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第34話 出発

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商人スターレンの弟スタルフがラザーリアに向けて、出発する日。

パージェントの中央広場に在る馬車停留所。

数多の荷物を積み込む車列の中でも、北に向かう便は極端に少ない。

誕生祭後に発表された出荷品目の制限。
許可品を扱う商人の車列のみが、北への出発が許される。

国内と東西の国への出荷は制限されなかった為、特別大きな混乱は起きなかった。


スターレンが締結させた条約には、幾つかの抜け道が用意されていたが、全てを独占状態にしていたマッハリア王妃フレゼリカを大いに苦しめた。

例えば、隣国のアッテンハイムを経由すれば、これまで通りの流通が確保出来る。

しかし、それでは出荷品の劣化にも繋がり好ましくない。

更にその出荷品の大部分を製造していたカメノス商団が、製造自体を突然休止させた。

部分的に継続された物も、国内需要分しか作らず、それまでの製造量とは比較にもならない。


ともあれ、商人たちの顔は明るかった。

最近ではマッハリアよりもロルーゼとの取引の方が盛んであり、痛手を喰ったのはカメノス商団のみであったから。

カメノス商団が抱える事業展開も、これを決起に大きく方針転換を行い、薬剤開発、医療技術、特殊食料品などにシフトした。


これらにスターレンが関わっていた事を知る者は少ない。


賑わう停留所の一角で、商人とは異質な集団の姿。
軍旗を掲げた王国騎士団の一個小隊が、堂々と出国準備を進めていたのだ。

傍らで、その準備をだらしない表情で見詰める少年と、その他数名。

「あ…、兄上。これは、やり過ぎでは」
「知らんわ!ノイちゃん。上は気でも狂ったの?」
「私も知らんな。上の指示ではこれだ」
「しかも軍旗って。喧嘩売りに行く積もり?」
「反対意見は全て蹴られた」

「まあこれだけ堂々としてれば安全は保証されたようなもんだけどさぁ。

まあいいや。スタルフ、タイラントの温情を有り難く受け取れ。旅の間は相当行動制限喰らうけどな」

溜息しか出ないスタルフ。

「スタルフ。お前がここで構築したのは、ほんの足掛りだ。骨子ですらない。あんまり過信して独走するなよ」

「既に僕一人では扱い切れません。暴走も出来ませんよ!
どっかの冷たい兄上の所為で!

父上と、よーーーく相談して進めます」

「お前が俺は邪魔だ、さっさと出てけって言ったんだ。勝手に覆すな」
「…反論する余地が無い…」


輪を離れて、スターレンは従者のサンを連れ出した。

「父上に。俺は開戦前に戻る予定だと伝えてくれ。
スタルフにはまだ何も言うな。直ぐに甘えるからな」
「心得ました」

「サンは。怖いなら正直に父上に相談すること。逃げ道は用意してくれてる筈だ」

「いいえ。家族は逃しても、私は逃げません。
文字通り、フリューゲル家にこの命を捧げます。

こちらで立派に成長されたスターレン様を拝見出来ましたので、心残りも在りません。

本当に、私の尻を隙あらば撫回していた頃が懐かしい」

「あ”?」
「昔の話だよ?胸倉掴まないでフィーネさん」

サンはそんな二人を見て小さく笑った。
「今なら解ります。あれも演技だったのですね」
「…そ、そうだよ。一所懸命馬鹿を演じてたのさ。ハハッ」



北に向かって走り出す一群を、フィーネと並び、見えなくなるまで見守った。

「行っちゃったね」
「ああ、行ったな。
…さてと、俺たちもお祈りと準備して出発しよう」
「うん」


これまでも何度となく足を運んできた総本堂も、今日から暫く行けなくなる。

相変わらず人が多いが、小1時間で順番は回り。

「行って来ます。ポセラニウス様」
「行って参ります。ポセラニウス様」
どうか端でも見守り下さいと、心で祈を捧げた。



素早く借家へ戻った。

とは言え荷物は少なく。
俺はリュックに、フィーネはポーチだけ。

誰もこれに大荷物が入っているなどとは気付かない。


借家は解約する事に決めた。
2人で最後の掃除をして、旅用の外装へ着替えた。

フィーネは黒革のライダースーツ、を上下分離させた物。
改造理由はトイレ事情と。
「やっぱり…。これって身体のラインがハッキリ出ちゃう。
恥ずかしい。スタンだけに見せるのはいいけど」
「いいじゃん。その為にマントを上から羽織るんだから」

