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第3章 大狼討伐戦

第3話 遅すぎた帰還

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鬱陶しい奴が空を旋回していた。
弓矢を使い果たし、押し返す風の魔道具も尽き果てた。

いつ業火を放たれても可笑しくない状況。

俺如きの睨みなどは利く訳がない。そもそも相手にすらされていないのだ。舌打ちを繰り返しても、好転の兆しは見えないまま。

ゴルザ様に頼らないと決めたのに。心では英雄の帰還を求めてしまっていた。

地上部隊も地上戦に掛かり切り。
手も人も武具も。何もかも足りていなかった。


分厚い雲が空を覆う中。夜が近付いていた。
上の奴は、視界が狭まるその時をゆっくりと待っている。

次の班の交代を告げようとした時。
終わりを告げる、高い鳴き声が木霊した。

真っ黒な雲の隙間を縫う様な、稲光が空を駆ける。

「兄さん!あれは…」

言わずと知れた、謎多き大鳥。孔雀のような羽根と尾。
多くの雷の筋を身に纏った、雷鳥。暗がりで余計に輝いて見えた。

自分と同等以上の魔獣の前に時折現われると言われ、由縁も戦いを挑む理由も誰も知らない。

赤竜と同等ランク。手の届かぬ上空で、交差する2体。
謂れの無い喧嘩を売られた赤竜も、雷鳥だけは無視出来なかった。


見取れている場合じゃない。
「理由は解らんが、雷鳥が味方してくれている。交代班も呼び起こせ。全勢力を地上戦に傾け…」

先程まで何も居なかった南の上空が黒く染まっていた。

ワイバーン。竜の劣化種。通常は群れる事は無く、人前にも出て来はしない。単体でBランク以上。

総数は百を下らず。その群れの先頭を走るのは。

ワイリーン。竜の亜種。小型の黒竜とも呼ばれる風貌は、別名で不吉の化身とも呼ばれている。ランクA+。

赤竜め。何処まで伏兵を隠していた。
ワイリーンが恐らく番の片割れ。そう考えれば納得も出来る。出来た所で状況の悪化は止まらない。


「上に構うな!対抗手段はもう無い。雷鳥に任せ」
言い切らぬ内に。
「ザイリスさん!南の森からも、黒い大熊が!」
偵察部隊が告げる。悲鳴にも似た叫び。

テンペストベアー。狂乱の大熊。仲間の血肉を貪り、極稀に発生してしまうと言う、黒い悪魔。どんな厄災を招くかは戦ってみるまで解らない。ランクA+。


「そいつの相手は俺がやる。道を塞ぐな!」

「兄さん!あれと一人で戦うなど」

「メイ。最後くらい。俺の願いを聞いてくれ」

「最後だなんて!絶対に…」
伸ばし掛けた手がザイリスの背に届く前。
振り向き様の裏拳が、メイリダの首元に入った。

「お前は生きろ。最後まで幸せに。出来れば元気な子を産んでくれ」
崩れる妹の身体を丁寧に置き、立ち上がった。
今も妊娠していたら、この愚行は出来なかった。
振り返らないと覚悟を決めた。ここで終わらせる。

