしい身の熟しと練られた運用で4本剣と対等に渡り合った。
「うほぉ」
「速い速い。遠目じゃないと見切れないわ」
「あんな頂上見ちまうと絶望しかないぜ」
「流れが綺麗でお美しいです。一段と」
「遠いなぁ…。槍の間合いなんて取れもしない」
鍔迫り合いには持ち込まず。詰められたら2,3本を同時に回し受け。押された力で広い場所に距離を取る。付近の壁は背にしない足運び。
環境や位置取りまで常に先読み。圧巻である。
隣のダメスもグーニャとチェンジ。
ナーディの懐に飛び込み足蹴りを態と誘い眼下に死角を作り出し翻弄。
休憩中のダメスがそうやれば良かったでやんすなぁと嘆き節を漏らした。
怒ったナーディが何故か観戦中の俺たちの方向に猛然と爆走。
「な、何だ?」
「なんでこっち?」
アローマの前で急停止して頭を垂れた。
「私に乗れと?」
ブルルと嘶いた。
「騎乗すると何が変わるのでしょう…。取り敢えず乗りますが。フィーネ様。もし飛ばされたら」
「私とスタンで必ずキャッチするわ」
「有り難う御座います」
颯爽と騎乗。
グーニャの前に舞い戻り。
「待たせたな。だそうです」
「逃げたのかと思ったニャ」
この時初めて知った。ナーディの能力は誰かが乗ると爆上がりする事を。
「ニャ!?」
霧が舞い。ナーディが消え。グーニャが舞い上がり。強烈な後ろ蹴りを喰らって側壁までぶっ飛び突き刺さった。
馬上のアローマはキョトン顔。
「今…何が?」
穴から這い出たグーニャ。
「お…面白いニャ…。我輩の本気を見せてやるニャー」
赤い霧と灰色の霧の打つかり合い。
蹄と爪の応酬。グーニャの巨大化にも即対応。
尻尾を踏み付け。その背を駆け上がり。猫の額に痛烈な後ろ蹴りをお見舞いして地上へフワリと着地。
アローマは首を捻り。
「上からだと観戦は無理なようで」
仰向けに倒れるグーニャ。
「きょ…強敵が居たニャ!」
元の大きさに戻って霧の応酬で交わり。
スタミナ切れで転がった。
「ダ…ダメス。交代ニャ…」
「兄貴が駄目ならおいも無理でやんすが」
「一匹で駄目なら二匹ニャ!!」
「卑怯な兄貴も嫌いじゃないでやすよぉー」
「掛かって来い。的を大きくするとは愚か者め。生きていたら馬糞塗れにしてやる所。だそうです」
「ニャンですとぉぉぉ」
「嘗めやがってこの馬ぁぁぁ」
赤黒灰の霧の交差点。アローマがポツリと。
「私の鍛錬時間が…」
「どうしよ。キャッチ出来るかな」
「もうちょっとだけ近付こうか」
範囲外ギリギリへ移動。
メモに余念が無いプレマーレ。
「猫は額が弱点…。どう捉えれば…」
「深読みすると碌な事無いぜ」
「はい…」
ソプランに諭された。
--------------
新人3人を来客宿舎へ寝かせフギンさんたちにお任せ。
自宅での夕食後。
「急に明日空いたなぁ」
「何しよっか。潜水艇見に行くと焦らせちゃうし」
3人の様子を見に行ったプレマーレが着席。
「フィーネ様の発言で焦ってしまったそうです」
「え?私の?」
「幻術を織り交ぜれば即戦力だと」
「え~。あれは来月の話なのにぃ」
「人の所為にしよるか…」
レイルのカップを持つ手が震える。
「カップ壊れるから怒るな怒るな」
「ぬぅ…」
「まあ枯渇もやって損は無いし。伸び率とか。ちょっと早めに来ただけよ。
子育てした事無いけど子供ではないし。言えば解るんだからしっかりプランの説明を加えましょ」
「うむ」
「明日は買い物でもするか」
アローマが挙手。
「一つ気になる事が」
「お、アローマの勘は気になるな」
「なりますねぇ」
「エメラルドの件も有りますが。何時だったかスターレン様が掘られてペリーニャ様にお渡しした輝く女神様の彫像をお側に置いているのは、大丈夫なのでしょうか…」
「「あ!」」
ロイドも。
「失念ですね。強力に加護が付与された物が近くに。
今でも女神を信じるペリーニャが手放す理由が無い。侵食されれば何時でも操れます」
カタリデの助言。
「どんな物か私は見てないけど。他に遣い道が見付かったから返してって言えば?」
「うーん…」
「ペリーニャ喜んでたしねぇ…」
「ペリーニャちゃんだけじゃ済まないのよ?教皇も次の子も簡単に操られるのよ?特に子供の方が危険。女神ちゃんの執念甘く見てない?」
確かにペリーニャだけでは済まない。
「解った」
「返して貰おう。何か代わりの物を用意して」
その代わりの物が浮かばない。
シュルツが挙手。
「もう一本扇子をお作りしましょう。材料はロイド様の羽毛以外は揃っています。ペリーニャ様はロイド様が大好きですからきっと喜びますよ」
「おぉ」
「流石はシュルツ。着眼点が違うわ。心が安らぐラベンダーの香水も付けて。カルお願い」
「早速。寝室へ行きましょう」
「はい!」
2人が手を繋いで寝室へ上がった。
「ペリーニャの数少ない友達だもんな、シュルツ」
「うんうん。やっぱりアローマ冴えてる。序でにエメラルドに転移付与して来るわ。
私たちが出掛けてる間にハイネの2人にこっちの進捗説明してあげて。ソプラン連れてけば外に出し易いし」
「畏まりました」
「そろそろ言わねえとな。二人はオーナルとコーレル限定で問題無いか」
「そうね。キリータルニアには複製アデルが居るから近付けさせられない。何となくウィンキーも居る気がして」
「邪気がごっそり奪われたボルトイエガルは招待状が来ても行かない。今のガンターネに接近するのも危険だ」
「了解」
--------------
主たちがお嬢様の扇子を持って昼前に出掛けた。
それに合わせアローマとハイネへ飛び密偵二人を昼食へ誘い出した。
外ではゆっくり話せないから場所はロロシュ邸内に折り返し。
二人に南東前半の話と最近の進捗を食後に説明。
当然驚いてはいたが。
「何となくは」
「予想してました」
「とは言っても直ぐ解体って訳じゃない。中枢とは休戦しても離れる奴も居れば元々別派閥ってのも居る」
「実際にロルーゼの隠れ派閥がラザーリアの地下を掘ってスターレン様を挑発する事案が発生しました。休戦後に」
「各地の中枢に深く入ってますからね」
「西大陸の本体も居ますし」
「だよな。姐さんが西以外を出せって挑発したのに集まったのはたったの五百前後だ。完全解消には程遠い。
第二のシトルリンやガンターネが潜んでる可能性は充分過ぎる程有る」
アローマが話を追加。
「これは主からの伝言ではないですが…」
「おい。勝手な」
「言わせて下さい。頭の片隅に。今はまだ動いてはいけません。必ず主の指示を待ってからとお約束を」
「はい」
「今は聞くだけで」
「最近のクワンジアの動向です。闘技大会後。主も私たちも立ち寄っていません。
元老院の重鎮二人はレイル様の助力も有って排除は出来ています。しかしそれも全てではない。
西と直結する国がこれで終わりだとは思えません。アデルと言う原本も居ます。他にもまだ誰かが居る気がして。
未だにピエール国王様が道化を演じ続ける。続けなければ為らない理由が眠っていると私は思います」
「まだ他にか…」
確かに引っ掛かる。
「成程。ウィンキーも何処かで生きてますからね」
「今俺たちが動くのは危険。それは理解しました。
多分スターレン様なら…。西へ本格遠征へ向かう際に一斉に引っ張り出すお積りなのではないでしょうか。
ピエール王に変化が無いのは当然知ってますから」