単純に俺が見たかったのは内緒。
「はぁ…」ロイドちゃんの呆れ声が聞こえる。
これも夫婦特権さ。諦めて欲しい。

フード付きマントも非常に優れ物。
装備すると軽度の認識阻害
(面識を持つ人には効果無し)に加え、鑑定系スキルに対して強力なレジストが掛かる。
高耐火、高耐熱、高耐冷と内部保温機能付きで環境変化に強い。どの地方に飛ばされても安心。

流石は宝物殿に入っていただけはある。

両腕には脱着が容易なガントレット。
装着者に合わせて形態が変化する。色目は黒金。
フィンガーレスで腕力補正付き。
ハンマーとの相性もいい。

果たしてフィーネに必要なの?と思われるかも知れないが敵地に赴くのに「過剰」と言う言葉はゴミ箱に捨てた。

足には白いレザーブーツ。
生誕祭後に無記名で届けられた品。
恐らくコマネ辺りかと。

「天使様とお揃い~♡」

俺の茶ブーツもセットで送られてきた。
両方共に、足首の背に微小な魔石が埋め込まれていた。
移動補助機能搭載。
徒歩の移動でもかなりの短縮が望める。


自分の外装は。
厚手の綿シャツに、自力脱着出来るように改造した仕込み鎧と革のジャケット。

ベルト上の白い紐(垂れ糸)がいいアクセント。

ジャケットはフィーネに渡したマントと性能はほぼ一緒。
保護面積が小さい。

状況に応じて外嚢を羽織る。


着替えを済ませたフィーネが仮面を外し。
「お願いします。水竜様!」と唱えたら。
細い首輪に変化した。何この速攻対応。

面倒な(大変有り難い)のでスルーします。



最後に2人で部屋を見渡した。
「ホントに短い間だったけど…。
いろんな思い出が出来たね」
「ああ。ホントにいい思い出が一杯だ」

「スタン。私ね。本当にあなたに感謝してるの。もう言い尽くせない程感謝してる。…愛しています。
だから勝手に置いて行くなんて、二度と言わないで。

置いてかれたら私。スタンよりも先にラザーリアのお城をぶっ壊すから。地下まで全部粉に砕くからね」
最後だけ怖いよ。

「解ってます。二度と言わないし、考えもしない。
ずっと一緒だ。愛してる、フィーネ。例え、何度生まれ変わっても」
「うん」

長く切ないキスをして。
「「クワンティ!」」
飛来したクワンティが…。フィーネの肩に乗った…だと。

主人は俺じゃなかったのか…。
ショックを受けていたら、面倒臭そうに俺の肩にも乗ってくれた。慰め有り難う。



外へ出て最後の施錠。
外観を眺め、玄関に向かって2人で一礼。

ライラに借家の鍵を渡す為、向き直ると既にライラとゴンザが玄関前で構えていた。

ライラに鍵を手渡す。
「解約手続き、お願いします。面倒押し付けてごめん」

「こんなの、面倒な内に入りません」
ポロポロと涙を流して。

「隊のメンバーには挨拶しなくていいのか」
「帰って来るから、まだお別れは言いません」
「そうか」
ゴンザと固い握手を交した。

隣を向くと。
「ちょッ、ムグ…」
何と、ライラがフィーネの隙を突いて唇を奪っていた。
やるな…。

「絶対に帰って下さい。本当はスターレン様にしたかったんですよ。すると、激怒するでしょ」
「もー。帰って来るって言ってるじゃないの」
どっちが年下なんだか解らん。


2人に手を振り、歩き出した。




---------------

俺たちのステータスを振り返る。

名前:スターレン・シュトルフ(元、燻木智哉)
種別:人間
性別:男性
年齢:18歳(誕生月:1月上旬)
体力:141+1000(装備総合。武具無し)
腕力:108+750(装備総合。武具無し)
防御力:89+750
(装備総合。+鎧:230。+上着:180)
俊敏性:158+850
(装備総合。武具無し。装備負荷:0)
魔力:560+750(装備総合。武具無し)
対魔力:560+750(装備総合。武具無し)
知能:139
魅力:???(必要?)
特技:工芸品彫刻、商業運営、戦略家、交渉術+
   剣術初級+、取扱可能武具:臨機応変
   時間操作小、覗き魔
特徴:大商人の片鱗。王様気取り
   何だかんだ楽観主義者
   フィーネと婚姻中

