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第212話 踊り子の服飾と紅の閃光
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絹が高級なのは世の常。産出量が他に比べ圧倒的に少ない為である。
織物が高額になるのは当然の理。然りとて庶民の手に届くのは綿と羊毛と麻。質の善し悪しは横へ置き。
ラザーリア北部地区で質の善い綿と羊毛を扱う店は見付かった。しかし、舞台衣装を求めるトワンクスは渋る。
「悪くはないんですがねぇ…。今一と言うか」
同じく朱色の一枚布を手に取るジョゼも。
「色味が。朱は朱でも地味と言いますか」
染色にも不満が有る様子。
護衛のレンデルは我関せず。商売に関しては愚鈍な一般冒険者。彼は幼馴染みに協力し、長期契約を結んでいるだけの人。
取引相手として現われた3人は同じロルーゼの町のご近所同士で成人してからも仕事や護衛で絡む事が多かったそうだ。仲間意識は高く、仲は良い方と感じる。
「しかし…。時間も有りませんし。何処かで妥協点を付けねば間に合いませんよ。
本国から持ち込む衣装がある程度揃っているなら羽織り物の種類を増やすに絞るとか」
「ロディさんの仰る通りなのですが。ロルーゼの高官は軒並み見栄っ張りで。採寸のベースは私やロディさんの試着で間に合うかと考えてました。
ですが肝心の布の質と色彩が…残念で」
「今の王都は式典準備で忙しく。腕の良い織物や染色職人の方々は城内に張り付いていますので。ラザーリア内は諦めた方が宜しいかと」
ローレンに聞いたそのまま。
原料の上綿なども城に集められている。
財布を預かるトワンクスの決断がやや遅い。唸りながら悩んでいるのはジョゼも同様。
「出せるご予算と踊り子の人数を教えて下さい」
これにジョゼが小声で答えた。
「ロディさんを信用して。採算度外視で共通金二百迄。踊り子は補欠含め十五名です。楽隊の手配は私たちではないので飽くまでダンサー衣装のみを」
金200枚有るならタイラントでも製作は可能。
「潤沢とは言えませんがそれを出せるならタイラントでお作りしましょう。そろそろデザインを見せて頂けません?」
「それは…」
トワンクスとジョゼが頭を垂れる。
何やら様子が可笑しい。本筋のデザインの話になると毎回口を閉ざしてしまう。
「まさか…。図案が、まだ出来てないとか」
「じ、実は…」
ジョゼの答えに消沈。
「おいおいマジかよ。何やってんのお前ら」
黙っていたレンデルも呆れてる。
こうなると話が違う。と言うよりも間に合わない。
「間に合いませんね。私はこの件から…」
「ま、待って下さい!ロディさんだけが頼りなんです。今降りられると私たち…。私とトワンクスは首を吊らねば」
ジョゼの泣き脅し。
「これは仕事です。人情でお金は沸きません」
「そんなぁ…」ほろりと涙を溢して。
ジョゼの嘘泣きに座り直し。
「嘘泣きはいけません。女が女を騙せるとでも?」
「…す、済みませんでした」
目尻をハンカチで拭い。
「これまでの幾つかの仕事で無理をして。雇い主が囲う金貸屋から借りたのが半分の百。成功報酬が二百。借金はチャラ。レンデルには前金で支払っているので式典終了から帰国までは居てくれます。
不履行で国に帰れば闇討ち。良くて私は奴隷の娼館勤め」
「逃げても雇い主の追手からは逃れられません」
とトワンクスが付け加えた。
性処理の道具にされると言って退けたジョゼ。明らかにやせ我慢だ。
「詰り。成功達成しなければ私に銅貨1枚も入らないのですね」
「…はい」
溜息混じりに。
「同情はしませんがご提案を」
「ロディさん」
「デザイン料や制作費は後回しに。私が1からタイラントで作り来月中旬にここへ戻ります。高速馬車を使えばギリギリ何とか。
待っている間はここの服飾店の品で揃える努力をしていて下さい。
互いの物を持ち寄り衣装合わせを。私への報酬は全て後払いでも構いません。勿論ギルドで証文を書いて頂き」
「有り難う御座います!ロディさんと出会えてホント良かったぁ」
「助かります。僕らも誠意を見せないと」
「しゃーねえ。俺も冒険者仲間当ってみる。趣味で服作ってる奴が居るかも知れねえし」
逃げ腰でないだけ救い様は有る。
予定よりも少し早いがスターレンに迎えを頼もうか…。連絡してからグーニャの転移で帰るかの何方か。
商業ギルドの商談室で誓約書と報酬に関する証文を各2部書き上げ署名とギルドの紋印を貰った。
「慣れているのですね。ロディさん」
「相手の後ろに誰が居るかも知らずに詐欺を働いてはいけませんよ。特に2人。タイラントの商売人を嘗めている帰来が丸見えです。
今度は私が逃しません」
「「…」」
「こえぇ。あんた冒険者もやってるのか」
レンデルに問われ否定はせずに。
「本業は商人ですよ」
冒険者ギルドの掲示板を見ていたのですから今更。
「一つ手合わせしてくんねえか。ギルド裏の修練所で。身体鈍っちまってよ」
「毎日の様に私の後を着け毎回巻かれている貴方が?」
高速移動とグーニャの近距離転移で。
「…バレてたか」
「尾行、下手ですね」
「…チッ」
「今は時間が惜しい。余興は戻ってからで」
時間はたっぷり有りますが。
「お、お手柔らかに」
「書き掛けの構成図でも頂けますかしら。意に沿わない物を作っても無駄です」
「そ、そうですね。商談室に戻って今描きます。自分の頭も整理したいんで」
まだ返室していなかった先程の部屋に戻りジョゼが構成図をトワンクスと相談しながら描き上げた。
描いている途中から気付いてはいた。
「この冬場に…。臍出し、ですか?」
上はチューブトップに長いショールを首から巻き付け、下はサイドスリットのロングフレア、のラフ絵。
「はい。いけませんか?会場は屋内ですよね?」
「さあ…。テラス舞台だったら?」
「え!?そんな事が有り得るんですか?」
「知りません。城内に入った事など無いので」
宴会場や演舞場は見ていない。
トワンクスも会場の詳細設定は聞いていない様子。
「トワンクスさんは本国では骨董商を営んでいたと伺いましたが、これまでどんな経営を?」
「…転売専門です。鑑定は外部に依頼して」
ん??
「ジョゼさんではなく?」
「私は…只の経理です」
少し額を押さえて心を落ち着ける。外れだったかも…。
「依頼主から詳細はお聞きに…」
「顧客の一人で。偶々ジョゼのデザインの趣味が目に留まって今回の依頼を受けました。借金の返済方法として」
「趣味?本職では」
「趣味の範疇です。見習いでもなく師匠も居ません」
キッパリと宣言。潔し。
どうして素人を送り込んだの?
