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第204話 追憶と退廃

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人間の記憶は常に曖昧。1日の出来事さえ大半を忘れて生きている。

脳が勝手に要不要を仕分け消し去る物も有れば、自分自身の潜在意識下で消去したりと様々。

他人の記憶を消したり改竄したりするのは善くは無い。それは重々承知。今回はその反対。失われた記憶を復元する行為だ。こっちの気持ちは楽だがそれが本人に取って幸せかどうかは別。

アルシェ隊の護衛もマッサラまでの契約で離脱した者の中にトロイヤは居た。それでダリアの予知に掛からなかったのかと納得する反面。彼の次の行動予定と目的が非常に重要となる。

転移スキル持ちではハープで眠らせるのも厳しい。周囲も眠るのでそもそも使えない。彼の奥さんであるノルデラと娘のカチュア、ノレアに引き留めを託した。

行き成り俺たちが出れば逃げられる。そこでレイルの自宅で待機する事にした。

アローマとソプランはティマーン宅の隣の借家で監視中。

確保の舞台は整った。




---------------

俺の名は無い。名は奪われ、家族も居た筈なのにその記憶も消されてしまった。

主の命令を聞くだけの道具に成り果てた。

命令を聞いていれば家族を返してやると言われ。記憶を戻す術は無いのだとも半笑いで言われた。

大きな殺意が芽生えたが人質を取られているのは事実。我慢に我慢を重ね、従順に指示に従い続けた。

俺が狙われた理由は只一つ。転移スキル。自分が行った場所なら道具無しで自由に飛べる希少な能力。
子供の頃。近所の連れや親に自慢して見せてしまった。非常に希少だと知るのはもっと後。

成人後も口の堅い連れに救われ運搬の仕事を手伝い細々と暮らしていたのに。あろう事か金に目が眩んだ親に売られた。

寧ろ良くそこまで持たせてくれたと感謝するべきか。

クワンジアの大老ソーヤンに目を付けられるまでは普通に生きられたのだから。

何時も助けてくれた連れ合いと婚姻し二人の子宝にも恵まれた。国から絶対に離れない弱み。ソーヤンは最初は優しく子が充分に成長した頃に豹変した。

俺が弱みを見せるその時を待っていたのだ。

情報を売った親はもうどうでもいい。無関係な妻と子の無事を条件に飲むしかなかった。

自分で付けた筈の子の名前も思い出せない。妻の顔も朧気ですっぽりと抜け落ちた。

そんな虚しく過ぎる時の中で転機が訪れた。朧気だった娘の面立ちに似た…。似ていると強く感じた娘。装飾店で働くミーシャとの出会いである。

昨年主の命でスターレンと言うマッハリア出身の貴族男を調べる延長で立ち寄った店。

タイラントでは珍しい中流層以上向けのシルク製品を揃えていると言う。目立たない何処にでも居るような娘。そんな人物が標的者と知り合いとティマーンから聞き興味を持った。

接客態度は明るく朗らか。悪くないと感じた。商品の幾つかを手に会計をした時。改めて彼女の顔を見て目を合わせた。…その時だ。

目元が、娘に似ていると頭の奥ではなく胸の奧底から訴え掛ける何かに全身が震えた。

硬直してしまった俺に笑い掛け。
「沢山のお買い上げ有り難う御座います。何方かへの贈り物ですか?」
「あぁ…。遠くに居る娘にな」
何処に居るかも解らぬ娘に宛てて。
「それはお辛いですね。特別な包装紙にお包みしますので少々お待ち下さいな」
「頼む。滅多に会いに行けなくてな」

そんな他愛ない会話が妙に懐かしく胸を突いた。痛くも辛くもない心地良い響き。

気付けば俺は上に報告しなかった。無意識で伏せた。彼女ミーシャは無関係で影響無しであると破棄していた。

何故かは解らない。意志を持たぬ人形の俺がどうしてそう判断したのかは謎でしかない。

決意してからは心が幾分軽く、タイラント滞在時は調査費が許す限りミーシャの店で買い物をしたものだ。

会えない娘たちへの贖罪になるのだろうか。

クインケが挙兵した時に巻き込まれずに済んだのは僥倖。しかし今度はロルーゼの高官が疑い出した。高官とミーシャとの関係性を知ったのはその時。

親の借金返済の為にタイラントへ出稼ぎに来ているのだと始めて知った。

女の身で出稼ぎ。相当な苦労をしただろうに普段の彼女からは影を微塵も感じ取れなかった。俺の眼力などその程度だ。


ロルーゼからの折り返しでアルシェと言うカメノスの娘の護衛隊に参加した。カメノス商団に取り入れば標的との接近するのも容易い。

ミーシャから目が逸れるのは歓迎する。二つ返事で依頼を請け負った。

護衛隊はマッサラの町で一旦解散。序でにタイラント諜報員であるティマーンに合う為、彼の借家に足を向け…。

縁側の窓から明りが漏れ、リビングテーブルを楽しそうに囲む三人の姿が見えた。

誰だ?と思うよりも前に女性二人がティマーンの妻と娘であると胸に得心がストンと下りた。

俺とティマーンは境遇が似ている。そう思っていたが彼は家族と異国の地で再会した。俺よりも先に返された。

どうして。何に貢献すれば返して貰えるんだ。聞きたい。
俺にも、望みが有るのかと。

荒々しく玄関を叩いていた。

「やっと来たか。部外者が居るが気にするな」
迎えに出た彼の両肩を掴み。
「ティマーン。教えてくれ。お前は何をした」
「落ち着け。そして逃げるな。全ての決着は着いている」
何を言っているのか解らない。理解したくないと心が拒絶する。
「もう…俺の家族は…」
聞きたくない。絶望的な答え。

