お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏

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第179話 オリオン現地視察団ご案内と残課題

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ホテルの滞在を一泊延長して迎えた早朝。

朝の5時前起きなんて久々で眠い。

ロビーに集まる10名の点呼と各自の体調を聞き。一気に飛んだぜ自宅前。

「数ヶ月は掛かる移動が一瞬で。ロロシュ財団の本邸内に在るのは不思議な光景ですが、ここが俺たちの自宅です」
「おぉ~」

「俺たちも出張が多い身で。頻繁には送迎は困難ですが事前連絡を頂ければ応対します。あちらに見える大きな建物がこの邸の本棟です。そちらで打ち合わせを開く前に南のラフドッグのダイテさんを拾いに行きます」
「ご気分が悪くなった方が居ましたらこちらで待機を」

全員問題無し。

「滞在許可は降りてますが。飽くまで俺たちの同行が条件です。トイレ以外の勝手な行動は慎んで下さい」
「はい!」

レイルとロイドは自宅でお別れ。

「妾も現地に行くのじゃ」
「まだ打ち合わせ小屋しかないって」
「楽しみは将来に取って置いてよ。それよりメリリーとラメル君に顔見せてあげたら?きっと寂しがってるよ」
「仕方ないのぉ。お土産を見せに行くか」
沢山買ったからなぁ。みんな。

エリュロンズの敷地内に直接転移。
「ここはもうラフドッグ内ですが。今回は時間が有りませんのでホテルのみ。何時か来た時のお楽しみに」

エントランスホールからロビーに挙って入場。

待機していたダイテ本人がお出迎え。
「お久し振りです、総帥。スターレン様方もお元気そうで」
「久し振り~」
「久しいな。まさか私がこちらに来れるとは思ってもみなかった。変わりはないか」
「はい。こちらは滞り無く順調です」

「では自宅前に移動します」
「体調の変化が有れば直ぐに言って下さいね」

玄関前の中庭から折り返し。

各財団の代表者が集まる本棟に移動。

こちら組の朝食に当たる軽食を食べながら移動前打ち合わせが始まった。

食べている間にゼファーさんから現地の進捗状況。ピレリから現地の配置図説明。シュルツがアクセス街道予定路を公開。

王都から北東に流れる直通路。ラッハマから真っ直ぐ東の開通路。一番遠距離になるマッサラからの未着ルート。

街道として成り立っているのはラッハマから伸ばした開通路のみ。

今は建築用の資材を運ぶ為の仮舗装を拡張中。

川の源流は国の管轄。源流から近い山葵農園が俺たちの私有地で立入禁止区域になっている。

ロロシュ氏が総括説明。
「各図を見て貰っての通り。まだまだ未着が多い。年内には開通路をオリオン手前迄持って行きたいと考えている。
年明けから二ヶ月の休みを挟み。こちらの真冬を乗り切った後に現地の外堀開発から開通路と同時並行で進める予定だ。
可能な限りラッハマで資材を準備して現地に運び組み立てる構想で行きたい。何か異論が有るかね」

他の意見や反論は無し。

俺からのお願い。
「樹脂板の材料が予定よりも多く手に入りましたので。ウィンザート、王都、ラッハマ、現地の4カ所に製作拠点を置いて実際の作業はコマネさんの所に振ろうかと考えています。ロロシュさんの許可が有れば」
「うーむ。材料はスターレン持ちか」
「殆どは」

「普段の私なら決して譲らんが。これだけの事業規模。既に四商団で走り始めてもいる。コマネが受けられぬの」
「引き受けましょう」
「そ、そうか。では樹脂板は任せた」

「お引き受けする上でエリュダーから各拠点に一名以上の知見を持つ方をお借りしたい。勿論相応の技術指導料はお支払いする。エリュトマイズ殿のご意見は」
「宜しいでしょう。派遣人員の選定と管理は国内ラフドッグに常駐しているこちらのダイテを代表とします。板をお分けして頂けるならこちらとしても非常に助かる」
「畏まりました」
「直ぐに無くなる材料も。当商団にも幾らかストックと納入ルートは確保しています。只、こちらも冬季は供給元が閉じてしまうので細かい調整はスターレン殿らも交えて」
「承知しました。ご連絡はロロシュ邸に居るシュルツ宛に送って下さい。自分たちが何処に居るか不明なんで」