もう一度ラフ絵を見直す。
「筋は良いと感じます。縮尺も寸比も外れ無し。貴族に腕を買われたならセンスもお有りなのでしょう。
契約前に確認しなかった私も悪い。してしまったからには最後までお付き合いします」
「感謝します」
ロルーゼの商人は皆、笊なのだろうか。
「露出に関しては修正すると思いますが基本構成はこれにて了承。城に上がるなら何より気品。若き王を誘惑する物では即刻退場。町の酒場ではないのですから。
ジョゼさんも念頭に置き見直しを」
「勉強に成ります」
「仕上がりを突き合わせるのが楽しみですね」
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細かい案件を手分けして熟し。年越しまで1週間を切った頃にロイドからの連絡を受け実家で拾い。帝国その他土産をドカンと置き逃げ。
式典準備で忙しい父上と主役はタイラントの新年会には呼べないので今回はお流れ。皆役職上がったし。
「サンだけは行かせて遣りたかったが…。難しいよな」
珍しく父上から相談。
「マジっすか…」
「ん~~。まだ正式な王女様ではないから。何とか行けそうな気もするけどぉ。どうなの?」
フィーネの目もこちらに向いた。
「俺の判断で良いなら大歓迎ですよ。でしたらここに一時帰宅する体で皆短時間転移で運びます。サンとハルジエだけなら家に泊まりでも。
流石にスタルフは厳しいですが1泊位離れても泣きはしないでしょうし」
「可能か!短時間なら…何とかしよう。前回訪れたステーキ店は」
「1月の予約は一杯です。唯一の空き日は上役と聖女団体の接待に使うんで」
「そうか…。少し残念だな」
聞いてみたらスッポリガラ空きの日が1日だけ有った。
マリーシャに直談判し貸し切り即決OK。トワイライトでは初の試みだったが王族を招待したいと言ったら捻じ曲げてくれた。
毎度防護柵立てる手間を考えれば外を兵士で囲んだ方が早いし安い!
貸し切り序でにペリーニャもご招待。
「楽しみにしています」と大喜び。年明けにも遊びに来るけど。
ダリアにはそれが見えてたんだな。予知能力も相当上がってる。
「上質なお肉仕入れて自宅で焼きます。今なら他に類を見ない焼き職人がロロシュ邸に居るので」
「期待しよう。日程は来月ロイドがもう一度ここへ来るそうだからそれに合わせる」
「そうなの?」
「仕事の兼ね合いで。詳しくは帰ってから」
嬉しそうな顔ではないので難しい案件ぽい。
「目標日程はロイドに話を聞いてから近々に連絡を」
「うむ。楽しみにしているぞ」
ラッハマのティマーンは昨日拾ったので自宅へ直帰。
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パージェントの市場で見付けた玉蜀黍(トウモロコシ)で蒸し上げとポップコーンを作りムシャムシャしながらロイドの報告を聞いた。
味付けは塩のみでも。
「「懐かしい!」」
クワンだけ塩無し。
「ク…」超不満顔。
ロイドもパクパク。
「簡単な調理でこんなに美味しい物が作れるとは」
「パチパチ跳ねて煩いのを除けば。油やスープの具だけじゃないんすよ。難しい話?」
「いえ。少々時間が掛かるだけで。これを」
テーブルに出された1枚のラフスケッチ。露出の高い演舞衣装ぽい。
「ん?踊り子?」
「ちょっとエッチですねぇ」
「はい…」
ロルーゼからラザーリアへ式典目当てで来ていた行商隊の1人から冒険者ギルドで声を掛けられ仕事を探しているなら紹介したい案件が有ると。
男じゃ無理だからと女性を連れて来て仕事内容を聞き。最初はダンサーやらないかと勧誘を受けた。それは無理と答えると衣装を用立てる側ならどう?みたいな流れ。
「ダンサーは経験が有ればの話。本題はラザーリア内で衣装を用意したいと。式典期間に城で演舞を披露する事は確定らしく。お話に乗りました」
「「なるほろ」」
踊り子と楽隊は1月中~下旬を目指してやって来る。持って来る荷物は楽器が占めて衣装は少な目。でもって色直し的な新作衣装を構築。種類は可能な限りで予算内。
父上に聞いて城下北部地区の店を紹介。生地の質感や彩色に文句を垂れ始め。あれれ?こいつら可笑しいぞ。
「予算が少ないのかと問うと金200。それだけ有れば15人分の衣装位余裕では?と思い衣装のデザインを見せてと要求した所未着手。デザイナーは経験全く無い素人。
間に合わせる気が有るのか無いのか微妙です。
これは外れだったかと試しに描かせたのがそれ」
「素人先に送り込んだの?」
有り得…な…くはないかなぁ。
「筋は良いかと。式典に出席出来る程の上流貴族に認められたなら1つ助けてみようと思い。それをベースにタイラントで作って戻ると約束しました。
素人だと聞く前に契約を結んでしまったのも有りまして」
「ふむふむ。しゃーなしやね」
「城に入れれば潜伏犯の後ろに回れる。良い方に考えて」
「どの道私は出席出来ませんので裏方でなら難無く」
ラフスケを再確認。
「これ描いたの女の人?」
「はい。解りますか」
「一度も城とか公式の場に入った事が無い。男なんて肌見せてやれば喜ぶ。媚びない感じはまあまあ。妖艶と芸術を履き違えてる。女性特有の勘違いだなってね」
「へぇ。男にも色々ね。私には善し悪しが解んない」
「男女問わず欲は色々っしょ。でなくて今の新生ラザーリアの城内演舞でこれは無いよ。自国内の身内貴族同士の夜会ならまま有るけど。他国の特使級の人間がお披露目したら大恥だよ。ロルーゼの傷に塩を塗り込むよ……」
おや?
「「まさか!」」
「素人に責任取らせて自滅する気なのか…。だったら当り引いてるかも」
「飛躍し過ぎな感は有りますが。可能性は大いに」
「となると後から来る楽隊の楽器が怪しいね」
「だね。道具や暗器を詰め放題。ならいっそ誰も文句言えないような衣装揃えて度肝抜いてやろうじゃないの」
面白くなって来た。外れだとしても対処の幅が絞れる。
乗って来た勢いそのままにフィーネとロイドを背中合わせで立たせ新デザイン考案。
………
下は七分丈の白タイトパンツ。上はノースリーブのタイトワンピで前後簾。ショールは使えるので採用。
シューズはヒール無しの足首固定式スリッポン。
「これって…」
フィーネさんは何かに気付いた様子。
「元世界の中華風装束に近いね。多分この世界。未知の南東大陸以外には絶対無い形式」
「ショールの網目が大きいのは何故ですか?」
透け感が気になるロイドにお答え。
「腕見せや足首見せと大袈裟スリットは武器の非携帯をアピールする意味合いも有る。ショールも同じさ」
「成程」
中身は見せないと毎回身体検査される。
「ブラはチューブトップで良し。体格の調整用に背中紐で少し肌見せするけどこれ位なら許容範囲だ」
「うん。大変良いと思います」
嫁さんの太鼓判を頂いた。
「身体検査で全員一度全裸になると思うんだけど。その辺大丈夫?」
「う…。致し方無しかと」
「次行った時。着替えと検査は女性兵か士官が入るようにするのと持ち込み品の検査に俺たちも立入るのを父上に申告忘れずに」
これは皆。
「はい」
「上の基調は薄目の朱と白。作れれば次点で薄紫でいいかな。靴は真っ黒以外自由。胸元のワンポイントに何か刺繍入れたい」
「ロルーゼを象徴する花とかは?」
「いいっすね。確か…ハイビスカス、だったか」
淡い紅の花柄を描き込み。
同じデザインを追加で2枚描きロイドに渡した。
「フィーネと一緒に行ってきな。ロイドが取って来た初仕事だ。序でに買い物して来たら?」
「有り難う御座います」
「いいわね。お昼食べたら早速行こー」
「最速で作れる店探すのと後付け刺繍はミーシャの店に行ってみて。シルクはワッペンだけ。他は上綿で統一」
「ミーシャさんのご家族は」
「今絶賛移動中。少し遅れて年明け早くて上旬着予定。行った序でにミーシャに家族の名前聞いといて」
「解りました」
ロイドも何処か誇らしげ。
「俺たちの進捗は夜に話そう」
「外じゃ話せないもんねぇ」
「帝国土産を持参していたなら上手く運んだのですね」
「バッチリさ。それ以外の情報が大問題」
同一人物が2人居る問題。
フレゼリカは見付からず。シトルリンは西に1人だけ。
2人共名を捨てたか何重にも改名したと推測。今は探しようが無い。一旦保留。
プレマーレは原本の名前に関する記憶を消されたとレイルから聞いたし。
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ご新規移民組は家族揃ってハイネ滞在中。お供はソプランとアローマ。
ロロシュ氏とシュルツはラッハマ東とオリオン開拓地の冬季休工前確認で護衛隊と一緒に不在。
嫁さんたちは仲良くお買い物。ピーカーはフィーネのバッグの中でスヤスヤ。
自宅にはクワンとグーニャだけ。プリタとミランダは裏庭作業中。
静かなロロシュ邸内。久々の自由だぁぁぁ。
でもやる事ナス。
風景画を描いても直ぐに終わってしまう。自宅も本棟の書庫の書物は殆ど読み尽くしてしまった。娯楽用品は全部シュルツが持ってる。
「良し。一っ走りして風呂入って何か新作料理作るか」
「走るかニャ!」
暖炉の前でクワンとじゃれ合っていたグーニャがわいもと首を向けた。
ペッツを連れ立ってトレーニングルームへGO。
お風呂でサッパリした後。時刻は15時過ぎ。無人のキッチンに入り何を作ろうか考える。
年越し用の蕎麦粉は既に購入。正月用餅米と御節用の食材は使えない。小豆は半分OK。蛤の甘露煮は御節に搭載予定。
焼き菓子を作るならラメル君にも一声必要。
(レイルが激怒する)
おやつを作りたいので魚介じゃない。じゃない?
