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第164話 夏休み・折り返し

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夏休みの折り返しは勉強会から始まる。

クワンの偵察報告ではサンコマイズは他の町と比べて特別変化無く平常。もう1つ南のタレンジアドの町とペカトーレ最南端のピーレインズはやや荒れ気味。

何かの襲撃を受けた形跡は無く、単に人気が少なく活気が感じられなかったそうだ。

野良の先輩鳩に聞いても。やはり戦闘が起きたのは山間部で継続はしていないと言う話だった。

今は落ち着いていると見て良さげ。
戦囲が拡大しなくて良かった…。


勉強会は俺だけじゃなくシュルツも参加するとあって工夫さんたちの気合いの入れようが半端無かった。

用意された図面資料は前スタフィー号、現スタフィー号、大型商船、主流の軍船の4種類。

例の如くペリーニャが傍聴したがったが流石に国の秘匿事項に関わる為断念して貰った。

今はソプランたちとロイドに連れられお買い物中。

フィーネも勉強会に参加予定だったがメルシャンのプール建設打ち合わせ&休暇内容報告で王都に居る。

夕方集合で夜に迷宮探索の続き。


始まりは代表職人さんの資料説明から。
「ご覧のように基本構造さえ構築出来れば主幹動力部の大きさは然程変わりません。船全体の重さ、重心、用途目的等で動力部に使用される魔石の配列を変更します」
ほうほう配列か。
「比較的手に入れ易い火と水の魔石を等比で交互に並べるのが一般的で。魔力伝導効率の良い金属を並べて使うのと同義と成ります。金属が手に入るなら魔石の数は減らせます」
にゃるほどぉ。
「火と水で出せる水温差を利用し水流を生み出し推進力としています。主幹部は蜂の巣構造のアルミ板金で囲い冷却と同時に防壁となっています。現スタフィー号では風魔石も併用し、ホバーの利用と動力の冷却効率を高めています。他の船に比べ最高速を叩き出せるのは風魔石有ってこそ。陸上で同じ事を目指すなら木材は発火するので使用は控えた方が宜しいかと存じます」
アルミとスチール構造かぁ。まんま自動車やな。

「船で最高速に限界が有るのは主幹部の排熱限界なのか船体の耐久限界なのか。何方の要因が強いですか?」
「何方、と言うよりは両方です。空気抵抗が高い形にすれば冷却性能は落ち。風を取り入れ過ぎても火魔石側の熱量が下がり、伝達性能が落ちます。要は全体のバランスで最高速が決まって来る、と言う訳です。
動力も推進力も車輪が担うなら車体の耐久性を上げれば済む訳でも有りません」
「バランスかぁ」

「車輪がどんなに早く回転しようと。荷室や胴体が風を真っ向から受ければ機体は骨だけ残して木っ端微塵でしょうな」
「それは格好悪い…。寧ろ恥ずかしい」

シュルツが挙手。
「船で考えると大きさに依存して抵抗も上がっている気がするのですが」
「そこは私共職人の長年の研鑽の積み重ねです。前風横風後ろ風。多方向からの風を計算して今の流線型と成りました。
大型船であれば僅かな隙間、板の嵌め合い、導風板、表面塗料等。工夫を重ねて抵抗を削っています。
但し削り過ぎても今度は風を受けて船体や車体が跳ねて宙を飛ぶ事でしょう」
ダウンフォースも考えろってね。

「お兄様。自作するのは諦めた方が宜しいのでは?
船を基本に据えれば防水性や防犯性も確保されます。通常の馬車の荷台から試作を繰り返すと時間が幾ら有っても足りませんよ」
「うぉ~。初日の序盤で結果が見えてしまった…」
まあねぇ。素人が移動物体を1から作るなんて無謀だったよね。

「良し!根本からして甘かったのが解りました。勉強会は明後日までの予定でしたが切り上げ。シュルツが王都に帰る時にロロシュさんにお話して来ます。
だからと言って早急な依頼や期限は求めません。速く走らせるなら専用街道まで考えないといけませんし。ロロシュさんと陛下に相談してからとなります。
本日はご指導、誠に有り難う御座いました」

折角時間を作らせてしまったので。雑談含めスタフィー号の構造を詳しく教えて貰った。

シュルツのお目々が輝いていたから更なる改良が加わるかも知れない。

俺は時間的に断念。全部終わってからなら取り組めそう。

そのままシュルツはピレリとデート&会食。3人で昼食を管理棟で済ませてそこで別れた。

夕方まで何すんべか。

そうだこの空き時間に油絵を描き上げよう。昨日の貴重な1シーンでも良いし。妄想水着でも良いな。




---------------

思い立ち。道具を並べて新品画板をセッティングした。

早急に仕上げたいのは貴重な百合シーン。直ぐに女の友情を百合と定義してしまうのは馬鹿な男の発想だとお許し下さい。

約30分で完成。自分の視点画なんで書き易かった。
「素晴らしい!」
これがホントの自画自賛。

登場人物の衣服も背景も全部見たまま。これなら嫁さんでもメルシャン様でもプレゼント出来る。

只、王族に進呈すると全員分書く嵌めになるな。

しっかし美女2人が寄り添うだけで絵になるぜぇ。絵画ですけども。

次に何を書こう。

ロイドに手を出すと今の具現化に影響しそう。
ペリーニャは前に描いたし。嫁さんを描くとエロくなる。
レイルを描くとメリリーが狂喜乱舞してラメル君がドン引きする。百合が理解出来ない純朴な彼を女性不信にしてはいけない。