「うむ。詳細は各部門で取り決めるとして。食後の休憩を挟み、現地へと移動しよう」
ロロシュ氏が頭に立つと締まるなぁ。

リゼルモンドの木の相談はフィーネがペルシェとモーラスに持ち掛けに行った。

自分はエリュトマイズの所へ。
「こちら時間で明日。例の友人に相談しに行きます。2日後のハーメリン時間の午前に結果を伝えに。本部に在席ですか」
「ええ間違いなく居ります。待ち遠しいなぁ。スターレン殿なら必ずと期待しても宜しいでしょうか」
「俺も予備の時計が欲しいので頑張りますが。友人の判断次第なんで」
「そうでしょうねぇ。結果がどうであれ。あの時計一台なら永久貸与と言う形でも」

「ちょっと…。別案件の交渉材料に使うかもなんで貸与では拙いんです。フリーメイの頭に冷たいお茶掛けてやったんで二度と買えませんし」
「何と!あの屑の頭にお茶を。私の為でなくとも有り難い。これは傑作。貸与と言わずお譲りしましょう」
「まあその話は明後日に」


現地へと大移動。

立ち入り禁止区域を先に案内して俺たちは一団から離れ山葵農園に向かった。

ちょくちょく手入れには来ているが最近では自然の成り行きに任せて放置気味。

期待通りに老廃物を食べてくれる野鳥か動物が居るようで循環されて新芽が出ていた。

「管理を疎かにしても大丈夫そだな」
「何が食べに来てるかとっても気になるけど。そこは山神様にお任せね」
「だなぁ」

成熟部を2割程掘り、練り歩く一団と合流した。

予定配置図通りに杭が点々と打たれ目印は多い。

散歩が終わるとシュルツの発案で浄化した温泉水の試飲会が始まった。
「ここは源流と源泉が折り重なる場所で元から水が綺麗です。簡易的な浄水を施せば飲料も可能になります。
温泉らしい硫黄臭が僅かに残りますが。それはそれで水のお味なのかなと。
今の所濃い硫素が吹き出す場所は見付かっていませんが今後も注意が必要です。ここへ立ち入る作業員への周知徹底と教育は王都とラッハマに場を設け。冬季の閉鎖期間に集中して行いたいと考えています」
未成年の女の子が大人たちを前に堂々と。スタルフに爪の垢飲ませてやりたいぜ。

「本格着工は作業員の宿舎、食堂、休憩所、屋外仮設トイレ、浴場などの設備を整えてからの開始です。抜駆けしようとはせず。足並みを揃えて頂けると期待しています」
俺とフィーネとピレリで拍手を送った。
「照れますのでお止め下さい。他、ご質問等が無ければ本日は共同資材倉庫予定の敷地と併設宿舎の予定地をご案内して終わりたいと思います」

お返事の代わりに全員で拍手。

照れまくりなシュルツの笑顔で初期現地視察は終了。




---------------

タイラント時間の翌朝。

仮眠を繰り返して時差ボケ緩和。

シュルツとピレリに大量のモーランゼア土産を渡しつつ少しお喋り。

「ごめんなシュルツ。任せ切りで。何か困ってる事とか無いか?」
「大丈夫ですよお兄様。一人でやっている訳では有りませんし。ピレリ様も頻繁に連れて来てしまっているので。
強いて言えば寝る間も惜しい位に時間が足りません」
「時間はどうにもならんな」
「ちゃんと寝ないと大きくなれないぞぉ」

「毎日快眠です、お姉様」
「まだ俺に任せろとはとても言えないのが辛いです」
「そう焦らずに。シュルツのサポート役に徹していれば勝手に知識も身に付くさ」
「本に思います。シュルツ様の頭の回転の速さには一生掛けても追い付ける気がしませんから」
「ピレリ様とお二人が居るから頑張れるんです」

お熱い2人に特別土産をフィーネから。
「本気で御免なさい。これを私たちから」
ゴールデンが落として行ったイエローダイヤの原石を1つずつ進呈。
「これを。どうしてお姉様が謝られるのですか」
「昨日も言ったけど。来年何処に居られるか解らないから来年のお誕生月祝いにしたいなって。原石のまま持っていても良いし。フローラさんに依頼してアクセサリーにしても良いと思う」
「幸運を呼ぶイエローダイヤの原石だ。持ってるだけで運気が上がる」

