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第213話 教皇様の捜索
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「父が…。教皇グリエルが居なくなりました…」
ペリーニャからフィーネに涙のコール。
「は?お出掛け?」
朝早く礼拝堂に行ったとか。
リビングに降りスピーカーに切替。
「居なくなったって。黙って礼拝堂に向かったとか?」
「いいえ。何処にも。私室付きの修女も知らないと」
何故に?
時刻は8時過ぎ。あっちは6時半位。誰にも告げずに出掛けるには早い時間帯。
朝礼の儀でもない。
「ちょっと探してみる」
誘拐されたなら一大事。
「お願いします…」
世界地図とコンパスを床に置きグリエル・ストラトフを検索実行。
何処にも…居ない…。西大陸にも東の果てにも。
「居ない…。世界の、何処にも」
「え…」
「と、取り敢えず落ち着いて考えましょ」
そう言うフィーネも声が震えてる。
「考えられるのは閉鎖された特殊な迷宮深くとかに拉致されたとかだな。ペリーニャの時みたいに瞬間転移で」
「スキルが発現して最近解ったのですが。同系統の道具の発動が近くで起きると認識出来るように」
「何も感じなかった?」
「はい…。お二人のこことの行き来は感じ取れます」
防衛本能か何かだろうか。
「最上位の転移道具。人工物ではない魔物ドロップとか迷宮産の遺物とかと隠蔽道具の抱き合わせだったらまだ可能性が有る。
女神様の加護を直接受けてるグリエル様に行き成り危害は加えない。君と同じ立場だ。必ず何処かで生きてる。
俺たちも準備出来たらそっちで探すから。まずは邸内から順に捜索範囲を広げて」
「はい。…昨晩、空を照らした紅い光は」
アッテンハイムまで届いて…るわなぁ。
「見ちゃったなら正直に言うけど。あれは俺が危険物を誰も居ない南海上空で爆破した光だ。
無人島に降りた時。誰かの気配はしたけどグリエル様の気配じゃなかった。それだけは断言出来る」
うん。あれは全くの別人。声も違った。誰の声かは思い出せないが。その気配も1人分。
通話を終え。身支度に入る前にピーカーをリビングテーブルに座らせ、昨晩聞かずに寝てしまった回答を聴取。
「ピーカーが読めた相手の名前教えてくれ」
「スターレン様の読み通りに。第一王子のランディスでした。その他の使用者の情報は知らないみたいです」
「やっぱあいつだったか」
「心当り有ったの?」とフィーネ。
「ああ何となく。昨日墓場内を調べてた時に浮かんだ。
城内に入れて旧派閥を動かし外の暗殺者を手引き出来る人物は誰かって」
「スタルフ君が居なくなって一番得をする人物か」
「そうそう。責任者留置で都内に幽閉されてるのはあいつだけ。生き残りの第三王女は西部の町だ。怪しいは怪しいけど性別に拘る変態なら女性は選ばない」
「確かに」
ロイドも吐き捨てるように。
「忌々しいですね心から。ラザーリアは保留として。私はどう動けば」
「ペリーニャの傍に居てやってくれ。直ぐに痕跡が見付けられるか解らないから」
「解りました。暴走させないように配慮します」
無人島の捜査も後回し。どうせ今行っても誰も居ない。
転移で来たなら逃げている。
ハイネのアローマと本棟のシュルツに出掛ける旨を伝え、教皇邸の歓待室に飛んだ。
既にリビングエリアのテーブル席にはペリーニャとゼノンが座って待っていた。
ペリーニャはロイドを見るや否やその胸に飛び込み泣き出した。
「何も、見えないんです…。私の力では」
頭を撫でながら。
「力に頼り過ぎてはいけません。身近な人程見え難いのでは有りませんか」
「ですが…。何も出来なくて」
父親を失う可能性。恐怖に怯えている。
一番多感な時期に過ごせなかった。甘えられなかった最後の血縁者を失う。俺もそうだった。でもまだ父上は元気だ。そんな俺には何も言えない。
「気をしっかり。まずは座って温かいお茶でも飲みましょう」
「はい…」
テーブルに自宅で淹れて来たドルアールの紅茶を並べ、ロイドがペリーニャの隣に座り本題に入る。
今話が出来るのはゼノン。
「状況は」
「邸内は第二師団の上位が。邸外は第一の分隊が手分けして。我々第三は都内要所の警戒とペリーニャ様、グラハム様の警護です。
国兵を動かすと外部漏洩で住民が騒ぎ出す為、連絡はしていません。
未だ痕跡すら見付からず…」
「最近変わった事は。人の出入とか担当の修女が交代したとか」
「ここ、本館、第二別館。一年以上全ての担当者に交代は有りません。本館に立ち入れる者も教団員の役職者と聖騎士団上層のみ。外部来客は必ず何方かの別館に配置され、見知らぬ新規者の入場は皆無です」
不審者の出入は無し。
「グリエル様の私室に不審な点は」
「平時と変わらず。争った形跡は無く。ベッドの乱れも静か。夜勤の修女が昨晩の就寝を見届け。警備兵の二名と共に廊下に控え夜明けまで。三名共不審な物音も聞かなかったと。用足しに一人ずつ抜けた以外は常に二名と巡回者が部屋の近くに」
丸で自分で出て行ったかのよう。
口には出さないがゼノンも同じ感想を持っている様子。
「うーん…。ちょっと覗いてもいい?」
双眼鏡を取り出して。
「どうぞ、とは言えませんが。何も見なかった事と」
そやね。
グリエル様の私室は本館1階の最奥列中央の部屋。
フィーネと揃ってそれぞれ本館に向けた…。
「おやぁ…」
「私室の下に。もう一部屋、無い?」
「部屋?その様な物は、聞いた事が…」
答えたゼノン同様。ペリーニャも首を横に振った。
でもバッチリ見えてるんですけど。看破のカフスを持ってる俺たちには。
「ペリーニャにも見えない隠し部屋か。俺たち最近隠された物とか透明化した物が見える道具拾ったんだ。それの所為かも知れない」
十中八九カフスの所為です。
「人が1人…。グリエル様ぽいよ」
ペリーニャがテーブルを叩いて立ち上がった。
「行きましょう。許可は私が。ゼノンは至急第二師団長を連れて」
「ハッ!」
渡り廊下前で待ち。折り返したゼノンとチョレントと一緒に本館私室へ移動。
入室して程無く地下室への隠し蓋と梯子を発見。
キングサイズのベッドの真下。横に退かしたら直ぐに。
把手の無い一見普通の石板。その中の一枚。
大きさは1m四方程度。人一人は楽に下ろせる。
「この一枚にだけ強烈な隠蔽術式が織り込まれてる」
「こんなの今まで見た事ないね」
シトルリン以外にもベルさんクラスの工作師が居る。そう考えた方が無難。
隣接板から全て手探りで罠を探した。
「罠は無い。蓋外すよ」
ペリーニャたちの同意を得て隣接2枚の縁を少し砕いて蓋板に指を掛けた。
それ程力も要らず持ち上がり。ムワッとしたアンモニア臭が鼻に付いた。
「誰か湯浴みの準備を」
チョレントの後ろの副長が走った。
誰が降りるの?と視線を送ったが場の全員がこっちを向いていた。…なるよねぇ。
カンテラを翳すと深さは4m程。頑丈な鉄梯子付き。
下部に横穴。そこからやや広めの空間が見えた。
梯子にも罠や呪い無し。隠すだけの小部屋?