そうでもないな。スイーツでなくお摘まみ系。
ペカトーレ産のアオリイカと紅海老なら使える。…お摘まみの範疇を超えるし皆で食べないと。
立ち戻って小豆を茹で。餅米を擦り器で餅米粉に。小麦粉と卵と合わせ水を加えながらシャカシャカ。
砂糖は少々。
茹で上がった小豆をジェイカーで粒餡子に。
黒砂糖を少々。
熱したフライパンにリゼルオイルを塗り、液体生地を薄く広げる。
直ぐに焼けるので剣魚串で掬って大皿へ積み重ね。
牛乳と無塩バター一片を鍋に掛けバターが溶けたら砂糖と小麦粉、蜂蜜を入れ沸騰させずに弱火で数分。緩い粘りが出た所でコンロから鍋を下ろし、半液体クリームをボールへ移す。
グーニャ君の背中を借りて急冷しながらシャカシャカグリグリ。即席アイスクリームが完成。
厚クレープ生地の端に餡子とアイスを等比で乗せ。巻いて畳んで俵型。
ミランダ分はアイスを抜き蜂蜜掛け餡子俵。2人を裏から呼び、直ぐ食べない分は冷凍庫へ。近場に配る分は余裕で出来てしまった。
「どやさ」
「美味しいですぅ。冬に冷たいスイーツ。なんて贅沢」
「美味です。お作りされる所から見ていたかった…。アイスクリームは無念です」
「お腹冷やすと拙いからなぁ」
「美味いニャ~」人語出ちゃってるぜ。
「クワッ」翼を広げて。
ペッツには半分ずつ。
16時半過ぎに嫁さんたちが帰宅。
「あ、狡ーい。何作ったの?」
「甘い香りですね」
「餡子クレープアイス。冷凍してあるから夕食後に食べよ」
女性は甘い物に敏感。鼻をヒクヒクさせて可愛い。
夕食は適当にサーモンムニエル。
3人とペッツのみとなってクレープアイスを提供。自分は水割りをチビチビと。
南国詳細、帝国詳細、山脈地下ハイブ、レイルから聞いたプレマーレの話。トロイヤの報告内容などの情報共有を行った。
「フレゼリカの分体ですか…。常軌を逸した非道。他人の身体を乗っ取ってまで生にしがみ付く。恐ろしき執念」
「だよなぁ。地下ハイブでモニター越しに見たシトルリンの余裕顔。仮初のマネキンかと思ってたけどまさか分身作ってたとはね。
分離は二世代位前に行われたらしいから。もう誰が誰だか解らない。
出会った中に居るのかも知れないし。何処かの町中に隠れていたかも。鍵はレイルが会ってない人物。俺たちが行ってない国や町だ」
「広いですね」
ホントそれ。出歩いた場所なんて1割良くて2割。世界は広い。
「名前に繋がる痕跡を消したみたいだから怪しい名前が出て来るまで捜索は保留。複製フレゼリカも見えないし」
「隠蔽道具自作してる可能性も有るわね」
「有るねぇ。代々引き継いで身体に埋め込む様な」
誰が聞いても異常だ。胸糞悪い。他人の趣向はどうこう言えないが愛した人の記憶を奪ってまで復讐するか?
女神とシトルリンとの間に何が有ったかは知らない。聞いても答えないだろうし。俺には理解出来そうにない。
片手を握り合う隣のフィーネ。誰よりも愛する嫁。俺には勿体ない人だ。しかし彼女は不穏な言葉を口にした。
「ねぇスタン…。変態勇者って…。兜…」
「「あ!」」ロイドも失念。
忘れてた!一番忘れちゃいけない人物を。
「おぉぉ忘れてたぁ。あの時の俺にはあいつの名前は見えなかった。見たくもなかったし。ロイドは」
「私にも。彼に関しては担当外でしたので。
女神に聞いて……黙秘!スターレンに禁忌破りを平気で働いた貴女が何を今更!」
テーブルを叩いてお皿が揺れた。
「ペリーニャにも聞けない」
「一番辛い記憶を思い出させちゃう」
状況は頗る厳しい。
「一旦落ち着こう。最悪墓場に行ってあいつの記憶を読み取れる。キモいから絶対やりたくないがあの性癖、女神に対する執着はどう足掻いても隠せない。
これまで出会っていれば必ず表に出ていた筈だ。いや…それこそ隠蔽道具か…」
なんてこったい。
「だ、大丈夫よ。あの変態趣味なら絶対オタク部屋作ってる。エッチなフィギュアとか!」
胸を抉られるお言葉。精神的ダメージ甚大。
「フィーネ君。それは偏見と言う物だよ」
「そうかしら」
何ですかその疑いの目は。
「今後は行った先々で建物や隠し部屋に注目しよう」
取り敢えず今までの王都や首都にはそれらしい部屋を持つ建物は無かった。変態が女神教信者の中に隠れていても誰が誰だか解りません!
名称不明の要注意人物が3人になってしまった。
人型3人で頭を悩ませる中。ピーカーがフィーネのバッグから顔を出した。
「僕がその場所に行って頭の中を覗いてみましょうか?」
「な…なんですって…」
魅惑的な助け船。
「分離しても誰に記憶を移したかは解ります。元の名前は関係無く」
しかも賢い!
「フラーメの中に居た時より賢くなった?」
「ママに補強して貰えました。外を旅するならと」
フィーネに許可を。
「ピーカー派遣しても?」
「背に腹は代えられないわ。ペット枠でもピーカーは従魔でも眷属でもないし。本人がやってくれるって言うなら止める権利は無い」
邪道だろうが何だろうが俺はやる!
「虹風呂溜めといて。帰ったら直でダイブする」
「はーい」
あんまし乗り気じゃない嫁。
「ロイド。あそこの人形やら関連品を片っ端から壊す。女神様の許可を」
「…下りました。問題有りません」
何故か怒ってるが気にせず行こう。何か一言有ったな。
汚れても良い服に着替え、全身霊廟装に変化。修理した酸素ボンベを装着。綿玉ピーカーを手に乗せてラザーリア地下墓場内にカッ飛んだ。
酢酸の刺激臭と僅かな腐敗臭が鼻の粘膜を汚染する。
室内の配置は以前と変わり無く。荒らされた痕跡は見当たらなかった。
シーツを被せた水槽もそのまま残っている。
勇気を奮いシーツを勢い良く剥がし……。
形容し難い生首。したくないが正解。自分でやった非道。
確かに、これは俺の罪。腹の奥底に飲み込む。
俺は、正義のヒーローには成れない。成ってはいけない側の人間だ。
明るくなったからか生首が震えた。
平気そうなピーカーを蓋の上に乗せ小窓に隙間を開けた。
躊躇う素振りも見せず容器の中に飛び込むと。極少化して抉れた目の奥へと入って行った。
小刻みな震えが大きくなった所で目を離し室内を見渡す。
フィギュアが並べられた棚。壁に貼られた女神の水着ポスター。誰だよこれ描いたの。前勇者本人か?
