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第6話 商業都市タイラント
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この世界には踏み込んではいけない国が在る。
中央大陸、北陸一帯を占める、エストラージ帝国領。
マッハリアからは深い森と渓谷の向こう側。
帝国と呼称するだけ在って戦狂国家。血を好む連中の集まりだ。
危険しか感じなかったので、行き先候補から外した。
マッハリアは主に武器を取引し、対等な立場を確立。
南西クワンジアの東隣、アッテンハイム王国。
フィーネが生まれた辺境を内包する国。繋がりが出来たので訪問してもいいが、今回は時間が無いのでパス。
教会が政治の実権を握っている。未だ強力な力を宿した魔物が幾つも封じられているとも聞いた。
ロルーゼの次に怪しさ満載の国だ。
そりゃ逃げたくもなるわ。彼女自身が帰りたいと言わない限りは何度死んでも行かない。
雨期とは外れていても雨は降る。
分厚い曇天の空模様。時刻は昼過ぎ。
重大なイベントは在ったが、無事にタイラントとの国境を越えた。
キャラバン最後尾がメメット隊の担当。この中で最も熟練冒険者を揃えているのが理由。
俺とフィーネの馬車は最後列から3列手前を走る。
フィーネが加わった事で擁護対象と見なされた。美人って色んな場面で得をする生き物。
他の隊までフィーネを守ろうと目の色を変えた。
大きな町を一つ越えた先が王都パージェント。
王制にしては珍しく、都市名を固定化している。商業国家として名称をコロコロ変えては公文書作成が滞るとの判断でそう言う形式に成っている。
経路上の並びで説明する。
タイラント側北端の町ラッハマ。こちら側の流通拠点。
王都を更に南へ行くと、巨大な港町ラフドッグ。
狂犬の名に相応しい荒々しさを感じさせる。
ここで手に入らない物は無いとの評判。物資も情報も舟も人員も何もかも。
今世の最大重要ポイントとなるのは確実。
必ず辿り着いてみせる。
「緊張してる?まだタイラントに入ったばかりよ」
「正直、緊張してる。追手も来るだろうし、新しく商売も始めなくちゃいけないんだから」
「本当に来るの?王妃の刺客って」
「来るよ、必ず。今更気付いた事が在るんだ」
上着の襟を開き、胸元を露出した。
子供の頃に入信と同時に付けられた焼き印。
「それは?」
「信者の証さ。小さな紋様とナンバリング。恐らくこれが悪い奴らを引き寄せてる」
三つ葉模様と4桁の数字。これが発信器に成っているなら何か呪いの類。
「消せばいいのに」消せんのかい。
「今はダメ。今世でこれの本当の効力を立証しておきたいんだ。今の俺は謂わば餌。来る追手が教会側の暗部だとしたら、王妃のと繋がりが証明出来る」
「私が守り切れなかったら?」
「その時はその時さ。無理はしなくていい。俺には次が在っても、君には無いからね」
「怖くはないの?死ぬのが」
「怖いよ。次に生まれ変わった時、誰も周りに居なかったら。誰からも協力して貰えなかったら。孤立した時が一番怖い」
「死んでしまう事を聞いてるのに…。もういいわ」
「死ぬ事自体は問題じゃない。問題は何時何処で死ぬかだけだ」
「あんた本物の大馬鹿よ。残される人の事を丸で考えてない。そんなんでどうやって守れって言うの!」
話が全然噛み合わない。
ある程度は転生先を絞れるって伝えてもいい?