カンテラの把手を咥えて梯子を下り横穴へ。1m程の横穴の先に3m四方程の空間。
そこの奥隅にマットレスが敷かれ、目隠しをされたグリエル様が後ろ手に縛られ横になっていた。オマルは反対側の壁際。
お下の汚れが多少気になったが仕方ない。
グッスリお休み中の首根を触診。…空腹以外は健康体。
安心した所でロープで抱え、起こさぬようにそっと1階寝室まで持ち上げた。
「空腹以外は正常。呪いの類も無し。良かったな、ペリーニャ」
「はい!」
自分も上に上がって。
「湯船に浸からせるなら起こして水分補給を忘れずに。飲めるなら殺菌した牛乳とか温い野菜スープでも良いよ」
「直ぐに用意させます。あの…スターレン様」
「風呂場まで運ぶ?」
「申し訳無いですが」
ロープ巻いたまんまやし。
「オッケー」
とその前に。
「フィーネ。取れる範囲で壁や天井の板外しといて。蓋と同じ隠蔽掛かってるから半分持ち帰って研究したい。多分監禁犯には入った事が伝わってると思う」
「そうねぇ。嫌な感じ」
グリエル様無事発見の急報は邸内に居た第二師団所属メンバーが方々に散った。
回復を待っている間に修練場の片隅を借りて収集した白い板材を持ち帰る分だけ粉にした。恒例の嫁さん電撃ハンマーにて。
「どうして壊したのですか?」
傍らで見ていたペリーニャからの質問。
「最近敵対組織の中格クラスと出会す事が多くなってさ。こっちの防御の上を行く道具や武器も多くて」
「私たちは良くても周りがね。出来るだけ危険物は持ち帰りたくない。バッグにもそのまま入れたくないし。隠蔽の他にも追跡機能とか付いてたり。これには見当たらないけど念には念を」
「そうですね…。用心をして損はしません。私にも見えない物が沢山有ると学びました」
抱きかかえたグーニャの顎下を撫でながら。
「勉強に成ります」
隣のゼノンと第二別館の警護の任を解かれたリーゼルも深く頷いた。
残骸を寄せ集め話し込んでいると本館の修女が呼び出しに現われた。
「教皇様が回復されました。起き抜け時はお記憶が少々混濁されておりましたがそれも落ち着き。来客者様全員とお話したいと。ペリーニャ様も同席で」
記憶が混濁?何か記憶系の道具が使われたか。普通に昼夜不明で混乱したのか。
「お話出来るなら行こうか」
「行こう行こう」
不安げなロイド。
「私は初対面ですが。良いのでしょうか」
「いいんでない。フィーネの友達でラフドッグでペリーニャと仲良くなったって」
半分は事実。
通されたのは本館の食堂。薄い野菜スープを時間を掛けて飲んでいた。
「食べながらで済まない。又しても世話になったなスターレン殿、フィーネ嬢。それと…君がロイド嬢かね」
「お初にお目に掛かります。教皇様」
「礼は良い。無礼はこちらだ。君の事はペリーニャから善く善く聞いている。皆適当に座ってくれ」
スープに浸したパンをナイフで切って一口。
ゼノンたちはペリーニャの後ろに控え。その他着席。
紅茶と水が運ばれ、ある程度喉が潤った所で。
「前後の記憶がまだ曖昧だが。今日が二十六日と聞いたので監禁されていたのは丁度一週間になる」
「そんなに前から?」
「昨晩ではなく?」
「うむ。十九に私室の書斎で誰かと話をしていた。その前後が消え。気が付けば今。
一日一度の食事が鼻先に置かれ。汚い話で申し訳無いが用は這いつくばって自力で。この鼻が無ければ死んでいたとも言える。
聞いて驚いたが私は寝室の地下に居たそうだな」
「自前の鑑定具で本館を覗いたら」
「あらびっくり」
「自分の感覚ではもっと遠い場所に運ばれたのかと捉えていた。まさか邸内にペリーニャにも見えない部屋が存在したとは」
「グリエル様もご存じではなかったのですか?」
「地下に部屋を作れと命じた事など無い。別館から邸外への脱出路は作らせたがね。
前回の本館改築が凡そ二十年前。前代教皇から私に代替わりした頃と重なる」
「20年も前から」
「掘られてたのね」
正直そこまでの古さは感じなかった。梯子に至っては錆びてもいない。
「本当は深い先祖の代も考えられるな…」
1週間前なら山脈地下で西のシトルリンと話した頃。俺の動きを認識して手を打ったとも推測出来る。
「この1週間。グリエル様と入れ替わり公務を平然と熟していた。ここに入っても不自然でない人物。多重で偽装した可能性も有るので絞り込むのは早いですが上位の役職者が濃厚ですね」
ペリーニャが顎に指を掛け思い返す。
「最近は年始行事の準備で忙しく。朝食を共にしたり挨拶程度で長話はしていませんでした。ゼノンは」
後ろのゼノンに顔を向けた。
「我々聖騎士は公務や教皇様の私情に直接関われません。指示が有れば別ですが別段指示も命令も無く」
担当修女も邸内勤めの従者はプライベートには立ち入らず身近な役職者は略毎日来る為、入出記録は残していないと答えた。
朝礼の後に内密に話を、とか誘い文句は幾らでも。
グリエル様の記憶を読んだなら俺が勇者の証を持ってる事も把握した。これまでのアドバンテージが消えたな。
「役職者の中で誰か居なくなればその人物。若しくはグリエル様と同じく本人が監禁され、ここ1週間の記憶が不自然な人。順番に聴取を重ねるしか無いですね。
例の椅子を貸し出しても良いですが辺鄙な椅子を持ってのはまだ敵に知られたくないです」
「私たちが外に出るととても目立つので捜索には加われません。心苦しい限りですが」
「何の。この私を直接狙った国内、教団内事案だ。他国の君らにこれ以上甘えられん。
体調が戻り次第私も捜査に加わる。手掛かりは多い。年次行事は最悪仮病で遅らす。
ペリーニャは平常通り遊びに行くと良い」
「御父様…。有り難う御座います」
嬉しそうな満面の笑み。新年会にも来れそうだ。
