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第182話 ばーちゃんの昔話と不思議な笛
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人と人とは不思議な縁で繋がっている。それを実感した不思議な一日。
ラフドッグに着くなり朝市で海苔と苦汁を購入。馴染みの包丁店へ足を運んだ。
ラメル君やモーランゼアの料理長に一式ずつあげてしまって手持ちが無くなったからっす。
威勢の良い店主さんが。
「スターレン様が買ってくれるお陰で片刃包丁と鮪包丁がバカ売れっすよ」
「え?もう在庫無い?」
「いいえ。ちゃーんとお二人分。傑作を集めたセットを確保してます」
合わせ金で刀タイプを打つ職人さん少ないからなぁ。料理用だと尚更。
「助かるよ。丁度欲しくて買いに来たんだ」
「有り難う御座います。切れ味良くって重宝しているんですよ」
「嬉しいねぇ。鍛冶師やってて良かったぁ。デニーロの奴の言う事聞いて正解だったぜ」
「アイマーさんってデニーロさんと」
店のご主人はアイマーと言う名前。
「同門の同期だよ。俺の方が年上だけどな。あいつ何も言ってなかったですかい?」
「良い店が在るよって紹介されただけで何も」
「かぁぁ。あの野郎め。口が堅いのはいいが堅物でいけねえや。帰ったら一言言ってやってくだせえ。因みにあいつの嫁のナンシャは俺の一人娘っす」
「「複雑!?」」
「先日初めてお会いしましたがお元気でしたよ。耳がご不自由な分読唇術を磨かれて。ゆっくりお話すれば会話も成立しました」
デニーロ師匠の自宅を訪問したアローマがそう伝えるとアイマーは目を細めた。
「そうかいそうかい。耳の治療って名目で王都に行ったきり帰って来やしねえ。昔から俺たち親よりもデニーロにベッタリだとは思ってたけんど。まさか押し掛けて結婚までするとはよぉ。開いた口が塞がらなかったっす」
意外にナンシャさんはアクティブな人なんだな。俺たちはまだ会ってない。勝手なイメージもっと年上で清楚な人を想像してた。
「何とも。次に会った時に伝えます。偶には顔を見せろと怒ってたって」
「頼みまさぁ」
「ナンシャさんのお耳は生まれ付きじゃないんですね」
「ええ。鍛冶屋の職業病みたいなもんで。十二の時に耳栓せずにうっかり工房の中まで入っちまって。両耳共駄目になっちまいやした」
それで女人禁制にしたのもあるのかな。
「生まれ付きじゃないならまだ望みは有ります。今カメノス商団で耳にも良く効く薬を開発して貰ってるんで」
「少しは期待出来るかも。鼓膜が全損してなければ。費用はご心配為さらずに。私たちの知り合いなら略無料ですから」
臨床試験なら報酬を払わないといけない位だ。
「そいつはありがてえや。今夜は嫁さんと良い酒飲めそうだぜ」
「今日は他にも用事が有るんでこの辺で」
「あぁ長話を。直ぐに物持って来やす!」
また来ますと告げて退店。
「アローマ。あれは渡した?」
「はい。しっかりと注意事項のお手紙も添えて」
「ブートの実と胚で改善するなら薬もきっと効くよね」
「そう信じよう」
デニーロ夫妻への土産に持たせたのは二巡目に収穫されたブートストライトの果実と胚酢漬け。外接器官を改善する果実と内蔵機能の改善が期待出来る胚と両方。
淡い期待で渡したのだが後天性の難聴なら治る可能性はかなり高い。
一方全くお耳が不自由じゃないバインカレ婆ちゃんには胚酢漬けだけ。
土産の説明をしてやると。
「ふんっ。貰っといてやるさ」
ぶっきら棒に返された。
「あの片眼鏡まだ借りてていい?」
「好きにしな。読みたい本も無いしね」
「今日は裏庭のお手入れは…」
フィーネがそっと尋ねると。
「もう直ぐ冬だからねぇ。花壇は冬場以外の楽しみさ。外で私に死んで欲しいのかい!」
「そんな積もりじゃ…。御免なさい」
フィーネがシュンとなった。
「何時も引き留められるから聞いただけじゃん。今日はお茶淹れが上手い侍女を連れて来たから寛げや」
「誰の家だと思ってるんだい!でお前さんは」
「専属侍女のアローマと申します」
「ア…アローマと、言ったのかい?」
「そうですが。何か気に障られましたか」
「いや茶を淹れてくんな。お前さんに渡す物が有る。勝手に帰るんじゃないよ」
「私に…?」
何時もの女性兵士トリオに、しっかり教わりなと怒鳴って2階方面へ上がって行った。
キッチンに向かう4人を見送りながら。
「突然アローマに何の用事だろ」
「さあ…。それよりスタンさんはどうしてあの人に慣れてるのかな?コツが有るなら教えて」
「語気が強いだけで何も怖くないからさ。…関西方面の元気な婆ちゃんには結構居るよ。あんな感じの人」
「あぁ、それで」
アローマが得意なハーブティーが並んだ頃に婆ちゃんが上から白いブラウスを抱えて降りて来た。
リビングテーブルの端に寝かせ、カップを持ち上げその香りに鼻を鳴らした。
「良いじゃないかい。カモミールとジャスミンと若い茶葉のハイブレンドだね」
香りだけで全部当てた。
「御明察の通りに」
カップを一飲みして静かに置いた。
「温度も配分も申し分なし。立派な淑女に成長したもんだ」
「え?」
端に置いたブラウスを指して。
「あれはお前さんの母親ミルフィネが置いて行った預け形見のブラウスさ」
「…」
「何故って顔だね。訳は簡単。父親のラハンとは私ら夫婦で南西大陸を練り歩いてた頃に知り合った馴染みで。ペカトーレが王国時代に命辛々ここまで逃げて来た。
前前から譲ってくれと交渉していたアルカンレディアの伝記と引換にお前さんを預かってくれと頼まれたのさ」
「ですが…私はハイネの寺院に」
「成人まで面倒を見る積もりだったんだがね。丁度その頃妙に南側に詳しいクインザが台頭し始めた時期で。アローマの出生を嗅ぎ回られると拙いと考えた私が寺院に手を回したんだ。繋がりが無くクインザの派閥と敵対していたロロシュ財団の膝元にね」
俺たちが口を挟む話じゃない。
「そこまでが限界。こちらからは一切の接触を断ち。お前さんの運に任せた。狙い通り、ロロシュに拾われた様で良かったよ。まさかこのクソ餓鬼の専属になっているとは思わなかったがね」
「運命って奴かな。クソ餓鬼言うなクソ婆」
累計すると良い勝負だぞコラ。
「その証拠に袖のカフスの裏にお前さんの本名が彫られてる。アローマって名前も私が付けた偽名だよ」
「バインカレ様が名付け親…。申し訳ありません。私にはここに居た記憶が無くて」
「当然さ。この屋敷とは違う東の別荘に。場所や人の記憶が残り難いブレスレットを着けさせて隠していたからね。
孫の二人とも面識を持たせなかった。聞いても何も出やしない。
持ち帰って着てやりな。少し、胸が苦しそうだけどね」
「あ、有り難う御座います」
立ち上がり大切そうに抱き締めてブラウスをそっとバッグに入れた。
「南西に出向いた経験有るなら、何か珍しい情報持ってない?」
