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第60話 マッハリアへの回帰

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日課のトレーニングを終え、出発前の最後の風呂後。

朝食を運んでくれたアローマに、緊急避難的に戻る可能性があるので2週間後からの自宅常駐を依頼した。

「入浴中だろうが、おトイレ中だろうが構わず飛び込んで来て下さい!」

大変心強いお返事を頂いた。

きっとソプランが現われるので心配は…していない。
してないぞ!だって俺たちの自宅だもの!

清掃は必ずして欲しい。


カメノス邸で薬類を豊富に頂き、総本堂で出発の挨拶を済ませた。

そして馬車の停留所へ向かう。

そこにはノイツェとライラとニーダの姿。

「馬車は用意した。適当な我楽多と藁を詰めてある。
外装は標準。車輪と車軸と補強だけは金を掛けている。
馬は脚力と持久力に優れた品種の二頭立て。
我々が用意出来るのはここまでと」

ライラが2枚の通行証を渡してくれた。
「今回は国印は無しです。以前ノイツェから渡された物でも通れます。状況を見て使って下さい」

ニーダがモジモジしながらフィーネの前に立った。
「私からは何もお渡しする物はありませんが。
最後に、ハグを…」

「いいわよ。今生のお別れみたいで気が引けるけど」

熱い抱擁を交していたので。

「なら俺からライラに、お別れのちゅ」

ご本人から前蹴りされました。

「今、何か言おうとしました?」
「な、何でもないよ…」



2人で御者台に乗り、手綱を握った。

クワン入りのケージは荷室。準備は万端。
心残り無し!

