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第3章 大狼討伐戦

第9話 そいつは夜にやって来る

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黒竜の森。サイカル村より更に西。
その場所に取りに行くと約束した果物が実っている。
不確かな情報だけでは踏み込む気には成らない。

「でも約束しちゃったしなぁ」
「次に会う時までにって言ったしねぇ」

「黒竜の森なら」
カルバンが地図の魔道具を取り出して見せた。

「私たちは西の森に入っちゃったの」
「知らぬは何とやら。怖い怖い」

「私はゴーウィンから逃げるのに森を抜けました。その途上で2人と合流。その時に作成した地図です。これを持って行って下さい」

「私たちが居た時は森の魔物も大人しかった。黒竜とも出会わなかったし」

「それで大丈夫とは言い切れないけど。保険にはなるでしょ」
山査子さんが強く豪語する。鷲尾さんも頷いてる。

騙そうとしてる雰囲気じゃないし、メリットも無い訳で。
「貰っておくよ。2人は黒竜を見たの?」

「遠目にね…」
「うちらが学校を出た後。森に入るのと入れ違いで。黒竜が通り過ぎた後に、学校の方角で大きな爆発が」

「ふーん。他に注意事項は?」

「森の付近や内部では、火の魔術は厳禁です。黒竜は大小問わず、火に反応を示すと言われてますので」
他にも、黒竜が居るとされる場所と、青い林檎が群生した場所などを示してくれた。

目的の林檎の木は、森のほぼ中央部。
簡単に取って逃げると言うには、簡単ではない距離。

「次は人選だね」
「本音で言えば、俺らだけで行きたい所だけど」

「却下ね」
「当然。却下します」
リンジーさんとメイリダさんの息がピッタリ。
まだ何も言ってないんですけど?

「置いて行くなら浮気します」
「どうしても置いてくなら。新しい殿方探そうかなぁ」
なんて宣言するもんだから。僕のほう…酷くない?

「解った。みんなで行きますか、先生」
「しゃーねぇな。腹括りますか、教授」


「2人とも…モテモテ」
「私も、本気で彼氏探そうかなぁ」
「…」カルバンだけは笑っていない。

メイリダがカルバンの前に歩み寄る。
「私は代表者ではありません。抱える思いも人それぞれ。この顛末の引き金を引いたのはあなたかも知れない。恨みもすれば憎みもします。けれど、ある意味でこれはツーザサの宿命。氾濫を防止する役目を負ってしまったが故の。そして、私たちは敗れた。残った結果はそれのみ」

「…」

「この結果を本心から嘆き、後悔するなら。あなたはその命を賭して役目を果たしなさい。異世界への扉をもう一度開くのなら、責めてその目標からは逃げないで。私たちの犠牲を、無駄にしないで。ね」

周囲に人は居ない。それでも尚、低く抑えた声で諭す。

「この町を冒険者に押し付け、国の兵や防衛費を削減したのは明らかな中央の失態。英雄ゴルザ様も王都へ説明に向かわれた。押さえ込まれていたフレーゼ様も出張る。中央はかなり荒れるだろうな。しかしそれは政。お前には関係ない話。町の崩壊を半壊で留め、オーガイヤと赤竜を退けた英雄殿が断罪される可能性は至極低い。ラムール様の殺害を差し引いても」
リンジーは呟き。国政の展開を予想していた。

「…はい」

「ただ…、フレーゼ様の出方次第。戦時とは言え、子供を害された母としては。何処まで冷徹になれるか。あの人だけは、読めない。カルバンへの沙汰は後日明らかにされるだろう」

こちらとしては何も手出し出来ない。ゴルザさんに任せるしかない。

「逃亡を図っても、国からの放置はない。僕らも無視はしない」
「手助けもしない。鷲尾さんたちが敵に回るなら…」

「私は逃げも隠れもしません。クイーズブラン政権の判断に委ねます」
カルバンはそう言い切った。極刑でも受け入れると。

「私は逃げない。カルちゃんだけが罪に問われるなら。私も受刑を申し出る積もり」
「私は…。解らない。敵対はしないけど。本音では逃げたい気持ちが強い。未練があるから。元の世界に」
山査子さんのだけは迷いがあると。正直に答えた。


3人を責めるのは止めよう。時間の無駄。
ゴルザさんに任せると誓った。本人も任せろと言ってくれた。


急造で6人用の馬車(自動運転)を製造。
性能はもの凄い。山査子さんのクリエイトスキルは万能で粗が見当たらない。人を殺める武器の製造だけは不得意だと彼女は言った。防具は兎も角、僕らの鍛冶の鍛錬は無駄じゃなかった。彼女たちが、得意な魔術に傾倒してしまった最大の要因。山査子さんが悪い訳じゃない。そう自分に言い聞かせた。