「タダで聞けるとでも思うのかい!」
「いいじゃん偶には素直に教えてくれても。胚の酢漬けあげたんだし。何ならモーランゼア産の焦げ付きにくい鍋と耐熱皿のセットも付けるからさぁ。お願い」
「並べてから物を言え」
大量の在庫の中から赤色で統一されたセットを進呈。
満足げに頷き。
「あの三人は料理も下手でねぇ。鍋は助かるよ。そんなんで誰が嫁に迎えてくれるんだい!料理人か!!」
「「「済みません…」」」
「毎回そうやって怒鳴るから萎縮して何も出来なくなるんだろ。いい加減丸くなれって」
「煩いわ!まあ良いさ。私らが出向いたって言っても隠密でサンタギーナからペカトーレ南部まで沿岸域を歩いただけさ」
貴族の当主夫婦が冒険者やってたのか。それはそれで凄いな。
「唯一違ったと言えば。兵士の目を盗んで東部山中のペリルマット迷宮を見に行った位かね」
「お、それ詳しく」
「入るのは止めときな。三つ在る洞窟が似た様な入口で。近くで捕まえた野鳥や野兎を十羽以上色紐付けて放ってみたけど。近くの縦穴から鳥が一羽逃げたのが見えただけさ。他は放った入口付近で消失した。
怖くなって中までは入ってない」
「入口からランダム転移か」
「だろうねぇ。その入口らしき物も日付や時間帯で変化している様子だった。あれに集団で挑んで良いものか。直感では単騎で入るのが正解なんじゃないかって感じたね」
「ほぉほぉ」
「駄目よスタン。1人では行かせない。結局誰も正解は知らないんだもん」
「解ってますって。入口前で調べ捲ってそれでも解らなかったら素直に撤退する。それならいいでしょ」
「うん…」
「お二人共。そろそろ昼時ですよ」
「あ!やべ。帰らなきゃ」
「またお邪魔しますね。それでは~」
目の前で消えた三人を想いながらバインカレは深く溜息を吐いた。
「騒がしい子だねぇ全く。若い頃の私らにそっくりだ」
「あのお二人が。バインカレ様に?」
「他に誰が居るって言うんだい。それよりこの鍋で煮込みを焦したら盛大に国に吠えるから覚悟しな!」
「が、頑張ります!」
「侍女ではないのですが…」
「兵舎から料理人を連れて来るのは」
「何を弱腰な。本当に嫁の貰い手が逃げちまうよ。それでもいいのかい!」
「「「嫌です!」」」
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ちょっとの積もりがもう11時過ぎ。
魚介出汁はミランダが炊き続け。チャーシューはラメル君が煮込んで表面を焼くばかり。
無いのは麺だけだ。
俺が生地を捏ね出してから嫁がレイルを連れて来た。
「ラメル君。煮込み豚バラの火を止めて、そのまま寝かせて醤油スープを浸透させる。焼くのは表面だけで直前でいいぞ」
「はい」
「ミランダの方も充分出汁が取れてる。枕木の上に移して粗熱を取って。溢すと危ないからアローマも一緒に」
「「はい」」
「プリタは麺を茹でる用の大鍋を3つ火に掛けたらシュルツに声を掛けて来て。お出掛け中だったら夜の部で」
「はいさー!」
「グーニャは保温辛くないか」
「全然余裕ニャ!」
「フィーネは心許ない卵とネギを。後適当に買って来て」
「長葱は大丈夫。何かお野菜買って来るねー」
ラメルをダイニングテーブルの反対に立たせ。
「今から作るのはパスタでもお隣で販売してるおうどんでもない卵繋ぎ麺だ」
「はい」
「基本推奨は上小麦粉300gに対して卵1つ。苦汁大さじ1と水大さじ2。これから乾燥する季節だから水は気持ち多めでもいい。卵の大きさで水分量も前後する」
「解りました」
生卵を割りカラザと薄皮を取ってジェイカーで1個1個ミキシング。
泡立つ前に止めてボールに入れた小麦粉の中に投入。苦汁と水は大さじ1ずつから始めた。
大玉まで捏ね小麦粉を敷いたアクリル板の上に乗せ前後左右から眺め自重で潰れる皹割れを確認。
「少し水が足りないな」
「ですね」
ボールに戻して小さじ1の水を加えて練り直し。
二度目は潰れず綺麗な表面となった。
寝かせている間にラメルにチェンジ。以降は交互に大玉を作り出して10分間で大玉5玉。ざっと2kgの20人前。
レイルが来る前に捏ねた大玉をアクリルまな板の上に。
「多少表面が乾いて割れたが気にしない。結局練り直して茹でるから」
「はい」
「今まな板にしてる樹脂板は木材と違って完全に水を弾く。手の熱と外気以外で水分は奪われない。だから安心して捏ねくり倒せる」
勿論料理用の手袋で皮下熱も伝わり難い。
捏ねて捏ねて。
「生パスタ以上の弾力を感じた位が頃合い。時間にして大体3分。くっ付かないように小麦粉を塗しながら縦20cm厚み3mmに整えて丸棒に巻き付け横から引き抜く」
「バターと空気を入れないクロワッサンみたいな感覚ですね」
「それやね。偶に作る蕎麦も同じだな。粘る分小麦粉の方が少し楽。他にも欲しい太さまで引き延ばす方法も有るけど塩分と食用油を入れないと千切れるから難しい。余計な物まで摂取するからあんましお勧めはしない。
後は丸めた物を添え木を当てて菜切包丁とか広い縦刃の物で切り揃える」
朝と同じ3mm幅で切り分け。
「1玉から100g前後の4人前が取れる。切り分けられたら薄力粉の上に解し置き」
「乾燥と接着を防ぐ」
「その通り。次の玉をラメル君がやったら豚バラブロック焼きに入って」
「はい」
「朝の予定では裏庭で直火の積もりだったけどお出掛けに時間喰っちゃった」
レイルがお茶を飲みながらムッとした。
「ごめんって。ラメルならどっちでも上手く焼いてくれるからさ」
「お任せ下さい。レイル様」
「許す」
ラメルには激甘だな。今度は隣のメリリーがムスッと。
「次の玉はメリリーがやる?」
「やります!」
張り切って洗面所に手洗いに向かった。
メリリーが作業に差し掛かった頃にシュルツ、ソプラン、嫁さんが揃って帰った。
「良い絵が描けそうだったので少し遅れました」
「それは楽しみだ」
「俺はまあ…怒られ捲りで」
「残念。継続して頑張ろう」
「白菜と蕪があったから買って来たー。卵は裏で洗って冷蔵庫に入れるね」
「ありがとー」
残りの大玉はメリリー、フィーネ、シュルツ、大取の俺の順で切り刻み。昼食分は余裕で確保した。
麺の茹で時間はキッチリ2分半の硬麺狙い。魚介出汁1に豚骨2の割合でスープを作成。木耳、メンマ、海苔2枚、厚切りチャーシューも2枚トッピング。
長葱の笹切りと炒ったすり胡麻はお好みの大皿で並べた。
添えた小さい深皿にはストレートの豚骨スープを。
「小さい皿の方が純粋な豚骨スープ。麺が入った方が魚介出汁を加えたスープ。後で意見や感想を。何はともあれ温かい内に召し上がれ」
俺と嫁さんだけが竹箸。他の人はフォークとスプーンでクリームパスタを食べる感覚で。チャーシューは小皿に移してステーキスタイルの人が大多数。
ダイレクトに齧り付いたのは俺たちとレイルとソプランとカーネギ…何時の間に!?