「こんなに大きな物を…。嬉しいです。来年のお楽しみが多少減りましたが。お二人が無事にお帰りになる方が大切で幸せです。何も気にしないで下さい」
「俺まで貰ってしまっても良いのですか」

「幸運は色々な人に配らないと逃げて行く物よ。お互いを想って装飾品に加工して贈り合っても良いかなって。ちゃんとシュルツを幸せにしてあげてね」
「はい。言われずとも必ず。しかしこれを加工はしません。自分は自分で安物でも心を込めて贈り物を考えます」
来年のピレリからのプレゼントが楽しみだ。

それから自走車の進捗を少し聞いた。
「試作機は年内にも出来上がります。自車を守るだけなら兎に角頑丈にしてしまえば事足ります。ですが人や動物や他の行商隊との衝突に備える為には専用道の開設も必須で。試験運転をさせられる場所も無く。速度制限機構の考案も着手出来ていません」

「王陛下よりロロシュ様へのお申し付けで。試験道の開設は王都とマッサラ間で始めてみてはどうかと。比較的短距離で且つ本街道脇に余力の有る場所となるとそこしか有りません。それは総師含めた皆の総意です。
街道に平行させるにも全面に柵張り。跨ぐ大橋。潜り抜ける地下道。車両を作るよりもインフラ整備の方が問題が多く長期化する見込みです」

「「だよねぇ~」」

「まあそっちは気長に行こう。双方全て噛み合ってないと何も進まない。近隣住民の生活圏を押し退けてまで強引にやるもんでもないしな」
「そうそう。道の途中に畑や農園があっても。行き成り買収しちゃ駄目よ」
「「はい」」

「その自走車事業よりも急ぎたい案件がこれ」

タメリッカ工房の最上品とサメリー工房の柱時計をリビングの壁際に並べた。

「右は本棟に置いた物と一緒の型ですが音の音色の雑味を感じません。左の朱色は見た目も音色も綺麗ですね」
完璧なお答え有り難う。

「シュルツならそう言ってくれると思った。実はここだけの話。本棟に置いたのも陛下に献上したのもフリメニー工房の粗悪品なんだ」
「秘密よ」
「それは絶対秘密にしないとですね」
「俺はなんにも聞いてません」

「ぶっ壊す用の物をシュルツの工房に入れたいから。ソプラン呼んで入ってもいい?」
「勿論です!直ぐに参りましょう」

アローマ経由でソプランを呼び出すと。フラーメの教育見物をしていたロイドも工房に来た。

「あっちはまあまあの仕上がりだ。挨拶程度ならボロは出ねえさ」
「姉さんの物覚えの悪さは何処から来るのか…。はぁ」

「何とかなるさ。今週内には出発するって後で伝えて」
「畏まりました」

ソプランに貸し出ししていたピッキングツールを返却して貰い。フリメニーで買った柱時計と中型を工房奥の空きスペースに置いた。

「このツールで開くかは解らんけど。市販品の時計には情報漏洩防止の観点から無理矢理こじ開けて中を見ようとすると内蔵部品が壊れる仕組みになってる。まずはシュルツが解析してみて。その間にお手紙書いてクワンに運んで貰うから」
「やってみます!」
「クワッ!」

作業台の隅っこで白紙の証文と万年筆を取り出して準備した矢先。

「開きました!」

思わず額を台に打つけた。

「秒殺かよ…」
「正に一瞬の出来事」

「ご、御免。先に手紙書いちゃうから」

今日の夕方訪ねても良いかの問い合わせとお返事を鳩のパックに入れてのお願いを書きクワンに渡した。
「執務棟か自宅。どっちにも居なかったら諦めて帰っておいで。午後に直接押し掛けるから」
「クワァ」

窓を開けると元気良く飛び立った。


「さてさて。どんな感じだった?」
「前面中央の宝石の上の部品の真後ろに一カ所。上下左右の背面から付近の部品を破壊する鋼鉄の杭が置かれ。
背面左側の上中下段に杭を作動させる鉤爪型のピンが掛かっていて。全方位から強い衝撃が加わると外れて破壊される仕組みです」

