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第262話 シトルリン原本との遭遇

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レンブラント公国。公王ルネハイドルが治め。
商業ギルド本部を抱える南東大陸の中枢であり世界経済の中心都。

嘗て闇商本部も在った場所。

スターレン様の隊より半日早く。午前に首都フィオグラへ先送りに入都。勇者隊は明日早朝着の予定。

マレンタイトには昔の顔見知りが居たので殆ど宿から出ずに過ごし昼過ぎには町を出た。

顔見知りと言っても下っ端。明るい内から堂々と町中を歩く姿からは小者臭がプンプン。欲しい情報は得られず奪われるだけだと切った。

足を洗った可能性は有るが教団は関係者を放置する程甘く無い。

フィオグラ南部の中流宿を素泊まりで。馬車を商業ギルド本部へ返却と支払いを済ませ。日没前の市場を巡りティマーンとは別々の酒場へ入店した。

餌は自分たち。単独ティマーンの危険度は上がるが賭けに出た。後で怒られるのは覚悟の上。

ハイネの家族は財団とタツリケ隊が守ってくれると信じ。俺たちの命はここで散らそうと決意した。

窓辺奥の小さなテーブル席で苦いウィスキーを片手に大魚の到来を待つ。

これが人生最後の酒か。家族と再会してからの約半年。
幸せだと思える記憶は残してやれただろうか。きっと成人
する頃には忘れてしまうとしても。

後悔は微塵も無い。

そして時は満ちた。対面席へ腰を下ろしたのは。
「懐かしい顔だな。自分の名前は思い出せたか」
「懐かしい?相変わらず酒が不味くなる顔をしているなブゼルイナ、だったか」
ゾーランの側近の1人。教団の幹部が餌に食い付いた。
馬鹿な男だ。

「覚えていてくれたとは光栄だ」
「名前位自力で思い出したよ。酒を奢らないならさっさと失せろ」
「一杯でも二杯でも奢る。そう固い事言うな。昔の誼だろ」
「馴れ合う程仲が良かった記憶は無い。何の用だ」
「それはこっちの台詞だ。どうしてここへ舞い戻った」
「行方知れずの家族を探しに来たんだ。邪魔するなら容赦はしない」
「成程ねぇ」

店員を捕まえて上級酒を二杯注文。

それが届き。
「俺たちが手助けしてやると言ったら?」
「知っているのか…」
「家に戻る気が有るなら教えてやる」
「信用出来ん。戻る気は無い。目障りだ」
「そんな強気でいいのかね。お前の連れがどうなっても構わないと?」
「なん…だと」
「窓の外見てみろ」

通り向かいの角にティマーン。
その後ろに数人の黒尽くめ。こちらの角度から見える短剣をチラ付かせ。
「チッ…。お前らは人質を取るしか能がないのか。彼は途中で出会った行商仲間だ。過去は何も知らない。それで良く俺が首を縦に振ると思ったな」
「振るしかないだろ。お仲間を救いたいなら。ここじゃ何だから俺たちの屋敷でゆっくり話をしよう」
「クソが」
自棄風に自分のグラスを空けた。
「責めて奢れ。礼儀知らずのクソ野郎」
「最初から素直にしてれば手荒な真似はしない」

ブゼルは釣りは不要だと店員に金貨を握らせた。

外のティマーンと視線を合わせ素直に従い。西部の屋敷群の一角に入った。

ゾーランの屋敷はここから直ぐ南。
「随分と大胆だな。ゾーラン屋敷の近くとは」
「ここは分家だ。取り潰しからは逃れた。金さえ積んで置けば大抵は通るもんさ」
公王の足元は腐ってる。
スターレン様に踏まれてお終いだ。

二人共道具袋を奪われ身体検査を受けた。
毒無効の小袋は宿に置いてある。足は付かない。
古竜の泪は全く別の場所。

「湿気てんな。金とハンカチしか入ってねえ」
「俺はそれだけ有れば充分だ。何時でも逃げられるから武器すら要らん」
「まあそうか」

ティマーンが演技を始めた。
「止めろよ。それはなけなしの全財産なんだ」
腹を蹴られて蹲る。
「返してやれ。お前らは盗賊か何かか。幹部が教団の名に傷を付けるとは驚きだ。何処ぞの教祖様が知ったらさぞ嘆くだろうなぁ」
「おっといけねえ。昔の癖が。袋を返してやれ」
「ぐぅ…。良かった」

応接室へ案内されたが茶が出ない。
「おいおい。紅茶と茶菓子位さっと出せよ。仮にもレンブラントの領地だろ。こっちは飯も食わずにお前らの下らない話を聞きに来てやってるんだぞ。
客を持て成せ。それから後ろのナイフを仕舞え。教団員としての誇りは無いのか?
旧貴族の屋敷で何をやっているんだ」
「ペラペラとまぁ…。茶と焼き菓子を持って来い。毒入りじゃない普通の物を。ナイフは鞘に戻せ」
「はい…」

「ト、トロイヤ。これはいったい…」
「俺に任せろ。こんなちんけな修羅場は山程越えて来た」
ブゼルイナは細く笑った。
「余裕だな」
「何がだ。俺なら何時でも」
「この屋敷には転移禁止結界が張ってある。お前たちは逃げられん」
「な…」
一応驚いた振りを。

高らかに笑う馬鹿に。
「仕事を受ければ出られるんだな」
「話が早くて助かる」

茶と菓子が運ばれ。ティマーンの前に置かれたカップに俺が口を付けた。
「毒味だ。間接キスは嫌だろうが我慢してくれ」
「ああ…」

自分の前のカップに口を付け。
「頗る不味いが我慢してやる。用件を話せ。ティマーンを外すなら俺は窓を破って逃げる。
お前らは俺のスキルが欲しい。今も昔も変わらん。交渉の立場は俺が上。それを忘れるな」
「くっ…。お前のその空かした態度が昔から大嫌いだった」
「奇遇だな。不細工の面皰塗れ。俺はお前を見てると吐きそうだ。この場で吐いてもいいか?茶も菓子も不味いしお前は醜い」
「クソッ。もういい」
乱暴に熱い紅茶を飲む姿は滑稽だった。

「お前はタイラント王都までは行ける。間違い無いか」
「ああ。ロルーゼのローデンマンの密偵が見付からなくて城には入れなかったが?」
「…勇者の弱みを探れ。城下で」
「言ってる意味が理解不能なんだが。面識も無い英雄勇者の弱みだと?ギルドで聞いたが南のペイルロンドに来てるらしいじゃないか。自分たちでやったらどうなんだ?
ここの権力者と連んでるなら直で話位出来るだろ。
怖いのか?不細工な上に臆病者なのか?会った事はないが教祖様はチキン野郎か?」
「…」
性別を言えない。こいつも首に何か仕込まれてる。

