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第92話 アッテンハイム外務04

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首都到着4日目は特に何事も無く過ぎた。

残りブラッズイアの捕虜も移動を開始し、ツイエラ間の再建工事も始まった。

空は今にも泣き出しそうだったが第三師団の面々と模擬戦をして時間をやり繰り。

第一と第二は北ルートの町に出払っていて首都の邸館を守護しているのは略第三のみ。双方怪我をしないよう模造の武具で演習。

それにしてもゼノンさんの攻撃は凄まじかった。

前後左右からロープで攻めても全てに対応して打ち込んで来る。途中からお互い白熱し過ぎて副団長のリーゼルさんとソプランに割って入られるまで模造剣が砕けても打ち合ってしまった。

攻撃の流れ、身の熟し、実戦経験値。全てが俺の上。

恥ずかしくも装備頼みであるのを露呈してしまった。

「団長!のめり込み過ぎです」
「お前は殺し合いでもしてんのか!」

「済まん…。流石ですね、スターレン様」
「いえいえ。ゼノンさんも素晴らしい動きでした。手合わせ有り難う御座いました」

「こちらこそ」

固い握手で終えた。

フィーネはリーゼルさんを軽く遇い転がして。
ソプランの補正はブーツだけだと言うのに師団の5人を相手に二刀流で圧倒した。
アローマはエプロン着用の反則的な動きで翻弄。最終的に相手は10人を超えていた。

俺だけ格好悪い…。

消化不良のフィーネが集団戦を繰り広げる中。離れた場所で弓の練習に励んだ。

午前はソプランに。
「下手糞」
と罵られながら。

午後は師団の弓熟練者に。
「弓は素人ですな。同じ人間として安心しました」
と言われながら教わった。

もっと練習が必要だ。
理想とする流鏑馬打ちが出来る日が来るのだろうか。

移動しながら打てる訓練にも入っていないが。



程良く疲れた風呂上がりの夕食会。
出されたのは出汁の利いた肉饅頭と紅茶プリン。

ペリーニャが目を輝かせて。
「どうでしょうか」

「想像以上だよ。プリンも早速改良して来るとは」
「さっぱりして美味しい」

「良かったです。料理長も喜びます」

グリエル様が。
「持て成す積もりが逆に教わってばかりとは少々情けないが…プリンは良い。疲れた身体と心に染みる様だ」

「冷蔵庫があればもっと色々出来ますよ」
「西には教えたくないですが」

「冷蔵庫は物自体が無いからどうしようもないが。蒸し料理は直ぐに信者を伝って広まるだろう。信仰と同じでそれは止め様は無い」

「食は生命の源ですからね」
「余計な一言でした」

女神教を抜けた身としては何を言う権利も無い。元からこれの案で稼ぐ積もりも無いのだから笑って流そう。




---------------

翌日の会議直前に、ピエールからのお便りが届いた。

内容は予想通りにご立腹の様子。

「捕虜を取りイリヤンドを撃破した事。
それ自体は不問とする。

中立だとの主張は貴殿の顔を立て聞いてやろう。

スターレン夫婦両名を貴国させず、こちらに差し出せ。

拒否すれば前回の書の通りの対応を取る」

こっちの都合はガン無視です。

「偉そうですね。ピエールは昔からこうなのですか?」

「…いや。三国が同盟を結んでから人が変わった様に横柄になった。以前は教義に従順な義理堅い男だったのに」

「本性を現わしたにしては教団の首長で在らせられるグリエル様に対して不遜で横暴が過ぎます。新興派の誰かに踊らされていると見るべきかも知れません。

私の事は無関係だと再度強く進言して頂き、これ以上はタイラントへ問い合わせろと付け加えて下さい。

先日の代案は如何でしょうか」

「客人を無関係と主張するのは心が痛むが。

代案の書類は出来ている。そちらにヘルメン王の署名が欲しい。

諸外国への密告書はこちらだけで配布する」

「解りました。その様に我が王にも伝えて参ります。
あちらとの確認を取りますので、その間にご準備の程を」

「うむ」


シュルツに確認すると既に特別会議室で待機中との事。
昨夕に連絡はしたが動いてくれてたんだな。

ヘルメンに返信内容を伝え、スピーカーで遣り取りした後に書類を持って飛んだ。

「行って来る」
「こっちの回線開いてね」


特別会議室にはシュルツと主要メンバーが揃っていた。

入口に降り立ち跪く。

「只今一時帰国致しました」

「来たか。座って宝具を繋げ」

書類を提出してスマホをフィーネに繋いだ。

「…概ね先日の打ち合わせ通りの内容だな。これは後に署名しよう。
スターレン。代案以外は受け付けぬと拒絶しろ」

「賜りました」

国印付きの証文取出しスラスラと。

俺はタイラントの人間じゃボケ。なに他国巻き込んどんじゃワレ。怒突き回すぞコラ。

1年後に正式な召還状をタイラントに寄越せや!
ビビってんじゃねえぞゴラァ!!

