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第3章 大狼討伐戦

第29話 海の義賊

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鴉州と岸川。その2人は今日も仕事に追われていた。
忙しいのは善い前触れと、ブラック企業宛らの光景。

冒険者ギルドからの紹介。一般向けの仕事の中でも楽そうだと2人で請け負った。

求人に良く在る謳い文句。誰でも出来る軽作業。

まんまと騙された。

「だぁーーー。何で怪我人が毎日毎日運ばれて来るのよ。何なのこの町」
「こうも多いと疲れるねぇ」

裂傷、切り傷、骨折当たり前。冒険者だけでなく、国軍の怪我人までこちらに流れて来ている。町に従事する一般人向けの医療施設だったはずなのに…。

最下層の一兵卒では満足な手当は受けられない。
その癖前線に真っ先に向かわされるのは自分たちだと、重傷者がグチってた。ウチらに言われても困る。

特に最近は強い魔物が付近に出没するらしく。輪を掛けて怪我人が増えている。亡くなる人も大勢。

山査子さんからこっそり貰っていた上等な回復用魔道具も上層に取り上げられた。中級の冒険者を救ってしまったのを国軍の兵士に見つかってしまったからだ。

あれで救われるのも、中から上の人たち。低位や一般は受けられない。

私たちのだと抗議しても実らず。前に行かない奴が文句を言うなの一点張り。

同年代の冒険者の女の子が、内臓破裂からの衰弱で死んでしまった時には、2人で泣き腫らした。友達になれそうだったのに…。

救えなかった悔しさはある。
しかし真に町を守ってくれてる人たちに、魔道具を返せとも言えなかった。


悔しさをバネに。
鴉州の黙殺は巡礼へ。岸川の水滴は水拙へと変化した。

2人の合作で、出来上がったのは点滴。
獣の魔物の太い血管。蜂(ミストの子分)の針。丈夫な革の密閉容器。吊り具は木製。全て魔道具無しの有り合わせ。

岸川の水拙は非常に優秀。生活用水からでも、大気中の湿気からでも。純水、生理用食塩水、消毒液。水分由来の物なら殆ど作れる。血液だけは型も在るので作れない。
失血性の対処は、増血作用を促す配分にするしか手は無く最も苦労した点。

出血多量の人はどうしても救えなかった。

型を間違えてもいけないし、管から空気が入ってもいけない。針の練習はお互いの腕で試した。

巡礼で身体の様子が解り、何が不足しているかも解析可能になった。針を刺す静脈も、目を閉じていても上手に刺せる。

破傷風や感染症は激減。治りが早いと評判が評判を呼び、口コミで一気に知られた。そっから勤めていた診療所は野戦病棟化。実に早かった。

「いつも遅くまで悪いわね」
診療所のオーナー兼、主治医。チェイダさん。
女医さんと聞き、安心してお手伝いの仕事で来たのが切っ掛け。元より外科的な腕は確か。医療用の器具が圧倒的に不足。人手も不足。

次から次へと忙し過ぎて。ちょっと気になる男性が居ても大抵妻子持ちで恋さえ芽生えない。暇も一切。

チェイダも今は独り身。旦那さんは、戦いの中で亡くなったと話してくれた。まだ若く綺麗な人なのに勿体ない。
「ありがと。もうおばさんよ。私はもう、独りで生きる。死ぬまで一人でも多くの命を救いたい。それだけよ」

彼女のスキル【救護】は超稀少な治癒師系。本来彼女が回復魔道具を扱えば、最も効果的。誰もが解っていながら戦いは終わりもしないし、待ってもくれない。

山査子さんか無能君が到着したら、不足品を頼もうと心に決めていた。

その異世界組が後数日で町に来ると持ち切りだった。
自分たち4人の先行組が来た当初は、前線にも出ない臆病者のレッテルでとても風当たりが強かったが、各自の働き振りが次第に評価され、誰も何も言わなくなった。