身近な所でソプラン?アローマ?どうせならセットの立ち絵がいいな。男を単独で描きたくないし。

母ちゃんのは最高傑作が実家に置いてある。

妄想だけで描いてもいい人が居ない…。世に出しては困る人たちばかりだ。

人が駄目なら物にしよう。

元世界の自動車。製作は断念しても完成理想図は何れにしても出さねば為らない。

注意点は前の知識を持ち込み過ぎない事。エンジン構造は複雑で再現は困難でも原案がガソリン車に繋がってしまっては元も子もない。

俺たちの他にも豊富な知識を持つ転生者が居そうだし。全くの別世界の知識を転用されたら何が起こるか予測不能になってしまう。

既に変な道具も存在してるしな。

外観だけなら影響は少ないか。内部構造は別問題。まずは自由に描いてみよう。

………

創造物になった途端に画力が落っこちた。仕上げる早さも全部。1時間掛かっても完成には遠い。

何故だろう。その答えは至極単純。

油絵の具でラフ画を描く馬鹿は俺でした。
画板も勿体ない。

とりま失敗画板をバッグの奧底に投げ入れ。新品と交換しつつテーブルに向かって白紙を置いた。

闘技大会カジノ景品で貰った消しゴムも有るんだし。使わにゃ損。

基本構造を考察。自動車、を通り越して未来の車。
新幹線のようなカモノハシ型。弾丸型。箱型。ステルス戦闘機のような三角形。…わしゃ空を飛ばしたいんか。

乗用車にもF1マシンも。言われてみればシャーシに導風口が付いていてダウンフォースを稼ぎ、トルクを引き上げて車体安定性を増している。全ての風を受け流している訳じゃなかった。

目的は素早く人や物を運ぶ乗り物。

空気が有るから抵抗が有り。抵抗が有るから気流が生まれる。重力が有るからGが掛かって振動が生まれる。

運搬で考えるとカモノハシ型が一番理に適っていた。

磁力反発でカッ飛ぶリニアモーターカー。ふんわりイメージは出来るが基幹システム自体を知らない。元世界の情報も見られなくなったのだから綺麗に忘れよう。

基本デザインは決まった。

1両編成の新幹線の頭。テールは乗用車のようなハッチバック。胴回りは楕円形、若しくは弱卵型。卵型は対外強度が出せる事で定評が有る。しかし頂部が飛び出すとデザイン的に格好悪い。

胴体部は楕円の縦長で決定。

導風口の余白を残して全体像の仕上げ。

書き上げたラフ画を片手に真っ白な画板に向き直した。

……

試作デザインの完成。悪くない。基本イメージはグレーのリニア新幹線だから。

外観図、正面図、側面図、上面図、背面図。5図を縮尺ガン無視で1枚に収めた。

このイメージ図でロロシュ氏とヘルメンちに企画話をしに行こう。

老若男女問わず身近な人の意見も集めよう。

サクッと名前はカモノハシから英名のプラティパス号と名付けた。


時刻は15時過ぎ。まだ誰も帰って来ない。

名付けで思い出したが温泉郷の命名の宿題が残っていた。

王都を軸にハイネハイネ、マッサラ。3点が密集。
南のラフドッグ、ウィンザートは末広がり。
北のラッハマ。そして新たな温泉郷。

歪な形だがオリオン座に見えなくもない。深く捻らずオリオンで決定。こっちの世界で新たな歴史を刻みます。

嫁の認証が得られたら確定としよう。


すんなり出たのでまだまだ時間が有る。

画名「共同作業」
画名「試作プラティパス号」

2つを窓辺に並べて乾燥中。

新たな画板を置き台にセット。さて何を描こう…。

頭を悩ませているとソプランたち4人が帰って来た。
「お帰り~」
「戻ったぜ。て何だそれ」
「何って描いた油絵乾かしてる」

ロイド、ペリーニャ、アローマの感想。
「1枚は昨日の船の出来事ですね。もう片方は…」
「そちらが昨日の。へぇ。相変わらずお上手ですね」
「フィーネ様から伺っては居りましたが。これ程とは」

「午前の勉強会で新しい車を自作する線が没になってさ。外観イメージだけでも描こうと思って。まあ試作だから変更は色々な人に聞いて修正する。取り敢えず上の人と相談するのに図面が無いとね」
「はぁ、成程な。でもその流れるような形は再現出来んのかよ」
「ロロシュ財団の技術力を嘗めちゃいけないぜ。まんまは無理でも近い形は造れると信じます」

ペリーニャが白板を指差して。
「そちらは今から何を描くのですか?」
「思い浮かばなくて。それを考え中だった」

「では。一つお願いが」
「いいよ。何でも」
「私とロイド様が並んだ絵を」
「おぉ、欲しがりますねぇ。ロイドはいいの?」

「構いませんよ。複数人の絵ならどうやら可笑しな事にならない様ですし」
共同作業を見ながら了承してくれた。

手を繋いで並んだ姿を背景は曖昧で。サラサラっと。

大体5分で仕上がり完成。

「出来た」
「早過ぎだろ!」

どれどれと4人が描き手側に移動。

「はぁ~。出来てる。完璧に」
「数分前まで何も描かれていなかったのに…」
「前よりも更に早くなりましたね」
「実際の目で見ても…。文句が付けられません」

「だったら俺らも描いてくれよ。ちゃんと男が描けるのか試してやろうぜ」
「悪乗りはいけませんよ。今夜は迷宮へ潜るのですから」
「魔力は使ってるけど戻ってるから大丈夫さ。そんな事言ってアローマ、恥ずかしいんだろぉ」