「前も怪しい奴等は山程居たしな。港の拠点も壊滅させた訳でもない。トロイヤの言う通りかも。
だがそれも二年以上先の話だ。それまでに敵が動くのを待ってるのかも知れねえ。抜駆けすんなよ。
今度怒られるのは俺たちなんだから」
「行きませんよ。トロイヤしか飛べませんし」
「おいおい裏切るなよ。もし何か起きたら俺だけの所為に成るだろ。道連れだ」
「それはその時の流れだな」
「連れねえなぁ」
「他に二人が気になってる国は有るか」
「俺は特に」
ティマーンは無いがトロイヤは。
「俺は個人的に内戦中のメレディスですかね。ウィンキー以外誰も入ってない。
詳しくは聞けませんが助けてくれたら国宝渡すってモンターニュが送って来たんですよね。
そのお宝には興味が有ります。まあ介入するとスターレン様が大損するのは目に見えてますが」
「あーまあな。でもお宝欲しさに勇者が奴隷解放軍を潰せんだろ」
「間違い無いです」
「国宝は国の物。行く行くの勝利者たちの物。それが解放軍なら良いとのお考えなのでは?」
「流石アローマさん。思慮深い。軍師の才能有るんじゃないですか」
「お止め下さい。これ以上責任が重なると重圧で潰れてしまいそうです」
「最近のアローマは鋭いしなぁ。色々な面で」
「あなたまで。はぁ味方が居ない…」
「メレディスはモーランゼアと帝国が監視してる。何が起きても連絡は入る。手を出す要素は何も無い。
王国軍が国宝使って低層奴隷を人質にし……」
ヤベえ…。三人の顔も固まった。
「止めだ!この話は止めよう」
「止めましょう」
「それがいいです」
「不用意に発言するもんじゃないな…」
しかし…。この話は後に現実となった。
--------------
彫像を手放したくないペリーニャをロイドとクワンとカタリデで粘り強く優しく説得して。
何とか返却してくれた像を自宅で囲んだ。
像を見た途端にレイルが。
「破壊せよ。見ているだけで苛つく」
「待て待て。壊したらバレるだろ。解呪のルビー像もこれも壊されたくなくて防御力まで付いてんだから」
「今も絶賛見てるかも知れないし。ペリーニャも遣い道気にしてたから無くすのは困る」
「ではどうするのじゃ。この汚物は」
レイルに取っては汚物になるらしい。
「汚物言うな。効果は正統な物。人間に取っては」
「でもどうしよう。深海遺跡は懐中時計と神殺しを置いてて一緒には置けない。持ち歩きたくもない。
保管に適した場所も…浮かばない」
悩めるフィーネに続きカタリデ。
「あの子に頼むと存在と居場所が露呈する。ルビー像はフィーネと私が居るから用済み。
私が上書きすると何したかバレバレ。地中深くに埋めても掘り起こされる」
ロイドも悩む。
「誰も入れない場所で私たちも立ち寄らない場所…」
挙手したアローマに。
「お、真打ち発案」
「何でも言って」
皆の視線が集中。
「重圧が…。それはさて置き。私とソプランは入っていませんがスフィンスラーの十八層では如何でしょう。
プレマーレ様の再現で永久氷を出して氷漬けに。
私たちはカタリデ様の御加護で操られない。新人三人と従者二人はレイル様の御加護が。
部外者は絶対に入れず。他の転移可能者はシュルツお嬢様のみです」
「「それだ!」」
皆で拍手。
「気付かないもんだなぁ」
「さっすがアローマ」
「いえいえ」
「プレマーレの回復は」
「明後日には局所再現が可能です」
「良し。邪魔臭いから今から仮置きして来るよ。ルビー像と一緒に。
使用用途は…強力な魔物を封印したとしよう」
「狡賢さは健在ですねぇスタンさん」
「それ程でも。これだけはアローマに負けんっておい」
「冗談冗談。行ってらっしゃい。私触りたくないから」
「行って参ります!」
速攻18層のド真ん中に投げ捨てて帰宅。
「よーし。今日の夕食はて…あれ?」
フィーネとアローマの姿がリビングから消えていた。
「フィーネとアローマは寝室で内緒話を。アローマにご褒美をと聞いたらフィーネに折り入って頼みたい事が有ると上に」
ロイドが説明してくれた。
「へぇ何だろ。まあいいや。
今日の夕食は最近ずっと肉料理ばっかなので。リゼルオイルを使って魚介天麩羅と根菜たっぷり掻揚げ丼にしたいと思います。
お酒飲む人はお米少な目で」
「何それ最高じゃない。私も早く食べたいわぁ」
「カタリデが人間に戻る時は大宴会だ。それまで待って」
「何時に成る事やら」
「ええのぉ。妾は白米もたっぷりとな」
「賛同致します」
「天丼。良いですね」
ロイドに続きシュルツが慌てて。
「プリタさん。本棟のお夕食のお断りを!」
「はいさー」
「来客多そうだな。上の2人降りて来る前にラフドッグへ買い物行くか。シュルツとロイドは留守番で」
「はい!」
「上2人を気長に待ちましょう」
「個人用に滋養酒買えねえか?」
「ここのはロイドが買ったからいいんじゃない。ビール樽も1個聞いてみる」
「話の解る上司で助かるぜ」
初めてかも知れない4人組とクワンで買い物に出掛けた。
と言いつつレイルたちはクワンに任せ。町の入口で2手に分かれた。
町行く人々に手を振り返しながら。
「こっちは大分落ち着いて来たな」
「出てない王都が一番酷えよ」
「引き籠もりは良くないね」
「自由に買い物出来ねえし。パンツとか」
「それなぁ。マジ困る」
「男冒険者服量販店でも作るか。バカ売れ確定。嫁からも文句言われねえ」
「いいねぇ。次の商売はその路線でも。冒険者時代が終わっても服は永遠に残り続ける」
「店番は別人に任せて。裏に専用事務所作れば」
「完璧だ。行ける」
などと将来を考えたり。
「必死ねぇ」カタリデに突っ込みを入れられ。
「男は1人の時間が欲しいんよ。服はあれだ。元世界でも圧倒的に紳士服より婦人服専門店が多かった。平和な時代に成れば成る程着飾る女子優遇」
「ん~。その面は否めないわね」
「内緒だぜカタリデ様」
「解ってまーす」
買い物済ませて自宅に帰ると。何故かグッと距離感が縮まった両嫁がキッチンで夕食準備を始めていた。
「なんか楽しそうだな」
「アローマは何をお嬢に頼んだんだ?」
「秘密です」
「女同士の秘密に突っ込まないで。これから嫁と旦那でどう時間を分けてくかって話よ」
「ふーん」
「そう言う話なら割り込めねえな」
久々にロロシュ氏と本棟料理長を交えた楽しい夕食会。
「すっかり来客が増えました」
「予想通りだ。スターレン君の外交官案話が挙がった時点で外には置けないとな」
「だから邸内だったんですね」
「今は感謝しか無いです。郊外の小さな家ではとても入り切らない」
「まあシュルツが指摘したのだがな。共有部門もそうだが先見の目がわしよりも上だ。鼻が高い」
「照れてしまいます」
「商売人は目先の利益に目が行き勝ちですからね」
「全くだ」
「財団の切り分けは順調ですか?と俺が気にする筋合いじゃないですが」
「人材不足は否めんが問題無いだろう。サルベも育ち跡取りも出来た。ウィンザートも順調。ラフドッグはゴーギャンに任せ。王都とオリオンはシュルツと…ピレリが居る事だしな」
「まだ反対されるのですか御爺様。私は駆け落ちしても良いのですよ」
「脅すな。誠実さは認めてはいる。何処かで別の経験を積ませてやりたいが…。中々妙案が浮かばん」
ソプランに目線を送りあの話を振る。
「将来王都郊外に紳士服専門店を開業するのはどうです?平和になれば婦人服店が増えます。現時点でもその傾向が見られ紳士店は少ない。