3人に手を振り出発。

「いよいよね。浮気者のスタンさん」
「だから挨拶だってば。未遂だったし」

顔をがっしりと掴まれ、濃厚なキスを頂いた。

「私だけで我慢して」
「了解です。さて、前を向いて走らせますか」


緊張は無いと言えば嘘になる。
でも。フィーネが隣に居てくれるなら、何も恐れる物は無い。これぞ勇気だ。



王都北門手前には。
メメットとゴンザとトームとムルシュが道端に立っていた。

特に言葉は交わさず、目線を合わせ手だけを振る。
そんな短い邂逅。

北門も止められず、そのままスルー。

数人の兵士たちが直立で、
胸に手を添えてこちらを見ていた。

会釈だけを返して王都を出た。


自分は外嚢をスッポリ被り、フィーネはマントのフードを深くした。


ラッハマまでの行程で二泊は途中の宿場で過ごした。

「あの馬凄いな。無理させなくても全然早い」
「体調も良いみたいだし。
乗り捨てちゃうのは勿体ないね」

「このペースなら問題ないかな。何かが起きてもこっからじゃ解らないし。マッハリアに入ったら何回か単独で飛んでみるよ」
「うん」



タイラント国内は安心安全。旅は順調な滑り出し。

ラッハマに入り、商業ギルドで宿屋を紹介して貰い、中級の宿屋に泊まった。

フィーネにクリアして貰って、お風呂は無し。
共同風呂は…今更…。住民の皆様ごめんなさい。

クリア後に軽い食事を食堂で取り、部屋に戻った後。
フィーネから質問が飛んで来た。

「そう言えば。オーク狩りはやらなくて良かったの?
私が、勇者を倒すって言ったから?」

「それもある。
でも最大の理由は収穫時期と外れていたから。
俺の我が儘で討伐しちゃいけないんだ。

あの話でフィーネがやれる自信が無いって言ってたら、強引にでも狩ってた」

「…ごめん。それ、詳しく聞いても?」

「勿論。行く行くは説明しようと思ってたし。

魔物や魔獣が生まれる要素として欠かせないのが魔素。
前に魔素溜りの近くで魔物を討伐し過ぎるとキングやゴッズが湧いて出るって話したでしょ」

「アッテンハイムで初めて聞いた、あれね」

「その逆も然りなんだ。

長い年月と世代を繰り返させながら、少しずつ魔物を削って行くと、魔素溜りも自然に浄化されて行くのさ。

だからオークは国が管理して、冒険者ギルドには討伐依頼を出していない。

セルダさんの子供たちを助けた時は、偶々収穫時期と被っていたから討伐出来た」

「世代を越える数量調整…か」

「今後はカメノスさんのとこの麻酔薬で安全に狩れるようになるから。調整も楽になるだろうね」

「魔素が消えると魔物ってどうなるの?」

「オークなら普通の猪に戻って行く。
今のクワンティたち鳩と同じように」
「クワァ?」

「鳩も元々魔物だったの?」

「遠い先祖。文献が正しければ。
大怪鳥ガルーダが祖先って言われてる。

知能がとても高くて、獰猛な魔物だったらしい。

それを人間が少しずつ魔素から切り離して、世代を重ねて今現在の鳩の形になったって読んだ」

「へぇ。クワンティの祖先さんも頭が良かったのね」
「クワッ」

誇らしげなクワンを見つつ。

「もう一つ。魔素溜り自体を消す方法として。
中和を促す魔道具を使うか。魔物を倒すと同時に浄化出来てしまう初代聖剣を使うかの方法」

「初代聖剣にはその機能があるの?」

「恐らく。だからベルエイガさんは俺に聖剣を取りに行けって話したんだ。

きっと同じ機能を持つ魔道具は、作成するのが難しいんだと思ってる」

「あー段々と繋がってきた。だから大全集も必ず取りに行けって言ったのかぁ」

「多分。後、西の大陸を攻略する上で、どうしても必要になる物が」

「南東の大陸に在るんだ」

「全部繋がったでしょ」

「うん。やっと思考が追い付いて来た。
…あの接見の時。スタンの行動が可笑しかったって言っていたのは?」

「あぁ…。あれねぇ…。
フィーネ、怒らずに聞いて欲しい。
これ聞いたら、絶対怒ると思うけど」

「私が、怒るような話なの?」


それから2人に。アザゼル時代に、生まれた瞬間一番最初に何をやってしまって、最後はどうしようとしたのかを丁寧に話した…。

ロイドが女神様の力を借りて食い止めた所まで。

「「………」」

2人に強く打たれました。
(翼で叩いてはいけません!)

そしてフィーネは泣いてしまった。

「…フィーネと出会う前の事なんですけど…」

「それでも絶対に許さない。
安易に自殺を考えるだなんて!」

激オコフィーネの隣でクワンは呆れ果ていた。

「今はそんな事微塵も考えてないから。大丈夫だって」

「当たり前よ!ますます離れられないわ…」

「じゃあ。今日も一緒に寝てくれる?」

フィーネは無言でベッドに潜り込んで来た。
俺の罪も1つずつ浄化されて行く気がした。


ロイドちゃん。
スタプの時にもう一回やっちまった事は永久に内緒でお願い致します。
「仕方がありませんね。この流れで話してしまうと、
フィーネさんに殺されてしまいそうなので…」

封印しましょう。




---------------

翌朝も仲良く美味しい朝食を2人と1羽で食べ。

市場で出荷偽装用の衣類や野菜や果物を購入して馬車の荷台に収めた。

人参と藁はお馬のご飯。

馬にも名前を付けようか考えたが、愛着が湧いてしまうとお別れが辛いと言う事で中止した。



それから3日目に国境越え。

検問は通常の通行証を使用した。

商業ギルドで発行され、タイラントが許可した物。
行商人としての許可証だ。


何かあるならここから先。

手綱を持つ手が震えていたのか。
「安心して。私とクワンティが付いてるから」
「あぁ…ごめん。ありがと」


情けない男では居られない。
当初はこれを1人でやると決めていたんだ。
今更怖じ気づいてどうする。

よしと気合いを入れ直し、使うは索敵。

現状で大体半径2km程度の人影捕捉。

真っ赤に染まった敵影は無し。



マッハリア国内に入り、最初の宿場で1泊。

ロイドちゃん。索敵ってどれ位まで引き上げられそう?
「約9割増しです。それ以上に上げると魔力消耗が激しくなり、次の行動に影響が出てしまいます。
幾らロープを装備していても、微細なタイムラグは発生しますので」

即時回復されるも。瞬間的にはラグがあるんだな。

解った。ラザーリア到着までにもう少し頑張ってみる。
ロイドちゃんは、8割に抑えて精度を上げて欲しい。
もしかしたら阻害されてるかも知れないから。
「了解しました」


隣ではフィーネがソラリマを展開していた。

乳白色の螺旋が武装の上から巻き付いて、顎先まで覆っている。

チョーカーマスクは螺旋の上。格の違い?