「逆だ。お前の家族はこの町に居る」
「は…?」
不意に訪れた真逆の答えに俺の思考は停止した。
「何を言っているんだ。俺の家族に会った事も無いのに」

「理由は中で話す」

中に招かれメコイと名乗るティマーンの奥さんから話を聞いた。
「私たちは救われました。スターレン様に助けて頂いたのです。貴方のご家族と一緒に」
「ど、どうして…」

「同じ場所で人質として暮らしていましたから」
成程と思う反面俺は騙されているのかと疑った。

直ぐに来ると言う言葉に胸が潰されそうになった。俺は自分の名前も解らない。家族の名前も失った。そんな自分がどんな顔をして会えば良いのか。

それも杞憂に終わる。
「あなた…」
「「パパ!」」
玄関から現われた三人を前に俺は膝から崩れた。

あぁ…覚えている。名を忘れても尚。それが妻と娘であると確信した。

娘たちを抱き留め胸一杯に息を吸い込んだ。

「まだ名前が思い出せない」
「あなたの名はトロイヤ」
「トロイヤ…。ト…」

突き抜ける痛み。頭の奥を掻き毟られるような激痛に娘を手放し悶え壁際に蹲った。

心配する三人の後ろから続々と誰かが来る。それが解ってもどうする事も出来ない。

この痛みを何とかしないと転移もしたくない。家族を目の前に逃げたくもない。

そう考えるよりも先に白い太いロープで身体が拘束され、後続の誰かに道具を乗せられ頭を鷲掴みにされた。

「完全には消されて居らん。分断されて複雑に絡み合って居るのぉ」
「復元出来そう?」
女性が二人?

「多少時間は掛かるがの。その痛みは元に戻る代償だと思え」
「た、頼む!早く、何とかしてくれ!」
視界は覚束ないが意識は痛みで鮮明に。

ほんの数分間。最初を越える痛みに絶叫した。




---------------

正式な家族との再会は汚れた下を風呂で洗い流した後となった。

下着も新品に取り替えてスッキリサッパリ。

改めて奥さんと娘たちと抱き合い再会を喜んでいた。

リビング席に座り直し。
「死ぬかと思いました。…年甲斐も無く漏らしましたし」
「掃除しといたから気にするな。俺が誰だか説明は要らないな」
「はい…。スターレン様」

ソーヤンとオシオイス周辺の人物からティマーンとトロイヤの家族全員の記憶は消したと前置きし諸事情を説明。

「南東大陸の繋がりも本人に撤廃させた。他にこれ以上の懸念が有れば教えてくれ」
「…強いて言えば俺をソーヤンに売った両親がクワンジアに居る事位です。クエ・イゾルバの港で西大陸への供給船を手配しているのであいつらの記憶と不整合が生じるかも知れません」
「ソーヤンは表舞台からも引退させるからな。根っこは深いが後日にしよう。孤立してどう動くのか見てみたい」

「何なら俺が飛んで」
「子供の前で物騒な事言うなよ。今夜は宿でゆっくり休んで家族で話し合って今後の身の振り方を決めてくれ。
改名してここで家族と静かに暮らすも良し。俺の偵察任務を請け負って稼ぐも良しだ」
「自由にして良いと…」

「俺と敵対さえしなければ。家族を連れて何処へ逃げても人物名で探せる道具を持ってる。この意味は解るな」
「…はい」

「脅して悪いが敵対者にはどんな手でも使う。その上で聞きたい。ミーシャを狙うのは誰の指示だ」
「前回まではスターレン様の周辺調査の一環で接近しましたが今回はロルーゼ王都に居るローデンマンの指示を受けています」
「やっぱりか」
ムートン氏との繋がりの方を疑った模様。

「ソーヤンには特別な繋がりは無いと報告していたのですが…。ローデンマンの後ろに立つ者が嫌疑を掛けたとか」
「ローデンマンの後ろ?偽王家の者か」

「いいえ。全く別人で俺も会ってません。どうやら女性らしいとしか」
女?ローデンマンの独自人脈ルートか。まあまあ頭が回る黒幕で少し面倒臭い。

ヒエリンドが何か掴んでくれるのを期待しよう。

「他には」
「王都到着後三日以内に関係性の有無を報告するのがちょっと…」
「報告か」
フィーネが疑問を挟んだ。
「直接報告しに行くの?」
「はぁ。転移で直接、です」
「直でもミーシャを連れて行く訳じゃないんだよな」
「まさか。王女様が故意にされている人物を拉致するだなんて。疑って下さいと言っている様な物。只報告内容に因ってはベルエイガに残る家族関係者の出発が遅れます」

ちと駆け引きがややこしいな。
「うん。ま、取り敢えず関係性無しで報告頼むよ。嘘の演技に自信が無いなら感情抑制の指輪貸す」
「借りられるなら。自信よりもローデンマンの裏方が優れた鑑定具を持っていそうなので」
そっちの懸念は無視出来ない。
「じゃ3日後に王都で渡すよ。デニス氏の酒場は知ってるよな」
「勿論調査済みです。スターレン様が贔屓にしてる店は大体押さえました」
聞くだけ野暮ってね。

「夕方に来てくれ。マスターのデニス氏に預けておく。それまで家族でごゆっくり」
「了解です。この上無い感謝を」
追加でフィーネが。
「貴方とアルシェさんとの関係は今回限りの護衛?それとも以前から?」

