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第36話 魔剣の筺
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妻のフィーネ。
本名、フィルアネーゼ・グラリーズの御父上は。
普段はグランとだけ名乗っていたらしい。
魔族には家名の風習が無いのだと思う。
フィーネの母、エウリカも、その他の村人も家名は持たなかった。
捜し物は、比較的簡単に見付かった。
バザーで買った片眼鏡に、捜索補助が付いていたから。
フィーネが暮らしていた家族の家の底。
そこはグランさんが勉強部屋に使っていた部屋の下側に当たる場所。
他の家も探せば地下蔵を持っているかも知れないが、俺は盗掘しに来たんじゃない。
グランさんの遺品だけでいい。
フィーネは地上で、家族の遺品を探し、俺は1人で丁寧に地面を掘った。
数十cm掘り下げた所で、スコップの先端が硬い物を捉えた。
土を除け、取り出した長方形の石棺。
鑑定防止があるのか、冷たい箱に触れても何も浮かばなかった。
重量はそこそこ。自分のステが上昇中な為、不鮮明。
箱の長さは約2m。幅は約60、奥辺30。
これで間違い無い。
地上を見上げると、
丁度フィーネも遺品整理を終えていた。
「お母さんと自分の服が数点。後は…」
「何も言わなくていい」
そう優しく声を掛け、長い箱を見せた。
死人になら何でもしていいのかよ、暗部。屑め。
箱は一旦収納し、2人で家の前に膝を着いた。
深く祈りを捧げる。
立ち上がったフィーネは、親友のカルレが住んでいた家へ向かった。
直ぐ隣の家。
フィーネはそこでは何にも触れず、祈りを捧げるのみ。
俺も隣で祈った。どうか安らかにと。
どうしたいかを、フィーネに尋ねると。
「早く、離れたい…。昨日の、あの場所へ」
「解った」
箱を開けるのも、首都も全部後回しでいい。
今は彼女の気持ちが最優先。
山まで戻り、テントと湯の準備を済ませると。
「スタン…。今日は、私の我が儘聞いて、欲しいな」
抱き着いて、見上げる潤んだ瞳。
俺は静かに頷いた。
そのまま一夜を過ごした、翌朝。
テントの中で無象に散らかった衣服と装備品の中で目覚めた。
「ありがとう、スタン。もう、大丈夫」
「礼なんて要らないさ。どうする?直ぐに帰る?」
「早く、シュルツに会いたいな。あの子ね。
小さな頃の、カルレに良く似てるの。いけないと思いつつ心の何処かで重ねていたの」
「何も悪くはないさ。力一杯は抱き締めちゃ駄目だぞ」
「フフッ。解ってるわよ」
「さ、飯食って。ピラリス行くか」
「首都は行かなくていいの?」
アッテンハイムの首都:エル・ペリニャート
崇高なる女神様って堂々としてやがる。
「教団の表側を名乗ってるけど。そこには幹部と、強い聖騎士たちも居る。
確かに、メルフィスさんは気になるけど、無理してまで行く必要はない。
俺も行けば、女神様が見守ってる前でめちゃめちゃに教会ぶっ壊したくなるから」
メルフィスさんが、公爵ムートン卿の長女さん。
首都の商業ギルドで働いていていると言う。
「そうね。私も、今行けば何するか解らない。
…女神様も見守っているの?」
「ちょいちょい見てるってさ。俺が、暗部だけを潰せるかどうかを。打倒フレゼリカを見守ってくれてるらしい」
「そっか。あんまり恥ずかしい事出来ないね」
「もう手遅れだけどな」
フィーネの顔が真っ赤になった。
「…恥ずかしいよ、もう…」
開けるのを躊躇った箱は、アッテンハイムでは開けず、
パージェントの闘技場を借りて開けようと、2人で相談して決めた。
朝食を食べ終わり、暫くイチャイチャした後、ピラリスへ向けて出発した。
「スタン。どうして、ピラリスには寄るの?」
「今度は馬車に乗らないと、出られないかもってね」
「あ、そうだった…」
「絶対、人助けはしない!」
「そうだそうだ!…これも、フラグってやつ?」
「…かも知れない」
「もう嫌だよ。面倒事は」
力無く笑い合い、クワンを抱えて帰路を急いだ。
最短の全力疾走。
ピラリスに続く街道には、夕方に出た。
様子を伺いながら、人の波に乗った。
程なく見えてきた白い町。ピラリス。
昼まであれば真っ白だったに違いない。
薄く茜に染まった外観は、何処か懐かしい郷愁を覚える。
どこだっけ?学校?