「ご自由に。ですが余計に怒りを買うだけかと」
「難しいな…。話変えよっか」
「…そうね。そうしましょう」
嫌な空気。話題を変えて今後の見通しを話合った。
無料配布のタイラント領内簡易図を、2人切りの馬車の中で拡げ他愛もない話をする。
馬車を引いてる御者は何をしている?当然真面目にお馬引いてくれてます。それが彼らのお仕事。
荷台と御座は厚めに仕切られ、小声の会話なら漏れ流れたりはしない。先程は多少ヒートアップな場面も在ったが軽い痴話喧嘩とでも捉えてくれるに違いない。
表向きは恋人風を装ってる。
しかも今日は雨が降っているので余程大丈夫。
襲撃に備え、町での滞在時間を短縮する案も出たが、御者も馬も休憩は必要。折角のキャラバンから離脱するのも危険と判断され断念した。
山場はラッハマ滞在前後と予想した。
王都はそれなりに警備も手厚い。他国領内で自由に回せる筈も無く、タイラント自体女神教信仰は少数派。
ラフドッグに至っては屈強な船乗りたちが犇めいてる。
並の暗殺者では直ぐに見抜かれ、ボロ雑巾で海に浮かぶそうだ。
教会信仰は入り込んでいるが、女神教ではなく海の聖獣信仰が席巻。それも安心材料の一つ。
それでも完全な安心安眠には繋がらないのが暗殺部隊の怖い所。どんな手段を執って来るかは解らない。
飲食店での毒盛り。路上での闇討ちや辻斬り。通り魔的強行犯。
純粋な武力行使のみだったならどれ程楽か。
現実に私は殺し屋ですと自己紹介しながら出て来る敵が居ないのと一緒。
ラッハマではメメット隊御用達の宿屋で大人しく過ごす。
見慣れない従業員が増えていたら尋問排除。
各隊の冒険者リーダーには初動の尋問権が与えられ、実際の処罰は行使不可。中には本当に人手を補う新人さんも居るので、容疑者のみ国の巡回兵に引き渡す所まで。
新人さんには滞在期間中だけ休暇を取って頂く次第。
元から居た従業員の血縁者、親類だった場合は勿論不問で宿泊施設は家族経営が殆ど。大きな都市部の施設は面接時に厳しい審査と登録審査が待っている。その点でも料金設定が高い店舗は比例して信用度も高い。
流れの曲者が紛れ込む余地はほぼ無い仕組み。
お休み頂く場合は代わりに皿洗いや風呂焚き等の雑用を代役しなければならなくなるが、それはまた別のお話。
経済、商売、安全のサイクルは何処も大体そんな感じで回されている。
刺客も盗賊も出ず、静かな小雨模様。
到着まではまだまだ。
しかし…静か過ぎる。順調過ぎるのが逆に不自然。
ちょっと警戒過剰に見られるかも知れないが、その油断を突くのが暗殺者とフレゼリカと言う女だ。
「交渉が成立しました」ロイドちゃんがそう告げた。
いよいよか。俺の最初の異能。
「次の中からお選び下さい」
1.時間操作小。1秒毎に魔力1消費。日割り制限無し。
2.時間操作中。10秒で魔力半分消費。1日に1回。
3.時間操作大。100秒で魔力全損。5日に1回。
「尚、3は魔力が零となるので数時間動けなくなります。無理に動けば心臓麻痺で死亡します」
成程成程。女神様の御力って訳ね。
3は問答無用で無いだろ。
2も使い勝手が今一だ。1でお願いします。
「想像通り。この特例スキルにはレベリングは在りません。従って成長はしない仕様と成っています。1で間違いありませんね?」
土壇場の1秒のアドバンテージは大きい。
逃走出来ない状況でも、窮地を打破する手段としては充分に使える。スペックオーバーな相手なら簡単に塗り潰されるので、その場合は素直に諦めよう。
今それが付与されるなら、やはり刺客は今日来るの?