「顔見知り程度の面識は有りました。商売上でローデンマンとバーミンガム家の取引が有りそこで知り合いに。
護衛役は今回が初めてです。個人的には特に何も。警護人員は他にも多数。それ以前に本人が癇癪持ちなので誰も近寄れないと言いますか…」
アルシェさんに問題が有るようだ。

トロイヤが家族4人で宿に向かい静かになった借家で。
「ティマーンも自由だがどうするか決めた?」
ティマーンとメコイが向き合いニコちゃんが2人を交互に見詰めた。
「俺は…個別で調査したい事が。ニコはどうしたい?」
「私はカチュアちゃんとノレアちゃんが居れば何処でも」
と元気良く答えた。

堂々と宣言したニコちゃんを窘めたメコイ。
「ご無理でなければトロイヤさんのご家族と一緒に。フィオグラではずっと同じ大部屋で過ごし。歳が近いニコが友達になったので。私とノルデラもですが」
同じ境遇に長く居れば当然。
「トロイヤ家はロルーゼの件が片付いてからになる。それまでに良く話し合って。3人も7人も変わらないからさ。
あの様子だとあっちも移民の方向じゃないかな」
「有り難う御座います。スターレン様、フィーネ様」

「いえいえ」
「トロイヤさんが逃げなくて良かったねぇ」
「逃げようが無い状況だったしな。ティマーンの個別調査って」
「まだ何とも。少し気になる事が」
「気になる?」

「はい。ウィンキーの動向が気になりまして」
「あいつなら今南東大陸に居るよ」
「今は、ですよね。あいつは準備を怠らない。どんな状況だろうと油断をしない。必ず挽回する手を残し機会を伺う男です。勝算の無い勝負をしたのも裏が有る。そんな気がして」
無くした記憶を取り戻す手を何処かに残してるのか。

中央大陸の残党はロルーゼとメレディスに集約されつつあるこの状況下で。
「調べるって何を」
「モハンとマッハリアを繋ぐエボニアル地下空洞。場所を知る者は極僅か。闇商の交易路で使われていたと聞きました。そこに何かを隠したか誰かに重要品を預けた。色々と考えられます」
やはり地下道が走ってた。
「ティマーンは知ってるのか」
「いいえ。ですので一度コマネンティ氏との面会をお願いしたいのですが」
コマネ氏ならと俺たちも考えていた。
「明日聞いてみるよ。アルシェさんの件が片づけば一息付けるし」
「返答待ちですね」

終始表情が固い。それ程までにウィンキーを危険視している理由が何なのかは知らないが。

「明日中にソプランかアローマに連絡させる。俺たちも帰ってきたばっかだから。今夜位はゆっくりしよう」
「はい…」
歯切れ悪く答えるティマーンの肩を軽く叩いてティマーン一家の借家を退出した。


借家群を抜け出てレイルに今夜はどうするかを問う。
「自宅でゆっくり?王都で食事でもする?」
「そうじゃのぉ。妾も明日のアルシェを見てみたいしの。メリーとエリュグンテにでも泊まろうかの」
「あの高級ホテルですか」
メリリーは上機嫌。レイルが居れば何処でも。

フィーネが苦言を。
「見に来るのはいいけど。ややこしくしないでね」
「人聞きが悪いぞよ。妾が何時ややこしくしたのじゃ」
「色々助かってます。ホテル空いてなかったら家でもいいしな。ソプラン悪いけど戻ったら速攻で確認よろ」
「了解。こっちの監視はもう要らねえんだな」
「アルシェさんの護衛隊も駐留してるしね。皆一旦王都に行こう。久し振りの家族水入らずを邪魔は出来んて」
「まーな」
「邸へ帰りましょう。遅れましたがご無事で何よりです」
お帰りと〆をアローマが。

今回は観光メインだったから危険は無かったよと。

クワンジアでもレイルに負んぶに抱っこだったし。戦闘らしい物もしていない。

やっとこ帰宅。家に帰るまでが旅路ってね。




---------------

自炊も手抜きして本棟でラメル君特製のコンポタと硬パンを頂きながらの朝食。

無作法だが食事の序でにロロシュ氏とシュルツに時計の件とその他結果を報告。

「ほぉ取れたか。もう少し渋ると思ったが」
「やりましたね、お兄様」

「下手に広めない理由も聖女の為だったしな。どうするか迷ったけど。何れは普及させる物なんだから手法を変えましょうって提案したら即OK」
「何も特別な物ではない。誰しもが当たり前に持っている生活。大変良い提案だと私も思います」

「魔石駆動方式が実現出来れば時計も安くなる。自走車にもスマホの量産にも展開出来る。またシュルツが忙しくなるけどごめんな」
「いえいえ。課題が増えて楽しみです。お任せ下さい」
全部任せる積もりではないが。気が付けば終わってそう。

可愛いシュルツの頭を撫でながら。
「ロロシュさんはペカトーレかたの手紙は読みました?」
「いや。わしにも見せられん粗末な内容だそうだ。まあ興味も無いがな」
サンタギーナに関わってないならそれもそう。

「フィーネはどうする?俺はアローマとフラーメ誘って城に上がるけど」
「隣の受け入れ準備とコマネさんの所に挨拶しに行く」
アルシェ氏の着予定は本日15時過ぎ。

着いた早々に椅子に座らせるのも理由に乏しい。1日休んで貰って明日にしてもいい。トロイヤの脅威が去った今彼女自身の問題の有無だけが懸念と言えば懸念。

実質問題視しているのも俺たちの偏見でもある。エゴを押し付けるのもどうかと躊躇してしまう。そこらは同性もフィーネに任せるのが吉。
「じゃお任せで」
「ほーい。手紙の内容は後で教えて」
「おけ。アローマがいいなら行こうか」
「はい。姉には前々から伝えてあります故。早速拾いに参りましょう」