「ほぇ~」
「簡単過ぎです。ピンの周りも薄い障壁で守られていますが私やお兄様なら何かを隙間に入れて魔力で解除すればピンを動かさずに開けるのは簡単です。
背面と前面板を封印する筈の接着剤も薄くて疎らで隙間だらけで兎に角雑、な作りをしています」

「これが3つの時計工房で一番高かったんだぜ。信じられるか?」
「信じられませんね」
「部材費用も相当削られてる。あんな工房主が居たんじゃ職人さんたちもやる気無くすわよ。ねえカル」
「ですね」

他の人も興味を示したが。
「その話はまた今度で。部品の説明を」

主にシュルツに内容物の説明をした。

「真面なのは短針用の歯車のみ。後はガタガタで角度も歪だ。ここでも解る職人のやる気の無さ。調整器は全時計の共通部品で個別調査が必要。これに関しては予備貰ってるから分解してみる」

歯車や心臓部、動力部の縮小化想像図を作業台に並べ。

「俺たちで南行ってる間にヤンに見て貰って。
鋳造、鍛造、製法、材質問わずでまずは作れそうか聞いてみてくれる?次の段階で現状で何処まで縮小化が可能なのかも」
「はい」

「ピレリは自走車に転用出来そうな技術が沢山詰まってるから頭に入れて。ラフドッグの船工房の試作部門と掛け合って欲しい。何ならここに連れて来て」
「承知しました」

「俺の妄想ではこの調整器の転用で自走車の速度に制限を掛けられるんじゃないかって考え。どうかな?」
「成程。これは先行して解析する価値が有りますね」

「全部品の縮小と収納方法を考えれば時計はそこの中型よりも遙かに小さく出来て。自走車の動力中継部品も小型化が可能だ」
「頑張ります!」
「俺も携わりたいから余力残してよ…」
「適度に課題を残しつつ。頑張ります!」
早くしないとシュルツが全部やってしまいそうだ。


話が纏まった所でクワンが作業台の真上に飛来。
「クワッ!」
「目の前に出られると流石にビビるな。どれどれ」

夕方から自宅に居るから何時でも良い。寧ろ遊びに来てよと。

「今夜はフラジミゼールで宴会だな。今から城に上がって出張報告してくる。お昼は皆で食べてモーランゼアの話を聞かせてあげよう」
「お待ちしています!」

「午後一にフラーメの仕上がり具合確認してからフラジミゼールに遊びに行って来ます!今夜はあっちでお泊まりするかもだから向こうから連絡入れるね」
「はい!」

「俺らも一緒がいいか?」
「ちょっと内緒話が多いから2人でいいよ」
「了解」

「私、午後一はマリーシャさんの所に行くから確認はスタンに任せるわ」
「オーケー。んじゃ一旦解散で」




---------------

フィーネは王女様たちにお土産を渡しに。俺は陛下とメイザーとキャルベを前に出張報告。

前回伝えきれなかった所から。
「ふむ。モーランゼアは脅威ではないか」
「はい。少なくとも王都ハーメリンから南部と東部。内陸小国群では邪神教の影は皆無でした。交易流通を通じて探って行けば充分かと。
正王にも代理王にも恩をたっぷり売りましたから。多少の我が儘は聞いて貰えそうです。
強いて課題を挙げるなら。メレディスは入ってみないと何も解らない所と。モーランゼアが使用した大規模転移装置の存在を確認出来なかった事。位でしょうか」

「この中央大陸でメレディスだけが孤立化している。これを是と見るか非と見るか。悩ましい所だな」
「帝国と断絶状態に入ってから殆ど動いていません。敢えてこちらから刺激する時期ではないと思われますが」

「この微妙な時期に行って来いとは言わんから安心しろ」
「良かったです。来年の弟の即位を見届けたら東大陸の本格調査に入る積もりですので」

メイザーが挙手。
「その複合式に付いてなんだが。我々も運んでくれるか。今度はメルシャンも同行させたい」
「勿論構いませんよ。何十人でも」
「敵から奪った転移道具が有るのに。王族関係者は誰一人使えない。何かコツの様な物が有るのか」

「それは難しいですね。何れだけ魔力量が有っても使えない人は一生使えません。血筋、本人の適性、性格。道具に抱く嫌悪感や拒否感。魔力を大幅に奪われる恐怖心。要因は千差万別ですから」
「残念だ…」