「いいえ。付与されるのは最短でも3日後です。72時間後以降の睡眠時に付与されます。覚醒時に付与しようとすればご自分も周囲も大混乱を引き起こします故」
それまでは何とか自力で頑張れ、か。
魔力は精神力に直結している。
零の状態で動くと死ぬんだ…。残りを見ながらじゃないと多用は出来ないな。
「加えて1秒動かすのに1分間の硬化時間が発生。多用は出来ませんよ」再使用の待ち時間ね。
だから期待するなって言ったんだ。
「はい。特例に特例を重ねている状況ですので」
にしても1秒はデカいよ。女神様にお礼言っといて。
後、貴方の信者と戦う事になってもお許し下さいと。
「賜りました。伝えます。現時点で罰せられていないのですから、そこまで深く考えなくとも良いでしょう」
世界のどっかで見てるんだもんな。自分の信者たちを。
「その通りです」
俺はこの与えられた試練を乗り越える。
全ては消滅する為に。誰に理解されなくても。
「どうしたの?急に黙っちゃって」
「あぁ、ちょっと頭ん中で整理してた。何処まで話たっけ」
「私の扱いに付いてよ」
フィーネの取り扱い。ではなく、立場をどうするかだ。
奴隷上がりでは色々と都合が悪い。かと言って平民である事を証明するには出生を明かさなければならない。
教会に首を差し出すのでは連れて来た意味が無くなる。
「これは提案として聞いて欲しい」
「何?」
「結婚しないか?勿論手続き上でだ。俺の出生はマッハリアの侯爵家。簡単に証明出来る。婚姻の形であれば相手の素性は問われない」
「…」
「見た目は人間の美少女。誰もハーフだなんて知らない。変身や父譲りの擬態の能力も無さそうだし。長寿命と身体能力以外は人間そのもの。教会が持つ変な道具でも持ち出されない限り、素性がバレる心配は無い」
「条件的には、悪くないわね」
「俺が死んでも一度登録証を発行してしまえば、君は家名を使い続けられる。周囲が老いる時期が来れば、知り合いから距離を離さなきゃいけなくなるのと、後は君自身の感情的な問題だけだ」
「愛の無い結婚か…。全然考えてもいなかったな…」
女の子にそれを決断させるのは酷かもな。
でも俺は責任の取れない男だし。
「パージェントまではまだ時間あるし。身分が低くて何かと自由度が下がるけど、専属従業員の身分証明も発行出来なくはない。それするにはストアレン商会を立上げなきゃいけなくなるね。メメットさんに一時的な仮発行お願いするかなぁ」
立上げを失敗すると、メメットにも行く行くは大迷惑を掛ける事に繋がる。教会の敵対勢力との壁にするのと同じだからだ。
「流石にちょっと考えさせて。王都到着までには結論出しておくから…。因みに、私の寿命ってどの位か解る?」
教えてロイドちゃん。
「AI機能ではありませんよ。…勿論分類種族や個体差は在りますが、純粋な魔族は人間の凡そ十倍の寿命を持つとされます。彼女は混血ですので概算で半分程度かと」
「大体で5倍らしいよ」
「らしい?」あ、ヤベ。
「飽くまで計算上だから。ハーフってのを加味して、ざっと400から500の間だと思う。もしかしたら、俺の最後の散り際に立ち会えるかもよ。ハッハッハァ…」
「何にも嬉しくないわ、それ」そりゃそうだ。
また俺は彼女に悲しそうな顔をさせてしまった。
笑顔が一番素敵なのに。そんな顔にさせたくないのに。
彼女の幸せを一番に考えるなら、俺は長く関わらない方が良いのかも知れない。
それでも彼女の力無しでは課題のクリアは絶望的に難しい。軌道修正してくれる協力者として。
やっぱり我が儘だよな。
「お解りになっているならば。伝えてあげて下さい。その胸の内を正直に」
「我が儘ばかりで御免よ、フィーネ。今持ってる気持ちだけで、無責任に好きですとは言えない。だけど次も、その次も。俺は真っ先に君を探すよ。許してくれるなら、どうか俺に協力して欲しい」
「…無茶苦茶よ。どうして、消えたいと願う人の協力なんて出来ると思うの」
彼女は悔しそうに拳を振るわせていた。
馬鹿な俺には、彼女が怒っているのか哀れんでいるのか最後まで解らなかった。
---------------
どうして。どうしてこの人はそんな悲しい事を、平気な顔をして言えるのだろう。
もっと違う形だったなら、その言葉は嬉しい筈なのに。
彼は私に一番知りたかった父の真名を教えてくれた。
不自由な私に自由を与えようとしてくれた。
それなのに。目の前の彼は消えたいと望む。
私の為には生きてはくれないと言う。
私の言葉は彼には届かない。
答えの全ては出てしまっているのだから。