「…図星です。粗が見えてしまいそうで」
「日焼け跡は補正するから任せなさい。ソプランの仕上がりは解らんけども」
「まあアローマが綺麗ならそれでいい」
「もう!そっちの方が恥ずかしいです」
「熱いですねぇ。さあさっさとそこに並んで」

ロイドペアと同じ場所に並んだ2人をサラサラ~。

「出来…た?何じゃこれ!?」
思わず筆を床に落とした。

「何だよ」

中央の2人はそのまま。背景は淡くボケて。2人の両サイドに見慣れぬ少年と少女が…。歳の頃は5、6歳。
見直すと若干ソプランの方が老けている気がする。

「はぁ!?」
「え?え?な…」

「未来…でしょうか」
「2人の?」

慌てて鑑定グラサンを掛けて見た。

画名:「10年後…の理想像」

「ビックリした。どうやら俺の妄想が添加したらしい」
「そりゃこっちの台詞だ!」
「心臓に悪いですよ、スターレン様。でも…」
「こうなったらいいね。3人目は10年目以降だったり」

「勝手に未来を作るな!まあ…悪い話ではないがな」

「怖い怖い。自分の才能が。迂闊に男女ペアの絵が描けやしない」
「別れる奴らは喧嘩してる風に描けたりしてな」


ワイワイ話をしていると。
「遅くなったー」
「のじゃー」
「「お邪魔致します」」
フィーネがレイルたち3人を連れて帰宿。

「お帰り~。一緒だったんだ」
「ただいま~。丁度玄関前で会って…何それ」
「油絵じゃの」
「お上手です…と言うレベルでは無いですよ!」
「料理も出来て絵画まで。僕は一生スターレン様に適いそうに有りません…」

驚く4人に各絵を説明。

「へぇ~。これがソプランさんとアローマの未来像かぁ」
「俺の妄想だからこうなるとは限らんよ。フッフッフッ」
「不吉な言葉を加えるんじゃねえ!」
「お止め下さい。幸せな未来ならそのままで」

それぞれの絵はペリーニャに。
「前の絵は…自室に一日飾っていたら弟に盗まれまして」
ちょっと泣いていた。
「「あらまぁ」」
「今度はバッグから絶対に出しません!」
頑張れお姉ちゃん。

受け取ったアローマは終始ニッコニコ。
「名前は何にしましょうか」
「気が早えよ。まあのんびり行こう」
熱い熱い。

共同作業を手に取ったフィーネは。
「悩ましいですねぇ。メルに渡すと騒がれそうだし。殺風景な自宅の書斎に飾ろうか」
「いいんじゃない。何時か絵画的な物を飾ろうと思ってたし」

ゲストの姉弟には釘を刺した。
「これは国の事業の一環だから口外は厳禁。漏れたら俺が上から怒られる」
「「承知しました!」」
「将来国中で走るかも知れない乗り物なんだけど。見たままの感想教えて」
ラメル君は。
「とても速そうです。そして力強さを感じます。済みません言葉足らずで」
「素直で良し」
メリリーは。
「何処にも無い全く新しい形ですね。流曲線が美しく大胆且つ魅力的。タイラントの未来が楽しみです。継ぎ目が無ければ尚良し、ですが流石に無理でしょうね」
「どうかなぁ。あんまし凝り過ぎると完成が遅くなりそう」

「色はピンクがええのぉ」
「ある程度色分けはする予定だけどピンクは…。まあ候補には入れとく。採用されるかは解らんけど」
「それなら乗っても良いぞ。不採用なら金じゃ」
「車両丸ごと盗まれちゃうよ」

不満意見は色だけか。素案のグレーも微妙っちゃ微妙。
もっと意見を集めよう。


油絵の品評会が終わり…。
「スターレン様!」
「何でしょうメリリーさん」
「レイル様の油絵をお願いしたいのですが」
「妾のかえ?」
「レイル様がお出掛け中でも寂しくないように。お嫌でなければ是非とも」
本人は微妙。
「そうじゃのぉ。一枚位ならええかの。前にも話したが東の変態共に付き纏われて逃げて来たのじゃ。余り所在を示す物は残したくない。あれ程の絵が人目に触れれば直ぐに噂も立つ。自室以外からは持ち出さぬと誓えるか?」

「誓います!」
「姉さん…」がっつく姉に引く弟。

レイルがこちらに目配せしている。俺も嫌な予感がする。

以前のレイルを描いてしまうのではないかと…。

「今日は集中力切れたから無理かな。明日か明後日に描いて袋付きで渡すよ。描いてる途中を覗かれるのは嫌だからレイルだけで来て」
「うむ。それが良いな」
「ご無理を言って済みません。直ぐに欲しいとかでは有りませんので。お時間が合う時に是非」

控え目に返しはしたが本心では今夜から眺め倒したかったんだと思う。でもあの絵だったら渡せない。




---------------

改良版トムヤムクンは明日出しますと本日の夕食は通常メニュー。

夕食後にソプランたちが姉弟とペリーニャをロンズに連れ戻った。

からの作戦会議。

「気持ち的に明日明後日の俺の勉強会が消えたから今日は止めてもいいかな、何て思いましたが折角ペリーニャをロンズに戻してしまったので予定通りに潜ります」

「今日の着替え私たちの自宅にしようよ。ミランダさんとカーネギさんには直接出入りするから気にしないでって伝えて来たから」
「んじゃ移動しますか」
他も異論は無い様で。