自分でないのは確かだが違和感が残る。
上質な厚紙の油絵ねぇ。まあ俺が知らない芸術家は大勢居るからな。
人形や彫像を全て壊し、分解しても。棚を持ち上げ引っ繰り返しても隠蔽道具の類は発見出来ず。
トイレやユニットバスは普通。隠し部屋の類も無し。
ペリーニャとフィーネのお母さんのご遺体が囚われていた部屋へ移動し捜索を続けた。
彼女に心で謝りながらそちら側のトイレの裏まで。
隅々双眼鏡や掌で鑑定して回ったが特別な物は何も。
あいつが着けていた無線ヘッドホン。今は粉にして消炭にしまって手元に無いが、あれが隠蔽道具だったのかもと思い始めた。
あの時。あいつは何を聞いて踊っていたんだろう。
答えを持つ者は容器の中。
ここにはもう無いのか…。
まだピーカーは出て来ない。時間が空いて手持ち無沙汰になった俺は壁のポスターを考え無しに剥がし……。
在った。真ん中のポスターの裏に不自然な空洞が。そこには何も無く蓋代わりのポスターには高度な隠蔽術式が練り込まれていた。
「へぇ。ここに在ったのか」
20cm四方程の空間。何が入っていたかは不明。
ここに入れた人物。転移具で瞬間転移すれば奪取は可能。該当人物で生存者は片手に収まる。
最も怪しいのはシトルリン。複製は転移具が使えない様子だが原本の方は使えたらしい。
次点で複製フレゼリカ。いや使えるならもっと動き回っている筈だ。あの女は我慢が出来ないタイプだから。
そして男でもう一人。前王族、第一王子ランディス。
軟弱な振りをして裏で旧派閥を動かし。ロルーゼの母親と結託。式典でスタルフを殺害。晴れて王座に返り咲く。
充分に有り得るシナリオだ。実にチープでお粗末だが。
面白い…。送り込まれる刺客とランディスが繋がる証拠を掴めばハッピーエンド。
「終わりました」
身震いで水滴を撒き散らすピーカーが蓋の上に。
「おっけ。ちょっと待ってて」
ピーカーを床に置き直し小窓を再封印。
「お前、まだ許されてないんだな」
震える首にそう語り掛けシーツを被せた。
ポスターは全回収。さて帰りますかとはならねーぜ。
気になる空洞。手を突っ込んで叩いても変化は無い。
でもでもおいらの目は誤魔化せないよ。
これは二重構造。所有者死亡で解除される収納箱だ。
所有者はもち変態生首。死んでない。この部屋には前々から違和感を覚えていた。直感と言ってもいい。
食糧品が見当たらない。オタク…元世界での自分もそうだったが他人に部屋に入られるのを極端に嫌う習性を持つ人が多い。肉親や自分で連れてきた捕虜なら兎も角。
女神様は許可した。ここの全てを壊して良しと。
今度は邪魔しないだろう。
ボンベはまだまだ余裕。
空洞の外周を広く取り煉獄で四角く斬り込む。深く深くより深く。
両サイドの溝に地獄突きを咬まし。
「うぉぉぉーーー」
全力全開で空洞を引き抜いた。
奥側が1m以上抜けた。なのに空洞は原形を留めたまま。
「やっぱりな」
無駄に強化されている。
確信を得た俺はピーカーをバッグの表に入れ。自宅には帰らず無人島に直行。
俺は貰った物は直ぐ使う。そうです、三呪の破滅さんの登場です。危なくて夜も安眠出来ん。迷惑だ。
良しやろう。
「帰らないんですか?」
「まだね。さっき拾った物を廃棄処理するんだ」
さぞ綺麗な花火が見られることでしょう。
南側の丘の頂上に立つ。満天の星々を見上げた。
半径5kmの超新星を作るにはやっぱりお空。思い出す一匹の蠅だった頃に目指したあの場所へ。
地上から大気圏までの距離は知らない。雲一つ無い快晴で気圧が低くなる方向だからボンベは問題無い。
腕輪で飛んだら転移で逃げられない。選択肢は1つ。
愛用のロープで足場を作り地上から自分の身体を押し上げた。
高く高く高ーく何処までも。頭痛と耳鳴り。吹き荒れる大気流はロープを壁にして快適。
激しい乗り物酔いに似た吐き気と頭痛。全部無視。
高度はロープ性能の半分10kmに到達。
自然現象以外の邪魔は入らないので執行OKサインと判断しました!
引き抜いた収納BOXを出し、上面に破滅具を等間隔に配置。座面をカメノス製薬試作接着剤で固定。
仕上げにポスター類も畳んで開口部奥にべったりと。
接着剤が乾く迄の約1分。スマホを取り出し。
「フィーネさん、フィーネさん」
「何よ。なんでまた勝手にそんなとこに行ったの?」
「だから今許可取ってんじゃん!吐きそう…」
「遅いよ。行く前に言うの!」
「怒らない怒らない。今からこないだの破滅道具で爆破処理するから外出て南の空見てて」
「へ?あれ、使うの?てか今何処?」
「地上から約10km上空。ボンベ切れる前に起動するからじゃあまた後で」
「…ほへ?」
固まったようなのでスマホを切った。折り返しコールは取らなくて良いでしょう。何たって起動したら転移するし。
久々に使います。
時間操作:延長
静止した時の中。1つ目の三呪の蓋に手を掛けた。
「凄い空間ですね。周囲一帯が世界から切り離されたような感じです」
ピーカー君だけが平常運行。
自分は答えてあげられないのが切ない。後程返答にて。
足場の厚みを分厚く。膝を落とし収納BOXの前後に手腕を掛け。樽投げベンチプレスの要領で真上へ放り投げ。
地上に転移。ロープを収納。自宅にGO。
任務は完了。無人島から自宅へ転移する直前に。背後で誰か聞き覚えの有る男の声が…。
「やぁー…」
した気がするが気の所為にしとこ。
嫁さんと花火見たいし。
<収縮。圧縮。高圧縮。収束完了。3フェーズ起動準備。
起動完了。起爆します>
極小の光は星々の影と重なり誰の目にも入らなかった。
しかしその後の青白い閃光は惑星を彩る1つのリングとなりて尚紅く燃ゆる。
タイラント南上空で拡散された紅い光は音も無く。
遠く。遙か遠くのマッハリア王都ラザーリアの夜空迄明るく焦がしたと言う。
その空の変異は数分続いた。
「おぉ~凄えぇ。でも音が無い」
「明るいねぇ。あれで音がしたらラフドッグとウィンザートの人たちの鼓膜破れちゃうでしょ」
「そりゃそうだ」
「てか臭い。酸っぱい」
「お風呂入りまーす」
フィーネの隣のロイドも。
「あれに巻き込まれて生き残れる者がどれ程居たのでしょうね」
「どうだろ。無人島に下りた時。時間延長の中でピーカー以外の声がした。気がする」
「誰かが巻き込まれたのですか?」
「地上は範囲外だったから大丈夫っしょ。光を直視してなければ。南で失明した人が居たら無償で助けます」
デニス氏の右眼を完治させた竜眼滴で。
スターレンがピーカーと共に虹風呂に沈んだ頃。
アッテンハイムの教皇グリエル・ストラトフが何の前触れも無く。教皇邸私室から忽然と姿を消した。
彼らが紅の閃光とグリエル失踪の関連に気付いたのは。
それから約10時間の後。
織物が高額になるのは当然の理。然りとて庶民の手に届くのは綿と羊毛と麻。質の善し悪しは横へ置き。
ラザーリア北部地区で質の善い綿と羊毛を扱う店は見付かった。しかし、舞台衣装を求めるトワンクスは渋る。
「悪くはないんですがねぇ…。今一と言うか」
同じく朱色の一枚布を手に取るジョゼも。
「色味が。朱は朱でも地味と言いますか」
染色にも不満が有る様子。
護衛のレンデルは我関せず。商売に関しては愚鈍な一般冒険者。彼は幼馴染みに協力し、長期契約を結んでいるだけの人。
取引相手として現われた3人は同じロルーゼの町のご近所同士で成人してからも仕事や護衛で絡む事が多かったそうだ。仲間意識は高く、仲は良い方と感じる。
