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第170話 お供鳩との単身出張inモーランゼア

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タイラントを出る前に新店舗カジノの準備で忙しくしていたメルフィスに問い合わせたがモーランゼアの関連情報は殆ど持っていなかった。

賢王が治める純血の国。世間一般の評価同様。

「全てが清いかと問われると甚だ疑問ですが。主流はやはり女神教。次いで山神教。東隣の国から山岳地帯が占めるので極自然な流れです。
水竜教は西岸港町に僅か。なので中央の情報は殆ど得られなかった、と言う具合です」

「謎多き国か…。まあいいや。お店の準備は順調?」
「はい。滞り無く。成人向けのこちらは年内。隣の店舗で国営図書館。それと併設で遊具を取り入れた公園。そちらは来年の三月目処の予定です」

「隣もカジノじゃないんだ」
「管理者とディーラーやホストの人材不足で。ならいっそ割り切って未成年者と子供向けの物をとなりました。嘗ての三区は見る影も無く。生まれ変わろうとしています」

「へぇ。図書館と公園かぁ。真に時代の転換期だな。誰が切っ掛けを作ったのか知らんけど」
「またまたご冗談を。カーライル共々。年末年始にお暇が合えば遊びに入らして下さい」
「必ず行くよ」

「来年は私も長めのお休みを頂く事になりそうで。ご案内は夫になるかも知れませんが」
「え?何処か具合悪いの?」
下腹部を撫でながら。
「もしかしたら、です。来月の婦人科の予約を取りました」
「あぁそっちか。お目出度だといいね」

「有り難う御座います。…気は早いですが。子供の名付けをお二人にお願い出来ませんでしょうか」
「早いし責任重大。それは親が決めるもんでしょ。来年は遠出するから暫くは王都に戻れないし。勝手に安請け合いしたら怒られるからフィーネに聞いてみて」

「そうですか…。お引き留めして済みませんでした。道中お気を付けて」
引き下がってくれて良かった。

王都の知り合いはベビーラッシュに突入した模様。て言う程でもないか。

嫁とは朝に濃厚なお別れの挨拶を済ませて有るのでいざ!




---------------

モーランゼアの町の配置は十字よりは逆くの字にクロスしている形。

南端町プーリアから北東方面に。
メラビエンタ、コルネリオ、サンザーケ、マイシオルタ、
ミルオルタからの王都ハーメリン。

王都から北西方面に辿るとメレディス国境関。

王都から西北西に辿ると唯一の港町ナノスモア。
漁港と大きな軍港も併設されているが。今行っても遠洋船は一角獣の影響で出ていない。近海漁船と南北交易船が出ているだけだろう。

王都から東に3つ目の分岐町ヌケルコ。そこから北東に東端北町のターマイン。南東に東端南町クレコーマイン。

要するに王都は中央部より東に位置している。

ターマインはトルーワ・イルメリダとの交易路を持ち青砂や硝石等の鉱物資源を扱う。

クレコーマインはキルワ・アメリダとの交易が盛んで金剛石やタングステン鋼等の鉱石類を扱っている。アッテンハイムとの直通路を作るならこの町。しかしアッテンハイムの北西部にはまだ多くの魔物が縄張を形成している為、切り拓くのは容易ではない。クワンジアが現状維持で留まれたのであの話も立ち消えた。

青砂と硝石は魅力的だ。きっと硝子工芸が盛んで樹脂板であるアクリル板もそちらの産業が主体なのかも。樹脂材を織り交ぜる…と作れるのかは解らない。

ローレライに裏情報を聞いてみても良かったな。一旦帰還した時に寄ってみるか。


2度目のプーリアの南門で入国申請を済ませた。

担当衛兵長が不思議そうな顔で。
「御入国の申請は程なく受理されます。今回はスターレン様とお連れはペットの鳩のみ、で宜しいでしょうか」
「何か問題でも?」
「クワ?」

「い、いえ。特には」
何だか歯切れが悪いな。
「一応平和な国だと聞いているし。ケイルガード様からも何名でも良いと。王都の公式視察を終えて。何か観光名所や物産が有れば改めて来れば良い、と考えてたけど」
「そうでしたか。しかし何故にこの町から。私共は次の北町メラビエンタで御出迎えの準備をしていたのですが」
端から回るのが想定外?

