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第3章 大狼討伐戦

第71話 ロマンスの欠片たち

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オート・マトン。それが俺の名。
これまでの人生の大半を退屈な西側で過ごした。

スキル【万能】
これは何でも出来る。何にでも成れる、とんでもスキルの一角に類する。

偽装や隠蔽を伸ばし、何も所持していない様に見せるのは相当苦労させられた。

しかし幻では上位は騙し切れなかった。

ゴルザ、アルバ、シンシア。
あの3人を引き離せなかったのはかなりの痛手。
結果がこの有様。無様だね。

おまけにアビにも見抜かれた。
異世界人の半数が気付いていた気もする。
本当に厄介で目障りな奴らだ。

「オート様。閉じ込められました。如何しますか?」
この馬鹿女は、ホイホイと追い掛けて来た愚かな女。
まだ利用価値は在る。

「チェイダ。あちら側に居ても良かったんだよ?」
寧ろ手駒を潜ませる方が好都合。
なのにこの女は付いて来た。

「邪魔なら邪魔と仰って下さい。切り捨てられるまでは、お側に居ります」
使命よりも感情を優先する女。馬鹿と書いてチェイダと読むのではと考えてしまう。

愛など信じない。巨万の富も幻想。
適当大好きな俺が、心の底から望む物。それは…。

「入るぞ!」
ノックもせずに部屋へ入って来た男。

「ブラームス。じっとしてられないんですか?今は待つ時だと言ったでしょう」
爺の癖に節操が無いな。老い先短いから余計にか。

「わしのスキルが早く動けと忙しくてな」

こいつも馬鹿だ。スキルは制御する物であって、逆に操られるとは情けない。
スキルに頼り切りだから、こんな事になるんだ。

異世界人を少しは見習え。
特にタッチーとヒオシは、所持スキルとは全く関係の無い鍛冶技術を磨き上げた。

興味本位で垣間見ただけでも圧巻だった。
素人目でも良く解る。
最高級の素材を選び、最適な魔石を選び、持ち手の特徴に即した形状を具現化する。正に職人。

どんな硬い鎧でも斬れそうな剣を見ても、まだまだだと言う不満げな表情。正直それが怖く感じた。

そんな未完の一振りを俺も貰った。
試作品だからタダでいいと。

フェンサー(凸型)の剣。
先端が突針になっている細長い剣。これなら大狼の防壁もゴルザ自慢の大盾も易々と貫けるのでは…、の前に懐まで辿り着けるかが問題だ。


話を戻そう。
西で暇を持て余していた俺は、冒険者として帝国以外を巡業していた。

途中の国で割りに大きな盗賊団を掃討する仕事を請け負った。その中に紛れていた邪神教の新派。

秘密裏に逃し、助けた代償として本拠地を吐かせた。

当初は如何わしい新興宗教を潰す積もりでいた。
邪神を信じる者たちなんて碌でも無いと。

下調べを進める内、まぁ出るわ出るわ。
派閥の大小在れど、世界中に広がっていた。
閉鎖的な帝国にはどうだか。

着実に、地道に、世界に根を張って。

各拠点を潰すのにも飽きてきた頃。
不意に聞いてしまった。聞こえてしまった。

-我の望みを叶えよ。さすればお前の望みも叶えよう-

普通の念話とも違うその声に。
俺は一発で惹かれた。

俺の望み。この退屈な世界からの脱却。
声の主の望みが何だったのか。それは今でも解らない。

取り敢えず、それまでと違う事をしようと考えた。
自由度の高い冒険者ギルドを辞めず、利用しながら邪神教に加担する。

それなりの地位を得ていた俺には、意外に簡単な仕事。

声の主を神だと定義付け、俺は邪神教に入信した。

元々興味は持っていた。
殺しても殺しても、次々に信徒は沸いて出る。
この力の根源は何なのか。それが知りたかった。


「オート様…」
久々にチェイダを抱き締めた。変わらぬ柔らかな香り。
衣服を剥ぎ取り、彼女の柔肌を貪った。




-----

彼に抱かれていると。抱かれる度に。
私は益々寂しくなる。

彼は私を見ていない。形ばかりの婚約。

信じたい。
僅かでも、ほんの僅かでも愛情が存在している事を。

何時もの軽口でもいい。たった一言告げてくれれば。

私は手駒。いつ何時でも切り捨てられる捨て駒。

胸と腹を這い回る彼の頭をそっと撫でた。
オートが一番に嫌う行為。

普段なら怒る所なのに。今日は一瞬固まっただけで何も反論しなかった。

私には解る。彼は、迷っている。
進むべきか、退くべきか。完全に寝返るか。
切り捨てた仲間の元に、戻るのか。


彼との出会いは、ごく有り触れた物。
私の家系は代々邪神教徒。自然に私もそうなった。

地道な地下活動の最中。
漏れ出た情報がギルドに勘付かれ、派遣された討伐隊の中に彼は居た。

両親も既に他界。独りとなっていた私は。
「殺したいなら殺しなさい」と剣を向ける彼に告げた。

「可愛い顔してんじゃん。結構好み。俺専属の女になるなら助けてやるよ」
こいつは何を言っているんだと、心の底から思った。

「おいオート。邪神教の教徒は皆殺しだ。協定違反は刑罰の対象になるぞ」
討伐隊の仲間の一人がオートに掴み掛かった。

次に宙を舞っていたのは、彼の肩を掴んだ男の首。
「俺って命令されるの嫌いなんだよねぇ。君の名前は?」