「船の操縦も同じです。ある程度は経験でカバー出来ますが適性要因が強くて。無理に走らせると気絶します」
「あぁ…。人様の妃の尻を人前で何度も打ってくれたそうだな」
墓穴を掘り当てました。

「あれは船長の俺に無断で操縦桿を握った罰です。海に投げ込まれなかっただけ感謝して下さい」
「冗談だ。色々と面倒を掛けた」
「全くです。休暇中に招いた客の半数が日頃の鬱憤を吐き捨てて行きましたから」
大変良いアイテム渡したから今夜から頑張れよ、とは言えない。

「キャルベ氏なら転移道具、使えるのでは?」
「「「あ…」」」
「いやいや。逃亡の余罪を持つ私に渡されても困ります。大人しく国内待機で。正直もう出たくない」
完全にトラウマになってるな。本気の拒否。

「時期が来たらキャルベを密偵に飛ばすのも有りだな」
「お許し下さい陛下!打ち首同然ではないですか…」
泣いちゃった。

「陛下。夕方にフラジミゼールの友人の所へ遊びに行きたいのですが何か問題は有りますでしょうか」
「特には無いな。合併話も半凍結状態だ。バッジを外して行くならお前は唯の足軽商人だからな」
「有り難う御座います」
若干小馬鹿にされた気がしなくもない。




---------------

昼食から合流したフラーメは…ソプランの言通りにまあまあの仕上がりだった。

お土産話を披露しながら観察していると幾つか誇張され気味な問題点も。

「自由な冒険者生活で直ぐには無理だとは思ってたけど。食事中に笑う時はハンカチで口元を隠す位はしてもいい。後薬指の指輪を強調する仕草は要らない。そんな事をしなくてもその綺麗な指輪は必ず目に留まる」
「…解りましたわ」

「向こうで笑う場面なんて無いから気にするな。全体的に落ち着いた雰囲気は出せてるから肩を張らずに。今は貴族令嬢でもないんだから多少の猫背が入るのは善しとする」
「助かります」

「食後の運動がてら少しダンスを踊ってみるか。俺と」
「え…。ダンス…」
「嫌なのか」

「いやぁ…。スターレン様と踊れるのは光栄ですが。南のキモい男と密着すると考えると反吐が出そうで。折角頂いたお食事が台無しですわ」
「俺も吐かれるのは嫌だ。そう言う状況も有り得ると頭の片隅に置いて。軽く流す感じで」
「ぜ、善処します」

「お兄様のダンスは貴重ですね」
「王宮でしか踊ってねえもんな」
「私は拝見した事が有りません」
現場の付き人はソプランだけだったからなぁ。
「スタンの足踏んだら。後で私がフラーメの足踏むから気を付けて」
「ちょ…」
「フィーネさん余計なプレッシャー与えない。主役はフラーメなんだから」

お出掛けするフィーネと分かれ。宴会場を借りてテーブルを端寄せ会場設営。

集まってくれた侍女衆や警備や従者。マエストイとミジョルタなどでペアを何組か配置。

「アローマたち自宅担当の3人で音楽の代わりに間の手打って。出だしは一定間隔。時々強弱。ではフラーメをお誘いする所から始めよう」
「何時の間にか大事に…」
「人の目が多い方が気合い入るだろ。さあ適当な円卓席に着いて」
「ひゃい…」
ガチガチじゃねえの。

それぞれ思い思いにダンスを開始。俺はフラーメの席の隣に立った。

「お誘い宜しいですか、お嬢様」
「え、えぇ。喜んで」

差し出した手に手を添える。スタートは問題無い。

会場の中央までエスコート。片手を取りフラーメの腰に手を置いた。

「空いた手は相手の胸元。ポッケが有ったらその上辺り。リードは男性がする物だから身を任せ。音のリズムを良く聞いて。相手と歩調を合わせる。簡単だろ」
「頭で理解出来てもどうしても身体が。それに…耳元で囁くのは卑怯です。腰の力が…」