「着予定の町を申請した覚えも。指定を受けた覚えも。出迎えを要求した覚えも無い。先回は手厚い歓迎を受け胡椒を買いに出ただけ。町の様子は何も見れていない。
今度は視察が目的なのだから。プーリアから見て回るのは普通の事だと思うぞ。
実は治安が悪いのか?それとも見られて困る物でも有るのかね?」
「滅相も有りません。今、この町の南でクワンジア兵と毎年恒例の合同演習が有りまして。全宿が関係者と行商で埋め尽くされ。只今満室となっている次第で」
「それを早く言いなさい」
「も、申し訳ありません」
来ないと思って案内には書かなかったのか。

転移が使えると公表もしてるしな。
「次のメラビエンタから北の町なら宿の用意が有るんだな」
「然様で御座います。上の話では最上級の大部屋が。それで先程お一人様でしたかとお尋ねしました」
あぁ。一応辻褄は合ってる。話を鵜呑みにするなら。

「折角用意されているなら優雅に使わせて貰うさ。プーリアを適当に散策したら夕方までにメラビエンタに入ると伝えてくれ」
「ハッ。直ちに回します」

自由行動は半減したがこれも仕事だ。敵が潜んでいるなら何処かの町で接近して来るだろう。俺は待っているだけで良い。

懐中時計の時刻は午前8時前。タイラントを16時過ぎに出たから時差が適応された。にしてもこの時計は謎が多いなぁ。いったい何処の電波拾ってるんだろ。

時計の認識は誰でも持ってるのに肝心の時計をこれ以外に見た事が無い。大抵の人々は日の出と共に半日砂時計を回し、太陽の高さで時間を計り、日の入りの遅延で暦を読んでいる。

雨が多い国はどうしているんだろうか。

見上げても薄い白雲漂う晴天。市場に差し掛かった時に午前9時を告げる鐘の音。高台を目指し、音の源を探り見渡した…。

目に飛び込んだのは。大変立派な時計塔。

ワールドタイマーの標準時間はモーランゼアだった。

時の女神様が生まれた地がアッテンハイムなら。女神が愛した国がモーランゼア。謎の1つが不意に解けた。

ならばもう1つ仕事の目的を加えよう。他の携帯式時計類の捜索を。

過去のベルさんも。恐らく前勇者も訪れたであろうこの国で時の謎を紐解けば。この国の秘密と残る疑問の解に迫れる。そんな気がした。

可逆の歯車。これが2つと無いのなら。俺はとんでもない鍵を手にしている事になる。

有って欲しい。

「市場と雑貨屋も回ろうか」
「クワッ」

クワンを肩に乗せ。鞄をバッグに納め。祈るような思いで店を回った。

残念ながらプーリアでは何も見付からなかった。

時計塔は国の管理下で立ち入れない。望みが有るとすれば王都ハーメリンの中枢。

女神様の導きは途絶えていない。ここプーリアで立ち止まる必要は無いのだと。

背中を押されている。心強いと思う反面で後ろ寒さも覚えてしまう。

これは1つの可能性。全てを塗り潰す時間逆行。

人類に取っての諸刃の剣。それが女神様の本当の望みなのだとしたら…。


プーリアの飲食店で味のしないお昼を食べ。当ても無く歩いて時間を潰し、14時過ぎに町を北に出た。

「クワン。近場で人気の無い場所有った?」
「クワァ」北西方向を翼で示した。

「ちょっとそこまで走るから案内して」
「クワッ!」

天高く舞うその背を追って走り出す。

装備品を考える。女神様の加護の無い物を。

腰に巻いた愛用のロープを外した。ステが落ちてもブーツは健在。バッグは装備しているだけなら問題無い。

霊廟も不可。ソラリマも煉獄剣も却下。大狼様のジャケットが命綱。

走りながらジャケットを羽織り、ラインジットを取り出し炎魔石を2つセットした。

胸の古傷が痛み出した。女神教の焼き印が在った場所。
傷みだけでなく血が滲み出ていた。

深い森を抜けた先。そこは開けた小さな窪地。

「クワン!フィーネに御免って伝えてくれ。ロイドには来なくて良いと。証が戻れば2人だけで」
「ク…クワッ?」

「俺はもう。とっくに。用済みだったのさ」

女神様の掌で踊るだけのピエロ。フィーネを証まで導くだけの道具。

勇者に成るべきは彼女だった。


窪地の中央へと懐中時計を高く投げ上げ。ラインジットの刃先が交差した瞬間。

俺の意識はそこで途絶えた。

遠くでクワンではない誰かの声がした。

「愚かな者よ…」
それは、どっちがっすかね…?




