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第2章 再会、集結

第5話 血に染まるアルハイマ

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「恨むなら、私を生涯恨みな」
優しげな、且つとても冷たい母の言葉。

悲劇。たった一言で片付けられてしまう。
あの日の出来事。

スキル【狂戦士】それは、ある日突然降り掛かる。
最も来てはいけない時に限って。

若かった。新米だった。言い訳にも成りはしないのに。

私と婚約者のキルギス。将来を誓い合い、共に参戦してしまった。
しなければ良かったと、後悔してももう遅い。起きてしまった過去の事。

東のダンジョンの一つ。アルハイマで起きた、スタンピード。

「僕らが行っても役に立たないよ。返って足手纏いになる」
大人しく、壁内を守っていればいいのだと言う彼の言葉。

何を怖じ気づいているのよと、私は彼の尻を叩いて。魔物の渦の中へと飛び込んだ。

母の元へと辿り着く前に、次々に倒れて行く仲間たち。
多くの仲間の死を目の前に、彼は。愛するキルギス。優し過ぎた恋人は。

突然に壊れてしまった。そして起きる。

渦の中心でもない端っこで。彼の【暴走】は突然、前触れもなく始まった。

「何をしているの!キルギス!正気に戻って」
私の叫びは、彼には届かなかった。

誰彼構わず、斬り殺し始めたキルギスを。私は為す術もないまま。立ち尽くして見ていた。

目が合う。彼の狂気に満ちた目。瞳孔は開き、激しく充血した真っ赤な目。

「うぅ・・・、うぅぅぅあぁぁぁーーー」
こちらに目掛け、剣を振り上げ、向かって来るキルギス。私は一歩も動けなかった。

押し寄せる魔物に食われ殺される位なら、愛する恋人の手に掛かって死んだほうがいい。
そう考えてしまっている自分が居た。

彼の剣が私の頭上に降り掛かる。接触寸前。

「恨むなら、私を生涯恨みな。お前は何も悪くないんだよ」

母の細身の長剣が、彼の背中から胸まで刺し貫いていた。

私は王宮の私室で、仮眠から飛び起きた。
額を拭うと激しい運動の後のような、汗が溢れて滴っている。

もう8年も経つと言うのに。私は未だにあの日の光景に魘される。
頻度こそ減ってはいる。それでも寝覚めが悪いのはずっと変わっていない。


母は悪くない。恨める筋合いもない。でも恨んでいる。憎もうとしている。
もっと他に方法があったのではないかと。

これは、甘え。母の優しさに縋ろうとする、甘え。あれ以外に方法なぞ無かった。
彼を止めるには、殺す以外に。

血染めのロンジー。母の手を血に染めさせたのは、愚かな私の所為だと言うのに。


洗面所に行き、顔を洗って鏡に映す。酷い顔。内面の汚さが滲み出ているかのよう。

手拭いで顔を拭いていると、部屋の扉がノックされた。
「リンジー様。来客です」

自分の汗臭さを確認してから。「通せ」


私は母以外に、苦手な人が居る。それが彼女。
「ジョルディ。・・・久しいな」
「お久し振りです。お姉様」

扉が閉められ、対面した途端に抱き着かれた。あぁ、終わった。

「暫しのお暇を頂いて来ました。今日と言う今日は逃しません!」
唇を重ねられる。拒否は出来ない。

こうなってしまっては、半ば諦めるしかない。
彼女のスキル【偏愛】の所為だ。彼女に抱き締められると拒否権を奪われる。

子供の頃はあんなに可愛かったのに。それは大人に成長してからも変わらず。
好きから、大好きに。大好きからは遂に、愛してるにまで。

私はリンジー。冒険者を辞めてから。
王国騎士団に所属し直し、王妃専属近衛隊の団長にまで登り詰めた女。

年下の小娘に、いいように扱われる。それでは私のプライドが許さない!