「こらこら変な気分出すな。嫁さんがカッ飛んで来るぞ」
「こ、怖い…」

ぎこちなかった足捌きも数手で持ち直し。身を任せながらも時々自己主張。リードを取り返す場面も有った。

「いいじゃん。ちゃんと出来てる。男には媚びない主張も良い感じだ」
「散々妹に扱かれたので」

締め括りに観客が拍手をくれた。

「安心した。これなら大丈夫。マエストイたちも情熱的に演じられて華が有った。他は…先ず先ずかな。急造だから気にしない!」
「「有り難う御座います」」

のんびり場の総出でテーブルを戻しているとフィーネがマリーシャとペルシェを連れて帰還。

再び奥卓を寄せてマエストイとミジョルタの即興劇を鑑賞した。

まだまだ荒削りだがラフドッグの岸壁で見た三文芝居とは比べ物にならない成長振りを披露してくれた。

こちらには何も口を挟まない。

5人が前方の卓を囲み。顔合わせと寸評を話し合った。
どんな内容になるのか楽しみだ。

王道であるのを願う…。


一歩先に自宅に戻ってプリタ博士からブートストライト拡大計画の進捗を聞いた。

「順調そのものです。第一陣で採れた実はハイネや事業関係者に配布。種は一粒残らず回収。一部種を外した実を冷凍庫で凍らせて有りますのでじゃんじゃん持って行って下さい。酢漬けにした胚の半分はカメノス邸へ。半分はここの地下蔵に納めました。
これから出る分は菜種油で素揚げにして現地とこちらの保存食にする予定です。多くなれば試験販売も。

植え替えで出た木は根と葉を落としてハイネの空き地に山積みにして有ります」

「相変わらず完璧だプリタ君!自分と現地作業員の適度な休暇も忘れずにな」
「あーりがたき幸せ!」

「ブートの樹皮に別の使い方が判明したからペルシェさんを招いて話をしよう」
「ふぁい!」
慌ててフィーネにペルシェだけ連れて来てとメールした。


10分後に2人が自宅に戻り、お茶をしながら打ち合わせを続行。

「帰り際に引き留めてごめん」
「いえいえ。お隣ですもの」
離れてるけどね。

ブートストライトの樹液と天然ゴムが樹脂板の接着剤になる事を説明して事業内容に変更を加えたいとお願い。

「殺菌剤の他にもその様な使い方が…。真に万能の木ですね。お話は勿論。コマネさんの方と話し合ってカメノスも設備に参画します。ゴムの手配はあちらが得意。私たちは抽出が得意。利潤は他で賄えますから多少の損失は直ぐに消せます」

「助かったよ。個人では手に負えなくてさ」
「こんなに話が大きくなったら誰でも無理よ。私からもお願い」
「喜んでお引き受けしますわ。詳細製法はエリュダーの方からも得られますし。楽勝です。寧ろ薬剤とアメニティーだけかと歯噛みしていた父がさぞ喜ぶでしょう。リゼルモンドの件と合わせてお任せを」
心強いです!ママさんになって母性とより貫禄が付いた気がするな。

「序でに聞くけど。ペルシェのロルーゼに嫁いだお姉さんって今どうしてるの」
「あぁそれはもう。亡命出国の話も立ち消え。説得されてまだあちら側に居ります。一時期は爵位返上したのにどうして実家に帰れないんだと大暴れしていたらしいです。
一度私の娘の顔を見に来てトンボ返りで今は手紙の遣り取りを。足枷外して飛び出るのも時間の問題かと」
「意外にパワフルな人なんだな」
「面白そうな人ね」

「面白い、かどうかは別にして。かなりの豪腕であるのは間違いないですね。父とは違う物を求めてロルーゼに行ったのに旧バーミアンの当主様に痛く気に入られてそのまま長男様と婚姻。まだ子供はいませんので。今頃どうやって周りを振り切ろうかと画策している頃だと思います」
「「へぇ」」


リアル鳩時計が鳴いて。
「あ!」
「いけないもうこんな時間」

「ペルシェ様は私共でお送りしますので。お二人はお出掛けのご準備を」
「時計…良いですわね。研究所にも欲しいです」
「あー。その話は後日相談で!」
「ごめん。時計は有るけど時間が無いから」
「上手い!」
「褒めてる場合か!」

