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第3章 大狼討伐戦
第61話 落盤
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目の前で絶命した者。
小さき村の北の森深くでの待機を命じた、奇術師モンドウが事切れていた。
封じられた記憶が甦ってきた。
死の淵から再生して貰った恩は少なからず在る。
この汚物が最後に手渡して寄越した書物。
価値は知らぬが我らが神、ハーデス様の役に立つ物だと言い残していた。
真偽は既に不明。
死期に嘘は無いだろうと受け取りBOXへ収めた。
本当に役立つ時が来るのだろうか。
使い方さえ知らぬのに。
飛空挺を起動。
汚物の遺体を大陸北側の海峡に投げ捨て、エイラー方面へと舟の進路を変えた。
大狼討伐がどうなっているのかだけが問題だ。
山脈を越えられた先には、御方様が。
しかし大狼は、誰の味方でもない。
あれらはこの世で純粋に繁殖と成長を繰り返した魔獣。
上位存在を操るのは、御方様でも不可能だと仰られていた。それに人間が挑むなど烏滸がましい。
近付き過ぎれば、我らとて無傷では済まないだろう。
汚物が残した異世界文明の欠片を上手く利用する。
世界の混沌は奴の望みでもある。
滅びの先に御方様の未来が在る。
我らは礎。屍礫に成り果てようと、役に立てればそれで本望だ。
一度は死んだ身。恐れる物など何も無い。
スキルは【闇夜】と【強奪】
捨てる前に奪っておいた【奇術師】
モンドウは虚無を欲しがった。それについての意味は聞いていない。
誰に発現したのかも。
スキルは記憶。直感であったり、過去の所有者の経験であったり。使い方であったりと形は様々。
期待した形とは成らず、奴の記憶は戻らなかった。
ともあれ足枷は取れ、記憶の大半は戻った。
俺が死んだ時の経緯が思い出せない。
再生とは名ばかりで、生き返ったとも言い切れない。
自分の心臓の音が聞こえなかった。脈も同じ。
アンデッド種やゴーレム種と同じになっただけ。
もう人間ではないんだな…。
ハーデス様。どうかお願いだ。貴方様の声を聞かせて欲しい。迷える我らに導きを。
向かうべき場所だけは解っていた。
その場所しか知らなかった。
残る強奪は後2回。
どっかの爺さんみたく、組み合わせには注意だ。
自滅だけはしまいと誓う。
奇術師のスキルから見えてきた物が有った。
モンドウはこれを利用していた。
他人のスキルを盗み見る能力。透視にも近い。
冒険者、商人ギルド所属なら登録証から。
個人の能力も勝手に情報が集まる。
あの発行具を作ったのも、モンドウの先祖血族の者な気がする。
でなければ納得出来ない。
他に登録証を持たない人物の能力は、直接接近して視に行くしかない様だ。
とは言え世界の9割以上のスキル保有者の情報を手に出来た。今後は俺が有効に使ってやる。
試しに船上の乗組員で試し、エイラーに集まる異世界人に意識を向けた。
多種多様なスキル群も然る事乍ら、各能力値も桁違いだ。
こんな化物たちに挑もうとしていた。下に見ていた。
モンドウが俺を馬鹿だと罵った理由に合点が行った。
感覚でなく数値で見せられれば納得するしかない。
中でもタッチーとヒオシの能力値は異質だった。
全ての値が低水準を示していた。明らかな偽装。
明らかな罠。
これ以上の詮索は接近してから。遠距離で下手に探れば魔力の損失が甚大。今の身体で枯渇すれば、文字通り死を招く。
意識と身体の維持にも魔力を使っているからだ。
地上東からゴルザ。西からは帝都を出発した船団。
北東を目指しているのは対峙した先発隊。
味方機はベンジャムの首都フラムに向かう数隻のみとなっていた。
睡眠の必要は無いが、魔力回復の為に仮眠を取る事にした。
本船は海峡沿いの無人島へ一時退避。
味方の人員も限られる。機を正しく見極められなければ敗北必至。
慎重さ。
俺には相性が悪いが、現状最も求められる資質。
隊の長の役目だと割り切る。
-----
家出から数日が過ぎた。
湖の畔に在った仮設小屋に滞在。
アビさんたちの手作りらしいが、中々頑丈な造りで安心した。
家財一式。水洗トイレに簡易シャワーまで完備。
火の魔道具をセットすればお湯も出た。
見る物全てが新鮮。詳しく聞いておいて正解だった。
魔物は本当に大人しかった。最初見た時は腰を抜かしてしまったが。
村周辺に現われたベアーとは比べるまでもない。
詳しくは解らなくても、軒並みAランク相当だと思う。
王子からの逃避をしに来ただけで、修行をしに来た訳じゃないので、こちらも大人しく過ごした。
初めての一人旅。小旅行。気晴らし。
これが世に言うバカンスなの?
