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第3章 大狼討伐戦

第68話 乱入

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武神。乱撃は烈火の如くに咲き乱れた。
拳を突き入れ、入れ替わりに薙ぐ。

藻掻く大狼の相手は2人だけ。それで充分だった。

纏う風さえ突き破る。逃げる事すら許さない。
背を見せれば尾を刻み、腹を見せれば抉り取る。

-痛いよ…-

声は幻。2人には関係が無かった。
一切を聞かず、一切の妥協もせず。

完膚無きまでに掴んだ勝利。

尾と肢体を粉砕した後は、国軍が人界で止めを刺した。
かに見えた。

ナイゾウは腕組みしながら見守り、アーチェは満足そうに剣を拭った。

「なんか、偉そう、じゃない?」
「気にするな。戦人には威厳も必要。全ては代え難い勝利の為に」

「勝利、か…」
「気に入らない?」

「勝った、のかな。実感が、湧かない」
「…私もだ」

-…もう怒ったぞ-

戦闘開始から数時間。
夜は、未だ明けず。それは白夜の様に。

再起動。大狼は死んではいなかった。

「軍兵共!下がれ」アーチェが剣を振り翳した。

ナイゾウが深く呼吸する。
より深く。より長く。目前の巨体を見据え。
歯の隙間から漏れ出す吐息。寒空の下。

蒸気。吐息は湯気として立ち上る。

一歩。ナイゾウが踏み込んだ先の道が開かれた。


「間に合いましたね。追撃。頭上にはご注意を!」

聞き覚えの無い誰かの声。それでも解る。
その優しき囁きが示す出来事を。

ナイゾウがフェンリルの胴元に潜り込み、地上から大狼の顎を正確に捉えた。

跳ね上がる首。僅かに揺れた頭部。



「みんな!誰も下に居ないでよ」

上空から。舞い降りる1人の影。
端から目撃した兵士たちは、それが人であると寸手認識出来なかった。

-スキル【豪撃】
 並列スキル【粉砕】発動が確認されました。-

空気との摩擦で燃え上がる隕石。
ある者にはそう見えた。

誰かが召喚した燃える大岩。
ある者はそう感じた。

-単独シークレットスキル
 【メテオインパクト】発動されました。-

流星は大狼の頭上に降り注いだ。

大きな鉄塊だったからこそ。
それを振るう人間が英雄の娘だったからこそ。
真炎は真髄を枯らせなかった。

大きな激突音。衝撃は頭上から顎下に抜け、大地に凹みを作った。

ナイゾウが寸前で衝撃の波形を読み切り、アーチェを担いで離脱。


衝撃波は拡散。熱風と冷気が混じり合い、周辺一帯は一瞬で霧が立ち籠めた。

霧の中から現われたのは、
一人の少女を抱えた英雄の姿。

「父様。恥ずかしい。降ろして」

「恥じる気概が在るなら、余り無茶はするな」

「はい…」

誰かがその姿を見て呟いた。
「英雄様だ。ゴルザ様が来たぞ」



頭を2つに割られた大狼。
二度目の復活は叶わなかった。

砦より南側の大狼は討たれた。
これにより南のルートが開通。物資運搬の流路が確保された。

砦より北側。東西にも。
大狼は二十を超えていた。

「今回は英雄に止めを奪われた。でも落胆する事は無いぞナイゾウ。狼はまだまだ居るからな」

「えー。もう後ろ、下がろうよ」
「喧しい!」

「ゴメン…」
この2人だけは、相変わらずだった。




-----

砦から発射される白球。
ルドラの千本ノック。手当たり次第から段々と精度を上げて行った。

供給源のタッチーがトスを続ける。
「はいっ」

「滾る。もっと来るのじゃ」

金属バットを振りかぶりながら、ルドラは満面の笑みを浮べていた。

在庫は有限。但し、そう簡単には無くならない。

白球の正体は、砂糖と岩塩を固めた物をスフィアでコーティングした球体。とても食べられた物ではない。

砦周辺に集まっていたフェンリルも、最初の内は喜び踊りながら食べていた。

毒には耐性を持っていても、片や食品。毒ではない。