旅の終わりを決めてしまっている彼に、伝えられる言葉が見付からなかった。
父はある日、問い掛ける私にこう言った。
「私の真名?それは当に捨て去った名だよフィル。もしどうしても知りたいと願うなら…。そうだな。お前の真実の名を告げてくれる人を頼りなさい。運命の出会いとはそう言う物だと思うぞ。私と母さんの様にな」
人間の顔の父は、眩しい笑顔で笑っていた。
運命は巡る。私はそう思う。
哀しいかなこんな決別を決めた人と出会ってしまった。
お父さんの嘘吐き。
私は昔から家族以外の他人に触れられるのが嫌いだ。
男女問わず。肌に触れられるだけで気分が悪くなる。
体質なんだと思っていた。
教会の襲撃から逃げ、逃亡の果てに辿り着いた町で彼と出会った。
身剥ぎの男を捕まえる為に、身売りの振りをして立っていた所へ彼は不意に現われた。
誘惑を掛ける前にそっと手を掴まれた。
見知らぬ他人に掴まれても、私の身体は一切拒絶を示さなかった。不思議でフワフワした感覚だった。
これが運命だと直感した。
彼は私に真名を教えてくれた。それなのにどうして。
どうして後一言を。
たった一言を告げてくれないのだろう。
「君と共に、生きて行きたい」その願いさえ在れば。
私はどんな絶望にも立ち向かえるのに。
人間には無い力と寿命。必然的に別れは訪れる。
でもそうじゃない。彼だけは違うのだ。
行き着く先が違うのだ。
ラッハマの停留所に着く頃には、時期外れの雨は止み空には夕日が差していた。気分だけが晴れない。
馬車を降りる時。
ふわりと柔らかな何かが私の頭を撫でた気がした。
一枚の木の葉の様な。か細い微風の様な。
優しき母が撫でてくれた様な。
「どうしたの、フィーネ」
先に降りたストアレンが手を差し出す。
「何でもない」
彼の手を取り、足場を踏み越え降りた。
「お腹空いたし、早く宿行こう」
何事も無かったかの様に、彼は笑う。
「ええ、そうね。行きましょう」
彼から貰った安物のイヤリングを着け直し、自然に彼と手を繋いで歩いた。
先の事は誰にも解らない。
彼が言う未来は来ないかも知れない。
淡い期待を胸に抱き、私は決めた。彼を守ろうと。
どうか。彼の望みが、変わります様にと。
私はもう直ぐ、フィーネ・シュトルフと名乗る。
ずっと欲しかった自由と身分を手に入れる。
死ぬまで生き抜く。
今はそれで良いと、自分に言い聞かせた。
少し湿った吹き抜ける冷たい風が。
「きっと大丈夫ですよ」と。そう告げている気がした。
中央大陸、北陸一帯を占める、エストラージ帝国領。
マッハリアからは深い森と渓谷の向こう側。
帝国と呼称するだけ在って戦狂国家。血を好む連中の集まりだ。
危険しか感じなかったので、行き先候補から外した。
マッハリアは主に武器を取引し、対等な立場を確立。
南西クワンジアの東隣、アッテンハイム王国。
フィーネが生まれた辺境を内包する国。繋がりが出来たので訪問してもいいが、今回は時間が無いのでパス。
教会が政治の実権を握っている。未だ強力な力を宿した魔物が幾つも封じられているとも聞いた。
ロルーゼの次に怪しさ満載の国だ。
そりゃ逃げたくもなるわ。彼女自身が帰りたいと言わない限りは何度死んでも行かない。
雨期とは外れていても雨は降る。
分厚い曇天の空模様。時刻は昼過ぎ。
重大なイベントは在ったが、無事にタイラントとの国境を越えた。
キャラバン最後尾がメメット隊の担当。この中で最も熟練冒険者を揃えているのが理由。
俺とフィーネの馬車は最後列から3列手前を走る。
フィーネが加わった事で擁護対象と見なされた。美人って色んな場面で得をする生き物。
他の隊までフィーネを守ろうと目の色を変えた。
大きな町を一つ越えた先が王都パージェント。
王制にしては珍しく、都市名を固定化している。商業国家として名称をコロコロ変えては公文書作成が滞るとの判断でそう言う形式に成っている。
経路上の並びで説明する。
タイラント側北端の町ラッハマ。こちら側の流通拠点。
王都を更に南へ行くと、巨大な港町ラフドッグ。
狂犬の名に相応しい荒々しさを感じさせる。
ここで手に入らない物は無いとの評判。物資も情報も舟も人員も何もかも。
今世の最大重要ポイントとなるのは確実。
必ず辿り着いてみせる。
「緊張してる?まだタイラントに入ったばかりよ」
「正直、緊張してる。追手も来るだろうし、新しく商売も始めなくちゃいけないんだから」
「本当に来るの?王妃の刺客って」
「来るよ、必ず。今更気付いた事が在るんだ」
上着の襟を開き、胸元を露出した。
子供の頃に入信と同時に付けられた焼き印。
「それは?」