それなりに寂しさが募ったが、森の中は想像以上に落着き妙な安心を感じた。
父に見守られながら眠っているような。
父様、怒ってるかなぁ。この無断外泊。
一応フィーネさんと村長には伝えてくれるようには頼んでおいたけれど。
手持ちの武装は、双極棍。
長い柄の両端に、巨大な四角いハンマーが着いている。
ヒオシらとウィードらとの喧嘩腰の談話から、闘志を燃やしたウィード兄弟が打ち直した物。力作らしい。
武器職人の思考は謎。
驚く程軽い軽量鎧の材料も謎。
謎だらけでも、貰った物は有効に使うべき。
明日からは身体が鈍らない程度に菜園を手入れをしつつ、新調装備の味見を始める。
人知れず、意図もせず。
こうしてターニャの修行の日々は始まった。
彼女は未だ、タッチーたちが仕上げた森の魔物の本性
(戦闘狂)を知らず、深い安らぎの中で眠りに就いた。
英雄の娘と魔巣の森。それは永く語られる御伽話と言う名の歴史の一頁。
その中核を担う事を、彼女は知らない。
雲間から覗く月明かりだけが、彼女の行く道を淡く照らし出していた。
-----
山の拡大が再開されたのは、無能の目覚めと同時刻。
「あーよく寝たー」
キュリオが目の端の涙を拭った。
「よく寝たじゃないよ。あんな無茶して」
ジェシカは無能の乱れた髪を撫で解かした。
「そうですよ。本当に死んでしまうかと」
ルドラは病み上がりの腹を拳で小突いた。
「私を預かった身で、勝手に死ぬとは許さぬぞ」
「ごめんごめん。上手く躱せるかなって思って、逸らした積もりが想定以上の熱量でさ」
直されたインカムをセット。
「回線開いてるみんな。心配してくれた人もそうでない人もありがと。僕は休み貰って完全復活。で、状況は?」
いち早く答えたのはヒオシ。
「で、じゃねぇよ。何ともないのか?」
「何ともないよ。身体も気分も絶好調」
次に応えたのは鏡野。
「無能、色々迷惑掛けた。しかし状況は芳しくない。さっきまで大人しかった山が、今し方動き出した」
続けたのは城島。
「丁度地面が冷めたからでしょ?無理して取り込んで、表層のマグマと地底のマグマが連動するのを恐れたんだと思うよ。知能ってより本能って感じかな」
それが本当だとすると、地底の地脈はそのままにして表層だけで活動範囲を広げているのか。
地に這う山である限り、地脈詰り火山活動の影響は避けては通れない。自然を操る魔獣でも、大自然の摂理には適わないと見える。
「あくまで推論だよ。何の確証も無い」
「いや、それが正解だと思う。それ以外にマグマ溜りを避けた理由が無いし。もう一度僕が前に出る。今度は無策じゃない。僕にしか出来ない事だから」
理由はとても簡単。無限BOXを持つのは僕一人。
ゴーレム系は動力の魔石を奪えば、意志無き物質へと変化する。
問題となるのは魔石の場所と障壁の有無。
障壁は有るとして、山そのものが壁となっている以上ごり押しは無理。
「君が寝てる間にマッピングし直して、場所の目星は付けといた。動きと拡大範囲から中心軸を割り出しただけ。当然深さは解んない」
「サンキュ、ガモウ氏」
「どーいたまして。オーバー」
-スキル【天配】
並列スキル【天啓】発動が確認されました。-
中央ルートから見て東へ約百km。その山の頂に天から光が降り注いだ。
テントから出て重目のストレッチ。
全身の筋肉を解しながら、東の空を眺めた。
マジ凄えな、天配。僕も負けてられない。
身支度を調え、順番にキスをした。その終わりを見計らってルドラが背中に飛び乗った。
「自分で飛べるのでは?」
「金ウサの方が楽じゃ」
へいへい、そうですか。一応病み上がりなんですがね。
イオラたちに騎乗出来る人員は限られる。
僕とルドラ。キュリオとジェシカ。ヒオシは単独。
メイリダとリンジー。以上の定番メンバー。
「気を付けろ。俺は山に接近しただけでフェンリルの影響を受けた。普通に飛べたら付いて行くんだがな。大人しく地上部隊に入る」
「情報あり。そっちも気を付けて」
軽くインカムで挨拶を交わし、騎乗した。
-よくぞ生きていたな。焼失したかと思ったぞ-