と言う内容を柔らかく書いた。

「他国の客賓を他国から引き渡せなどと宣う頭の可笑しな連中です。こんな物で充分かと」

「これでは少し文言が厳し過ぎはせんか」

「小国だからと嘗め腐っている節が在り在りと窺えます。
お優しいグリエル様のお言葉と対比させ、アッテンハイムや女神教とは相容れぬ人物であるとしてピエールの目線をタイラントへ向けさせる為にも。これ位は堂々と言うべきだと考えます」

「…致し方なしか。何か異議は有るか」

出席者に確認しても特に無し。

連名で署名を貰い、代案書と同封する事で決議した。


アッテンハイムに引き返し、再度シュルツのスマホに繋ぎ直した。

内容確認と共に2国間で協議し、代案書と異議の申し立て書は明日の夕刻に送り、密告書を今日中に発送する事で決着した。


通信を終えて。

「損な役回りばかり押し付ける」

「元はと言えば私共の不手際が招いた事です。グリエル様が胸を痛める必要は有りません」
「変な輩に絡まれるのは慣れて居ります」

「…何とも言い様が無いな」

「明日の発送を見届け、明後日の朝に帰国致します。
表向きグリエル様との悪化させる行為を働いて出て行きましょう」

「今度は何をするのだ」

「首都に到着する残りの無抵抗な捕虜に暴行を加えます」

「…は?」場が騒然。

ペリーニャに読まれて笑われてしまった。

「スターレン様。順序良く説明して下さらないと」

「言葉足らずで申し訳ありません。
実際は重傷者の傷の手当てをカメノス商団製の高級な薬品で施し、捕虜に私がとても乱暴な男だったと伝えて貰います」
「190名の証人にバラバラの事を報告させ、情報と人物像の錯綜を狙います」

「グリエル様は手に負えなかったから手放したと言う姿勢を貫いて頂きたいです」
「これは嘘ではなく真っ当な情報操作ですのでご協力をお願い致します」

「また突拍子もない情報操作だな」

モーツァレラ外務卿が汗を拭う。
「全くお二人の底が見えませぬな。勉強になります」

「敵を欺くには先ず味方からとよく有る話です」
「私の乱暴さ加減は充分に伝わる筈ですので」

フィーネの一言で場が弛緩した所で解散となった。



提供部屋に戻り、シュルツにサンクスメールを入れて相談タイム。

今日からまた雨が降り出した。

「明日までやる事無いっす」

「聖騎士の屋内訓練所でも借りるか」
「それかまた雨の中で散策へ出掛けるかですね」

「ねえスタン。午後から私だけ水没行ってもいい?前回からまた1週間位経つしさ」

「奥にはまだ行かないって約束出来るならいいよ」
「う~ん」

「何だ水没にはまだ先があんのか」
「出来れば危険な事はお止め頂きたいのですが。責めて帰国後にでは駄目なのですか?」

天然ダンジョンには有り得ない人工物の扉。気になるが心配の方が先に立つ。

フィーネが最下層奥で見た扉を説明してくれた。

「そりゃ怪しすぎだろ。どう考えてもスターレンが正論だ」
「解ってますぅ。今日はクリップと復活頻度探るだけにするから。ね、お願い」

「解った。俺はここで待ってるから転移の練習も兼ねて」

「クワァ?」行かないの?と言いたげな目だ。

「送り届けるまでだな。2人共居なくなったら不自然だしクワンジアからの使者が現われたら対応しないと」

クワンがスマホに向い。
「それならあちらの監視をしています」

「心強いわ。ありがとクワンティ」
「クワッ」

「タイラントも雨期に突入しただろうから雨具の点検も忘れないようにしないとな。クワン。おやつは何がいい?」

「焼き芋と鰹節と滋養酒入りの檸檬水がいいです」

「おー焼き芋もこれで最後かぁ。どっかで作らんとな。芋は山程あるし」
「クワァ」

「クワンティと一緒に帰って来るにはどうしたらいいかな。
スタン何時もロープ使ってるけど」
「クワンの首輪に触れながら飛べばいいと思うよ。もし失敗しても迎えに行けばいいし」