タイラントの町や王都に比べ、圧倒的に商人たちの行き交いは少ないが、全く物がないと言う訳でもなく。
露店の活気は在り、意外に町人の表情は明るかった。
「一面白い建物だと、番地解り辛そう」
「ホントだね」
チラチラ見える、厳つい大きな教会は全スルー。
「宿探して、時間あったら。念の為、ギルド行ってみるか。一応こっちに来てるかもだし」
「気は進まないけど…。一応、ね」
と、宿を探し始めたものの…。
「満室です」
「一杯です」
「ご予約がないとちょっと今は…」
「(誰かの紹介がないと)一見様はお断りしております」
「水竜教?…あんた!塩撒いちまいな!」
挫折した。
「5件回って、全滅て…」
「特に最後の。何あれ、感じ悪い。あー、あの店無性に壊したい」
「お止めなさい。罪無き人が潰れます」
「冗談よ。でもどうする?山にも戻れないし、人目に付くとこでテント張るのも嫌だし」
それは確かに。ホントどうすっかな。
「一縷の望みを掛けて。商業ギルドで紹介して貰うか」
「そうしよー」
メルフィスさんは置いて。ギルドでは宿の斡旋などもしてくれます。
商業ギルドに到着。
聞いてた通り、暇そうに人気は少ない。
受付に、丁度夜の部に交代しようとしていたお姉さんが、入口に背を向けて引き継ぎをしている所だった。
振り返ったお姉さんは…、何処かメルシャン様に。
「似てる…」
呟いたのはフィーネ。
「あ、いらっしゃいませ。どうされました?」
お姉さんが座り直し、業務を続行してくれるらしい。
「俺たち、パージェントからの旅行者なんですが。先程到着したら、宿が何処も一杯で困っているんです」
「そうでしたか。今、国内の警戒が上がっていまして。宿も余り素性の明るくない旅行者を受け入れない傾向にありますからね…。失礼ですが、お名前を頂戴しても」
「商人のスターレンと」
「妻のフィーネです」
「!?今…スターレン様と、フィーネ様と仰いました?」
俺はギルドカード。
フィーネは水竜教の登録証を見せた。
「確かに。…私、メルフィスと申します。あの…、父とはお会いに?」
「やっぱり。どっかメルシャン様と似てるなと思いましたよ。ムートン卿とは晩餐会と先日、お話しました。
困った事が在ったら、貴女を訪ねろと」
「良かった。ここで出会えたのも運命を感じます」
大袈裟だ。
「卿からは、メルフィスさんは首都で働いていると伺っていましたが。どうしてこちらに」
メルフィスさんは、周囲に人が居ないのを確認し。
「余り大きな声では言えませんが、今現在の首都は少々焦臭くなっておりまして。家族、夫だけですが。一緒にこちらへ避難して来たのです。直ぐにでもタイラントへ行けるこの町へ」
嫌だな。これ絶対聞いたらあかんやつだ。
フィーネも袖を引っ張る。
「あ!用事を思い出した!済みません。宿はいいです。
徹夜で町の外で星を眺めて過ごします。俺ら若いんで一晩寝ないでも大丈夫。では!」
フィーネの手を取り、速攻退散。
「ちょ!?少々、少々お待ちを!」
何とメルフィスさんは、カウンターを乗り越えて追い縋って来た。
「駄目です。助けて欲しいのに、面倒事を押し付けられるのはこりごりなんです!帰ったら、お父さんに言いつけますよ」
「構いません!どうか。どうかお願いします。お話だけでも聞いて下さい!宿とは言わず、当方の家に招待…。
もう直ぐに交代ですので!御馳走しますので!
どうか、我が夫の話だけでも!」
銅貨が多いよ。何この必死さ。
「おぉ…」
フィーネは額を押さえて天井を仰いだ。
「クゥゥ」
小脇のクワンも同じ天井を見ていた。
「あーもう!聞くだけですよ。まだ!何も引き受けてませんからね!」
「あ、有り難う御座います!直ぐに。直ぐに交代して参ります」
メルフィスさんはカウンター後ろの扉に駆け込んで行ってしまった。
「これ、絶対…」
「口にしちゃダメ!」
閉口します。
メルフィンさんの案内で御自宅(借家)に招待された。
いったい何の話やら。
時間も時間なので、露店で惣菜を買い込み。
ダイニングで抓みながら、メルフィスさんの旦那さんを待った。
「お話は旦那さんから聞きますが、その旦那さんのご身分は?元公爵家の御令嬢を娶られる方って。
まさか、女神教の幹部だったりします?だとしたら、今直ぐ出て行きます」
「ご、ご心配なく。彼も水竜教に改信しました。幹部でもありません。普通の冒険者ギルド職員です。今は」
「今は?」
「改信して。首都の支部長から一般に降格を…」
「ギルドと教会って切り離されてませんでした?どうしてそんな事が罷り通るんでしょうね」
「ここが、普通の国であれば。良かったのですが…」
そもそもなんでハイムを選んだのさ。
聞きたい事は山積みだが。取り敢えず旦那待ち。
隣の席では無表情で、クワンティに惣菜を分けるフィーネの姿が…。
「ごめんな。聞くだけだからさ」
「別に怒ってないし。メルシャン様のお姉さんだから、我慢してるだけだし!」
もう怒ってるよね。
「本当に。申し訳ありません…」
旦那さんは、それから30分後程に帰宅した。
「只今…。メル、そちらの方々は?」
「こちらの方々が、昨日話した。あなたの嘘や交渉術で勝てるお相手じゃない方です。全てを、隠さずお話を」
バッチリ聞こえてるんですけど。
旦那さんの顔が少し青くなる。
「これは。申し遅れました。ピラリスの冒険者ギルド職員のモンドリア・グレイスと申します。
お二人の事は、ムートン卿から伺っております。
大変に、お強いと」
あの野郎。俺を嵌めやがったな。
たった今、持ち上げた株が大暴落した。
「最悪…」
隣で悪態を俺の代わりに吐いてくれた。
「話聞く前から、段々話見えて来ましたけど。まずは手を洗ってきてから。はしたないですが、食べながら話しましょうか」
「ええ。是非に」
着席したモンドリアと遅めの夕食再開。