「来た序でに北海産の新鮮なサーモンが有りますので置いて行きます。塩焼きやムニエルにしてお食べ下さい」
「それは助かる。言葉は粗いが腹が減って仕方無いのだ」
食欲が湧いて出るなら健康そのもの。
「取り敢えず特殊な壁材は外したので。あの地下室、氷漬けにしましょうか」
「置き土産に」
「是非頼む。どの道あの部屋は使わん。この後直ぐ別室に引っ越しだ」
即席御前茶会はお開き。冷蔵庫の隣に中型冷凍庫を新設して程良くサーモンを詰め込み。
食堂に居た全員で歩いて回り私室の穴前に集結。
「ちょっと寒いですよ」
「構わん。こんな場所に私は…」
怒りと嫌悪でグチャグチャ。
皆さんの目の前で水魔石を握り絞め。手元から大量放水。空気に触れれば純水から普通の水に変化。地面から浸透して地下水と混じっても問題無し。
感嘆が漏れ聞こえる中。冠水。
嫁さんが氷蝋を岸辺に置き、待つ事3分。1分でも充分だったが念入りに。小寒い部屋が底冷えする極寒地となった頃に氷蝋を止めた。
昼に差し掛かったが昼食のお呼ばれはご遠慮。壁材の破片を回収して帰宅した。
真犯人捜しは当事者たちにお任せ。
---------------
「大事に至らず善かったですね」
ロイドもホッと一息。
「いやぁ良かった良かった。女神様も幾ら何でも教皇様は手助けするっしょ」
「次はラザーリアのランディスね。見た事も無いけど」
それなぁ。俺も実物見たのは僅か。
「お漏らしとか幼稚な手で俺から逃げるような奴だから小物感半端無い。でも油断は出来ん」
「全部演技かも知れないしねぇ」
演技で公衆の面前でウ○コ漏らすとかある意味名役者。
決して褒められんがね。トイレ退場しろって話。
俺たちの帰宅を見たアローマが湯を沸かし始めた。
「あれ?帰ってたんだ」
「はい。ハイネの方はタツリケ隊の面々との顔合わせも済みましたし。ソプランに任せました。
お昼食は如何為さいますか。一応ミランダとサーモンフレークとポテトサラダでサンドイッチを用意しましたが」
気が利くぅ。
「それ頂くよ」
「うんうん」
「御馳走に預かります」
ミランダはアローマとチェンジで昼前に宿舎へ戻り。
様子を見に来たシュルツと今日のお付きプリタを交え遅めの昼食。
アッテンハイムでのグリエル様捜索結果を報告。
「私室の地下に、見えない空間が…。盲点ですね」
シュルツは感心半分。
「だろ。看破のカフス持ってなかったら多分気付かずにスルーしてた」
「道具拾ってくれたクワンティのお手柄ね」
「クワッ」
サーモンフレークとピクルスが美味い!
「鑑定道具にも影響するのですか」
「補助的にね。俺の鑑定力には直接影響無し。2重複製でもう1個だけ作れるけど、欲しい?」
「出来れば。劣化品で構いません。三ツ葉の眼鏡と合成するとどうなるのかなぁと」
「おぉ。眼鏡に入れるのはあんま考えてなかったな」
オリジナルのカフスの複製回数は2回実行済み。多分もう無理。複製の1つはアローマの釦。もう一つはフィーネの小袋に入ってる。
2重複製は1回限定。物に因りけりなんで試しても良し。
「通常で衣服が透けそうだから私はどうかと思う」
「う…。常に透けるのは困りますね。欲張りました」
誰でも恥ずかしいわな。変態の手に渡ったら大変。
何故か俺が注目されてる!
「やるか!てか合成出来るのフィーネだけ」
「安心安心」
「何か別案件で躓いてる?」
「いえ特に。案は沢山。年始に纏めてお兄様に見て頂こうと貯めています」
「楽しみ半分。任せ切りでごめん」
「前にも言いましたがお気に為さらず。とても楽しくて充実しています。内容が減ってしまうと遣り甲斐も減りそうで」
そりゃ大変だ。
食後のお茶を楽しんでいるとフィーネさんが。
「さーてそろそろ年始準備始めますかぁ」
セクシーな伸びをして。
「またキッチン締め出し?」
「スタンが入るとメニューがじゃんじゃん増えて困るのよ。餅搗きからやっちゃおっか。また急に呼ばれたら嫌だし」
「へーい」
時間が掛かる物からお早めに。
夫婦2人で恒例行事の餅搗きをし終わった夕方。
ペリーニャから報告が有った。
「今度は…モーツァレラ外務卿が行方知れずに…。昨晩の内に居なくなった模様です。
あの方は外務の仕事柄時間を問わずお一人で出掛けられる事も多く。屋敷の者も慣れていて。ですが誰にも告げずに居なくなったのは初めてだと」
「近場の誰かに会いに行ってそのまま、か」
「屋敷に勤める全員に聴取しても。私室周辺の床を引き剥がしても壁を壊しても何も出ず、です。
本館が建てられたのが三十年前。離れが増築されたのが二十年前。離れは主に家族や親族が使って居り。最少限度で床を剥がしている所だそうです。
私も見に行きましたが御父様の時と同じ結果でした」
特別何も見えなかったと。
「落ち込むなよ。肉親じゃないから良いって話では決してないけど」
「ねえスタン。昨日無人島で聞いた声ってモーツァレラさんだったりしない?」
「う~~。そうと言われるとそうだったとも思える。正直モーツァレラの声が思い出せん。彼ならタイラントに何度も来てる。きっとラフドッグ辺りまでは。でも…」
「流石にウィンザート南の無人島は無いか」
「無いでしょ。他の人に連れて行かれたなら有り得る。過去にクインザの派閥とかと密会してたら」
「どんどん悪い方に考えちゃうねぇ」
黒幕ぽく見えて来てしまう。
「もうちょいそっちで調べてみて。俺たちが連発して行くと怪しまれるし他の役職が良い顔しない。こっちはこっちで行動記録探ってみる」
「はい。頼り切りではいけませんものね。国としては」
「そそ」
「私はまだまだ甘えます」
「甘えられる内に甘えちゃえ。カルも」
「この胸で良ければ何時でも」
俺も甘えたい!