フロントで外泊を伝え町の外から自宅へ転移。


フィーネとレイルはドレスルーム。
ロイドはトレーニングルーム。
自分はリビングスペース。

着替えが一番早い俺がお風呂の湯張りを担当。しかし入れるのは二番だろう…。

先週のゴーレム戦で翼が砂塗れになった反省を生かし。水を虹玉の泉に初変更。沸かし直さなくても好みの温度に変えられるのは大変便利だ。

しかし何だろうこのウルトラマリンブルー感。性能面では色味の記載は無かった。特徴の無味無臭はその通り。一番風呂なんでちょっと舐めてみても味はせず。でも目に飛び込む真っ青。着色料を入れた純水?みたいな。

確か純水は飲んでしまうと口内、食道、胃の粘膜を剥がしちゃうんだっけ。

風呂水を飲む変態はここには居ないが注意事項として加えよう。

着替え終わりで入って来た3人とペッツに事情を説明。
「純水に近いっぽいから口に入ったら直ぐに吐き出して。手肌はいいけど内部の粘膜は荒れるから」
「色的にもそうだし。ちょっと初物は怖いね。入浴剤とか入れてみたら?」
「う~ん」

バス用の香料を一匙投入…。入れた瞬間は色が変わり香りも立ったが直ぐに消えて元に戻った。

「余計なもん入れるんじゃねーて感じ?」
「まあお試しだし。飲み込まないように気を付けますか」
「変じゃったら止めて抜けばええじゃろ」
「綺麗な物には棘も、有るのかも知れませんね」
「嫌な事言うねぇ。ロイド」

感想は入ってみてのお楽しみ。でスフィンスラーに風呂場から転移。


15層上の中間層からリスタート。着替えが無い分始動も早い。

最初は上の扉確認から。…閉じたままなのは変わらず。

下に降り。15層内は静寂に包まれていた。
「1週間だと再出現無しか」
「最上設定を突破したから最下層のボスを倒さないと出ないんじゃないかな」
「それ有り得るな。素材の大量ゲットは無理かぁ」
レアも出尽くしたなら。

続いて16層も誰も居なかった。
「フィーネの見解が正解っぽいね」
「残念」

いよいよ17層入口手前。
「上のゴーレム戦もギミック有りだったからこの先も注意して行こう」

入場すると証明が点灯するのは上と同じ。違うのは壁が天井まで…繋がっていた。

有翼の2人とクワンが翼を広げようとして、止めた。
「何じゃと…」
「嫌らしいですね」
「クワァ…」

入口は1カ所の巨大迷路。何故解ったかと言えば、入口から奥のT字分岐路の壁に⇔マークがデカデカと展示されていたからです。

「よ、よーし。私の出番ね」
ハンマー片手に屈伸ストレッチ。
「待てフィーネ。壁のぶち抜きは下の階に取って置いて。ここで使ったら対応されて次が困るぞ」
「そっかぁ。そうでした…」

「分散して自由が正解か。半々に分かれるか。それともこの擦り抜けの道具を使うか」

取り出したのは境界不足の肩当ての左右。片方はクワンジアで片方は一昨日にソプランたちがウィンザートで収集した物。片側5名で性能は同一。1人が両方着ければ許容人数は10名となる。筈

「外で実験してないから失敗時に俺以外全員壁に埋まるよな。ちょっと1人でどうなるか試すからちょーっとだけ待ってて」
「早うせい」
飛び出したくてウズウズしてる。

プッツンしたらフィーネのハンマーじゃなくても壁をぶち抜いて行きそうだ。


入口から右手の壁前で肩当てを2つ同時発動して体当たりしてみた。

すると通り抜けられず。モノリス状のブロックが飛び出て弾き返されてしまった。

防御体勢未達に尽き。受け身に失敗してゴロゴロと後ろに頭から転がった。格好悪す。

軽く目眩を覚えたがダメージは無し。
「この肩当て上位には使えないわ」
「実験。大事だね」

肩当てを仕舞い。
「あったま来たから自由解散!今日の報酬は特に無し!」

「行くぞよー」
「クワッ!」

飛び出したのはレイルとクワン。突き当たりでレイルが右でクワンが反対に飛び込んだ。

続いてフィーネとグーニャ。フィーネが左へ。グーニャが右へ。

最後尾から俺とロイド。ロイドはフィーネの後を。最後の自分は右へと突入。

それ程距離が離れた感覚は無かったが。各所の悲鳴が遠く聞こえる…。悲鳴?

疑問に思っていると入って直ぐの左壁が突然開き。前後の通路が塞がり。右壁からモノリスブロックが飛び出て左手の空間に放り込まれた。
「えぇ?」
変な声を上げたのはわたしです。