「俺がやる仕事じゃない。もっと他のを寄越せ」
「他には無い…」
「失望だ。どうせ俺の家族の行方も知らんのだろうな。
いっそ俺を教祖様に会わせろ。直にお話を聞いて信憑性が有れば考える」
さあどう答える教団幹部。
「今何処に居られるのか解らない」
盛大に茶を吹いた。
「俺をおちょくってるのか」
「本当に知らないんだ!」

「怒るな。今現在を知らなくても有力な拠点位知ってるんだろ」
「前のお前と同じで重要な記憶は消されてる」
あぁ…こいつも外れだったのか。
「成程。お前らは捨てられた部隊か」
「お役に立てれば何処かから遣いが来る」
「成果が欲しくて探していたら偶々俺が居たと」
「そうだ」
溜息しか出ない。二つの意味で。

「だったら勇者とやらに自分で会え。俺は御免だ」

ティマーンの肩に手を置き。宿の部屋に転移。
荷物を掴んでカウンターに走り。宿泊代金を置いて宿の影からタイラントへ転移した。

ロロシュ邸内の訓練場。
「運が悪いな。俺たち」
「はぁ…。何て言い訳すりゃいいんだよ。付いてねえ」
全くだ。

シュルツお嬢様の宝具で連絡を入れると案の定スターレン様は大激怒。

アローマ嬢が飛んで来て平手を両頰に頂いた。
痛いの何の。




--------------

スマホ越しに説教タイム。
「それで済んで有り難く思え」
「「はい…」」
トロイヤとティマーンが向こう側で悄気る。

「まあ無事で良かった。前半はレンブラントで最後だからゆっくり身体を休めろ。東部は未定だが二度と勝手は許さないぞ」
「はい」
「済みませんでした」

もう一度話を詳しく聞き直した。

「切り捨てられた残党。元幹部のブゼルイナか…」
「教団に協力した権力者はまだ使えそうね。別の幹部を知ってるかも」

トロイヤが陳謝。
「名前までは聞き出せませんでした。話の繋ぎが悪くて」
「良いよ。それで正解。下手に突っ込むとこっちの繋がりがバレる元。
用事が有れば向こうから話し掛けて来るさ」
「行き先をチラ付かせれば組織の部隊が現われる。ブゼルイナ以外が出てくれるのを期待しましょう」

混乱するからこっちには飛ぶなと念押しして通話終了。

「2人の行動は想定外だが状況は整いつつ有る」
「権力者と別動の監視役が居る。緊張して来ました」
徐々に上がる緊張感。

「妾が出歩けば監視役はこっちに来そうじゃの」
「捕えますか?流しますか?皆殺しですか?」
結論を急ぐプレマーレにフィーネが。
「皆殺ししたら本命逃げちゃうじゃない。接触して来たら話を聞いて適当に流して」
「焦れったいですね」
「妾より前に出てどうする。姿を変えてもバレバレじゃ。妾に任せよ」
「御意に」

「その他メンバーで商業ギルド本部にご挨拶とルーナ国でのお礼。ちょっとだけミリータリアの話も。
カルもそこで別れてお買い物。4人でお城に挨拶。その後大司教の本屋敷へ表から訪問」
「ティレンズ行きをどうやって濁すかなぁ」
「東町より西町の方が近いもんねぇ」

「米の生産量が多そうだ、とかでいいんじゃね?コマネ氏も理由に挙げてたんだろ?」
「あ、そんな深く考えなくていっか。買い付けって形で」
考え過ぎも良くない。




--------------

迷宮内でしっかり休んでフィオグラ南外門へ到着。

迎えの衛兵隊長に問われる。
「数日お姿が見られませんでしたが…」
「それに答える義務は有りません。転移を使うと予告しています。ご不満ならお城への訪問を取り止めます」
「いえ!一兵卒の分際で大変なご無礼を。門を預かる者の通例だとお許し下さい」
「お仕事ですものね。理解しました。宿へご案内を。手配が無いなら商業ギルドへ」
「…城内、では駄目でしょうか」
ん?行き成り城だと?

「城内の宿舎へと?」
「その様に上から指示を受けまして」

「過剰な持て成しはするなと返信を出しています。私たちは外交仕事ではなくレンブラント観光に来ただけ。行動制限を受ける筋合いは無い。その他の挨拶と買い物をしたら勝手に帰国すると上にお伝え願います」
「ハッ!ではギルドの方にご案内致します。城からの案内は後程お取りになった宿へお持ち致します」
「城の持て成しは明日の昼食のみ。登城時の人選はこちらで決めます。朝夕は自由にさせて頂くと添えて下さい」
「承知致しました」

城下に邪神教が居る為の対応。城の上層の大半は熟知している。

ギルド本部で最上宿を手配し一旦宿へ。レイルたちとは宿で別れ残りでギルドに引き返した。


本部長のレフレッタと初対面。
温和そうで有り頭脳明晰なインテリ風な印象。銀縁眼鏡の女性秘書官も同席。

全員2人と握手を交してお互い軽く自己紹介。で着席。

「ルーナでのご案内は大変に救われました。改めて御礼申し上げます」
「いえいえ。こちらも不介入を破って申し訳無い。あれ程冷や汗が出たのも久々で」
「笑えませんね、お互いに。ここでお礼の品を渡してしまうと拗れるのでお話だけで。
それは良しとして。ミリータリアの件はどの程度」

「ギルド支部役員を挟んで頂けたので調印内容は全て把握しています。
特別融資に財政対策案。お見事と言う他有りません。他に何か有るならそちらの許容内でお伺いしますが」
「特に。こちらのお願いとしてはミリータリアはお金にルーズで多額の借金まで抱える欲張りさんなので。ルーナ両国との遣り取りを監視して頂きたいなと。
毎回指導しに行くのが面倒で」

「それは重々。確かに面倒なお話。他国の役人に頼り出したらあの国はお終いです。梃子入れはこちらで取り持ちましょう」
「有り難う御座います」

メインの話が終わり。秘書官からタイラントのオリオン案件の質問を受け。別案件に力を注いで遅れ気味なんですと答えて世間話など。

レンブラント内で米の生産量が多いのは何処かを訪ねるとティレンズとの回答を得られた。やったぜ!