「違和感は…無いわね。
それと最初は光らなくていいわ。
目の前の敵を狩りに行くのに。ここに居ますアピールしても意味が無いから」

『了解だ』

自然発光が消えて、元のソリッド乳白色へ落着いた。

「それと。刀身部はどれ位まで収められる?」

『手の甲辺りまでなら』

「ふむ。私がしたい動きに同期は?」

『それは装備者の意志に連動するので問題は無い。但し刀身部は元々の長さは超えられないので注意して欲しい』

フィーネが何も無い空間に右腕を差し出し念を込めた途端に、収まっていた先端が前に突き出した。

「大体百六十位ね。解ったわ。もど」
「あ、ソラリマ。今って鞘の方はどうなってるの?」

『装備状態では鞘も同一化されている。剣とは反対の腕に小盾として具現化も可能だが。それは動きを阻害するだけで意味が在るとは思えぬが。もし使いたければイメージすれば良い』

「フィーネやれる?」

「小さい盾のイメージね…。こうかしら」

左手の手首から正円の盾が飛び出した。

「うーん。微妙ね。私には合わないかも」

「神速の弓矢が飛んできた時に使えるかなと思ったけど。
ちょっと微妙かあぁ」

「回避した方が早い気もするね」
「クワァ」

「ごめん、邪魔した。俺はもういいよ」

「じゃあ戻って」


返答無しで瞬時に消え、俺の収納袋に戻った。
随分と素直になったもんだ。


テーブル席で3人で水を飲む…。

「お茶の葉を買い忘れました」
「ツンゲナで忘れず買いましょう」
「クワッ」




---------------

タイラント国防相参謀長ノイツェ・バートハイトは、王城内大広間に設営された指令台へと上がった。

そこに集められた兵士たち約千人を前に。

「国防参謀のノイツェだ。

集められた君たちなら、もう既に察しているだろう。

先日。
救国の英雄スターレン夫妻がマッハリアへと旅立った。

君たちはその英雄に大恩ありき者たちだ。

君たちはその恩を返したいか!」

沸き上がる歓声。誰しも拒絶の声は無い。

「良い。しかし戦うのではない。

英雄はマッハリア国内で内戦を起こす。

その余波で。多くの難民が流入して来る可能性が高い。

その者の中には。嘗て君たちに辛酸を舐めさせた、
大罪人クインザが使っていた呪いの魔道具よりも、
高度な物を使われ従属された者も含まれると予測する。

君たちには。難民たちを保護する上で、その選別に協力して貰いたい。

反意在る者は居るか!」

反意を示す者は誰も居ない。

「良し。その難民の鑑定は私が直々に行う。

君たちの使命は。その難民たちを一人残らず留める事。

それが例え、子供や乳児であってもだ。

異論はあるか!」

異論を述べる者は誰も居ない。

「良し!場所はラッハマの北側に陣を張る。

そこへ分散して向かって貰いたい。

難民流入予測までには時間的余裕は在る。
慌てては北の国に気取られてしまう。

冷静な行動を求める。

これはヘルメン王陛下からの勅命でもある。

国を守り、英雄が帰るべきこの場所を守れ!

忠義を貫き、大義を示せ!!