服飾系はモヘッドの管轄ですが卸問屋や仲介業なら幾らでも広げられます。
そこに俺たち男の隠れ事務所とかを作って貰えると尚嬉しいなって」
「おぉ…名案だ。東街道沿いは砦以外ガラ空きだし。男物は必ず売れる。男にしか解らぬ事も多々有るからな。
自走車道に加え土産物にも最適。うむ。早速明日から考えてみよう」
やったぜ。
「そんなに私から離れたいんだぁ。そっかぁふーん」
「男女の切り分けの一環だ。さっき自分で言ったじゃん。常にべったりだと何時か拗れる。ピレリにも必ず役に立つ事業だし。文句は言わせない」
「はーい…」
多少強引でもこれは夫婦円満の為に避けては通れぬ道。
ブリッジを言い訳にフィーネは逃げている。そう感じた。
--------------
レイルのお説教から始まる新人教育。
「半端じゃ。一般教養が無くては外も出歩けぬ。枯渇状態を二人に見られたらどうするのじゃ」
「「「済みません…」」」
「努力は良いが限界を詰めるには早い。魔力の伸び代は並の人間よりは有る。最低でも元々の総量までは。
焦るな。妾が安心して遊びに行けぬではないか」
「「「はい」」」
今日はアローマが付きっきりで教育。来客用宿舎の食堂へ4人が移動した。
「今日はアローマ。明日はロイド。明後日はフィーネ。
3日後はレイル直々に迷宮で訓練。4日後は俺。
合間にプレマーレの氷漬け作業と事後確認。
そうこうしてる間に潜水艇の操縦訓練が始まる。そっからは二手に班分け。
訓練以外のレイルは主役2人とそれぞれおデート。
教育外の俺たちは8月からの準備を同時進行。エルラダさんの経過観察。他に別件来たら調整。迷宮内で個別特訓と息抜き。
8月も余裕出たから焦らず適度な休暇も入れて。
てな感じで進めましょう」
「うん。帰って来た時は暇になるかと思ってたけど全然忙しいね」
「カタリデじゃないけど何時になったらのんびりゆったり出来るんだか。全く違う仕事の神様でも居るのかね」
「居たら嫌。断固拒否。後は…デニーロさんに包丁と専用まな板とアローマたちの専用長剣の相談」
「それはこの後行こっか。ヤンとも相談するからシュルツも誘って」
「だね。専用剣はマウデリン付与と大狼様の牙合成したら凄いの出来そう、て考えてます」
「おいおい俺らも西行くの確定か?」
「西以外の戦場が山程有るやないの~」
「…今のは聞こえなかった事にする」
「妾はメリリーでも連れ出すかの。明日はラメルが休暇じゃし」
「ふむふむ。モテる女は辛いっすねぇ」
最近溜まって来た郵便物をパラパラと…。
「ギレム工房?新作のお知らせ?何何…。
お、フィーネさん。ギレム工房で何か楽器作ったらしいぞ」
「楽器?商売品目拡大の一環かな。面白そう。
午後に行かない?」
「いいね行こ…」
レイルとロイドがこちらを凝視。
「昼食べて行きたい人で行きましょう」
「俺とアローマは明日覗く。今日は人数多そうだしよ。
城の様子でも見て来るわ」
「宜しく~」
解散して俺たちはデニーロ師匠の自宅訪問。
隣のヤン夫婦も招いて4人に塊を見て貰った。
「うひょ~。またとんでもねえもん持って来やがって」
「重いのに軽い…。異常です」
後ろの夫人2人も鑑定眼鏡を使い回し。
「質量変換…」
「何処で仕入れて来るだい!」
フラーメが怒った。
「怒るなって。これ以上これ以外には出ないから」
「迷宮産よ。詳しくは言えない」
「聞きたくもねえな。で今度はこれで何打てって?」
「標準型にスロットを加えた長剣2本と」
包丁セットをテーブルに並べ。
「包丁セットはマウデリン無し。とまな板。板厚は8mmも有れば充分。広さは一般的なキッチンサイズより少し大きめで」
「素材的にアイマーさんには頼めなくて。合わせ鋼でも無いですし」
「こんな貴重な金属で包丁…。大将気でも狂ったか」
「頭を…何処かで強く」
「違うわ!包丁はタングステンの使用権を持つ人の要望なんだよ。セットは長剣分を差し引いて出来る範囲で」
「マウデリンの半分は小型チップにして下さい。別の場所で掘った鉱石は精製を最後に」
「まだ持ってんのか」
「マウデリンに関しては手付かずの山も有るから困ってないんだ。内緒だぜ」
「はぁ~もういいや。確かにアイマーは鋳造が得意じゃねえし。特別炉は常時空いてるから引き受ける。製作期間はどの位だ」
「長剣は9月中。次の遠征から帰って来る頃に出来てたら嬉しい。包丁セットは12月。渡す人の誕生月祝いも兼ねてるから。
ヤンはシュルツの案件を調整して貰って」
シュルツがはい、と。
「人手が要るならまたカーネギさんとギークさんを連れて来ます」
「お嬢様。そんだけ時間が有って出来ませんなんて職人が言えるかよ。ヤンと俺だけで一月有れば出来る。嫁さん二人の補助も有るしな」
「僕の方の調整だけですね。今抱えている至急案件は医療器具なので。そちらを」
「明日本邸の方で調整会議を開きましょう」
「承知しました」
特殊金属はシュルツのバッグにIN。
「最近変な客こっちに来てない?俺に会いたいだとか会わせろだとか」
「冷やかしはしょっちゅうだが。大将と直で会わせろって度胸の有る客は来てねえな。こっちには。
精々城の選考会に参加するって意気って泣きながら帰りに土産買ってく奴なら居た」
「ハハッ」
「家の方は。どうだっけフラーメ」
「ん~特には。こっちの表は小物メインだからね。詳しく知らなきゃ関係無しって思うんじゃないかい?」
答えたフラーメにナンシャが思い出し。
「あ、でも一昨日そちらに目付きの悪ーいお客さん来てませんでした?丁度午後のお茶休憩に入る前」
「あぁ~居たね。私が睨み返したらフンッて出てったよ。強そうには見えなかったけど中級冒険者風。
筋肉はまあまあ。私とナンシャの間位の背丈。男にしては小柄な部類。ここでは珍しい黒髪短髪。二十代後半から三十代前半」
「ふーん。南西か南東西部出身かな」
「選考会目当てかしら」
「はてさて」
試しに周囲を索敵…。
「お!1匹挑戦的な赤色がここの玄関前方の影に居る」
「噂をすると直ぐ寄って来るよねぇ」
「私が行こうか?」
出ようととしたフラーメを引き留め。
「フラーメはもしもが有るだろ。身体を一番に考えろ」
「う…。それ言われると」
「そうそう。スタンに会いたがってるなら私たち。フラーメがボコったら関係性疑って付き纏うわよ」
「それは困る」
「だったら任せなさい。フィーネは中頼む」
「はーい。殺さないようにねー。何時もとは逆に」
「何も言えんな…」
玄関飛び出て速攻ロープで捕縛。序でに逆さ吊りに。
見た事も無い青年男子。
「誰だお前」
「お、降ろせ!」
「三枚に?行き成り死刑を望むとは見下げた根性だ」
表通りの人々が立ち止まって指を指す。反応早すぎ。
「ち、違う!地上に降ろせ!」
「地面に叩き付けて首を折れと?言葉遣いが汚い罪で」
「そんなので殺されて堪るか!!」
「反省も無ければ改めもしない。良し。地面に頭擦り付けて禿げの刑に処す」
「止め…。止めて下さい。お願いします勇者様」
「おー俺を知っていてあの口の利き方。町民に聞こえたらここから生きては出られんぞ。何者だ」
かなり頭に血が下りて顔が真っ赤。
「と、取り敢えず。逆さまを止めて、下さい」
「しゃーないなぁ」
正吊りに反転。
家の中の6人とクワンも出て来た。
「その人です。一昨日の」
「そいつだね。家の商品万引きした盗人」
え?