「オリオン…。良い言葉の響きです。ルーナ両国に並ぶ温泉郷の完成を影ながら期待しています。個人的に」
「私も個人として楽しみです。何時の日か行けたらと。お二人が関わるその他事業も」
美人秘書官さんもニッコリ。
パンツスーツで所作もしなやか。冒険者兼業でレフレッタの護衛を兼ねていると見た。

「高い壁ですね」
「ルーナ国のレベルにはとてもとても。ラッハマに総合受付を設けて人数制限しないと風情が壊れますし」
「でしょうね。世界一有名なご夫婦です故」
「「はぁ…」」
それ言われると辛いっす。




--------------

冒険者ギルドはロイドに任せ。商業本部から南東部のローレライのお屋敷へ向かった。

門前からして女神教。
全てが白塗り。別門の教会神殿まで!?
「アッテンハイムよりも金掛かってるな」
「どっかで稼いだお金注ぎ込んだんでしょ」
「水竜教の総本堂といい勝負してる」
「大きさより質感に拘りを感じますね」

俺らは全員水竜教なんでそっちはスルー。

正門の門番に招待状を見せる前に開かれた。
「勇者様御一行は無条件で」
「どうぞお通り下さい」

カタリデ効果は絶大。当然か。

応接室で顔を合せる3人。
ローレライ、エスカル、コロロア。
「久し振り。意外に元気そうだな。3人共」
「お久し振り。エスカルは船の上以来ね」

「お陰様で。大荷物を取り除いて貰ったからな」
「その節は大変良い鱗を過剰に頂いてしまって」
「お久し振りです。鱗のお陰で武装の拡充と少々の赤字も黒字に反転。でぶっちょで強欲な公王が欲しがり数枚超高額で売り捌いただけです故ご心配無く。
鱗の裏に当方の紋印を刻んだので敵の手に渡れば断罪のネタにも出来て一石二鳥」
「へぇ。そこまで深くは考えて無かった」
「私たちには不要品だったので」

「あれが…不要品」
「流石ですね…」
「ノーコメントで」

背中のカタリデが宙に浮きローレライの周りをグルグル。
「あんたが私を横取りしようとしてたお馬鹿さん?」
両耳を塞ぎ。
「な、何も聞こえませんな!何の事でしょうか!」

「貴方には元々資格が無いわ。迷宮を踏破して証を手にしても承認はされなかった。誰でも彼でも掴めば勇者なんて事が有る訳ないでしょ」
「そ…そうだったのですか…」
「限定迷宮に過剰人数で殴り込んだら資格を失うに決まってるじゃない。隊長や指揮者も漏れなく」
「あぁ…。私はとんでもない勘違いを」

「あの世に行ったら無駄死にしたサファリに土下座して謝れよ」
「そうします…」

「所で魔人の実験施設はこことキリータルニア王都だけなのか。ラザーリアとロルーゼは俺たちが掃除した。
他にも在るなら教えてくれ。俺が正面からぶっ潰す」
「キリータルニアを知るならあれで最後。西大陸の本拠地を除き、ですが」
「解った」
「もう後出しは無しよ。お解り?」

エスカルが重く。
「強いて言えば。我々が入り込めない国。北のボルトイエガルの状況は不透明です」
「入り込めない?」
「はい。基本無宗教で有っても山神教が主流。国王のニールトンが大の宗教嫌いで統一教会は勿論。女神教や水竜教の信者と布教者の入国を徹底的に拒んでいるのです。
往々にして武力弾圧も辞さず。スターレン様にも招待状が送られていないのでは?」
「あぁそっちの理由も有ったのか」
「国王も厄介な人だねぇ。国民の信仰の自由まで制限するなんて」
その裏では邪神教を優遇してるくせにな。若しくは脅されているのかも。

「邪神教の拠点も解らない?」
「この都内に残党が少量。キリータルニアとオーナルディアの王都にそれぞれ小規模の物が。
ミリータリア、コーレル、ペイルは殲滅済み。ルーナ両国に入り込んだ者たちは何故か消滅。
ボルトイエガルは全くの未知です」

「ふむ…」
「後は私たちで潰すからこれ以上手兵は減らさないで。
キリーとオーナル王都の概略図を描いて。北を上に円を描いて✕印程度でいいわ」
「しかしそれでは」

「邪魔だから手を出すなと言ってるんだ。俺たちの後を追うのも禁止。もう少しで西以外が潰し切れる所まで来てるんだから敵を分散させるなよ」
「私たちの大掃除が終わったら各地の監視をお願いね」
「解りました…。司教様もそれで」
「構わない。結局最後も頼り切りに成ろうとは」
「情け無いお話ですがお願い致します」

「もう1つ質問。ボルトイエガル以外で頭に「ガ」の付く名前の重役に心当りは無いか」
「ガ…。ガ…?ここの城にガイファンと言う下流議員が居る位で他は…」
「パッとは浮かびませんね。ペイルに居る書記のガムデスとはお会いしたでしょうし」
「調べてみましょうか」

「調べるまではいい。敵組織の重要人物みたいでそれこそ逃げられると困る」
「解りました。近場の上層限定者に聞き。何か思い当れば宿の方へ暗文でお届けします」
「宜しく」




--------------

レイルたちへの接触は無かった。見詰める者は居たが睨み返すと転移で逃げたらしい。

ロイドの冒険者ギルド訪問の方は解放迷宮の話。
50年前の前勇者隊がカタリデを抜く前に挑み。最下層に現われた何かの大木を迷宮主と一緒に討伐して大層な宝を持ち帰ったと。

非公開で詳細記録は残されていなかった。
ギルド支部長の父親が参戦していた。が踏破後に参加隊員の殆どが病死。

「とても病死とは思えんね」
「思えませんね。遅延毒でも盛られたのでしょう」

「西の討伐を失敗した時用の対策かしらね。それか全て計算の上。あいつ自身は低脳だったからシトルリン原本の入れ知恵で間違い無いわ。世界樹の移動先を読める人間はそうは居ない。
考えたくないけど女神ちゃん…」

「助言か介入が有ったのは確定だ。外道の代用品の俺が現われ路線を大きく変えた。形上中立位置に戻ったから誰も気付かなかったんじゃないかな」
「…残念な子」

「女神が俺をもう一度裏切るのは読んでた。
それはどのタイミングか。前までは西大陸へ乗り込む段階だと考えてたけどそうじゃない。
サンガとランガさんの位置は把握されてしまった。
後何が足りないか」
「乗っ取る道具と…。時間ね」

「それが今フィーネが預かってる大地母神の召還と深海に沈めた可逆の歯車さ」
「…」
「カタリデを喜ばせ注意を逸らし。潜水艇で遺跡観光をする時シュルツを操り船を乗っ取る。人質を取られたフィーネは仕方無く歯車と小剣を敵側に渡してしまう。
サンガを殺せる唯一の武器を突き立て身体を奪い取る。
無敵状態で好きな時間へ戻り。好きな男を選んでハッピーエンド」