ソプランにも視線を送ったがフィーネの方に付いて行くと答えた。
「どうでもいいがカジノがオープンしたらしいぜ。ペカトーレが終わったら冷やかしに行こう」
「いいねえ。行こ行こ」
改装でメニューも増えてる予感。

二手に分かれ俺とアローマでヤンの工房店へ。開店済みで店番はクワンジアスタッフが案内していた。

陳列商品は主にキッチン用の小物が大半。デニーロ師匠の武器屋の隣に武器は殆ど置いてない。特別工房では全くの別部品作らせてるしな。
「この店も随分健全になったなぁ。売れ行きはどんな感じ」
「これはスターレン様とアローマ様。低価格を狙ってますからね。低層の方や六区の代表者も挙ってお越しで。利益は兎も角、売れ筋は擦り金板とアルミボールと鉄パン鍋で数日内には捌けますよ」
店番はそう元気良く答えた。
「へぇ。俺も買って帰ろうかな。主夫婦は裏?」
「はい、ご自宅です。しかしスターレン様からお金を取る訳には…」
「それはそれ商売は商売。お金も落としてなんぼ。役職は面倒いんよ。じゃあまた」
「勉強になります。ではまたのお越しを」

表玄関から出て裏手に回り込む。すると前には見なかった立派な花壇が新設されていた。

まだ何も植えられてはいない。
「何植えるんだろ。アローマ知ってる?」
「ペカトーレ産の花だとか。両親の好みで次に南に行った際に購入するのだとか」
「ほぉほぉ。楽しみだな」
「はい」
前回は用事を済ませて俺の都合でサクッと帰ってしまったからちゃんと確認すべきだった。ちょい反省。

アローマがノックして中へと。すっかり毒気の抜けたフラーメが菩薩の様な温和な笑顔で出迎えてくれた。
「お久し振り?でもないかしら」
「何か雰囲気変わったな。表の花壇もフラーメが作ったの」
「びっくりする位体調も思考も快調でさ。花壇は旦那と共同でね。ちゃんと食べられる物も作れるようになったし」
「その内披露して貰おう」
「スターレン様に食わせるにはまだまだ早いよ。二人が来たって事は南の返事が来たのかい?」
「そうそう。今から城行ける?」
「わ、私も…?」
軽装には違和感バリバリなエプロン着用中の自分の服装を省みて。
「き、着替えなきゃ。ちょいと待って」
「いいよ慌てなくて。ヤンと話してるから」

自室に入ったフラーメを置いて奥の工房に入った。

丁度休憩中のヤンを前に時計の開発販売権は無事に取れたと報告。
「暫くしたらシュルツが来ると思う。本格的にじゃんじゃんそっちで進めて」
「いよいよですね。道具や治具は殆ど整いました。何時からでも行けます。細かな調整はながらで」
準備は終わってる様子。想像よりもかなり進捗は早そうな雰囲気。
「焦って事故るなよ」
「重々承知して居ります」

「返事来たからちょっとフラーメ借りてく。昼には戻ると思うけど問題有る?」
「そうでしたか。最近は台所に入らせてくれなくなってしまって、勝手に作ると怒るんですよ。以前では考えられない位に。素直に待ってます。雑貨の製作も有るんで」
これも憑依されてた反動なのか。

着替え終わったフラーメをピック。アローマとチェックをした上で城へと向かう。
「王様と謁見するけど俺居るから玉座の間じゃない。そんな気合い入れなくてもいいよ。話をするのは俺に任せて」
「そうします。こんな言葉遣いじゃ不敬で投獄さ」
「そこまで酷くないって」
フラーメは接見するのは初めて。どんなに宥めても緊張するのはしゃーなし。

「お優しい御方ですよ。下々にも気さくにお話され私も何度かスターレン様の件で後宮に伺いましたし」
「そ、そうかい。まあ二人に任せるよ」

水竜教の総本堂前の広場を迂回して北門を目指す。総本堂も最近行ってないなぁ。年末年始に…初詣で行ってみるかな。などと考えてる間に到着。

門を通るのも久々な気がする。
「これはスターレン様。本日は地上でしたか」
後ろを指して。
「今日は連れが居るから。手続き要る?」
「ご冗談を。どうぞお通り下さい」
門番との遣り取りも顔パス。実に楽ちん役職特典。こう言う時しか実感出来ないのが少し残念。

行き過ぎる衛兵諸君に挨拶を振り撒きいざ後宮。漸く緊張が解れたフラーメが姿勢を正した。前には醸し出せなかった気品も多少は感じる。

控え室で数分過ごして接見。今日の補助は何時ものメイザー&キャルベコンビではなくミラン様が同席。

形式的な挨拶を済ませて着席。
「モーランゼア土産はフィーネが持ってます故後日になりますが…」
「あら、それは宛が外れましたね。さて置き略初顔のフラーメ嬢が来るのではと暇な私が同席した迄です」
自分で暇言っちゃった。城で暇な人なんて居ないのに。
「余りにもふざけた内容でな。悪いとは思ったが先にミランに見せてしまった。許せフラーメ」
「お気遣い痛み入ります。光栄に尽き王陛下へ届けられた書面が読まれるのは至極当然。当方には不要にさえ」