入った途端に壁は閉じ。着地した床には大きな↑マークがと認識した時には運搬されていました。

正解かは知らないがスリップ床とでも名付けよう。

正真正銘の動く床は現われたが前回居たガラドゴーレムの姿が丸で見えない。

動き続ける床に両膝を着いて天井を見上げるとそこにも↓マークが連なっていた。反対に見てるんだから当然か。


ずっと疑問だった。前変態勇者がどうしてここの再挑戦を避けたのか。何故証を自分で取りに行かなかったのか。

そう。これがスフィンスラーの2周目の姿だ。

1周目で。俺とフィーネとクワンで突破したラスボスまでの履歴が残ってる…。いやラスボスまで倒したからこそリニューアルされた。

全く別のダンジョン。2度と行きたくないと思える程の。

それに今更気付いても遅い。完全に迷宮とベルさんを嘗めていた。

地に着いた左手と両膝が床に吸い付いて離れない。個人スペックは無効。

移動床は移動速度を増し加速は止まらず。

行き着いた先に構えるは巨大なガラドゴーレムの姿。

見えた次には片足を持ち上げスタンプ体勢。その真下に運ばれる自分の身体。

ソラリマはもうバッグから消えている。クワンかフィーネが呼び出した後。

奴の属性は地と火。対抗するなら風と水、か氷。

煉獄剣を取り出し刀身を口に咥え。シザーズリングの風雷の最上位。下層のスリンゲルタから取れた氷の最上位魔石をスロットにセット。

自分でもこの組み合わせで何が起きるか解らない。解っているのは1発勝負。

右腕しか上がらない圧倒的不利な姿勢から全開魔力を注ぎ振り降ろされるゴーレムの足裏目掛けて煉獄を振り上げ合わせた。

最後の勝敗の決め手はやはり、勇者の証だった。

聖属性が上乗せされた青白い閃光が立ち上る。輝ける刃は容赦無くガラドの巨大な片足を貫き砕き割った。

ゴーレムが体勢を崩すと同時に床は停止し張り付いていた手と膝が離れ自由になった。

目の前で倒れたゴーレムの止めを刺したのは、右手から飛来したブチ切れレイル。

彼女の感情を具現化したようなドス黒い身の丈数倍の矛で腕を振り上げ反撃に転じたゴーレムの脇腹から胸を貫き斬った。

「んじゃこらぁぁぁーーー」そんな雌叫び。

倒されると周囲の壁は消え去り、ゴーレム自身も霧散して消えた。

「おーい皆無事ー?レイル以外」

地面に埋まっていたフィーネが半身を起こし。
「生き埋めってサイテー」

同じくソラリマを装備したまま埋まっていたクワンも飛び上がって一鳴き。

地表で転がっていたグーニャも。
「巨大化すれば良かったニャ~」後悔と反省の弁。

鎧と翼でシールドを展開していたロイドは畳みながら。
「下地の服がビリビリに破れました」

「無事で何よりー。レイルは怒り収まった?」
「翼が張り付いた時は階層毎消し飛ばそうかと思うたぞ」
「出来れば誰も居ないとこでやって」

「寸前で術が解けたからの」
間に合ったようで良かったです。

「さてさてガラドのドロップはと」

肩をクルクル回したレイルの足元に横たわるそれは。

マウデリン純100%の20kgインゴット。と地火最上位魔石が1つ。

「これ貰ってもいい?」
「金属は扱えぬ。好きにせい」
では有り難く頂戴。

その場に全員集まった所でさっき気付いた事を話した。

フィーネが青ざめる。
「じゃあ…。下の壁ぶち抜けないってこと?」
「対策されてたら俺の予測が確定しちゃう」

「じゃとすると。一層からやり直そうと武具を温存しようと人数を変えようとも。各層は最高難度になるのかえ」
「そう言うことになる。俺とフィーネとクワンが迷宮内部に居る限り。それか証を手にした俺だけかも」

「適度な難易度で証を一度手にした者の魂に迷宮自体を固定化。ベルエイガもよくぞ考えましたね」
冷静な分析有り難う。

「でもそれぞれ最高装備で入っちゃってるから。今更スタンが抜けても変わらない。か少し下がる程度」

「まあ途中からってのも猾だし。文句は言えないよ。で、次行くか帰るか。行ってみたい人!」
手足や翼を全員が振り上げた。
「最低でも壁を確認しないと帰れないよ」
「じゃな」

時計を見ると午前2時過ぎ。時差を引くと向こうの20時前辺り。

19時過ぎに出たから大体合ってるか。



18層。前回は氷の壁が行く手を阻んでいた。静止して。

しかし今回は何と。
「これ、検証の意味無くない?」

無数の大型アイスブロックが全域所狭しと、縦横無尽に前後左右、天地上下。良く打つからないなと感心してしまう程に高速移動を繰り返していた。

「これが他人事だったらどんなに幸せだったでしょう」
「他人事みたいに言わないで。取り敢えず接近してフルスイングしたらどうなるか、試してみるわ」

気合いは充分。叩けるもんなら叩いて見やがれと言わんばかりのブロック群。

越えられない壁は無い。でも壊せない壁は有るのかも知れない。

勢い良く走り出し。足場を踏み締めハンマーを振りかぶった瞬間。その足場の床氷が奥にスライドして後ろに転がり後頭部を強打。

負けじと直ぐ様起き上がり、構え直した次の瞬間床が手前にスライド。今度は前のめりに転んだ。

珍しく半泣きで嫁さんが戻って来た。
「お家帰りたい…。グズン」
「大丈夫大丈夫。後は俺たちでやるからここで休んでな」
「うん」

ヨシヨシして慰め。

「クワン。ソラリマを一旦解除。炎の魔石を2つ入れ直す。グーニャ。クワンが飛び立った後で地上から巨大化して火を吹き捲れ」
「クワッ!」
「ハイニャン!」

2者が飛んで走り出した後。

「レイル。さっきの今日何発打てる?」
「さっきの半分一発が限度じゃな。プレドラを抑え付けておる分が足りんくなる」
「じゃあ今日はお休み。ロイド。爆炎準備。先端が開いたら一気に奥の氷核を叩き割れ。もし足りなかったら俺が追撃する」
「承知。私も一回が限度です。これは効率が悪過ぎる」

爆炎に魔力注ぎ始めたロイドの後ろで煉獄…。ペインジットに切り替えスロットに炎魔石をセット。

クワンが上部を突き破ろうとした時。周囲のブロックが束になって包み押し潰そうと歪な球体と化し。地表の足場諸共グーニャが焼き払うと後段のブロックが前面に被り火を押し返した。