慌てて着替えてお土産等々整理してから飛び立った。




---------------

大変珍しい徒歩の行商として国境越え。

もう何度も通っているので衛兵たちも又ですか…と微妙な顔で見送られた。

多少の時差も有り。フラジミゼール西門を潜る頃にはドップリと茜空。

自宅の窓際でたっぷり日光浴させた女神像(通常版)も忘れずにバッグに入れて来た。

「違いを見せたかったけど」
「ちょっと出遅れちゃったね」

手紙を門番に見せる前に門が開かれ。
「主が首を長くしてお待ちです。ようこそスターレン様、フィーネ様」
「あらま」
「もう顔覚えられてる」

「お二人程の奇妙…。有名な方は一度拝見すれば覚えますよ。余程の馬鹿でない限りは」
今奇妙ってハッキリ言ったな。

立派なお屋敷のリビングに案内され着席すると間も無くモーゼス一家が揃って現われた。

「お久し振りです。また遊びに来ました」
「お邪魔しています」

「遠路をご苦労。肩の力は抜いて、いるな。存分に楽にしてくれ」
「御夕食をご一緒させて頂いても宜しいでしょうか」
と奥さんのリオナが申し訳無さそうに。

「こちらが押し掛けたんですからお気遣い無く。私たちもその積もりで」
「モーランゼアのお土産も沢山お持ちしました」

「モーランゼアに行っていたのか。それは楽しみだ」
2度目の対面のモーリアとリオーナもお土産と聞いて興味津々。

デザインが華やかなセット物の硝子食器や鍋をリビングテーブルの端に並べてご説明。最後にお酒類を添えた。

「お皿もお酒の瓶も綺麗で可愛い♡」
リオーナが特に食い付いた。

全員成人しているので家族揃って飲める口。ペッツたちには果実水。

ボトルワインと巨峰ワインを開けて酒宴の始まり。

「おぉ濃くて深い」
「お肉料理にピッタリですね」
夫妻はボトルワインがお気に召し。
「あぁ、鼻に抜ける香りが堪らない」
「甘くてフルーティ♡こんなに美味しいワイン始めて。モーランゼアの方は幸せ者ですねぇ」
兄妹は巨峰ワインが気に入ったようだ。

モーランゼアの思い出を語り明かし。食後のティータイムに差し掛かった。

「それでスターレン殿の相談とは何かね。何なら書斎にでも」
「それには及びません。ウインケル家の皆さんに是非見て頂きたい品がモーランゼアで見付かりまして。お目通しをとお持ちしました」
「土産の他に?」
「あんなに沢山頂いたのに」

「まずは見て頂いてお話を」
「テーブルの上が片付いてからにしましょうか」

綺麗に片付けられた所でテーブル中央に布に包んだ彫像を置いた。

解いて現われた乳白色の女神像に4人と侍女や給仕たちが息を呑んだ。

「これはキルワ・アメリダ原産の夜光石で彫られた。スタプ末期の幻の作品です。教会の鑑定書は有りませんが私の鑑定眼にはハッキリと出ました。一部皹割れが見られたので蝋は塗り直しましたが」
「何と…」

「照明を消してみて下さい」

侍女さんが大ランプを消して回ると彫像が光り輝いた。淡く仄かに切ない白色。強くなくてもハッキリ解る。

再び息を詰まらせる一同。

「僅かに周囲の空気を浄化する力も持っています。それは天然石の特徴で。夜光石は昼の光を浴びると夜に輝き照らします。光自体に浄化能力は有りません」
「これを…私に?」

モーちゃんに目配せ。
「この作品と。モーゼスさんが大切にされているスタプ中期の像と交換して頂けないかと」
「う…。その訳を書斎で聞こう。誰も近付くな」

屋敷奥の書斎に移動して締め切った。

「頼むよモーちゃん。あれを俺に譲って」
「いや待て。あの末期の作品は何だ」
「最近俺が夜光石で彫った新作」
「半分詐欺じゃん」半分じゃ済まない。
「スタプの時の技術も殆ど引き継げてるから嘘じゃない。寧ろ今の方が上だよ」

「あれがスタプ末期の作品だと王家の耳に入ったら御神像だと騒いで取り上げられるって」
「だからモーちゃんにだけ持って来たんだよ」
「…なんで中期の作品が欲しいんだ」

「重要な取引先の家族がとても大切にしていた中期の彫像が詐欺商人に騙し取られてさ。可哀想だなぁって」
「可哀想って。俺たちの思い出はどうなるんだ。あの夜光石の方を渡すのは?」
「それも考えたけど鑑定書が無いとさ。モーちゃん以外に頼めそうな人居なくて」

