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第3章 大狼討伐戦

第31話 満月の夜に

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有り得ない。そう思わないとやってられない。
この惨状は、現実なのだろうか。

中央大陸グラテクス。その大陸を南北に断裂する壁。
黒竜の大森林。今は黒竜も居ないと言うのにだ。

忘れ去られた神の名。ハーデス様。
その名と、命を受けた黒竜はたったの一人の異世界人に依って散った。

散ったはずなのに。
森には代わりを担う猿がのさばって居た。

闇夜に紛れる私の後を追う者たちが居るのにも気付かずに居た。

実に愚かだ。

拙い布石たちが無に帰する時。辛くも森を抜け切った俺が意識を手放す寸前。忌まわしき者の声を聞く。
「情けない」

言ってくれるな。
「それでも、改革を担う繋ぎ手か」

我らのなかでは許されない言葉。それを奴は口にした。
「五月蠅い。だったら、止めて見せろ。愚かな旅人よ」

「やりましょう。元よりその積もり。彼らは…、私の生徒たちなのですから」

意味は解らない。理解したくもない。
世界は。この世界は誰かの物ではないと、信じたい。
信じる。その信ずる心は。俺たちだけの物だ。

外野の。他者の。異世界人たちの物ではない。
認める訳には行かない。

ここは。この世界は。ここだけは違うと。
神々の盤上の上には無い世界。自由な世界。
選べる世界。素朴な世界だと。それだけを信じて生きて生き抜いて来た。それだのに。

最後に頼るのも、異世界人とは情けない。
「泣くな。同胞の者よ。お前の願いは聞き届けられた」
何を偉そうにと本心から思う。

この腐った世界。それを変える。その願いは神々にまで届かずに終わる。本当に俺は、ここで終わるのか?