自動馬車の速度はイオラたちに比べれば数段落ちる。
彼らに頼れない、今みたいな状況の大切な移動手段が手に入った。

イオラたちは友達であって移動の足じゃない。キュリオとメイリダさんにも会って貰いたいけど、それは乗せる為じゃない。勘違いしてちゃ縁は切れる。


サイカル村に立ち寄り、状況確認と報告。

「父様が…。任せろと言ったのなら。信じます。父様が帰って来るまで。私が村を守る」
戦闘服に身を包んだターニャ。

村に居た時は解らなかった。彼女が僕らよりも遙かに強かったって事。今更だけど、ヒオシの玉砕は当然の結果。

ヒオシは平静を装ってた。内心冷や汗タラタラだったと思う。過去をズルズル引き摺るのは、男の性。あっちは多分気にも留めてない。大丈夫!


村長とフィーネさんにも挨拶。ウィード兄弟や村人たちと軽く談笑後、村の被害は農作物程度だというのを確認し、安心して村を後にした。

泊まって行けばとの言葉には甘えなかった。

長時間ターニャとカルバンを会わせたくなかった。カルバンが余計な話をする前の予防線。


村を出た後に、学校の在った場所に向かう。
やっと戻れた、スタート地点。異世界の始まりの地。


「私たちの教室。やっぱり…」鷲尾さんが小さく呟いた。

教室の在った校舎側が、黒ずんだ更地と化していた。
黒竜の爆撃の脅威が窺い知れる。本気でぶつかったら、この戦力だと全滅すると思う。

峰岸君たちとも共闘しないと、討伐は難しいと感じた。
目標のフェンリルよりも格上。その評価は恐らく正しい。

森に入り、林檎を奪取したら即座に撤収。黒竜本体を拝見してみようとか。有り得ないっしょ。自殺もいいとこ。


残りの建物は、職員室や保健室が並んでた建屋と体育館だけ。建屋が半壊で留まってる…。

黒竜と、誰かが戦ったような痕跡が見つかった。
凄い。誰だろう。窮鼠猫を何某的な、勇気ある誰か。

合流出来た10名以外に、誰かが生きている可能性。
淡い期待だけど、良い奴だったらいいな。梶田君みたいな半ヤンキーならマジ勘弁。

敵に回すと一番厄介な奴。仲間に成れる気がさっぱりしないもん。彼とだけは。


夜も近くなった頃合い。
「今日は、ここで一泊しよう」
「火気厳禁で」

僕のサーチエンジンを全開。カルバンに防敵用の結界を多重に張って貰った。

購買の焼け残りから、運良くボディーソープやシャンプーの類いが見つかり、急遽体育館脇のシャワールームを改造。電気式の湯沸かし器を設置。給水タンクを上階に配置した上で水路の配管を整えた。

男子の僕らは最後っす。ジェシカとキュリオは一緒がいいと言ってくれたけど…。他の子が居る手前、無念のお断りをした。異世界の機器は、鷲尾さんや山査子さんじゃないと色々説明出来ないしさ。

順番が来るまで暇だったので、保健室周辺の掃除をした。
丁寧にガラス片をホウキで片付ける。

ベッドはシングルサイズが2つしかない。山査子さんに何とかして貰おう。


遅めの夕食の後、僕らは体育館の休憩室に向かった。
正直僕らは、カルバンと一緒に寝るのが嫌だった。
そんな簡単に割り切れない想いが在る。気持ちの蟠り。

仮眠用の簡易ベッドが2基。普通のベッドよりはマットレスが硬め。でも充分に寝られる。

高身長の人も休める用、セミダブルのロング。
スポーツしないから知らなかったぁ。こんな設備が在るなんてさ。


久々の日本語で話す。
「ねぇ、ヒオシ。正直、これからどうする?カルバンを見てると、複雑でさ」
「難しいなぁ。犠牲になったのがメイだったら…って考えると、どうしてもなぁ」
同意する。自分も、もしもキュリオが死んでいたら、どうしていたかは解らない。きっと怒り任せに…。

「子供かぁ」
「この歳で父親に成れたかどうか。自信ない」
流れてしまったお互いの子。想像もしてなかったし、今でも曖昧。いずれは何て、遠い話だと思ってた。

残念、悔しい、もう少し到着が早ければ。
色々考えてしまう。それでも、一番精神的ダメージを負ったのは母親に成ろうとしてくれた彼女たち。

踏み込むのが怖い。どんな言葉を掛ければいいのか。

「無責任だけど」
「これだけは触れられないよな」

「男ってさ」
「ホント、クズだよ。こんな時でも、何もしてあげられないのが、情けない」
「情けないねぇ。それ以外に、言葉が見つからないわ」


「邪魔するぞ」
「お邪魔かしら?」
リンジーさんとメイリダさん?僕らを捜しに来たんだ。
その後ろから。

「お邪魔します」
「聞く前に入っちゃうよぉ」
ジェシカとキュリオも部屋に入って来た。

各自の装備品を外し、床置き。
下着姿の4人がそれぞれのベッドに潜り込む。
正直…、狭いっす。当然興奮はするもので。
でもそんな気分には成れないので、両脇の2人の肩を抱き締めた。もう下手な言葉は要らない。この確かな温もりさえあれば。

