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第3章 大狼討伐戦

第26話 区切りの結び目

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用意されたタキシードに身を包む。
スーツ同様に身が引き締まる。今日は式当日。
無造作に流すだけの髪も整えて貰い、鏡を覗き見た。

ベースの顔は何も変わってない。軽く引き締まった感じはする。和風ブサメン揺るぎなし。
「現実は」
「厳しいねぇ」

溜息は吐かない。何も臆せず王宮へと向かおう。
そこには互いの愛する2人が準備を整えて持っているんだから。

「行くかね、先生」
「行くかぁ、教授」

慌てて行っても多分まだ準備が終わってない。女子の準備は時間が掛かるものさ。


式の準備等々に明け暮れた3日間。情報収集も怠らず。
フェンリルは確認されているだけでも3体。各ルート毎に1体。その先は未知未開。

東のゴーレムルートは開いてある。僕ら4人以外は知らないと思われる。あれから時間が経ち、今はどうなっているのやら。復活してたら資源回収に乗り込もう。

今度は正々堂々と。イオラたちの力を借りずに。

あの時は危ない場面は多々在った。反則技の収納で何とか乗り切れた。イオラたちの素早さ無ければ死んでいたのは僕ら。

興味本位で覗いちゃいけないんだと猛省。


北への遠征の途中で見掛けた大型都市。それがマルゼ。

それは未知への挑戦か、醜き欲望か。
身バレや取り込みが怖くて寄らなかった。何食わぬ顔で再訪する。え?初めてですけど何か?

マルゼの動きは特別無かったらしいから、多分まだゴーレムが全滅したとは気付いてないのかも。

他の2ルートは健在。
ヴァンパイヤシリーズと、風ウルフ軍団。強敵には変わりはない。共に昼間に攻勢を掛けたい所。

肝心の大狼討伐方法。妄想が通用するかは、下手のウルフで試す。

今回山査子さんが西の加勢に向かうのは決定してる。途中の補充は出来ない。無い物として考え行動すべき。

あちらこそ少数精鋭。お猿たちがどれだけ堪えてくれるかが肝となる。大外周りのルートだってある。
軍師が有能ならそちらを選ぶ。
見立てが崩されなければ、かなりの時間を稼げる計算。


フェンリルが複数体居る事実。SSランクが跋扈してたら笑って逃げよ。
最召喚、最転送の場所は別に探さないとならない。
色々と考える事は山積みだ。

元世界へと飛んだ人たちがどうなっているのか。
あっちでワイワイ楽しくやってたら、帰還に応じてくれる人が居るのかなぁ。

最低8人必要。鷲尾さんが中立。帰りたい人が優先でいいだろうと考える。後は要相談。
藤原君の問題も解決してない。元の身体が無い状態で帰せるのだろうか。


予定時刻の30分前。何で解るかって?そりゃ山査子さん特製腕時計が在るから。見た目女の子向けのピンクゴールドで恥ずかしい。
然れど時計は時計。

元手の材料は全てこちら持ちでタダ。金塊何て使い道ないからどうでもいい。大半を造幣局に降ろした。在庫は尽きない。

鑑定の魔道具で判明した謎のインゴット。
オリハルでもアダマンでもない、???未知の合成金属。
ここではない何処かの金属が混じっている。
て言われても…。これは判明した、とは言わないね。

他に比べて少量しか無い。詰り在庫も残り少ない。
長剣にして後数本分。大剣を打ったら2、3本分。
なので最近の流行は土色チタニウム。有限ではあるが在庫的には余裕。


「さてと」
「参りますか」

僕たちの結婚式と、お披露目会。
誰かが縛ろうとも、僕らは無理を承知で押し通す。

王宮前の大広間。天気は快晴。抜ける風は戦ぎ、キャンドルの火を揺らしていた。

喪中でもある為、豪華絢爛とまでは行かないまでも、各テーブルには、あらゆる料理が並べられていた。
和物以外は。懐かしい和食。東に向かえば、近い物も在るかもと期待する。贅沢な悩み。日々の食事すら侭ならない貧困層の人々には申し訳なく思う。

