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第3章 大狼討伐戦

第21話 遠方のクロスリンク

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裏切り。この業界ではよく在る話。
それはルデインの町、我らの本拠地の町への到着寸前で起きた。

「ラング隊長~、生きてますか…」
頼れる前衛のプルア・ロンギヌスが重そうな身体を起し、路上に倒れ込む3名に次々に声を掛けて回った。

「わしは大丈夫だ。早くエマの手当を」
自分も右眼を射られ重傷。飛び起きて妻の身を案じた。

「わ、私も肩をやられただけ。でも、どうして彼が」
得意の毒を使わなかったのは、旅を共にした情けか。犯人が居なくなった今では解らない。

「抜かったわぁ。一番非力な僕を狙うとは。計画的」
ゼファーが悔しそうに首を振る。

なぜ後衛の弓手のヒカジが突如裏切ったのか。なぜ高名でもないC級の自分たちのパーティーに組していたのか。
命までは奪わずに。その矛盾に対しても。

多くの謎を秘めた男ではあった。口数は少なく自分の過去は一切を語らない。
何ら不思議ではない。多少の後ろ暗い過去を持つ者は冒険者には大勢居るのだし。下手に干渉して良い事は何もない。問題なく集団行動さえ出来れば。

実際紅一点のエマに対しては紳士的な対応。仲間が窮地に陥れば、弓と体術で大いに助けてくれた。
集会所で駆け出しの冒険者の少年たちを真っ先に手助けしたのもヒカジ。

旅の目的も東海岸を目指す同一の方向性から、センゼリカ王都までの契約を引き延ばした。

「予定が変わった。何も言わずに抜けさせて欲しい」

「何があった?ルデインまでもう少しだ。責めて町まで…」
突発的な申し出に馬車を止め振り返ると、見た事もない薄ら笑いを浮かべるヒカジが居た。

「この私とした事が。既に一刻の猶予もない。ここまでの報酬として馬車を頂くぞ」

報酬とは言ったものの、ヒカジとの契約には金銭的な条項は結んでいない。今回は単なる同行者。馬車の要求は強奪に等しい。

町までは馬車で後2日程。この場で路上に放り出されては、軽く3倍の道程にはなる。

元々の仲間4人で抗議したが、小競り合いから喧嘩に発展した挙句。
荷台の荷物を放り捨てられ、結果はこの有様。

数分前に起き、ほんの僅かな時間で我らの動きを封じて見せた。恐ろしい戦闘能力の高さ。あの身の熟しはC級の域ではない。真の力量を隠し通し、こちらに合わせた芸当から察するに、Bよりも更に上。

実際4人の実績で言えば、B相当の実力は持ち合わせている。旅の自由度が奪われるのを嫌い、登録を上げていないだけ。今回の遠征を終え、ルデインに腰を据える積もりで居た。

忌々しく目に刺さった矢を引き抜いた。赤と白が入り交じった体液も出る。
「芯までは貫かれなかったが…、もう右眼は使えんな」
貴重な回復の魔道具を使わざる負えない。王子護衛で得た報酬が無ければ変えなかった代物。これだけで4人の財半分を費やした。

軽傷者は回復薬で処置。矢で射られた自分とエマに術を、ゼファーに施して貰った。

「悔しいよ、兄ちゃん。為す術も無かった」
「それを言ったら4人全員だよ、ゼファー」
ゼファーとプルアの双子兄弟が互いに慰め合っていた。

「あなた、御免なさい。あれの本性に気付けなかった私の落ち度よ」
「何を言うか。同帯を許したのはこのわしだ。これも些細な罰として受け止めようぞ」

出会いはセンゼリカ王都より南西の町、ザッハルテ。憎きサーペント打倒を掲げ、4人の武者修行を兼ねた旅の途中で立ち寄った辺境の町だった。

偶然町を襲った山賊を撃退させた時に共闘。丁度パーティーメンバーを失ったと言うので、不憫に思ったエマが誘い。以来旅を共にするに至る。

その後、西のツーザサを目指していた途上で第3王子の護衛に雇われた。運が良いのか悪いのかは解らない。

「しかし何だってあいつ。毒使わなかったんだろ」

「情け、と見るには早計だな。わしらには使う程の価値も無かったと見るべきだろう。鏃も毒もな」
上級な毒に成れば成程、魔道具並に高くなる。上位種産の毒であるのと、悪手だと畏否されがちで使い手自体が少ないからだ。それを扱えるだけの腕と知識然り。