「俺も、ソプランと一緒に、勉強組。休みで暇だった」
「そうだったんだ」
「美味じゃ美味じゃ。麺もプリプリして歯切れが良い。何方かと言えばストレートの豚骨に塩をちょっぴり足した方が良かったのぉ」
「ストレートは独特な臭みが嫌だって言う人も居るから。レイルはそっちだったか」
「塩豚骨は次の機会に持ち越しね。家の鳩さんの了解を得ないと作れないの」
「クワァ…」
「お散歩中に作って下さいニャン」
そうしましょう。
シュルツは元気に。
「私は何方も好きです。普段は畑の肥やしにしかしないと聞く豚骨がこの様な変貌を遂げるとは。お料理も奥が深いですね」
「だろ。道具も料理も工夫次第さ。食べられない物も多いけど」
「塩豚骨も楽しみですが。こちらの魚介出汁も贅沢な美味しさだと思います。上品な甘みの奥から来る磯の風味と優しい塩味が染み渡るようです。…ピレリ様も呼べたら良かったのですが今日は重要な打ち合わせだそうで」
「それも次の機会だな。夕食はロロシュさん呼ばなくちゃいけないし」
「はい。涙を吞んで」
「そういやフラーメは何処行った?まだ居る筈だよな」
「あの方は性懲りもなく昼食用のスープを駄目にしまして侍女長と料理長に怒られ中です。どうして自分が拵えている小鍋ではない隣の大鍋にお塩を入れてしまわれるのか不思議でなりません」
「…マジで?」
「マジです」
「またあの人は…はぁ…」
アローマが頭を抱えてしまった。
「こっちで実践練習すると被害が拡大するから自宅で経験積ませた方が良くない?」
「そうさせて頂きます。飛んだご迷惑を。…ソプランも一緒に道連れを」
「マジか!?スターレン。胚の酢漬け一瓶くれよ。毎回食前に食わないと多分死ぬ」
「解った。後で渡す」
「気を取り直して。お昼用の麺が1人1玉分有ります。追加の替え玉欲しい人!」
全員挙手(足)
3つの鍋に火を入れ直して麺茹で開始。
スープも残らず飲み干して美味しく完食。
「夕食のデザート用に新作わらび餅が有るけど今食べたい人。持ち帰る人は箱に詰めるよ」
半々に分かれた。
「ここでも食べるし持ち帰るのじゃ」
「欲張りだなぁ。沢山作ったからいいけど」
冷やしたわらび餅に黒砂糖と蜂蜜を焼き溶かした黒蜜でご提供。
「これも美味じゃ。クワンジア帰りに食べた葛餅に似ておるのぉ」
「つい先日の事なのに懐かしいです」
「思い出の味ね。でも葛餅よりも爽やかなお味」
クワンジア出身のラメルとメリリーが故郷を想い感想を漏らした。
「本来は暑い夏向きの食べ物だから清涼感が有るよな」
結局皆この場で食べてしまった。洗い物はアローマたちがやってくれるからまあいいや。
「それよりも出来たぞ、笛が」
「あれを出すのですね」
メリリーがニコニコしてるからきっと安全な筈。
「意外に早かったな」
「どれどれ見せて」
フィーネに渡された笛は指穴が8穴ジグザグ配置の両手持ち。エア抜きは口元下とお尻。縦長楕円形木製リコーダータイプ。楽器としては斬新なデザインだ。
「フィーネの指の長さに穴を合せておる。手指が長ければ他の者でも吹ける。余計な魔力は付与しておらぬが妾とメリーでは出る音が丸で違った」
「うーん。奏者を選ぶ楽器かぁ。8穴ってことは27音階位は出せるのよね。ムッズいかも。昔の記憶で合ってるのかな…」
フィーネが口を付けようとした時にロイドが止めた。
「待ってフィーネ。持った状態で鑑定を」
「そうね。スタン、シュルツ。お願い」
「おう」
「少々お待ちを」
俺はグラサン+笛の腹を指先で触れ。シュルツは眼鏡を装着した。
名前:悠久の鳴動(フィーネ装備状態)
性能:奏者の感情が上乗せされた音色を奏でる
周囲の人間以外の動物、
奏者より低位の魔物を音を発している間、
支配下に置き操れる
眷属や従魔には奏者の感情が添加される
特徴:傷心中や陰感情の時は吹かない方が良い
無の境地が望ましい
「シュルツも同じ?」
「はい。同じです」
「わぁ…。無の境地って私が一番苦手な奴じゃん」
「そやねぇ。取り敢えず…音を出す事だけを考えて。近場で耳の良い動物って言えばダリアが飼ってるチョロ君か。クワンはお城の犬が反応するか見に行ってくれる?」
「クワァ」
「自分は聞こえちゃうので何処まで届いてるかも見て来ますニャ」
「数音吹き続けるからお願いね」
クワンが窓から飛び立ち、フィーネが笛に口を付けた。
流される音階は単調でも草原を陽気に駆け抜ける爽やかな風が音に乗り舞い踊っているかのようだった。
「美味しい物を食べて幸せニャ~。スターレン様愛してるニャ~。恥ずかしいニャ!」
「ちょっとグーニャ!感情を表わさないでよ」
「グーニャが居ると。お姉様の感情が丸聞こえですね」
「そ、そうだな。俺も愛してるぞ」
「今言わないでニャ!」
多少音は乱れても幸せな感情で良かった。
クワンが帰って来るまで断続的に吹き続け、窓の外に見えた所で中止した。
「クワッ、クワ」
「音が継続している間。チョロ君は遠吠え。兵舎のお馬は一斉に嘶き。野鳥が囀り。鼠が逃げ出し。蛙は仰け反り。川魚は水面を跳ね回り。兎は近場の木に擦り寄り。猫は背中を地面に擦り着け。音が聞こえたのはハイネの南端まででした。ニャン」
「全然駄目じゃん!しかも魚や蛙まで」
「大枠で括れば動物と言えば動物だ」
「恐らく明確な指示を出していない為に各々思い思いの求愛活動に似た行動を」
「恥ずかしくなるから止めて。確かに指示は浮べてなかったわ」
「妾の時は音色以外の変化は何も起きなかった。フィーネの独自特性が乗っておるのじゃろな。持っている間だけ」
「ちょと貸して」
俺が持つと性能が「感情が音色に乗る」のみとなった。
場に居るフィーネ以外全員同様に。
「私だけ…。演劇の音楽に使おうと思ったのになぁ。私だけが吹けないなんて」
「王宮専属の楽団に頼めば?」
「雰囲気作りだけだからそれも有りかな。取り敢えず団員とマリーシャさんに相談してみるわ。
ねえレイル。他に笛は作ってたりする?」
「メリー用のは暗所で陰干し中じゃ。材料的には同じ物で後二つまでじゃな」
「じゃあ完成したら触らせて。同じになるかど…ん?」
「それは構わぬが。何じゃ」
「スタン。侍女長さんが走って来てない?」
そう聞かれて索敵をしてみる。
「あれ?なんかめっちゃ慌ててる」
侍女長のフギンさんが玄関に入るなり大声で。
「スターレン様!スターレン様はご在宅でしょうか!」
玄関までゾロゾロと迎えに行くと。
「スターレン様。アローマも居てくれて良かった」
「どしたのフギンさん」
「私に…、フラーメでしょうか」
胸を押さえ呼吸を整え。
「そうです。そのフラーメさんが。叱責が強すぎたのか説教中に泡を吹いて、気絶を」
「そんなに料理が嫌いだったのか!?」
「違うでしょ。さっきの笛と同じタイミングよ」