会場に集まる人々の顔は暗くはなかった。大手を振って喜ぶ人は居ない。自分たちだけで式やり直そうかな…。

薄いカーテンヴェールの向こう側に、お嫁さんたちが一列に並び立つ。シルエットだけでも解るな。

「遅い。逃げ出したかと思ったぞ」
先頭の峰岸君が待ちくたびれたとばかりに、粗く椅子から立ち上がり、タキシードの裾を整えていた。

「ごめんごめん」
「不機嫌な顔するなって。式が台無し」

順に峰岸君、僕、ヒオシ。横並びだと学校行事みたいに感じる。練習無しのモブダンスは出来ないけれど。


王女フレーゼ様の入場。
会場中が総立ち拍手で迎える。してないのはお嫁さんたちだけ。風習なのか。

王女の後ろから、顔色の悪い王様も。オマケ感が半端ねぇっす。

玉座には王女様。サブ席に王様。実権握られたね。知ってたけど、改めて見ると凄い。

王女の着席前。右手を振り上げ、拍手を鎮めた。

「これより、異世界からの旅人たちの婚礼式を執り行う。異議有る者は今名乗り出よ」
静まる会場。反意、居たら怖いよ。

鷲尾さんだけがムスっとしてた。オレンジ色のドレスが華やか。目が合うとプイと逸らされた。
美しさをより際立たせて、何が気に入らないんだか。
仲良し3人、同色のドレス。装飾と巻きとで個性を現わし出してた。

「居らぬな」良かった。形式的な挨拶。

今度は左腕を挙げた。
「では。クイーズブラン王国が王女フレーゼ・バン・センゼリカ。国王、エラム。両なる名に於いて、この3組の婚姻の儀を執り行う」
お隣さん、何かモゴモゴ言ってますよ。まだ…上手く喋られないみたいだ。

拍手と喝采が沸き上がった。完全に僕ら出汁に使われてるね。政治家って怖いわぁ。

「神官長、マイコー・ハムレイ、前へ。追は任せます」
両陛下が着席。その後に皆さんが着席。
マイコー神父(例)と僕らは主役だから立ったまま。

1mmも興味無い宗教云々はまたにして。


開き落ちるヴェール。
僕らとお嫁さんたちの間に小川模様が出来た。

マイコーの指示に従い川を跨ぎ飛び越え、2人の前に片膝を着く。それぞれ相手が2人ずつ。通常は右手だけを差し伸べる。

両手を差し出し、相手の左手を求めた。
ここが最後の境界だと聞く。婚姻前に逃げ出すチャンスはここ。どうか逃げないで…。


ミストと斉藤さんは純白のドレス。白もいいよね。
キュリオとジェシカは清らかな水色。清純て感じがいい。
メイリダさんとリンジーさんは情熱の深紅。熱い感じが良く似合う。

銀髪ロングのミストは、シングルテイル。セミロング斉藤さんは、サイド編み込み。純和風な顔立ちが良い意味で栄える。

元々ツインのキュリオはポニーテイル。ヘアピンは耳後ろで控え目。ショートボブのジェシカはカチュでTOPを纏めていた。ティアラでも良かったけど、王女の前だもんね。

メイリダさんとリンジーさんは元のロングを後部で巻き留めていた。巻きの方向で差を出してる。


会場中が息を呑む。僕らも呼吸が止まる程。
そして、イケメンじゃなくて。フツメンと美女たち。
言わないで、歴然な差は本人たちが一番解ってます。

中身と愛情で勝負します。


目の前の2人は左手の白いグローブを外し、僕の両手にそれぞれ乗せてくれた。

彼女たちが立つ順番が序列となっている。
ヒオシは結局メイリダさんを1番にした。人様に順序を付ける。傲慢にも聞こえ、何を偉そうにと思われるかも知れない。他人にどう思われようと構わない。

