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第185話 クワンティの帰宅と実家再訪問

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朝から砂糖レスクラッシュリゼルパンケーキを焼いてミルクティーで朝食。

甘くて爽やかな香りが自宅1階を包んでいた。

「お昼のお土産これにしよっか」
「良いと思います。何かと、お疲れでしょうから」
「何かとね」
そこまで進展したかは解らんけれど。

裏庭では侍女3人がせっせと木の実を拾って殻割作業をしていた。

手伝おうとするとプリタに拒否されたので仕方なくリビングから応援。

「剣回収してマイク貰って。ロイドのご意見伺って」
「急激な進展も宜しくないから一旦連れ帰って。クワンティの帰りを待って…。グーニャ。大狼様からの連絡は」
「まだお怒りが鎮まってないニャ。聞くのも怖いニャ~」
「そっかぁ」

ぼ~。

「今日はクワンと一緒にゆっくりしよう」
「そうね。私も午後のどっかでマリーシャさんのとこ様子見る以外は特に無い」

急に暇になると何かを忘れた気がして落ち着かないのは何故でしょう。

何時も指摘をくれるロイドがバカンス中なのも有る。

リゼルモンドオイルを抽出しながら新メニューを考案。

ジェイカーに絞り粕とブートストライトの果肉1本分。小麦粉と薄力粉と豆乳を入れてミキシング。

砂糖も蜂蜜も要らねえぜ。

充分な粘りが出た所でボールに移して冷凍庫へIN。

「牛乳を使わないヘルシーアイスクリームかぁ」
「クワンと侍女衆の為にもね。甘さが欲しければオイル垂れせばいいし。小麦粉の代わりに米粉入れれば更にヘルシーでしっとりふんわり」
「そっちの方が魅力的。お米も買いに行かないともう無いしねぇ」

「今日中に俺買いに行くから。明日1回スフィンスラー潜りに行こうか」
「そうねぇ。何だかんだ12月も忙しいから行ける人で行きましょう」

ジェイカーを一旦洗い流してクワン用の柑橘系フレッシュジュースを作成中にクワンがリビングに飛来。

「クワッ!」
「お風呂入りたいニャ!」

「お帰り~」
「お帰りクワンティ。裏の3人と一緒に入りましょ」
「クワァ」

「美味しい物沢山作ったからゆっくりしてな」


遠くから女子たちの楽しげな声が聞こえる中。1人グーニャを膝に乗せながら執筆活動に勤しんだ。

アワーグラスの看板ロゴマークを。

直立。斜め45度。真横90度。フィーネが提唱する時を忘れての意を汲んで。

男には難しい可愛いとは何なのかを考えていると。カメノス邸での交流会を済ませたソプランが自宅の方に来た。

「お、クワンティの声がすんな。何だその絵」
「うーん…。オリオンのアワーグラスの看板ロゴをさ。暇だから考えてた」
「へぇ。砂時計を真横か。俺ならそれだな」
「決定権は嫁さんやから」
「だろうな」

「隣どうだった?」
「まあ後で集まってから話すが。男同士の話。夜の薬が凄えらしい。副作用も殆ど無くて。近々メイザー殿下にも渡そうかって流れらしい」
「ほぉほぉ。王宮のプール建設よりも先に懐妊しちゃうかもな」
目出度い事だが逆にストレスに成りそうだ。

プカプカ浮くだけなら良いのかな。そこはフィーネにお任せだからまあいいか。

女性陣がお風呂から上がり。着替え終わった後で出来たてアイスとクワンはパンケーキを食しながらソプランから話を始めた。

「隣は全部順調って訳でもないが。配送の人手が足りなくてハイネのタツリケ隊を借りたいってロロシュ氏に打診してる。
後は噂のアルシェさんが年内に振り切ってロルーゼから帰って来そうだって事位だ。何でもこっちの新事業展開が早過ぎて居ても立っても居られない、そんな感じだな。
あっちの人材とやりかけだった個人事業を引っ張って来るとか来ないとか」
「ふむふむ。それは楽しみだ」
「どんな人なんだろうねぇ」