と妄想してたらフィーネに脇腹を抓られた。
「イタッ!まだなんも」
「顔がだらしない。エロに走ると直ぐに顔に出るよ」
そんなエロい顔してたんだ…俺。
「ポーカーフェイス練習しよ」
「せんで良し」
向こう側のペリーニャがクスクス笑った。
「元気が出ました。相談に乗って頂き感謝します」
「良い良い。持ちつ持たれつ。俺たちもペリーニャの手を借りなきゃ進めないし。
それはそうと。建物の空洞を探すなら石壁を金槌で叩いて反響音を聞いてみるといいよ。どんなに隠蔽しても存在する空間は消せない」
「その手も有りますね…。参考に伝えて置きます。ではまた後日に」
「「またね~」」
「ご機嫌よう」
良いお年を、はまだ早い。
---------------
外務卿のフルネーム、モーツァレラ・センギットで検索を掛けたが世界からロスト。グリエル様は無事復帰。
こちらでのモーツァレラの捜索は保留。
レイル(プレマーレ)を誘い無人島に到来。人影の調査をする為に。
がしかしそんな人は居ない。元から無人だし。
「蝙蝠ってまだ配置してた?」
「退避させたに決まっておろう。消滅すれば微量でも魔力が削れる。勿体ないわ」
ですよねぇ。小動物以外何も居なかった。地表に降りるまでは。
延長の中で動けた誰か。
南の丘から重点的に歩いて回る。花火の燃え滓みたいな塵や煤ぽい物は幾つか発見。
一通り検分を終え丘に戻ってプレマーレに感想を尋ねた。
「何か感じた?」
何度も周囲を見渡して。
「…特に何も。懐かしいとも。彼の臭いも」
臭いは爆風で吹き飛んだ気がする。
手掛かりは無し。
「無駄足だったか」
拾った煤を指先で擦り息を吹いて宙に飛ばした。浜から吹き上げる強めの風に飲まれ何処かへ運ばれる。行き着く先は海か別の島か。
ここ真ん中の無人島が最も広く。他に2つ半面積程度の島が在る。中央島を起点に北西と東方向。後は島とも呼べない切立った岩場。
俺とフィーネの双眼鏡で離島までを見渡した。
「何も無いですねぇ。監獄代わりに使われてた洞窟以外には」
「そんな簡単にホイホイ見付からんでしょ。何百年何世代も逃げ続けた奴が」
簡単に尻尾は掴めない。
「まあねぇ」
他の離島では鴎や渡り鳥が羽を休めて日向ぼっこ。
「ふと思ったけど。この島って極端に鳥が居ないよな」
「…極端と言うか全くね」
何か気になる。
「レイル。ここって何か鳥避けの結界張られたりする?」
「いや…特に何も見えんのぉ」
ロイドも首を傾げた。
「プレマーレ。謎の原本って鳥が大嫌いだったとか」
「さて。…どうだったか。鳥類はペットとして飼った事は無かったかと」
良く覚えてない。若しくは消された。
「クワンは違和感感じない?」
「クワ」首を横に。
グーニャとピーカーも無言でフルフル。
「そんなに気になるの?」
「まあまあかなり。鳥の巣も無い。兎や鼠は居る。今は居ないが夏場には羽虫が飛んでる。水溜りの付近には蛇や蜥蜴も。
鳥の害敵が少なく虫や木々が在れば普通は渡って来るんじゃないかって」
「ふむふむ。隣の島の方がもっと害敵が少ないとか」
「まあね。例えば…この真下の空洞…とか」
これぞ嘘から出た真!
「へ?」
フィーネも足元に双眼鏡を向けた。
「在るね…。知ってたの?」
「全然。今、在ったら面白いなって」
「何か在るのかえ」
島のど真ん中。北側の洞窟の更に奥。かなり大きな天然空洞とは思えない長方形の空間。
グーニャを洞窟入口にちょこんと置いて。
「全開火炎噴射!」
「ハイニャ!」
5倍程度に身体を大きく。大口を開けて紅蓮の炎を解き放った。
「意味有るの?」
「前々から除菌したかった。それとグーニャのストレス発散を兼ねて」
「ああ…なるほ」
吹き返しの熱風が暖かい。
噴射は数分続きお口を閉じた。
「スッキリしましたニャ~」
気持ち良さそうな満足顔。
地熱が冷め切るまで外のコテージでお茶会。
小腹を満たして洞窟探検。
光源はレイルとフィーネのライトリングを半々の出力で。
広くはない洞窟内が光で満たされる。ああ眩し。
4人の美女に見守られ最奥の岩壁をペタペタ検分。
質感も見た目も天然の岩肌。不自然さは無く怪しげな凹みも罠も無い。
双眼鏡を構え。
「直ぐ奥に下階段ぽいのが在るんだけどなぁ」
市販の金槌に持ち替え突出部をコンコン叩いて回った。
壁中段ではなく左方足元。他とは違う高い金属音を弾き返した。
「お。これかも」
周囲の岩を何度も叩き直したが異音はその石のみ。
掌鑑定を重ね硬質岩を両手で引き抜いた。
ガツンッと何かが打つかり合う音の後。壁中央の土の部分が裂け岩が左右に分かれ奥へと続く道が現われた。
「物理無視の仕掛け!」
「作った人限定されるわね」
「シトルリンか…ベルエイガ」
囁くようにプレマーレが呟いた。
手元に残った硬質岩を地面の凹みに置き直すとゆっくりとした動作で岩壁が閉じて元通りに。
「なんで閉じたの?」
「閉じ込められたら嫌じゃん。確認は大切」
も一度外して小脇に抱え奥へと行進。下階段は切り出し石畳。縁に滑り止め溝。道幅は2m以上と広々。
壁画レリーフなどの装飾が一切無い能面な壁が続いた。
以降に扉は無く、階段を下り切った先にはだだっ広い空虚な1ルームが在った。
若干カビ臭いが汚臭は感じられなかった。
天井の角には通風口が幾つか。テーブルや椅子等の家財が綺麗に無い。しかし
「何となく。山脈地下の研究施設に似てる。雰囲気が」
「何となく、ね。証拠は何も無いわ。あっちには在った洗面所やトイレ的な物も全部」
「ここが廃棄されて随分時間が経ってるみたいだな」
「なーんじゃ詰まらんのぉ」
「ここは知らない場所です」
後ろで不満と感想。
収穫は零。多方に双眼鏡を向けたが只のぶち抜き1ルームでしかなかった。
変わった仕掛けの岩扉が在るってだけ。
硬質岩を持ち去り洞窟を出た。
「開けっ放し?」
「まだ鳥が居ない謎が解けてない。開けっ放しでも俺たちは全く困らない。この硬質岩にも興味が有る」
岩鍵に複数の意味合いが有る気がした。
「まいっか。今に始まった事じゃないし」
「何が?」
「ベルエイガさんに挑戦しようとする時の目。とっても楽しそう」
「顔ニヤけちゃってる?」
「かなーり」
無人島を離れ爆破の影響確認の為、ウィンザートとラフドッグを訪ねたが失明や難聴を訴える人は誰1人として居なかった。
良かった良かった。
小さな弊害はライザーが就寝中で花火を見逃したと憤慨していた事位。
寝るの早いな。
ペリーニャからフィーネに涙のコール。
「は?お出掛け?」
朝早く礼拝堂に行ったとか。
リビングに降りスピーカーに切替。
「居なくなったって。黙って礼拝堂に向かったとか?」
「いいえ。何処にも。私室付きの修女も知らないと」
何故に?