一通り、買ってきた惣菜を消化。
口直しに、ノイちゃんから貰ったワインを2人の目の前で開け、自分とフィーネだけに注いだ。
元貴族令嬢に喧嘩売ってやった形だ。
一瞬それにメルフィンが反応を見せたが、何も言わずに黙した。
「まぁ、面倒なんで。こちらから聞きます。
魔物の氾濫が起きたんですね。それは何処ですか」
「こ、ここから西に進んだ。プイエーラと言う町の、南の山の麓です」
「では次。この国の聖騎士軍は何やってるんですか?」
「先日のパージェントで行われた、晩餐会を決起に。
実力部隊が、東から戻らない状況です。
首都の戦力が著しく落ちてしまい。地方まで対処出来ない状態です」
「クソッ!フレゼリカめ。やりやがったな。
もう先手を打ち込みやがった!あー腹立つ」
あの女。負けっ放しは嫌だと見える。
まぁ仕方ない。予想の範疇だ。
握り潰しそうな拳の上に、フィーネがそっと手を重ねてくれた。それで幾分落着いた。
「取り乱して済みません。それは、俺にも非が在ります。
聖騎士軍が首都を離れられない状況は解りました。
では次に。その氾濫の引き金を引いたのは」
「首都所属の、冒険者ギルド員の一部です。
討伐対象はクルーガー。狼種の末端でした。
経験不足からの抜駆けで。簡単に倒せると、調子に乗ったんだと思われます。
思われると言ったのは、首謀者と思われる隊が壊滅して戻らなかった為です」
「モンドリアさんの降格は、その責任を取らされた。
で、間違いないですか」
「はい。表向きはその通りです。
その内状は、妻からも聞いたかも知れませんが。
水竜教に鞍替えした、私の排除だと」
話が繋がってきた。
「ムートンは、俺に。こちらへ来る序でに、氾濫を鎮めさせろと言ったんですか?メルフィンさん」
「…そこまで朱ら様ではないですが。手紙の遣り取りでは一度相談してみろと」
相談ねぇ。良い躱し方だな。
「ギルドの討伐隊は」
「…タイラントへの流出が止まらず。中級以上の冒険者は静観中。…不甲斐ない」
「静観?目の前で、氾濫が起きてるのに?」
「申し訳ありません」
「謝って欲しくて聞いてるんじゃないです。
クルーガーの頭は何が出ました?キングですか?
エンペラーですか?
…まさか…ゴッズじゃないでしょうね」
「ち、違います。流石にそれが出たら国も黙ってません!
キングです。
冒険者だけでも総掛かりでやれば対処できる筈なのに。誰も、一般に戻った私の言葉を聞く者は…」
良かった…。ギリギリセーフだ。
「フィーネにはまだ話してなかったけど。
氾濫で発現する頭には格が在る。王級のキング。
皇帝級のエンペラー。
そして低確率で出る神級のゴッズ。
別名神話級。太古の昔からちらちら現われてるんだ」
「…解った。先に進めて」
「そのクルーガーの情報が欲しい。属性は」
次のモンドリアの一言で、ムートン株はV字回復した。
「…氷です」
「よし!乗った!フィーネ、明日さくっと討伐して、さっさとこんな国とおさらばしよう」
「…あ!氷ね。それはやらなくちゃ!」
フィーネのご機嫌もV字回復した。
「「いったい…何が」」
戸惑う2人を前に、俺たちは大はしゃぎ。
これで冷蔵庫の開発が進むぞーーー。
「あ、俺たちまだ初級ですけど、大丈夫ですよね?
それと氾濫地帯の詳細な地図を朝一で下さい。
他の勇気ある馬鹿は一切排除して下さい。
戦ってるとこ見られると非常に困るんで。
立会人はモンドリアさんだけで。
それをバラしたら俺が貴方を殺します。いいですか?」
「え?え!?」
「落着きなさい。全て彼の言う通りに。見た事全てに口を閉じればいいんです」
2人の前に空きのグラスを並べて置き、ワインを注いだ。
「前祝いです。パーッと行きましょう!」
「かんぱーい!」
「「か…乾杯…」」
「明日の午前には片付けます。メルフィンさんは午後のタイラント行きの馬車の準備をお願いします。
これ以上は何も聞きません。もう無いですね?ね?」
「無いです。準備しておきます…」
「オーケイオーケイ。楽しくなってきたー!」
「きたー!」
2組の夫婦。雲泥のテンションの格差。
短い酒宴と、短い打ち合わせ。夜は更けて行った…。
暴風の如く。
---------------
翌日の午後。
ピラリス冒険者ギルドの支局員、モンドリアは、
プイエーラ冒険者ギルドの支局員に尋ねられた。
「これは…何ですか…」
ギルド建物の前に、突如横たえられた一匹の魔物。
モンドリアは、見たままを答えた。
「クルーガーキング、ですね」
全長が4mは在ろうかと言う魔物の遺骸。
黒い毛皮に大狼を思わせる頭。正しく黒狼王の姿。
その大きな体躯は、首根から真横へ綺麗に切断され。
大きな胸元からは、魔石だけが抜かれた痕跡。
「貴方が、討伐したのですか?」
首を捻り、答えた。
「私では、ないですね…」
「では、誰が…。
それと、遙か南の魔物が、どうしてここに?」
「さぁ?私も、初めて会った冒険者に、今朝方自宅前で連れ去られ、南の森へと連れて行かれ、瞬きの間にキングの首が飛び、私諸共、こちらへ…」
置き逃げされたとモンドリアは語る。
「討伐報酬は、何処へ振り込めば…」
「さぁ?教会の寺院にでも、収めれば宜しいかと…」
噛み合わないようで噛み合った、そんなお話。
それは激しい暴風が通り過ぎた跡。
その討伐を果たした冒険者が走り去る姿を見た者は、誰も居なかった。
---------------
ピエリス商業ギルド支局。
受付に座るメルフィスさんに報告。
運良く他の客は誰も居なかった。
「旦那さんはプイエーラに。あれの死体と一緒に置いて来ました!任務完了です!」
「です!」
「ご、ご苦労様です…。夫は、無事でしょうか」
「当たり前じゃないですか。馬車は何方に?」
「は、早過ぎます!まだ午前中じゃないですか!