1回だけ魔力枯渇復帰をやりました。
体力の補正値が高いのは、ジャケット分加算。

おい!特徴。お前何様だ……まあいいや。



許可はしっかり取りました。

名前:フィーネ・シュトルフ
種別:略人間
性別:女性
年齢:17歳(誕生月:7月中旬)
体力:465+330(装備総合)
腕力:511+80(装備総合。武具無し)
防御力:354+530(装備総合)
俊敏性:606+130(装備総合)
魔力:1200+30(ファントムマスク分)
対魔力:1200+30(ファントムマスク分)
知能:145
魅力:458
特技:雲隠れ、誘惑、初級魔法++、長寿命
   乙女の秘密、初級医療習得
特徴:容姿変化は不要の為、未使用(任意操作可能)
   相手との信頼度で生身防御力変動
   スターレンと婚姻中
※初級魔法++:スリープ、コンフェ、ヒール+
   エスケープ、リズム、サイレント、クリア
   ✕✕✕ブリッジ(発動済)

フィーネも枯渇を1回お試しで成功。
魔法項目のヒールが上昇。クリア(浄化)が加入。

クリアは消費が多いが、水を飲み水に変えられる。
これで旅の間で水に困る事は無い。解毒効果有り。
但し、砂漠地帯は無理。元の水源は必要。
お試しの枯渇はこれで実施。

リズムはどうやら催眠術ぽい。

~ブリッジて何?と聞いても。
「それだけは言いたくない」女性に秘密は付き物。

医療に関しては、ペルシェさんとお勉強したそうです。



次はクワンティ。

名前:クワンティ(フィーネ命名)
種別:断固として鳩(鳥類)
性別:雌
年齢:1歳(誕生月:4月上旬)
体力:233
翼力:256
脚力:256
防御力:177(激怒時:ベース✕3+翼力)
俊敏性:303(任務時:ベース✕3+翼力)
魔力:600
対魔力:600
知能:145
魅力:229
特技:運び屋(小物)、伝令、人語理解、自己判断
   嘴攻撃(防御力+俊敏性)
   鷲掴み攻撃(防御力+脚力+俊敏性)
   翼叩き攻撃(防御力+翼力+俊敏性)
   主人相関人物把握、記憶
   帰省本能(主人:フィーネ)
特徴:鳩の特異種。主人に絶対服従
   主人の窮地に戦闘モードへ移行

主人は俺じゃなかった!!
命名した時からそんな気がしてた。いいなぁ。

性能はご主人様の半分。変動値も引き摺られる模様。
にしても攻撃的。この子も怒らせないようにしよ。
戦闘力が中級冒険者の上位と同等レベルって…。
全装備外したら、俺は敗北する。

知能が俺より高い鳩…まあいんだけどさ。

2,3歳になると、大陸間長距離移動も可能となる見込み
らしいが、他方に主人の関係者が居ないと無意味。



ちょっと気になったファントムマスク。

名前:ファントムマスク(古代兵器)
種別:人型防具(首上部)
特技:幻影、水中呼吸、感性向上、✕✕✕(未解放)
特徴:知能以外の能力値+30
   装備者固定(フィーネ・シュトルフ:死亡時解除)
   自動形状変更、自動吸着機能搭載
   将来的にとある者との会話が出来る可能性有

形状変更で部位が首上になり、材質項目が消滅。
未解放部分はそのまま。そこが気になったんだが。

嫁さんが気に入った装飾品に口出しは厳禁だ。
褒めるべきだ。似合ってるぜb

水竜様も愛してるぜ!