「人間なのに?」
「解んないよ。取り敢えず診に行きましょう」
「そやね」
ミランダとプリタに洗い物と豚骨鍋の管理を任せ。本棟の厨房控え室に向かった。
床に寝かせられた状態で手足を縛られ、傍らにはゼファーさんも居た。
「ゼファーさん。何これ、暴れたの?」
「はい。フギンがお迎えに出た直後に。気絶なさったまま」
見るからに異常だ。
そっと首筋に触れて触診。
特徴:憑依、酩酊、気絶中
「憑依…て」
後ろで見ていたレイルが唸る。
「結合が強すぎて気付かなんだ。これは狐憑きじゃ。道理で妾を暗に避け回る訳じゃて」
確かにレイルとフラーメの接点は少なかった。直接話したのは挨拶程度。
「呪いではないんだよな。他に何か解除方法は」
「呪いではない。何時からかは最近ではない。恐らく幼少の頃からじゃろう。憑依を通り越して同化の手前まで来ておる。無理に剥がせば廃人じゃ。
…或は。狐の名が解ればフィーネの檻で綺麗に剥がせる」
「それに賭けるか。ソプラン。超特急でヤンを。訓練場の平場に移動する」
「担いで飛んで来るぜ」
布で猿轡を施し白ロープで簀巻きに持ち上げた。
「アローマ。通常の鑑定では擦り抜けられる。ちょっと荒療治になるけど勘弁してくれ」
「ご存分に」
平場に移り、邸内の人員を遠ざけた。
コンタクト、グラサン、清浄の手袋を装着。
ヤンの到着と同時に最大鑑定を行使。
「大体の状況はソプランさんから聞きました。どうかフラーメをお救い下さい」
「大丈夫。無理に剥がさなければ今まで通りだ。何も掴めなかったらこのまま…。これまでの塩分過多で内蔵がやれれてるかも知れない。早死にするかもだが、その時は許してくれ」
「…はい…」
猿轡を外し、左手のロープでマウスピースを充て、その隙間から右指を差し込んだ。
舌を押さえないよう上顎を撫でる。
「フィーネ。檻と笛を構えていてくれ」
「何時でもオーケーよ」
状態:味覚障害。異種憑依中…
まだ全然浅い。集中を高め、呼吸器官から内臓、足先から頭部。
右の三半規管と脳髄の隙間にそれは居た。
フワフワした綿毛に身を包む。真っ白な子狐の姿。怯え切った目でこちらを見ていた。
怖がらなくてもいい。俺はお前と宿主を救いたいだけなんだ。
コクリと小さく頷き返すのが見えた。
名前:ピーカー
種別:ファントムフォックス・聖獣種
性別:雌
特徴:塩分や岩塩を好み主食とする
性格:温厚。時に獰猛
状態:空腹。無属性。ホームシック
ホームシック…。お前は生まれ故郷に帰りたいのか。
大きく何度も頷いた。
なら俺が連れて行ってやる。それにはまず宿主から離れて一旦檻の中へ入らなきゃいけない。我慢出来るか?
満面の笑みで頷いた。
「フィーネ。この子の名前はピーカーだ」
「ピーカー!ハウス!」
檻の中にミニマムサイズの二尾を持つ白狐が現われたのを見てフラーメを診察。
状態:気絶中。内臓疾患、味覚障害、記憶障害、全正常
「良かった。後遺症も無い。味覚も物覚えの悪さも正常に戻ったぞ」
「有り難う御座います。本当に…」
ヤンの目が潤んで輝いて見えた。本当に良かった。
「これは驚いた。本に狐じゃったとは」
「可愛い~。お腹空いてない?」
「岩塩…頂戴」
「ちゃんと言葉も話せるんだ。はいこれ」
岩塩の欠片を差し入れると両前脚で掴みカリカリと美味しそうに食べ始めた。
フラーメの縄を解いて毛布を被せ。
「性格も大人しいみたいだし。まずは一安心。里に帰してやるってピーカーと約束したからな。お前は何処でフラーメの中に入ったんだ」
「南西大陸の西の山から下りて。人間の町の外で遊ぶその女の子を見付けたの。お塩が欲しくて取り憑いたんだけど失敗して深く入り過ぎちゃった」
「出られず困ってる間にフラーメが中央大陸に来てしまったと」
「そうなの。人間の言葉は取り憑いてる間に習得したよ。でもその他の事は良く理解出来なくて。
料理?算術?礼儀?踊り?もう大混乱。おまけに妹が現われてお尻をバンバン叩くし」
「御免なさい…」
「フラーメの記憶は残るのか?」
「うん。全部共有して見ていただけだから。交尾のいと」
「それは言わんで良い。ピーカーの故郷は山の中なのは解った。森の中か洞窟の中とか?」
「迷宮の中だよ。人間がペリルマットって呼んでる」
「「ペリルマット!?」」
「あそこかえ。ベルが入るのを断念した迷宮じゃな」
「ベルさんが諦めた…。凄えな。人間には危険みたいだから洞窟手前で下ろせば自分で帰れる?」
「うん!」
「良し。クワン。一っ飛びして兵士や人間の居ないポイント探して来て」
「クワッ」
高速で飛翔し上空で消えた。
「ゴールデン君もそうだけど。出会って直ぐにお別れかぁ。元気で暮らすのよ。それと人里には近付いちゃ駄目」
「うーん…。迷宮の中の岩塩が少なくなってて。ママの機嫌が悪いんだ」
「なら各地で買い集めた岩塩の大袋を入口前に置いておくわ。次に立ち寄った時にも」
「わーい。ありがとう」
「シュルツ。悪いけど本棟でフラーメを寝かせて。急に環境変わるとビックリするから」
「解りました!フギンさん。寝所の準備を」
「畏まりました。直ぐに」
ヤンとアローマは付き添い。それ以外で自宅へ。
お出掛け用の服に着替えてクワンの帰りを待ちながら軽くお茶。お昼のメンバーはピーカーに興味津々で誰も帰らない。帰れとも言えず。
「ちょい遅いな」
「何かあったのかしら」
ピーカーを交えて世間話をしているとスマホが鳴った。
「国の兵士十騎と雇われたと思われる二十人が中央の洞窟に突入しました。直ぐに終わると思いますので少々お待ちを」
「キタンの差し金か」
「諦め悪いなぁもう。私たちに先越されたくなくて必死ね。もうちょっと待っててねピーカーちゃん」
「はーい…」
「天然迷宮は誰の物でもないのに…。大事な兵士を無駄死にさせやがって。屑だなあいつも」
「落ち着け。まだキタンと確定した訳じゃない。マキシタンかも知れないし。他にも迷宮の存在を知る人間は多い」
ソプランに諭されて少し落ち着いた。
「そうだな。指示した奴を縦穴に突き落としたいよ」
責任を取らせたい。まあそれは俺のエゴだけど。
10分後に再び連絡。
「全ての反応が消え。監視の兵士も撤退しました。今から帰ります」
「んじゃピーカー届けて帰って来るよ。レイルは連れて行かないぞ。入口ぶっ壊したらピーカーたちが二度と出入り出来なくなる」
「ご勘弁を!レイルダール様」
ピーカーの涙ながらの懇願。
軽く舌打ち。
「先に言われては仕方ない。引き下がってやろう」
「わらび餅多目にあげるから我慢してね」
「むぅ」
クワンの帰宅と同時にペカトーレ山中へ飛び。フィーネがピーカーを解き放っても大きさは殆ど変わらなかった。
「聖獣ってより妖精ぽいな」
「それ有る。元気でねピーカー」