だがそれは過剰摂取をしなければ。

永い悠久の時を生きられる大狼でも、たった数発で生涯摂取量を軽く凌駕した。

「前方4体、沈黙」
観測室のジェシカが思わず叫んだ。

アビは隣で青い顔をしていた。
「エッグい…」

数分も経過すれば、塩は腎臓を破壊。分解許容を越える糖分は全身の血管を硬化させた。

次に招いたのは腎不全と意識混濁。
フェンリルたちは、その場で蹲り動かなくなった。


「さてと。次に何が起こるんだか」
タッチーは上空のマップを見上げた。

最寄りの4匹は沈黙した。
西側の7匹は静止。こちらの様子を見ている。
北東に3匹。こいつらも監視要員。
東奥に居る10匹は固まって動かない。

北奥に残りの4匹。東奥か北奥か。
どちらかが本命。どちらかにリーダーが居る。

昏睡した4匹の動きを見た限り、ある程度の連携は取れていた。個別の独立性を持ちつつ、指揮者の指示には従う従順さ。犬種らしいっちゃそれまで。

推定ランクSSS以上。それ程の存在が。


不意にタッチーの両腕をキュリオと、戻ったジェシカが抑え込み、目の前でルドラがバットを構えていた。

「い、行かないって!」

「信用なりません」
「今日も寝ずの番だよ」
「どこじゃ?バットを叩き入れられたいのは」

信用してよ…。ルドラはバットを仕舞おうね。

何度もBOX発動を見ている内に、ルドラも似た様な亜空間を発動させた。
収納量は必要に応じた可変式。便利だが拡げると魔力消費も増えるらしい。

ルドラや魔王にしてみたら些細な消費。
ただ塵も積もればってね。いざとなれば、他の血肉や魔石を囓れば補充出来ちゃう。魔族特権が羨ましい。

「そういやルドラは何ともない?体調悪いとか、引っ張られる感覚とか」

「全く無いのぉ。最近ママが島を出たようじゃ。早く会いたいな」
母親を意識すると素が入る。同時に他からの影響もされないのかも。気の持ちよう?

「…ルドラ?今、ルシさんが。島出たって?」

「出たのぉ」嬉しそう。
親子の絆?魔族の絆?

聞かなくても、目的は一つしかない。

ルドラの所に来る。詰りここにやって来る。

なんか頭痛くなってきた。
軽いバカンス、ルドラの引き取り、参戦…は無いか。
敵対と混沌だけは止めて欲しい。

「ルシさんのご機嫌は?」
「頗る上機嫌じゃ。町の一つや二つ、軽く屠れる位にな」

キュリオが腕から離れ、両手でルドラの頬を抓った。
「ママさん。止められるよね?ルドラちゃん」

「痛い!冗談じゃ。私が無事なら暴れないって、約束してたでしょ!」
そんな口約束もしてた、気もしなくもない。

「ならよし。ルドラちゃんは良い子だね」
キュリオに抱き締められると、途端に大人しくなるんだよなぁ。不思議だ。


隣で空を見上げていたジェシカが呟いた。
「何者かが西から来ます」

「ルシさんじゃなくて?」

「この感覚は…。全く別物です」

「予想通りかぁ。少しだけ、残念かな」
寂しげに西の空を見上げるタッチーに対し、ジェシカは不安を感じた。
「何を、する積もりなの?」

「安心して。僕は前には出ないよ。今はまだ、ね」

インカムをON。全配信で語り掛けた。
「フウ。対空砲起動」

「本気なのね。コレがパクられたら、全部終わるのよ」
失敗したら何もかも終わる。

どうしても確認しておきたい事項。門藤の反応だ。
敵飛空挺に乗っているのが門藤なら。必ず何かリアクションを起こす。

一か八か。世界を救う為に、逆の布石を打つ。
取られたら詰み。

ガモウが乗っていた機体。それを消し飛ばした光線。
ヒントは受け取り、存在は定義された。

同じ物じゃなく、越える物を。

電磁砲。パルス波を更に湾曲させ、物質構造を原子レベルまで強制分離する殺戮兵器。

…そんな危険な物は造りません。

そもそも元世界でも実用化されてない技術。恐らく間違ってる可能性大な妄想だけで造れちゃったら、科学への冒涜でしょ。

雷、風、白黒魔石を織り交ぜただけの贋作です!