上段と下段に大まかに分かれ。中央の空間に僅かな隙間が出来上がった。ロイドが飛び込むにはまだ狭い。

「フィーネ、蝋燭。ここで使い潰していいなら貸してくれ」
「使って。最後になるなら盛大に」

遠慮無く受け取り魔力を解放側へ注入。ロイドよりも先に走り、グーニャが溶かした水溜りに踏み込んだ。

「グーニャ。頭下げろ!」

蝋燭を持つ手が熱い!頭が下がると同時に中間部の隙間に蝋燭を遠投。

隙間を塞ごうとする氷に邪魔され弾かれたがロープで強引に捻じ込んだ。

間を置かずにブロックの隙間と言う隙間から火柱が溢れ噴出。

投入した辺りの氷が溶け、充分な隙間が開いた。

そこへロイドがドリルロールで飛び込み、最奥の氷壁を爆炎連なる一閃。

金平糖のような淡白い核は見えている。しかしロイドの一撃でも壁は薄く削れ皹割れただけ。

ロイドの離脱後、下からの拭き上げ熱で結合が崩れた球体をクワンが内側から突き破り氷壁を縦に追撃。

十字に皹が走り、氷壁の表層が崩れ砕け散った。

壁が2枚。だが、届く!

「グーニャ!背中借りるぞ!」
「ハイニャ!」

グーニャの背中を駆け上がり炎と氷の海へと飛び込んだ。

熱で動きが鈍くなった氷上を走り抜け、氷壁に接近。

氷壁前の地表から尖った氷が突き立った。

落ち着いて左手の煉獄で逆氷柱を薙ぎ、反動を利用して前転。右手のペインジットを氷壁に叩き入れた。

中の氷核が2つに割れた時。俺たちの勝利は決まった。


全ての氷が溶け切り。18層全体が蒸気に包まれた。

靄が晴れ、視界が戻ると。後に残ったのは半分になってしまった氷蝋。核の付近に新品の蝋燭。氷魔石。氷壁の欠片が形として残っていた。

ドロップ全てを回収。鑑定は後で纏めて。

「フィーネさん。お願いが」
「なーに?」

「お風呂みんなで一緒に入らない?てか待ってる間に風邪引きそう」
「しょ…うがないわね。カルとレイルが嫌じゃないなら」
「私は構いませんよ。水着なら」
「妾も構わぬぞ。面白い物も見れたしの。水着じゃが」
「絶対断ると思ったのに…。みんな水着でね」

水着でも混浴は混浴。今日は良い日だ。




---------------

迷宮探索者全員で自宅風呂に浸かりながら和気藹々。

「おー。染みるわぁ」
「気持ち良いね。日焼けにも霜焼けにも効きそう。水着が邪魔だけど」
「外せば良いじゃろ」
「嫌よ1人だけ裸なんて」
「ク、クワァ~」
「生き返りますニャン」

フィーネは白と青のストライプビキニ。ロイドは白地に銀刺繍入りのワンピ。レイルは白地のピンクレース付きビキニ。自分は標準的なグレーの短パンタイプ。

目福とはこの事です。

「のぉスターレン。お主は何手先まで読んだのじゃ」
「読んだってよりは予想を重ねただけだよ。最後の最後で何か有る。自分がベルさんならこうするんじゃないか。
ロイドで駄目なら俺。俺の前後にクワンが来てくれる筈。
それでも駄目ならレイルの一撃。クワンの鉤爪で止めはフィーネの槍投げとか。全部没なら撤収して後日って感じ」

「休めと言うとった気がするがの」
「言わなくてもレイルなら手を出しただろ。別に命令なんてしてないし。様子見て突っ込んでってお願いだから」
「ほぉ。良い線を突いておるのぉ」

「他人の思考までは読めないさ。所でレイルやロイドの魔力ってどうやって補うの?」

「妾の場合は食事じゃな。人間の血を吸うても魔力にはならん。寿命をちょっぴり頂くだけじゃ。これ以上寿命は要らんから最近は吸うて居らん。魔物の血は人間の男よりも不味い」
だからグルメさんなのか。

「私は睡眠の方が比重が高いですね。最悪装備を預けて上に帰る方法も有るには有りますが。結局具現化するのに消費するので何方かに留まった方が効率的です」
睡眠は誰にでも平等と。

「ふーん。今更だけどフィーネはどっちなの?」
「ホントに今更。でもどっちだろ。里に居た頃よりもスタンと暮らす内に人間っぽくなってる気がする。まあ結局、魔力云々よりも食べなくて餓死。睡眠不足でも病死。何も変わらないでしょ」
「そりゃそっか。じゃ、先上がってドリンクでも作るよ。俺はコーラ。他のリクエストは?」
「私も同じでいいよ」
「クワッ」
「檸檬を付けて、だそうですニャ。我輩はレモネードがいいですニャ~」
「妾はトマトジュースのワイン割。比率は任すぞ」
「私はウィスキーの水割りを濃い目で」
注文多いな…。
「へーい。喜んで~」


冷蔵庫から氷とセラーから赤ワインとウィスキーを。トマトと檸檬はバッグの在庫から。コーラは作り置きに炭酸を加えてと…。

それぞれのドリンクをダイニングに並べてナッツをお摘まみに添えた。

あぁミキサー欲しい…。部品をヤンに注文してトライしてみようかな。

トマトが一番手間なんだよなぁ。皮剥いてカットした物をストックしてあるから潰すだけなんだけど。


3人とペッツが風呂から上がって来た。

バスローブに頭はターバン巻き。可笑しいな。水着の方が露出度高いのに髪をアップにして出る項とか、ローブの胸の谷間とか、裾から覗く生足とか!の方が男心を擽るのは何故なのか。