岩塩の大袋を洞窟中段に置いた。
「有り難う御座いました。次、ママの機嫌が治ったら中までご案内します」
「無理しなくていいからな。入れるって解ったら欲深い人間が押し寄せる」
「期待せずに。また置きに来るね」
「はい」
小さな前足でポンポン叩くと大袋は消え去り。何度も振り返りながらやがて奥へと溶けて消えた。
「狐に化かされたって感じ?」
「御伽話みたいだね」
「クワァ」
人間の良い面も悪い面も晒し。彼女らは何方を見てくれるのだろう。両方平等に見てくれたらいいな。
人と人。人と狐の深い縁を感じた。不思議な一日。
ラフドッグに着くなり朝市で海苔と苦汁を購入。馴染みの包丁店へ足を運んだ。
ラメル君やモーランゼアの料理長に一式ずつあげてしまって手持ちが無くなったからっす。
威勢の良い店主さんが。
「スターレン様が買ってくれるお陰で片刃包丁と鮪包丁がバカ売れっすよ」
「え?もう在庫無い?」
「いいえ。ちゃーんとお二人分。傑作を集めたセットを確保してます」
合わせ金で刀タイプを打つ職人さん少ないからなぁ。料理用だと尚更。
「助かるよ。丁度欲しくて買いに来たんだ」
「有り難う御座います。切れ味良くって重宝しているんですよ」
「嬉しいねぇ。鍛冶師やってて良かったぁ。デニーロの奴の言う事聞いて正解だったぜ」
「アイマーさんってデニーロさんと」
店のご主人はアイマーと言う名前。
「同門の同期だよ。俺の方が年上だけどな。あいつ何も言ってなかったですかい?」
「良い店が在るよって紹介されただけで何も」
「かぁぁ。あの野郎め。口が堅いのはいいが堅物でいけねえや。帰ったら一言言ってやってくだせえ。因みにあいつの嫁のナンシャは俺の一人娘っす」
「「複雑!?」」
「先日初めてお会いしましたがお元気でしたよ。耳がご不自由な分読唇術を磨かれて。ゆっくりお話すれば会話も成立しました」
デニーロ師匠の自宅を訪問したアローマがそう伝えるとアイマーは目を細めた。
「そうかいそうかい。耳の治療って名目で王都に行ったきり帰って来やしねえ。昔から俺たち親よりもデニーロにベッタリだとは思ってたけんど。まさか押し掛けて結婚までするとはよぉ。開いた口が塞がらなかったっす」
意外にナンシャさんはアクティブな人なんだな。俺たちはまだ会ってない。勝手なイメージもっと年上で清楚な人を想像してた。
「何とも。次に会った時に伝えます。偶には顔を見せろと怒ってたって」
「頼みまさぁ」
「ナンシャさんのお耳は生まれ付きじゃないんですね」
「ええ。鍛冶屋の職業病みたいなもんで。十二の時に耳栓せずにうっかり工房の中まで入っちまって。両耳共駄目になっちまいやした」
それで女人禁制にしたのもあるのかな。
「生まれ付きじゃないならまだ望みは有ります。今カメノス商団で耳にも良く効く薬を開発して貰ってるんで」
「少しは期待出来るかも。鼓膜が全損してなければ。費用はご心配為さらずに。私たちの知り合いなら略無料ですから」
臨床試験なら報酬を払わないといけない位だ。
「そいつはありがてえや。今夜は嫁さんと良い酒飲めそうだぜ」
「今日は他にも用事が有るんでこの辺で」
「あぁ長話を。直ぐに物持って来やす!」
また来ますと告げて退店。
「アローマ。あれは渡した?」
「はい。しっかりと注意事項のお手紙も添えて」
「ブートの実と胚で改善するなら薬もきっと効くよね」
「そう信じよう」
デニーロ夫妻への土産に持たせたのは二巡目に収穫されたブートストライトの果実と胚酢漬け。外接器官を改善する果実と内蔵機能の改善が期待出来る胚と両方。
淡い期待で渡したのだが後天性の難聴なら治る可能性はかなり高い。
一方全くお耳が不自由じゃないバインカレ婆ちゃんには胚酢漬けだけ。
土産の説明をしてやると。
「ふんっ。貰っといてやるさ」
ぶっきら棒に返された。
「あの片眼鏡まだ借りてていい?」
「好きにしな。読みたい本も無いしね」
「今日は裏庭のお手入れは…」
フィーネがそっと尋ねると。
「もう直ぐ冬だからねぇ。花壇は冬場以外の楽しみさ。外で私に死んで欲しいのかい!」
「そんな積もりじゃ…。御免なさい」
フィーネがシュンとなった。
「何時も引き留められるから聞いただけじゃん。今日はお茶淹れが上手い侍女を連れて来たから寛げや」
「誰の家だと思ってるんだい!でお前さんは」
「専属侍女のアローマと申します」
「ア…アローマと、言ったのかい?」
「そうですが。何か気に障られましたか」
「いや茶を淹れてくんな。お前さんに渡す物が有る。勝手に帰るんじゃないよ」
「私に…?」
何時もの女性兵士トリオに、しっかり教わりなと怒鳴って2階方面へ上がって行った。
キッチンに向かう4人を見送りながら。
「突然アローマに何の用事だろ」
「さあ…。それよりスタンさんはどうしてあの人に慣れてるのかな?コツが有るなら教えて」
「語気が強いだけで何も怖くないからさ。…関西方面の元気な婆ちゃんには結構居るよ。あんな感じの人」
「あぁ、それで」
アローマが得意なハーブティーが並んだ頃に婆ちゃんが上から白いブラウスを抱えて降りて来た。
リビングテーブルの端に寝かせ、カップを持ち上げその香りに鼻を鳴らした。
「良いじゃないかい。カモミールとジャスミンと若い茶葉のハイブレンドだね」
香りだけで全部当てた。
「御明察の通りに」
カップを一飲みして静かに置いた。
「温度も配分も申し分なし。立派な淑女に成長したもんだ」
「え?」
端に置いたブラウスを指して。
「あれはお前さんの母親ミルフィネが置いて行った預け形見のブラウスさ」
「…」
「何故って顔だね。訳は簡単。父親のラハンとは私ら夫婦で南西大陸を練り歩いてた頃に知り合った馴染みで。ペカトーレが王国時代に命辛々ここまで逃げて来た。
前前から譲ってくれと交渉していたアルカンレディアの伝記と引換にお前さんを預かってくれと頼まれたのさ」
「ですが…私はハイネの寺院に」
「成人まで面倒を見る積もりだったんだがね。丁度その頃妙に南側に詳しいクインザが台頭し始めた時期で。アローマの出生を嗅ぎ回られると拙いと考えた私が寺院に手を回したんだ。繋がりが無くクインザの派閥と敵対していたロロシュ財団の膝元にね」
俺たちが口を挟む話じゃない。
「そこまでが限界。こちらからは一切の接触を断ち。お前さんの運に任せた。狙い通り、ロロシュに拾われた様で良かったよ。まさかこのクソ餓鬼の専属になっているとは思わなかったがね」
「運命って奴かな。クソ餓鬼言うなクソ婆」
累計すると良い勝負だぞコラ。
「その証拠に袖のカフスの裏にお前さんの本名が彫られてる。アローマって名前も私が付けた偽名だよ」
「バインカレ様が名付け親…。申し訳ありません。私にはここに居た記憶が無くて」