寧ろ今では感謝される程に変化した。

到着までに後人を育てている。後遺症で一線を退いた若手を集め募った。人手は大いに越した事は無い。
中にはチェイダさんに想いを寄せる人だって現われるかもと期待している。ウチらには…別世界。

嫌われてはいないが、一定の距離は感じる。

自分たちが馴染んでいないのかもとも思う。峰岸君、無能君、來須磨君のような実例もあるのだし。希望は捨てずに頑張ろう。

仕事に恋(妄想)に忙しいのだ。

私たちは生き残った。この異世界で。
戦闘からは逃げ出しても、やるべき事。自分たちでも出来る事はあったんだ。

だから胸を張ろう。小さな希望を胸に秘め。
「胸…無いからかなぁ」
「どしたの急に?」

「男の人が言い寄って来ないのって。胸が…」
「うっそマジで!?こないだのエロじじいは平気でお尻触って来たじゃん。だから居るって絶対。ウチらでもイイって言ってくれる人」何処にでも特殊な人は居る。

キッチリ小指一本は逆に曲げて差し上げた。

「だと、いいね…」
「ノリちゃ、拗れ過ぎ。昼休終わり。もう一踏ん張り頑張りますか」

必要分の点滴を作成し終えたら、農場と畑の水遣りの仕事が待っている。

鴉州が適性な場所と配分を。岸川が適切な成分と配量を。
共同で出来る事が在る。そんな幸せを実感していた。

クヨクヨ悩む時間もありゃしない。




-----

ラングたち4人はルデインへ、漸くの帰還を果たした。
懐かしき港町の風景。喧騒は慌ただしい。

管理を任せていた住居に荷物を降ろし、支払いと挨拶をとギルド支部へと顔を出した。

「隊長~、少しは休みましょうよぉ」
ゼファーが何時もみたく泣きを入れた。

「わしより何倍も若いくせにだらしない。エマやプルアを少しは見習え」
即席の眼帯を揺らしてガハハと笑う。

「あなたが元気過ぎるのです。片眼を失ったと言うのに」
「エマよ。不思議な事にな。失う前よりずっと体調が良いのだ。年甲斐もなくあちらも元気だぞ」

「止めて下さい。2人の前で…。言われてみると、矢で射られる前よりも身体が軽い気がしますね」

「ホント不思議だよねぇ。あいつ、いったい何がしたかったんだろ」
プルアの疑問は尤も。

ラングが片眼を失っただけで、他に特別な実害は被っていない。敵対の中の温情?

目を奪ったのは殺意の在る行動。他の結果が伴っていないのだ。真意は本人にしか解らないが、彼とはもう二度と会わないだろう。確信に似た何かが胸に去来した。

「あんな裏切り者は忘れてしまえ。今は己の腕を磨き鍛錬するのみだ」

「うへぇ~」
悪態を吐くゼファーの頭をプルアが軽く叩いた。

「そんな言葉を吐いてると、何処かで待ってる俺たちの運命の人に嫌われるぞ」
「わ、解ってるよぉ」

「もう居る前提なのですね。希望を持つのは善いですが、どうか言葉だけで終わらせないで下さいね。自分を守り他人を救う。それがどれ程難しい事か。心なさい」

言うは易し。想えば遠き。


ギルド内部には数人。
見知った顔を見つけて挨拶を交した。

「おぉ、戻ったかラング。無事…ではなさそうだが、元気そうで何よりだ」
「お前こそ。今は一人か?」
確か常時の連れは後2人居たはず。

「先日の魔物との戦闘で負傷してな。死んじゃいねぇが状態が重い。若手のガイドしながら俺がせっせと若手の先導したり治療費を稼いでるって寸法さ」
律儀な男だ。表情から察するに、仲間の様子は思うより重篤な様子。揃って引退でも考えているようにも見える。