時刻は8時過ぎ。あっちは6時半位。誰にも告げずに出掛けるには早い時間帯。
朝礼の儀でもない。
「ちょっと探してみる」
誘拐されたなら一大事。
「お願いします…」
世界地図とコンパスを床に置きグリエル・ストラトフを検索実行。
何処にも…居ない…。西大陸にも東の果てにも。
「居ない…。世界の、何処にも」
「え…」
「と、取り敢えず落ち着いて考えましょ」
そう言うフィーネも声が震えてる。
「考えられるのは閉鎖された特殊な迷宮深くとかに拉致されたとかだな。ペリーニャの時みたいに瞬間転移で」
「スキルが発現して最近解ったのですが。同系統の道具の発動が近くで起きると認識出来るように」
「何も感じなかった?」
「はい…。お二人のこことの行き来は感じ取れます」
防衛本能か何かだろうか。
「最上位の転移道具。人工物ではない魔物ドロップとか迷宮産の遺物とかと隠蔽道具の抱き合わせだったらまだ可能性が有る。
女神様の加護を直接受けてるグリエル様に行き成り危害は加えない。君と同じ立場だ。必ず何処かで生きてる。
俺たちも準備出来たらそっちで探すから。まずは邸内から順に捜索範囲を広げて」
「はい。…昨晩、空を照らした紅い光は」
アッテンハイムまで届いて…るわなぁ。
「見ちゃったなら正直に言うけど。あれは俺が危険物を誰も居ない南海上空で爆破した光だ。
無人島に降りた時。誰かの気配はしたけどグリエル様の気配じゃなかった。それだけは断言出来る」
うん。あれは全くの別人。声も違った。誰の声かは思い出せないが。その気配も1人分。
通話を終え。身支度に入る前にピーカーをリビングテーブルに座らせ、昨晩聞かずに寝てしまった回答を聴取。
「ピーカーが読めた相手の名前教えてくれ」
「スターレン様の読み通りに。第一王子のランディスでした。その他の使用者の情報は知らないみたいです」
「やっぱあいつだったか」
「心当り有ったの?」とフィーネ。
「ああ何となく。昨日墓場内を調べてた時に浮かんだ。
城内に入れて旧派閥を動かし外の暗殺者を手引き出来る人物は誰かって」
「スタルフ君が居なくなって一番得をする人物か」
「そうそう。責任者留置で都内に幽閉されてるのはあいつだけ。生き残りの第三王女は西部の町だ。怪しいは怪しいけど性別に拘る変態なら女性は選ばない」
「確かに」
ロイドも吐き捨てるように。
「忌々しいですね心から。ラザーリアは保留として。私はどう動けば」
「ペリーニャの傍に居てやってくれ。直ぐに痕跡が見付けられるか解らないから」
「解りました。暴走させないように配慮します」
無人島の捜査も後回し。どうせ今行っても誰も居ない。
転移で来たなら逃げている。
ハイネのアローマと本棟のシュルツに出掛ける旨を伝え、教皇邸の歓待室に飛んだ。
既にリビングエリアのテーブル席にはペリーニャとゼノンが座って待っていた。
ペリーニャはロイドを見るや否やその胸に飛び込み泣き出した。
「何も、見えないんです…。私の力では」
頭を撫でながら。
「力に頼り過ぎてはいけません。身近な人程見え難いのでは有りませんか」
「ですが…。何も出来なくて」
父親を失う可能性。恐怖に怯えている。
一番多感な時期に過ごせなかった。甘えられなかった最後の血縁者を失う。俺もそうだった。でもまだ父上は元気だ。そんな俺には何も言えない。
「気をしっかり。まずは座って温かいお茶でも飲みましょう」
「はい…」
テーブルに自宅で淹れて来たドルアールの紅茶を並べ、ロイドがペリーニャの隣に座り本題に入る。
今話が出来るのはゼノン。
「状況は」
「邸内は第二師団の上位が。邸外は第一の分隊が手分けして。我々第三は都内要所の警戒とペリーニャ様、グラハム様の警護です。
国兵を動かすと外部漏洩で住民が騒ぎ出す為、連絡はしていません。
未だ痕跡すら見付からず…」
「最近変わった事は。人の出入とか担当の修女が交代したとか」
「ここ、本館、第二別館。一年以上全ての担当者に交代は有りません。本館に立ち入れる者も教団員の役職者と聖騎士団上層のみ。外部来客は必ず何方かの別館に配置され、見知らぬ新規者の入場は皆無です」
不審者の出入は無し。
「グリエル様の私室に不審な点は」
「平時と変わらず。争った形跡は無く。ベッドの乱れも静か。夜勤の修女が昨晩の就寝を見届け。警備兵の二名と共に廊下に控え夜明けまで。三名共不審な物音も聞かなかったと。用足しに一人ずつ抜けた以外は常に二名と巡回者が部屋の近くに」
丸で自分で出て行ったかのよう。
口には出さないがゼノンも同じ感想を持っている様子。
「うーん…。ちょっと覗いてもいい?」
双眼鏡を取り出して。
「どうぞ、とは言えませんが。何も見なかった事と」
そやね。
グリエル様の私室は本館1階の最奥列中央の部屋。
フィーネと揃ってそれぞれ本館に向けた…。
「おやぁ…」
「私室の下に。もう一部屋、無い?」
「部屋?その様な物は、聞いた事が…」
答えたゼノン同様。ペリーニャも首を横に振った。
でもバッチリ見えてるんですけど。看破のカフスを持ってる俺たちには。
「ペリーニャにも見えない隠し部屋か。俺たち最近隠された物とか透明化した物が見える道具拾ったんだ。それの所為かも知れない」
十中八九カフスの所為です。
「人が1人…。グリエル様ぽいよ」
ペリーニャがテーブルを叩いて立ち上がった。
「行きましょう。許可は私が。ゼノンは至急第二師団長を連れて」
「ハッ!」
渡り廊下前で待ち。折り返したゼノンとチョレントと一緒に本館私室へ移動。
入室して程無く地下室への隠し蓋と梯子を発見。
キングサイズのベッドの真下。横に退かしたら直ぐに。
把手の無い一見普通の石板。その中の一枚。
大きさは1m四方程度。人一人は楽に下ろせる。
「この一枚にだけ強烈な隠蔽術式が織り込まれてる」
「こんなの今まで見た事ないね」
シトルリン以外にもベルさんクラスの工作師が居る。そう考えた方が無難。
隣接板から全て手探りで罠を探した。
「罠は無い。蓋外すよ」
ペリーニャたちの同意を得て隣接2枚の縁を少し砕いて蓋板に指を掛けた。
それ程力も要らず持ち上がり。ムワッとしたアンモニア臭が鼻に付いた。
「誰か湯浴みの準備を」
チョレントの後ろの副長が走った。
誰が降りるの?と視線を送ったが場の全員がこっちを向いていた。…なるよねぇ。
カンテラを翳すと深さは4m程。頑丈な鉄梯子付き。
下部に横穴。そこからやや広めの空間が見えた。
梯子にも罠や呪い無し。隠すだけの小部屋?