---------------

その他。

リュック内に在った金塊は商業ギルドの換金所で口座へ振り込み。

合計で約共通金貨1500。銀貨500。銅貨800位に成りました。

空きスペースが確保出来て、枯渇復帰で更に拡大。
衣服以外の荷物の大半はこちらへ入っている。
(簡易トイレは追加で土下座しに行った。1人旅を想定した為に…)


カメノス、モーラス、ペルシャからは、市販の高級傷薬。
トラベルグッズ(歯ブラシ、粉、石鹸、シャンプーリンス)
解毒薬、気付薬、強壮剤、試作版醤油等を沢山頂いた。


ロロシュ、シュルツからは、ネックレスタイプの貴重品ホルダー2つと、クワンティー用のバックパックを貰った。
高級品だけあって丈夫で性能はリュックの下位。

下位と言ったのは、大全集にあった収納袋構築方法を参考に製作したから。

作れたが量産化はしないと言っていた。
シュルツの個人事業として引き継ぎ、量産の判断は彼女に委ねられた。

そうです。こっちにも結構入ります。



「沢山貰ったねぇ。貰い過ぎだよ。まだ新婚旅行なのに」

「いいじゃない。荷物は軽いに越した事はないでしょ。
クワンティも身軽になって喜んでるし。手紙の遣り取りも楽になったわ」
「クワッ」

「そうだね。2人がいいならいいや」

「心配し過ぎよ。もしホントに駄目なら、天使様が止めるでしょうし」

ちゃんと止めてくれよ。俺調子に乗り易いんだから。
「重々承知しております。ご心配なく」

「心配すんなだって」
「でしょ」
フィーネさんは今日もご機嫌だ。



馬車の停留所に向かう。
アッテンハイム行きの輸送便に便乗する為に。

本日の便を掲示板で確認しようとした所。
掲示板の隣にノイツェと、ニーダが並んで立っていた。

「おぉ、ニーダ。久し振り」
「久し振りね、ニーダちゃん。喉の調子はどう?」

「お久し振りです。もうすっかり普通に声が出せるようになりました。これもお二人のお陰です」
ニーダってこんな声してたんだ。
やや低音のハスキーボイス。宝~の男形みたいだ。

「ノイちゃんは何で戻って来たの?」

「この子に、君たちに国境を越える為の通行証を渡してこいと言ったのだが。緊張してしまうから、どうしても付いてきて欲しいと言われてな」

「へぇ。そうなんだ。別に緊張しなくてもいいのに」
「そうよ。仕事には慣れた?」

「はい。大分外回りも慣れました。でも…緊張もしますよ。

命の恩人で、傷まで綺麗に直して頂いて。どうこの感謝をお返しすればよいやら。

後…お三方に。どうしてもお話しておきたい事が」

お、記憶かベルエイガの事かな。それは聞きたい。

「ここじゃ何だし…。近くの茶店の商談室借りようか。
馬車の時間は余裕だし。ノイちゃんは仕事大丈夫?」

「大丈夫ではないが。それは私も聞かなくてはな」


停留所から程近い、5区寄りの高級店舗に入った。

個室を借りて、それぞれのドリンクを注文。
フィーネにアイコンタクトでサイレントを要求。

注文品が揃った所で。
「それで。どんな話?」

「実は…。自分の記憶の一部が戻りまして」

ニーダは元々は孤児で幼少は小さな水竜教の寺院で過ごした。こちらの寺院に居た時から、懐かしさを感じて不思議な感覚だったと言う。

7歳頃に南部のとある男爵家に従者として身入り。その後成長と共に教育を受け、文武の才能が認められ専従士族としての道が開けた。

孤児出身では有り得ない好待遇。可笑しいなと思い出したのは14歳の頃。

ある日。まだ飲めない強いお酒を飲まされ、家主に強姦されそうになり、未遂で済んだものの。在家が怖くなって幼少に世話になった寺院へ逃亡した。

逃亡したはいいが、親家の追手が迫り、このままでは寺院にも迷惑が掛かってしまうと、水竜教の総本であるタイラントのパージェントを目指す事にした。

運良く巡礼者の一行と巡り会え、進行途上で野盗の集団に襲われ、敢えなく捕えられた。

護衛が居ても多勢に無勢。数に屈した。
その時の他の生き残りも、恐らく谷で亡くなったと思われる。まだ谷での記憶に曖昧な部分が残っていると話してくれた。

「波瀾万丈だな。運がいいのか悪いのか」
「ホントね。無理して辛い記憶まで思い出す必要はないのよ。今ではノイツェさんやライラさんのような頼れる人が居るんだし。
私たちは暫くここを離れるけど。何かあれば帰って来た時に相談には乗れるよ」