「お陰様で生き残ったよ。心配してくれたんだな」
-姫君も大人しくしていてくれ。我らも北には入り込めない様だ。南からの侵入を試みる-
「誰に口をきいておるのじゃ。私はママに似て貞淑な乙女じゃぞ」自分で言うんかい。
「無理せず宜しく。付近まで行けたら飛び降りる。木々や石で攻撃してくるらしいから注意ね」
-承知した-
飛び出して十数分後には目的地に到着。
光を辿るだけなので迷う心配は無かった。
迎撃も想定内。木々が尽きれば大岩。
岩も無くなれば礫。奇抜なバリエーションも無かった。
ちょっぴりシューティングに憧れていただけに、拍子抜けもいいとこ。脳みそ無いからかな。
「リン姉。どうして泣いているの?」
インカムを切り、隣で涙を流すリンジーを気遣った。
「どうしてかな。自然に溢れるんだ」
登録証に現われた四文字。いつの間にかスキルが進化していた。
血縁が亡くなった。母か未だ見ぬ父か。
言い様のない寂しさが募る。私は、生きている。
「メイ。巌窟を発動してくれる?」
「今?ここで」
「到着する前に。ライラ、能力値変動を使って貰う。変異に備えて」
-飛んだままで大丈夫?一度、下りても-
「先行しなければ意味が無い。このまま」
「上空班。リン姉が何かやるみたい。行き過ぎても驚かないで」
「無茶して突っ込むなよ。おれはサポートに回る」
ヒオシとマイラが後方へ移動。
「行くよ!」
目的地直前。
-スキル【巌窟王】
並列スキル【開眼】発動が確認されました。-
-スキル【森羅万象】
並列スキル【地割】発動が確認されました。-
-二種同時発動に因り、シークレットスキル
【グランドクロス】発動されました。-
天啓の指し示す場所。そこを起点に山の頂上が十字に砕け割れた。
リンジーの意識が飛び掛けた。
空かさず見抜いたメイリダが、リンジーの腰に腕を回しライラに密着させた。
真東へと抜け切る頃には、後続の仲間からは引き離れてしまった。
「こっちは何とかする。ヒオシは2人を追って」
「助かる。マイラ、ライラを追ってくれ」
-速いなぁ。やるよ。しっかり捕まってて-
急激な進路変更で余計な荷重が増加。
横Gに振り落とされそうになったが、見事に堪えた。
体毛の一部がブチブチと悲鳴は上げていた代わりに。
-ちょっと痛い。でも頑張る-
「我慢してくれ。ライラの尻尾は見えてる」
あっちは任せるしかない。
折角作って貰ったチャンスに集中。
避けた地面の奥に七色の魔石が見えた。
天の光を受けて更に輝きを増して。
「ルドラ。僕の翼に成ってくれる?」
「嫌だと言っても、どうせ突っ込むのじゃろ」
嫌嫌ながらもルドラは了承した。
「あの大穴に飛び込む。キュリオとジェシカは操術と風でサポートよろ」
返答を聞く前に、イオラの背から飛び降りた。
「止む無しですが」
「責めて、考える時間頂戴よ」
迎撃の大岩の悉くをキュリオが粉砕。
ジェシカが風を起こし、落下する2人の後押しをした。
光の標に風が乗る。奇しくもそれは、天の川を下っているかの様だった。
「スケールでけぇな」
山の規模から見ても、魔石の全容は掴めない。
「私に感謝しなさい」
-スキル【解放】
並列スキル【崩壊】発動が確認されました。-
着陸寸前。張られていた障壁が瓦解した。
音も無く硝子の様に、粉々に砕けた。
チャンスは一度切り。ワンチャン有れば充分だ。
力の限り腕を伸ばした。
触れた指先が砕ける前に。
「収納!」
山の動きが静止したのは僅か一瞬。
「風が間に合いません!」
「そ、そんな…」
魔石が抜かれた空白地帯。
意志と静止を解かれた山が、天辺から内側に向かい大規模な土砂崩れを起こした。
ジェシカの風が届く前。
ルドラの引き上げが僅かに遅れた。
小さき村の北の森深くでの待機を命じた、奇術師モンドウが事切れていた。
封じられた記憶が甦ってきた。
死の淵から再生して貰った恩は少なからず在る。
この汚物が最後に手渡して寄越した書物。
価値は知らぬが我らが神、ハーデス様の役に立つ物だと言い残していた。
真偽は既に不明。