…直ぐに手配しますので、奥の商談室でお待ちを」
指示された部屋で暫しの休憩。
フィーネが問う。
「昨日。フレゼリカに先を越されたって怒ってたけど。
開戦の時期が早まったりするの?」
「まだ。今の段階では、帝国への牽制だよ。軍備が整わない状態で、帝国も早期には動かない。
対抗する。出来る手段を帝国側が自国で開発でもしてれば別だけどね」
「戦争を回避する手段はないの?
フレゼリカを止めるのは。どうして、今じゃ駄目なの?」
「戦争が起きれば、多くの死者が出る。それは解ってる。
でもね。俺の見立てだと、マッハリアと帝国の戦力比はほぼ五分だと思ってる」
「…先にマッハリアを倒すと。疲弊した状態で帝国とも戦う羽目になるんだね」
「とても冷たい言い方をすると。
潰し合って貰わないと、今の反抗勢力だけでは絶対に勝てないんだ。
俺とフィーネが異常に強いとは言っても。武装に因る所が大きい。戦いの中で、何か変な道具を使われて」
「武装が解除された状態では、何時かは負ける…」
「それが数の暴力の怖い所さ。魔人は個としても強い。
とんでもなく。
剣や防具は、解除されたり、腕を切られたら一環の終わりなんだ。剥き出しの首だとか。
素手で魔人と張り合えるフィーネも、その数の暴力の前では無力さ」
「…何となく。スタンの言いたい事が解った気がする」
そんな事を話し合っていると。
メルフィンさんがサンドイッチと紅茶を運んで来てくれた。
「まだ出発までに、時間がありますので。軽食でもと」
「助かります」
「頂きます」
「食べながらでいいので聞いて下さい。
お気付きかも知れませんが、私たち夫婦は仮面夫婦。
私はタイラントの国防局員です。
モンドは父ムートンの子飼。
アッテンハイムから西側の情報を収集する為に派遣された諜報員です」
「ノイちゃんが言ってた、水竜教の協力者って貴女の事でしたか」
「…はい」
食べ物を飲み込んだフィーネが指摘する。
「仮面夫婦は嘘ですね。
さっき、無事かどうかを心配する目は、本気でしたよ」
「…私も脇が甘いですね。仰る通り。
最初は同じ任務を背負った者同士。それが今では…。
それは置いて。本分であった私側の諜報活動も、夫よりも先に首都から離されて、収拾困難となっていました。
タイラントへ戻されるのも時間の問題。
今は国防と父の判定待ちをしている所で…」
「今回の氾濫が起きてしまったと」
「お二人には大変失礼な話でしたが。
ムートンは、夫にこの案件の統制と問題解決を要求して来ました。
私は出来ないと返し、夫は頑張ってみると」
「今回は偶々利害が一致したから協力しましたが、今後も充てにされては困ります。
俺たちにはフレゼリカを倒すと言う使命が在るので。
用事を済ませ、こちらに来る事ももうありません」
「それは重々承知しています。
夫と二人で悩んでいたここ一ヶ月が、お会いしてたった一日で解決されてしまうとは。
正直今でも、私は夢でも見ているのではないかと」
「お尻でも触りましょうか?
後で嫁にぶん殴られますけど」
「スタン。茶化さない」
メルフィスはそんな二人を見てクスリと笑った。
「お二人が羨ましくもあり、恐ろしくもあります。
たったの二人で、大国と帝国を相手取るなど。正気の沙汰とは思えません。
私なら飛んで逃げ出します」
「誰か俺の代わりに、一般国民を守ってくれるなら。俺も逃げたいです。
2人切りではないですよ。国には父が居て、弟が居て。
抵抗勢力の協力者も居る。
決して負け戦ではありません。しかし勝てる見込みも非常に低い。自分も足掻きますが、最後まで生き残れる自信は無いですね。
そこで。メルフィスさんに1つの依頼をしたいです。
今回の件の謝礼として」
「…何なりと」
「ここを離れる前に。女神教の表側の聖騎士軍が、マッハリアと帝国との戦争に軍事介入してくるかどうか。
その兆候だけでも掴んで来て欲しい。
これはとても危険な任務です。それを解った上でお願いしたい」
「遣ります。遣らさせて頂きます。
遠方から、お二人のお話を聞き。何を馬鹿なと、心の奧底で笑っていた。その謝罪も含めて」
「性格悪ーい。妹さんと大違い」
「不出来な姉です。だからここに居ます。
…もし良ければ。妹の話を聞かせて貰えませんか」
それ程深い面識は無いと、前置きして。
晩餐会で初対面。その後のダンスでの遣り取り。
内輪祝勝会でのエピソードなどを話した。
フィーネは時々勉強会を開き、立場を越えた友人関係であると話した。
序でにダンスで腰を抱いたってどう言う事?
と突っ込まれ。
今度私にも教えなさいと怒られた。何故だ!