「信者の証さ。小さな紋様とナンバリング。恐らくこれが悪い奴らを引き寄せてる」
三つ葉模様と4桁の数字。これが発信器に成っているなら何か呪いの類。
「消せばいいのに」消せんのかい。
「今はダメ。今世でこれの本当の効力を立証しておきたいんだ。今の俺は謂わば餌。来る追手が教会側の暗部だとしたら、王妃のと繋がりが証明出来る」
「私が守り切れなかったら?」
「その時はその時さ。無理はしなくていい。俺には次が在っても、君には無いからね」
「怖くはないの?死ぬのが」
「怖いよ。次に生まれ変わった時、誰も周りに居なかったら。誰からも協力して貰えなかったら。孤立した時が一番怖い」
「死んでしまう事を聞いてるのに…。もういいわ」
「死ぬ事自体は問題じゃない。問題は何時何処で死ぬかだけだ」
「あんた本物の大馬鹿よ。残される人の事を丸で考えてない。そんなんでどうやって守れって言うの!」
話が全然噛み合わない。
ある程度は転生先を絞れるって伝えてもいい?
「ご自由に。ですが余計に怒りを買うだけかと」
「難しいな…。話変えよっか」
「…そうね。そうしましょう」
嫌な空気。話題を変えて今後の見通しを話合った。
無料配布のタイラント領内簡易図を、2人切りの馬車の中で拡げ他愛もない話をする。
馬車を引いてる御者は何をしている?当然真面目にお馬引いてくれてます。それが彼らのお仕事。
荷台と御座は厚めに仕切られ、小声の会話なら漏れ流れたりはしない。先程は多少ヒートアップな場面も在ったが軽い痴話喧嘩とでも捉えてくれるに違いない。
表向きは恋人風を装ってる。
しかも今日は雨が降っているので余程大丈夫。
襲撃に備え、町での滞在時間を短縮する案も出たが、御者も馬も休憩は必要。折角のキャラバンから離脱するのも危険と判断され断念した。
山場はラッハマ滞在前後と予想した。
王都はそれなりに警備も手厚い。他国領内で自由に回せる筈も無く、タイラント自体女神教信仰は少数派。
ラフドッグに至っては屈強な船乗りたちが犇めいてる。
並の暗殺者では直ぐに見抜かれ、ボロ雑巾で海に浮かぶそうだ。
教会信仰は入り込んでいるが、女神教ではなく海の聖獣信仰が席巻。それも安心材料の一つ。
それでも完全な安心安眠には繋がらないのが暗殺部隊の怖い所。どんな手段を執って来るかは解らない。
飲食店での毒盛り。路上での闇討ちや辻斬り。通り魔的強行犯。
純粋な武力行使のみだったならどれ程楽か。
現実に私は殺し屋ですと自己紹介しながら出て来る敵が居ないのと一緒。
ラッハマではメメット隊御用達の宿屋で大人しく過ごす。
見慣れない従業員が増えていたら尋問排除。
各隊の冒険者リーダーには初動の尋問権が与えられ、実際の処罰は行使不可。中には本当に人手を補う新人さんも居るので、容疑者のみ国の巡回兵に引き渡す所まで。
新人さんには滞在期間中だけ休暇を取って頂く次第。
元から居た従業員の血縁者、親類だった場合は勿論不問で宿泊施設は家族経営が殆ど。大きな都市部の施設は面接時に厳しい審査と登録審査が待っている。その点でも料金設定が高い店舗は比例して信用度も高い。
流れの曲者が紛れ込む余地はほぼ無い仕組み。
お休み頂く場合は代わりに皿洗いや風呂焚き等の雑用を代役しなければならなくなるが、それはまた別のお話。
経済、商売、安全のサイクルは何処も大体そんな感じで回されている。
刺客も盗賊も出ず、静かな小雨模様。
到着まではまだまだ。
しかし…静か過ぎる。順調過ぎるのが逆に不自然。
ちょっと警戒過剰に見られるかも知れないが、その油断を突くのが暗殺者とフレゼリカと言う女だ。
「交渉が成立しました」ロイドちゃんがそう告げた。
いよいよか。俺の最初の異能。
「次の中からお選び下さい」
1.時間操作小。1秒毎に魔力1消費。日割り制限無し。
2.時間操作中。10秒で魔力半分消費。1日に1回。
3.時間操作大。100秒で魔力全損。5日に1回。
「尚、3は魔力が零となるので数時間動けなくなります。無理に動けば心臓麻痺で死亡します」
成程成程。女神様の御力って訳ね。
3は問答無用で無いだろ。
2も使い勝手が今一だ。1でお願いします。
「想像通り。この特例スキルにはレベリングは在りません。従って成長はしない仕様と成っています。1で間違いありませんね?」
土壇場の1秒のアドバンテージは大きい。
逃走出来ない状況でも、窮地を打破する手段としては充分に使える。スペックオーバーな相手なら簡単に塗り潰されるので、その場合は素直に諦めよう。
今それが付与されるなら、やはり刺客は今日来るの?
