44 / 115
第3章 大狼討伐戦
第5話 守人
しおりを挟む
ゆっくりと、じわりと。逃れられない手で首を絞められて行く。
黒い瘴気は確実に。こちらの動きを封じていた。
逃げ出せばザイリスさんが死ぬ。ここに居ても自分が殺される。見上げれば、死を連想してしまう。
逃げ出す気は毛頭無い。
魔石を白に切替えた。黒には白と単純な理由。
体感魔力も半分を切り、防御を張ろうにも何時まで持つかは微妙な線。挑むなら短期勝負。
睨み合う。熊は4本足を地に着けて低く唸っていた。
真性の獣。対峙する程、心が折れそうになる。
隙だらけで隙が無い。これが奴との力量差。
熊の背には槍が数本刺さったまま。
-スキル【狂戦士】
並列スキル【防衛】発動が確認されました。
反発スキルの発動により【狂戦士】は、
【闘真】へと進化しました。-
命を賭ける、この一手。構えると同時に熊が立つ。
天から強い稲妻が落ちたのもほぼ同時。
熊の背の槍が避雷針の如く、全てを吸収した。
僅かな硬直。出来上がった隙間。行くなら今!
-スキル【闘真】
下位スキル【隠蔽・極み】併発効果により、
【曲者】発動が確認されました。-
右後ろの膝側面を抜き態に捌き斬った。
斬れる。回復はしていない。白は正解。
思い出したかのように叫んで暴れる巨熊の姿。
もう一発の稲妻が落ちた。間違いなくこれは魔術。
遠距離でこれが出来る人物を、俺は一人しか知らない。
ありがとう、メイリダさん。受け取ったチャンス。無駄にするもんか。
熊の死角に入り込み、背から前から横から、斬って斬って斬り刻む。
体力と魔力が続く限り。
魔力も残り僅かとなった頃。熊は肢体を捥がれ、仰向けに倒れた。
巨体が倒れる勢いで大地も揺れる。背中の槍が自重に押され深々と差し込まれる。それが致命傷となった。
耳障りな断末魔が、次第に小さくなって行く。
油断はしない。やるなら最後まで。
広がる熊の胸を裂き、大きな黒い魔石を掴み引き抜いた。
憎しみに満ちた赤い目が光を失う。
「ザイリスさん!」
「兄さん。…こんな…」
ザイリスの身体は、既に生きる力を失い呼吸も浅い。
目は開いていても真っ白に焼かれていた。
顔も首も焼け爛れ、服も鎧も3割溶かされ、所々白い骨まで覘いていた。
「メイさん、離れて。残りの魔力で回復打ちます」
「止めとけ…。無駄だ。テンペストは、どうした」
「倒したよ。倒してくれたよ、ヒオシ君が一人で」
「メイさんと一緒にだよ。雷で足止めを」
この兄妹の得意な連携。
「良かった。これで…。ラーナに、いい土産話が」
「…そんな事、言わないで」
ラーナと言う名に聞き覚えは無い。きっとザイリスさんの大切な人だったんだろう。
「何も見えねぇ。声まで遠い…」
震える右手が虚空を目指して伸びる。メイリダさんが握りその上を包むように添えた。
「死ぬってのは、意外に、味気ないもんだな。生きろよ、二人共。こんな国、捨てちまえ。自由に、さいごま…」
「兄さん!!」
一人の人間の死。これが現実。
もっともっと色々話したかった。教わりたかった。
沢山の冒険を。彼が知る多く仲間たちと。
それはもう、適わぬ願い。
泣き叫ぶメイリダの肩を抱き、ヒオシも泣いていた。
強大な敵を倒しても。根源たる赤竜を倒さぬ限り、また何かを呼び寄せる。
「…ヒオシ君。行って」
「無理。おれも力殆ど残ってないから」
近くに落ちていた大剣を拾い上げた。先端部が砕き折られていた。これは俺が修復する。絶対に。
「タッチーなら大丈夫。俺らの先輩たちも、もう直ぐ来るだろうし。心配要らない」
メイリダの対面側に腰を下ろし、彼の瞼を降ろした。
先程まで生きていたとは思えない位、冷たくて硬い頬。
「決めた」
「…何を」
「メイリダを俺らの旅に連れて行く。お義兄さんを弔ってから。嫌でも、引き摺ってでも連れてく。だから、一緒に生きよう」
「…うん」
笑顔は無い。たった今、肉親を目の前で亡くした人に掛けるべき言葉でないのも承知してる。
でも伝えようと思った。今だからこそ。
町中の戦火は消えてはいない。その傍らで。
ヒオシとメイリダの2つの背中は、とても小さく震えていた。
一人の英雄の亡骸を、前にして。離れずに。
黒い瘴気は確実に。こちらの動きを封じていた。
逃げ出せばザイリスさんが死ぬ。ここに居ても自分が殺される。見上げれば、死を連想してしまう。
逃げ出す気は毛頭無い。
魔石を白に切替えた。黒には白と単純な理由。
体感魔力も半分を切り、防御を張ろうにも何時まで持つかは微妙な線。挑むなら短期勝負。
睨み合う。熊は4本足を地に着けて低く唸っていた。
真性の獣。対峙する程、心が折れそうになる。
隙だらけで隙が無い。これが奴との力量差。
熊の背には槍が数本刺さったまま。
-スキル【狂戦士】
並列スキル【防衛】発動が確認されました。
反発スキルの発動により【狂戦士】は、
【闘真】へと進化しました。-
命を賭ける、この一手。構えると同時に熊が立つ。
天から強い稲妻が落ちたのもほぼ同時。
熊の背の槍が避雷針の如く、全てを吸収した。
僅かな硬直。出来上がった隙間。行くなら今!
