上 下
9 / 115
第1章 紅峠

第9話 小さき一歩目

しおりを挟む
この世界にはレベルの概念は存在しない。
定量的に数値で能力値は計れないし、見られない。冒険者ギルドの仮登録証でも同様。

仮の登録証では、名前と登録場所と簡単な自己紹介が書き込めるのみ。
正式登録証は別物との説明を受けた。

「それは、見てからのお楽しみ」
キュートなメイリダさんのウィンクで返され、僕らDTボーイは何も返せずに固まった。

何がどう違うのかは解らない。上位の人になればなる程、他人には見せたがらない。
相当に場数を踏んで、信頼関係を築けた者同士間でないと見せ合わないらしい。

上の人の知り合いも居ないので、結局実物は見れていない。何もかも努力次第。

唯一チート的な面があるとすると、多分成長速度だけ。
それは序盤のウサギ狩りの時から感じていた。

最初は逃げられても、翌日には追い着けるようになったり。手早く捌けるようになったり。
道具が無くても、乾いた木片と草葉があれば火を簡単に起こせるようになったり。

言語でもそう。全く理解出来なかった初めて聞く言葉も、翌日には言葉として認識出来るようになったり。峰岸君くらい要領が良ければ、きっと1ヶ月もあればマスターしてたかも知れない。

ゴルザ先生の稽古でも、鍛冶の手伝いでも。

経験値。失敗と成功。認識。成長。筋肉量や知識。数多くのプロセスを段階的に昇華させる事で身体に染み込んで刻まれる。

ヒオシも同じらしい。実験がてら数日ダラダラと過ごしてみた事がある。
元に戻るまでは行かなかったが、筋肉量は数段落ちた。全部感覚的な物で、上手く説明出来ないのが心苦しい。

詰りは、毎日欠かさず努力せよって事です。
スポーツ系、格闘技系の部員の鴉州さん、山査子さん、桐生君。ベースの身体が出来上がっているあの人たちが武を伸ばして行けば、何処まで成長出来るのか。次に会えるのが楽しみ。

お互い生きていればの話。


今日を生きる為の、初めての魔物狩り。2体までの約束だけど、果たして。

森に入って暫く。3匹のゴブリンと遭遇した。

うーむ。出だしから失敗臭い。

醜悪な顔。禿げた頭に折れた耳。細い手足にでっぷり腹肉。肌の色は紫色。剥き出しの歯は真っ黄色。身長は個別でも、平均して140cm程度。得物は大きな棍棒。

これで人違いですって事はないだろう。

息を潜め、口を閉じて動向を伺った。焦りは禁物。焦る必要は微塵も無い。

1匹が何処かに向い、2匹となった。行くなら今だ。

両サイドから距離を詰め、自作の短剣を手に躍り出た。
不意を突かれたゴブリンたちが硬直。絶好のチャンス到来。
棍棒が振り上げられた瞬間を狙い、ヒオシと交差して喉元を狙って横薙ぎに捌く。
追撃回避の為に対面の草むらに前転で飛び込んだ。

ここまではイメージ通り。

「グ、ガァァァーーー」
ヒオシの側のゴブリンの斬り込みが甘かったのか叫ばれてしまった。更に棍棒を振り回して、ヒオシの背に襲い掛かろうとしていた。

背中に回り込んで、背面を深く抉る。

仰け反った体勢を見計らい、ヒオシが短剣を胸に突き立てた。
油断は禁物。即座に2匹から離れて距離を取った。

僕が斬ったほうは最初の一撃で絶命。ヒオシが胸を突いたほうが、暫く叫び暴れ続けていた。
距離を保ちながら、力尽きるのを待つ。

仰向けに倒れ、呼吸が止まる。ホッと安堵したのも束の間。

離れたゴブリンが、仲間の悲鳴を聞きつけて戻って来ていた。そいつは僕の背後から。

腰の布を解いて、銀鉄鋼の短剣を掴んで振り上げる。

棍棒が降ろされた所でカウンター。棍棒を持った腕ごと醜い顔面を斬り払う。

追加が来ない事を確認して、漸く安心して腰を下ろした。僕もヒオシも、肩で息を切れせていた。

初めての魔物。初めての人型。獣ではない鉄臭い血の臭い。腐ったような臓物の臭い。
僕とヒオシは、盛大にゲロを吐いた。

2つの右耳を切り取る時まで嘔吐は続いた。何も出す物がないのに、胃液まで。


「・・・そうですか。同じ場所に3匹居ましたか。そんな浅い場所に・・・」
僕らの報告を受け取ったメイリダさんの反応。
討伐数が問題ではなく、発見場所が問題らしい。

ゴブリンは複数、3匹以上同じ場所に居ると、近くに巣が在ると言われる。
あれだ。ゴキブリ見たら百匹は居ると思えってやつと同じ理論。

あんなゴブリンが百匹居る場所を想像してしまい、また胃液が上がってきた。

「はい、今回の報酬と。これを飲んで今日はお休みなさい」
銀貨2枚と、銅貨が8枚。緑色の液体が入った小瓶。

「これは?報酬もちょっと多いし」
「初回ボーナスよ。それと胃酸と興奮を抑える香草水。ある程度スッキリすると思うわ」
新人対象のアフターケアか。正直有り難い。

早上がりしたのは僕らだけで、ギルドのロビーにはまだ誰も居なかった。
メイリダさんが周りを気にしながら、受付カウンターを出て僕らの前に立った。

僕らより少し背の低い彼女は、それぞれの肩に手を掛けて伸びをする。

ヒオシから順に、頬にキスをくれた。
柔らかくて温かい。何よりも甘い優しい香り。顔から頭まで燃えるように熱くなる。
2人とも鏡で見れば真っ赤だろう。

「今日だけ。2人にだけ特別。生きて帰ってきてくれた。生きて、ただいまが言える。それがどれ程大切で、尊い物なのか。2人なら解ってくれると信じます」
「「はい!ただいまです!」」
「お帰りなさい。よく、出来ました」
離れ際に頭を撫でられた。一応成人なのに。
素直に嬉しく。さっきまでの吐き気も何処かに消えてしまったようで。

貰った薬は、夜寝る前に飲もう。

「明日は、巣穴探してみようか」
「うん。そうしよう」
宿屋の食堂で軽めの夕食を腹に入れ、早めの就寝。

更に盛られた腸詰めだけは、隣の席の人にあげてしまった・・・。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

処理中です...