「いいえ。付与されるのは最短でも3日後です。72時間後以降の睡眠時に付与されます。覚醒時に付与しようとすればご自分も周囲も大混乱を引き起こします故」
それまでは何とか自力で頑張れ、か。
魔力は精神力に直結している。
零の状態で動くと死ぬんだ…。残りを見ながらじゃないと多用は出来ないな。
「加えて1秒動かすのに1分間の硬化時間が発生。多用は出来ませんよ」再使用の待ち時間ね。
だから期待するなって言ったんだ。
「はい。特例に特例を重ねている状況ですので」
にしても1秒はデカいよ。女神様にお礼言っといて。
後、貴方の信者と戦う事になってもお許し下さいと。
「賜りました。伝えます。現時点で罰せられていないのですから、そこまで深く考えなくとも良いでしょう」
世界のどっかで見てるんだもんな。自分の信者たちを。
「その通りです」
俺はこの与えられた試練を乗り越える。
全ては消滅する為に。誰に理解されなくても。
「どうしたの?急に黙っちゃって」
「あぁ、ちょっと頭ん中で整理してた。何処まで話たっけ」
「私の扱いに付いてよ」
フィーネの取り扱い。ではなく、立場をどうするかだ。
奴隷上がりでは色々と都合が悪い。かと言って平民である事を証明するには出生を明かさなければならない。
教会に首を差し出すのでは連れて来た意味が無くなる。
「これは提案として聞いて欲しい」
「何?」
「結婚しないか?勿論手続き上でだ。俺の出生はマッハリアの侯爵家。簡単に証明出来る。婚姻の形であれば相手の素性は問われない」
「…」
「見た目は人間の美少女。誰もハーフだなんて知らない。変身や父譲りの擬態の能力も無さそうだし。長寿命と身体能力以外は人間そのもの。教会が持つ変な道具でも持ち出されない限り、素性がバレる心配は無い」
「条件的には、悪くないわね」
「俺が死んでも一度登録証を発行してしまえば、君は家名を使い続けられる。周囲が老いる時期が来れば、知り合いから距離を離さなきゃいけなくなるのと、後は君自身の感情的な問題だけだ」
「愛の無い結婚か…。全然考えてもいなかったな…」
女の子にそれを決断させるのは酷かもな。
でも俺は責任の取れない男だし。
「パージェントまではまだ時間あるし。身分が低くて何かと自由度が下がるけど、専属従業員の身分証明も発行出来なくはない。それするにはストアレン商会を立上げなきゃいけなくなるね。メメットさんに一時的な仮発行お願いするかなぁ」
立上げを失敗すると、メメットにも行く行くは大迷惑を掛ける事に繋がる。教会の敵対勢力との壁にするのと同じだからだ。
「流石にちょっと考えさせて。王都到着までには結論出しておくから…。因みに、私の寿命ってどの位か解る?」
教えてロイドちゃん。
「AI機能ではありませんよ。…勿論分類種族や個体差は在りますが、純粋な魔族は人間の凡そ十倍の寿命を持つとされます。彼女は混血ですので概算で半分程度かと」
「大体で5倍らしいよ」
「らしい?」あ、ヤベ。
「飽くまで計算上だから。ハーフってのを加味して、ざっと400から500の間だと思う。もしかしたら、俺の最後の散り際に立ち会えるかもよ。ハッハッハァ…」
「何にも嬉しくないわ、それ」そりゃそうだ。
また俺は彼女に悲しそうな顔をさせてしまった。
笑顔が一番素敵なのに。そんな顔にさせたくないのに。
彼女の幸せを一番に考えるなら、俺は長く関わらない方が良いのかも知れない。
それでも彼女の力無しでは課題のクリアは絶望的に難しい。軌道修正してくれる協力者として。
やっぱり我が儘だよな。
「お解りになっているならば。伝えてあげて下さい。その胸の内を正直に」