今にして思えば、毒の入手の為にザッハルテに滞在していたとも取れる。あの町の周辺には、特に多く希少種が出没する。生息数も少ないので狙う冒険者の倍率も高い。

自分たちは専ら低位専門。身の丈に合った相手。集まる殆どの冒険者が低位には見向きもせず、放置気味なのもあった。

若手冒険者の双子も、あの町でかなり腕を上げた。
高価な魔道具が買ってやれず、ゼファーの真価は発揮出来て居なかったにせよ。


一般住民の困り事を聞くのも冒険者の立派な役目だと思うが、それを説いた所で聞く者はまず居ない。ダンジョンにも入れない冒険者は多い。地上でしか稼ぎ口がないなら、それらを断ずる権利は誰にも無いのも現実。
レアを狩り、一攫千金を夢見るのは仕方の無い事。

反面で冒険者が多く集まり、町自体の治安が保たれているのもまた事実。

実入りの良いダンジョンは国が管理し、入場規制を掛けている。フェンリル討伐隊に加われるだけの度量も力量も無ければ、稼げぬ冒険者が大多数なのだ。

果ては野盗や山賊に堕ちる者も少なからずや。


タッチーとヒオシは元気だろうか。王子伝でダンジョンには入れただろうか。そんな事を浮かべながら、落とされた荷物を纏め、歩き出した。

我らは未だ未だ運が良い。

通り掛かった行商の一団に遭遇した。
「物凄い勢いで西に向かう馬車を見たが。あんたらの知り合いかい?」

「あぁ。そいつにわしらの馬車が奪われてね」

「そいつぁ、酷え目に遭ったなぁ。ルデインだろ?護衛隊に加わってくれるなら乗せてくよ」

「それは願ってもない。助かる。報酬は最低限でいい」
「何の何の。困った時はお互い様ってね。弾めやしないが食料には余裕がある。それで我慢してくれると嬉しい」
商人らしく威勢が良い。気持ちの良い男だった。
「交渉成立だな」

此処いらも街道を外れれば強力な魔物も稀に出る。
旅の仲間は多いに越した事はない。

今後は仲間を増やすなら、しっかと人間性まで重視する。

だがこれ以上増やす気も無いが。若手の2人が巣立つ頃には自分とエマも隠居する。その予定だ。

「わしらは運が良いな」
「片眼を潰された人が言う台詞ではないですよ」
そっと諭してくれるエマを抱き締めた。

何をば。あのヒカジ相手に、たったこれだけで済んだと思えば安い物。得体の知れない何かに守られているとすら思えた。今は命在るのを喜ぶべきだ。


「まーた始まったよ」
「2人の世界に入ると長いんだよなぁ…。僕らにも良い伴侶見つかるかなぁ」
「まー気楽に行こうぜ。まだ人生先は長いんだ」
「見つけるまで死ねないね。コレばっかしは縁だしさ」


即席の旅団は、以降は無事にルデインへと到着した。
実際に運命が切り替わっていた事を、彼らは知り得るはずも無いまま。




-----

「へくちゅっ」
「大丈夫?オオちゃん」
突然のクシャミを放った鴉州の背中を、岸川が摩って温める。

「寒気じゃないから大丈夫だよ。何だろ。今誰かが私たちの噂をしてるのかも」
「え?ホント?私たちお店行かなくて済むの?私、やっぱり初めては。心に決めた大切な人と…したいな」

「あれは冗談。本気にしてたの?私たちに脈無しだって見せ付ければさ。頼りないあいつらが、少しはやる気出すんじゃないかって思って」
「なーんだ。良かったぁ」

「好みのイケメン居なかったし。何で適当な男と寝る為に大切なお金払わなくちゃいけないのよ」
「居なかったからか…」

親友の思考から、邪な考えが飛んで行くようにと祈りを込め、岸川は残念な鴉州の頭をそっと撫でた。
「ノリコ。今、とてもバカにされてると思えるのは。私の気の所為?」
「し、してないよ!心配してるんだよ!」
「…同じじゃん…」

その日の夜。自分よりも膨よかな物を持つ、親友の胸で鴉州はほんのりと泣いた。かどうかは解らない。
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