フィーネが拳を握り振わせ血が滴り落ちた。

「落ち着け。これは最悪ケース。シュルツを深海へ連れて行くのは成人後だ。まだたっぷり2年有るだろ。
それまでにアザゼルのみを討伐して歯車を俺以外で叩き壊してやればいいんだよ。
時間操作スキルを持った俺が破壊すると世界の時間軸が破綻するのはどうやら本当らしい。
昨日一晩中組立てみたけどそこだけは変わらなかった」

強張ったフィーネの指を解き血を拭い取った。
「ごめん。何時もの短気で冷静さを失ったら女神の思う壺だよね」
「そゆこと」

沈黙する面々を見渡し。
「レイルが来てる事が敵側に知られた。俺と一緒に行動している事も。
シトルリン原本は勘違いをする。俺がまだ弱くてレイルに頼み込んで護衛をして貰っていると。
レイルが気に入ったタイラントには手は出さない。
女神からの助言はお互いに止まった。今を逃せば奴には後が無い。
必ず俺を直接叩きに来る」
「嫌でも舞台は整った」

「さーて。明日はどっちかな。俺への勧誘か。レイルへの勧誘か」
「妾じゃろ。あの目は何かを話したそうな目じゃった。王都ボルトスタの蝙蝠を見えるように飛ばしてやったしの」
「流石っす」




--------------

フィオグラ城での昼食会。

レイルとプレマーレ。ロイドとペッツ以外での参加。

公王含め役職の男は全員おデブ。
なのに料理で出された白飯は皿に半分の超小盛。
いったい何で太ったんや!

素朴なチーズケーキを食べ終えたティータイム中にフィーネが直談判。
「大変美味しいお料理と…お米。感謝致します。
米は特級品種なのは解りますが大陸一の生産量を誇るレンブラントとは思えない少なさ。お代わりも不可。
何か理由が有るのでしょうか。今期は不作だとか」
公王ルネハイドルがこれに答える。
「…いや…特に…その様な事は、無い」
「では明日ティレンズへ直接買い付けに行きたいのですが問題は有りますでしょうか」
「買い占める気か!」
急に怒り出した。

「…怒られる理由が解りませんが貴国の許容値内で。1割も買いません。5歩。多いなら2歩でも」
「一歩なら、許す」
カタリデが突っ込む。
「ケチ臭いわね。生産量世界一なのに城下でも産地でも米類は殆ど食べられてないって町中で話してたわ。
米酢や酒を製造してる風でもない。いったい何処で消費してるのかしら?
男たちのそのお腹の脂肪?言っとくけど男全員肥満と運動不足に因る脂肪肝で後10年も生きられないわよ?」
「え…」
男全員顔面蒼白。

「肝硬変は突然発症して薬は効かない。高熱に魘され夜もも眠れず。脇腹から突き刺す痛みに苦しみ藻掻き。最後は血反吐を吐いて死に至る。
王妃や女性陣は大変健康的なのでこの国は安泰。男の未来は残り僅か。公国って何なのかしら。
早死にしたいの?」
「そ……」

「王妃のムルワンさん。死ぬのを待っていたなら御免ね」
「非常に残念です。もう少しで息子以外の邪魔者たちが消えてくれましたのに。と言うのは冗談ですが」
「なっ何だと…」

「嫌ならペイルロンドに米酢の作り方教わって。酢を料理に取り入れ運動為さいな。これから暑くなるし。
汗掻いて水沢山飲んで。城内を駆け回ればいいわ」
「…」
「自国民に米を分配して。備蓄量を調整して。最上級の米酒を他国に売り込めば皆が幸せ。皆が健康に。
何が不満なのよ」

「フィーネ嬢。先程は失礼した」
「はい?」
「一割でも二割でも好きなだけ買い取ってくれ!」
「承知しました」

肝心の俺への勧誘は無かった。
男たちが皆。健康な身体作りのプランニングを始めてしまったから俺なんてそっち退け。

「水分と適度な塩分補給を忘れずに。急激な運動は心臓の負担にもなるわ。足腰からゆっくり鍛えるのよ」
「はい!カタリデ様!」
指導員に男たちが敬礼。

なんじゃこれ。




--------------

漸く妾の出番かえ。長かったのぉ。
どの様な勧誘が来るのか楽しみじゃ。

心待ちにしながらプレマーレと買い物をしていると。露店商が途切れた路地裏で二人組の男に声を掛けられた。

「よ、よぉ姉ちゃん…。俺とあそ」
拍子抜けして思わず首を掴んで持ち上げた。
「用件を言え。妾が短気なのは知っておろう」
後ろのプレマーレが短剣の柄に手を掛けた。

片方の男が慌てて喋り出す。

「し、失礼を。軟派に慣れていないもので。お仲間の方を超えられる美女のご用意も出来ず…この様な形に。
私たちと一緒に壁外へ来て頂けないかと。お供の方もご一緒に」
「良かろう。ここでは人目に付くしの」
掴んだ男を投げ落とし手首を差し出した。

プレマーレも差し出すと粗末な縄を巻かれた。
「不死族特化の縄かえ。娘を攫った時の」
「似たような物ですが切れ難いと言うだけで御座います」
「ふんっ。さっさとせよ」

壁外北の雑木林の少し開けた場所。
風通りは良いが雨期が近い所為かやや蒸れる。

「レイルダール様とお呼びしても」
「良い。何の用じゃ」
プレマーレの首背を撫でその場で眠らせた。
勿論寝ていないが崩れ落ちる。

「流石はレイルダール様。勇者隊の一員を眠らせるとは」
「妾のお気に入りじゃ。殺すぞよ?」
「め、滅相も無い。手出しは致しません。
用件とは偏にレイルダール様にこちら側の味方に成っては頂けないかと。
娘様ともお会いに成れますし。タイラントに負けない料理人を世界各地から集めました。
先程のように美女は難しいですが…」

此奴らは魔王の因子が消えたのを知らんのか。

「ほぉ。手間が省けるのは悪くないの。山の王は邪魔せんのか。前は接近しただけで妨害され一度死んだが」
まだ行っておらん。
「…それは初耳ですが今なら大丈夫かと。彼の王は急に丸く成られて山の動きが穏やかに。
以前と比べればですが」

「成程の。その世界の料理人を集めたのは何処じゃ」
「レイルダール様が蝙蝠を飛ばされたボルトスタです」

「やはりあそこじゃったか。面白い。しかしそれだけで妾を懐柔出来るとは思っておらぬだろうな」
「勿論です。味方とは言いましても共闘では有りません。
忌々しい勇者を狩る時にお手を出して欲しくないのです」