カンテラの把手を咥えて梯子を下り横穴へ。1m程の横穴の先に3m四方程の空間。
そこの奥隅にマットレスが敷かれ、目隠しをされたグリエル様が後ろ手に縛られ横になっていた。オマルは反対側の壁際。
お下の汚れが多少気になったが仕方ない。
グッスリお休み中の首根を触診。…空腹以外は健康体。
安心した所でロープで抱え、起こさぬようにそっと1階寝室まで持ち上げた。
「空腹以外は正常。呪いの類も無し。良かったな、ペリーニャ」
「はい!」
自分も上に上がって。
「湯船に浸からせるなら起こして水分補給を忘れずに。飲めるなら殺菌した牛乳とか温い野菜スープでも良いよ」
「直ぐに用意させます。あの…スターレン様」
「風呂場まで運ぶ?」
「申し訳無いですが」
ロープ巻いたまんまやし。
「オッケー」
とその前に。
「フィーネ。取れる範囲で壁や天井の板外しといて。蓋と同じ隠蔽掛かってるから半分持ち帰って研究したい。多分監禁犯には入った事が伝わってると思う」
「そうねぇ。嫌な感じ」
グリエル様無事発見の急報は邸内に居た第二師団所属メンバーが方々に散った。
回復を待っている間に修練場の片隅を借りて収集した白い板材を持ち帰る分だけ粉にした。恒例の嫁さん電撃ハンマーにて。
「どうして壊したのですか?」
傍らで見ていたペリーニャからの質問。
「最近敵対組織の中格クラスと出会す事が多くなってさ。こっちの防御の上を行く道具や武器も多くて」
「私たちは良くても周りがね。出来るだけ危険物は持ち帰りたくない。バッグにもそのまま入れたくないし。隠蔽の他にも追跡機能とか付いてたり。これには見当たらないけど念には念を」
「そうですね…。用心をして損はしません。私にも見えない物が沢山有ると学びました」
抱きかかえたグーニャの顎下を撫でながら。
「勉強に成ります」
隣のゼノンと第二別館の警護の任を解かれたリーゼルも深く頷いた。
残骸を寄せ集め話し込んでいると本館の修女が呼び出しに現われた。
「教皇様が回復されました。起き抜け時はお記憶が少々混濁されておりましたがそれも落ち着き。来客者様全員とお話したいと。ペリーニャ様も同席で」
記憶が混濁?何か記憶系の道具が使われたか。普通に昼夜不明で混乱したのか。
「お話出来るなら行こうか」
「行こう行こう」
不安げなロイド。
「私は初対面ですが。良いのでしょうか」
「いいんでない。フィーネの友達でラフドッグでペリーニャと仲良くなったって」
半分は事実。
通されたのは本館の食堂。薄い野菜スープを時間を掛けて飲んでいた。
「食べながらで済まない。又しても世話になったなスターレン殿、フィーネ嬢。それと…君がロイド嬢かね」
「お初にお目に掛かります。教皇様」
「礼は良い。無礼はこちらだ。君の事はペリーニャから善く善く聞いている。皆適当に座ってくれ」
スープに浸したパンをナイフで切って一口。
ゼノンたちはペリーニャの後ろに控え。その他着席。
紅茶と水が運ばれ、ある程度喉が潤った所で。
「前後の記憶がまだ曖昧だが。今日が二十六日と聞いたので監禁されていたのは丁度一週間になる」
「そんなに前から?」
「昨晩ではなく?」
「うむ。十九に私室の書斎で誰かと話をしていた。その前後が消え。気が付けば今。
一日一度の食事が鼻先に置かれ。汚い話で申し訳無いが用は這いつくばって自力で。この鼻が無ければ死んでいたとも言える。
聞いて驚いたが私は寝室の地下に居たそうだな」
「自前の鑑定具で本館を覗いたら」
「あらびっくり」
「自分の感覚ではもっと遠い場所に運ばれたのかと捉えていた。まさか邸内にペリーニャにも見えない部屋が存在したとは」
「グリエル様もご存じではなかったのですか?」
「地下に部屋を作れと命じた事など無い。別館から邸外への脱出路は作らせたがね。
前回の本館改築が凡そ二十年前。前代教皇から私に代替わりした頃と重なる」
「20年も前から」
「掘られてたのね」
正直そこまでの古さは感じなかった。梯子に至っては錆びてもいない。
「本当は深い先祖の代も考えられるな…」
1週間前なら山脈地下で西のシトルリンと話した頃。俺の動きを認識して手を打ったとも推測出来る。
「この1週間。グリエル様と入れ替わり公務を平然と熟していた。ここに入っても不自然でない人物。多重で偽装した可能性も有るので絞り込むのは早いですが上位の役職者が濃厚ですね」
ペリーニャが顎に指を掛け思い返す。
「最近は年始行事の準備で忙しく。朝食を共にしたり挨拶程度で長話はしていませんでした。ゼノンは」
後ろのゼノンに顔を向けた。
「我々聖騎士は公務や教皇様の私情に直接関われません。指示が有れば別ですが別段指示も命令も無く」
担当修女も邸内勤めの従者はプライベートには立ち入らず身近な役職者は略毎日来る為、入出記録は残していないと答えた。
朝礼の後に内密に話を、とか誘い文句は幾らでも。
グリエル様の記憶を読んだなら俺が勇者の証を持ってる事も把握した。これまでのアドバンテージが消えたな。
「役職者の中で誰か居なくなればその人物。若しくはグリエル様と同じく本人が監禁され、ここ1週間の記憶が不自然な人。順番に聴取を重ねるしか無いですね。
例の椅子を貸し出しても良いですが辺鄙な椅子を持ってのはまだ敵に知られたくないです」
「私たちが外に出るととても目立つので捜索には加われません。心苦しい限りですが」
「何の。この私を直接狙った国内、教団内事案だ。他国の君らにこれ以上甘えられん。
体調が戻り次第私も捜査に加わる。手掛かりは多い。年次行事は最悪仮病で遅らす。
ペリーニャは平常通り遊びに行くと良い」
「御父様…。有り難う御座います」
嬉しそうな満面の笑み。新年会にも来れそうだ。