次に考案したロゴマークをフィーネに見せて。
「参考程度にさっき考えてみた。フィーネが何か考えてるならそっちでも」
「うーむ。中々良いですねぇ。まだ何も考えてなかったからありがと。どう思う?女性3人のご意見は」

「私は直立ですかね」性格が真っ直ぐなアローマ。
「個人的には横置きが良いかと」フラットなミランダ。
「私は斜めが好きですね。寝てる感じで」斜め上のプリタ。

「見事に散けたな。男子2人は?」

「俺は斜めかな。砂がゆっくり落ちる的な」
「俺は横置きだな。解り易く均等」

「グチャグチャだわね。うおぉ悩むぅ。後でシュルツにも聞いてみよ」
「投げたな」
「言わないで…。選択肢多いとダメなのよ」
知ってます。


そしてクワンの偵察報告(通訳グーニャ)

「兎にも角にも臭い!糞尿や汗。腐敗臭。硫黄の臭い。温泉湧いてそうなのにどうしてお風呂に入らないのか!頭が可笑しくなりそうでした。
特に南部と東部が荒れ放題。帝国との国境が閉じられ物資不足で奪い合い。馬鈴薯一個で殺人まで。
王都が在る中西部から海寄りの西部と北部は比較的穏やか。穏やかと言っても各町を牛耳るボス的な存在が仕切ってるだけで暮らしぶりは見るに堪えず。
北西端の町で怪しげな集団を多数見掛けました。組織の人員は恐らくそこかと」
「殆ど国が機能してないな」
「平民が可哀想ね」

「メレディスはどうでもいいやと。東大陸北部で組織の連中を探しました。案の定ダンプサイト北の岸壁に多数の船団が居ました。が!ダンプサイトが淘汰された事を知らなかったのか。そこでも供給不足。
集団での上陸を避け。転移でメレディス北西とを往復している模様です。三隻程壊れて沈んでいたので聖剣さんが破壊したのではと思われます。ニャン!」
「無理にニャン付けなくても」
「我輩の存在意義が…」

「しっかしとんでもねえ情報収集能力だぜ。俺らの出番ねえやってより。ほっといたら餓死すんじゃねえか?」
「餓死する前に近くの港を襲うよ。ロルーゼ方面で。それは何とか食い止めないと」
「そうなるかぁ」

「全員悪者って確証も無いから海上で殲滅は難しい。上陸させて判別して。プレドラ打つけて決着着けるか。私たちで接近して誘い込むか。悩ましいわね」
「むぅ…。ヤーチェ隊と共闘するならプレドラは出せないしな。無難に最果ての町で有り金叩いて討伐依頼を発行するか。迷宮前で順番待ちしてれば寄って来そうな気もしなくもない。何れもタイミングが難しくて読めないな」

ミランダが挙手。
「ロルーゼの軍部は動かせないのでしょうか。組織に屈して政権は崩壊寸前では有りますが。自国の港を守る大義が有れば。次期政権を狙う上級貴族を動かせそうな気がするのですが」
「北部にはミランダの故郷が在るもんな。他人事じゃない気持ちは解る。解るけど…多分軍部は動かない。内部分裂し過ぎて全体の足並みが揃ってない。動かせても港方面の小隊規模だ。
アルシェさんが怪しい雰囲気を感じて帰国を急いだり。フラジミゼールの町が自治区化を目指したり。北から南までバラッバラ。次期覇権を狙うような貴族連中は我が強くて国外から纏めるのは不可能だ。
責めてベルエイガさんみたいな中心人物が国内に現われれば纏まるんだろうけどね」
「そうですか…」