嫌だ。まだ俺はやれる。
「ならば抗い遂げなさい。愚かな、異界の盲者よ」

偉そうなのは仕方ない。力が及ばなかったのは自分の所為に違いない。それでも、お前だけには言われたくない。

あの日。彼らと出会ったあの日。
殺すなと命じたのは、他ならぬ貴様だぞ。
ケリは着けられた。それを為せなかったのは。抗えなかったのは、俺の所為なのか。笑えるな。

戯れの中。一枚の花弁。他と同じく散り行く命。


何よりも許せないのは。こいつは非常に。

臭い!体臭がえげつなく臭い。長期醗酵させた肥だめを越える異臭。こいつは風呂の存在を知らないのか…。

「止めろ。それ以上俺に近付くな!」
森を突破するのに損傷激しく、満身創痍。こんな弱った身体にあの悪臭は非常に厳しい。死ねる。

既に死にかけているが。

「何を言っている。今、手当を」

悪臭の度合いが行き過ぎ、蠅さえ集らないとは。
一見綺麗そうな手が伸ばされる。

「や、止めろ。放って置いてくれ」
息苦しい。首を絞められるより何百倍に苦しい拷問だ。

俺はこいつに殺される。
邪神様。何卒。我らの仲間だと言い張るこの愚者に、崇高なる鉄槌を。

身体中に残る魂の欠片を寄せ集め、スキルで闇夜に溶け込んだ。何処に出られるかは自分でも解らない。

こいつから逃れられれば充二分。自分の死に場所は自分で探す。得意の一矢でも報いてやる。



「逃げましたか…。何から逃げたのでしょうねぇ」

知らぬは本人だけ。良く在る話だ。
微風に煽られ雲脂が飛び散る。彼は自分の脇を上げ、鼻で嗅いだ。クンクンと。

「まだ、大丈夫」

得意気に満足そうな笑みを浮かべ、東の森の縁を南へと下った。

力を落とした今の森なら抜けられる自信はある。しかし孤軍で挑めばヒカジの二の前。
折角あの子たちが拵えた防波堤。無下に崩すのも教義に反する。

サプライズはドラマティックでなければ面白くない。

あの男も動き出す頃。クインザ(西の連合軍)を利用すればプリシラベートを御するのは容易。

数手は遅れを取っても、万事順調。

会いたいのは、善なる神でも邪悪なる神でもなく、3番目の中立の神なのだから。その他の些事など興味は無い。

-スキル【奇術師】
 並列スキル【汚染】発動がオエエエェ…。-




-----

西側で一人の青年が南へと歩み始めた数日後。
北の要塞都市、マルゼの冒険者ギルド駐留区画内。宿舎の作戦会議室。

鷲尾と山査子、カルバン以外の異世界組が一同に介して今後の方針を話し合っている最中。

峰岸が放っていた虫たちが一つの報を持って帰って来た。

-スキル【蟲王】
 並列スキル【再生】発動が確認されました。-

有能な部下が余さず捕らえて来た映像を、峰岸が命じて壁に映写させた。金ゴキ、見た目はグロいが能力はピカイチ。神々しく見える。

初見のジョルディ以下5名が若干怯えてた。

「やっぱ先生も来てたんだ」
「これまでおれたちを放置しておいて、ノコノコ出て来られてもなぁ」
先生はヒオシの方ではない。元世界での担任の教師。

「俺たちを捨てた理由は会ってから聞くとして。ヒカジと言う男は、どうして突然逃げ出したんだ?」

「さぁ?でもヤバそうなスキル持ってるんだろうね」


「この情報。鷲尾たちにも知らせたいが。金ゴキを向かわせても時間が掛かり過ぎる」
ゴキの嗅覚は犬以上でも知能で劣る。複雑な指示を下しても達成までに余計な手間を要してしまう。

「僕が直接伝えて来るよ。朝までには戻って来れるし。鴉州さんたちのリクエスト品も山査子さんじゃないと作れなさそうだし。城島君、簡単な図面書いてよ」

「合点承知。サラサラっと」

「比較的簡単な方の医療器具は、ヒオシ先生頼む」
「まぁ小型のナイフだと思えば楽勝だね」

城島氏に絵を描いて貰ってる間に、先行組4人へのお土産と武装を提示。

城島君には軍配。…相撲の行事でもやらせるの?
後は学校貯蔵のマンガ類一式。残念ながら少女漫画が多数を占める。絵のタッチに影響が…。
「おぉ、おー、無能君て気が利くぅ」

桐生君には、魔改造空手道着とグローブだけ。
「あ、ありがとう。なつ、かしいなぁ」
「戦いたくなくても、責めて自分の身は自分で守ってね」
「も、勿論。そこまで、頼る程クズ、じゃない」

鴉州さんには、バスケボール数個とゴールポスト。ポストはお外に設置。ちょっと目が潤んでいた。
「ルール知ってるみんなで3on3でもやろうよ。気晴らしにさ」
「うん。うん。…ありがとう」
武器としては剣数本と軽量アーマー、ハンドボールサイズの金属球。投げて善し、鎖に繋いでモーニングスターにしても善し、愛でて善し。

岸川さんのは、グランドピアノ以外の楽器類。得意分野を知らなかったんで。後、楽譜もありったけ。
「ありがとうー。無能君が好きになりそう…」
「誤解を生む発言は止めてね」
武器としては、軽量アーマー、弓と鏃と矢筒。これだけは消費アイテムだから銀鉄鋼の短剣を贈呈。
遂にこれを人に渡す時が来た。感慨深いなぁ。

「ならおれのも渡しておくよ。この2つは俺らにとっても思い出の品だから。無闇に捨てるなよ」
「うん、大切に使うね。出来れば…、コレを出す場面に遭遇しませんように」
前向きなんだか、後ろ向きなんだか。

若干白い目を向ける4人の嫁に対し。
「これは戦う上での必要支給品。他はあの学校に在った物で元は各自の物。他意は無いからそんな目で見ない」

「全く無いって言われると、ちょっとショックだわ」
サバサバした鴉州さんが笑っていた。
「結婚式挙げたんですよね?いいなぁ。羨ましいなぁ。私たちも参加したかったなぁ…」

「あの時は怒濤の展開でさ。もう一度どっかで披露宴の予定だから。その時山査子さんに好きなドレス作って貰いなよ。それまで誰一人欠けないように、みんなで生き抜こう」

「仕方ないね。戦力外でも知恵と逃げ足で生き切るよ」
「が、頑張る。自衛、頑張る」
「死なないわよ。だってまだ」
「いい人、見つけてないもんねぇ」
ほ、ホントに大丈夫?この人たち。
後は任せるしかないか。城島君が力説する、安心して任せられる後衛部隊でも編成してくれるのを願う。

「ジョルディさんにはこれかな」
自作の斧数本と軽量アーマー。この中では斧の使い手は彼女だけ。斧は大型が一つ。後は投擲用のトマホーク。
デュランダル産のを改造した縮小版。
造ってはみたものの、扱える人が居なくて丁度良かった。
「こんなに頂いても、持ち切れません…」

「その点も考えてるよ。大きなBOX持ちは僕の無限。ヒオシの極大。キュリオの絶大。今後の事も考えて、大型の荷物はこの3人で振り分ける。特殊な物は僕が。それ以外を2人で」
分散化や孤立する場面も想定して。尚且つ藤原君(仮)も眠っている。これが一番の特殊事例。

「図面出来たよー」
受け取った数枚の図面を、机上に並べ一瞥。
「何このロボ?これ、まんまアレじゃん」

「嫌だなぁ。男共通のロマンっしょ。合体機能までは要求しないからさぁ」

中の一枚にジョルディさんが興味を示した。
「これは?この足枷のような物の機能を教えて下さい」
足枷とは辛辣。異世界人には早過ぎた。僕らの世界にも存在しないけどね!