死期に嘘は無いだろうと受け取りBOXへ収めた。
本当に役立つ時が来るのだろうか。
使い方さえ知らぬのに。
飛空挺を起動。
汚物の遺体を大陸北側の海峡に投げ捨て、エイラー方面へと舟の進路を変えた。
大狼討伐がどうなっているのかだけが問題だ。
山脈を越えられた先には、御方様が。
しかし大狼は、誰の味方でもない。
あれらはこの世で純粋に繁殖と成長を繰り返した魔獣。
上位存在を操るのは、御方様でも不可能だと仰られていた。それに人間が挑むなど烏滸がましい。
近付き過ぎれば、我らとて無傷では済まないだろう。
汚物が残した異世界文明の欠片を上手く利用する。
世界の混沌は奴の望みでもある。
滅びの先に御方様の未来が在る。
我らは礎。屍礫に成り果てようと、役に立てればそれで本望だ。
一度は死んだ身。恐れる物など何も無い。
スキルは【闇夜】と【強奪】
捨てる前に奪っておいた【奇術師】
モンドウは虚無を欲しがった。それについての意味は聞いていない。
誰に発現したのかも。
スキルは記憶。直感であったり、過去の所有者の経験であったり。使い方であったりと形は様々。
期待した形とは成らず、奴の記憶は戻らなかった。
ともあれ足枷は取れ、記憶の大半は戻った。
俺が死んだ時の経緯が思い出せない。
再生とは名ばかりで、生き返ったとも言い切れない。
自分の心臓の音が聞こえなかった。脈も同じ。
アンデッド種やゴーレム種と同じになっただけ。
もう人間ではないんだな…。
ハーデス様。どうかお願いだ。貴方様の声を聞かせて欲しい。迷える我らに導きを。
向かうべき場所だけは解っていた。
その場所しか知らなかった。
残る強奪は後2回。
どっかの爺さんみたく、組み合わせには注意だ。
自滅だけはしまいと誓う。
奇術師のスキルから見えてきた物が有った。
モンドウはこれを利用していた。
他人のスキルを盗み見る能力。透視にも近い。
冒険者、商人ギルド所属なら登録証から。
個人の能力も勝手に情報が集まる。
あの発行具を作ったのも、モンドウの先祖血族の者な気がする。
でなければ納得出来ない。
他に登録証を持たない人物の能力は、直接接近して視に行くしかない様だ。
とは言え世界の9割以上のスキル保有者の情報を手に出来た。今後は俺が有効に使ってやる。
試しに船上の乗組員で試し、エイラーに集まる異世界人に意識を向けた。
多種多様なスキル群も然る事乍ら、各能力値も桁違いだ。
こんな化物たちに挑もうとしていた。下に見ていた。
モンドウが俺を馬鹿だと罵った理由に合点が行った。
感覚でなく数値で見せられれば納得するしかない。
中でもタッチーとヒオシの能力値は異質だった。
全ての値が低水準を示していた。明らかな偽装。
明らかな罠。
これ以上の詮索は接近してから。遠距離で下手に探れば魔力の損失が甚大。今の身体で枯渇すれば、文字通り死を招く。
意識と身体の維持にも魔力を使っているからだ。
地上東からゴルザ。西からは帝都を出発した船団。
北東を目指しているのは対峙した先発隊。
味方機はベンジャムの首都フラムに向かう数隻のみとなっていた。
睡眠の必要は無いが、魔力回復の為に仮眠を取る事にした。
本船は海峡沿いの無人島へ一時退避。
味方の人員も限られる。機を正しく見極められなければ敗北必至。
慎重さ。
俺には相性が悪いが、現状最も求められる資質。
隊の長の役目だと割り切る。
-----
家出から数日が過ぎた。
湖の畔に在った仮設小屋に滞在。
アビさんたちの手作りらしいが、中々頑丈な造りで安心した。
家財一式。水洗トイレに簡易シャワーまで完備。
火の魔道具をセットすればお湯も出た。
見る物全てが新鮮。詳しく聞いておいて正解だった。
魔物は本当に大人しかった。最初見た時は腰を抜かしてしまったが。
村周辺に現われたベアーとは比べるまでもない。
詳しくは解らなくても、軒並みAランク相当だと思う。
王子からの逃避をしに来ただけで、修行をしに来た訳じゃないので、こちらも大人しく過ごした。
初めての一人旅。小旅行。気晴らし。
これが世に言うバカンスなの?
それなりに寂しさが募ったが、森の中は想像以上に落着き妙な安心を感じた。
父に見守られながら眠っているような。
父様、怒ってるかなぁ。この無断外泊。
一応フィーネさんと村長には伝えてくれるようには頼んでおいたけれど。
手持ちの武装は、双極棍。
長い柄の両端に、巨大な四角いハンマーが着いている。
ヒオシらとウィードらとの喧嘩腰の談話から、闘志を燃やしたウィード兄弟が打ち直した物。力作らしい。
武器職人の思考は謎。
驚く程軽い軽量鎧の材料も謎。
謎だらけでも、貰った物は有効に使うべき。
明日からは身体が鈍らない程度に菜園を手入れをしつつ、新調装備の味見を始める。
人知れず、意図もせず。
こうしてターニャの修行の日々は始まった。
彼女は未だ、タッチーたちが仕上げた森の魔物の本性
(戦闘狂)を知らず、深い安らぎの中で眠りに就いた。
英雄の娘と魔巣の森。それは永く語られる御伽話と言う名の歴史の一頁。
その中核を担う事を、彼女は知らない。
雲間から覗く月明かりだけが、彼女の行く道を淡く照らし出していた。
-----
山の拡大が再開されたのは、無能の目覚めと同時刻。
「あーよく寝たー」
キュリオが目の端の涙を拭った。
「よく寝たじゃないよ。あんな無茶して」
ジェシカは無能の乱れた髪を撫で解かした。
「そうですよ。本当に死んでしまうかと」
ルドラは病み上がりの腹を拳で小突いた。
「私を預かった身で、勝手に死ぬとは許さぬぞ」
「ごめんごめん。上手く躱せるかなって思って、逸らした積もりが想定以上の熱量でさ」
直されたインカムをセット。
「回線開いてるみんな。心配してくれた人もそうでない人もありがと。僕は休み貰って完全復活。で、状況は?」
いち早く答えたのはヒオシ。
「で、じゃねぇよ。何ともないのか?」
「何ともないよ。身体も気分も絶好調」
次に応えたのは鏡野。
「無能、色々迷惑掛けた。しかし状況は芳しくない。さっきまで大人しかった山が、今し方動き出した」
続けたのは城島。
「丁度地面が冷めたからでしょ?無理して取り込んで、表層のマグマと地底のマグマが連動するのを恐れたんだと思うよ。知能ってより本能って感じかな」
それが本当だとすると、地底の地脈はそのままにして表層だけで活動範囲を広げているのか。
地に這う山である限り、地脈詰り火山活動の影響は避けては通れない。自然を操る魔獣でも、大自然の摂理には適わないと見える。
「あくまで推論だよ。何の確証も無い」
「いや、それが正解だと思う。それ以外にマグマ溜りを避けた理由が無いし。もう一度僕が前に出る。今度は無策じゃない。僕にしか出来ない事だから」
理由はとても簡単。無限BOXを持つのは僕一人。
ゴーレム系は動力の魔石を奪えば、意志無き物質へと変化する。
問題となるのは魔石の場所と障壁の有無。
障壁は有るとして、山そのものが壁となっている以上ごり押しは無理。
「君が寝てる間にマッピングし直して、場所の目星は付けといた。動きと拡大範囲から中心軸を割り出しただけ。当然深さは解んない」
「サンキュ、ガモウ氏」
「どーいたまして。オーバー」
-スキル【天配】
並列スキル【天啓】発動が確認されました。-
中央ルートから見て東へ約百km。その山の頂に天から光が降り注いだ。
テントから出て重目のストレッチ。
全身の筋肉を解しながら、東の空を眺めた。
マジ凄えな、天配。僕も負けてられない。
身支度を調え、順番にキスをした。その終わりを見計らってルドラが背中に飛び乗った。
「自分で飛べるのでは?」
「金ウサの方が楽じゃ」
へいへい、そうですか。一応病み上がりなんですがね。
イオラたちに騎乗出来る人員は限られる。
僕とルドラ。キュリオとジェシカ。ヒオシは単独。
メイリダとリンジー。以上の定番メンバー。
「気を付けろ。俺は山に接近しただけでフェンリルの影響を受けた。普通に飛べたら付いて行くんだがな。大人しく地上部隊に入る」
「情報あり。そっちも気を付けて」
軽くインカムで挨拶を交わし、騎乗した。
-よくぞ生きていたな。焼失したかと思ったぞ-