「来年のスタルフの即位式に。ロルーゼの大臣クラスが来たならまだ望みは有る。下っ端が来たら…。
外から突かれなくても再来年には自己崩壊するよ。それ位に脆くて危うい」
「何の保証も出来ないけど。ロルーゼ北部は山脈の利権で帝国が放って置かないわ。組織に対して怒り心頭な皇帝さんが助けてくれる。フラジミゼールはスタンと私が加勢する。真ん中は、御免なさい。マッハリアからも距離が有るから救えない」
「少し…安心しました。故郷が消えて無くなる訳でないのならそれでも」

「さて。パンケーキ焼いてそろそろ実家行く準備するよ。午後は南東へ買い出しとデニーロ師匠に来年の予約入れに行くからソプランかアローマどっちか付き合って」
「おう」
「畏まりました。フィーネ様の方は」
「レイルを訪ねてマリーシャさんとこ行く。演劇の演目は本番まで秘密だから1人でいいよ。ウフフ」
何だその怪しげな笑いは。

演目が非常に気になる。




---------------

やけにスッキリとした父と朗らかな笑顔のロイド。隣り合って座る椅子の距離感がそれを物語る。

ピッタリと…無くなってしまった事を。

「何と言うか…。済まんなスターレン。ロイドを置いて帰ったお前たちも悪い」
呼捨てやん。
「人を物扱いしないで下さいまし。私が口説き落としたのですから」
速攻で!?

「良いじゃないですか。母上が亡くなられて10年近くが経ちました。天に居る母もきっと許して下さいますよ。自由に生きよと」
「そうか…。それを聞いて安心した」
立ち直りが誰よりも早い父上。
「後で皆で墓参りに行こう。そしてロイドから本人とお前たちの秘密を少しだけ聞いた。大体は察していたが。
過去がどうであれお前は私とリリーナの子だ。父として微力ながらでも支援はしたい。
遠慮無く頼れ。と断じたいが現状でロルーゼは非常に厳しい状況下だ」
「来年。誰が出席するのか。それ次第ですね」

「ああ。偽王自ら乗り込んで来たら腹を抱えて笑ってやろうか」

ペインジット返却はロイドが回収済。反響マイクを小箱入りで受け取った。

「反響道具の量産化には成功している。だが風魔石を使っている為球数が多くはない。お前なら簡単に複製してしまうだろうが出来れば正規品を表から買ってくれると国として助かる」
「そうします。俺が買ったと宣伝すればバカ売れですよ」
「有名になっちゃったもんねぇ。商人の方でも」
「楽しみだ」

敷地内の母の墓に参り。沢山焼いてきた木の実入りのパンケーキを館内の皆でペロリと平らげ。

「これは良いな。晩餐会でも同じ物を頼めないだろうか」
「ええ勿論。木の実を山程持って進呈します。流通の少ない小麦と一緒に」
「助かる。麦の生産の目処は立った。砂糖も黍や甘花の群生地帯が見付かった。岩塩も東西に大脈が発見され食糧事情は改善される見込みだ。蜂蜜もアッテンハイムから納入出来る。帝国とも和平を結び。マッハリアが真に生まれ変わる日も遠くはない」
岩塩欲しいな。
「岩塩は今手に入りますか?結構な量が欲しいんですが」

「王都なら北部の市場に。北側の町などで大量に出回っているから買ってやってくれ」
「有り難いです。探す手間が省けました」
「やったね」

父の書斎に再び籠り密談。

「ロイドの引っ越しを検討していたそうだが気が早い。私を見くびるな。お前には重要な使命が有るのだろ」
「はい。命を賭する使命が」
「ならば先の話はそれが終わってからすべきだ。十年我慢出来たのだ。それを耐えるのは私の役目。しかし…少しだけ二人は後ろを」
言った傍からロイドに顔を近付けた。