「チェイダ・ルバンテ」

「チェイダちゃんか。ちょいと待っててね」
そう言い残すと、討伐隊諸共、私以外の教徒の全てを斬り伏せた。

不思議と私は殺されないと感じた。
微塵も恐怖を感じなかった。

異常な光景の中で、笑顔のまま立ち回る彼を呆然と見詰めていたに過ぎない。

「あーあ失敗失敗。相打ちで俺以外全滅だよ。着替えとか持ってる?」

「…はい?」

「外装だけでも数合わせないとね。後で言い訳出来ないんだよ」
そこまで言われて理解した。

彼も私も返り血で血塗れ。私から外装を剥ぎ取ると、それを二つに裂いて血溜りの中へ捨てた。

肌着の私はその場に立ったまま。
「どうしたの?恥ずかしくないの?キャーとか言わない?」

「替えの服が上なので」天井を指した。

「じゃなくて…。君も、壊れてるね」君も?

そうか。彼と私は、似た者同士。

私を抱え器用に階段を上る彼の首に腕を絡めた。
「頭だけは触らないでね。俺苦手なんだ」

「はい」自然に顔が綻んだ。
「笑顔も可愛いねぇ。どんどん好きになりそう」

彼の胸元の香りを、胸一杯に吸い込むと。
生まれて初めて、生きている実感が湧いて来た。

私は、まだ生かされている。




-----

三回目位か。地面に転がって空を眺めるのは。

三日連続。ダンジョンの攻略に付き合って。
夕飯を食い終わった後。

オオノギとの模擬戦。
結局何度やっても一本も取れず終い。

考えられるだけ手を変え品を変え。結果は同じ。

模造の木刀でも綺麗に打ち抜かれればかなり痛い。
終わると直ぐに回復してくれる。

そんなもんは要らねぇと突っぱねたかったが、実際何本か折れたので有り難く治療を受けた。

今日も笑顔で手を差し伸べられる。あんた眩しいぜ。
もう夜だけど。

惚れちまった。一番嫌いだと思い込んでた強い女に。

惚れた贔屓目を抜きにしても。彼女は純粋に強かった。
技の切れ、身の熟し。舞踊の様な足捌き。

勝っている要素は、腕力と槍のリーチだけ。

本心で言えば、槍が得意なマクベスさんに教えを請いたかった。
でもあっちはあっちでイニーの育成中。
後輩の邪魔は出来ん。


「今日も私の勝ちね、プルア。昨日よりも粘れてた」
痛いの我慢しただけだっつーの。

「なぁ、オオノギ。そんなに強いのに、なんで…。禁句だったらゴメン」

「いいのよ。これでも弱い方だよ」
マジかよ。信じたくねぇ。

寝たままの俺の隣にオオノギが座った。
装備の隙間から見える太腿が眩しい。落ち着け俺!

同じ様に夜空を見上げる彼女の横顔は、寂しそうに笑っている様に見えた。

「実戦が怖いの。特に人間同士の真剣勝負。どうして殺し合うのか、どうしてどちらか死ぬまで終わらないのか。そればかり考えちゃう。もし失敗したら。最悪自分が死ぬだけならまだマシ。その失敗で、ノリコや他の仲間、友達が死んでしまったら」

聞かなくても解る。彼女はまだ人を殺めてない。

「元の世界。私たちが暮らしてた国はね。とても平和だったの。真夜中でも人通りの多いとこなら、武装せずに歩けたり。朝まで友達と遊んだりね」

「まるで夢物語だな。少なくともこの大陸はダメだ。商業が盛んな南大陸でも、そんな安全な場所なんてねぇよ」

「南かぁ。死ぬ前か、帰る前に一度行ってみたいな」

「そん時は俺が案内してやるよ。つっても俺も数回しか行った事ないけどな」

「それ何の自慢?」

「一応、口説いてる積もり」

「私よりも強くなってから言ってね。時間無いわよ」




-----

「ノリコさん、ノリコさん」
「何でしょう、ゼファー解説員」

「か、解説員のゼファーです。報告します」
「報告をお願いしまーす」

「兄さんたちが、めっちゃいい雰囲気です」
「…それは私も見ているので知っています」

「一つ提案があります」
「何でしょう、ゼファー解説員」

「僕らも、仲良くしませんか?」
「却下です。調子に乗らないで下さい」

「ずびばぜん」
「泣き虫さんですか!序でに私たちも、って言われて喜ぶ女の子が居るはずがないでしょ」

「ずびばぜん」
「泣き止んで下さい。お子様ですか!泣きたいのはこっちです。あっちはロマンス溢れる王道。こっちは残念な泣き虫さんなんですよ。順番が違います。先ずは告白からして下さい」

「好きです!」
「却下です。唐突過ぎます。ビックリです。驚きだけでトキメキが迷子です」

「君の温和な笑顔に惚れました。怪我人を放って置けない優しさ。人を絶対に傷付けない心優しさ。町行く子供を笑顔で見詰める女神の如きあの表情。好きです!」
「却下です。今度は情報量が多すぎます。処理し切れず何を言われているのか理解不能です」

「ずびばぜん」
「泣かないで!もうヤダ」

ノリコはうつ伏せの状態から半身を起こすと、隣のゼファーを無理矢理起こして両手で頭を掴んだ。

ノリコの方から唇を重ねた。
少し塩っぱいファーストキス。

ノリコは思う。
ノギちゃんとの勝負には辛うじて勝った。
でもこれで良かったのだろうかと、心の何処かで…。

思う暇も無く、ゼファーは情熱的なキスに切替えた。

私のロマンスは行方不明になりましたぁ。
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