「狩るのかえ。あれはあれで凄腕の料理人じゃぞ。両手と頭を失うのは惜しいのぉ」
「人間の魂だけを抜き取る好都合な秘宝が御座います。代わりの魂を入れ経験を残せば誰にも気付かれません」
恐ろしい道具を作るものじゃ。
「それは愉快な道具じゃな。手は出さぬが取り巻きもそれなりに強い。鬱陶しい聖剣も居る。西以外の全軍を集めて挑め。この女は妾の物じゃ。
余興に二人で観戦してやろう」

「それは僥倖に。感謝致します」

「教祖とやらも来るのじゃろうな。まさか妾に挨拶せぬ訳が無かろう」
「必ずや。ご挨拶を含めまして」
「丁度明後日の夕刻に勇者隊で聖剣の燃え木を見物に行くようじゃ。
逃げたら妾の興を奪った罪で。千年前の恐怖を何度でも存分に味わわせてやると伝えよ」
「…承知致しました。必ず伝えます」

「歩いて戻る。妾の気が変わらぬ内に去れ」
「「ハッ!」」


二人組の気配が消えた後でプレマーレの頬をツンツン。
「漸く会えるのぉ」
「その様で」
「原本の側へ戻るとしても妾は止めぬぞ。これまでの情けで罰は与えぬ。好きな方を選べ」
「…熟慮致します。ですが、今宵はキツく抱いて下さい」
「甘えおってからに」
「お許しを。元人間の性です故」




--------------

レイルの報告を皆で拝聴。

「魂を抜き取る道具?あれ?反射されるって知らない?
ん?ん~」
「それを知った人全員あの世に行ってるじゃない」
「あぁそれでか。可哀想に。女神もそれは助言しなかったのか」
「ホントかどうかは解らないけど。神の呪いさえ反射するから怖かったのかもね」
「完全に原本捨て駒やな」
ちょっとだけ同情。

「予定通りね。上手くレイルが嵌めてくれたし。
明日ティレンズへの買い付けとマタドルさんに挨拶。用件は無いけど東部の情報か新情報持ってたらラッキー。
明後日の16時過ぎに出てゆっくり燃え木観光と邪神教団本丸とのご対面。
プレマーレは私たちも追わない。バッグも装備もそのままあげる。集積ブラッドも頑張れば自分で削れるし」
「…」
「そんな顔しないで。元に戻るだけよ。スフィンスラーの続きが出来なくなるのは残念だけどしゃーなし」

「ちょっとは止めて下さいよ!皆して引き留めずに送り出すって私は何処に行くのですか」
「知らない。来年の登山で会いましょうとしか」
「レイルダール様ぁ」
「妾も知らぬ。メリーとラメルが居るし。ダメスドーテも加わったしの」
「そ、そんなぁ…」

「冗談よ。ここまで楽しくやって来て。今更敵側に行って欲しいなんて思う訳ないじゃない。
でもどうなるか自分でも解らないんでしょ?」
「はい…」
「だったら好きな方を選んでって言うしかないじゃない」
「フィーネ様…」
女子の友情は美しい。

「男の俺が行かないで!て言うと誤解を招くけど。引き留めたい気持ちは有るよ。隊長としても個人としても」
「まあな。手強い敵に成るのは間違いねえし」
「残念な気持ちが大半です」

ロイドとペッツたちとカタリデ。
「今度は殲滅対象となるのですから私の全力を味わえますよ。その身を以て」
「その前にあたしとグーニャでバラバラにしますが」
「ハイニャ」
「私はどっちでもいいわよ。叩き斬る標的が増えるだけ」

「頭が混乱して来ました…」

混乱の渦中に居るプレマーレをそっとして。この日は早めに就寝。




--------------

久々のティレンズ。相変わらずの田園風景に溶け込む静かな町並み。

商業ギルドで公王の許可を得て米の買い付けに来たと伝え取り纏め者を紹介して貰った。

もち相手はマタドル氏を選択。

マタドル宅は前よりも綺麗に。隣の空き地には小さな菜園と花壇まで!?

「何が有ったんだ」
「さあ?」

今日のメンバーは俺たちと従者2人と肩乗せクワン。
グーニャとロイドは王都へ先戻し。

玄関をノックすると乳飲み子を抱いたメイズが出て来た。
「え!?マジで!?」
「結婚、したの?」

「そろそろじゃないかって思ってたよ。久し振りだね。
あの後意気投合してね。酔った勢いって奴?」
「ほぇ~」
「まさかくっ付くとは」
成婚率100%継続。

「旦那ももう直ぐ裏の田んぼから帰って来るから入って」

出産祝いにタイラント産の魔石コンロを進呈。
これだけでも助かるよぉと言ってる間にマタドル氏が帰宅。

「おぉ!おぉ…。遂に来たか」
結婚と出産を紅茶で乾杯。

タイラント産のウィスキーは授乳期過ぎまでの楽しみ取って置くと喜ばれた。

「表の仕事に戻ってるみたいだから難しいかも知れないけど何か面白い情報無いかな。国内でも国外でも」
「仲間も軒並み表に戻ったしな…。面白いかどうかは解らないが…。北東のオーナルディアの天然迷宮の幾つかで新たな層が見付かったと聞いた。
最下層の更に下層が現われたとか。横穴が開いたとか。
噂では迷宮主の討伐回数を規定値を越えた。いや迷宮が成長を続けている。いやいや元々在ったんだなどの話が飛び交っているらしい。何処も新たに現われた主が数倍強力で誰も倒せていないそうだ。
次々に発見されたのが。君たちがフィアフォンゼル迷宮を踏破した直後から。私には無関係だとは思えない」

フィアフォンゼルよりも俺とサンガが出会ったからのような気もする。

「ほぉ~」
「いいね。行く楽しみが増えたわ」
「その迷宮の深さは?」
ソプランの問いに。
「そう言えば…。全部二十層を越える大迷宮の部類だったな。行商仲間の情報だから正確ではないが」

「中々手強いですね。入るとしても一つか二つですよフィーネ様」
「解ってるわよぉ。そんなに暇じゃ無いし。国からの招待来てないし」

マタドル氏が首を捻った。
「オーナルディアからの招待状が届いてない?」
「北部と東部は全滅。北は宗教上の理由。キリータルニアは分裂王都が啀み合ってるとは聞いたんだけど」
「あぁ確かにその二つはな。しかしオーナルディアとコーレルは確かに送っていたと」