「来た序でに北海産の新鮮なサーモンが有りますので置いて行きます。塩焼きやムニエルにしてお食べ下さい」
「それは助かる。言葉は粗いが腹が減って仕方無いのだ」
食欲が湧いて出るなら健康そのもの。
「取り敢えず特殊な壁材は外したので。あの地下室、氷漬けにしましょうか」
「置き土産に」
「是非頼む。どの道あの部屋は使わん。この後直ぐ別室に引っ越しだ」
即席御前茶会はお開き。冷蔵庫の隣に中型冷凍庫を新設して程良くサーモンを詰め込み。
食堂に居た全員で歩いて回り私室の穴前に集結。
「ちょっと寒いですよ」
「構わん。こんな場所に私は…」
怒りと嫌悪でグチャグチャ。
皆さんの目の前で水魔石を握り絞め。手元から大量放水。空気に触れれば純水から普通の水に変化。地面から浸透して地下水と混じっても問題無し。
感嘆が漏れ聞こえる中。冠水。
嫁さんが氷蝋を岸辺に置き、待つ事3分。1分でも充分だったが念入りに。小寒い部屋が底冷えする極寒地となった頃に氷蝋を止めた。
昼に差し掛かったが昼食のお呼ばれはご遠慮。壁材の破片を回収して帰宅した。
真犯人捜しは当事者たちにお任せ。
---------------
「大事に至らず善かったですね」
ロイドもホッと一息。
「いやぁ良かった良かった。女神様も幾ら何でも教皇様は手助けするっしょ」
「次はラザーリアのランディスね。見た事も無いけど」
それなぁ。俺も実物見たのは僅か。
「お漏らしとか幼稚な手で俺から逃げるような奴だから小物感半端無い。でも油断は出来ん」
「全部演技かも知れないしねぇ」
演技で公衆の面前でウ○コ漏らすとかある意味名役者。
決して褒められんがね。トイレ退場しろって話。
俺たちの帰宅を見たアローマが湯を沸かし始めた。
「あれ?帰ってたんだ」
「はい。ハイネの方はタツリケ隊の面々との顔合わせも済みましたし。ソプランに任せました。
お昼食は如何為さいますか。一応ミランダとサーモンフレークとポテトサラダでサンドイッチを用意しましたが」
気が利くぅ。
「それ頂くよ」
「うんうん」
「御馳走に預かります」
ミランダはアローマとチェンジで昼前に宿舎へ戻り。
様子を見に来たシュルツと今日のお付きプリタを交え遅めの昼食。
アッテンハイムでのグリエル様捜索結果を報告。
「私室の地下に、見えない空間が…。盲点ですね」
シュルツは感心半分。
「だろ。看破のカフス持ってなかったら多分気付かずにスルーしてた」
「道具拾ってくれたクワンティのお手柄ね」
「クワッ」
サーモンフレークとピクルスが美味い!
「鑑定道具にも影響するのですか」
「補助的にね。俺の鑑定力には直接影響無し。2重複製でもう1個だけ作れるけど、欲しい?」
「出来れば。劣化品で構いません。三ツ葉の眼鏡と合成するとどうなるのかなぁと」
「おぉ。眼鏡に入れるのはあんま考えてなかったな」
オリジナルのカフスの複製回数は2回実行済み。多分もう無理。複製の1つはアローマの釦。もう一つはフィーネの小袋に入ってる。
2重複製は1回限定。物に因りけりなんで試しても良し。
「通常で衣服が透けそうだから私はどうかと思う」
「う…。常に透けるのは困りますね。欲張りました」
誰でも恥ずかしいわな。変態の手に渡ったら大変。
何故か俺が注目されてる!
「やるか!てか合成出来るのフィーネだけ」
「安心安心」
「何か別案件で躓いてる?」
「いえ特に。案は沢山。年始に纏めてお兄様に見て頂こうと貯めています」
「楽しみ半分。任せ切りでごめん」
「前にも言いましたがお気に為さらず。とても楽しくて充実しています。内容が減ってしまうと遣り甲斐も減りそうで」
そりゃ大変だ。
食後のお茶を楽しんでいるとフィーネさんが。
「さーてそろそろ年始準備始めますかぁ」
セクシーな伸びをして。
「またキッチン締め出し?」
「スタンが入るとメニューがじゃんじゃん増えて困るのよ。餅搗きからやっちゃおっか。また急に呼ばれたら嫌だし」
「へーい」
時間が掛かる物からお早めに。
夫婦2人で恒例行事の餅搗きをし終わった夕方。
ペリーニャから報告が有った。
「今度は…モーツァレラ外務卿が行方知れずに…。昨晩の内に居なくなった模様です。
あの方は外務の仕事柄時間を問わずお一人で出掛けられる事も多く。屋敷の者も慣れていて。ですが誰にも告げずに居なくなったのは初めてだと」
「近場の誰かに会いに行ってそのまま、か」
「屋敷に勤める全員に聴取しても。私室周辺の床を引き剥がしても壁を壊しても何も出ず、です。
本館が建てられたのが三十年前。離れが増築されたのが二十年前。離れは主に家族や親族が使って居り。最少限度で床を剥がしている所だそうです。
私も見に行きましたが御父様の時と同じ結果でした」
特別何も見えなかったと。
「落ち込むなよ。肉親じゃないから良いって話では決してないけど」
「ねえスタン。昨日無人島で聞いた声ってモーツァレラさんだったりしない?」
「う~~。そうと言われるとそうだったとも思える。正直モーツァレラの声が思い出せん。彼ならタイラントに何度も来てる。きっとラフドッグ辺りまでは。でも…」
「流石にウィンザート南の無人島は無いか」
「無いでしょ。他の人に連れて行かれたなら有り得る。過去にクインザの派閥とかと密会してたら」
「どんどん悪い方に考えちゃうねぇ」
黒幕ぽく見えて来てしまう。
「もうちょいそっちで調べてみて。俺たちが連発して行くと怪しまれるし他の役職が良い顔しない。こっちはこっちで行動記録探ってみる」
「はい。頼り切りではいけませんものね。国としては」
「そそ」
「私はまだまだ甘えます」
「甘えられる内に甘えちゃえ。カルも」
「この胸で良ければ何時でも」
俺も甘えたい!