ここは一旦。
「「岩塩買って来まーす」」

たっぷり1時間北部で買い物をしてロイドと父の暫しの別れ。

「また来ます。何度でも。転移が使えませんので2人に届けて貰う形ですが。寂しくなったら心で強く私を念じて下さいまし」
「そうさせて貰う。結局私も、弱い男だ」
「男なんてそんなもんですよ。父上」

父は少し笑い。ロイドの黒髪をそっと撫で。執務席に着いた。

「さあ行け。馬鹿息子よ」
「ふぁい!行って参ります!」


誰も居なくなった書斎で。ローレンは大切に仕舞い込んだスターレンが描いたリリーナの肖像画を取り出した。

「済まんリリーナ。私は遂に浮気を…」
絵の中のリリーナが優しく笑う。
「大丈夫ですよ。あなたは女神教信者なのですから。何人の妃を設けようとも死んだ私が文句は言えません。そろそろ私も解放して下さいな」
「辛いな…。正直に」
「欲張りですね。これをスタルフに。そうしないと永遠に私はこの中」
「あぁ…。渡すとも」

温度を感じないリリーナの頰を指先でなぞり。ローレンの頬には一筋の雫が伝い落ちた。




---------------

帰宅したロイドは休まずグーニャを連れてフィーネとお出掛け。

俺はソプラン、アローマ、クワンを連れて南東にお買い物とローレライに挨拶。

自宅に突撃訪問。
「やっほー。元気?なんか大きな動き有った?」
「お気軽に玄関先で世間話出来る内容でもないだろ!全く君と言う男は。隠蔽するこちらの身にもなってくれ」

「まあまあ。ここに住んでる事自体秘密なんだから大丈夫っしょ。近場に怪しい気配も無いんだし。誰か居るみたいだからまた今度でも良いよ」
「丁度エスカルから報告を聞いていた。後ろの二人は…噂の従者だな。取り敢えず入ってくれ」

持参水筒から温かいお茶を5人とクワンに用意。

「丸で自宅のように寛ぎおって…」
「いいじゃん。今日は南に買い物に来ただけだから固いの無し無し。エスカルも元気そうやね」
「ええまあ。しかし何てタイミングでお越しになるのか。ここを盗聴でもされているのですか?」
「してないよ。もしするんだったら事務所の方に仕掛けるさ。偶々偶然」

気になったソプランが。
「あんたがローレライ司教か。初めましてだが。俺らも有名になってるのか?」
「自覚が無い…だと」
「周りは見えても自分の評価は解らんもんだ」
「はい」

「エスカル。言ってやれ」
「はぁ…。ご気分が悪くなる言い方ですが。敢えて。化け物の従者もやっぱり化け物だった。迂闊に接近してはいけない存在。他にも何人もの美女を侍らし。スターレン様は巨大ハーレムでも作るのでは。そのスカウト役が貴方方ではないだろうか。と専らの噂です」
「「「はぁぁ?」」」

「何時の間に俺の評判が悪評になってるの?」
「女神教は多妻を許容しています。決して悪評では有りません。有りませんが!中央大陸は美女が多い。その中でも選りすぐりの方々を連れて歩けば噂も立ちます。
金も力も権力さえも思いのまま。やがてはペリーニャ様までも!どうかお願いします。それだけはご勘弁を!」

「待て!フィーネ以外全員清いお友達だから!何なら全員お相手居るし。俺は水竜教信者だってば」

「宗派の壁を軽々と踏み越える貴方様が仰いますか!衰退したロルーゼの王にだって成れる。この閉鎖状態の南東の国々の王もギルド経由で噂を耳に興味を示し。何時かご招待しようと躍起になっています。
南西のギリングスもスリーサウジアでさえも!まだ勇者であるとは知られてはいませんが。名乗った瞬間に山の様な招待状が届く事でしょう。
その方に付き従う従者たちが只者で有ろう筈が無い!その様な評価になっています」
「「「…」」」