「良い畏まるな。寛げと言うのも酷かも知れぬが。先ずは書を検めよ」

回された書簡が数枚。まずは見積書から。

20年分の利息は最低保証ライン。損失分、補填、保険に該当する部分諸々含めて共通金貨20万枚。
「20年分…にしては安いですね。1年1万枚換算。その分他の人員に分配されたならこんな物かとも思えなくもない」
「金額はな。本題は通知書の方だ」
別封筒の通知書を取り出して拝見。

「~本文~

タイラント王国ヘルメン王陛下殿。
外交官スターレン殿、本件当該者フラーメ女史。
以下貴女宛の書とす。

分配返還金に付いては別添の書に記載。
返還するに当たり貴女の当国への帰席を条件とし。調印式を当国で執り行い返還する物とする。

謝罪は公表しない。非と責務は先王ケダムに在る所以。

貴女の妹君の生存も確認された。両名共にの帰席が必須となる事。

私財のみでは賄えず。件を国費で補填するのに理由付けをする為である。

                ~ペカトーレ共和国首相キタンより~」

「おぉ自棄糞だ。死んだケダム1人に全部擦って堂々と国費を使いたいから2人を国に帰せってか」
「な…」
見事に2人共言葉を失った。おふざけが過ぎるぜキタン。

ヘルメンちが唸った。
「こうなるとケダム単独戦犯と言うのも疑わしい。帰国が知られれば遺族は歓喜するだろうが二人は担がれ利用される末路しか浮かばん」
「同感です。どうするって聞く迄も」
「「無いです」」即答。

ミラン様が安堵の溜息。
「同情心で帰国してしまえば二度と出られないでしょう。公爵家復家に復権。逆手に取れば次期大統領候補に躍り出ます。後援は充二分。何とも見事な擦り替えですね」
「尚も国費を使えば自分の腹は一切痛まない。大逃げ打ちましたねキタンは」
真に政治家らしい回答。もち悪い意味で。

「金銭は不要です。私が帰ればヤンも。この件は蹴り捨てましょう。残る遺族には申し訳有りませんが…」
「だよな。アローマの面と素性が割れてないのが救いか。こっちにメリットを欠片も感じない。しかし確認を疎かにすると遺族に正しく分配されるかも疑問。フラーメ生存が公表されたら一大事。考えたな」
黙っててやるから帰国させろと半分は脅し文句。

「現実ペカトーレとの交易は微少。このまま断絶しても良いがどうする」
「一度はフラーメ抜きで確認に。国交断絶する迄ではないと思われます。話を有耶無耶にされそうですし。どうしても行きたい未踏破迷宮も有るんで」
「ふむ」
ピーカーと約束した手前行かないと言う選択肢は無い。

来週以降の年内に事実確認に伺う旨の返答書を作成しヘルメンちとフラーメろ自分の署名で起こした。

「返答書はギルド経由では時間が掛かるのでクワンティに運ばせます。宜しいでしょうか」
「好きにせよ。元から無かった話だしな」
そう言ってくれると思ってました。

話題を変えて時計の独自販売権を獲得出来たと報告。
「将来的に国内普及を来年の春以降で。国外出荷はモーランゼアの工房と足並みを揃えます。粗悪品がペリーニャに渡ると別の問題が起きそうで」
「ほぉ。詳しく聞かせろ」

その場で弟ケイルとの折衝内容を話した。
「女神が女神足る由縁。時を操る力など人間には不要。過ぎたる力は悲劇を招くでしょう。時計の動力を魔力不使用品の全くの新規で起こせば防げる物であるとケイル様の同意を得ました」
「成程…。それで普及が遅れていたのか。余も過去に何度か取り寄せようとした時に断られてな。運搬中に故障するからとはぐらかされた。聖女に懸念が有ったとは」
前々から欲しかったのね時計。

「素案自体は仕上がってますので完成品献上も遠くはないと。自走車と平行でシュルツが頑張ると言ってくれて。何方の件にもヤンの腕は必須。今国外に流出されると非常に困ります」
「確かに困る。キタンとの交渉は慎重にな」
「勿論です陛下」
何時もみたくごり押しは無理そう。

女性2人はミラン様の茶会のお誘いを受け離脱。お土産はお楽しみにと告げ地下道から帰宅した。

今回はジビエ肉の別枠と蜜柑だったかな。




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ミーシャへの伝言とコマネ氏との打ち合わせを終えたフィーネとソプランと自宅で合流。遅めの昼食を経てレイルペアをホテル近辺からご招待。

アローマ帰宅後に事前打ち合わせ。

「本来無条件で払う所を2人を帰せだとか。陛下もミラン様も呆れて全任された。また交渉の遣り直しだよ」
「ホントバカね。素直に払えばいい物を」
憤慨したフィーネをロイドが宥めた。
「もしかしたら住民遺族が反乱を起こしかねない状況なのかも知れません。国の根幹に関わるなら一応筋は通ります。フラーメさんを出せと言っているのが遺族側だとしら」
「最低ー。何を今更」

「まあ…お馬鹿なマキシタン辺りが言い触らしてたら有り得るな」
遺族側からの訴えなら。
「交渉の席には付かせないけど逆変装させてフラーメも連れて行こう。のんびり花でも探して暇潰し。来週内で何時でも行けるように準備しといてと伝言宜しく」
「はい。出来れば行きたくないですが姉さんが行くなら」
アローマはやや不機嫌。