今自分が居る中央北側の第一塔。
砲台はその屋上に設置されている。

シート布を剥ぎ取ると、ガンメタシルバーの砲台が現われた。男子心を擽るねぇ。

フウ氏も徐々に男子趣味に毒されてきた。
最近では詳しくデザインを伝えなくても、構成と材料を渡すだけで部品作成しちゃうんだから。

肝の魔石抽出部品は勿論鍛冶で自作。
贋作はそこまでハードル高くなかった。


要は食い付くのが誰かって話。
「パクられる物ならそれまでさ」所詮その程度。

門藤機で試し打ち。
勿論当てる気は無い。一応何も話聞いてないんで。


位置はマップで丸分かり。
照準を空へと向けた。ある程度の損失を与えて、空から降ろすのが狙いだ。

初手は大きく外す。

稼働レバーを両手で握る。深呼吸。

夜空を切り裂く真っ白な光線。
出力はこないだ見た奴の半分程度。上々の仕上がり…。

レバーを手放し、腰が抜けた。たったの一発で。

4種共に得意分野じゃない弊害。
魔力の消費が桁違いだった。でも後一発は撃たないと。

立ち上がり、レバーを握り直す。
「気絶したらゴメン」

「少しは頼ってよ」キュリオが僕の左腕に手を添えた。
「何でも一人でやってしまうのは、正直どうかと」
ジェシカが右腕に。

「仕方が無いのぉ」ルドラが背中に負ぶさった。

これで消費は軽減される。ホッとした。
同時に燃え滾ってキタ。
内心背中以外は興奮してるのは置いといて。もう一発。

タッチーは興奮で忘れていた。
攻撃効果も上がってしまっている事を。

「いっけぇぇぇーーー」

放たれた極太の光線は、暗い夜空を照らし上げる光源となった。

「あ、あれ?」やっべぇ。

出してしまった物は戻せない。覆水盆に返らず。
水分無いけど。

「門藤先生!避けてーーー!!」

「何じゃ?滅したいのか、生かしたいのか?」
ルドラがタッチーの頭に顎を乗せて首を捻る。

どっちなんだろ…。猛省中。




-----

「第二波、来ます」
焦りも抑揚も無い声。落着いているな。

一度死人になると感情に乏しい。

乱入の時期を早まったか。もっと激化してからでも。
「空に上がってまで、不自由を感じるとはねぇ」

やるじゃねぇか、クソガキ共。

有り得ない光景の連続に、自分の乏しかった感情も生前の名残を呼び起こされた。

一発目は脅し。二発目は警告。
舟の先端が溶け消えた。

どの道、この状況では高速移動も迷彩も不可能。
姿を隠していてもこの損害。こちらの姿は丸見え。

頭上の地図の赤は大狼を示しているのか。
索敵魔術。通りで、王都で俺がしくじった訳だ。

逆に見れば、大狼からも容易に捕捉される。
アルバニルにしてはお粗末だ。だとすると、これはタッチー側の誰かの仕業。正気か。

「この舟は捨てる。大狼が居ない場所に着地する」
俺が舵を握っているので、指示を出すまでもないが。

強奪も残りは後二回。
最後の一度は確定として、他に必要性を感じるスキルは特に…。

相性を考える。
闇夜と奇術師は結合しなかった。強奪も個別スキルとして存在している。他の組み合わせの案内も出なかった。

俺の最上位の闇夜を進化させるには。

【白夜】【白夜叉】【陽炎】陰側に分類されるスキル。
対人、暗殺向きの群。

【真勇者】【巌窟王】等も惹かれるが、陽側と仮定するなら相性は最悪。

爺が欲を出し、不死系のスキルを奪おうと失敗した所を見ると。
不死系は奪えない、又は相手が複数スキル持ちだった事が要因だと推測。

真相は闇の中。笑えるな。

筆頭は単品スキル持ちの【白夜】【白夜叉】
1.異世界人ではない。
2.複数持ちではない。
3.闇夜と同分類。

取得時の弊害が、最も低いと考えられる。

最たる問題は、対象者が強く、多くの仲間に囲まれている事の方だ。
索敵能力にも優れているので迂闊に接近出来まい。

手持ちの兵士、大狼との乱戦に乗じれば、接触の機会は必ず訪れるだろう。

出来れば今のジェシカや英雄たちとは当たりたくない。
互いの手の内を知る相手。

知識としては使えるが、付け焼き刃の奇術では話にならない。魔力は魔石内蔵量が枯渇するまでの制限も在る。

会いたくなくとも、あの女が俺を見過ごすはずはない。
適わぬ願いだろう。

それよりも、モンドウの知識と記憶の中に在った3人目の神の名と、見た事もない異世界の女との関係が気に掛かった。

知らず操られたままだったら、ハーデス様のお邪魔をしていた所だ。モンドウめ。

やはり止めを刺して於くべきだった。
死んだ振りはお手の物。海に捨てたのは、我ながら軽率な行為と言えよう。


唯一、我々が有利な点。
大狼は、死人には殆ど興味を示さない点だ。

その点だけは、モンドウに感謝しないとな。

ヒカジたちは山脈北西部の空き地に降り、陣を張った。
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