「これは…夢かな。俺って今お昼寝中だったりしないかな」
「現実みてえだな」
「ええ。とても、残念ですが」
深く考えるのは止めよう。

「そんな噂はどうでもいいや。何か変わった情報は?」

「ローレライ様には繰り返しになりますが。ご存じで有る前提でお話を。
依然として西大陸の状況は謎に包まれたまま。クワンジアと切り離され伝手が無くなり。情報源であった潜入調査員たちも消息を絶ちました。取り込まれたか寝返ったか処刑されてしまったかも不明。スターレン様が西へ乗り込む段階で名簿をお渡しします。
南東西大陸の状況は安定。但し。残存部隊がスターレン様らが立ち寄っていない国や迷宮に入り対抗手段を探している帰来が有り予断を許さない状況。この大陸の殆どと南西のギリングスで多数の目撃情報が上がっています。
東大陸北部の船団の情報は先日こちらにも入りました。ロルーゼの調査員の話では半数が雇われ傭兵と見られ。統制は殆ど取れていないと思われます。
その部隊の一派が世界各地で食糧品や道具を買い漁る為に先程の国々に足を伸ばしています。
飢えさせては暴れられる懸念が有り、黙認し泳がせている状況です」

「半分傭兵かぁ。道具も集めてるとなると益々戦力が読めないな」
「お前の噂は僻地の冒険者でない限り知ってる。戦ってみたいだの懸賞金目当てだのがウジャウジャ居る訳だ。
その反面仲間に入ろうとか、取り入ろうとする奴らも必ず居る。そう言う奴らを見付けて引き入れるのも手だな」

「判別ムズいけどね。やってみる価値は有る」
犠牲者を減らせるならそれに越した事は無い。

「闇市ルートの寸断は完了。各地の闇商人が独自で構築し直したり。何食わぬ顔で表で売り捌いていたりします。それらを購入していれば仰る通りに未知数。
ここ南東に出回っていた一部道具類を買い戻して破棄したりしましたが。焼け石に水でしょうね」
ローレライが話を引き継ぎ。
「その一部の中で破壊不能品を別場所に隠して保管している。また時間が有る時に見に来て欲しい。自分たちでは到底扱えない代物だ。君らなら正しく使えると信じて」
それはマストで。
「近い内に必ず見に来るよ。道具に詳しい人連れて」
レイルちゃん頼みになるかなぁ。

「こっちの情報は予定通り。来年本格的に東に乗り込む。来年内に幾つかの迷宮踏破と聖剣奪取まで行きたい。ローレライたちも命を無駄にするな。ペリーニャが悲しむ」
「承知の上だ。一度闇商の事務所で死んだと思えば容易い。恩を返さねば女神様もお許しには為らぬだろう」
「その為の奉公です。スターレン様はお気に為さらず」

2人が口を付けたカップはモーランゼア土産だと言って置いて帰宅。




---------------

ちょっと遅くなったがデニーロ師匠の店に訪問。

「おぉ大将。丁度店閉めるとこだから待ってくれ」
「ほーい」

店内の商品を物色しながら待ち。

閉店後に裏の自宅へと案内された。

自分は初訪問。
「ナンシャに声掛けてくる」
何時もよりテンション高いな。

奥から20代と思われる若い女性が現われ柔やかに笑いリビングに迎えられた。

キッチンからは夕食の煮込みの良い匂いが。
「ごめんね夕食時に」
ナンシャを見ながらゆっくりと話した。
「い…いえ」
ちゃんと通じる。拙い返答がキュート。知らなければ内気で控え目な人に見える。