それから出発の時間まで普通の世間話をし。最後に。
「帰ったらギルマートとムートン脅しますけど。
メルフィスさんはどっちですか?」
「どっちと言うのは?」
「そりゃ、本当の意味での結婚を望んでいるのか。
離れ離れにされてもいいと諦めてるのか、ですよ?」
「……」
「まーた余計な物を背負い込んで…」
メルフィスさんは最後に胸を張って答えてくれた。
「前者で、お願いします!」
本名、フィルアネーゼ・グラリーズの御父上は。
普段はグランとだけ名乗っていたらしい。
魔族には家名の風習が無いのだと思う。
フィーネの母、エウリカも、その他の村人も家名は持たなかった。
捜し物は、比較的簡単に見付かった。
バザーで買った片眼鏡に、捜索補助が付いていたから。
フィーネが暮らしていた家族の家の底。
そこはグランさんが勉強部屋に使っていた部屋の下側に当たる場所。
他の家も探せば地下蔵を持っているかも知れないが、俺は盗掘しに来たんじゃない。
グランさんの遺品だけでいい。
フィーネは地上で、家族の遺品を探し、俺は1人で丁寧に地面を掘った。
数十cm掘り下げた所で、スコップの先端が硬い物を捉えた。
土を除け、取り出した長方形の石棺。
鑑定防止があるのか、冷たい箱に触れても何も浮かばなかった。
重量はそこそこ。自分のステが上昇中な為、不鮮明。
箱の長さは約2m。幅は約60、奥辺30。
これで間違い無い。
地上を見上げると、
丁度フィーネも遺品整理を終えていた。
「お母さんと自分の服が数点。後は…」
「何も言わなくていい」
そう優しく声を掛け、長い箱を見せた。
死人になら何でもしていいのかよ、暗部。屑め。
箱は一旦収納し、2人で家の前に膝を着いた。
深く祈りを捧げる。
立ち上がったフィーネは、親友のカルレが住んでいた家へ向かった。
直ぐ隣の家。
フィーネはそこでは何にも触れず、祈りを捧げるのみ。
俺も隣で祈った。どうか安らかにと。
どうしたいかを、フィーネに尋ねると。
「早く、離れたい…。昨日の、あの場所へ」
「解った」
箱を開けるのも、首都も全部後回しでいい。
今は彼女の気持ちが最優先。
山まで戻り、テントと湯の準備を済ませると。
「スタン…。今日は、私の我が儘聞いて、欲しいな」
抱き着いて、見上げる潤んだ瞳。
俺は静かに頷いた。
そのまま一夜を過ごした、翌朝。
テントの中で無象に散らかった衣服と装備品の中で目覚めた。
「ありがとう、スタン。もう、大丈夫」
「礼なんて要らないさ。どうする?直ぐに帰る?」
「早く、シュルツに会いたいな。あの子ね。
小さな頃の、カルレに良く似てるの。いけないと思いつつ心の何処かで重ねていたの」
「何も悪くはないさ。力一杯は抱き締めちゃ駄目だぞ」
「フフッ。解ってるわよ」
「さ、飯食って。ピラリス行くか」
「首都は行かなくていいの?」
アッテンハイムの首都:エル・ペリニャート
崇高なる女神様って堂々としてやがる。
「教団の表側を名乗ってるけど。そこには幹部と、強い聖騎士たちも居る。
確かに、メルフィスさんは気になるけど、無理してまで行く必要はない。
俺も行けば、女神様が見守ってる前でめちゃめちゃに教会ぶっ壊したくなるから」
メルフィスさんが、公爵ムートン卿の長女さん。
首都の商業ギルドで働いていていると言う。
「そうね。私も、今行けば何するか解らない。
…女神様も見守っているの?」
「ちょいちょい見てるってさ。俺が、暗部だけを潰せるかどうかを。打倒フレゼリカを見守ってくれてるらしい」
「そっか。あんまり恥ずかしい事出来ないね」
「もう手遅れだけどな」
フィーネの顔が真っ赤になった。
「…恥ずかしいよ、もう…」
開けるのを躊躇った箱は、アッテンハイムでは開けず、
パージェントの闘技場を借りて開けようと、2人で相談して決めた。
朝食を食べ終わり、暫くイチャイチャした後、ピラリスへ向けて出発した。
「スタン。どうして、ピラリスには寄るの?」
「今度は馬車に乗らないと、出られないかもってね」
「あ、そうだった…」
「絶対、人助けはしない!」
「そうだそうだ!…これも、フラグってやつ?」
「…かも知れない」
「もう嫌だよ。面倒事は」
力無く笑い合い、クワンを抱えて帰路を急いだ。
最短の全力疾走。
ピラリスに続く街道には、夕方に出た。
様子を伺いながら、人の波に乗った。
程なく見えてきた白い町。ピラリス。
昼まであれば真っ白だったに違いない。
薄く茜に染まった外観は、何処か懐かしい郷愁を覚える。
どこだっけ?学校?
