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第3章 大狼討伐戦

第30話 偽善者

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魔族の成長は早い。下等な人間種の数十倍。
且つ寿命も数十倍。何者よりも早く生まれ、何者よりも早く成長する。してしまう。

生まれた娘も、人間齢で言えば既に6歳。
それもこの大陸内に居ればの理。
東の大陸に渡る。海峡を越えれば、時間軸は人間種と同等に引き戻される。なのに。

何度説こうと聞き分けの無い娘。
「ルドラ。何度言えばいいのじゃ」
「ルシママ!お外行きたい!いーきーたーいー」

「そ、外なら庭があるでしょ」
「いーやーだー。お本も全部よんじゃった。誰も遊んでくれない。ルシママいつも忙しい、ばっかり」
幾ら遊び相手を宛がっても、皆泣き言を唱えて逃げ出してしまう。かく言う我も同じく。

我が儘嫌嫌。これはどう見ても愚かな父の血の影響。
こんな事なら殺すべきではなかった。

悔いても、もう塵さえ残ってはいない。

「ルシママ。お外には、海とか、山とか、魔物とか、人間とかいっぱい、いっぱい居るって言ったよね?」
「そ、そうじゃが…。それは、もう少し大きくなっ」

「おーそーいー。今、今いーきーたーいー。美味しい物とか甘い物とか、いっぱいたーべーたーいー」
最近はこればかり。外へ、外海へ出たいと駄々を捏ねて捏ねくり回してばかり。これが世に言う反抗期なのか。末恐ろしい。