「しかし…。時間も有りませんし。何処かで妥協点を付けねば間に合いませんよ。
本国から持ち込む衣装がある程度揃っているなら羽織り物の種類を増やすに絞るとか」
「ロディさんの仰る通りなのですが。ロルーゼの高官は軒並み見栄っ張りで。採寸のベースは私やロディさんの試着で間に合うかと考えてました。
ですが肝心の布の質と色彩が…残念で」
「今の王都は式典準備で忙しく。腕の良い織物や染色職人の方々は城内に張り付いていますので。ラザーリア内は諦めた方が宜しいかと」
ローレンに聞いたそのまま。
原料の上綿なども城に集められている。
財布を預かるトワンクスの決断がやや遅い。唸りながら悩んでいるのはジョゼも同様。
「出せるご予算と踊り子の人数を教えて下さい」
これにジョゼが小声で答えた。
「ロディさんを信用して。採算度外視で共通金二百迄。踊り子は補欠含め十五名です。楽隊の手配は私たちではないので飽くまでダンサー衣装のみを」
金200枚有るならタイラントでも製作は可能。
「潤沢とは言えませんがそれを出せるならタイラントでお作りしましょう。そろそろデザインを見せて頂けません?」
「それは…」
トワンクスとジョゼが頭を垂れる。
何やら様子が可笑しい。本筋のデザインの話になると毎回口を閉ざしてしまう。
「まさか…。図案が、まだ出来てないとか」
「じ、実は…」
ジョゼの答えに消沈。
「おいおいマジかよ。何やってんのお前ら」
黙っていたレンデルも呆れてる。
こうなると話が違う。と言うよりも間に合わない。
「間に合いませんね。私はこの件から…」
「ま、待って下さい!ロディさんだけが頼りなんです。今降りられると私たち…。私とトワンクスは首を吊らねば」
ジョゼの泣き脅し。
「これは仕事です。人情でお金は沸きません」
「そんなぁ…」ほろりと涙を溢して。
ジョゼの嘘泣きに座り直し。
「嘘泣きはいけません。女が女を騙せるとでも?」
「…す、済みませんでした」
目尻をハンカチで拭い。
「これまでの幾つかの仕事で無理をして。雇い主が囲う金貸屋から借りたのが半分の百。成功報酬が二百。借金はチャラ。レンデルには前金で支払っているので式典終了から帰国までは居てくれます。
不履行で国に帰れば闇討ち。良くて私は奴隷の娼館勤め」
「逃げても雇い主の追手からは逃れられません」
とトワンクスが付け加えた。
性処理の道具にされると言って退けたジョゼ。明らかにやせ我慢だ。
「詰り。成功達成しなければ私に銅貨1枚も入らないのですね」
「…はい」
溜息混じりに。
「同情はしませんがご提案を」
「ロディさん」
「デザイン料や制作費は後回しに。私が1からタイラントで作り来月中旬にここへ戻ります。高速馬車を使えばギリギリ何とか。
待っている間はここの服飾店の品で揃える努力をしていて下さい。
互いの物を持ち寄り衣装合わせを。私への報酬は全て後払いでも構いません。勿論ギルドで証文を書いて頂き」
「有り難う御座います!ロディさんと出会えてホント良かったぁ」
「助かります。僕らも誠意を見せないと」
「しゃーねえ。俺も冒険者仲間当ってみる。趣味で服作ってる奴が居るかも知れねえし」
逃げ腰でないだけ救い様は有る。
予定よりも少し早いがスターレンに迎えを頼もうか…。連絡してからグーニャの転移で帰るかの何方か。
商業ギルドの商談室で誓約書と報酬に関する証文を各2部書き上げ署名とギルドの紋印を貰った。
「慣れているのですね。ロディさん」
「相手の後ろに誰が居るかも知らずに詐欺を働いてはいけませんよ。特に2人。タイラントの商売人を嘗めている帰来が丸見えです。
今度は私が逃しません」
「「…」」
「こえぇ。あんた冒険者もやってるのか」
レンデルに問われ否定はせずに。
「本業は商人ですよ」
冒険者ギルドの掲示板を見ていたのですから今更。
「一つ手合わせしてくんねえか。ギルド裏の修練所で。身体鈍っちまってよ」
「毎日の様に私の後を着け毎回巻かれている貴方が?」
高速移動とグーニャの近距離転移で。
「…バレてたか」
「尾行、下手ですね」
「…チッ」
「今は時間が惜しい。余興は戻ってからで」
時間はたっぷり有りますが。
「お、お手柔らかに」
「書き掛けの構成図でも頂けますかしら。意に沿わない物を作っても無駄です」
「そ、そうですね。商談室に戻って今描きます。自分の頭も整理したいんで」
まだ返室していなかった先程の部屋に戻りジョゼが構成図をトワンクスと相談しながら描き上げた。
描いている途中から気付いてはいた。
「この冬場に…。臍出し、ですか?」
上はチューブトップに長いショールを首から巻き付け、下はサイドスリットのロングフレア、のラフ絵。
「はい。いけませんか?会場は屋内ですよね?」
「さあ…。テラス舞台だったら?」
「え!?そんな事が有り得るんですか?」
「知りません。城内に入った事など無いので」
宴会場や演舞場は見ていない。
トワンクスも会場の詳細設定は聞いていない様子。
「トワンクスさんは本国では骨董商を営んでいたと伺いましたが、これまでどんな経営を?」
「…転売専門です。鑑定は外部に依頼して」
ん??
「ジョゼさんではなく?」
「私は…只の経理です」
少し額を押さえて心を落ち着ける。外れだったかも…。
「依頼主から詳細はお聞きに…」
「顧客の一人で。偶々ジョゼのデザインの趣味が目に留まって今回の依頼を受けました。借金の返済方法として」
「趣味?本職では」
「趣味の範疇です。見習いでもなく師匠も居ません」
キッパリと宣言。潔し。
どうして素人を送り込んだの?
もう一度ラフ絵を見直す。
「筋は良いと感じます。縮尺も寸比も外れ無し。貴族に腕を買われたならセンスもお有りなのでしょう。
契約前に確認しなかった私も悪い。してしまったからには最後までお付き合いします」
「感謝します」
ロルーゼの商人は皆、笊なのだろうか。
「露出に関しては修正すると思いますが基本構成はこれにて了承。城に上がるなら何より気品。若き王を誘惑する物では即刻退場。町の酒場ではないのですから。
ジョゼさんも念頭に置き見直しを」
「勉強に成ります」
「仕上がりを突き合わせるのが楽しみですね」
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細かい案件を手分けして熟し。年越しまで1週間を切った頃にロイドからの連絡を受け実家で拾い。帝国その他土産をドカンと置き逃げ。
式典準備で忙しい父上と主役はタイラントの新年会には呼べないので今回はお流れ。皆役職上がったし。
「サンだけは行かせて遣りたかったが…。難しいよな」
珍しく父上から相談。
「マジっすか…」
「ん~~。まだ正式な王女様ではないから。何とか行けそうな気もするけどぉ。どうなの?」
フィーネの目もこちらに向いた。
「俺の判断で良いなら大歓迎ですよ。でしたらここに一時帰宅する体で皆短時間転移で運びます。サンとハルジエだけなら家に泊まりでも。
流石にスタルフは厳しいですが1泊位離れても泣きはしないでしょうし」
「可能か!短時間なら…何とかしよう。前回訪れたステーキ店は」
「1月の予約は一杯です。唯一の空き日は上役と聖女団体の接待に使うんで」
「そうか…。少し残念だな」
聞いてみたらスッポリガラ空きの日が1日だけ有った。
マリーシャに直談判し貸し切り即決OK。トワイライトでは初の試みだったが王族を招待したいと言ったら捻じ曲げてくれた。
毎度防護柵立てる手間を考えれば外を兵士で囲んだ方が早いし安い!