「と、取ってない!嘘を言うな!!」
ロープを絞ってみた。
「ぐ、ぐるじいぃ。それは僕じゃないです。誓って」
「冗談だよ。何も盗まれてない」
緩めてあげた。
「はぁ…はぁ…。多寡が…ロープに、屈するとは…」
「だから誰なのか言えや。逃げられんように両足折るぞ」
「言います!言いますから!」
呼吸を整え。
「スターレン様だけにお話したいんで。耳貸して貰えませんか」
「噛むなよ。まさか舐める積もりじゃないだろうな」
「そんな趣味してませんて!」
シュルツが口を押えて。
「この方は同性愛者…」
「シュルツは見ちゃダメよ」
そっとフィーネが両眼を塞いだ。
「違いますって!」
話が進まないので接近して耳を向けた。
「僕のこの世界での仮名はグリドット。本名は別の中域からの使者です」
「なんと…」
ロイドと一緒の存在。
「貴方に御告げを与えた彼の異界女神様の直下です。
こちらの女神が敵側に加担したので謹慎期間が延長。その罰として対策品第一段を貴方に渡すよう五日前に送り込まれました。
降ろして頂けません?」
「そいつは失礼した。だったら城の選考会かロロシュ邸に来てくれれば」
「身分証が無いんです!」
「あぁごめん。降ろすよ」
急遽自宅へ招いてお話を拝聴。
「凄いな…。古代と近代がぐちゃぐちゃだ」
「俺たちがごり押ししてるからね。特にここは。後々に整えて行くさ。珈琲か紅茶どっちがいい?」
「では珈琲で」
冷蔵庫のアイス珈琲とシロップを進呈。
美味しそうに一杯飲み切り。
「生き返るぅ。死んだ事無いですが」
グリドットの隣に座ったロイドが。
「同業の方でしたか」
「そんな所です。但し今の僕は戦闘力が皆無。その代わり時の女神には絶対に認識されません。所謂中域の配達屋です」
「へぇそんな役職有るんだ」
背中のカタリデも驚く。
「カルもファフレイスも本来ここの中域者じゃない。それ以外を見た事が無いわ。何か理由が有るの?」
「それは追々解りますよ。嫌でも」
「ふーん。まあいいわ。話進めて」
二杯目に口を付けてから。
「こちらの世界の昔話は余所に。今回お持ちした対策品第一段はこちら」
道具袋から白い布包みを出して机上に置いた。
「約款切りと呼ばれる物です。貴方の左胸に刻まれた召還紋を断ち切るカッターですね」
「おぉめっちゃ欲しかった」
「焼かれた箇所をこれでもう一度真横に刻んで下さい」
「後でやります」
「一回使い切りなんで捨てるなり溶かすなり。転用はご自由にだそうです」
有り難や有り難や。
「次からはさっきの店より到着を知らせます。罪を重ねてくれれば楽なんですが時の女神も馬鹿ではない。
最悪展開予想の他にもあの手この手を仕込んでいるでしょう。何たってこの世界の時を操れますから。
ヒントは貴方が経験した全て。戻された時間。進められた時間。繰り返された要人との会話。その中から探って行くと良いでしょう。
それとフィーネ様に御方様からの伝言です」
「はい?」
「スターレン様の自由時間。過去を振り返る時間を増やし邪魔をするなと。貴女の我が儘で縛れば縛る程良い流れは途絶える。考えを改めた方が良い、だそうです」
「反省します…」
「まあスターレン様ならそれすらも踏み越えて行くでしょうから然程心配はしていないみたいです。
とは別にちょっとだけ現金を貰えませんか?都内を観光して帰りたいんで。それとラフドッグの蜂蜜を小瓶で」
巾着袋と蜂蜜をご用意。
「蜂蜜は御方様とファルロ様の好物なんで定期的に買って損は無いですよ」
「メモります」
黒蹄鉄に加え重要項目が2件増えた。
「では僕はこれで。吸血姫様にぶち殺されたら帰れなくなるので」
「聞こえてるから多分大丈夫。デート中だし」
「良かったぁ」
軽い足取りでスキップするグリドットを正門までお見送り。
裸で自宅風呂に突入。
対面に座るフィーネは普段着を着ている。が約款切りを持つ手が震えていた。
「私…邪魔なのかな…」
ホロリと頬を伝う涙。
「気にするなって。ブリッジが有ろうと無かろうと俺の愛は変わらない。フィーネが居ないと俺は何も出来ない。
何もしたくない。自分勝手に人生を下りる」
「それは駄目!」
「じゃあ今まで通り何も変わらない。お互いの時間も大切に増やして行くだけさ」
「うん…」
「手が震えて自信が無いならロイドと代わって」
「嫌。これは私がやる。あの日の失敗を取り返したい。もう2度とスタンを奪わせない」
「1回しか無いからたのんます」
「任せて。私も脱ごうかな」
「出血量が多くなるからお止め下さい」
「解った」
出会って数日のあの日を振り返り。すっかり消えてしまった傷跡を指でなぞる。
フィーネに身を任せて目を閉じた。
痛みは一瞬。再生も一瞬。
少しだけ垂れた血痕を拭ってくれた。
「出来たのかな。場所は間違えてないけど」
「カタリデに聞いてみようか」
「そだね」
服を着直してリビングで検証。カタリデが俺の周りをグルグル。
「ふむ。女神ちゃんと繋がってる感じは消えたわ」
「「やったー」」
待ち焦がれた至福の時。夫婦で強く抱き締め合った。
冷静なロイドさん。
「断ち切られた代わりに。直接説得する、と言う選択肢は消えました。私が出向くしか」
「行かなくていいさ。用事が有れば誰かの身体使って下りて来る。こっちは待ってるだけでいい。
候補者は沢山居るけど全部出来るなんて有り得ない。
可能なのはペリーニャだけ。シュルツはカタリデの庇護下に居る直系だ。
成人して杖入替えてサクッと旦那候補探してあげれば俺たちの勝ち」
「それが一番難しいかも」
「だなぁ。相応しい相手…全く浮かばんな」
「救えるかはフィーネの気持ち1つでは?」
「う~う~~。辛いぃ~。苦しいぃ~。私が探す。死んでも探す。その選択肢は最終手段よ」