「我が儘ばかりで御免よ、フィーネ。今持ってる気持ちだけで、無責任に好きですとは言えない。だけど次も、その次も。俺は真っ先に君を探すよ。許してくれるなら、どうか俺に協力して欲しい」
「…無茶苦茶よ。どうして、消えたいと願う人の協力なんて出来ると思うの」
彼女は悔しそうに拳を振るわせていた。
馬鹿な俺には、彼女が怒っているのか哀れんでいるのか最後まで解らなかった。
---------------
どうして。どうしてこの人はそんな悲しい事を、平気な顔をして言えるのだろう。
もっと違う形だったなら、その言葉は嬉しい筈なのに。
彼は私に一番知りたかった父の真名を教えてくれた。
不自由な私に自由を与えようとしてくれた。
それなのに。目の前の彼は消えたいと望む。
私の為には生きてはくれないと言う。
私の言葉は彼には届かない。
答えの全ては出てしまっているのだから。
旅の終わりを決めてしまっている彼に、伝えられる言葉が見付からなかった。
父はある日、問い掛ける私にこう言った。
「私の真名?それは当に捨て去った名だよフィル。もしどうしても知りたいと願うなら…。そうだな。お前の真実の名を告げてくれる人を頼りなさい。運命の出会いとはそう言う物だと思うぞ。私と母さんの様にな」
人間の顔の父は、眩しい笑顔で笑っていた。
運命は巡る。私はそう思う。
哀しいかなこんな決別を決めた人と出会ってしまった。
お父さんの嘘吐き。
私は昔から家族以外の他人に触れられるのが嫌いだ。
男女問わず。肌に触れられるだけで気分が悪くなる。
体質なんだと思っていた。
教会の襲撃から逃げ、逃亡の果てに辿り着いた町で彼と出会った。
身剥ぎの男を捕まえる為に、身売りの振りをして立っていた所へ彼は不意に現われた。
誘惑を掛ける前にそっと手を掴まれた。
見知らぬ他人に掴まれても、私の身体は一切拒絶を示さなかった。不思議でフワフワした感覚だった。
これが運命だと直感した。
彼は私に真名を教えてくれた。それなのにどうして。
どうして後一言を。
たった一言を告げてくれないのだろう。
「君と共に、生きて行きたい」その願いさえ在れば。
私はどんな絶望にも立ち向かえるのに。
人間には無い力と寿命。必然的に別れは訪れる。
でもそうじゃない。彼だけは違うのだ。
行き着く先が違うのだ。
ラッハマの停留所に着く頃には、時期外れの雨は止み空には夕日が差していた。気分だけが晴れない。
馬車を降りる時。
ふわりと柔らかな何かが私の頭を撫でた気がした。
一枚の木の葉の様な。か細い微風の様な。
優しき母が撫でてくれた様な。
「どうしたの、フィーネ」
先に降りたストアレンが手を差し出す。
「何でもない」
彼の手を取り、足場を踏み越え降りた。
「お腹空いたし、早く宿行こう」
何事も無かったかの様に、彼は笑う。
「ええ、そうね。行きましょう」
彼から貰った安物のイヤリングを着け直し、自然に彼と手を繋いで歩いた。
先の事は誰にも解らない。
彼が言う未来は来ないかも知れない。
淡い期待を胸に抱き、私は決めた。彼を守ろうと。
どうか。彼の望みが、変わります様にと。
私はもう直ぐ、フィーネ・シュトルフと名乗る。
ずっと欲しかった自由と身分を手に入れる。
死ぬまで生き抜く。
今はそれで良いと、自分に言い聞かせた。
少し湿った吹き抜ける冷たい風が。
「きっと大丈夫ですよ」と。そう告げている気がした。
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◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
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