「有り難う御座います。私は運がいいんだと思います。
でも…。一つだけ不安なのは、胸の奧底で眠る、英雄の囁き声が。日増しに強く鮮明になっている気がするんです」

毎晩ではないが。時々夢の中で誰かが何かを言っている気がするらしい。

朝起きると、違和感以外は何も残らない。

「どうしていいのか不安で。何故か嫌な予感がして。胸騒ぎのような苦しい感覚に襲われる時があります。
このままだと。何時か皆さんにご迷惑を掛けてしまう気がするんです」

「不安感か。確かに嫌な感じだな…。

彼の英雄ベルエイガは、根っからの女神教信者。それが反発しているとも見える。

もっと邪推するなら。強姦未遂の時に何かの魔道具を使われた可能性も有り得る。

ノイちゃん。その貴族の事調べて貰える?
まだ諦めてなければ、ニーダ自身が動くのは危険だ」

「また女神教の繋がりか。言葉にしては何だが、実に忌々しいな。王妃といい英雄といい。

了解した。それは私が調べてみよう」
全くだぜ。

「本当に有り難う御座います。何から何まで。少し胸の支えが取れました…。

安心すると。全く違うドキドキが…」

フィーネをチラ見して目を背けた。頬を赤く染めて。
こ、これは。

「何?どうしたの?」

「えっと…。フィーネさんが、とってもお綺麗で…。
私、女の子の筈なのに」
ニーダも充分美少女だがな。

「ありがと。お世辞でも嬉しいわ」

「お、お世辞だなんて!本当です。
目を、合わせていると…。す、好きになってしまいそう」

「私も可愛い女の子は好きよ。キスは嫌だけど。
ハグまでならしてあげよっか」

「そ、そんな!き、キスだなんて…。でも、ハグは…。
どうしよう。もう直ぐお別れなのに…、して下さい!」
テンパる美少女も可愛いな。

立ち上がったフィーネが、戸惑うニーダを優しくハグ。
美しい光景だ。

直ぐに腰砕けになり、椅子に流れて蕩けてしまった。

落とすのに分も掛かっていない。見事だ。
新婚旅行の出発直前に、女の子落としてどうすると!