彼女たちも同じ。カルバンたちとは寝たくない気持ち。
仲間と呼べるには、余りにも深い溝が未だ残る。



はい、嘘を付きました。両手に花状態で、若い男子が我慢出来るとでも?うん、無理でした。

お互いの気持ちや後悔をぶつけ合う。
儚くも激しく熱い夜。


頭の裏で、サーチに何かが引っ掛かった。敵意は全く感じなかったので、小動物か何かだろうと無視をした。

後に。無視して良い存在ではなかったと判明したが、この夜の僕らは、何も気付かずに居た。



-----

眠れない。
遠く離れてるのに…。気にし出すと、もの凄く聞こえてしまう。

フウは隣で豪快な鼾を掻いてるし。明日から彼女を豪傑と呼ぼう。心の中で。

カルちゃんは…、声を殺して泣いていた。

「泣かないで。私たちが着いてる。信用出来ない?」
「違うの。信用とかじゃない。個人的な感情。2人を帰してしまった後の事を…、どうしても考えてしまって」
寂しい。独りになるのが怖い。きっとそんな感情。

「まだ約束は出来ないけど、私は帰らない積もり。心配だもん。親友の今後が」
「…ありがとう」

「約束じゃないよ。土壇場で気が変わるかもだし。もしも、また自由な旅が許されたらさ」
「自由?こんな大罪人が?」

「もしも、よ。今度の旅では、3人で。本気で彼氏捜しに行こうよ」
「…それ、いいね。そんな自由があったなら」
少しだけ作り笑顔を浮かべた。

「その意気だよ。ちょっとトイレ行って来るね」
「うん」


ベッドを抜け出て保健室の棚を見渡す。
睡眠導入剤でも有ればと探してみたが、どうやら置いてないらしい。市販的な箱にでも入っていれば中身も解ったのに、変な瓶の薬品名を見ても全然理解不能。

薬学の知識はゼロなんで。


魔石ランプを片手に、諦めてトイレに向かう。その途中。
教員室を通り過ぎる時に気が付いた。

教師の誰かに不眠症な人居なかったかなと。

学校を飛び出す前に立ち寄った、更衣室に入った。


「え…?」

閉じたはずの担任教諭のロッカーの扉が、開いていた。

気になって中を覗いて見た。見なければ良かったと、後悔してももう遅い。
「…なんで」


トイレも忘れ、急ぎ足で保健室まで戻り、爆睡中のフウを叩いて起こした。
「イタイ!ビンタは止めろ」
怒ってる。当然でも今は。

「無いの。無くなってるの!」
「どうしたの?」
やっと寝かけたカルちゃんまで起こしてしまった。ごめん。

「何よ。何が無いのさ。ナプキン?」
「違う!あの、先生のデジカメが!!」

「…は?あの後で誰かが持ってっただけじゃ?」

「変なのよ。他の人のロッカーも見たけど全然荒らされてない。寧ろあの時見たまま残ってる感じ」
勿論全てを記憶してはいない。
「考え過ぎじゃない?」

「違う!絶対違う。デジカメ以外の荷物はそのままなのよ。不自然だよ。あの盗撮魔は、…生きてる」

門藤 良助(モンドウ リョウスケ)。それが担任の名前。
真面目な風貌で、高身長。見た目は悪くなく女子の評判も良好。中身は30半ばの独身ドスケベ。デジカメの存在を知ってからはキモいの一言。何処か裏に闇が有りそうで私は元々好きじゃなかった。

「確かに…。気持ち悪いわね。カルちゃん、索敵出して」

カルちゃんが魔道具を取り出して確認した。

「特別付近一帯には、何も…」
別室の6人が、現在進行形で暴れているのを除き。確かに学校周囲近辺には何も写ってない。

安心していいのかな。不安しか残らない。


「フウ。ごめん…。トイレ、付き合って」
「んもう。子供じゃないんだから。しゃーない。3人で行きますか。直ぐ近くだけどね!」
「私は、特に催しては。逆に少し喉が渇いてて」
カルちゃんは主に目から水分出してたもんね。

「いいから行くの。この歳でおねしょは嫌…」
「それは、私たちも困るから。行ったげる」
「…うん」

この世界では成人女性が連れ立って。

来た当初の約2週間で、随分慣れたと思ってたのに。
夜間校舎の恐怖が再燃。梶田に襲われた日も、大きい方を催してしまい。独りで頑張って、教室から離れた場所のトイレを目指していた。

もう私は、独りトイレ出来ないのかも…。大人なのに。
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