「見付かると良いですね。私は手伝いませんよ。その我が儘は女神と同じ」
「言わないで~。薄ら解ってるから言わないで~」
カタリデも。
「私も知らなーい。許容値広げるだけじゃない」
「フウまで…」
両膝を抱えるフィーネの肩に手を添え。
「きっと見付かるさ。謹慎延びたしまだ時間は有る。焦って変なのと引き合わせたらペリーニャが傷付くだろ」
「そ、そうね。じっくり吟味しましょう。全然居ないけど」
焦りは禁物。
柱時計は11時半。
「こっちの時間もまだ有るな。ロイドの天使の輪合成してみるか」
テーブル席に座るシュルツが挙手。
「工房開けますか?」
「開けて貰おうかな。今は雑念多いし集中したいから」
「はい!」
--------------
城の広い訓練場。時間を区切って毎日選考会が行われている。
二階の観覧席に俺も座ろ…。
天覧席に陛下と王妃の姿が見え。先に膝着きご挨拶。
「王陛下。王妃様。ご機嫌麗しく。
毎日ご覧に成られているのですか?」
「ソプランか。いや毎日ではないぞ。今日は偶々午前が空いただけだ」
「麗しゅう。と言いつつ略毎日顔を出してますよ。事務仕事をサボって。運動を理由に」
「バラすな。スターレンに伝わってしまうだろ。運動は大切だ。模擬を見ていると心も躍る。と期待しているのに未だティンダー隊を破る隊が現われん」
「そうでしたか。私は眼前より失礼を」
「うむ。南東の二通以来文書は届いていない。ゆっくりして行くと良い。見所は無いが」
「ご配慮に感謝致します」
デニス氏とタツリケ氏が並んでいたのでその隣に座った。
「デニスさん店はいいのか。昼前に」
「昼はタツリケの奥さん連中に任せてるからな。パメラと子供は産後からガードナーデ家に居候中。ライラさんと子育て奮闘中で出る幕が無い。子供の顔を見に行って夕方まで仮眠するだけだ。詰りは暇」
「成程」
タツリケ氏も暇そうに。
「見に来ても暇だがな。私の隊も半数が出張中。最近ではゼファー殿も来なくなった。騎士団長殿も陛下の後ろで欠伸をしている程だ」
「へぇ。中々来ないもんすねぇ骨の有る奴」
「ティンダー隊の次はギークが控えてるからな。俺の出番は来ない気がする。そろそろ現われても良い頃合いだと思うんだが」
「東大陸は最果てで一括選考をしているだろうし。南西南東からは時間が掛かる。中央から集まってもこの程度。
うーん…微妙だ」
ルーナ両国から来てくれたらきっと面白いのに…。
まあ無いか。
ティンダー隊の強みは連携とティンダーの読心術。
常に先読みされるんだから相手からすると堪ったもんじゃない。弱い人員から崩され残った隊長をボコる。
たまーに。
「卑怯だぞ!何だその先読みスキルは!」
と指摘する隊長が現われ。
「そうか?戦場に卑怯も糞も有るか!!」
と言い返し隊長同士の一騎打ち。
した所で総合能力が下なら負けるのは当然。
相手隊長が転がり。
「参った…」
「出直せ。一番弱い俺よりお前が弱い。先を読まれても能力が上回れば俺を倒せる。簡単な話だ」
「くっ…」
今日も駄目かと思われた次の大男単騎。出身は不明。
ティンダーの顔が初めて青くなった。
「拙いな…。こいつはパワー馬鹿だ」
散開してスタミナ切れを誘おうとしたが中々落ちない。
一人一人棍棒で打ち抜かれ場外まで飛ばされた。
色めく訓練場。陛下は腰を浮かせた。
次のギークも棍棒使い。棍棒が砕けるまで叩き合い。略互角の展開。
棍棒を捨て手を組み力比べ。徐々にギークが押し負け。
「ほぉ。スタミナスキルか」
「だったら」
ギークの膝が折れ掛けたその時。
「頑張ってー。お昼抜きだよー」
エナンシャの声援が飛んだ。
「大変だ!」
手を外し。左脇から大男の腕を担いで脛払い。
地面を這わせて逆腕を背中側から掬い上げ。逆十字に腕を固め絞り上げた。
大男は堪らず。
「参った!!」
ギークが寝技に持ち込むとはなぁ。
訓練場中から拍手が送られた。
デニス氏が席を立ち。
「体術要員は俺なのに。しかしやっと出番か」
一階に下りて疲弊したギークと交代。
次の対戦はスピード馬鹿の六人隊。俺好みだ。
開始早々に囲まれたが一番体重が軽い奴から掴み倒され腕や足を盾代わりに使われ悲鳴を上げた。
残り五人は攻撃を止めて戸惑う。
「そ、それは余りにも」
「何でも使う!こいつは盾だ!!」
全員木剣を捨てて両手を挙げた。
「参りました…」
「オムツ交換にでも行くか」
タツリケ氏に手を振り。陛下と王妃様に一礼して退場。
「今日は付いてる」
タツリケ隊の五人が席を立った。
次の隊で午前の部は終了。十二人の大所帯。
指揮官次第ではと思ったが…。
タツリケ隊の可変連携スピードに付いて行けずに秒殺。
集団戦に慣れてないなら組むんじゃねえよと。
「詰まらんな」
「歯応えが無い」
「東では見慣れた光景」
「明日からの出張…」
「受けようか」
打撲したティンダーを労いに行こうと俺も席を立った時。
不意に聞こえた風切り音。
咄嗟に陛下と王妃の前に飛び。通過前に三本掴んだ。
一本擦り抜けたが前に出たアーネセルの大盾に弾かれ事無きを得る。
「天覧に矢を放ったのは何処の何奴だ!」
騒然とする訓練場。即座に騎士隊が天覧を固め。
下ではタツリケ隊が逆円陣を組み周辺警戒。
縁の手摺に足を掛けて耳を澄ました。
場内で動く者は居ない。静けさが包む。
動いたのは…天覧正面対極の城壁上。
スターレンから借りっぱなしの欠月弓を速射。
一匹は仕留めて落下。
弓を引き絞って耳を澄ます。
下のタツリケ隊が訓練場奥の壁に向かって走り出した。
壁際に透明化していた伏兵二人の意識を刈り取り手前地面へ転がした。
退場したデニス氏が戻って四人目を訓練場の床に。
「こいつは途中から柱の陰で陛下を睨み付けていた!