貸し切り序でにペリーニャもご招待。
「楽しみにしています」と大喜び。年明けにも遊びに来るけど。
ダリアにはそれが見えてたんだな。予知能力も相当上がってる。
「上質なお肉仕入れて自宅で焼きます。今なら他に類を見ない焼き職人がロロシュ邸に居るので」
「期待しよう。日程は来月ロイドがもう一度ここへ来るそうだからそれに合わせる」
「そうなの?」
「仕事の兼ね合いで。詳しくは帰ってから」
嬉しそうな顔ではないので難しい案件ぽい。
「目標日程はロイドに話を聞いてから近々に連絡を」
「うむ。楽しみにしているぞ」
ラッハマのティマーンは昨日拾ったので自宅へ直帰。
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パージェントの市場で見付けた玉蜀黍(トウモロコシ)で蒸し上げとポップコーンを作りムシャムシャしながらロイドの報告を聞いた。
味付けは塩のみでも。
「「懐かしい!」」
クワンだけ塩無し。
「ク…」超不満顔。
ロイドもパクパク。
「簡単な調理でこんなに美味しい物が作れるとは」
「パチパチ跳ねて煩いのを除けば。油やスープの具だけじゃないんすよ。難しい話?」
「いえ。少々時間が掛かるだけで。これを」
テーブルに出された1枚のラフスケッチ。露出の高い演舞衣装ぽい。
「ん?踊り子?」
「ちょっとエッチですねぇ」
「はい…」
ロルーゼからラザーリアへ式典目当てで来ていた行商隊の1人から冒険者ギルドで声を掛けられ仕事を探しているなら紹介したい案件が有ると。
男じゃ無理だからと女性を連れて来て仕事内容を聞き。最初はダンサーやらないかと勧誘を受けた。それは無理と答えると衣装を用立てる側ならどう?みたいな流れ。
「ダンサーは経験が有ればの話。本題はラザーリア内で衣装を用意したいと。式典期間に城で演舞を披露する事は確定らしく。お話に乗りました」
「「なるほろ」」
踊り子と楽隊は1月中~下旬を目指してやって来る。持って来る荷物は楽器が占めて衣装は少な目。でもって色直し的な新作衣装を構築。種類は可能な限りで予算内。
父上に聞いて城下北部地区の店を紹介。生地の質感や彩色に文句を垂れ始め。あれれ?こいつら可笑しいぞ。
「予算が少ないのかと問うと金200。それだけ有れば15人分の衣装位余裕では?と思い衣装のデザインを見せてと要求した所未着手。デザイナーは経験全く無い素人。
間に合わせる気が有るのか無いのか微妙です。
これは外れだったかと試しに描かせたのがそれ」
「素人先に送り込んだの?」
有り得…な…くはないかなぁ。
「筋は良いかと。式典に出席出来る程の上流貴族に認められたなら1つ助けてみようと思い。それをベースにタイラントで作って戻ると約束しました。
素人だと聞く前に契約を結んでしまったのも有りまして」
「ふむふむ。しゃーなしやね」
「城に入れれば潜伏犯の後ろに回れる。良い方に考えて」
「どの道私は出席出来ませんので裏方でなら難無く」
ラフスケを再確認。
「これ描いたの女の人?」
「はい。解りますか」
「一度も城とか公式の場に入った事が無い。男なんて肌見せてやれば喜ぶ。媚びない感じはまあまあ。妖艶と芸術を履き違えてる。女性特有の勘違いだなってね」
「へぇ。男にも色々ね。私には善し悪しが解んない」
「男女問わず欲は色々っしょ。でなくて今の新生ラザーリアの城内演舞でこれは無いよ。自国内の身内貴族同士の夜会ならまま有るけど。他国の特使級の人間がお披露目したら大恥だよ。ロルーゼの傷に塩を塗り込むよ……」
おや?
「「まさか!」」
「素人に責任取らせて自滅する気なのか…。だったら当り引いてるかも」
「飛躍し過ぎな感は有りますが。可能性は大いに」
「となると後から来る楽隊の楽器が怪しいね」
「だね。道具や暗器を詰め放題。ならいっそ誰も文句言えないような衣装揃えて度肝抜いてやろうじゃないの」
面白くなって来た。外れだとしても対処の幅が絞れる。
乗って来た勢いそのままにフィーネとロイドを背中合わせで立たせ新デザイン考案。
………
下は七分丈の白タイトパンツ。上はノースリーブのタイトワンピで前後簾。ショールは使えるので採用。
シューズはヒール無しの足首固定式スリッポン。
「これって…」
フィーネさんは何かに気付いた様子。
「元世界の中華風装束に近いね。多分この世界。未知の南東大陸以外には絶対無い形式」
「ショールの網目が大きいのは何故ですか?」
透け感が気になるロイドにお答え。
「腕見せや足首見せと大袈裟スリットは武器の非携帯をアピールする意味合いも有る。ショールも同じさ」
「成程」
中身は見せないと毎回身体検査される。
「ブラはチューブトップで良し。体格の調整用に背中紐で少し肌見せするけどこれ位なら許容範囲だ」
「うん。大変良いと思います」
嫁さんの太鼓判を頂いた。
「身体検査で全員一度全裸になると思うんだけど。その辺大丈夫?」
「う…。致し方無しかと」
「次行った時。着替えと検査は女性兵か士官が入るようにするのと持ち込み品の検査に俺たちも立入るのを父上に申告忘れずに」
これは皆。
「はい」
「上の基調は薄目の朱と白。作れれば次点で薄紫でいいかな。靴は真っ黒以外自由。胸元のワンポイントに何か刺繍入れたい」
「ロルーゼを象徴する花とかは?」
「いいっすね。確か…ハイビスカス、だったか」
淡い紅の花柄を描き込み。
同じデザインを追加で2枚描きロイドに渡した。
「フィーネと一緒に行ってきな。ロイドが取って来た初仕事だ。序でに買い物して来たら?」
「有り難う御座います」
「いいわね。お昼食べたら早速行こー」
「最速で作れる店探すのと後付け刺繍はミーシャの店に行ってみて。シルクはワッペンだけ。他は上綿で統一」
「ミーシャさんのご家族は」
「今絶賛移動中。少し遅れて年明け早くて上旬着予定。行った序でにミーシャに家族の名前聞いといて」
「解りました」
ロイドも何処か誇らしげ。
「俺たちの進捗は夜に話そう」
「外じゃ話せないもんねぇ」
「帝国土産を持参していたなら上手く運んだのですね」
「バッチリさ。それ以外の情報が大問題」
同一人物が2人居る問題。
フレゼリカは見付からず。シトルリンは西に1人だけ。
2人共名を捨てたか何重にも改名したと推測。今は探しようが無い。一旦保留。
プレマーレは原本の名前に関する記憶を消されたとレイルから聞いたし。
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ご新規移民組は家族揃ってハイネ滞在中。お供はソプランとアローマ。
ロロシュ氏とシュルツはラッハマ東とオリオン開拓地の冬季休工前確認で護衛隊と一緒に不在。
嫁さんたちは仲良くお買い物。ピーカーはフィーネのバッグの中でスヤスヤ。
自宅にはクワンとグーニャだけ。プリタとミランダは裏庭作業中。
静かなロロシュ邸内。久々の自由だぁぁぁ。
でもやる事ナス。
風景画を描いても直ぐに終わってしまう。自宅も本棟の書庫の書物は殆ど読み尽くしてしまった。娯楽用品は全部シュルツが持ってる。
「良し。一っ走りして風呂入って何か新作料理作るか」
「走るかニャ!」
暖炉の前でクワンとじゃれ合っていたグーニャがわいもと首を向けた。
ペッツを連れ立ってトレーニングルームへGO。
お風呂でサッパリした後。時刻は15時過ぎ。無人のキッチンに入り何を作ろうか考える。
年越し用の蕎麦粉は既に購入。正月用餅米と御節用の食材は使えない。小豆は半分OK。蛤の甘露煮は御節に搭載予定。
焼き菓子を作るならラメル君にも一声必要。
(レイルが激怒する)
おやつを作りたいので魚介じゃない。じゃない?