それ以上は深くは聞かない。この業界では良く在る話。
大きく稼げる仕事でも在れば誘ってみよう。

「何はともあれ頑張れよ」
「お前もな。町に常留するのか?」

「その積もりで帰って来た。近い内に飲みにでも行こう」
「ラングの奢りでな」

一頻り笑い合う。何時になるかは解らない。そんな約束。


受付の男も古い馴染み。こいつも何やら暗い顔。
「あぁラングさん。お帰りなさい。他の方もお元気そうで」

「どうしたんだ?彼女にでもフラれたか」
2人とも知らない人間ではない。この男の彼女も冒険者ではない普通の町娘。四方や死んだとは思えない。

「鋭いですね。本当にフラれました。ある日突然。東諸国の貴族の男と駆け落ち同然。身包み全部置いて逃げて行きましたよ。ハハッ…、はぁ」
「す、すまんな。そうとは知らず」

「いえラングさんには関係ない話。あれで彼女が幸せに成れるなら、潔く退くのも海の男ってもんですよ。さて仕事に戻りましょう」

人に話して幾分軽くなったのか、元々明るいの顔付きに戻った。

住居の長期管理の解除と支払いを済ませ、ラングとエマの昇級申請。若い2人はCに残留。
「お二人の実績は充分。ここの支部長権限だけで通せると思います。ラングさんたちが常留してくれれば、ギルドも町としても心強い」

「これ以上世界を跨げる余力も無い。骨を埋めるのはここと決めていた。その為の家だ。フランツ。何かの出先でアンナに出会したら、事情を聞いといてやるぞ」

「それは…。ええ、期待せずに待ってますよ。相変わらずお人好しですね、ラングさんは。申請の方は降り次第伝えを出しますので、後日更新に来て下さい」

「なあに、物の序でにだ。オーバエはどうしてる?」
オーバエはここの支部長。在籍なら挨拶をと思ったが。

「不在です。北方の海の動きが怪しいと耳にしてからは、様子見がてら趣味の釣りでもしているのでしょう。竿を持って出掛けられましたので」
ここの海からは何も見えないだろうに。田舎ギルドの暇さに託けて遊んでいやがる。酒瓶でも持って冷やかしにでも行くか。

「あなた。遊んでいる暇は無いのでしょう?」
エマには思考が読めるようだ。

「隊長、解り易すぎる」
「今度僕にも釣り教えて下さいよぉ」
2人にもバレバレだった。気を付けなければ。


ルデインでの冒険者ギルドの役割。南北に点在する中型ダンジョン管理の手伝いと、近郊の海の監視。たまに地上に現われる魔物の討伐。
穴の管理や海の交易の税関対応は国軍が取り仕切って、手出しは無用。ダンジョンには定期監査(間引き)要員として駆り出される程度。
海賊退治や海の魔物退治よりは、ダンジョンの方が余程稼げるので率先して海に出る者は少ない。

ルデインでの定住を早めたのは、アムール王子の特別許可証を得られたからだ。金貨の他にもダンジョン立ち入りの許可まで貰えたのは僥倖。

穴底で腕を磨き、晴れて海へと挑戦するのが目標。自分の身体が満足に動かせる内にと考えた。

海賊たちは油断は出来ない相手だが、時期的に湧く大型の魔物共を討伐してくれるので無くてはならない存在。
漁船は一切襲わず、貴族船を脅して通航料を多めにせしめる半義賊。近年では通る前に支払ってしまう形が常態化している。

無闇な略奪や殺し、人攫いも起きない為、クイーズも東諸国も静観。国の噂では海賊の首領は女なのではと囁かれ至極合点が行く。
東諸国の何処かに領土を持っているとも。

ルデインはそれぞれが互いの均衡を保ちながら、上手く存続する、ある意味奇妙な町であった。


北の海が荒れ始めているとの情報は、気にはなるが軍船でも無ければ近付く事も出来ない。目標を果たせた暁には参戦しても良い。だがそれは少し先の話。
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