タイラントの町や王都に比べ、圧倒的に商人たちの行き交いは少ないが、全く物がないと言う訳でもなく。
露店の活気は在り、意外に町人の表情は明るかった。
「一面白い建物だと、番地解り辛そう」
「ホントだね」
チラチラ見える、厳つい大きな教会は全スルー。
「宿探して、時間あったら。念の為、ギルド行ってみるか。一応こっちに来てるかもだし」
「気は進まないけど…。一応、ね」
と、宿を探し始めたものの…。
「満室です」
「一杯です」
「ご予約がないとちょっと今は…」
「(誰かの紹介がないと)一見様はお断りしております」
「水竜教?…あんた!塩撒いちまいな!」
挫折した。
「5件回って、全滅て…」
「特に最後の。何あれ、感じ悪い。あー、あの店無性に壊したい」
「お止めなさい。罪無き人が潰れます」
「冗談よ。でもどうする?山にも戻れないし、人目に付くとこでテント張るのも嫌だし」
それは確かに。ホントどうすっかな。
「一縷の望みを掛けて。商業ギルドで紹介して貰うか」
「そうしよー」
メルフィスさんは置いて。ギルドでは宿の斡旋などもしてくれます。
商業ギルドに到着。
聞いてた通り、暇そうに人気は少ない。
受付に、丁度夜の部に交代しようとしていたお姉さんが、入口に背を向けて引き継ぎをしている所だった。
振り返ったお姉さんは…、何処かメルシャン様に。
「似てる…」
呟いたのはフィーネ。
「あ、いらっしゃいませ。どうされました?」
お姉さんが座り直し、業務を続行してくれるらしい。
「俺たち、パージェントからの旅行者なんですが。先程到着したら、宿が何処も一杯で困っているんです」
「そうでしたか。今、国内の警戒が上がっていまして。宿も余り素性の明るくない旅行者を受け入れない傾向にありますからね…。失礼ですが、お名前を頂戴しても」
「商人のスターレンと」
「妻のフィーネです」
「!?今…スターレン様と、フィーネ様と仰いました?」
俺はギルドカード。
フィーネは水竜教の登録証を見せた。
「確かに。…私、メルフィスと申します。あの…、父とはお会いに?」
「やっぱり。どっかメルシャン様と似てるなと思いましたよ。ムートン卿とは晩餐会と先日、お話しました。
困った事が在ったら、貴女を訪ねろと」
「良かった。ここで出会えたのも運命を感じます」
大袈裟だ。
「卿からは、メルフィスさんは首都で働いていると伺っていましたが。どうしてこちらに」
メルフィスさんは、周囲に人が居ないのを確認し。
「余り大きな声では言えませんが、今現在の首都は少々焦臭くなっておりまして。家族、夫だけですが。一緒にこちらへ避難して来たのです。直ぐにでもタイラントへ行けるこの町へ」
嫌だな。これ絶対聞いたらあかんやつだ。
フィーネも袖を引っ張る。
「あ!用事を思い出した!済みません。宿はいいです。
徹夜で町の外で星を眺めて過ごします。俺ら若いんで一晩寝ないでも大丈夫。では!」
フィーネの手を取り、速攻退散。
「ちょ!?少々、少々お待ちを!」
何とメルフィスさんは、カウンターを乗り越えて追い縋って来た。
「駄目です。助けて欲しいのに、面倒事を押し付けられるのはこりごりなんです!帰ったら、お父さんに言いつけますよ」
「構いません!どうか。どうかお願いします。お話だけでも聞いて下さい!宿とは言わず、当方の家に招待…。
もう直ぐに交代ですので!御馳走しますので!
どうか、我が夫の話だけでも!」
銅貨が多いよ。何この必死さ。
「おぉ…」
フィーネは額を押さえて天井を仰いだ。
「クゥゥ」
小脇のクワンも同じ天井を見ていた。
「あーもう!聞くだけですよ。まだ!何も引き受けてませんからね!」
「あ、有り難う御座います!直ぐに。直ぐに交代して参ります」
メルフィスさんはカウンター後ろの扉に駆け込んで行ってしまった。
「これ、絶対…」
「口にしちゃダメ!」
閉口します。
メルフィンさんの案内で御自宅(借家)に招待された。
いったい何の話やら。
時間も時間なので、露店で惣菜を買い込み。
ダイニングで抓みながら、メルフィスさんの旦那さんを待った。
「お話は旦那さんから聞きますが、その旦那さんのご身分は?元公爵家の御令嬢を娶られる方って。
まさか、女神教の幹部だったりします?だとしたら、今直ぐ出て行きます」
「ご、ご心配なく。彼も水竜教に改信しました。幹部でもありません。普通の冒険者ギルド職員です。今は」
「今は?」
「改信して。首都の支部長から一般に降格を…」
「ギルドと教会って切り離されてませんでした?どうしてそんな事が罷り通るんでしょうね」
「ここが、普通の国であれば。良かったのですが…」
そもそもなんでハイムを選んだのさ。
聞きたい事は山積みだが。取り敢えず旦那待ち。
隣の席では無表情で、クワンティに惣菜を分けるフィーネの姿が…。
「ごめんな。聞くだけだからさ」
「別に怒ってないし。メルシャン様のお姉さんだから、我慢してるだけだし!」
もう怒ってるよね。
「本当に。申し訳ありません…」
旦那さんは、それから30分後程に帰宅した。
「只今…。メル、そちらの方々は?」
「こちらの方々が、昨日話した。あなたの嘘や交渉術で勝てるお相手じゃない方です。全てを、隠さずお話を」
バッチリ聞こえてるんですけど。
旦那さんの顔が少し青くなる。
「これは。申し遅れました。ピラリスの冒険者ギルド職員のモンドリア・グレイスと申します。
お二人の事は、ムートン卿から伺っております。
大変に、お強いと」
あの野郎。俺を嵌めやがったな。
たった今、持ち上げた株が大暴落した。
「最悪…」
隣で悪態を俺の代わりに吐いてくれた。
「話聞く前から、段々話見えて来ましたけど。まずは手を洗ってきてから。はしたないですが、食べながら話しましょうか」
「ええ。是非に」
着席したモンドリアと遅めの夕食再開。