娘子が泣き出したのでメイズは退出。
アローマが付き添い。オムツ交換かな?
直ぐに戻ったのでお腹が空いた模様。

「送っていたと城に直接入れる行商が言っていたぞ」
「えー。鳩撃ち落とされたのかな」
「考え難いが不可能ではないからな。国からが不都合ならレフレッタ経由で再提出を促せば良い。タイラントの二人が届いていないと疑問を述べていたとすればどうだ」
「あ!そっちの手が有ったわ」
「おぉ失念」
「西の話しかしてねえからな」
「タイラント内のご紹介と」

「娘が大きく成ったら行ってみたいな。コマネにも会いに」
「あっちも娘さんが最近生まれたから良い友達に成れるかもね」
「おぉそうか。楽しみが増えるな」
「2歳児位になったら私たちにお手紙下さい。転移でご招待します。歩けるようになって暴れ回る頃を過ぎてからでも」
「良く聞く話だが。家の子もそうなのだろうか…」

「漏れなく皆通る道です。ママさんの補佐した時はたった半日でヘロヘロに成りましたから」
「今の内からご近所の経験者と仲良く成った方が宜しいかと存じます」
「むむ。苦手とか言っている場合ではないな。メイズは陽気だが私は陰気。後で相談しよう」
自分で陰気だと。

奥のメイズに声を掛け。マタドル氏と一緒に玄米倉庫者を訪ねて売買契約。町のギルドで領収書を発行して振込。
ギルドを挟めば後処理も楽ちん。


レフレッタ氏への依頼は明日のビッグイベント後に。




--------------

いよいよやって来たご対面。

午前の自分たちの買い物。分散してお昼。
午後の紅茶。15時過ぎに身支度を始め。
自室に皆が集まりソワソワ。

「落ち着け!誰一人演技が出来てないぞ。カタリデまで振動して。そんな機能有ったのか」
「緊張するわ。振動機能…考えてもいいかも」
「要らんて。追加したら魔王剣にも上乗せされるんだから」
「そうよねぇ。面倒よねぇ」

ソプランまで動揺。
「原本の後ろに魔王様が飛んで来たりはしないよな」
「する訳無い。一番遠い大陸だぞここ」

「わ、妾は最初から演技じゃからの」
「不自然過ぎるだろそれ。プレマーレはレイルの後ろに隠れてるだけだろ。何で一番緊張してるんだ」
「将来を、決める、分岐点…」
この子はもう駄目かも知れない。

フィーネも声が上擦る。
「こ、こんに緊張…するものなのね。演劇の役者さんに向かって二度と文句言えないわ」
「見るのと遣るのは全く違うって言うからね」
俺も演劇は無理。

ロイドとアローマは無言を貫く。ペッツたちは平常心。

ベルさんの懐中時計を見る。16時前。
上蓋を閉じると心地良い細工音が響く。今一番落ち着く音色だ。

「そろそろ行こう。東外門から出て真っ直ぐ北。だよな」
「間違い無いわ。逸れたら指示する」
燃え木の位置はカタリデ主導。

空の鞄はそのままに皆でお出掛け。


16時半には目的地手前。そこからは徒歩。

街道は遙か南で途切れ。獣道と開けた場所を繰り返す。
5個目の開口部はとても広い。その中央にチリチリと薄く燃える大木が。

「へぇ~。これが燃え木。木が自分で燃え出すって不思議だなぁ」
最後尾のレイルたちも唸った。

そして…周辺に乱立する多数の気配。
東西方向から迫り出る黒尽くめの群れ。

西側の群れの先頭に両眼に包帯を巻いた見慣れぬ女性。
薄灰のワンピースを着せられ首を鎖に繋がれている。

その隣に立つのもフードを深く被った女性?風。
「久しいな吸血姫!手を出さないとは本当だろうな」
声は完全に女性。しかし口調は男臭い。

「最初にバラすでないわ!阿呆か。いやお前は昔から阿呆じゃった。その目隠し女と名を名乗らぬか!!」
「レ、レイル…?」
2人が少し距離を取った。

「この女はエルラダ・トルレオ。死亡したニーダの母。
私は…後にしよう」
「ほぉ…妾に逆らうか」

超久々に目が吊り上がり犬歯を伸ばし。ピンクの翼と長い鉤爪。でも美しさは損なわれない。素晴らしい!

女に向かい数歩歩いた。
「ま、待てっ!私はガンターネ・エブゼゲンペラ。ボルトスタで宰相の裏役をやっている」
「嘘なら只じゃ置かぬぞ!」
「嘘じゃない!この女の鎖は防音仕様。一人だけ何も聞こえていない」
ガンターネが原本の本名。本人自ら。
「良かろう。見届けてやる」
変形を解き、プレマーレの前に戻った。
あ、犬歯は戻らないみたいだ。

人質はまだ本物かは解らない。

「スターレン!一人で前に出ろ」
足を若干震わせながら皆より前へ。
「な、何だ!卑怯者め。毎回毎回人質取って。馬鹿の一つ覚えか。そうか阿呆だったか!!」
「この女がどう成っても良いと」
「待て。落ち着いて話をしようじゃないか。カタリデが守ってくれるから直ぐには俺は殺せないぞ。
時間は有る。フードを外して顔を見せてくれないかな」

ガンターネがフードを降ろした…。

その顔を見た途端思わず。
「プッ…、プハハハッ、アハハッ、あぁダメ苦しい」
笑いに堪えきれず腹を押えて膝を着いた。
「何だ…」
「ちょ、ちょっとだけ。アハハハッ、おち、落ち着く時間をくれ。たの、アハハハッ、頼むから」
「…待つ」

誰も見た事が無いガンターネの顔。俺だけが知っているその顔。

厳しい笑いの苦行を乗り越え立ち上がり。風マイクを片手に敵味方皆に聞こえるように。
「その姿を選んだのは意表を突きすぎて思わず笑った。
説明は後に。ガンターネと邪神教団員に告げる」
「…」
「お前らが崇拝する邪神様からの直々の御告げだ」
「!?」
場の全員が息を呑んだ。

「たった一言!お前らは、不合格!だそうだ」
「何を言っている!」
「まだ解らんのかガンターネ。お前は俺がここへ来る前からとっくの昔に見限られてんだよ。
このまま道具を揃えて儀式をして。誰を生贄に捧げようともお前の召還には応じない、てよ。ザマァねえなぁ。
こんな事に50年。3世代も掛けさせやがって!」
「…」

「何故そうなったのか説明してやろう。する迄も無いが。
お前は千年以上前にここへ来てから自分自身の手で何もしていない。
ベルさんの技術をパクり。
大狼様へご挨拶にも行かず。黒竜様には挑まず。
こそこそこそこそ逃げ回り。他人を扱き使い。
愛していた筈の妻を騙し。都合の悪い記憶を消して利用した挙句ポイ捨て。
前勇者に万寿の樹液と緋色の結晶石を入手させ。
最後は何だ。俺から黒竜様の盾を奪い?凍土の石英まで取りに行かせようとしている?