「当然さ。この屋敷とは違う東の別荘に。場所や人の記憶が残り難いブレスレットを着けさせて隠していたからね。
孫の二人とも面識を持たせなかった。聞いても何も出やしない。
持ち帰って着てやりな。少し、胸が苦しそうだけどね」
「あ、有り難う御座います」
立ち上がり大切そうに抱き締めてブラウスをそっとバッグに入れた。
「南西に出向いた経験有るなら、何か珍しい情報持ってない?」
「タダで聞けるとでも思うのかい!」
「いいじゃん偶には素直に教えてくれても。胚の酢漬けあげたんだし。何ならモーランゼア産の焦げ付きにくい鍋と耐熱皿のセットも付けるからさぁ。お願い」
「並べてから物を言え」
大量の在庫の中から赤色で統一されたセットを進呈。
満足げに頷き。
「あの三人は料理も下手でねぇ。鍋は助かるよ。そんなんで誰が嫁に迎えてくれるんだい!料理人か!!」
「「「済みません…」」」
「毎回そうやって怒鳴るから萎縮して何も出来なくなるんだろ。いい加減丸くなれって」
「煩いわ!まあ良いさ。私らが出向いたって言っても隠密でサンタギーナからペカトーレ南部まで沿岸域を歩いただけさ」
貴族の当主夫婦が冒険者やってたのか。それはそれで凄いな。
「唯一違ったと言えば。兵士の目を盗んで東部山中のペリルマット迷宮を見に行った位かね」
「お、それ詳しく」
「入るのは止めときな。三つ在る洞窟が似た様な入口で。近くで捕まえた野鳥や野兎を十羽以上色紐付けて放ってみたけど。近くの縦穴から鳥が一羽逃げたのが見えただけさ。他は放った入口付近で消失した。
怖くなって中までは入ってない」
「入口からランダム転移か」
「だろうねぇ。その入口らしき物も日付や時間帯で変化している様子だった。あれに集団で挑んで良いものか。直感では単騎で入るのが正解なんじゃないかって感じたね」
「ほぉほぉ」
「駄目よスタン。1人では行かせない。結局誰も正解は知らないんだもん」
「解ってますって。入口前で調べ捲ってそれでも解らなかったら素直に撤退する。それならいいでしょ」
「うん…」
「お二人共。そろそろ昼時ですよ」
「あ!やべ。帰らなきゃ」
「またお邪魔しますね。それでは~」
目の前で消えた三人を想いながらバインカレは深く溜息を吐いた。
「騒がしい子だねぇ全く。若い頃の私らにそっくりだ」
「あのお二人が。バインカレ様に?」
「他に誰が居るって言うんだい。それよりこの鍋で煮込みを焦したら盛大に国に吠えるから覚悟しな!」
「が、頑張ります!」
「侍女ではないのですが…」
「兵舎から料理人を連れて来るのは」
「何を弱腰な。本当に嫁の貰い手が逃げちまうよ。それでもいいのかい!」
「「「嫌です!」」」
---------------
ちょっとの積もりがもう11時過ぎ。
魚介出汁はミランダが炊き続け。チャーシューはラメル君が煮込んで表面を焼くばかり。
無いのは麺だけだ。
俺が生地を捏ね出してから嫁がレイルを連れて来た。
「ラメル君。煮込み豚バラの火を止めて、そのまま寝かせて醤油スープを浸透させる。焼くのは表面だけで直前でいいぞ」
「はい」
「ミランダの方も充分出汁が取れてる。枕木の上に移して粗熱を取って。溢すと危ないからアローマも一緒に」
「「はい」」
「プリタは麺を茹でる用の大鍋を3つ火に掛けたらシュルツに声を掛けて来て。お出掛け中だったら夜の部で」
「はいさー!」
「グーニャは保温辛くないか」
「全然余裕ニャ!」
「フィーネは心許ない卵とネギを。後適当に買って来て」
「長葱は大丈夫。何かお野菜買って来るねー」
ラメルをダイニングテーブルの反対に立たせ。
「今から作るのはパスタでもお隣で販売してるおうどんでもない卵繋ぎ麺だ」
「はい」
「基本推奨は上小麦粉300gに対して卵1つ。苦汁大さじ1と水大さじ2。これから乾燥する季節だから水は気持ち多めでもいい。卵の大きさで水分量も前後する」
「解りました」
生卵を割りカラザと薄皮を取ってジェイカーで1個1個ミキシング。
泡立つ前に止めてボールに入れた小麦粉の中に投入。苦汁と水は大さじ1ずつから始めた。
大玉まで捏ね小麦粉を敷いたアクリル板の上に乗せ前後左右から眺め自重で潰れる皹割れを確認。
「少し水が足りないな」
「ですね」
ボールに戻して小さじ1の水を加えて練り直し。
二度目は潰れず綺麗な表面となった。
寝かせている間にラメルにチェンジ。以降は交互に大玉を作り出して10分間で大玉5玉。ざっと2kgの20人前。
レイルが来る前に捏ねた大玉をアクリルまな板の上に。
「多少表面が乾いて割れたが気にしない。結局練り直して茹でるから」
「はい」
「今まな板にしてる樹脂板は木材と違って完全に水を弾く。手の熱と外気以外で水分は奪われない。だから安心して捏ねくり倒せる」
勿論料理用の手袋で皮下熱も伝わり難い。
捏ねて捏ねて。
「生パスタ以上の弾力を感じた位が頃合い。時間にして大体3分。くっ付かないように小麦粉を塗しながら縦20cm厚み3mmに整えて丸棒に巻き付け横から引き抜く」
「バターと空気を入れないクロワッサンみたいな感覚ですね」
「それやね。偶に作る蕎麦も同じだな。粘る分小麦粉の方が少し楽。他にも欲しい太さまで引き延ばす方法も有るけど塩分と食用油を入れないと千切れるから難しい。余計な物まで摂取するからあんましお勧めはしない。
後は丸めた物を添え木を当てて菜切包丁とか広い縦刃の物で切り揃える」
朝と同じ3mm幅で切り分け。
「1玉から100g前後の4人前が取れる。切り分けられたら薄力粉の上に解し置き」
「乾燥と接着を防ぐ」
「その通り。次の玉をラメル君がやったら豚バラブロック焼きに入って」
「はい」
「朝の予定では裏庭で直火の積もりだったけどお出掛けに時間喰っちゃった」
レイルがお茶を飲みながらムッとした。
「ごめんって。ラメルならどっちでも上手く焼いてくれるからさ」
「お任せ下さい。レイル様」
「許す」
ラメルには激甘だな。今度は隣のメリリーがムスッと。
「次の玉はメリリーがやる?」
「やります!」
張り切って洗面所に手洗いに向かった。
メリリーが作業に差し掛かった頃にシュルツ、ソプラン、嫁さんが揃って帰った。
「良い絵が描けそうだったので少し遅れました」
「それは楽しみだ」
「俺はまあ…怒られ捲りで」
「残念。継続して頑張ろう」
「白菜と蕪があったから買って来たー。卵は裏で洗って冷蔵庫に入れるね」
「ありがとー」
残りの大玉はメリリー、フィーネ、シュルツ、大取の俺の順で切り刻み。昼食分は余裕で確保した。
麺の茹で時間はキッチリ2分半の硬麺狙い。魚介出汁1に豚骨2の割合でスープを作成。木耳、メンマ、海苔2枚、厚切りチャーシューも2枚トッピング。
長葱の笹切りと炒ったすり胡麻はお好みの大皿で並べた。