そうでもないな。スイーツでなくお摘まみ系。
ペカトーレ産のアオリイカと紅海老なら使える。…お摘まみの範疇を超えるし皆で食べないと。
立ち戻って小豆を茹で。餅米を擦り器で餅米粉に。小麦粉と卵と合わせ水を加えながらシャカシャカ。
砂糖は少々。
茹で上がった小豆をジェイカーで粒餡子に。
黒砂糖を少々。
熱したフライパンにリゼルオイルを塗り、液体生地を薄く広げる。
直ぐに焼けるので剣魚串で掬って大皿へ積み重ね。
牛乳と無塩バター一片を鍋に掛けバターが溶けたら砂糖と小麦粉、蜂蜜を入れ沸騰させずに弱火で数分。緩い粘りが出た所でコンロから鍋を下ろし、半液体クリームをボールへ移す。
グーニャ君の背中を借りて急冷しながらシャカシャカグリグリ。即席アイスクリームが完成。
厚クレープ生地の端に餡子とアイスを等比で乗せ。巻いて畳んで俵型。
ミランダ分はアイスを抜き蜂蜜掛け餡子俵。2人を裏から呼び、直ぐ食べない分は冷凍庫へ。近場に配る分は余裕で出来てしまった。
「どやさ」
「美味しいですぅ。冬に冷たいスイーツ。なんて贅沢」
「美味です。お作りされる所から見ていたかった…。アイスクリームは無念です」
「お腹冷やすと拙いからなぁ」
「美味いニャ~」人語出ちゃってるぜ。
「クワッ」翼を広げて。
ペッツには半分ずつ。
16時半過ぎに嫁さんたちが帰宅。
「あ、狡ーい。何作ったの?」
「甘い香りですね」
「餡子クレープアイス。冷凍してあるから夕食後に食べよ」
女性は甘い物に敏感。鼻をヒクヒクさせて可愛い。
夕食は適当にサーモンムニエル。
3人とペッツのみとなってクレープアイスを提供。自分は水割りをチビチビと。
南国詳細、帝国詳細、山脈地下ハイブ、レイルから聞いたプレマーレの話。トロイヤの報告内容などの情報共有を行った。
「フレゼリカの分体ですか…。常軌を逸した非道。他人の身体を乗っ取ってまで生にしがみ付く。恐ろしき執念」
「だよなぁ。地下ハイブでモニター越しに見たシトルリンの余裕顔。仮初のマネキンかと思ってたけどまさか分身作ってたとはね。
分離は二世代位前に行われたらしいから。もう誰が誰だか解らない。
出会った中に居るのかも知れないし。何処かの町中に隠れていたかも。鍵はレイルが会ってない人物。俺たちが行ってない国や町だ」
「広いですね」
ホントそれ。出歩いた場所なんて1割良くて2割。世界は広い。
「名前に繋がる痕跡を消したみたいだから怪しい名前が出て来るまで捜索は保留。複製フレゼリカも見えないし」
「隠蔽道具自作してる可能性も有るわね」
「有るねぇ。代々引き継いで身体に埋め込む様な」
誰が聞いても異常だ。胸糞悪い。他人の趣向はどうこう言えないが愛した人の記憶を奪ってまで復讐するか?
女神とシトルリンとの間に何が有ったかは知らない。聞いても答えないだろうし。俺には理解出来そうにない。
片手を握り合う隣のフィーネ。誰よりも愛する嫁。俺には勿体ない人だ。しかし彼女は不穏な言葉を口にした。
「ねぇスタン…。変態勇者って…。兜…」
「「あ!」」ロイドも失念。
忘れてた!一番忘れちゃいけない人物を。
「おぉぉ忘れてたぁ。あの時の俺にはあいつの名前は見えなかった。見たくもなかったし。ロイドは」
「私にも。彼に関しては担当外でしたので。
女神に聞いて……黙秘!スターレンに禁忌破りを平気で働いた貴女が何を今更!」
テーブルを叩いてお皿が揺れた。
「ペリーニャにも聞けない」
「一番辛い記憶を思い出させちゃう」
状況は頗る厳しい。
「一旦落ち着こう。最悪墓場に行ってあいつの記憶を読み取れる。キモいから絶対やりたくないがあの性癖、女神に対する執着はどう足掻いても隠せない。
これまで出会っていれば必ず表に出ていた筈だ。いや…それこそ隠蔽道具か…」
なんてこったい。
「だ、大丈夫よ。あの変態趣味なら絶対オタク部屋作ってる。エッチなフィギュアとか!」
胸を抉られるお言葉。精神的ダメージ甚大。
「フィーネ君。それは偏見と言う物だよ」
「そうかしら」
何ですかその疑いの目は。
「今後は行った先々で建物や隠し部屋に注目しよう」
取り敢えず今までの王都や首都にはそれらしい部屋を持つ建物は無かった。変態が女神教信者の中に隠れていても誰が誰だか解りません!
名称不明の要注意人物が3人になってしまった。
人型3人で頭を悩ませる中。ピーカーがフィーネのバッグから顔を出した。
「僕がその場所に行って頭の中を覗いてみましょうか?」
「な…なんですって…」
魅惑的な助け船。
「分離しても誰に記憶を移したかは解ります。元の名前は関係無く」
しかも賢い!
「フラーメの中に居た時より賢くなった?」
「ママに補強して貰えました。外を旅するならと」
フィーネに許可を。
「ピーカー派遣しても?」
「背に腹は代えられないわ。ペット枠でもピーカーは従魔でも眷属でもないし。本人がやってくれるって言うなら止める権利は無い」
邪道だろうが何だろうが俺はやる!
「虹風呂溜めといて。帰ったら直でダイブする」
「はーい」
あんまし乗り気じゃない嫁。
「ロイド。あそこの人形やら関連品を片っ端から壊す。女神様の許可を」
「…下りました。問題有りません」
何故か怒ってるが気にせず行こう。何か一言有ったな。
汚れても良い服に着替え、全身霊廟装に変化。修理した酸素ボンベを装着。綿玉ピーカーを手に乗せてラザーリア地下墓場内にカッ飛んだ。
酢酸の刺激臭と僅かな腐敗臭が鼻の粘膜を汚染する。
室内の配置は以前と変わり無く。荒らされた痕跡は見当たらなかった。
シーツを被せた水槽もそのまま残っている。
勇気を奮いシーツを勢い良く剥がし……。
形容し難い生首。したくないが正解。自分でやった非道。
確かに、これは俺の罪。腹の奥底に飲み込む。
俺は、正義のヒーローには成れない。成ってはいけない側の人間だ。
明るくなったからか生首が震えた。
平気そうなピーカーを蓋の上に乗せ小窓に隙間を開けた。
躊躇う素振りも見せず容器の中に飛び込むと。極少化して抉れた目の奥へと入って行った。
小刻みな震えが大きくなった所で目を離し室内を見渡す。
フィギュアが並べられた棚。壁に貼られた女神の水着ポスター。誰だよこれ描いたの。前勇者本人か?