そんな奴の儀式に応じる神など居るものか!!」
「…私は…」

「断言する。このまま儀式を断行しても。本物のミネストローネが大鍋に入れられ宅配されるだろうとな!
逆に俺はお前の絶望する顔を至近距離から拝みたいぜ」
「…」
「いいのか?本当にいいのか?」
「なに…を…」

アイスキャッスルの解除キューブを取出し。
「北極点に在るアイスキャッスルの解除鍵だ。俺が行けば無傷で石英が手に入る。ベルさんからは石英を使った妨害道具の作り方を教わった。
本当に?俺が行ってもいいのか??」
「駄目だ!!」

「まあ落ち着け。まだ話の途中だ」
黒竜様の大盾(偽物)と万寿の樹液瓶(残り数滴)を取り出して。
「黒竜様とは来年名指しで来いと言われたから直接お会いしに行く。これはベルさんが貰った物だから自分で挑戦し直すよ。
鍵と一緒にくれてやる。
万寿の樹液ももう要らんから渡してやる。これだけでも百年は余裕で肉体寿命が延びるだろうな。

交換条件は。
1つ。そこの偽物の一般女性ではなく本物のエルラダさんをここへ直ぐに連れて来い。丁重にな。

2つ。中央大陸のどっかに潜ってるプレドラの記憶を元に戻せ。

3つ。アイスキャッスルの謎を解くには人手も必要。
俺たちに構ってる暇なんて微塵も無い。不合格を取り消したいなら俺たちから一切の手を引け。

別に俺は構わないぞ?お前らみたいな働かない蟻がどれだけ居たって踏み潰すだけだからな。
全て吞むならお前が一番知りたい話をしてやろう」
「知りたい…だと」
「おーっとこの先はまだ言えんなぁ。お前がもう忘れてしまった神を恨む理由に付いての話だ。聞きたくないか?
俺はどっちでもいいが」

「…直ぐに本物を連れて来る。プレドラの記憶を戻す道具と一緒に。ここで待て…。
総員待機!一歩も動くな」
敵陣一礼姿勢で固まった。


邪神教団員が見守る中。燃え木の前でティータイム。
「いやぁしんどかったわぁ。心に浮べるだけでロイドに読まれるし。隠し通すのどんだけ苦労したか」
「それは申し訳無いとしか」
「本格的な御告は途中から段々と。俺が邪神様の真名を知って反呪の金十字を手に入れた頃から。
金十字は邪神様が直々にこの世界にかっ飛ばした対策道具だったよ。だから御本人には痛くも痒くも無い。

後でする話の続きはプレマーレにはキッツい内容になる。
レイルの手を握って離すな。絶対に」
「はい…。既にキッツいですが…」

「レイルには一番詰まらない展開だろ」
「そうでもないぞよ。続きも気になるしの」
犬歯に当りティーカップが砕けた。
「あ…。忘れておった」
忘れてたんだ。この可愛いお茶目さん。


ガンターネは先程とは違う女性を柔らかそうな椅子に座らせた状態で運んで来た。

白い包みも小脇に抱えて。

今度の人は縛られてはいないが目に包帯は巻いている。
音が聞こえるのか周りをキョロキョロ耳を向けていた。
「森…の中…」
「迎えが来た。もう直ぐ解放する。大人しく待っていろ」
「…そうやって又」
「今度は本当だ。これ以上は誰にも何もしない」

同時に夕方ティータイムも終わり。

「受け渡しの前に。外周の奴等も聞きたいだろ。何故邪神教が生まれ。この教祖がどうしてここまで捻れてしまったのかを。奥の奴等も聞こえる位置まで出て来い。
話が終わるまでこちらからは何もしないと約束する」

木々の奥からゾロゾロと…ざっと5百人は居る。これまで隠れていた精鋭部隊も多数。

「直ぐに暗くなるから照明を焚く」
フィーネが腕輪ライトを燃え木の高い位置に掛けた。

輝度を抑えても屋外なら充分。

「エルラダさん初めまして。今期の勇者スターレンです。
これから意味不明な話を連発しますがどうか気にせず聞き流して下さい。
トイレは近くに置くので挙手を。妻のフィーネに運ばせます。もう暫くそこでお付き合い願います」
エルラダさんは深く頷いた。目と心臓以外は健康そう。

「まず盾と記憶道具の交換だ。偽物だったらエルラダさんを奪取して逃げるからな。盾は来年貰えるし」
「本物だ。プレドラ限定の」

偽盾をガンターネの前に突き立て包みを受け取った。

記憶再生の冠。
プレドラ・マウマウ限定。限定者の頭に乗せると欠損した記憶が戻る。他道具での損失分も含め。

「本物だな」
偽解除鍵を手渡した。
「薬は最後に。
まず先程の話で1つ訂正する。ベルさんの技術をパクるのはいい。俺も同じだからな。お前の使い方が邪神様のご意向に沿わなかったと言うだけだ」
「ああ…」

再び燃え木前。
「邪神教の起源は女神教発足よりも後。時の女神が誕生してから。しかしお前はそれよりも前にこの世界に居た。
誰が時を弄ったかは明白。敢えて口にはしまい。

最初は真っ当な形だった。西大陸で誕生した魔神…すっげえ長ったらしい名の神を倒せる異界の破邪神様をお呼びするかお知恵を借りるかしようと考えた。

発端は誰もが納得した。天上の神々も。

だがお前は発足時に最初のミスをする」
「ミス…?」

「異世界でお前とプレドラが大変お世話になった破邪神様を呼ぼうとしてしまった。
寄りにも寄って時の女神と絶望的に仲の悪い破邪神様にお声掛け。その時からペリニャートには嫌われてる。
破邪神様は破を取られ。破壊の邪神様としてこの世界に定義付けされた。
お前が自分自身に記憶道具を使用する瞬間を狙われて」
「…」
思い当たる節が有り有りと。

「破邪神様は破天荒な御方ではあるが慈悲深い。なのにお前はペリニャートに記憶操作されたとも気付かず手足となって異界の破邪神様を逆恨み。
魔神と戦わせて相打ちを画策し始めた」
「…」
「女神が何と言おうと俺は真っ新な新人だ。何をどうしようと文句を言われる筋合いは無い。1mmも。
お前も俺も女神に利用されてんだよ。別々の助言と加護を小出しに与えてな」