事を終えて、ベッドの上。裸で抱き合い、薄手の毛布に包まる。

「うーん。久々のお姉様成分、補給完了」
言葉の意味がさっぱり解らない。

「今日はどうしたの?ジョルディ」

至近距離に居るのに、更に組み付いて来た。耳元で囁かれた。
「ギルドにも、召喚者が2人現われました」
擽ったさに身を捩っていたのも忘れ吹き飛ぶ。

「その2人は、身元を隠したまま。これから来る6人に会いたいと言っております。お付きはロンジーさんに引き受けて頂きました」
あぁ、これが狙いだったのか。

「協力、してくださいますね?お姉様」

「くっ。仕方ない・・・。私は、何をすればいいの?」
「あちらの監視を、少しの間引き剥がすだけで結構です」
また無茶な事を。

「そろそろ、私を解放してくれないかな」
強く抱き締められる。こ、この小娘!

「お姉様が、誰か他に想う方を見つけてくだされば。スッパリ諦めますよ」
詰り。私が過去を振り払い、新しく恋人を見つけなければ、ずっとこのまま奴隷化されると。

「こちらの2人の内、一人は【狂戦士】持ちです。これは、ある意味運命かと存じます」

未だに胸に残るキルギスへの想いを断ち切れと。忘れてしまえと彼女は言っている。
ジョルディ如きに言われるまでもない。

確かにこれは運命。そう感じる。ならば私は。
今度はこちらから打って出るのみ。

「ジョルディ。何時までも、言いなりだと思わないでね」
こちらから抱き締め返す。簡単な話。拒否さえしなければいいのだ。

「お、お姉様。そろそろ、交代のお時間では?うぐっ」
私から口を塞いでやった。私もまた、母に似て根っからの負けず嫌い。
負け放しは性に合わない。



-----

サイカル村。クイーズブラン東端の、小さな辺境の村。
ツーザサ南のエルダーピード発生より、1日遅れ。

「お父さん。どうされたの?伝書鳩など見詰めて」

「鳩のな。定期連絡の紙が、そのまま外されていないんだ。ツーザサで、何かあったらしい。
どうも嫌な予感がする」

鳩を箱に戻し、急ぎ足で書斎に向かい、保管庫の錠を開いた。
「またこれの世話になるとはな。勘違いであって欲しいものだ」

昔に慣れ親しんだ、嘗ての装備品を取り出して手早く身を固めた。

真っ白なマント。屈めば身を隠せる程の大盾。銀鉄鋼の胸当てと腰当て。
どれも魔道具で強化された高級品の逸品。

武装は長剣とボーガン。太めの剣を腰に差し、ボーガンを右腕に固定した。

「ターニャ。暫く村を任せる。戻りは解らない」

何年か振りの、その父の姿に顔を青くする。
「お任せ下さい。どうか、お気を付けて」
不安を覚えても、引き留めたりはしなかった。

彼の名はゴルザ。鉄壁の異名を持つ。彼のスキルも正に【鉄壁】

どんな修羅場も潜り抜け、どの様な地獄からも舞い戻る。
只の一人だけで。

仲間が何人倒れようとも、凶悪な魔獣を相手にしようとも、必ず彼だけが生き残る。

何時からか、冒険者たちからこう呼ばれた。「孤独な城塞」と。

元S級冒険者。ゴルザ・ブライトンは馬に跨がり、馬を走らせる。

引退し、家名を捨てて久しい。山程の後人からの勧誘は在ったが、その全てを断った。
ゴルザは思う。私が居ると、皆が死ぬ。

しかしそれは彼の所為ではない。それだけの危険や強敵に挑み続けて来た、数ある内の結果に過ぎない。誰も彼を死神とは呼ばなかった。

誰一人、その英雄の名を汚さなかった。

「間に合え!」
町で何が起こっているのかは解らない。しかし心臓の鼓動が警戒を示す。

いったい、何が居る。
微かな不安を覚え、ゴルザは馬の腹に蹴りを入れ、足を早めた。
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