と妄想してたらフィーネに脇腹を抓られた。
「イタッ!まだなんも」
「顔がだらしない。エロに走ると直ぐに顔に出るよ」
そんなエロい顔してたんだ…俺。
「ポーカーフェイス練習しよ」
「せんで良し」
向こう側のペリーニャがクスクス笑った。
「元気が出ました。相談に乗って頂き感謝します」
「良い良い。持ちつ持たれつ。俺たちもペリーニャの手を借りなきゃ進めないし。
それはそうと。建物の空洞を探すなら石壁を金槌で叩いて反響音を聞いてみるといいよ。どんなに隠蔽しても存在する空間は消せない」
「その手も有りますね…。参考に伝えて置きます。ではまた後日に」
「「またね~」」
「ご機嫌よう」
良いお年を、はまだ早い。
---------------
外務卿のフルネーム、モーツァレラ・センギットで検索を掛けたが世界からロスト。グリエル様は無事復帰。
こちらでのモーツァレラの捜索は保留。
レイル(プレマーレ)を誘い無人島に到来。人影の調査をする為に。
がしかしそんな人は居ない。元から無人だし。
「蝙蝠ってまだ配置してた?」
「退避させたに決まっておろう。消滅すれば微量でも魔力が削れる。勿体ないわ」
ですよねぇ。小動物以外何も居なかった。地表に降りるまでは。
延長の中で動けた誰か。
南の丘から重点的に歩いて回る。花火の燃え滓みたいな塵や煤ぽい物は幾つか発見。
一通り検分を終え丘に戻ってプレマーレに感想を尋ねた。
「何か感じた?」
何度も周囲を見渡して。
「…特に何も。懐かしいとも。彼の臭いも」
臭いは爆風で吹き飛んだ気がする。
手掛かりは無し。
「無駄足だったか」
拾った煤を指先で擦り息を吹いて宙に飛ばした。浜から吹き上げる強めの風に飲まれ何処かへ運ばれる。行き着く先は海か別の島か。
ここ真ん中の無人島が最も広く。他に2つ半面積程度の島が在る。中央島を起点に北西と東方向。後は島とも呼べない切立った岩場。
俺とフィーネの双眼鏡で離島までを見渡した。
「何も無いですねぇ。監獄代わりに使われてた洞窟以外には」
「そんな簡単にホイホイ見付からんでしょ。何百年何世代も逃げ続けた奴が」
簡単に尻尾は掴めない。
「まあねぇ」
他の離島では鴎や渡り鳥が羽を休めて日向ぼっこ。
「ふと思ったけど。この島って極端に鳥が居ないよな」
「…極端と言うか全くね」
何か気になる。
「レイル。ここって何か鳥避けの結界張られたりする?」
「いや…特に何も見えんのぉ」
ロイドも首を傾げた。
「プレマーレ。謎の原本って鳥が大嫌いだったとか」
「さて。…どうだったか。鳥類はペットとして飼った事は無かったかと」
良く覚えてない。若しくは消された。
「クワンは違和感感じない?」
「クワ」首を横に。
グーニャとピーカーも無言でフルフル。
「そんなに気になるの?」
「まあまあかなり。鳥の巣も無い。兎や鼠は居る。今は居ないが夏場には羽虫が飛んでる。水溜りの付近には蛇や蜥蜴も。
鳥の害敵が少なく虫や木々が在れば普通は渡って来るんじゃないかって」
「ふむふむ。隣の島の方がもっと害敵が少ないとか」
「まあね。例えば…この真下の空洞…とか」
これぞ嘘から出た真!
「へ?」
フィーネも足元に双眼鏡を向けた。
「在るね…。知ってたの?」
「全然。今、在ったら面白いなって」
「何か在るのかえ」
島のど真ん中。北側の洞窟の更に奥。かなり大きな天然空洞とは思えない長方形の空間。
グーニャを洞窟入口にちょこんと置いて。
「全開火炎噴射!」
「ハイニャ!」
5倍程度に身体を大きく。大口を開けて紅蓮の炎を解き放った。
「意味有るの?」
「前々から除菌したかった。それとグーニャのストレス発散を兼ねて」
「ああ…なるほ」
吹き返しの熱風が暖かい。
噴射は数分続きお口を閉じた。
「スッキリしましたニャ~」
気持ち良さそうな満足顔。
地熱が冷め切るまで外のコテージでお茶会。
小腹を満たして洞窟探検。
光源はレイルとフィーネのライトリングを半々の出力で。
広くはない洞窟内が光で満たされる。ああ眩し。
4人の美女に見守られ最奥の岩壁をペタペタ検分。
質感も見た目も天然の岩肌。不自然さは無く怪しげな凹みも罠も無い。
双眼鏡を構え。
「直ぐ奥に下階段ぽいのが在るんだけどなぁ」
市販の金槌に持ち替え突出部をコンコン叩いて回った。
壁中段ではなく左方足元。他とは違う高い金属音を弾き返した。
「お。これかも」
周囲の岩を何度も叩き直したが異音はその石のみ。
掌鑑定を重ね硬質岩を両手で引き抜いた。
ガツンッと何かが打つかり合う音の後。壁中央の土の部分が裂け岩が左右に分かれ奥へと続く道が現われた。
「物理無視の仕掛け!」
「作った人限定されるわね」
「シトルリンか…ベルエイガ」
囁くようにプレマーレが呟いた。
手元に残った硬質岩を地面の凹みに置き直すとゆっくりとした動作で岩壁が閉じて元通りに。
「なんで閉じたの?」
「閉じ込められたら嫌じゃん。確認は大切」
も一度外して小脇に抱え奥へと行進。下階段は切り出し石畳。縁に滑り止め溝。道幅は2m以上と広々。
壁画レリーフなどの装飾が一切無い能面な壁が続いた。
以降に扉は無く、階段を下り切った先にはだだっ広い空虚な1ルームが在った。
若干カビ臭いが汚臭は感じられなかった。
天井の角には通風口が幾つか。テーブルや椅子等の家財が綺麗に無い。しかし
「何となく。山脈地下の研究施設に似てる。雰囲気が」
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