---------------

その日。私は朝から不安だった。

初めての夫の単身出張。出会ってから長期で離れて過ごした事は無かった。

朝食前に本棟で水竜様に祈りを捧げる。旅する前の恒例行事。何時もの日常。

メルフィスさんの事務所から帰った彼と昼を食べ。時間を潰して夕方に旅立った。

抱えた不安を口にすれば良かった。
クワンティとだけで行かせるべきじゃなかった。
引き留めれば良かった。
我が儘を言って困らせれば良かった。

スタンからの連絡を待ちながらスマホのGPSと転写したモーランゼアの地図を見比べながらベッドに入った。

隣のベッドにはカルが居て。足元にはグーニャ。心細くはなかったが不安だけが積もり続けた。

不安を消そうとソウルブリッジの糸を手繰り寄せた…。
手繰り、寄せられた。先端の凧が切れた糸のように。

私が跳ね起きるのと。カルが半身を起こすのと。階下のリビングからクワンティの鳴き声がしたのが同時。

グーニャを抱えて階段を駆け下りた。

リビング奥に並べられたスタンの装備品とバッグ。中には右腕に嵌めていたギプスまでが。

それらを前に叫ぶように鳴き続けるクワンティ。

腰が抜けてへたり込む私の代わりにカルが叫んだ。
「クワンティ。冷静に。グーニャ、同時通訳を」

スタンはプーリアの町で朝9時を告げる鐘を聞き。
高台から見える時計塔を見て何かに気付き。
雑貨屋を巡って酷く落胆し。
考え事をしながらお昼を食べ。
14時過ぎに町を北に出て思い立ち。
近くに空き地は無いかと問われて案内した。
走りながら腰のロープを外し。
ジャケットを着てラインジットを取り出した。
空き地で懐中時計を放り投げ、ラインジットで時計を破壊しようとした瞬間。

周囲の景色が凍り付き。それが晴れると服と装備品を残してスタンの身体だけが消えていた。

「攻撃に入る前に。フィーネ様に御免と。ロイド様にはこっちに来なくて良いと。勇者の証が戻ったら。先輩とフィーネ様で取りに行けと。そして…
俺はもう用済みだったと」

「意味が…解んないよ…」

カルが震えた声で口にした。
「女神の加護無し装備品…。可逆の歯車…。時計塔…。
まさか、そんな…。そんな事って」
何かに気付いたカルが続ける。
「ソラリマ!ソラリマは居ますか」
『連れて行かれた。手の届かぬ場所に。感じ取れたのはそこまで。しかし、まだ途切れてはいない』
何を…言っているの…?

「まだ間に合う。フィーネ。水竜様にお伺いを。女神が何処に行ったのかを」
水竜様…?
「…上層に。引き戻った」

「フィーネ!」
膝立ちのカルに頬を強く打たれた。
「痛い…」
「しっかり為さい!私は今から中域を越えて神域まで行きます。1時間。それが過ぎても戻らない場合。あなたがクワンティとグーニャを連れてスフィンスラーの4層目から攻略し。迷宮主を倒し。証を掴んで笛を限界まで吹くのです。リミットは迷宮の初期化が完了されるまで。時間は多く見積もって5時間以内」

「無理よ…」
「無理じゃない!今のあなたなら必ず出来ます。女神の加護が付いていないフィーネなら!残念ながらソラリマは使えません。それでもクワンティは立派な後衛。
スターレンを助けたくないのですか!!」
「助け…られるの?」
「救えます。笛は外部からの突入口。スターレンを愛するあなたが強く願えば。最短の道が開けます」

「解った!早く行って!」

私の答えを聞き届けるとカルは天使の輪を外し。初期の衣服に着替え翼を出して直ぐに消えた。

スマホを掴んで寝ている頃のシュルツとアローマに通話。
「助けて…シュルツ。アローマ。スタンのバッグから使える道具の、取り出しを…」
「直ぐに行きます!」
「直ちに」






********************************************************************************

お気に召しましたら、お気に、ご感想、ご指摘等々ポチりお願い致します。

どうぞお気軽にご緩りと。


※部分訂正

ターマインとクレコーマインの隣接国の産出物が南北逆転を修正
大変失礼致しました。


ハーメリン ○
ハーメルン ✕

誤記訂正

ハーメルンの笛吹きを連想しながら書いていたら
何時の間にか本文に…
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