「暫く復帰出来そうになさそうだから。これを君たちに」

テーブルの上に差し出された2枚のカード。
王国印まで入った特別仕様だ。

「これもまたやり過ぎだよ。ノイちゃん」

「王からの謝礼だと思って受け取れ。
これさえ在れば通行料も不要。検問もされずに素通りだ。

誰の所為かは言わないが。アッテンハイム自体の警戒レベルが数段上がっている。

逆に持っていないと無駄な時間を食うぞ」

あ、俺の所為ね。
「それなら遠慮なく」

今回はフィーネが逃亡に使ったルートではない、正規ルートを使うから。これは有り難い気遣いだ。


正気を取り戻したニーダが。
「はぁ…はぁ…。も、もう一つだけ。質問、しても、宜しいですか」
呼吸整えてから言えばいいのに。

「なに?」

「ど、どうして。お二人…。特にスターレン様は。ノイツェ様の事を、ノイちゃんと親しげに呼ばれるのですか?
それがとても不思議で」

「そんな事か。ノイちゃんは無償で別荘まで貸してくれる。大親友なのさ。度々遅くまで酒を飲み交わす仲で。

最初はあれだな。俺たちの結婚式に行き成り、職権乱用で乗り込んで来て。友達にして下さい!て叫んだんだ」

「言ってないわ!じ、自己紹介を間違えただけだ。信じてはいけないぞ、ニーダ君」

「では私も。ノイツェお兄様とお呼びしても?」
「いい訳があるか!君は段々とライラに似てきたな」
おぉ、この積極性。確かに。

「そもそも兄と言われる年齢でもない」
「で、では。御父様と」

「養女にした覚えもない!」


そんな遣り取りをほんわか眺めていたら。



「あちゃー。今日の便終わってもーた」
「あらまぁ」
「クワッ」

停留所掲示板の前。首を斜めに傾けようとも、掲示板の✕マークは消えてくれない。

警戒レベル上昇と共に、便数も少なくなっていた。

「次の宿場町まで、歩こっか」
「そうしよー」
「クワッ!」

歩きだそうとした所で、ふと思い出す。
前から気になっていた5区のアクセショップ。

「最後に買いたい物があったんだ。店1軒寄ってから出発だ」
「お、何々?」
「クワァ?」

「それはお楽しみ」



それほど高級ではないお店。
指輪やブローチと言ったお高めな物も在れば、子供用の髪飾りなど豊富な品揃え。

「いらっしゃいませ~」
店員の若い女の子の声がした。

「ちょっとリボン合わせていいですか?」
「はーい。どうぞーごじゆ…スターレン先生じゃないですかぁ!」

「あ、生徒さんだ。ここで働いてたんだね」
「はい。奥様も…何ですか、この超絶美人さんは!」

騒がしい子やねぇ。

「まあ。今日は褒められてばかりね。
最近やっと火傷の痕が消えたの。いいお薬貰えて」

「ちょっと今日は時間ないから。さ、フィーネ鏡の前に」
「はーい」

姿見の前に立たせ、水色のリボンで軽くポニテを結ってみた。三つ編み出来る程の腕は無い!

「どう?」
「いい感じ!ポニテ好きなの?」

「ストレートも好きだけど。旅する上で纏めたい時もあるんじゃないかって。シュシュでもいいけど、あれって劣化で切れちゃうしさ。色は何色がいい?」

「スタンの好きな色でって言いたいとこだけど。シュルツに貰ったドレスと同じ紫がいいかな」

「そっか。ミーシャさん。紫色ってある?」

「そちらでも良くお似合いですが…。あ!そうだ。
昨日入荷したばかりの新商品がありました。奥から持って来ますので少々お待ちを」

「おね…」がいする前に走って行ってしまった。


そして奥から持って来た、長方形の箱。

「こちらは上シルクの反物で。リボンとしても使えるスカーフです。きっとお似合いですよ」

「「ありがとー」」

リボンとしては少々長めだが、小さく蝶結びにすると丁度いい感じになった。

「「おぉ!」」
「クワッ!」

気持ち目尻が上がり、シャープさが増した。

「ヤバいです!惚れてしまいそうです!」
今日で2人目なんですけど。

「クワッ!クワッ!」何かをアピール…ああそうか。

「同じ色のチョーカーみたいなのある?」

「あ、あります!!」
ダッシュで引っ込んだ。

更に小さな小箱を持って。

小型蝶ネクタイのような形。
結んでやると、後方の何も無いハンガーラックの上で翼を広げてポージング。

「白い鳩は初めて見ますが。こちらもお似合いです!」
「クワー!!」

「オッケー。2つとも買いだ」


「ご購入有り難う御座います!」
「お幾ら?」

「当店の高級品の部類なので、二つで金8枚です!」
「た…。買ったるわ!」

「そう言って頂けると思いました!今の先生様ならこんなの端金でしょう?
一応知人割りも使えますが。私のお給金が下がるので断固拒否します。お願いします!助けると思って」
値切る前に被せやがった。この小娘め。


「毎度あり~」

店を出て一息。俺は負けてない。
嫁とクワンの笑顔?を見る為ならば!

「なかなか商売上手な子だねー」
フィーネとクワンティは、取り出した手鏡を翳して大はしゃぎ。

「喜んでくれて何よりさ」

立ち止まって振り返るフィーネ。
「でも。どうして急にこれを?」



「ツンゲナの町での事。覚えてる?」
「……あれから、一年後にって話?」
フィーネはあの約束を覚えていてくれた。

「そうそれ。半年以上早いけど。聞かせて欲しい」

フィーネは手鏡を降ろして、少し寂しそうな顔をした。
「バカ…」

「ごめん。ずっと俺不安だったんだ。頑張っても頑張っても、何時か捨てられるんじゃないかって。自分勝手にやってて。本当は嫌われてるんじゃないかって」

「大バカよ…」
鏡をポーチに戻して。
「もっと私を信じてよ。頼ってよ。
結婚して、将来の事まで考えて、これから旅もする。
この先もずっとって何度も話したじゃない」

「ごめん」

駆け寄るフィーネが優しいキスをくれた。
「合格に決まってるじゃない。これで不合格なら、私は何処まで強欲な女なのよ。馬鹿にしないで」

「ありがとう」
「お礼は、こっちの台詞よ…」


「じゃあ。行こう!」
「ちゃっちゃと行って。海に行こー」
「クワッ!」

未熟な白い鳩を肩に乗せ、2人は固く手を繋ぎ合う。

2人と1羽。
本当の旅は、こうして始まりを迎えた。
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転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

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公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

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