ソプラン。これで最後か」
「ああそいつで四人目。最後だ」
場内の緊張が弛緩する。
「陛下!一匹城壁外。六区方面に落ちました。太腿を貫いたのでお急ぎを」
「回収班を向かわせろ!」
騎士隊数名が走り出した。
「主から尋問椅子を借りて参ります」
「頼む」
どうやら俺が昼飯抜きか…。朝飯もうちょい食っときゃ良かったぜ。付いてねえ。
--------------
天使の輪と希望のサクレアの合成は成功。
名前:天使の真輪
性能:飛行系能力上昇・空間管理・水中呼吸
物理防御力10000
魔法防御力15000
森羅万象耐性極上
身体変異異常を自動再生
持続型流出魔力消費停止
大魔力消費時1時間後に最大値まで復帰
(1回/12時間)
装備時精魂に締結吸収(解除は任意)
浮上・飛行時の魔力消費無効
主要属性:聖光・風・雷
装備者に固定化(現在:ロディカルフィナ)
投擲制御性向上(主要属性を任意付与)
神罰無効
特徴:運の悪い天の御遣いなどは存在しない
主を持たぬ天使にのみ許される真輪
「やったな。欲しい機能が網羅された。
限定なのも有るけど…水中呼吸付いちゃったな」
「それは見なかったとスルーしましょう。フウの言う通り考え過ぎです」
「補助だな補助」
「神罰が無効なら何時でも女神を殴りに行けます」
武闘派天使様が降臨。
「神域で喧嘩したら拙いだろ。行かなくていい。そんな状況にはさせない」
「はい」
「なんか嫉妬しちゃうんですけどぉ」
「フィーネ…。ついさっき」
「反省すると自分で」
カタリデが叱責。
「いい加減に為さい!嫌いになる。2人は行く行く義理の親子に成るのよ」
「御免為さい!」
「お姉様を責めないであげて下さい。半分は冗談の賑やかしですから」
「シュルツありがと。嬉しい。でも誰にでも嫉妬してしまうのは危険。それは直して見せるわ」
「頑張って下さい」
ロイドが真輪を装着吸収。
「これで脱着不要。有り難うフィーネ」
「どう致しまして。お昼にしましょ…あれ?ソプラン走って来てない?」
「あ、ホントだ」
地下道を高速移動するソプランを察知。
表通路に出てみると。
「選考会場で天覧席に矢を射られた。寸前対処で陛下と王妃は無事。俺と騎士隊で犯人の四人を取り調べる。
金椅子貸してくれ」
「会場に出たかぁ。俺が行こうか?」
「いいから任せろ。偶には俺にも仕事させろよ」
「解った。任せる」
金椅子を貸し出し。
「軽食持ってく?」
フィーネの問いに。
「城で食うさ。椅子が有れば時間は掛からない」
どんな奴等か気になるがソプランに任せ。工房を片付け本棟で昼食。
レイルたちとも合流。美味しいチキンカレーを頂き。
一人で買い物中だったプレマーレ。
「危うく討伐する所でした。異界の天使を」
「おいおい」
「冗談でしょ?」
「遭遇寸前でレイル様からのお声が届き。何も」
「あっぶな」
「誰彼構わず襲うのは止めよ。妾の台詞ではないが」
レイルが真面。隣のメリリーがジト目。
「野蛮ですねぇ。プレマーレさんは」
「申し訳無い。昔の癖が色々と。記憶が戻っても感情制御は難しい物ですね。フィーネ様と同じく」
「それ解るわぁ。一緒だ」
2人には共通項が多い。だから気が合うのかも。
--------------
落下した賊も捕獲連行された。
肩と腕の骨折。太腿の貫通穴の処置も終わり命には別状は無い重傷。
金椅子に座らせても取り乱しもせず落ち着いている。
拘束具は着けられているが。
陛下と王妃立ち会いの元。騎士隊が前を固め。代表して俺が尋問に当った。
「城壁に居たお前がリーダーで間違い無いか」
「はい…」
「他の王都侵入者や構成員は居るのか」
「居ません。四人だけで」
「素直だな。王族の命を狙った割りに」
「…ソプラン様を前にしているので」
「俺?意味が解らん。お前らは邪神教団員じゃないのか」
「邪神教?は存じません。我らはそこの愚王に粛正された旧ベネチア家派閥の人間です」
また出たベネチア。
「本当ですか陛下」
「…事実だが粛正したのは極一部。大半は国外追放でロルーゼに送った。クインザの力を削ぐ為にな」
「成程」
置いてけぼりを喰らったのは俺だけか。
「で?当主の息子の俺の目の前で陛下を害し。勇者隊と王族との不仲を生じさせたかった訳だ」
「…はい」
「なん…だと…」
驚いたのは陛下と王妃。
「申し遅れましたが私はベネチア家の長男らしく。妹のジョゼを連れて来て主が鑑定し直したら判明しました」
「そうだったのか…」
「私と婚姻する前のお話ですか?」
ミラン様が陛下に問うた。
「ああ。迎えに行く数ヶ月前の話だ。王太子時代の」
「偶々俺が勇者隊に居たから利用しようとした。て事は俺の手を振り解いてウィンザートに置き去りにした親父とお袋はまだ生きてるんだな」
「はい…。名前と家名を変え…。何だ…この椅子は…」
今頃気付いたか。
「残念だがその椅子に座って嘘は吐けない。頭から落ちて死ぬべきだったな」
「そんな馬鹿な」
「諦めろ。抵抗する動きも封じられる優れた椅子だ。豪華過ぎて持ち歩けないが。
そんな解説はどうでもいい。二十数年も経って今更俺に何の用だ。そのロルーゼの屑貴族は」
「王が…死ねば。勇者隊が責任を問われ解雇。その…後にロルーゼに隊の皆様をご招待し…。選挙戦に名乗りを上げようと」
「有り得んな」
陛下の言葉に同意し思わず笑った。
「優秀な殿下が二人も居てそんな事が起きる訳が無い。
馬鹿は生まれ変わっても馬鹿なんだな。大人しくしてりゃ静かに余生を楽しめたのに。
で?その屑共の名と家名は」
「ワ…ワイデルミ・ガレ・ソガードルク卿と。妃のキシャレッド様…です」
「頑張って抵抗したなぁ。無駄だが。陛下はご存じで」
「ソガードルク…。バーミンガム家の対立公爵か」
「…はい」
「たった二十年で伸し上がったもんだ。俺と後で生まれた妹まで捨てて。さぞ汚い事を重ねたんだろう。
完全ではない透明化道具。中途半端な弓。壁を登れる道具はまあまあ使える。でもそれだけだ。
通信具や連絡道具は持ってたのか?」
「持っていません」
「玉砕覚悟だったのか」
「元より死ぬ積もりで…」
「頭の緩いワイデルミに命を捧げる価値が有ると?」
「王と成った暁に。残された家族を奴隷から平民に戻してやると…誘われました。四人共に」
「今でも出来る事を後回し。騙されているとは思わなかったのか」
「縋れる道が…それしか無いのです。今のロルーゼでは」
「腐ってんな根っこまで。
陛下。通常なら極刑でしょうがソガードルク家の繋がりで他にも引っ張り出せるかも知れません。後はお任せしますが屑をこっちまで強制召還するなら。是非とも私に一発殴らせて下さい。処刑前に」
「…考えてみよう」
「では私はこれにて。主への報告と。椅子は明日取りにお伺い致します」
「うむご苦労。勇者隊の手を借りる迄も無いと伝えよ」
「畏まりました」
一礼して退出。
訓練場併設の従業者食堂でティンダー隊を労いながら遅めの昼食。
「単純馬鹿相手だと厳しいか」
「厳しいっすね。思考が読めてもごり押されると。まあ直前でヒント与えた俺が悪いんですが。さっきのは」
腕に包帯を巻いたアイールバムが。
「頼みますよ隊長。幸運なのは自分だけなんすから」
「済まん済まん」
「全員数日休み貰ったと思え。本来の業務でもねえし。後はタツリケ隊に任せとけ。あっちは暇にさせると地方出張しちまうし」
「へーい」
「でさっきの賊はどうなったんですか」
ティンダーに問われ。