一通り、買ってきた惣菜を消化。
口直しに、ノイちゃんから貰ったワインを2人の目の前で開け、自分とフィーネだけに注いだ。
元貴族令嬢に喧嘩売ってやった形だ。
一瞬それにメルフィンが反応を見せたが、何も言わずに黙した。
「まぁ、面倒なんで。こちらから聞きます。
魔物の氾濫が起きたんですね。それは何処ですか」
「こ、ここから西に進んだ。プイエーラと言う町の、南の山の麓です」
「では次。この国の聖騎士軍は何やってるんですか?」
「先日のパージェントで行われた、晩餐会を決起に。
実力部隊が、東から戻らない状況です。
首都の戦力が著しく落ちてしまい。地方まで対処出来ない状態です」
「クソッ!フレゼリカめ。やりやがったな。
もう先手を打ち込みやがった!あー腹立つ」
あの女。負けっ放しは嫌だと見える。
まぁ仕方ない。予想の範疇だ。
握り潰しそうな拳の上に、フィーネがそっと手を重ねてくれた。それで幾分落着いた。
「取り乱して済みません。それは、俺にも非が在ります。
聖騎士軍が首都を離れられない状況は解りました。
では次に。その氾濫の引き金を引いたのは」
「首都所属の、冒険者ギルド員の一部です。
討伐対象はクルーガー。狼種の末端でした。
経験不足からの抜駆けで。簡単に倒せると、調子に乗ったんだと思われます。
思われると言ったのは、首謀者と思われる隊が壊滅して戻らなかった為です」
「モンドリアさんの降格は、その責任を取らされた。
で、間違いないですか」
「はい。表向きはその通りです。
その内状は、妻からも聞いたかも知れませんが。
水竜教に鞍替えした、私の排除だと」
話が繋がってきた。
「ムートンは、俺に。こちらへ来る序でに、氾濫を鎮めさせろと言ったんですか?メルフィンさん」
「…そこまで朱ら様ではないですが。手紙の遣り取りでは一度相談してみろと」
相談ねぇ。良い躱し方だな。
「ギルドの討伐隊は」
「…タイラントへの流出が止まらず。中級以上の冒険者は静観中。…不甲斐ない」
「静観?目の前で、氾濫が起きてるのに?」
「申し訳ありません」
「謝って欲しくて聞いてるんじゃないです。
クルーガーの頭は何が出ました?キングですか?
エンペラーですか?
…まさか…ゴッズじゃないでしょうね」
「ち、違います。流石にそれが出たら国も黙ってません!
キングです。
冒険者だけでも総掛かりでやれば対処できる筈なのに。誰も、一般に戻った私の言葉を聞く者は…」
良かった…。ギリギリセーフだ。
「フィーネにはまだ話してなかったけど。
氾濫で発現する頭には格が在る。王級のキング。
皇帝級のエンペラー。
そして低確率で出る神級のゴッズ。
別名神話級。太古の昔からちらちら現われてるんだ」
「…解った。先に進めて」
「そのクルーガーの情報が欲しい。属性は」
次のモンドリアの一言で、ムートン株はV字回復した。
「…氷です」
「よし!乗った!フィーネ、明日さくっと討伐して、さっさとこんな国とおさらばしよう」
「…あ!氷ね。それはやらなくちゃ!」
フィーネのご機嫌もV字回復した。
「「いったい…何が」」
戸惑う2人を前に、俺たちは大はしゃぎ。
これで冷蔵庫の開発が進むぞーーー。
「あ、俺たちまだ初級ですけど、大丈夫ですよね?
それと氾濫地帯の詳細な地図を朝一で下さい。
他の勇気ある馬鹿は一切排除して下さい。
戦ってるとこ見られると非常に困るんで。
立会人はモンドリアさんだけで。
それをバラしたら俺が貴方を殺します。いいですか?」
「え?え!?」
「落着きなさい。全て彼の言う通りに。見た事全てに口を閉じればいいんです」
2人の前に空きのグラスを並べて置き、ワインを注いだ。
「前祝いです。パーッと行きましょう!」
「かんぱーい!」
「「か…乾杯…」」
「明日の午前には片付けます。メルフィンさんは午後のタイラント行きの馬車の準備をお願いします。
これ以上は何も聞きません。もう無いですね?ね?」
「無いです。準備しておきます…」
「オーケイオーケイ。楽しくなってきたー!」
「きたー!」
2組の夫婦。雲泥のテンションの格差。
短い酒宴と、短い打ち合わせ。夜は更けて行った…。
暴風の如く。
---------------
翌日の午後。
ピラリス冒険者ギルドの支局員、モンドリアは、
プイエーラ冒険者ギルドの支局員に尋ねられた。
「これは…何ですか…」
ギルド建物の前に、突如横たえられた一匹の魔物。
モンドリアは、見たままを答えた。
「クルーガーキング、ですね」
全長が4mは在ろうかと言う魔物の遺骸。
黒い毛皮に大狼を思わせる頭。正しく黒狼王の姿。
その大きな体躯は、首根から真横へ綺麗に切断され。
大きな胸元からは、魔石だけが抜かれた痕跡。
「貴方が、討伐したのですか?」
首を捻り、答えた。
「私では、ないですね…」
「では、誰が…。
それと、遙か南の魔物が、どうしてここに?」
「さぁ?私も、初めて会った冒険者に、今朝方自宅前で連れ去られ、南の森へと連れて行かれ、瞬きの間にキングの首が飛び、私諸共、こちらへ…」
置き逃げされたとモンドリアは語る。
「討伐報酬は、何処へ振り込めば…」
「さぁ?教会の寺院にでも、収めれば宜しいかと…」
噛み合わないようで噛み合った、そんなお話。
それは激しい暴風が通り過ぎた跡。
その討伐を果たした冒険者が走り去る姿を見た者は、誰も居なかった。
---------------
ピエリス商業ギルド支局。
受付に座るメルフィスさんに報告。
運良く他の客は誰も居なかった。
「旦那さんはプイエーラに。あれの死体と一緒に置いて来ました!任務完了です!」
「です!」
「ご、ご苦労様です…。夫は、無事でしょうか」
「当たり前じゃないですか。馬車は何方に?」
「は、早過ぎます!まだ午前中じゃないですか!