「これは義足。手足を失った人用の義手や義足の類いさ」

「失った腱筋などの補助器具は造れませんか?」
あぁ、成程。
「マクベスさん用かぁ。引退してから随分経つんでしょ?急に動かしたりしたら、他の筋肉にも影響が出そう」
「父だけではありません。その機能があれば、引退を余儀なくされた冒険者や兵士の再起が果てせます。手薄感の在る王都の補強にも成り得ます」
確かに一理も二里もあるな。

「まず出来るかどうかは解らない。出来たとしても大量生産はしない。それで救える命との天秤になるけど、行き過ぎた技術はやがて国を滅ぼす。将又王国が軍事帝国化する。クイーズブランだけは繁栄出来ても、他の国々が追い着けない。そんな状況は?」

「…望ましく、ありません」

山査子産の制作物は彼女自身のイメージに偏る。イメージが追い着いていないと形だけの物になる。それらを僕が魔改造するのが今現在のトレンド。

きっと造るのは可能だと思う。けど悩むなぁ。

「急激な変化は宜しくはないな。しかし王都も腹を晒したままでは落ち着けない。どうだろう、数人限定で試しに作成してみては?どの道臨床テストは必要だろ」
峰岸君の的確なアドバイス。

あの時、これがあれば。渡してさえいれば。そんな思いはしたくない。

「タッチー君。私からもお願い」
「それが出来るなら、お願いします」
ツーザサ出身の2人に言われちゃ断れないなぁ。悲劇はあれで最後にしたい気持ちは同じ。

「やるだけやるか。僕も後悔したくないしさ。ならジョルディさん。試供品を渡す人を帰るまでに絞っておいて。マクベスさん以外は悪用する可能性も踏まえてさ」

「人選は、一晩掛けて選び抜きます」


するべき話を終え、金ゴキを一匹借りる。本当は触りたくもないけど、我が儘を言ってる場合じゃない。言葉で伝えるよりも映像を見せた方が早くて正確。

「人間は囓るなよ。町に到着後は無能の指示に従え。自分の餌は自給しろ。逸脱した行動を取れば、ここの仲間諸共廃却処分にする。以上だ」
どこの暴君ですか、あんたは。王っていったい…。

金ゴキは僕の背中に張り付いて小刻みに震えていた。
感触は痛いの一言。姿を捉えないだけ幾分マシ。



飛行の自主練の成果を見せるイオラ君に跨がり、マルゼを離れ、飛び立ってから数分。

空には満天の星と地球とは違う巨大な満月。夜でもこの世界はある程度明るい。視界も良好。

背負うは虫一匹。それをカウントしなければ独り。初めてのお使い気分。

冷たい風が気持ち良く流れる。

この世界に来ての初めての独り。これまでは常に誰かが隣にいた。

もしも出発のあの日。ヒオシが来てくれなかったら。僕は何処まで行けただろう。

たった一晩だけの小旅行。新婚ホヤホヤで一人旅。
少しだけ寂しくはある。けれどこの自由時間も悪くない。

と、思っていたのに。

「この様な美しい夜に、お一人ですか?」
「浮気。ダメ、絶対!」

サイラに跨がる2人に追い付かれた。
自由な時間も数分で終了。ま、いっか。


程良く明るい月夜の晩に。
空を駆けるは2つの金兎。片や背中から金色の虫の羽を輝かせる奇抜な姿は。

地上を行く人たちにはどう映ったのだろう。

「おぉ、何と美しい。あれはネタに使えるな…」
何処かの王子が進まぬ筆を手に、ヒッソリと呟いた。


輝ける星々。模様が違う満月。

満月…。満ちる月?ん?これヤバくない?
無能の脳裏に、ある直近の標的の姿が浮かんだ。
「あ、あのさ。ちょっとだけ寄り道してかない?」

「よ、良いですとも」
「ちょ、ちょっとだけだよ。お風呂入って来ればよか…」

更に数分後。無能は女子たちの期待を大いに裏切る行動に出る。

北西方のとある古城は、局地的な激しい雷雨と暴風に晒され一時沈んだ。
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