たったの今でも恐ろしい。

魔力も魔力量も桁外れ。母である我さえも軽く凌ぐ。躾として尻でも打とうものなら数日間暴れ回る始末。

これだったのかと、今更ながら。我が身の幼少時代を思い出す。不服と不満を爆発させた幼少期。跡形も無く城を崩壊させたあの日。

魔獣の父と人間の母。我は混血。突然変異などではない。認めたくなかった。我が間違っていたなどと。

しかし目前の現実は。我の過ちを思い起こさせる。

母の最後の言葉。
「ルシフェル。愛しいルシフェル。外海を。外海を目指してはいけない。邪神様には、会ってはいけないの」

理解した。もしもあのまま。勝手気ままに。思いのままに外へと出ていたら。我は魔族を滅ぼし、人類を滅ぼし尽くし邪神へと辿り着いていたに違いない。

七つに大きく分かれていたこのキルヒマイセン大陸。
今で残るは、蟲王率いる王国のみ。魔族らしからぬ知略と謀略に長け、これまでの我らの侵攻を悉く潰して来た国。

今や大陸は東西に分裂していた。

大陸統一こそ我が命題。それこそが使命だと露程疑わなかった。統一してこそ。

統一した後には。いよいよ憎き東へと打って出るのだと。

邪神など本当は居ない。心底からは信じていなかった。
それはどれも建前。人間種が目指す北の大地。

そこには邪神様が眠り、我らの、我らだけの楽園が在ると焚き付ければ。下僕の者たちは面白いように我の言う事を聞いた。

我が神に問いたいのは只一つ。

何故このような半端な存在を創り出した?それはどちらの神の意向なのかと。それだけを問いたくて。

娘ルドラの容姿は人間そのもの。背中には我譲りの小さな黒い翼の片鱗。今は未だ飛べない。飛び方は教えてやれない。

我の支配も微塵も効かず。試行錯誤を繰り返す。

子育ての助言を聞ける者は居らず。両親も愛してはいない旦那さえも…。あいつはどの道使えんな。
誰も居なかった。

「ルシママ!おっぱい」
地獄のような言葉が聞こえた。
甘い物が無いからと。もう何も出ぬ胸を要求する娘。

我が言うのも違うが、時々娘が悪魔に見える。

「もう、何も出ぬぞ」
「いいの。落着くから」

言われるままに吸わせてやる。
乳としての養分は僅かに出る。それから先は。血と魔力と魂だ。それでも我の寿命が尽きる事はない。

ちょっとした目眩がするだけだ。

「よしよし。後一月したら外に出ようぞ。ルドラ」

「ほんと?約束だよ!早く大きくなれるように、たくさん吸うからね!」
程々にしてくれ。

吸われる胸の痛みに耐えながら。我が子が満足するまでの時を受け流した。

我の子育ては、根本的に間違っているのかも知れない。がしかしこの正解を知る者は、我の周りには誰一人居なかった。

さあどちらかの神よ。お遊戯の時は直に終わる。
違うならば、止めて見せよ我が娘を。
違うならば、正して見せよ我らが主。

娘に胸を吸われながら。我は暫しの時を眠り耽った。




-----

ゴッデスは、自室で紅茶のカップを床に投げ付け、叩き割った。

-外界イージーモードより、進入を試みる者あり。
 警告します。異変として排除命令を-

窓の外。その場に崩れる老人は遙か虚空を見詰め、ただ一筋の希望を願う。

「実に、面白い」
神の杯より溢れし者たちよ。どうか願う。

この世界を。この偽りだらけの世界を。救ってくれと。

膝を掻き毟り、涙を流す老人は項垂れるしかなかった。
背後の扉が開かれるのも気付かずに。

「何を泣いて居る。ゴッデス」

「おぉこれは、アムール様。老いるとどうも涙脆くて情けない事です」

「強がるな爺。四方や世が、其方の異変に気付かぬとでも思うたのか?幼少からの父である其方を」

「何ぞの事ですかな」
強がるゴッデスを無視して。

「其方が明らかに変わったのは…。私がタッチーとヒオシに救われたあの日。気付いたのはあの日だと言い換えようか。老いた、神よ」

「…」

「黙るのは、正解だとでも言っているような物だぞ。聞かせてくれ。この世界は、どうなるのだ?」

「遅かれ早かれ、滅びます」

「そうか…。再び問う。異世界の旅人は。我が友タッチーたちは、救えるのか?」
アムールはソファーに深く腰掛け、深く息を吐き出した。

「その解は、誰の杯にも在りませぬ」

「ならば。尚更任せよう。賭けてみよう。この行く末を」
「それは戯事が過ぎますぞ」

「ならば!為すべき事を為せばいい。其方の、神の遊戯は導く事だけか?朧気な未来を見せる事だけなのか?まだ打てる手は在るはずだ。未だ動かせる脚は在るはずだ。何故出来ぬ。何故足掻けぬ。何故我らは生きている!」

「何方かの介入を許せば、彼らを。旅人たちを救えない」

「既に。手遅れだとでも?」
「そうでは在りませぬ」

「聞かせろ、創造神ゼウス。これ以上の何が起こると?記憶の一切を消しても構わない」

「創造神?笑止な道化、我が名はゼウス。愚かな邪神と謳われた我が兄ハーデス。そして、間の調停者アーデス」

「初耳だな。何処の文献にも記されぬ神名だ」

「そうでしょう。その名は。我ら2人で消し去った名。存在し得ない幻の神」

「成程得心した。その神の具現化を危惧していると。さぁ消し去れ。だが忘れるな。旅人だけでなく、我らと全ての民が抗うと…」

意識を手放し、深い眠りに落ちるアムール。
その無垢なる姿を尊び、尚願う。

「行く末は、此度を生きる者たちの手に在らんことを」

眠れるアムールに毛布を掛け、割れたカップを正して握り直す。

真実は元には戻せない。
忘れてくれるな旅人たちよ。

この世界を救うのも、無に帰すのも…。全ては、我らの手の中に在ると。

「アムール。か弱き人の子よ。届きましたぞ。抗いましょうとも。我が兄者たち。例え、消え行く運命だとしても」

ゴッデスは虚空を見詰め、尚願う。小さき祈りを。
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