永遠のテーマだ。

「俺らはここだけど。レイルはホテル戻る?」
「一々戻るのは面倒じゃ。泊めよ」

「じゃあ3つ目の寝室で。これ飲んだらさっさと寝るわ。まあまあ疲れたから」
「だねぇ。私今日良いとこ無しだったけど。17層では蛙みたいに埋まってただけだし…」
「良い勉強になったよ。常にスペックだけでごり押しなんて出来ないよってさ」
「はぁ…、全く。で、次は何時行く?」

「次は万全で臨みたいから明日は各自のんびり。明後日は送迎と打ち合わせが有るから俺は駄目。3日後は最近溜り捲りの収集品の鑑定を片付ける。だから早くて4日後から来週末までの何処かで」
「ふむぅ。来週は一番送迎人数が多いからねぇ。4日後が妥当かな。2人はそれで良い?」
「私は何時でも」
「妾も基本暇じゃからのぉ。合わせてやるぞい」

「決まりだな。あ、そうそうフィーネさん」
「何かな何かなスタンさん」
「温泉郷の名称考えたんだけど。オリオン、てのはどう?」

「オリオン…。もしかして地図上の配置?」
「正解」
「あーそっちかぁ。何も出なかったら砂時計のアワーグラスなんて考えてた。時を忘れてごゆっくり、みたいな」
おぉそっちもいいな。
「どっちがいいかなぁ。どうせロロシュ氏に相談しても俺が決めろって言うし」

ロイドは多分向こうを覗いた時に見てる気がする。全く知らないのはレイル。
「オリオン、とは何じゃ?」
「異界の神話に出て来る海神の息子の名前。海の神子なのに地上の狩人、て言う一風変わった英雄。こっちとは違って英雄に纏わる伝承も大半が他人が味付けした創作だからどれがホントかは解んない」
「何処の世界もそう変わらんと思うがのぉ。人間は人間を英雄にしたがる物じゃて」

かもねぇと地図を取り出してご説明。
「タイラント国内の町を線で繋いでくと。向こうの星々の中のオリオン星座に形が似てるなかって」
「向こうの世界はねぇ。空の空気が汚くて。一際明るい星々しか見えないの。それらの並びや配置を一括りにして星座として名付けるのよ。その1つがオリオン座」

「空の星を繋いで名前を?辺鄙な奴らじゃのぉ」
満天無数の星が輝くこちらの世界じゃ考えられない。
「こっちだと月とか大きな星の輝きを辿って海の上で現在地や進んでる方向探るでしょ。それを纏めて人々に覚え易くしたのが星座の主な目的。大昔の偉い学者が勝手に付けたから謂われは謎」

「オリオンでいいんじゃない?タイラントで言う水竜様の子孫が人間に生まれ変わって1つの町を造りました。とかとか物語ぽくて素敵だわ。アワーグラスは宿名にでも使えば良いしね」
「海に面したこの国で。造る町は水源の都。おぉ悪くないな。フィーネがいいならそれで行こう」
「決まり♡さ、歯磨きして寝ましょ」

「グーニャは妾をマッサージじゃ。満足させねば毛色を金色に変えてしまうぞよ」
止めたげて~。
「が、頑張りますニャ!」

「ではクワンティ。今夜は一緒に寝ましょうか」
「クワッ!」

迷宮での反省を胸に。それぞれの夜を迎えた。




---------------

自称名画「共同作業」を額縁に入れて書斎に飾って朝食を済ませ。一番早く開く雑貨屋で絵の具を買付。レイルを連れてエリュランテに戻って来ました。

本日は休養。さっさと宿題を減らして嫁さんとらで食べ歩きをしたい。

さあ頑張りましょう。

レイルを椅子に座らせ初期対策としてグーニャを膝の上に乗せてみた。

「何が出来ても怒るなよ」
「物に因る」
怖いです。大切な皆のスウィートルームが吹き飛ぶかも知れません。金で済むなら弁償します。

金なら有る!良しやろう。

……

「で…き…御免なさい!!」
速攻で画板をバッグに叩き入れて両手で顔を覆った。
「良いから見せよ」
「嫌です」

「見せよと言うに!」
胸倉を掴み上げられ脅された。
「見せればいいじゃないの。そんなに変だった?」
「逆に興味が湧いてしまいますよ」

震えながら提出した完成画板には。前シュライツのお姿。
立派な犬歯と鮮やかピンクの両翼。そして…全裸…
「ぬぅぁにぃを描いておるのじゃぁぁ!!」
木っ端に引き裂かれて1つの作品はこの世から消えた。

「あれは無いわぁ。引くわぁ。別れはしないけど引くわぁ」
「変態の仲間入りをしたいのですか?」
つ、冷たい!

「俺だって好きで描いた訳じゃ。いやレイルの事は大好きでも違うから。異性の友人として。尊敬する人生の先輩さんとして好きなのであって。何ら疚しい気持ちは無いんだ。そこだけは信じて」

「そ、そうかえ。ならばゆる…さんぞ!」
騙せませんでした。

「でもなぁ。変な妄想は遮断して描いた積もりだったのになぁ…。レイルって座りながら。こうされると嫌だなとか強く考えてなかった?」
「…考えて、おったかも」
「多分それだよ」

彼女が大好きな苺のバスケットをグーニャの代わりに膝に乗せてみた。
「取り敢えず。終わったら苺が食べられる。その事だけを頭に描いてて」
「解ったのじゃ」
ご機嫌は直った。