「ふむふむ。今日は2層までだから時間ありそうだし…
風の魔石試して来るよ」

一番大きな魔石を渡して。
「宜しく。俺は部屋で読書してるから、ソプランは訓練所でも覗いて上手い事言っといて。それか2人で買い物して来てもいいしさ」

「従者が主を置いて外出は出来ません。私もこちらで読書をします」

「なら俺は訓練所の視察行くわ」

午後の予定も決まった頃には丁度昼食。



ペリーニャと俺たちだけの昼食会。

何時ものように従者と護衛付きなので詳しくは話せないが彼女には筒抜けである。

「私も自由に旅をしてみたいです」

「何時か出来るさ。世界が平和を望むなら」
「欲深い人間が、の間違いかもよ」

細く笑い返すだけに留めてくれた。
「その様な日が来る事を祈り、私も努力します」

「ペリーニャは一番最初に何がしてみたい?」

逡巡してこう言った。
「そうですね…。水着で海を泳いでみたいです。水竜様がお怒りでないのなら」

これには従者の皆さんが咽せていた。

「海水浴を楽しんだ位で水竜様は怒らないよ」
「女神様と同じで御心が広いんだから」

海は誰の物でもないからさ。

「はい」



昼休憩を挟み、準備万端のフィーネとクワンを送り届けて部屋でアローマとお茶をした。

ソプランはお茶を飲み干し早々に訓練施設に向かった。

ご当地植物図鑑と栽培図鑑を開きながら。
「2人切りになるのは…久し振りだな」
全く無かった訳ではない。

「クワンティまで居ないのは初めてかも知れませんね」
大人向けの小説を読みながら、少し照れ臭そうにした。

大変良い雰囲気だが。ここでキスでもしようものなら死亡確定。止めておこう。

する積もりなんて無いからな!