添えた小さい深皿にはストレートの豚骨スープを。
「小さい皿の方が純粋な豚骨スープ。麺が入った方が魚介出汁を加えたスープ。後で意見や感想を。何はともあれ温かい内に召し上がれ」
俺と嫁さんだけが竹箸。他の人はフォークとスプーンでクリームパスタを食べる感覚で。チャーシューは小皿に移してステーキスタイルの人が大多数。
ダイレクトに齧り付いたのは俺たちとレイルとソプランとカーネギ…何時の間に!?
「俺も、ソプランと一緒に、勉強組。休みで暇だった」
「そうだったんだ」
「美味じゃ美味じゃ。麺もプリプリして歯切れが良い。何方かと言えばストレートの豚骨に塩をちょっぴり足した方が良かったのぉ」
「ストレートは独特な臭みが嫌だって言う人も居るから。レイルはそっちだったか」
「塩豚骨は次の機会に持ち越しね。家の鳩さんの了解を得ないと作れないの」
「クワァ…」
「お散歩中に作って下さいニャン」
そうしましょう。
シュルツは元気に。
「私は何方も好きです。普段は畑の肥やしにしかしないと聞く豚骨がこの様な変貌を遂げるとは。お料理も奥が深いですね」
「だろ。道具も料理も工夫次第さ。食べられない物も多いけど」
「塩豚骨も楽しみですが。こちらの魚介出汁も贅沢な美味しさだと思います。上品な甘みの奥から来る磯の風味と優しい塩味が染み渡るようです。…ピレリ様も呼べたら良かったのですが今日は重要な打ち合わせだそうで」
「それも次の機会だな。夕食はロロシュさん呼ばなくちゃいけないし」
「はい。涙を吞んで」
「そういやフラーメは何処行った?まだ居る筈だよな」
「あの方は性懲りもなく昼食用のスープを駄目にしまして侍女長と料理長に怒られ中です。どうして自分が拵えている小鍋ではない隣の大鍋にお塩を入れてしまわれるのか不思議でなりません」
「…マジで?」
「マジです」
「またあの人は…はぁ…」
アローマが頭を抱えてしまった。
「こっちで実践練習すると被害が拡大するから自宅で経験積ませた方が良くない?」
「そうさせて頂きます。飛んだご迷惑を。…ソプランも一緒に道連れを」
「マジか!?スターレン。胚の酢漬け一瓶くれよ。毎回食前に食わないと多分死ぬ」
「解った。後で渡す」
「気を取り直して。お昼用の麺が1人1玉分有ります。追加の替え玉欲しい人!」
全員挙手(足)
3つの鍋に火を入れ直して麺茹で開始。
スープも残らず飲み干して美味しく完食。
「夕食のデザート用に新作わらび餅が有るけど今食べたい人。持ち帰る人は箱に詰めるよ」
半々に分かれた。
「ここでも食べるし持ち帰るのじゃ」
「欲張りだなぁ。沢山作ったからいいけど」
冷やしたわらび餅に黒砂糖と蜂蜜を焼き溶かした黒蜜でご提供。
「これも美味じゃ。クワンジア帰りに食べた葛餅に似ておるのぉ」
「つい先日の事なのに懐かしいです」
「思い出の味ね。でも葛餅よりも爽やかなお味」
クワンジア出身のラメルとメリリーが故郷を想い感想を漏らした。
「本来は暑い夏向きの食べ物だから清涼感が有るよな」
結局皆この場で食べてしまった。洗い物はアローマたちがやってくれるからまあいいや。
「それよりも出来たぞ、笛が」
「あれを出すのですね」
メリリーがニコニコしてるからきっと安全な筈。
「意外に早かったな」
「どれどれ見せて」
フィーネに渡された笛は指穴が8穴ジグザグ配置の両手持ち。エア抜きは口元下とお尻。縦長楕円形木製リコーダータイプ。楽器としては斬新なデザインだ。
「フィーネの指の長さに穴を合せておる。手指が長ければ他の者でも吹ける。余計な魔力は付与しておらぬが妾とメリーでは出る音が丸で違った」
「うーん。奏者を選ぶ楽器かぁ。8穴ってことは27音階位は出せるのよね。ムッズいかも。昔の記憶で合ってるのかな…」
フィーネが口を付けようとした時にロイドが止めた。
「待ってフィーネ。持った状態で鑑定を」
「そうね。スタン、シュルツ。お願い」
「おう」
「少々お待ちを」
俺はグラサン+笛の腹を指先で触れ。シュルツは眼鏡を装着した。
名前:悠久の鳴動(フィーネ装備状態)
性能:奏者の感情が上乗せされた音色を奏でる
周囲の人間以外の動物、
奏者より低位の魔物を音を発している間、
支配下に置き操れる
眷属や従魔には奏者の感情が添加される
特徴:傷心中や陰感情の時は吹かない方が良い
無の境地が望ましい
「シュルツも同じ?」
「はい。同じです」
「わぁ…。無の境地って私が一番苦手な奴じゃん」
「そやねぇ。取り敢えず…音を出す事だけを考えて。近場で耳の良い動物って言えばダリアが飼ってるチョロ君か。クワンはお城の犬が反応するか見に行ってくれる?」
「クワァ」
「自分は聞こえちゃうので何処まで届いてるかも見て来ますニャ」
「数音吹き続けるからお願いね」
クワンが窓から飛び立ち、フィーネが笛に口を付けた。
流される音階は単調でも草原を陽気に駆け抜ける爽やかな風が音に乗り舞い踊っているかのようだった。
「美味しい物を食べて幸せニャ~。スターレン様愛してるニャ~。恥ずかしいニャ!」
「ちょっとグーニャ!感情を表わさないでよ」
「グーニャが居ると。お姉様の感情が丸聞こえですね」
「そ、そうだな。俺も愛してるぞ」
「今言わないでニャ!」
多少音は乱れても幸せな感情で良かった。
クワンが帰って来るまで断続的に吹き続け、窓の外に見えた所で中止した。
「クワッ、クワ」
「音が継続している間。チョロ君は遠吠え。兵舎のお馬は一斉に嘶き。野鳥が囀り。鼠が逃げ出し。蛙は仰け反り。川魚は水面を跳ね回り。兎は近場の木に擦り寄り。猫は背中を地面に擦り着け。音が聞こえたのはハイネの南端まででした。ニャン」
「全然駄目じゃん!しかも魚や蛙まで」
「大枠で括れば動物と言えば動物だ」
「恐らく明確な指示を出していない為に各々思い思いの求愛活動に似た行動を」
「恥ずかしくなるから止めて。確かに指示は浮べてなかったわ」
「妾の時は音色以外の変化は何も起きなかった。フィーネの独自特性が乗っておるのじゃろな。持っている間だけ」
「ちょと貸して」
俺が持つと性能が「感情が音色に乗る」のみとなった。
場に居るフィーネ以外全員同様に。
「私だけ…。演劇の音楽に使おうと思ったのになぁ。私だけが吹けないなんて」
「王宮専属の楽団に頼めば?」
「雰囲気作りだけだからそれも有りかな。取り敢えず団員とマリーシャさんに相談してみるわ。
ねえレイル。他に笛は作ってたりする?」
「メリー用のは暗所で陰干し中じゃ。材料的には同じ物で後二つまでじゃな」
「じゃあ完成したら触らせて。同じになるかど…ん?」
「それは構わぬが。何じゃ」
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「…はい…」