ソプランも腹に据えかねると言った感じで。
「こっちの交渉は滞り無く。年内は殆ど王都に常駐してるからコマネ邸に来てくれだそうだ。仕事の案件山程有るから見慣れない連れが多少増えても周囲が解る訳ねえって」
「ご尤も。そっちはウィンキーの動向チェックしてれば先手は取れる。明日にでも引き合わせよう」
「うい。隣が終わり次第アローマと伝えに行ってくる」

クワンのパックに返答書を納め。
「ペカトーレの首相官邸に配達宜しくな。序でに迷宮入口とサンコマイズ跡地の様子見て来て」
「クワッ!」
片翼をヒラリとリビングから飛び立った。

「んじゃそろそろお隣行こうか。てメリリーは」
「これからお邪魔すると半端な時間ですのでこちらで留守番を。本棟か宿舎で待機します」

アローマはロロシュ氏とシュルツに報告。メリリーは待機で自宅にはプリタとミランダが張り付き。

離れ際にプリタからも報告。
「スターレン様。お帰りの後で木の実の鑑定を。遂に主要成分が消えました」
「お、後で見るよ。水だけだと大体2ヶ月が限度かな」
「だと思います。今は単なる美味しいお摘まみです!」
それだけでも充分だが隣の商品と混同しないように気を付けよう。


カメノス邸に移動後程なくアルシェ帰国組が到着。

荷下ろし点検と人員たちの健康状態を確認する体で全員と握手。当初の見立て通りにアルシェ以外に問題点は見付からなかった。

簡易的な解散式を別館大宴会場で行い。程良く解れた所で初のご挨拶。
「初めましてアルシェさん。隣の邸内に住むスターレンと申します」
「妻のフィーネです。ペルシェさんとは公私共仲良くさせて頂いて」
「これはご丁寧に。態々お越しにならずとも。お二人の噂はロルーゼでも善く善く聞き及び、早くお会いしたいと願って居りました」
あっちでも噂になってるのね。嫌な感じだ。

ぱっと見は温厚そうな薄幸色白美人。ペルシェさんと同じ明るめのセミブロンドヘアー。

首背で纏めて清楚な印象。
「お手を拝借させて頂いても?」
「どうぞ。お手柔らかに」
俺が鑑定出来るのは既知であると。

繊細綺麗に整った両手を取りいざ鑑定をば。

特技:憤怒(知性向上)常時微熱
初物スキル?微熱と言うからに掌も熱い。
特徴:脳内腫瘍(前頭葉深部)休眠状態

「マジか…。成長は止まってるけど脳の深くに腫瘍が有る」
「え…」
「やはり、ですか」

「自分でも心当りが?」
「正直。自分の身体ですから。何とか自力で治癒出来る薬を開発したいと薬剤が発達したロルーゼに」
成程それで。
「帰国を急いだのは頭の違和感が原因」
「妹とモーラス殿の医療技術の水準を目の当たりにして居ても居られず」

金椅子に座らせる以前の問題だ。急遽カメノス氏とペルシェ夫婦を呼び立て隣室で解剖図鑑の頭部項を開いた。

「頭を触らせて貰っても」
「ええ」
アルシェさんの頭頂に両手を置いて再鑑定。
「大きさは親指の第一関節程度。前頭葉奥の右手寄り。今は休眠中でも何時肥大化するか解らない。外科手術で除去するか薬の開発を急ぐか悩み処だな」
「手術が可能だと?」
フィーネ以外は半信半疑。

「不可能じゃない。最短の頭蓋の一部を開いて細長い鉗子と鮮血と髄液用の吸引器の開発。洗浄用の生理食塩水の準備。医療用の骨接着剤も。
問題は他の器官との癒着度合い。器官も左右を繋ぐ血管や神経管を一切傷付けずに腫瘍部を剥がせれば」

「前頭葉の主な役割は長期記憶と倫理的感情を司っていて直ぐ奥には身体の運動を司る脳幹が走ってる。何れも傷が入れば記憶欠損や酷い後遺症が残る。
髪の毛は全て剃毛。残念だけど縫い痕は一生。同意出来ないなら薬を開発しないといけないわ」
フィーネの説明を聞きアルシェは即答を避けた。
「必要品を準備しながら、少し考えさせて下さい…」
当然の返答。

苦い空気の中。不満顔のレイルに向き直り。
「今回レイルの出番は無さそ」
「拍子抜けじゃのぉ。じゃが一つ言うなら腫瘍の活動を抑え込んでおるのはその固有スキル憤怒じゃ。活動力を熱に置き換えて発熱してな。
風邪や他の大病に掛かれば均衡が崩れて再活動であっと言う間に膨れ上がる。病を独自スキルで抑えるとはの。
失うには惜しいセンスじゃぞ」
「ふむ。ロルーゼで開発してた薬で好転してた可能性も有るな。この際カメノスさんやペルシェさんに正直に相談してみたら」

「はい…。今回の帰国の際に最も効果を示した植物を持ち帰ろうとしたのですが何故か差し止めに合い没収されてしまったのです」
「ん?因みに何の植物?」
「ドルアールと呼ばれるロルーゼ北部で栽培されている香ばしい茶葉でした」
「「ドルアール!?」」
「ご存じでしたか」

「偶然って怖いな。偶々キャバイド出身の人と知り合えて個別に仕入れた物をお裾分けして貰ったんだ。少しなら手持ちでストックしてある。それを渡すよ」
「でもなんで茶葉が没収されるの?アルシェさんは被害者の立場でしょ」
「良くも悪くもバーミンガム家は格式と伝統を代々重んじる保守派体質で。一度は亡命しようとした事も忘れ。為らぬなら国の秘匿を守る、だとか。加えてホワイドは種無しで愛想が尽きまして」
一番嫌われるタイプやわ。逃げて正解。