本に目を戻して読んでいるとノック音。

瞬間後ろに広げた受け入れシートに目を遣ったが。
「ペリーニャです」

ホッと一安心。

人払いをして入室した彼女は腕に小さな厚紙の破片と木枠のフレームを抱えていた。

「難解なパズルをお持ちしました。フィーネ様が居ない間に間違いが起きてはいけませんので」

「何もしませんて。信用無いなぁ」
「助かりました。ご冗談でも主に押し倒されたらお断り出来ませんので内心ドキドキしておりました」

マ・ジ・か…。

「アローマも。誤解を招く発言は止めて」
「それこそ冗談ですとも」

時々大人出すの止めて欲しい。

大テーブルの上を片し、ペリーニャが持ち込んでくれたジグソーパズルは…。

「これって北側の景色のパズル?」

「はい。基本的に青空と茶色と緑色しか有りません。とても難しくて手を付けていませんでした」

凡そ3000ピースのジクソー。

テーブルを挟んで3方に分かれて作業を始めた。

「ペリーニャのスキルなら1発じゃないの?」
「使ってしまったら面白くありませんもの」

仰る通り。

アローマは黙々と最初に手にしたピースの相方を探し回っている。

「パズルが売ってるなら明日雑貨屋行ってみるかな」
「もっと難解な物も有りますよ」

「どんな?」
「青い海と青い空の単色系五千ピースとか」

「「…」」

制作者のほくそ笑む顔が目に浮かぶようだ。

改めて考えてみると、自分の趣味ってなんだっけ?料理や日課以外に何かあったかな。

難解なパズルは趣味を見直す時間を与えてくれた。




---------------

奥地に勝手に突入なんてお約束はやりません。

早々に蛸からクリップを1つゲットして退散。

金角は出ず、水の魔石が山盛り堪って使い切れない。

階層主産の大きな魔石…ふと思い付きでこれにリバイブをしたらどうなるのかと言う疑問が浮かんだ。

今日は魔力を殆ど使っていない。

最大の物を3つを並べてリバイブを掛けてみた。

すると1.5倍の大きさに成り青色の濃さが深くなった。
双眼鏡で覗いても水の大魔石としか出ない。

スタンが張ってくれたテントの中でクワンを抱きながら身体を拭いて思考中。
「どう思う?ソラリマ」

『魔石の合成か。確かにそれは上位の魔石。他の物を寄せ集めれば更に上に行くかも知れない。但し最上位にするとなると魔力消費も桁違いだ。枯渇に気を付けろ』

まだこれは最上ではないんだ。

小粒を寄せ集めてリバイブを掛け続け、都度自己の残存魔力を確認した。

約2割を消費した。

帰りの分を4割残せば大丈夫だから…。
「風と水の大魔石を合成してみる」
『異種合成にどれだけ消費するか不明だが』

クワンティが心配そうな目で見詰めて来た。
「帰れなかったらスタン呼んで」
「クワッ」

何事も挑戦。枯渇しても死ぬ訳じゃない。

双眼鏡で周囲の確認。特に問題無し。


一番綺麗な青色の大魔石とビッグベア産の魔石を重ね両手を添えた。

ビシッと硝子が割れたような亀裂音が走った。

青と緑色の合成だったのに、出来上がったのは深緑。
暴風の魔石…。

「…成功、みたいね」だがしかし。
魔力は5割を消費してしまった。

ブレスレットからのバックで250を回復。これで何とか自力で帰れる。

「…これ、スタンに怒られるかな」
相談無しで勝手にやってしまった事を。
クワンティがウンウン頷いた。

「取り敢えず内緒で。ソラリマが試してる間に回復してみる」

手段は少ない。今持っている物の中で魔力まで回復してくれそうな物は…サーペントの生血。

ソラリマを解除して暴風の魔石を鞘の上に置いた。

『行き成りこんな貴重品でやらずとも…』
「作り方は解ったんだから。また作ればいいわ」

『期待が過ぎるぞ。やってはみるが』

魔力を消失させた手前、今日は強く言えない。

細かい振動を始めたソラリマを横目に、自分用に分けられた生血を解毒剤に流し込んで飲み干した。

気休めのエナジードリンクに味が寄った。
しかしこれは魔力を1500回復してくれた。気休めじゃない本物として。

前回飲んだ時は消費してない状態で摂取した為か、情熱的な性欲が爆発したが今はそれが無い。

「道具は使い用ね。これで問題無く自力で帰れる」
「クワァ」クワンティもホッと胸を撫でた。


一方ソラリマは。
上に置いた暴風が粉々に崩れ、柄を伝い刀身へと流れ込んでいた。

真の意味でお取り込み中。変に声は掛けずに帰り支度を始めた。


『終わった』

魔石が跡形も無く消えた時にソラリマが答えた。
双眼鏡で覗いて見ても性能自体に変化は無い。

「変化、無さそうだね」
『効果の真偽は解らん。後はスターレンに使って貰え。
聖者なら何か見えるかも知れんな』

実際使うのは私たちで威力も不明では試し打ちも出来ないなら態々ペリーニャちゃんに確認させる迄じゃないと。

「まあいいわ。ソラリマの遣りたかった事も出来たみたいだし。成功って事で」

念の為にソラリマを収納し、最後にお香とテントを片付けて飛んだ。



事前に打ち合わせした通りの場所に飛べた。

かなり上達したとスタンに褒めて貰おうと抱き着こうとしたらアローマさん以外にも先客が。
「あら、ペリーニャちゃん来てたんだ」

「お邪魔して居ります」

大テーブルの上では…複雑なジクソーが展開中。

「ジクソーパズル?」
「ペリーニャが持って来てくれたんだ」
「丁度良い暇潰しに成りますね」

ペリーニャちゃんが空かさずの提案。
「フィーネ様。お風呂に為さいますか?」

「ペリーニャちゃんが居るならお言葉に甘えようかな」

スタンに目隠し用の壁を催促して着替え、何時もみたくアローマさんを誘ってクワンティを小脇に抱えた。

これにペリーニャちゃんも便乗。
「私もご一緒しても?」

「「「え?」」」
「クワ?」

「一緒でもいいならいいけど…」
「偶にの我が儘を押し通します」

スタンと2人切りにする訳にも行かないか。
先程のお痛を喋られても困るし。

期待一杯の目で頷いている。




---------------

女子組が入浴中に、返却されたソラリマを手に取った。

「特に変化は無いな」
『実際使ってみてではないと真偽は解らんな』

「どっかで試し打ちしたいなぁ」

『と言われてもな。どれ程の威力が出力されるのかも解らぬのでは…空に打ち上げてみるとかしか』

最大出力で咬ましてみたい欲求に駆られてしまうが…正しい雨期に雲を散らしてしまってはいけない。

「最大だと危なそうだし、チラッと最小で空に打ってみる。
女子が戻って来たら南の無人島にでも飛ぶよ」

『好きにすればいい』


飲むかどうかは解らないが、何時ものホットワインを小鍋で沸かしながらパズルの続きに勤しむ。

3人で3時間以上掛けたにも関わらず。まだ全体の3割も出来て無い。嵌るとスッキリ、合わなくてイライラを繰り返す時間。悪くはないが読書に戻ろう。

栽培図鑑で山葵をタイラントでも栽培したい!