…直ぐに手配しますので、奥の商談室でお待ちを」
指示された部屋で暫しの休憩。
フィーネが問う。
「昨日。フレゼリカに先を越されたって怒ってたけど。
開戦の時期が早まったりするの?」
「まだ。今の段階では、帝国への牽制だよ。軍備が整わない状態で、帝国も早期には動かない。
対抗する。出来る手段を帝国側が自国で開発でもしてれば別だけどね」
「戦争を回避する手段はないの?
フレゼリカを止めるのは。どうして、今じゃ駄目なの?」
「戦争が起きれば、多くの死者が出る。それは解ってる。
でもね。俺の見立てだと、マッハリアと帝国の戦力比はほぼ五分だと思ってる」
「…先にマッハリアを倒すと。疲弊した状態で帝国とも戦う羽目になるんだね」
「とても冷たい言い方をすると。
潰し合って貰わないと、今の反抗勢力だけでは絶対に勝てないんだ。
俺とフィーネが異常に強いとは言っても。武装に因る所が大きい。戦いの中で、何か変な道具を使われて」
「武装が解除された状態では、何時かは負ける…」
「それが数の暴力の怖い所さ。魔人は個としても強い。
とんでもなく。
剣や防具は、解除されたり、腕を切られたら一環の終わりなんだ。剥き出しの首だとか。
素手で魔人と張り合えるフィーネも、その数の暴力の前では無力さ」
「…何となく。スタンの言いたい事が解った気がする」
そんな事を話し合っていると。
メルフィンさんがサンドイッチと紅茶を運んで来てくれた。
「まだ出発までに、時間がありますので。軽食でもと」
「助かります」
「頂きます」
「食べながらでいいので聞いて下さい。
お気付きかも知れませんが、私たち夫婦は仮面夫婦。
私はタイラントの国防局員です。
モンドは父ムートンの子飼。
アッテンハイムから西側の情報を収集する為に派遣された諜報員です」
「ノイちゃんが言ってた、水竜教の協力者って貴女の事でしたか」
「…はい」
食べ物を飲み込んだフィーネが指摘する。
「仮面夫婦は嘘ですね。
さっき、無事かどうかを心配する目は、本気でしたよ」
「…私も脇が甘いですね。仰る通り。
最初は同じ任務を背負った者同士。それが今では…。
それは置いて。本分であった私側の諜報活動も、夫よりも先に首都から離されて、収拾困難となっていました。
タイラントへ戻されるのも時間の問題。
今は国防と父の判定待ちをしている所で…」
「今回の氾濫が起きてしまったと」
「お二人には大変失礼な話でしたが。
ムートンは、夫にこの案件の統制と問題解決を要求して来ました。
私は出来ないと返し、夫は頑張ってみると」
「今回は偶々利害が一致したから協力しましたが、今後も充てにされては困ります。
俺たちにはフレゼリカを倒すと言う使命が在るので。
用事を済ませ、こちらに来る事ももうありません」
「それは重々承知しています。
夫と二人で悩んでいたここ一ヶ月が、お会いしてたった一日で解決されてしまうとは。
正直今でも、私は夢でも見ているのではないかと」
「お尻でも触りましょうか?
後で嫁にぶん殴られますけど」
「スタン。茶化さない」
メルフィスはそんな二人を見てクスリと笑った。
「お二人が羨ましくもあり、恐ろしくもあります。
たったの二人で、大国と帝国を相手取るなど。正気の沙汰とは思えません。
私なら飛んで逃げ出します」
「誰か俺の代わりに、一般国民を守ってくれるなら。俺も逃げたいです。
2人切りではないですよ。国には父が居て、弟が居て。
抵抗勢力の協力者も居る。
決して負け戦ではありません。しかし勝てる見込みも非常に低い。自分も足掻きますが、最後まで生き残れる自信は無いですね。
そこで。メルフィスさんに1つの依頼をしたいです。
今回の件の謝礼として」
「…何なりと」
「ここを離れる前に。女神教の表側の聖騎士軍が、マッハリアと帝国との戦争に軍事介入してくるかどうか。
その兆候だけでも掴んで来て欲しい。
これはとても危険な任務です。それを解った上でお願いしたい」
「遣ります。遣らさせて頂きます。
遠方から、お二人のお話を聞き。何を馬鹿なと、心の奧底で笑っていた。その謝罪も含めて」
「性格悪ーい。妹さんと大違い」
「不出来な姉です。だからここに居ます。
…もし良ければ。妹の話を聞かせて貰えませんか」
それ程深い面識は無いと、前置きして。
晩餐会で初対面。その後のダンスでの遣り取り。
内輪祝勝会でのエピソードなどを話した。
フィーネは時々勉強会を開き、立場を越えた友人関係であると話した。
序でにダンスで腰を抱いたってどう言う事?
と突っ込まれ。
今度私にも教えなさいと怒られた。何故だ!
それから出発の時間まで普通の世間話をし。最後に。
「帰ったらギルマートとムートン脅しますけど。
メルフィスさんはどっちですか?」
「どっちと言うのは?」
「そりゃ、本当の意味での結婚を望んでいるのか。
離れ離れにされてもいいと諦めてるのか、ですよ?」
「……」
「まーた余計な物を背負い込んで…」
メルフィスさんは最後に胸を張って答えてくれた。
「前者で、お願いします!」
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