自分でないのは確かだが違和感が残る。
上質な厚紙の油絵ねぇ。まあ俺が知らない芸術家は大勢居るからな。
人形や彫像を全て壊し、分解しても。棚を持ち上げ引っ繰り返しても隠蔽道具の類は発見出来ず。
トイレやユニットバスは普通。隠し部屋の類も無し。
ペリーニャとフィーネのお母さんのご遺体が囚われていた部屋へ移動し捜索を続けた。
彼女に心で謝りながらそちら側のトイレの裏まで。
隅々双眼鏡や掌で鑑定して回ったが特別な物は何も。
あいつが着けていた無線ヘッドホン。今は粉にして消炭にしまって手元に無いが、あれが隠蔽道具だったのかもと思い始めた。
あの時。あいつは何を聞いて踊っていたんだろう。
答えを持つ者は容器の中。
ここにはもう無いのか…。
まだピーカーは出て来ない。時間が空いて手持ち無沙汰になった俺は壁のポスターを考え無しに剥がし……。
在った。真ん中のポスターの裏に不自然な空洞が。そこには何も無く蓋代わりのポスターには高度な隠蔽術式が練り込まれていた。
「へぇ。ここに在ったのか」
20cm四方程の空間。何が入っていたかは不明。
ここに入れた人物。転移具で瞬間転移すれば奪取は可能。該当人物で生存者は片手に収まる。
最も怪しいのはシトルリン。複製は転移具が使えない様子だが原本の方は使えたらしい。
次点で複製フレゼリカ。いや使えるならもっと動き回っている筈だ。あの女は我慢が出来ないタイプだから。
そして男でもう一人。前王族、第一王子ランディス。
軟弱な振りをして裏で旧派閥を動かし。ロルーゼの母親と結託。式典でスタルフを殺害。晴れて王座に返り咲く。
充分に有り得るシナリオだ。実にチープでお粗末だが。
面白い…。送り込まれる刺客とランディスが繋がる証拠を掴めばハッピーエンド。
「終わりました」
身震いで水滴を撒き散らすピーカーが蓋の上に。
「おっけ。ちょっと待ってて」
ピーカーを床に置き直し小窓を再封印。
「お前、まだ許されてないんだな」
震える首にそう語り掛けシーツを被せた。
ポスターは全回収。さて帰りますかとはならねーぜ。
気になる空洞。手を突っ込んで叩いても変化は無い。
でもでもおいらの目は誤魔化せないよ。
これは二重構造。所有者死亡で解除される収納箱だ。
所有者はもち変態生首。死んでない。この部屋には前々から違和感を覚えていた。直感と言ってもいい。
食糧品が見当たらない。オタク…元世界での自分もそうだったが他人に部屋に入られるのを極端に嫌う習性を持つ人が多い。肉親や自分で連れてきた捕虜なら兎も角。
女神様は許可した。ここの全てを壊して良しと。
今度は邪魔しないだろう。
ボンベはまだまだ余裕。
空洞の外周を広く取り煉獄で四角く斬り込む。深く深くより深く。
両サイドの溝に地獄突きを咬まし。
「うぉぉぉーーー」
全力全開で空洞を引き抜いた。
奥側が1m以上抜けた。なのに空洞は原形を留めたまま。
「やっぱりな」
無駄に強化されている。
確信を得た俺はピーカーをバッグの表に入れ。自宅には帰らず無人島に直行。
俺は貰った物は直ぐ使う。そうです、三呪の破滅さんの登場です。危なくて夜も安眠出来ん。迷惑だ。
良しやろう。
「帰らないんですか?」
「まだね。さっき拾った物を廃棄処理するんだ」
さぞ綺麗な花火が見られることでしょう。
南側の丘の頂上に立つ。満天の星々を見上げた。
半径5kmの超新星を作るにはやっぱりお空。思い出す一匹の蠅だった頃に目指したあの場所へ。
地上から大気圏までの距離は知らない。雲一つ無い快晴で気圧が低くなる方向だからボンベは問題無い。
腕輪で飛んだら転移で逃げられない。選択肢は1つ。
愛用のロープで足場を作り地上から自分の身体を押し上げた。
高く高く高ーく何処までも。頭痛と耳鳴り。吹き荒れる大気流はロープを壁にして快適。
激しい乗り物酔いに似た吐き気と頭痛。全部無視。
高度はロープ性能の半分10kmに到達。
自然現象以外の邪魔は入らないので執行OKサインと判断しました!
引き抜いた収納BOXを出し、上面に破滅具を等間隔に配置。座面をカメノス製薬試作接着剤で固定。
仕上げにポスター類も畳んで開口部奥にべったりと。
接着剤が乾く迄の約1分。スマホを取り出し。
「フィーネさん、フィーネさん」
「何よ。なんでまた勝手にそんなとこに行ったの?」
「だから今許可取ってんじゃん!吐きそう…」
「遅いよ。行く前に言うの!」
「怒らない怒らない。今からこないだの破滅道具で爆破処理するから外出て南の空見てて」
「へ?あれ、使うの?てか今何処?」
「地上から約10km上空。ボンベ切れる前に起動するからじゃあまた後で」
「…ほへ?」
固まったようなのでスマホを切った。折り返しコールは取らなくて良いでしょう。何たって起動したら転移するし。
久々に使います。
時間操作:延長
静止した時の中。1つ目の三呪の蓋に手を掛けた。
「凄い空間ですね。周囲一帯が世界から切り離されたような感じです」
ピーカー君だけが平常運行。
自分は答えてあげられないのが切ない。後程返答にて。
足場の厚みを分厚く。膝を落とし収納BOXの前後に手腕を掛け。樽投げベンチプレスの要領で真上へ放り投げ。
地上に転移。ロープを収納。自宅にGO。
任務は完了。無人島から自宅へ転移する直前に。背後で誰か聞き覚えの有る男の声が…。
「やぁー…」
した気がするが気の所為にしとこ。
嫁さんと花火見たいし。
<収縮。圧縮。高圧縮。収束完了。3フェーズ起動準備。
起動完了。起爆します>
極小の光は星々の影と重なり誰の目にも入らなかった。
しかしその後の青白い閃光は惑星を彩る1つのリングとなりて尚紅く燃ゆる。
タイラント南上空で拡散された紅い光は音も無く。
遠く。遙か遠くのマッハリア王都ラザーリアの夜空迄明るく焦がしたと言う。
その空の変異は数分続いた。
「おぉ~凄えぇ。でも音が無い」
「明るいねぇ。あれで音がしたらラフドッグとウィンザートの人たちの鼓膜破れちゃうでしょ」
「そりゃそうだ」
「てか臭い。酸っぱい」
「お風呂入りまーす」
フィーネの隣のロイドも。
「あれに巻き込まれて生き残れる者がどれ程居たのでしょうね」
「どうだろ。無人島に下りた時。時間延長の中でピーカー以外の声がした。気がする」
「誰かが巻き込まれたのですか?」
「地上は範囲外だったから大丈夫っしょ。光を直視してなければ。南で失明した人が居たら無償で助けます」
デニス氏の右眼を完治させた竜眼滴で。
スターレンがピーカーと共に虹風呂に沈んだ頃。
アッテンハイムの教皇グリエル・ストラトフが何の前触れも無く。教皇邸私室から忽然と姿を消した。
彼らが紅の閃光とグリエル失踪の関連に気付いたのは。
それから約10時間の後。
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