A級にも成れなかった。多寡がB級冒険者。
偉そうにも程が在る。

ラーナ。此れっ切りの願い。
「今だけでいい。力を貸してくれ…。メイを手空きの者で運んでくれ。行くぞ!」

走る、走る、走る。真っ直ぐ南方へ。
崩壊した南の外壁を乗り越えて。


薄暗い近付く闇夜の中で、町に迫る黒い陰影。
溶け込むように、それでいて力強く。地を駆ける足音は地鳴りの如く響いて来る。

こいつを町へ入れたら全滅必至。
上の雷鳥が去ってしまっても終わる。

-スキル【巌窟】
 並列スキル【開眼】発動が確認されました。
 同列スキル【代命】が同時発動されました。-

正真正銘命を捨てる。只で捨てくれてやる訳ではない。

鼓動が何処までも高くなる。沸き上がる力。身体中の血液が沸騰しているかのように感じた。

熊の影が目前まで迫った。

立ち上がった体躯は、優に自分の背丈の倍以上。
振り下ろされる両腕。退く選択肢は捨てた。

鋭い爪を回潜り、懐間際まで入り込んだ。


後ろ足の膝表の表面に大剣の刃を当てた。サクっとした薄い手応え。剛毛に阻まれて通っていない。

後ろに抜けて背後に回り、一呼吸。濃い獣の臭いと共に吸い込んだ。と同時。

反転を果たした熊の右腕が側から飛んで来た。

-スキル【巌窟】
 並列スキル【金剛】発動が確認されました。-

受けた左腕が肘から弾け飛ぶ。余りの勢いで脇腹まで抉られた。これだけで致命傷。

格上相手の必然死。代わりに。この命の代わりに、責めて一矢報いる。

熊の口が大きく開いた。夥しい唾液が浴びせられ、剥き出しの皮膚が焼かれる。頭も顔も。

目もやられて視界が霞む。それでも、熊の口の中の赤が見えた。上空からの稲光が手伝って。

「…しっかり、食えよ!」
迫る赤に向かい、生きる右腕一本で大剣の先を突き上げた。



-----

イオラたちはツーザサの手前で降ろしてくれた。
近付ける限界まで。

近付き過ぎると、上位の赤竜に支配されちゃうらしい。

そこからは自走。

町の上空には真っ赤な火を吹く赤竜。依頼書の挿絵の通りの姿。

間違いない。激高した赤竜が町を襲っていた。
後方に多くの飛竜を従えて。

その相手になっているのは、恐らく雷鳥。全身から稲妻を発して応戦していた。

どうして人間の味方をしてくれているのかは、意味不明だから捨て置こう。


気になるのは地上。遠目で見た感では南の外壁が崩れ、北東西の門は閉じられていた。

最短の東門脇の壁に、デュランダルの槍を数本打ち込んで足場を築き乗り越えた。


南でまだ交戦中の様子。加勢に加わりたいけど、戦況が掴み切れない状態では加勢の意味が薄れる。

真っ先に向かうのは、ギルド前の中央広場。
皆が集まるならその場所しかない。

生きていて、キュリオさん。自分勝手な願い。

瓦礫や捲れた道に転がる。多くの遺体と魔物の死骸。
ゴブリン、オーク、ベアーと原型を留めない人の身体の山を乗り越え辿り着いた。

広場の奥に並ぶテントの数々。

「加勢に来ました。誰か!状況説明を」
「メイリダさん!メイリダさんは居ますか!」

「おぉ、坊主たちじゃないか。メイとキューちゃんならそこのテントだ」
猫猫亭で顔を合せた老人が指を示してくれた。

引退してから長いのか、随分と古びた槍を抱えていた。
デュラの槍を手渡し礼を告げ、示されたテントに飛び込んだ。


「キュリオさん!」
「タッチー君!!来てくれたんだ…」
メイリダさんの頭がキュリオさんの膝の上に乗っていた。
立ち上がれないキュリオさんを背中から抱き締めた。

「メイリダさんは、重傷ですか?」
「いいえ。気絶して眠ってるだけ。…でも、私もメイちゃんも、赤ちゃん駄目にしちゃった…、ごめんなさい…」
あか…。信じられない言葉に、思考が一瞬壊された。

同じように硬直したヒオシが、躊躇う事なくエレメンタルに白の魔石をセットして剣の腹を赤くなっていた首に優しく当てた。

強行回復。適性を持たない魔術の行使。どれ位魔力が飛ぶのかは考えない。
僕も真似て、泣いて震えるキュリオさんに施した。

「…身体が…軽い。ありがとう…、許してくれるの?」
そんなバカな話があるもんか。キュリオさんは何も悪くないじゃないか。悪いのは、全部あの女だ。
「キュリオさんが、生きていてくれた。それだけで充分さ」


「う…、兄さん!」
意識を取り戻したメイリダさんが叫んだ。
「メイリダさん!良かった。何処か痛いとこは?」
「ヒオシ君!兄さんが…。兄さんが一人で、テンペストベアーと戦いに」
ヒオシと抱き合いながらも言葉を絞り出す。

気配を探ってみると、南の離れた場所で争う2つ気配を感じた。片側の気配が薄く感じる。
「ヒオシ!こっから真っ直ぐ南。先に行ってて。僕は上の蠅を落としてくから」

「了解。後は全部、俺らに任せて。これを」
取り出した魔道具をメイリダさんに手渡した。

僕はヘアピンを、キュリオさんの乱れた前髪にセットして魔力を込めた。


テントを飛び出した僕らは、上空を睨む。

迷わずヒオシが走り出したのを見届け、エレメンタルを構えた。使うのは青の魔石。

水刃、全力全開。雷鳥の軌道を先読み残し、上空へ全方位。蜥蜴の肉片、一個たりとも町へは落とさない!


-助かるぞ。異世界の少年-

何処から聞こえる?

-俺は上の雷鳥だ。雷の魔術は無いか?-

在るには在るけど。得意じゃないんだ。

「私も戦います!」
メイリダさんがテントから出て走って来る。

「雷ならメイさんのほうが得意です。どうすればいいですか!」力の限り叫んだ。
「誰と、話を?」

-簡単だ。雷の魔術を俺にぶち当てろ。後一押しでこいつを地に落とせそうだ-

即座にエレメンタルの魔石を灰色へと変更。
メイリダさんに柄を差し向け。
「メイリダさん。魔道具の必要はないです。これを使って下さい。上の雷鳥が特大の雷を欲してます。魔力の心配は要りません。デカいの一発お願いします」

「何だか良く解らないけど…。兎に角これで打てばいいのね?」
「よろしくです。助力すれば雷鳥が赤竜をどっかに落としてくれるらしいんで」
「わ、解ったわ」

メイリダさんが術を練る間に、ブレイカーの準備をした。
無からの変更はしない。

ジェシカさんに渡したのは、デュランダムが持っていた剣。彼女はあの時、即座にブレイカーを持って行けと言った。

戦闘の経験差が顕著に出る。

届く届かないの話じゃない。挑戦するかしないかだ。油断をすれば死ぬのはどんな相手でも同じ。

例え一人でもSランク魔獣を狩ってみせる。


地から放たれた特大の雷は、外れず雷鳥に吸い取られ一旦は消えた。

凝縮された目映い閃光。太い光線が赤竜の右の翼を、根元から消し飛ばした。

飛行不能となった赤竜は、町から外れ、東の壁向こうへと流れて落ちた。
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