上 下
80 / 115
第3章 大狼討伐戦

第41話 野望を砕く勇者

しおりを挟む
バックステージ。華やかな表とは裏腹。
スタッフ(女性兵士兼捕虜)たちが、忙しなく走り回っていた。男共は偉そうに食うばかりで使い物にならず、素行が酷い者から地下牢に押し込んだ。

働かざる者、食う何たら。

学校側のメンバーが控え室に集まり、無能の話を聞いていた。

「…全否定だね…」鷲尾が悲しそうに呟いた。
これまでの準備と理念が覆る悲しい話。

「そこまで否定的になる話でもないよ。同じ人間だから文明として進化するのは必然。馬車から車。原油から燃料やプラスチック。紙風船から気球。紙飛行機から飛行機。空を飛ぶ魔術が存在するなら、舟を飛ばす技術にも何れは辿り着くのも当然」

山査子が挙手をした。
「私が飛行機作ろうか?幾つか無人機で段階踏めば作れるかも知れない」

「それも一瞬考えたけど。止めたほうがいいと思う。行き過ぎた急速な進化は必ず破綻する。完成系に近付ける切っ掛けにもなり兼ねないしさ。僕らは僕らの遣り方で行こうよ。何も僕らはこちらの世界を壊しに来たんじゃないでしょ?」

「空飛ぶ舟だべかぁ。そりゃまたど偉いもん考えるべな。西側はおいらの担当だべ。帝都の工房さ、プチッと潰せばええんだべ?」

「師匠。西側にお戻りになるなら、俺も」
サリスの威勢が空回る。

「んにゃダメだ」

「どうしてですか?俺が弱いからですか?空を飛べないからですか?」

「人が大勢、犠牲になるから、だべよ。罪も無い一般人も巻き添えにするっぺ」
直接的にではなくとも。誰かが責任を負わされる。
工房には奴隷に近い従事者も多く働いているだろう。
責は末端に押し付けられる。帝国とはそう言った国。

「俺なら、でき」
鷲尾の平手がサリスの頬を打った。
「人殺しがして欲しくて剣を渡したんじゃない!自分の身を守る為。大切な人を守れるようにって。自分から率先して殺しに行くのは違うよ」
そして抱き締める。若き少年が履き違えないように。

「ご、ごめんなさい」


開演時間が迫る。
解体した猪肉を金網に乗せ、炭で焼き上げた。
香ばしい脂の溶けた煙が爆ぜた。周辺の者が生唾を飲み込んだ。

「無駄なんて、誰にも言わせない!行くわよ」
円陣を組んで鷲尾が左腕を中央に差し出した。

続く演者に加わり、無能も手を重ねた。

余計な御託は不要。鷲尾の号声に合わせ、全員が腕を振り上げた。


ステージ端の火台が弾けたのが合図。
「アルバさん。僕は先手を撃ちに行きます。後始末は任せても?」
「もちのロンだっぺよ。突っ込み過ぎるでねぇべよ」
「はい!」

無能以外のメンバーが各方面に走り出した。


舞踊も楽芸も、全ては貴族の嗜み。
下の者には浸透していない。初手はそれを打ち破る。

序曲は発声調整。鷲尾とカルバンの共鳴ハウリング。
スピーカーが大音量で音割れする寸前まで。

聞く者を逆撫でするポップ調は排除した。

焦げた煙を大型扇風機で送り届けた数分後。広いステージに演者が並んだ。

サリスと鴉州が段下へと降りた。
構えたのは木刀と、普通の鉄球。
素振りを繰り返すサリスの隣で。
「ボールは人に打つける為の武具じゃないのに…」

鴉州はクッションで包んだ鉄球を軽くバウンドさせ、感触を確かめた。残念ながらボーリングの球並に重い。
スタミナ、筋力的に長時間の使用は避けるべきだ。

-スキル【巡礼】
 並列スキル【ループ】発動が確認されました。-

「サリス君。私も木刀一本借りるね。この剣技はベンジャム特性。参考にするならして」
「はい。勉強させて貰います」

基本の型は言葉通り。ベンジャムで叩き込まれた物。

「ステージには誰一人近付けさせない!百を生かす為に一を斬る」
柄を両手で握り絞めた。左足を半歩前へと擦る。

インカムから山査子の号令が飛んだ。
「壁開くよ。1,2,3!」

壁向こうの数千人が双極隊列を組んだ。食料が枯渇してから数日。凄まじい精神力で盛り返していた。


プリシラベートの千騎も動き出す。
側面真横から分断する腹積りでいたが、殺さずの作戦執行下では攻撃は限られる。
エドガーの命の元。溢れた分子を抑え、退路を塞ぐ役に徹していた。
「フウコ殿。穴はまだなのか。何かしらの魔術を唱えているぞ」
「まだまだ。どうにか阻害して下さい。敵の大将を巻き込まないと意味が無いの」

「それはそうだが。ええい、我らは陽動。魔術隊、前へ。奴らの濡れた身体にたっぷりと砂でも掛けてやれ!眼と口を塞いでしまえ」
詠唱の邪魔をするだけなら簡単。
特製魔道具は詠唱要らず。機動早さはこちらが有利。
切り札を初手から切る。

空いた隙間から雪崩れ込む敵兵。
ステージまでのアリーナ上には、数日前までの仲間たちが立ち塞がっていた。
数的劣勢は明らか。それでも敵陣の将軍は折れてはいなかった。
「この私の指揮下を飢餓で解くとは、中々恐ろしい手を使う。しかし、檻を解くのが早過ぎたな。幻しの舞曲なぞに惑わされるな!残る全軍で…」