自家製では難しい。綺麗な清流、源流地帯が望ましく、程良い陽当たりと涼しい高原。

タイラント内で探すとなると、場所は限られる。
マッサラの北の山。北東の大山脈から途切れた小山だ。

初めて魔人と戦った場所の更に北側。

自分も含め多くの者に取っては良い思い出は無い場所。
あの渓谷も遺体を川へ流したり、放置したりで荒れているだろう。それも綺麗にしなければ…。



夕食後に夫婦とクワンでゆっくりと。
「気になる?」
「…正直見てみたいな」
「クワァ」
ソラリマの成長の程を確かめたいかどうか。

「ウィンザートの南の無人島に行こうか。何が起きても迷惑掛からなさそうだし」
「いいわね」
「クワッ」

天候が悪かったり、上手く扱えなかったら中止して直ぐ戻る約束で飛んだ。


天候良し。夜空は薄曇り。星は僅かに見える。

2人とクワンだけで飛び、島に人が居ないのをフィーネが確認。

「誰も居ない。居るのは動物だけよ」

親指を立ててソラリマを装備。

最大値を見切る為にゼブラにて。

ベアの最小空刃をイメージしながら真西の空を見上げ、ソラリマを標準長で下段に構えた。

刀身から滲み出る灰色の霧。
その霧が濃く成り静電気の火花が飛び始めた。

ソラリマを真上に振り上げ刀身から切り離す。

電撃を帯びた円弧の霧が高速で打ち上がり、頭上の雲を貫いた。

「出た!どんな感じ?」
「消費は200ね」

「刀身長くして振った時と同じか」

続いて即射。5連射。刀身を長くしてからの射出。
分厚目な濃い霧。

色々試したが何れも変わらず200消費。
振り上げの速度で射出速度も比例。

「いいねぇ。何かプラズマ起きてるけど」
「気の所為よ。代わって」

「あいよ。3発限定な」
フィーネは回復しないからな。

霧のイメージは見たまま。多少手子摺ったが何とか思い通りに打てた様子で満足そうな笑顔。

初ゼブラのクワンも空を舞い、高速旋回中に反転した勢いで打ち放っていた。


3者で似たような空へ放った所為か、割と大きな雷雲を発生させてしまった…。


素知らぬ振りして戻った。

「いい感じだったな。消費も回数限定すれば微々たるもんだしさ」

「雨雲発生させちゃったし…。
あれは水没では使えないなぁ。自分も感電しそう」

「使い処はムズいね。敵が孤立した状態じゃないと気軽には使えない。当てた時の威力も調べないと」

「課題が一杯ね。でも何だか楽しい」

「ソラリマも成長したし。
他には何か出来そうだったりする?」

『どうだろう。他の魔石を吸収すると上書きされそうな予感がする。貴重な魔石の浪費だと思うが』

「折角の空刃が無くなるのは嫌だな。敵の属性とかで入替えられたら一番いいけど」

「欲張りよ」
「クワッ」

3者の言う通り欲を掻いては失敗の元だ。
過信や慢心は何時か大きな失敗に繋がる。

放った空刃で他の誰かを切ってしまうとか。

この新たな力も威力の検証以外は暫く封印する方向性で決議した。

しかしあの場所は使える。態々闘技場を借りる必要が無くなるのはいい。


落着いて寝ようとした時にクワンが。
「明日一日非番なら。北の空を回って来てもいいですか」
と尋ねて来た。

クワンの自発性も成長中。

「おぉ。俺たちの代わりに見て来てくれるのか」
「だったら今日出たクリップはクワンティのパックに付けよっか」

問答無用で取り付け完了。

「明日の朝は調理場借りてお弁当作ろう」
「クワッ!」



充実した夜を迎えた俺たちは知らなかった。

あの小さな雨雲が、中央から南東大陸へ向かう数羽の哀れな鳩を粉々に葬ってしまっていた事を。
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