「待て待て。落ち着いて考えろ。お前の知り合いには誰が居る。聖女様と教皇様がいらっしゃるんだぞ。訳を話せば鑑定書の一つや二つ」
「おーモーちゃん、ナイスアイディア。ここに中期が有ったから頭回ってなかったわ」

そうと決まれば明るくなったリビングに着席。
「先程の条件は呑めない。夜光石の彫像は市場価値が高すぎる。引き取ってくれ給え」
「申し訳なかった」

「折角のお話を…」
リオナや他の人たちはとても残念そうな顔を浮べた。


お邪魔しましたとそそくさと帰宅。フィーネに説明してからのペリーニャに通話。

「至急ペリーニャに頼みたい事が」
「…何か難しそうなお話みたいですね。歓待部屋に入らして頂けますか」
「モーランゼアのお土産も沢山有るから。お話だけでも聞いて。お願い」
「勿論です」
心苦しい!若干後ろめたい気も。

いや別にこれは詐欺じゃない。無償の贈り物…。無償ではないが贈り物には違いないんだ。




---------------

お土産とプレゼント各種を並べ。

モーランゼアでの出来事を。女神様のお呼び出し部分を省いて詳細に説明。

「色々複雑ですね…。鑑定書は直ぐにお作りします。国宝級では事を荒げてしまうので教会の認定書を」
「ごめんな。詐欺っぽい事に巻き込んで」
「構いませんよ。スターレン様の場合は善意。人が大切にしていた彫像を騙し取るとは罪深き行いです。信者としても人間としても」
「そう言って貰えると救われるよ。交換が成立してしまった物は横から奪えないからさ」
「ありがとペリーニャ」

「それはそうと…。本当にこちらを頂いても宜しいのでしょうか。上位版の彫像と精霊神様の指輪を」
「どっちも心を落ち着ける効果を持ってるから良く眠れると思うよ。指輪は持ってるだけでも。彫像はベッドサイドの頭よりも上の位置とかに置けば」
「彫像は信者じゃない俺たちが持ってても意味が無い。これを渡せる人もペリーニャ以外に居ないから」

「そのお心遣い有り難く。大切にお預かりしますね。彫像は次世代の聖女に引き継ぐかも知れませんが指輪は生涯手離しません」
ペリーニャの視線がチラチラ俺のバッグに。
「あぁ時計が見たいとか?」
「はい」

タメリッカ工房の最上品をリビングスペースの床にそっと置いた。

「綺麗な音色。カチッカチッカチッ…」ニッコリ。
「ペリーニャが遊びに行く頃には時計工房も正常化してるだろうし。王宮工房製の非売特級品が進呈されると思うから楽しみにしてな」
「同じ工房の新作なら私が来年買ってあげる。今年の私の分はレイルが持ってちゃったし…」
「私のお小遣いでは買えそうに有りませんね。あ、お値段は言わないで下さい。心臓に悪いので」

冷凍ブートバナナと酢漬けの小瓶は直渡しで。
「これからの季節は料理に入れて貰ったり。片栗粉を塗し揚げて中冷えデザートで食べるといいよ」
「そのまま蒸し上げ解凍しても簡単で美味しいと思うよ」
「はい。料理番の方と相談してみます」


ペリーニャが認定書を取りに行っている間。

「何か雰囲気変わったな。落ち着いたって言うか」
「人は日々成長するものですよ」
「深いねぇ。俺は精神年齢上がってるのに全然成長してる気がしない」
「右に同じく」

ちょっと切ない…。



翌日のタイラント時間で夕方にエリュダー商団本部を訪ねて認定書付きの彫像を見せると腰を抜かす程に驚かれてしまった。

「スタプ…末期の作…」
「御免。中期の作品は断られてさ。夜光石使った作品なんて激レアだからさ。これじゃ駄目かな?」
「だ、駄目だ何て!有る訳がないですよ。どうぞ時計をお持ち…いや釣り合わない!」

「大丈夫。俺の気持ちだから」
昔も今も作ったのは俺だから。

無事に4台中一番程度の悪い時計をゲットした。

「蝋は自前で塗り直したから新品同様」
「昼に日光を浴びせると夜に輝きます」
「何て神々しい…」
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