山査子の次の指示が飛ぶ。
「全軍退避。ポチッとな」カチリと言う音がインカムから響いた。

ドスンとの音と共に、敵陣の足元の地が消えた。

空けられた大穴には抗えず、残らずが飲み込まれた。
台形の穴では地上までの通路は無い。
重なる様に落ちた何人かは軽傷を負ったが、生き埋めにされた訳でもないので、生きてはいる。

ロープを取り出そうとした何割かの頭上に、薄く砂礫が降り注いだ。

発動出来た魔術は全て蓋の障壁に弾き返された。
「聴く気がないなら退場」
大きな看板が穴の外周に立ち並んだ。


流れる曲調が転じた。
スローからアップテンポへ。
美しい2人の歌声に、敵兵の動きが止まった。
「聞くでない!抗え!魔術を」

帰るべき場所、待つ人たち
行くべき場所はここじゃない

数多の世界、越えた先
出会えた奇跡

帰るべき場所、待つ者たち
来るべき場所はここじゃない

幾多の世界、越えた先
交わる軌跡

戻るべき場所、小さな家
迎える場所はここじゃない

あなたの世界、彼の地にて
消える命

「惑わされるな!まど…」
将軍の声にも微動だにしなくなった兵士たち。

敵兵だけではない。その場に集まる全ての者が、手を止め聴いていた。

流れるような歌声が、確実に心を捉えた。

-スキル【アイドル】
 並列スキル【言霊】発動が…、素晴らしい。-

鷲尾がマイクに乗せて絞り出す声は、荒野北から参じる者たちへも届いていた。

ステージ上の後ろでは、曲に合わせて演舞する乙女。
幼いような妖艶。男女を問わず、その舞いに息を飲み込み見取れていた。

尾を引く衣装。覗き出る長い手足。

並んだ太鼓を打上げる長髪のアルバも、不思議な弦を奏でる岸川も身体を大きく揺らしていた。


アリーナ一帯から歓声が押し上がった。
一定の距離を残した場所で、思い思いに踊り出した。

一部溢れだした兵士の数人が、ステージに駆け寄ろうと走り出した。それを阻んだのはたったの2人。

段下から離れた鴉州が木刀で払って回った。届かぬ相手には鉄球を打ち込んだ。

ステージ直近には、サリス一人。
「俺だって!ちゃんと歌を聴きたいのに!」
別の意味で憤っていた。

鷲尾がカルバンに目線を送り、マイクを離した。
「フウ。フィナーレ」
「ラジャ。ポチッとな」

大穴の前方に上り階段が出来上がった。

再びの転調。スローバラードへ。

恋を知りました。届かぬ恋を
届かぬ想いが、また一つ
波間に飲まれた泡のよう

愛を知りました。届かぬ愛を
届かぬ想いが、また二つ
波間に埋もれた沫のよう

愛しいあの人。届けと声を
届かぬ声が、また三つ
波間に重なる波のよう

疲れた兵。あの人の元
消える命が、また四つ
波間に溶ける声のよう


殆どの敵兵たちが障壁を潜れた。上がれた兵士が次々に武装を地へと投げ捨てた。

三度の転調。よりスローライドへ。

-スキル【アイドル】
 並列スキル【鎮魂歌】発動が確認されました。
 私も生で聞きたいです!-

鷲尾はマイクに両手を添えた。最後は皆に捧ぐ歌を。


魂の寄る辺。空の果て
昇る白きは、あの人の
今夜は泣こう。想う人の笑顔を胸に
望まなくとも、明日は来る

魂の寄る辺。辿る果て
昇る光は、あの人の
今夜も泣こう。想う人の言葉を胸に
望まなくとも、日はまた昇る

魂の寄る辺。此所に在り
昇る形は、無くなりて
今夜に送ろう。想う人の行く場所へ
望まなくとも、闇は去る

魂の寄る辺。明日に在る
昇る朝日は、変わらずに
今夜で終わろう。想う人の行く場所で
望まなくとも、明日は来る


地上に這い出たヒッテランは、落とし掛けた剣を握り絞め直した。そして振り上げ叫ぶ。
「余興は、終わりだ。道を空けよ!」

ステージまでの間に細い筋道が開いた。

-スキル【野望】
 並列スキル【抵抗】発動が確認されました。-

か弱き剣を手に、ヒッテランは無謀にも走り出した。

「しつこい男は嫌われるってさ!」
負けじとサリスが集中を一点に向けた。

-スキル【勇者】
 並列スキル【破願】発動が確認されました。-


打ち合うと同時に、周辺が間を空けた。

打合い、剣と木刀が重なる度に大きな火花が飛んだ。
剣が業物なら、樫の木刀にもコーティングが施されている逸品。武器として互角。

低い打点から打上げられる木刀。
上段から降ろされる真剣。
体勢を大きく崩された方の敗北。

「王族が国の再興を望んで何が悪い」
「知るかよ!」

鍔迫り合いに持ち込み、サリスは腰の鞘を膝で打ち敵の注意を逸らせた。

離れ際の中段突き。武装の薄い脇腹に打ち込んだ。
「くっ」

ステージ上で繰り広げられた演舞のよう。
敵が剣を手放すまで。距離感を掻き乱して連撃を繰り出して見せた。

両腕両足、脇肋の骨を打ち砕いた。

「み、見事…。剣技と呼ぶには、少々粗い、な…」
ヒッテランは敵味方が見詰める中、意識を落とした。

「首領は落ちたぞぉぉぉーーー」

サリスの勝ち名乗りと共に、沸き上がる歓声。

感嘆と賞賛が入り交じった歓声は連なり、この舞台の演目の全てが終わった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...