そこに明確な差は無いんだ。心の中で分けてはいけない部分。

ノリノリマイコーが叫び。決めた序列に従い、指輪を薬指に通し、甲に軽くキスをした。2人にそれぞれ終えると僕らが立ち上がった。

こちらの指は1本しかない。彼女たちも順番に返しの指輪を通し、両頰にキスをくれた。幸せ。真に両手に華。

「末永く、か。途方もない夢物語に聞こえる」

-スキル【白夜】発動が確認されました。-

「これからも。何処へ行こうとも。離れないからね」
「…共に。善処します」帰る事を前提としている峰岸君。やがて来る別れの時。お互い辛いだろうな。


「晴れて夫婦かぁ。これからも宜しくね、タッチー、ジェシカ。付いて行けるように頑張るから」

-スキル【温情】発動が確認されました。-

「無理はダメですよ、キュリオ。皆で助け合いましょう」

-スキル【活望】発動が確認されました。
 これに伴い、最上位スキル【アサシン】は
 【陽炎】へと軌道修正されました。-

「3人で。仲間のみんなで。1つ1つ乗り越えて行こう」
厳しい難局も、2人となら越えて行ける。


「少々頑固な所はありますが。どうぞ宜しくね、旦那様」

-スキル【白熱】発動が確認されました。
 これに伴い、最上位スキル【巌窟】は
 【巌窟王】へと進化しました。-

「私も劣らず頑固者だ。しっかり頼むぞ、ヒオシ」

-スキル【刹那】発動が確認されました。
 これに伴い、最上位スキル【適材適所】は
 【森羅】へと進化しました。-

「が、頑張ります!」
これまた良く似た人を選び取った先生。尻に敷かれる構図が容易に浮かぶ。頑張れヒオシ。それ言ったら僕もや…。


式の締め括りに、奥のテーブルにセットされていたブーケを6人の嫁が手に取りテラスへ移動。

会場に一般民が居ない為、ブーケトスは外へ。

移動中にミストの手のブーケが半分消失。
「おいミスト。後でご飯あるから!」
言われた本人はムッとして薄く睨み返していた。口一杯にモグモグしながら。

微々たるトラブルはありつつも、会は無事閉会。

酒席、宴会に切り替わる前。
異世界の召喚者メンバーが揃って王女の御前に並んだ。

女子はドレス姿のままなので非常に動き辛そうだった。

「善くぞ生き残り、この国へ集ってくれた。異世界の旅人たちよ。これまで何の手助けも出来ず陳謝します。本来なら召喚を施した国に属する者たち。然れどそのゴーウィンは滅した。筋は違えど、こうして集ったのも何かの縁。それに付け込み、尚願います」

あの王女様が頭を下げた。貴族たちや公衆の面前で。有り得ない光景だった。会場が響めく。隣のおっさんが目を剥いて何度見もしてた。

「違えども。フェンリル討伐に助力を願いたい」

代表で峰岸君が一歩前に出る。
「我ら異世界の召喚者。各自それぞれの信念を持ち、目指す先は違います。加担する者、加勢する者、拒絶する者が居ます。無闇な強制は慎まれるよう願います。北に向かう人員はこちらの勝手。選出はお任せ願います」

「そうでしたね。道を選ぶ自由。そこに口を挟むのは慎みましょう。これ以上の介入は冒険者ギルド、マクベスへの不義理となります。善く善く熟慮の上で決めなさい。これで良いですね、あなた」

隣のおっさんも大きく頷き同意した。

「話はここまで。場に集いし衆人たちよ。この者たちへの邪魔立ては、ベンジャム、クイーズブラン両国家への反逆行為と心得なさい」

貴族席の数名が苦い顔をしていた。良からぬ何かを画策してたに違いない。あの顔は覚えておこう。

「皆の者、杯を上げよ。失われし多くの御霊への畏敬。そして先ある旅人たちに祝杯を!」


宴が始まり、滞り無く進む。食事も質素なりにどれも美味しい。討伐戦間近で多少は控えられている内容。

鷲尾さんたちが若い貴族男子たちに言い寄られたり。
メイリダさんがとある上級貴族家の面々と何やら話し込んでいたり。
酒の入った王女様が旦那さんの頬に、往復ビンタを食らわしていたり。公衆の面前で、いいの?無礼講?