バーミンガム家はもうちょい真面だと思っていたがそうでもなさげ。

「残り全部渡してもいい?」一応フィーネに了解を。
「勿論。こんな所で役に立つなんてね。ドルメダさんにもまだ在庫有るか聞いてみる」
了承を得た所で再度アルシェさんの頭を鑑定して腫瘍の位置を探りながら必要な手術道具のスケッチを白紙に書き上げた。

「手術となったらソプランの大地の呼び声借りる。現状骨を綺麗に切れる物はあれしか無いから」
「おぅいいぜ。武器が医療に役立つ日が来るとはな」
「執刀医は主がペルシェと副フィーネ。補助で俺とモーラス。道具類の配膳でアローマ。余程の不都合が無ければこの人選で。
邸内で一番洗浄度の高い手術室の用意ともしもの時の輸血用のストックが必要になるか」
「薬剤研究棟の地下室一択ですね。まず姉さんの血型を調べませんと」
ペルシェは何時でも冷静だ。常識的に血縁者は執刀しないが彼女なら問題無い。
「私も居るから心配しないで。もしもの時は奥の手使う。良いお薬が出来れば手術の必要も無いしね」
「宜しくお願いします」
実に弱々しい。思わず助けたくなっちゃう。

残る茶葉を袋毎手渡しアローマを連れシュルツの元へ。


隣で起きた一部始終を説明。時計部品の開発を差し止め手術用品をヤンに製作依頼すると協議。
「道具はそれで。しかし五人分の手術服を仕上げられる程のパレオが有りません。清浄手袋は量産出来ても布は」
「そっちがあったかぁ。どうしよ」
「うーん。スタンがペカトーレで交渉してる間にカラードのレイスを強制成仏させてもいいけど…。本人たちは嫌だって言ってたみたいだし。困ったわね」

レイルが首を捻って。
「レイスが出す汚い布かえ」
「そうそれ。私の浄化で綺麗な布になるの。前回分の収拾分はシャツとかハンカチに使い果たして無いのよ。
サンギーナに在る迷宮のレイスは大人しくしてるから現世留まりたいって。下手に刺激して外に出られても困るしどうしよっか」

「なら東大陸の迷宮を踏破すればええじゃろ。序でにロイドとプレマーレの昇格を兼ねて」
「「おぉ!」」
「あれは南部の迷宮じゃったから残らず駆逐しても黒竜に文句を言われる筋合いは無いぞよ」
「名案だ。それで行こう。アルシェさんの意志が固まったら日程組んで。プレマーレの登録は済んでるの?」
「未だじゃ」

そちらは明日としてシュルツを連れてヤン工房へ突撃。

過去に縛られ意気消沈なフラーメとはペカトーレ案件を話し合い同行の同意を得た。
「私たち家族の問題だしね。腹を括って同席するよ。こそこそ逃げ回るのも癪に障るしさ」
「断るだけだから拗れはしないよ。ご遺族への対応と説得は要るかも知れない。そこだけ覚悟しといて」
「あいよ。はぁ…そっちの方が難航しそう」
「きっと解って頂けますよ。姉さん」
「だといいね」

見守り側のヤンも申し訳無さそうに。
「任せ切りで済みません。その代わり手術用品の製作はお任せを。材質は全てステン材で仕上げます。
早速明日より。宜しいでしょうかお嬢様」
「はい。人命に関わる緊急案件ですから。時計や自走車はゆっくり時間を掛けましょう。お姉様たちが戻られる春先を目指して」
「了解しました。誠心誠意成し遂げるとお約束を」

材料の一部訂正。
「鉗子はステン材でいい。図面の中で一部。焼き切り用のメスと吸引用のスポイトにはマウデリンを混ぜて欲しい。
必要な魔力添加は俺とフィーネでやるから」
「まさかここで扱う事になるとは。心得まして」
使うべき時に使ってこそ。

次週と製作の打ち合わせ後にアローマとソプランはティマーン宅へコマネ氏の会合連絡に。残りはロロシュ邸本棟で夕食会。

献立は鰤の照り焼きと肉じゃが。何方もラメル君がメインで関わり程良い塩梅。デザートはブルーベリーとクランベリーのタルト。文句無し!
「何て言うか、帰って来たなって感じ」
「もう醤油や料理酒の使い方も完璧ね」
「腕を上げたのぉラメル」
「頑張りました。とは言っても殆ど料理長と先輩方の味付けですが。この絶妙な塩加減はとても真似出来ません。
出来上がりを正確に見越せる確かな舌はやはり経験でしょうね」

「焦るな焦るな。ラメルのご主人様は長生きさんだし」
「長生きってレベルじゃないけど」
「小馬鹿にされている気がしなくもないのぉ」
「「気の所為です」」


レイルペアとラメルは今夜はホテル宿泊で帰宿。

食後にお隣の件も含め纏めてロロシュ氏にご報告。
「アルシェは病だったのか。外科手術をするならわしも興味が有る。踏み切る時は見学しよう。
ペカトーレ案件は厄介だな。旧家や派閥が動いているなら巻き込まれないように。情報元は明確にして置いた方が良いだろう」
「全く以て同意です。最悪2人を強奪して帰ります」

「フラーメは兎も角アローマが旧公爵家の出とは。身分相応に扱いを変えようか」
「それは本人次第で」
「本人は現状維持を望んでいそうですが」

「まあ改めて本人に聞く。それは置き。ギリングス案件はどうなっている。ヘルメンからの問い合わせではサンタギーナのサダハは静観。本国のプリメラは完全平定迄は時を要すると答えたそうだが」
「ペカトーレの後で訪問する積もりです。停泊中の海賊船の返却も有りますし」
無人島に置きっ放しでは邪魔でしかない。

「船は海軍の監視させているそうだ。兵の手間も掛かる。放置はするな」
「了解っす。プリメラ様が要らないと言ったら三国で振り分けますかね。軍船や商船に造り変えるとか」
「うむ。船は有っても困らぬが多過ぎてもまた新たな海賊が湧く要因にもなる」
「ですねぇ。陛下にも相談してみます」

報告を終えた所で丁度話題にも挙がったアローマペアが帰邸。
「あちらは滞り無く。明日の午前に両家を王都へ招いて一旦解散します。二家用にホテルを手配しました」
「完璧。ロロシュさんが南の話をしたいってさ」
「その件はもう答えは出て居ります。ご安心を」
「どんな答えでも私は応援するよ。後悔しないようにね」
「フィーネ様…」

書斎扉前で長話してもいけない。要件を聞いてさっさと帰宅した。やっと落ち着ける。




---------------

プリタを誘って効能を失ったリゼルモンドの素揚げを摘まみにモーランゼア産ウィスキーで晩酌会。

「味も普通のナッツって感じやね」
「良く言えばマイルドになった?」
「食べ過ぎ注意ですね」
ロイドの感想にプリタもウンウン頷いた。

「ペルシェさんには伝えた?」
「漏れなく報告済みでっす。一月を区切りに落ち葉や殻の粉末を与えて年越し様子見だそうです。もしかしたらそちらからも新薬に使えるかもと」
「へぇ。消化されずに出ちゃうから便秘薬とか」
「食事中に止めなされ」
「へい。…クワン遅いな」

「ホントね。南側に立ち寄ってるのかな」
スマホを取り出しフィーネがクワンの位置確認。
「あれ…?ここってスリーサウジア?」
「は?何故」
4人とグーニャで覗き込むとクワンの現在位置は南西大陸南部の山脈を遙かに越え南部に食い込んでいた。

ソラリマは変わらずバッグの中。
『特に呼ばれてはいない』
「戦闘状態ではなさそうだな」
「単なる偵察ならいいんだけど」

暫く様子を見るかと考えていたら突如クワンがリビングに現われた。

両翼を一杯に広げて威嚇状態。
「クワッ!クワッ!」
「手紙の配達は無事に。サンコマイズはお祭り騒ぎ。役場前でタタラ家再興を訴える集団が多数抗議中。
町を離れ迷宮入口へ。ピーカーとは会えず縦穴の構造を調べてみようと空中旋回を繰り返していた所。うっかり暗闇に吸い込まれ気が付けばスリーサウジア内部に飛び出ました!ニャ!」
同時通訳ご苦労。

「転移先はスリーサウジアに繋がってたのか」
「クワァ~」
「恐らく。透明化してそのまま偵察。するとキタンに良く似た人物とペカトーレの鎧を着込んだ兵士が多数。中央部の集落に居ましたニャ~」

「へ?ケダムが…」
「生きてる?」
「クワ」
「正確ではないです。他人の空似で鎧は奪ったか拾った物かもニャ」
ケダムが生きてるとなると全く話が変わってくるぞ。

「手放しには喜べませんね。20年もの間キタンと連絡を取り合っていたとしたら王国復権を狙っているのかも知れません」
ロイドの言う通りケダムの狙いが何なのかを探らねば。
「いったい何を…」

そこでフィーネが宜しくない想定を。
「まさか…。アローマとフラーメ何方かを王女に迎えて過去の負債を消そうとしてるんじゃ」
「おいおい。冗談でも厳しいよ。派閥を復活させても過半数越えないと反転は…」
「生存者と合わせても?スリーサウジアとの恒久的な和平を盾にして」

「う~ん。無くは無いな。プリタ。今の話はアローマには内緒だぞ」
「当然です。一部しか知らい私でも重大案件なのは解りますよぉ。とても言えません」

「変装は入念にしないと。ピーカーのママさんに会えたら迷宮の出入口を変更可能か聞いてみる。連絡路を断てるならケダムをそのままスリーサウジアに封印してしまう手も有る」
「キタンの反応次第ね。知らないと答えたら過去の亡霊は成仏させてあげるわ」

「だな。話変わるけどロイドは俺たちが出張中に父上の所行きたい?」
「何事も無ければ行きたかったですが」
「いいよ。マッハリアもロルーゼの干渉が無いか序でに探ってみて。スタルフに寄って来る悪人がロルーゼだけとは限らんし」
「そう言う事でしたら。重要な調査任務ですね」

「レイルたちの案内はモメットに任せるとして」
「クワンティ。私たち夕食済ませちゃったから。お腹空いてる?」
「クワ」横振り否定。
「おやつと南部の果物を沢山食べたのでお腹一杯ニャ」

「お。どんなのあった?」
ゴロゴロとテーブルに並べられた大きな果物は。甘酸っぱくてホロ苦い黄緑色のグレープフルーツに似た柑橘系。
「良い匂いだね」
「グレープぽいな。ジェイカーに掛けてウィスキー割ってみるか」
全員挙手。ペッツにはストレートで。


ひょんな所でケダムの生存とスリーサウジアの特産品の一部が判明した忙しい12月半ばのある日。
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