機嫌が良い内にサラサラと。

……

「出来…ん?出来た、のかな」

苺を咥え。口端からピンクの滴が流れ落ちる。実に官能的な作品に仕上がった。

「何じゃろ。妾の心が抉られる様じゃ」
「生々しいね」
「善く善く言って。無邪気」

「男目線で見ると、唯々エロい。でも鑑賞するのがメリリーだけなら」
「飾られとうないわ!」

「そんな怒るなって。路線は掴んだ。次はそれを1粒食べてちょっと満足した時の表情を描いてみよう」

……

「出来た。さっきよりは断然良い、と思う」

「むぅ。悪くは、ない。ないのじゃが」
頬をピンク色に染める。絵の中のレイル。
「まぁね。最初に比べたらね」
「誰かに恋する乙女、と言う印象です」

「メリリーの事を思い浮かべてたって言ってあげれば通じるし。本人も喜ぶんじゃないか?」
「そうじゃのぉ…」

「良し終わり。これを陰干ししてる間に各自好きな所へ。夕食はここのロビー集合で。俺はちょっと何人まで提供出来るかコンシェルジュに聞いて相談する」
「相談って?」

「もし30人以上行けるならラウンジ借りてゼノン隊も呼ぼうかなって。こないだのウィンザートでペリーニャと隊員がちょっとだけ拗れてさ。仲を取り持つじゃないけど。
美味しい物食べて。難しい事は忘れましょうって出来たらいいなと」
「私が離れた後ですか?」
「そうそう。詳しくは本人に…。てフィーネとロイドになら本心を打ち明けてくれるんじゃないかな。男で部外者の俺が解るのは表面だけだし」
「そんな重大イベントが有ったなんて」

「悪い話ではないよ。只、本人の希望をゼノンたちが受け入れられない。でもゼノン隊の理解が得られないと実現は厳しい。そんな感じ」
「ならやってあげたいね。こっちに居る内に」
「お人好しですね。それが本人の負担に成るとは考えないのですか」

「単なる食事会だってば。それ以上は踏み込まないよ。
俺だって無償奉仕するんじゃない。将来のオリオンはアッテンハイムからも多くの客を呼べる。その為の友好関係で先行投資って訳だ」
「打算的ぃ~。スタンらしいね」
「その体なら。後腐れは無いですか」

「小狡いのぉ。人間の政治や宗教は理解出来ぬが」
「これでも一応、国を代表する外交官の1人なんで」




---------------

官能作品「乙女の口吻」はレイルの影に吸収された。
憖完成度が高いから本人も破りたくなかったらしい。

さて置き。コンシェルと料理長に相談した結果。
35人前までなら用意が可能だとラウンジ含めて了解が得られた。

直ぐにペリーニャに同行しているアローマに連絡してアッテンハイム組を夕食全員ご招待を取り付けた。

ペリーニャ自身もスープに関しては気になっていたそうでとても喜んでいたと。

ロンズへの連絡はエリュランテ側から回して済み。

続いてデート中だったシュルツに声を掛け、ピレリも一緒にどうぞと誘うと。
「行かせて頂きます!良いですよね?ピレリ様」
「様はお止め下さいお嬢様。それは願っても無い。お邪魔させて頂きます」
年上だけあってピレリの対応にも男らしく余裕が出て来たのは大変結構。

ピレリだけを引き剥がして。
「シュルツが可愛いからって成人前に押し倒すなよ。後3年の辛抱だぞ」
「何の心配ですか!が…我慢が出来なくなったら海岸でも走り回ります」
「冗談だよ。兎に角シュルツ泣かしたら俺たちが許さないからな。それだけ覚えとけ」
「存じて居りますとも。お話の大半はお二人の事ですから」
「まあキスまでは許す。但し大蒜は控えろ。前に馬鹿王子がやらかしてトラウマになった事がある」
「本当ですか!?胸と頭に刻みます。態々それを伝えに呼ばれたのですか?」
「知らないかと思って心配だった。応援してるから頑張れってこと」
「あ、有り難き幸せです!この命に替えてでも!」
「それは重いから止めろ」
「はい…」

「何をヒソヒソと話されているのですか?お時間が無いのですから…」
「あーごめん。ちょっと成人向けの飲酒店の話を少し。今終わった」
「飲酒店?ですか」
「然様で」ナイス、ピレリ。

「温泉郷でも何処でも。お酒が飲めるバー的な店を置かないと男の金持ちが単独で来ないんだよ」
「あぁ…、その手のお話はまだ私には解りませんね。王都のエドワンドの様なお店に、ピレリ様を連れて行かれるのでしょうか」
何故それを知っている…。末恐ろしや。
「何時か時間が合えば。女性は偏見持ってる人が多いけど王都内のお店は健全な優良店しか無いから心配要らないさ。その時は俺も付いてるし」
「是非、お供させて頂きます」

「私もお酒が飲める様に成ったら行ってみたいです。健全であれば問題無いですよね?」
「まあね。社会勉強にもなる…かどうかは微妙だけど。フィーネも一緒にな」
「それなら許します」
何をでしょう。

邪魔したな!と2人&護衛たちと別れ、フィーネとロイドたちに合流。

「ごめん遅くなった。ピレリとも話し込んでて」
「待ちくたびれたわよ。私を外すなんて怪しいぃ」
「俺だって偶には男同士で話したい時位有りますぅ」
「まぁいいわ。それよりどのお店行く?」
「揚げ物でもいいなら前にシュルツに教えて貰った麦飯天丼食べに行かない?」

「良いですねぇ。カルは?」
「私は全てが初めてですので何処でも」
「今更ごめんだけど。嫌いな物有る?」
「いいえ。魔物肉以外なら何でも」

長閑だったのは本日前半までのお話。やはり夕食会の後半戦に波乱は待っていた。

それはアッテンハイムの行く末を分ける分岐点。
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