「あーウザい!うっさいわ!」
キレた山査子さんが、しつこい男を投げ飛ばし始めた。
「私より強くなってから出直しな!」
そりゃかなりハードル高いねぇ。

その傍らで何かの魔道具を取り出そうとしたカルバンを、鷲尾さんが全力で宥めていた。

貴族男子涙目。心弱い人は本当に泣いていた。


途中でアムールと話が出来た。
挨拶周回を終え、丁度ヒオシも隣に居た時に。
「名乗り出てくれた事、感謝する。これで母上の心労も少しは拭われたと思う」
「大した事じゃないよ」
「こうなったらしゃーない」
これ以上逃げ回るのも、逆に動き難い気もした。これからは正々堂々と。返って気楽かも知れない。


機を見計らい。アムールの兄君、エムール様とも初めて会話した。
「下らぬ戦いに巻き込んでしまったな。許せ旅人よ」
「いえいえ」
言葉や話し振りの印象は悪くない。表情が今一優れない感じを受けた。何やら悩みでもあるのだろうか。
隣の付き人のホランも渋い顔をしていた。

「死んだ弟の。ラムールの英雄譚をな。どうしてだか私が書く事になってしまってな」
それで悩んでたんだ。アムールが柱の陰で笑ってる。

「タッチー殿。良ければ赤竜を討伐した時の状況を聞かせてはくれまいか?」
「エムール様の申し出だ。洗い浚い話すがよい」
おいホラン。付き人のほうが余程偉そうだ。腹パンしちゃうぞ。酔ったヒオシがね。無礼講でしょ。
「お安い御用です。あ、ホラン。赤竜の役頼める?」

「な、なぜこの私が」
「ほらほら、ホラン。そこに立ってるだけでいいからさ」
抵抗を示すホランの背中をエムール様が蹴飛ばした。
「折角話をしてくれるのだ。少しは私の役に立て」
「わ、解りました…」
尊大なだけで役立たず。たまに居るよね、そう言う残念なタイプ。

棒立ちのホランを赤竜に見立て、倒した時の状況を大雑把に説明を始めた。
周囲の人間も話を止めて、会場の全員こちらを向いて聞いていた。
急に緊張してきたなぁ。

大きな雷に打たれた赤竜が地上に落ちる。落ちたのは町の外。倒せるなら弱っている今しかない。僕は仲間と共に向かう。
キュリオが槍を操り竜の翼を削ぎ落とし、僕が各所の鱗を剥ぎ、ジェシカの風魔術で切り裂いた。
開いた腹から魔石を奪い、力を失った赤竜に止めを刺したとさ。

所々脚色簡易化し、反則BOXの件は説明から外した。余計にややこしくなるんで。

感心の拍手が送られる中。
「全てをラムール様の手柄にされても構いませんし、僕らが共闘、或は配下に加わり戦った事にしても良さそうですね。色恋を加えるなら、僕らの妻たちは外して下さいね」
「承知した。将来、演劇の演目にしても面白そうだな」

「終わったのか?」

-スキル【毒手】発動が確認されました。-

立ってただけのホランが汗だく。汚くて触れたくもなかったけど、最後の労いの握手は気持ち悪かった。何かぬるっとしてたしさ。

速攻で手を拭き、食事に戻った。残念そうなホランの目の前で。おっさんを傷付けても心は痛まない。


以降は特別なイベントは起きず。短時間だけゴルザさんとカルバンがフレーゼ様に別室に連れて行かれた程度。
戻って来ると、ゴルザさんの胸を借り、カルバンがしくしく泣いていた。それなりのお叱りを受けた模様。内容、聞かなくても想像は出来る。
にしてもその組み合わせは…。万が一にでもワンチャンあったらターニャちゃんどうなるんだろ。僕が心配しても意味は無いな。同年代の母親て…。

斯くして披露宴も終わり、それぞれの帰路へ着く。
大きな変化は無いと思われた婚姻も、カードを確認してビックリ。不明スキルが女性陣に付いた。それ起因で各個人の最上位も進化変動を遂げていた。