「詳しくは言えねえが。完全に俺たちの敵って訳でも無かった。色々情報持ってそうだから牢屋行きだろうな」
暫くの間は。
「来月からは愉快な新人三人をロロシュ邸内の訓練場で相手して貰う。詳細は追ってお嬢様から入る。
かなり強えから体調整えとけよ」
「え…ソプランさんが強いって言うと…」
「また化けもんとやれって?」
他三人も項垂れた。
「訓練だ訓練。ヒントは見た目に騙されるな。自分の見てる物を全部疑え、かな」
「えぇ…」
五人共同じ反応。
--------------
ギレムと弟子たちは俺たちの人数を見て腰を抜かした。
「こ…こんなにお越しになるとは…」
「今丁度遠征の谷間でさ。時間に余裕有るんだ。今日は偶々集まった」
「明日はアローマとソプランがシュルツを連れて来ます」
「す、直ぐに応接室でお茶のご用意を」
紅茶の後に運ばれた台車数台。
「もう少し調整して。近々マリーシャ様の劇団と王城楽隊に売り込もうかと考えている」
白いシーツを外すとそこには。
「我が工房の純粋なオリジナル。世界の何処にも無い物を目指した、弦楽器です」
「「おぉ~」」
大小様々。薄型、厚形、リュートのようなお椀型等。
風変わりな金属製ギターの姿が。
「ワイヤーは二種類。フロッグの皮と馬の鬣の撚り糸。
同じくフロッグの皮に薄いステン材を二重螺旋で巻いた物で耐久は両方二十年計算です。
音階調整は勿論。激しい使用でも切れない物をと。
経験不足な木材は捨て得意な分野で新たな構造を考案。金属吹奏楽器も技巧が難しく今は断念。
最終的にこの形に成りました」
「いいねぇ。ちょっと鳴らしてもいい?」
「私も」
「どうぞどうぞ。その為にご案内をしたのですから。何なりとご意見を頂ければ幸いです」
人型皆で好きな物を手に。椅子に座って抱えた。
俺が持ったのは金属ワイヤー。指先や専用ピックでサラサラ流し適当に弦を押えた。
刺々しいエレキチックな音が響く…。
「密集すると煩いな。練習場出てもいい?」
「ご自由にどうぞ。散々外で鳴らしてますので」
芝生の上に胡座で座り。コード表を見ながら1つ1つ。
金属ワイヤーは鋭く。馬弦は柔らかくエコーが掛かってそれぞれ気持ちが良い。
木製のように籠らず生々しい音。魔石を使わない生の金属音。元世界にも無い新しい音。
サラサラ鳴らしながら曇り空を見上げた。
タイラントももう直ぐ雨期。夕暮れとは違う切ない空模様。
この世界の雨は夜間に降る事が多い。それも何かの仕掛けなのだろうか。世界全体を巻き込むような時間調整。
アッテンハイムの雨期ド真ん中以外。特に俺とフィーネは昼間に雨を経験する事が極端に少なかった。ずっと晴れ男晴れ女だと思い込んでいたが。
何かが違う…。
離れた場所で談笑しながら並んで弾いていたフィーネとロイドに近付き思いを告げた。
「この世界の雨が夜間に多いのは。水巫女のフィーネが寝る時間を狙ってる気がして来たんだけど…。
考え過ぎかな」
「え…」
「有り得ますね。水巫女の発現を遅らせたかったとか」
「やっぱそんな感じだよなぁ。スタプ時代にこんな長期の晴れ続きとか無かったもん。フィーネと出会う前のラザーリア時代を含めても」
「そっからなの…。もう頭痛いわ」
「まあ今のは妄想だから気にすんな。先に中に戻るよ。
レイルの楽器評価聞きたい」
「私たちも戻ろっか」
「そうしましょう」
中の3人はレイルを中心にギレムたちの対面に座って熱く語っていた。2つの薄型器を挟んで。
「この薄型はちょっと音が味気ないわ。他の大きさの物は腹の空洞の大小が有って反響が良い。
木製の利点は何と言っても気道。樹木が呼吸したり水を通したり流したりする小さな穴の事よ。
そこから型起こしすると同時に水分を蒸発させて乾かして気道の空洞と板の形で反響音を作ってる」
「はぁ~何とも」
「金属板金の材質も有るけど板金故に気道が無い。だから空洞容積が少ない薄型は味気なく物足りない。
最初は皆が新商品に飛び付いても。やっぱり木製の方が良いなと飽きられてしまうわ」
「困ります!非常に。メンテを含めて長期商品を目指しているんで」
「構想と発想は斬新。でも深みが足りない。経験不足も当然有るでしょうけど。
腹の空洞内側面に薄い銅板を入れ凹凸を付けたり小さな穴を空けてみると良いわ。調整次第で音の棘が消えて柔らかくなる」
「何と!まだまだ完成とは程遠い…。挑戦し甲斐が有るってものです」
「容積と面積が少ない薄型は…銅板を格子状に組んだ物か可能なら蜂の巣構造の中敷きを入れみると良い」
「成程!中敷きで面積と反響を稼ぎ出す。益々難易度が上昇。燃えて来ました」
「暑苦しいわね」
「済みません。お客様の前では自重します…」
「それから弦ね…。何方も悪くは無いし。張りや強度の問題も有るでしょうけど。金属弦が微妙に太い。
今の七割か八割の太さか。専用ピックの材質を改善した方が良いわ。
基本音階は出来てても太さで音域が狭まってる」
「そこもですかぁ。泣きそうです」
「気持ち悪いわね」
「今のは冗談とお受け取りを」
「私が気になったのはそんなとこ。改良品の知らせがスターレンに届くのを楽しみにしてるわ」
「承知致しました。売り込みを掛ける前で良かったです。
他に何かご意見を頂戴出来れば」
「いやいや今ので全部っしょ」
「楽器作りに関しては専門外よ。レイル以上の人はここには居ない」
「如何にも」
「流石は我が主」
「益々好きになっちゃいましたレイル様♡」
メリリーの将来に不安を感じた。
「趣味に加えたいから薄型2本買って帰ってもいい?
パクったりしないからさ」
「ど…ん~。ホントですか?」
「疑り深いな。誓約書書くよ」
「お願いします。工房の未来が掛かってるんで」
商人らしい商人だ。信用売りはしない。
自分の証文書で3枚。技術転用はしない旨の誓約書を書いて俺とギレムの署名を入れた。(1枚はギルド提出用)
自分的には満足なお買い物をして帰宅。
--------------
「空き部屋1つ防音室にしてもいいかな?」
「良いと思います。私も偶に貸して。笛の練習全く手付かずだから」
「おっけー。ではではピーカー君」
バッグの中から。
「もう出来てます!」
「仕事が早い!」
「流石ね。建築に関しては足の指にも届かないわ」
「私も読書以外に趣味的な物を探さないと」
困り顔のロイドにフィーネが。
「手頃に編み物とかしましょ。多分直ぐに追い越されるけど競う物ではないし」
「良いですね。明後日に購入します」
「今日はレイルとメリリーはどうする?マッサラなら転移で送るけど」
「どっちがええのじゃ?」
「マッサラで二人切りがいいです。プレマーレさん無しで」
「え…。ではこちらに泊まっても宜しいでしょうか。ロイド様と同室でも。明後日まで」
「私は構いませんよ」
「いいんじゃない」
「いいわね。スタンは自由に。私たちは女子会。防音室作ってる間に私が送る」
「うむ」
「お願いします」
夕食も女子に任せて空き部屋を工作。
ピーカーをお外に出して。
「何方が良いでしょう。全面に壁を貼るか。半面程の小部屋を作るか。小部屋なら出すだけです」
「む~ん。悩むけど全面にしよう。楽器置きと油絵とか飾りたい。独占じゃなく空きを残して」
「了解です!」
バッグに戻ってカットされた厚板がポンポンと排出。
指示通りに床から横壁。窓用の内窓。最後にドア。
ドアは廊下側のノックだけが聞こえる不思議構造。廊下側に入室看板を掛け。室内には楽器スタンド。小棚。