猿轡を外し、左手のロープでマウスピースを充て、その隙間から右指を差し込んだ。
舌を押さえないよう上顎を撫でる。
「フィーネ。檻と笛を構えていてくれ」
「何時でもオーケーよ」
状態:味覚障害。異種憑依中…
まだ全然浅い。集中を高め、呼吸器官から内臓、足先から頭部。
右の三半規管と脳髄の隙間にそれは居た。
フワフワした綿毛に身を包む。真っ白な子狐の姿。怯え切った目でこちらを見ていた。
怖がらなくてもいい。俺はお前と宿主を救いたいだけなんだ。
コクリと小さく頷き返すのが見えた。
名前:ピーカー
種別:ファントムフォックス・聖獣種
性別:雌
特徴:塩分や岩塩を好み主食とする
性格:温厚。時に獰猛
状態:空腹。無属性。ホームシック
ホームシック…。お前は生まれ故郷に帰りたいのか。
大きく何度も頷いた。
なら俺が連れて行ってやる。それにはまず宿主から離れて一旦檻の中へ入らなきゃいけない。我慢出来るか?
満面の笑みで頷いた。
「フィーネ。この子の名前はピーカーだ」
「ピーカー!ハウス!」
檻の中にミニマムサイズの二尾を持つ白狐が現われたのを見てフラーメを診察。
状態:気絶中。内臓疾患、味覚障害、記憶障害、全正常
「良かった。後遺症も無い。味覚も物覚えの悪さも正常に戻ったぞ」
「有り難う御座います。本当に…」
ヤンの目が潤んで輝いて見えた。本当に良かった。
「これは驚いた。本に狐じゃったとは」
「可愛い~。お腹空いてない?」
「岩塩…頂戴」
「ちゃんと言葉も話せるんだ。はいこれ」
岩塩の欠片を差し入れると両前脚で掴みカリカリと美味しそうに食べ始めた。
フラーメの縄を解いて毛布を被せ。
「性格も大人しいみたいだし。まずは一安心。里に帰してやるってピーカーと約束したからな。お前は何処でフラーメの中に入ったんだ」
「南西大陸の西の山から下りて。人間の町の外で遊ぶその女の子を見付けたの。お塩が欲しくて取り憑いたんだけど失敗して深く入り過ぎちゃった」
「出られず困ってる間にフラーメが中央大陸に来てしまったと」
「そうなの。人間の言葉は取り憑いてる間に習得したよ。でもその他の事は良く理解出来なくて。
料理?算術?礼儀?踊り?もう大混乱。おまけに妹が現われてお尻をバンバン叩くし」
「御免なさい…」
「フラーメの記憶は残るのか?」
「うん。全部共有して見ていただけだから。交尾のいと」
「それは言わんで良い。ピーカーの故郷は山の中なのは解った。森の中か洞窟の中とか?」
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「「ペリルマット!?」」
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「うん!」
「良し。クワン。一っ飛びして兵士や人間の居ないポイント探して来て」
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高速で飛翔し上空で消えた。
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「何かあったのかしら」
ピーカーを交えて世間話をしているとスマホが鳴った。
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「はーい…」
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「落ち着け。まだキタンと確定した訳じゃない。マキシタンかも知れないし。他にも迷宮の存在を知る人間は多い」
ソプランに諭されて少し落ち着いた。
「そうだな。指示した奴を縦穴に突き落としたいよ」
責任を取らせたい。まあそれは俺のエゴだけど。
10分後に再び連絡。
「全ての反応が消え。監視の兵士も撤退しました。今から帰ります」
「んじゃピーカー届けて帰って来るよ。レイルは連れて行かないぞ。入口ぶっ壊したらピーカーたちが二度と出入り出来なくなる」
「ご勘弁を!レイルダール様」
ピーカーの涙ながらの懇願。
軽く舌打ち。
「先に言われては仕方ない。引き下がってやろう」
「わらび餅多目にあげるから我慢してね」
「むぅ」
クワンの帰宅と同時にペカトーレ山中へ飛び。フィーネがピーカーを解き放っても大きさは殆ど変わらなかった。
「聖獣ってより妖精ぽいな」
「それ有る。元気でねピーカー」
岩塩の大袋を洞窟中段に置いた。
「有り難う御座いました。次、ママの機嫌が治ったら中までご案内します」
「無理しなくていいからな。入れるって解ったら欲深い人間が押し寄せる」
「期待せずに。また置きに来るね」
「はい」
小さな前足でポンポン叩くと大袋は消え去り。何度も振り返りながらやがて奥へと溶けて消えた。
「狐に化かされたって感じ?」
「御伽話みたいだね」
「クワァ」
人間の良い面も悪い面も晒し。彼女らは何方を見てくれるのだろう。両方平等に見てくれたらいいな。
人と人。人と狐の深い縁を感じた。不思議な一日。
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マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
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投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
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貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
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小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
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家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~
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乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。
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