ガンターネは側近の盾を奪って捻じ曲げ空いてる地面に叩き付けた。鉄製みたいなのに頑張ったな。

「お前が破邪神様を恨む切っ掛けは。異世界で生まれたお前とプレドラの娘。ファルロゼンタ様を邪神様に奪われたと言う捏造記憶に擦り替えられたのが全て」
ガンターネとプレマーレが同時に目を剥いた。
「ファルロ様は奪われたんじゃない。お前が次元を越える力を欲して生贄に捧げたんだ、ガンターネ」
顔を伏せ髪を掻き毟った。

「今は向こうの世界で破邪神様の侍女として楽しく神域で暮らしてる。何時か人間に戻れる日を望み。
破邪神様のお隣でお前を白い眼で見下ろして居られる。熟々残念な男だお前は。
ロルーゼの前王妃の身体を奪ってまでする事ではなかったな」
「ああ…。この身体は大失敗だ。今までで一番弱い。その時点で気付くべきだった。利用されていると」

「今なら女神は俺を生身で神域に呼び立てた罪で謹慎中の身だ。今の内に記憶を戻す道具を自作しろ。何処かに潜らないといけないなら邪魔はしないで置いてやる」
「世界樹の木片を五cm角程度貰えないか」
「俺からの温情も最後になるぞ。それ以上は救いたくても救えない」
「解ってる」

「仕方無い。薬と一緒に付けてやるよ。
樹液を飲むなら気を付けろ。謹慎が解けた女神が邪神教とは違う第三勢力を投入し出す。証拠を隠滅する為に。
人間でも魔族でも無いと言えば解るか」
「……クソ女神が!!」
「それには同感だが俺は勇者の立場上、表立って敵対は出来ない。だから今後も共闘する事は無い。お前と会うのも話すのもこれで最後だ」
「うむ」

「最後に忠告。ベルさんは悪戯好きだ。何度騙されてもお前はフィアフォンゼル迷宮の40層前の看板を信じた。
他人を平気で殺すくせに直ぐ信じてしまう軟弱な性格は直した方が良い。その鍵も疑って掛かれよ」
「…素直に聞いて置こう」

外周に向かって叫ぶ。

「まだ俺を殺したい奴が居るなら前に出ろ。俺が直々に素手で勝負してやる。何なら上半身裸でも良いぞ!」
右腕を掲げ金赤の証を見せ付けた。

次々に武器を捨て膝を着き伏せた。誰も立ち上がる者は居ない。

ガンターネに小瓶と大きめの木片を渡して。
「お待たせしましたエルラダさん」
「半分寝てましたので大丈夫です」
この状況で寝れたの?肝っ玉が半端無い人だ。

「目やその他。医療で治せるかどうか詳しく検査するのでタイラントの王都へ転移します。
ロルーゼに思い残しは有りますか」
「ロルーゼには有りませんが。私の他にも大勢の人質が」
優しい。
「ガンターネ」
「徐々に帰す。国と天上に気付かれない早さで」

「ではお姫様抱っこで宜しいですか?」
「光栄ですわ。勇者様」

抱き上げフィーネと一緒にカメノス邸へ直転移。
カメノス氏に事情を話し。2人の天才外科医にエルラダを預け燃え木へ戻った。

ガンターネたちも撤収。日は沈みドップリ夜。
腕輪ライトをOFFにすると薄い炎が宙に揺らめく幻想的な光景。

「いいねぇ。篝火はこうでなくちゃ」
「綺麗だねぇ。てかスタンさん第三勢力って何よ!」
「このままあの女神が終わる訳無いじゃん。海は陸地よりも2倍以上広くて深い。とても水竜様だけで統治するのは無理。
管理外の魚人が4割超え。その半分は陸上生活も可能と来れば」
「聞かなきゃ良かったーーー」

「海中は無理だぜ」
「無理です。陸地の防衛を頑張ります」
「妾は少しなら息を止めて…ん~」
「結局深くに引き摺り込まれたら終わりですよ」
「呼吸法、切り替えられたかな…」
「使命の終わりは何時なのよ…もう。ローレンさん…」

「プレマーレはどうするこの冠」
「後回しにしても結果は同じ。今直ぐに」
俺から奪って頭に乗せた。

……

冠を外し両膝を抱えて蹲った。

「スターレン様がお話した通りの光景が…。聞く前に被っていたらガンターネの側に行っていたかも知れません」
「それって詰り?」
「現状維持です。異世界の娘を売った男女には興味は有りません!レイルダール様の元を卒業後に。魔族のイケメンを捕まえます!以上」
レイル以外で拍手を進呈。

「今直ぐでも良いのじゃぞ」
「今直ぐではないのです。たっぷり十年以上はレイルダール様のお側に」
腰にしがみ付いて暫く離れなかった。

「キリータルニアの封印結界を何時解くか」
「住民の皆さんへの説明も必要よね。やっぱ強行入国時でいいでしょ。コーレル側から。その頃には地下も撤収してるだろうし」
「そやね。移民させるならペイルロンドにも話通さないといけないしな」
カタリデが注意。
「駄目よ。破るのは今直ぐやらないと。地下から撤収する邪神教団員と人質の半数が死ぬわよ」
「「あ…」」

「クワン。ピーカー君を連れ。ソラリマ装備で蜂の巣にしてしまえ!」
「透明化して粉砕しまーす」
「行ってきまーす」
ピーカー格納後直ぐに飛んで消えた。

「お迎え説明は現地で」
「ふぁい!」

「アローマ。宿の夕食はキャンセル」
「して居ります」
「じゃあここで打ち上げと。プレマーレの記憶復帰の祝勝会やっちゃおー」
「おー」

溝を南東の小川方面に繋げてコテージを出した。

肉を焼き始めた頃にはクワンが帰還。
「楽勝でしたー」
「でしたー。胸にも異常は感じません」
「どれどれ…」
両手で抱えて触診。

胸の粒魔石も他臓器も綺麗なまま変化無し。
続けてクワンも。
「おけ。2人共異常無し。何か割れるような音響いてた?」
「無音です。破れた感触は有りました。テントの皮みたいな感じの。地上に変化も無く」
「小屋を飛び出る人も居なかったので誰も気付いてないと」
「良かった。と言う事にして置きましょー。さあ一旦海は忘れて今夜は飲むぞー」
「魚介焼肉と冷え冷えピールで忘れてしまえー」

他には誰も居ない森の奥。1本の篝火を離れて眺めながらのBBQは最高でした。
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