先日ソプランたちからプレゼントさせたモーランゼアのウィスキーとグラスが並べられ。ナンシャさんがキッチンの火を止めてデニーロの隣に座った。

全員がナンシャさんを向いてるので少し照れ臭そう。

グラスにお酒が注がれ。師匠が一気飲み。
「クハァ~」

ナンシャが心配そうにデニーロの袖を引いた。
「いいだろ偶には。この人がスターレン様だ」
「知って…る」

「初めまして」
声に反応した?
「初め、まして。夫が、お世話に」
「いえいえ。こちらこそ。お耳に変化は有りましたか?」

少し間を空けて。
「はい…」
「ブートの実と酢漬け食べてから。少し聞こえるようになったんだよな」
デニーロを見てウンウン頷いた。

旦那の口は素早く読めるようだ。長年の努力の賜だな。

まだ俺たちの方は読み辛い様子だったので筆談に切替。

アイマーから難聴の原因を聞き。ブートで改善したならカメノス商団で開発中の新薬で治せる見込みが有る事。
紹介状を書くので一度医院を訪ねてみてと。
偶には帰って顔を見せろとツンツンしてたと。
書いて見せた。

ホロホロと涙を流して直ぐに号泣。

師匠の胸に顔を埋めてヨシヨシされた。

「それ。マジな話なんだよな」
「マジマジ。大真面目」

新薬はブートを元に作られるので何かしらの効果は期待出来ると書いた。

「あり…がとう…御座います」

証文書で紹介状を書き上げ。こちらも内臓系の改善が見込めるリゼルモンドの木の実が入ってますよと。パンケーキと抽出したオイルの小瓶を添えた。

「オイルも料理に加えたり。手肌に塗ったり。鍛冶仕事に付き物の火傷に良く効きます」
話ながら書きながら。
「そりゃあありがてえ。何て礼言ったらいいか」
「うん…うん…」

大事そうに紹介状を胸に抱えて。オイルの香りを嗅いでビックリしていた。
「良い…香り」

香水や石鹸や洗髪剤にもなるんですよと。

「自宅でもリゼルモンドは栽培始めたんで。気に入ったらこの2人に持って行かせます」
「試して、みます」

本題の来年1月の工房の予定を聞いた。

「マッハリアの式典で献上する剣と中盾を作りたくて。今度は精製済の塊使うんで工期も半分で済むと思う」
「うーん…」
師匠が腕を組んで唸った。
「無理?」
「打てる準備は整えてある。国に納める分も大将の案件なら調整も出来るんだが…。最近ギレムの奴がよぉ」
「ギレム?」

「もう一個の武器屋だ」とソプランが教えてくれた。
「あーそのギレムがどうしたの?」
「最近家の工房と隣のヤンの工房とキッチョムの工房までコソコソ嗅ぎ回り始めて鬱陶しいんだ。大将がこっちにばっか顔を出すから嫉妬なんだろうが。国からの依頼を分散する上で潰せもしない」
「それは面倒だな…」
俺たちがマウデリンを扱っている事は公開出来ない。

そこでナンシャさんがポンと手を叩き。

「スターレン様が直々に他の献上品を大量発注して大人しくさせるのは如何でしょう」と書いた。
「「「おぉ!」」」驚く男3人。
「正攻法ですね」

「名案だ。デニーさんが断った事にして、馬鹿みたいに複雑なデザインの物を発注しよう。明日は用事有るから明後日に早速」

「俺らで明日下見と予告しに行くぜ」
「陳列された商品を見ればギレムさんの腕も解りますし」

「こうしちゃ居られない。お邪魔しました。こちらの時期は早めに連絡します」
「出来れば年内に頼むわ」
「オーケー」

アホ装備考えなくちゃ。

今使った万年筆とインクは「お礼です」と書いてそのままプレゼントした。




---------------

フィーネとロイドが作ってくれた魚介のクリームシチューを食べながら本日午後の結果報告を。

ちょこんとシュルツも居たり。

「へぇ。ナンシャさん改善したんだ。私も年始のご挨拶に行かなきゃ」
「新薬で治ればいいな。レイルは明日行けそう?」
「それはもう二つ返事でOK。完成してた笛触らせて貰ったけど。同じでした(泣)」
「諦めて普通の楽器で練習してみたら?俺は音楽の方は才能無いし」
「そうするぅ」

デザートタイムに入りシュルツがリゼルアイスに感動。
「お兄様!これのレシピを教えて下さい」
「ええよええよ。木の実一杯有るし」

ミランダとプリタが疲弊気味に。
「拾っても拾っても」
「じゃんじゃん上から降って来ます…」

「辛そうなら本棟側の人手も借りて。終わりと副作用確認しないと隣に裏技紹介出来んし」
「そうします」
「リゼルモンドだけで地下蔵が一杯になっちゃうんで邸内全域に配ります!」
「そんなにか…。それでも溢れそうならペルシェさんに相談しよう」
「ふぁい!」
弊害は大量生産だったりして…。

完食後にシュルツが挙手。
「やっと試作時計の前面デザインを決めましたので後でご確認を」
「楽しみだ」
「ねー。私もシュルツに相談したいから後でね」
「はい!それと皆さんでトレーニングルームに行きましょう」
「ん?トレーニングルーム?」
そういや最近入ってないな。

食器の片付けもそこそこにトレーニングルームに移動。

何時の間にか見慣れぬ機材が増えていた。

「少し気が早いですがお兄様の誕生月のお祝いに。ルームランナーを設置しました。お暇な時の運動に最適だと」
「おーおーいいねぇ」
回転筒を8連装に牛の鞣し革をロールさせ。左右の中腰辺りに手摺を設けた前面開放型のランナー。

それが2基並んでいた。

「お姉様の分も。最近ここが使われなくなってしまったので新装を。本棟の奥にも設置して実証済みです。私も煮詰まった時に使っています。御爺様の運動にも最適。お二人の評価が良ければ商品化します!」
「「ありがとー」」

Wほっぺにチューでお返し。
「こんなの欲しかったんだよ」
「ブーツ履いて出張ばかりで鈍り気味だったもんねぇ」

素の状態で走れば正真正銘のトレーニングだ。

「他の方は訓練所併設の休憩所にも入れますのでそちらを使って下さい」


片付けられたリビングテーブルでシュルツのデザインを拝見…。

女の子のデザインとは思えぬ格好いいイーグル(鳩)の紋様に浮かぶ表示板。針の先端は爪がモチーフ。表示板内も二段に分かれ内側に短針用の目盛。外側に長針用。

表示板の欄外に小さな数字表記板が個別で。
頂点首元に「零」
両脇に「六」と「十八」
尾の部分に「十二」

前世界では考えもしない斬新さ。モーランゼア産の時計も全て内側表記。

「斬新だ。そして格好いい」
「最初は女神様をと考えましたが。私が象ると色々な弊害が有りそうだったので。人間ではなくクワンティをベースに可愛らしさよりも勇ましさを表現してみました」
「クワッ!」本人も喜んでる。

「内側表記だと混雑してイラッとしたのも有り。空いてしまう外側を使おうと。どうでしょうか」
「いいよ。これで行こう」
「次は可愛いのもお願いね」
「はい!」

お次はフィーネがロゴデザインを並べて。
「アワーグラスの看板に使おうと思ってて。シュルツなら何れが良いと思う?私決められなくて…」
「ふーむ…」

5分位首を捻りながら考え続け出された答えは。
「私なら斜めで。上下を円で繋いで風を受けたら回転する風見鶏風にしたいですね」
「ほぉ。その心は」

「直立だと時間が無いから早く帰れ。横置きだとずっとここに居ろ。斜めだとゆったりと時が流れて心が休まる気がします。宿泊施設なので意図に合致しているのかなと」
「「おぉ…」」
場の一同で拍手。

「お姉ちゃんそこまで考えてなかったよ…。その意見を採用します」
看板のデザインを即決した。

ホテルの外観デザインは1つに絞ってフィーネに見せようと決意した夜。


その後は書斎に籠ってアホ装備を数十枚書き上げて就寝。

マッハリアのお馬鹿さんまで釣れそうだ。
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