横壁には何でも置けるレール棚。小さなテーブル。
テーブルに合う極上椅子が2脚。低い座椅子も2脚。
「ストップ!ピーカー君。シュルツの余白を残さんときっと泣いちゃう」
「あー済みません。遣り過ぎました。ここまでで」
カタリデをスタンドに立て掛けピーカーと床に寝転がって天井を見詰めた。
「新築の匂いだ」
「最初の特権ですね」
「あたしゃ置物かい」
「ごめん。殺風景だったから。時間有るし久々に油絵でも描こうか。この部屋の第一作目。
…ピレリの新規店はシュルツが描くだろうから何か別の」
「じゃあ私の未来予想図描いてみてよ。いざって時にイメージが出来てないと困るし」
「おっけー」
道具を出して座椅子に座りカタリデを眺め倒す。
絵の具をパレットに少量出して筆を手に。サササッと。
「「……」」俺とピーカー君の反応。
「もう出来たの?早いねぇ。こっち向けてよ」
「怒らない?」
「美人に描けた?」
「超絶美女がこちらに」
「だったら良いじゃない」
そっとカタリデに絵を向けた。
題名『高原を駆ける裸乙女』
「何描いてくれてんのよぉぉぉ」
悲鳴のような怒号。
「止めて!今直ぐ燃やして!!」
布で包んで床に伏せ。
「後で燃やします。裏庭で。てかしっかり服までイメージせんからこうなるんだよ。白いワンピースとか下着まできっちり。俺の絵は本人の意識を投影する。絶対嫌だとか強い方のを。
相手がフィーネ以外は」
「説明不足!ちょっと待ってイメージ作るから」
「ほい」
暇なので布を外して裸婦画を眺めた。
「止めい!!邪魔しないで。未来の私で股間固くしてんじゃないわよ!!!」
「バレたか」
そっと伏せた。もう頭に焼き付けてしまったが。
待つ事暫し。
「良し出来た。この姿で初めてじゃないかって位の精神統一イメージ」
「武器に二言は無いですね?」
「武士みたいだけど無いわ」
「描きましょう」
再び筆を執り。ササササッ。
題名『高原を駆ける乙女』
裸足で高原を駆けるオレンジ色のワンピース。大人版シュルツの顔立ちをシャープにした感じ。お胸は同等。
身長はやや高い気がした。
「何処と無くシュルツに似るんだな」
「血脈ですかね」
「良い感じじゃない。大変満足」
上段のレール棚の中央に鎮座。
その隣にパージェントの風景画も離して飾った。
「日が暮れる前に焚き火しちゃお」
「そうして下さい。私をオカズにしたら将来去勢するんでお間違え無く」
「充分に注意致します」
室内を片付け空室に裏返して下へと降りた。
--------------
キッチン横を駆け抜け裏庭で証拠隠滅完了。
炭は肥やしに。ふぅ~。
リビングに戻ると嫁が珈琲を淹れてくれた。
「慌てて何を燃やしたの?」
「ノーコメントで」
「フィーネの想像通りの物よ。詮索はしないで。私のダメージがデカい」
「そ、そう…。まあいいわ。夕食は豚汁と焼き魚だけどいいかな」
「全然おっけーです。大根おろしの黒酢掛けを添えて頂けると尚嬉し」
「解った。明日はじゃこ大根か海蘊酢付けるね」
「あざっす」
「ロイド黒酢買ったのに何も作ろうとしないけど何か理由有るの?レシピが浮かばないとか」
「作りたい物が有り過ぎて吟味中です」
「あっそれね。それは楽しみだ」
競合しないように気を付けよう。
帰宅したソプランと新人教育から戻ったアローマを交え食後に今日の流れを擦り合わせ。
3方密度の濃い1日でした。
「天使様がもう一人かよ」
「お会いしてみたかったです」
「こっちの女神がまたやらかしてくれたら会えるよ。同時に変な事も起きてるけど」
「それ言われると」
「微妙ですね…」
「ソプランとジョゼの両親かぁ。失墜するルイドミルの代打で動かしたと見るか。昔に仕込んだ物が発動しただけなのか判断は難しいな」
「何にしろ勇者隊の孤立化と内部分裂狙ってるのは間違い無い。離反した邪神教やら別口の女神教とかの関係者を動かして。
直接の御告げではなくても」
「組立ムズいなぁそうなると。内部に詳しくない国全部」
「女神教が浸透してない国の方が少ないもんねぇ。
タイラント、帝国、ルーナ両国、ペイルロンド、
ボルトイエガル、スリーサウジア、東大陸位かな」
「分散してるようでしてない。何処の国でも打ち込めるし布石は幾らでも仕込める。
俺の経験した全て…。当番来るまで時間作ろ。ロイドは何か浮かぶ?繰り返した要人との会話」
「んー。んー…。身近な所で浮かぶのはヘルメン王の昔話でしょうか」
「繰り返してたっけ」
「先代のラフタル王をマッハリアで罠に嵌めて殺害した話と鏡の話は2度してますね。場所と同席者と内容はそっくりそのままではないですが」
「お!言われてみればそんな気が。他にも有りそうだな」
「魔導鏡の話か。俺もアローマも詳しくないから教えてくれよ」
「是非」
プレマーレも「私もです」と。
ヘルメンちの話よりも前の。闘技場での昇霊門儀式の場面から振り返って説明。
「偽物のヘルメン王が現われていた…」
「擬態道具がもう十年以上も前に仕込まれた」
「キリータルニアの歪みも十年計算。十年の時が鍵。
スターレン様のスタプ時代に十年歪んでいたと言うのは飛躍し過ぎでしょうか」
「あ…。あぁそうだ!スタプの時。自己意識が覚醒したのが二十歳前後。それ以前が曖昧だ。親兄弟の記憶が薄く覚醒してから実際に会った事は無い」
「私の時間軸もスターレンに同期していたので20年分ロストさせられていた…。非常に不愉快」
「やってくれたなぁ時の女神。只の平民村人だと油断させて裏で遣りたい放題だったのか」
カタリデが助言。
「スタプの生まれた村に行った方がいいわね。来年の選挙後に。見落とした痕跡が有りそう」
「だな。くっそ腹立つ。俺だけじゃなく。そっから先の関係者の人生までぐちゃぐちゃじゃねえか。ロイドじゃないけどぶん殴りたい」
「今は冷静に。その時が来たら私は2番手で」
乱れた呼吸を爽やかな梅酒で整えて。
「ふぅ。そもそも50年前から可笑しい事だらけ。俺の転生よりも前に死んでいた前勇者の魂を時間をズラして再び人間に転生させた。
地下でのあいつはどう多く見積もっても二十代後半で若かった。そこでも20年分の開きが有る」
フィーネがポツリと。
「20年分の余白と仕組まれた罠。気が遠くなりそ」
ソプランが。
「前からずっと気になってたんだが。前勇者。ラザーリア地下でのそいつの名前はどんなだ」
「読めなかった。あいつの名前はスッポリと。何度遠隔で見ても直接触っても。頭に入ったピーカーもそうだろ」
「はい。見えたのは複製したランディスと言う名前だけでした。この世界ではない異文化の記憶の断片は見えましたが僕には理解が出来ません」
「そうか」
隣のアローマが。
「もしかしたら…。前勇者が人間に転生する前まで。この世界に存在しない時の女神様の眷属。中域者、だったのでは」
「……」
アローマ以外全員項垂れた。
「嫌でも解る。グリドットもそう言ってたな」
「言ってたわね。ハッキリと」
「デッカい探し物が見えた所で。今日はお開きにしますか」
「そうね。これ以上は時間と精神の浪費よ。私たちは前にしか進めないんだし。しっかり休んで切り替えましょう」
フィーネの言葉で今宵は解散。
メモ帳に大項目が追加された。
ロルーゼで中域者の痕跡を探せ、と。
俺たちが絶対的優勢とは言えなくなった今日この日。
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