以上だ」

割れんばかりの歓声。

やっと恩を返せる。自分たちが英雄に何かを返せる。
その喜びに打ち震えていた。



壇上から降りると、部下のライラとニーダが差し水を持って立っていた。

「ノイツェ様。お水です」

「有り難う、ニーダ君」

「あのお二人なら…。流出が起きる前に…」

「その先を言葉にするな。ライラ。
何事も予防は大切だろう。国防としてもな」

「そう…ですね。閉口します」




---------------

1泊した宿場から3日目でツンゲナへ到着。

中級の宿を取り、衣服以外の積荷を売り捌いた。

この宿では2泊する。
頑張ってくれた馬をしっかり休ませる為。

初日の夜。

手紙を書いた。

「拝啓。シュルツちゃんへ。

元気で過ごしていると信じます。

今頃。何も言わずに出発してしまった俺たちを怒っていると思いますが。

万一シュルツちゃんに引き留められたら、出発の決意が揺らぎそうで怖かったから黙って出ました。

許して下さい。

必ず帰る事を誓い、この手紙をその約束に代えます。

それではまた。

~とある行商人の夫婦より~」


手紙を閉じて封をした。
「これは明日。商業ギルド経由で送るからクワンティはお休みです」

「クワッ」

「今日は遅いからいいけど。明日は何をするの?」

「手紙を送ったら、お馬の餌と食料品を買い込み。
昼過ぎに1回向こうに飛んで…。後は特にないな」

「…こんな時に言ってはいけないって解ってる…」

「デートしよっか。俺たちの出会いの町だし。
どの道滞在するんだから散策ぐらい許してくれるさ」

「うん。ありがとう、スタン。愛してる」

「先言われちゃったな。愛してる、フィーネ」


クワンは部屋の片隅で寝に入った。

今日も温かい、幸せな夜。




---------------

シュルツは今朝方届いた手紙を、北へ旅立った二人の家のリビングで開いていた。

何時ものように冗談めいてはいない優しい手紙。

アローマにお茶を淹れて貰い、一緒に読んだ。

二人が帰って来るまで泣かないと決めていたのに。
涙が勝手に溢れ出す。

「失礼します。お嬢様」
アローマの胸に包まれると、もう止まらなかった。

対面に座るソプランが嘯く。
「泣くなよシュルツ。それじゃもう帰って来ないみたいじゃねえか。必ず帰るって書いてあんだろ?」

「…う…うぅ…」

「こりゃ暫くダメだな」
「駄目…みたいですね」




---------------

ツンゲナから本街道を北上中。

フィーネからの質問。

「どうして本街道って呼ばれてて王都まで最短なのに、利用するキャラバンが少ないの?」

「先々月と先月と。マッハリア特使の一団と、弟を連れたタイラント王国騎士団が通ったでしょ」

「うん」

「ならば安全になって野盗なんか出ないだろうと。油断して俺たちみたいな少人数で使おうとする人も出て来る。
逆にそこを野盗が狙う事もあるから。
護衛に自信が無いとこは警戒してるんだよ」

「あ、ホントだ。左手からなんか来る」

「見えてる。ちょっと試したいから手出ししないでね」

ロープを左に座るフィーネの後ろから回し、先端を弓の弦のように撓らせ、バザーで買った鉛弾を設置。

弓矢が数本飛んで来たので、それをフィーネが掴み取ってる間に弾を射出した。

3匹の赤い点が爆散。

酷い有様だろうから確認はしない。

「スリングはヒレッツとケッペラにあげちゃったから。一度試してみたかったんだ」

「そのロープって万能だねぇ。どんどん私の仕事が無くなっちゃうな」

フィーネが矢を路上に捨てて手を払っていた。

「いい買い物したね。フィーネとクワンには今後で一杯活躍して貰うから心配要らないさ」

「頑張ります!」
「クワッ!」



ツンゲナから北へ。本街道沿いの宿場で1泊目。

お茶を淹れて作戦会議。

「俺が見付けた地下施設への入口は3つ。
東西1つずつと北西に1つ。南側は王城の正門が在るから流石にそこには出入り口を作らんと思う」

「王都ではその三つを探りに行くのね」

「地下に薬が渡ったら、夜に動きがある筈だからそれが目安になる。
そこで俺たちの標的から一番近い扉から突入する予定」

「何か…。見殺しにするみたいで嫌だね」

「連れて行かれても直ぐにどうこうはされないよ。薬はあれっぽっちだけだから。使いたくても使えない。
そもそもあいつの目的は違うから」

「うん。それを信じよう」


「父上率いる抵抗勢力の隠れ家が、王城から南部と東部と北東部に何カ所か在るから。そこから地下を探る」

「標的が西側に居ない事を祈るばかりだわ」
「ホントそれ」
「クワァァ」


「あんまり先の話をするのもどうかと思うけど。
標的を撃破後の最初の仕事は。施設内の確認よりも先に地上や城への連絡路の破壊が優先」

「増援を呼ばせないようにか…。
暴走してる暇なんて無いわね。責任重大」
「クワッ!」

「そこで一つ注意点があります」

「何でしょう」

「地上への通風口や換気口は破壊しないこと」

「私たちも人質も窒息しちゃうんだ…」


「最悪俺たちは逃げられる。けど人質はそうは行かない。
風が通る場所が必ずあるから。解り辛い時は、少しお香を焚いてみる」

「あの店で買ったお香ね。買ったのに使わないから不思議に思ってた。それ用だったんだ。
凄いね。本気のスタンは」

「お褒めに預かり光栄です。8年近く練りに練ってきたからね。地下施設をこの手でぶっ潰す方法を」

「…さてと。食事にして…早めに寝ましょ」

「あぁ。明日も早いしな」

真っ赤なお顔のフィーネを抱き締めた。



後3日もすれば、父が治めるラザーリア南東部の領に到着する。

反撃の決戦はそこから。

暫しの間だけそれを忘れる。

もう取り繕い様もない。
自分一人ではここまで来れなかった。

多くの仲間。多くの導き。
愛するフィーネと、クワンティ。

何れ一つ欠けてもいけなかった。

だからこそ。俺たちは絶対に負けない。
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