「お陰様で生き残ったよ。心配してくれたんだな」
-姫君も大人しくしていてくれ。我らも北には入り込めない様だ。南からの侵入を試みる-
「誰に口をきいておるのじゃ。私はママに似て貞淑な乙女じゃぞ」自分で言うんかい。
「無理せず宜しく。付近まで行けたら飛び降りる。木々や石で攻撃してくるらしいから注意ね」
-承知した-
飛び出して十数分後には目的地に到着。
光を辿るだけなので迷う心配は無かった。
迎撃も想定内。木々が尽きれば大岩。
岩も無くなれば礫。奇抜なバリエーションも無かった。
ちょっぴりシューティングに憧れていただけに、拍子抜けもいいとこ。脳みそ無いからかな。
「リン姉。どうして泣いているの?」
インカムを切り、隣で涙を流すリンジーを気遣った。
「どうしてかな。自然に溢れるんだ」
登録証に現われた四文字。いつの間にかスキルが進化していた。
血縁が亡くなった。母か未だ見ぬ父か。
言い様のない寂しさが募る。私は、生きている。
「メイ。巌窟を発動してくれる?」
「今?ここで」
「到着する前に。ライラ、能力値変動を使って貰う。変異に備えて」
-飛んだままで大丈夫?一度、下りても-
「先行しなければ意味が無い。このまま」
「上空班。リン姉が何かやるみたい。行き過ぎても驚かないで」
「無茶して突っ込むなよ。おれはサポートに回る」
ヒオシとマイラが後方へ移動。
「行くよ!」
目的地直前。
-スキル【巌窟王】
並列スキル【開眼】発動が確認されました。-
-スキル【森羅万象】
並列スキル【地割】発動が確認されました。-
-二種同時発動に因り、シークレットスキル
【グランドクロス】発動されました。-
天啓の指し示す場所。そこを起点に山の頂上が十字に砕け割れた。
リンジーの意識が飛び掛けた。
空かさず見抜いたメイリダが、リンジーの腰に腕を回しライラに密着させた。
真東へと抜け切る頃には、後続の仲間からは引き離れてしまった。
「こっちは何とかする。ヒオシは2人を追って」
「助かる。マイラ、ライラを追ってくれ」
-速いなぁ。やるよ。しっかり捕まってて-
急激な進路変更で余計な荷重が増加。
横Gに振り落とされそうになったが、見事に堪えた。
体毛の一部がブチブチと悲鳴は上げていた代わりに。
-ちょっと痛い。でも頑張る-
「我慢してくれ。ライラの尻尾は見えてる」
あっちは任せるしかない。
折角作って貰ったチャンスに集中。
避けた地面の奥に七色の魔石が見えた。
天の光を受けて更に輝きを増して。
「ルドラ。僕の翼に成ってくれる?」
「嫌だと言っても、どうせ突っ込むのじゃろ」
嫌嫌ながらもルドラは了承した。
「あの大穴に飛び込む。キュリオとジェシカは操術と風でサポートよろ」
返答を聞く前に、イオラの背から飛び降りた。
「止む無しですが」
「責めて、考える時間頂戴よ」
迎撃の大岩の悉くをキュリオが粉砕。
ジェシカが風を起こし、落下する2人の後押しをした。
光の標に風が乗る。奇しくもそれは、天の川を下っているかの様だった。
「スケールでけぇな」
山の規模から見ても、魔石の全容は掴めない。
「私に感謝しなさい」
-スキル【解放】
並列スキル【崩壊】発動が確認されました。-
着陸寸前。張られていた障壁が瓦解した。
音も無く硝子の様に、粉々に砕けた。
チャンスは一度切り。ワンチャン有れば充分だ。
力の限り腕を伸ばした。
触れた指先が砕ける前に。
「収納!」
山の動きが静止したのは僅か一瞬。
「風が間に合いません!」
「そ、そんな…」
魔石が抜かれた空白地帯。
意志と静止を解かれた山が、天辺から内側に向かい大規模な土砂崩れを起こした。
ジェシカの風が届く前。
ルドラの引き上げが僅かに遅れた。
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【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
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