「巌窟王?王様?私、女のはずですが…」
「雌雄は問わないスキルなのだろう。私のは森羅だぞ。意味が、よく解らない」
「えー、わたしの変わってないよぉ。いいなぁ」
「変われば良いと言う物でもありませんよ。私のように忌み嫌われるスキルに変異する事もありますし。陽炎はそうでない事を願います」

女性限定のバーゲンセールでもあったのかと思いきや。
「私は特に何も」
斉藤さんは峰岸姓に変わっただけ。
「私には白夜が付いたな。実に興味深い。人の姿となり、その上に進化の道があったとは」
対照的に喜ぶミスト。

きっとそれぞれに意味があるに違いない。変わった人もそうでない人も。僕ら男性陣も。

「結婚特典なら、私も早く欲しいわ」
「アビの場合は、後最低でも2年待たなくちゃね」
「お互いの意志や絆が強固な物なら、形式に囚われず何かしらの変化が期待出来ます」
キュリオの例もある。一般的に考えれば、婚姻式や儀式を行わない、行えないカップルは山程居る。貧富の差で不公平があってはいけない。世の中そこら中に教会が建ってる訳でもないので。

「ツーザサ行ったら、デートしまくろ」
なかなかアグレッシブな鷲尾さん。素はこんなにも明るい人だったんだ。


楽しげに談笑する女性陣の後方で、黙ってそっと見守る僕ら男子3人。尋ねられても答え持ってませんので。

ローレンライに帰着後解散。思い思いの夜を過ごす。

国軍の再編まで後数日。ここで出来る準備は過剰にして損は無い。西方組に物資が送れないのが目下の悩み。
高性能な馬車が少なく、引き手の馬も少ない。
車は改造出来ても、肝心の動力が問題。
自走馬車の公開はまだ早い。行き過ぎた技術の供与は正しくない。もし敵国や害意を持つ者に渡った場合までリスクを考慮すると、まだ出すべきじゃない。

いっそ例の暴れ馬でも探しに行くかな。アレなら存在は広く認知されてる。素直に言うことを聞いてくれるかは、テイマーとしての腕の見せ処。




スキル発動限界まで、残り後6個。




-----

何故。どうしてこの私のスキルが効かない。
触れた相手の息の根を止めるなど雑作もない。
はずだった。

毒手が力を失った?

自室に戻ったホランは、独り頭を抱えていた。
躊躇いがあった?いいや違う。
慈悲に目覚めた?それも違う。
咄嗟に出したのは最大出力。強力な腐敗毒だ。

その毒が通用しなかった。暫くの期間使用を控え、急激な衰えがあった。そうと考えなければ納得が出来ない。

試したい。誰かで試したいが、王宮内に病に伏した者は誰も居ない。衛兵の一人でも毒殺しようものなら、怪しまれるのは自分。

足の付きにくい貧民街が脳裏に浮かぶ。
然りとてこんな夜更けに出掛けても怪しまれる。
結構するなら明日以降。今日は諦めて眠ろう。

どうも寝付きが悪い。仕える王子に足蹴にされたのも気に食わない。あやつにも必ず復讐せねば収まらぬ。

これまで。己が力に目覚め、自分自身の身体で試した事は無かった。この手のスキルは、自身の耐性が上がれば上がる程に発せられる毒性効果も進化する。

限界の先を見据え、ホランは昼間と同じく最大の毒を練り上げ自らの首筋に塗り込んだ。


翌朝。巡回の衛兵に、被毒で朽ち果てたホランの遺体が発見された。

他殺も疑われたが、余りにも特殊な毒であった為、自殺と判明。

エムールですら彼の自殺理由に思い至らず首を傾げた。
「赤竜の真似事が、そこまで嫌だったのか…。単なる余興如きで残念な奴だ。次の従者は女官にしよう。ツーザサでスカウトでもするか」


この世界の悪意が一つ、誰にも悟られる事なく、静かに消えた。
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