-スキル【闘真】
下位スキル【隠蔽・極み】併発効果により、
【曲者】発動が確認されました。-
右後ろの膝側面を抜き態に捌き斬った。
斬れる。回復はしていない。白は正解。
思い出したかのように叫んで暴れる巨熊の姿。
もう一発の稲妻が落ちた。間違いなくこれは魔術。
遠距離でこれが出来る人物を、俺は一人しか知らない。
ありがとう、メイリダさん。受け取ったチャンス。無駄にするもんか。
熊の死角に入り込み、背から前から横から、斬って斬って斬り刻む。
体力と魔力が続く限り。
魔力も残り僅かとなった頃。熊は肢体を捥がれ、仰向けに倒れた。
巨体が倒れる勢いで大地も揺れる。背中の槍が自重に押され深々と差し込まれる。それが致命傷となった。
耳障りな断末魔が、次第に小さくなって行く。
油断はしない。やるなら最後まで。
広がる熊の胸を裂き、大きな黒い魔石を掴み引き抜いた。
憎しみに満ちた赤い目が光を失う。
「ザイリスさん!」
「兄さん。…こんな…」
ザイリスの身体は、既に生きる力を失い呼吸も浅い。
目は開いていても真っ白に焼かれていた。
顔も首も焼け爛れ、服も鎧も3割溶かされ、所々白い骨まで覘いていた。
「メイさん、離れて。残りの魔力で回復打ちます」
「止めとけ…。無駄だ。テンペストは、どうした」
「倒したよ。倒してくれたよ、ヒオシ君が一人で」
「メイさんと一緒にだよ。雷で足止めを」
この兄妹の得意な連携。
「良かった。これで…。ラーナに、いい土産話が」
「…そんな事、言わないで」
ラーナと言う名に聞き覚えは無い。きっとザイリスさんの大切な人だったんだろう。
「何も見えねぇ。声まで遠い…」
震える右手が虚空を目指して伸びる。メイリダさんが握りその上を包むように添えた。
「死ぬってのは、意外に、味気ないもんだな。生きろよ、二人共。こんな国、捨てちまえ。自由に、さいごま…」
「兄さん!!」
一人の人間の死。これが現実。
もっともっと色々話したかった。教わりたかった。
沢山の冒険を。彼が知る多く仲間たちと。
それはもう、適わぬ願い。
泣き叫ぶメイリダの肩を抱き、ヒオシも泣いていた。
強大な敵を倒しても。根源たる赤竜を倒さぬ限り、また何かを呼び寄せる。
「…ヒオシ君。行って」
「無理。おれも力殆ど残ってないから」
近くに落ちていた大剣を拾い上げた。先端部が砕き折られていた。これは俺が修復する。絶対に。
「タッチーなら大丈夫。俺らの先輩たちも、もう直ぐ来るだろうし。心配要らない」
メイリダの対面側に腰を下ろし、彼の瞼を降ろした。
先程まで生きていたとは思えない位、冷たくて硬い頬。
「決めた」
「…何を」
「メイリダを俺らの旅に連れて行く。お義兄さんを弔ってから。嫌でも、引き摺ってでも連れてく。だから、一緒に生きよう」
「…うん」
笑顔は無い。たった今、肉親を目の前で亡くした人に掛けるべき言葉でないのも承知してる。
でも伝えようと思った。今だからこそ。
町中の戦火は消えてはいない。その傍らで。
ヒオシとメイリダの2つの背中は、とても小さく震えていた。
一人の英雄の亡骸を、前にして。離れずに。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる