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第1章 紅峠
第9話 小さき一歩目
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この世界にはレベルの概念は存在しない。
定量的に数値で能力値は計れないし、見られない。冒険者ギルドの仮登録証でも同様。
仮の登録証では、名前と登録場所と簡単な自己紹介が書き込めるのみ。
正式登録証は別物との説明を受けた。
「それは、見てからのお楽しみ」
キュートなメイリダさんのウィンクで返され、僕らDTボーイは何も返せずに固まった。
何がどう違うのかは解らない。上位の人になればなる程、他人には見せたがらない。
相当に場数を踏んで、信頼関係を築けた者同士間でないと見せ合わないらしい。
上の人の知り合いも居ないので、結局実物は見れていない。何もかも努力次第。
唯一チート的な面があるとすると、多分成長速度だけ。
それは序盤のウサギ狩りの時から感じていた。
最初は逃げられても、翌日には追い着けるようになったり。手早く捌けるようになったり。
道具が無くても、乾いた木片と草葉があれば火を簡単に起こせるようになったり。
言語でもそう。全く理解出来なかった初めて聞く言葉も、翌日には言葉として認識出来るようになったり。峰岸君くらい要領が良ければ、きっと1ヶ月もあればマスターしてたかも知れない。
ゴルザ先生の稽古でも、鍛冶の手伝いでも。
経験値。失敗と成功。認識。成長。筋肉量や知識。数多くのプロセスを段階的に昇華させる事で身体に染み込んで刻まれる。
ヒオシも同じらしい。実験がてら数日ダラダラと過ごしてみた事がある。
元に戻るまでは行かなかったが、筋肉量は数段落ちた。全部感覚的な物で、上手く説明出来ないのが心苦しい。
詰りは、毎日欠かさず努力せよって事です。
スポーツ系、格闘技系の部員の鴉州さん、山査子さん、桐生君。ベースの身体が出来上がっているあの人たちが武を伸ばして行けば、何処まで成長出来るのか。次に会えるのが楽しみ。
お互い生きていればの話。
今日を生きる為の、初めての魔物狩り。2体までの約束だけど、果たして。
森に入って暫く。3匹のゴブリンと遭遇した。
うーむ。出だしから失敗臭い。
醜悪な顔。禿げた頭に折れた耳。細い手足にでっぷり腹肉。肌の色は紫色。剥き出しの歯は真っ黄色。身長は個別でも、平均して140cm程度。得物は大きな棍棒。
これで人違いですって事はないだろう。
息を潜め、口を閉じて動向を伺った。焦りは禁物。焦る必要は微塵も無い。
1匹が何処かに向い、2匹となった。行くなら今だ。
両サイドから距離を詰め、自作の短剣を手に躍り出た。
不意を突かれたゴブリンたちが硬直。絶好のチャンス到来。
棍棒が振り上げられた瞬間を狙い、ヒオシと交差して喉元を狙って横薙ぎに捌く。
追撃回避の為に対面の草むらに前転で飛び込んだ。
ここまではイメージ通り。
「グ、ガァァァーーー」
ヒオシの側のゴブリンの斬り込みが甘かったのか叫ばれてしまった。更に棍棒を振り回して、ヒオシの背に襲い掛かろうとしていた。
背中に回り込んで、背面を深く抉る。
仰け反った体勢を見計らい、ヒオシが短剣を胸に突き立てた。
油断は禁物。即座に2匹から離れて距離を取った。
僕が斬ったほうは最初の一撃で絶命。ヒオシが胸を突いたほうが、暫く叫び暴れ続けていた。
距離を保ちながら、力尽きるのを待つ。
仰向けに倒れ、呼吸が止まる。ホッと安堵したのも束の間。
離れたゴブリンが、仲間の悲鳴を聞きつけて戻って来ていた。そいつは僕の背後から。
腰の布を解いて、銀鉄鋼の短剣を掴んで振り上げる。
棍棒が降ろされた所でカウンター。棍棒を持った腕ごと醜い顔面を斬り払う。
追加が来ない事を確認して、漸く安心して腰を下ろした。僕もヒオシも、肩で息を切れせていた。
初めての魔物。初めての人型。獣ではない鉄臭い血の臭い。腐ったような臓物の臭い。
僕とヒオシは、盛大にゲロを吐いた。
2つの右耳を切り取る時まで嘔吐は続いた。何も出す物がないのに、胃液まで。
「・・・そうですか。同じ場所に3匹居ましたか。そんな浅い場所に・・・」
僕らの報告を受け取ったメイリダさんの反応。
討伐数が問題ではなく、発見場所が問題らしい。
ゴブリンは複数、3匹以上同じ場所に居ると、近くに巣が在ると言われる。
あれだ。ゴキブリ見たら百匹は居ると思えってやつと同じ理論。
あんなゴブリンが百匹居る場所を想像してしまい、また胃液が上がってきた。
「はい、今回の報酬と。これを飲んで今日はお休みなさい」
銀貨2枚と、銅貨が8枚。緑色の液体が入った小瓶。
「これは?報酬もちょっと多いし」
「初回ボーナスよ。それと胃酸と興奮を抑える香草水。ある程度スッキリすると思うわ」
新人対象のアフターケアか。正直有り難い。
早上がりしたのは僕らだけで、ギルドのロビーにはまだ誰も居なかった。
メイリダさんが周りを気にしながら、受付カウンターを出て僕らの前に立った。
僕らより少し背の低い彼女は、それぞれの肩に手を掛けて伸びをする。
ヒオシから順に、頬にキスをくれた。
柔らかくて温かい。何よりも甘い優しい香り。顔から頭まで燃えるように熱くなる。
2人とも鏡で見れば真っ赤だろう。
「今日だけ。2人にだけ特別。生きて帰ってきてくれた。生きて、ただいまが言える。それがどれ程大切で、尊い物なのか。2人なら解ってくれると信じます」
「「はい!ただいまです!」」
「お帰りなさい。よく、出来ました」
離れ際に頭を撫でられた。一応成人なのに。
素直に嬉しく。さっきまでの吐き気も何処かに消えてしまったようで。
貰った薬は、夜寝る前に飲もう。
「明日は、巣穴探してみようか」
「うん。そうしよう」
宿屋の食堂で軽めの夕食を腹に入れ、早めの就寝。
更に盛られた腸詰めだけは、隣の席の人にあげてしまった・・・。
定量的に数値で能力値は計れないし、見られない。冒険者ギルドの仮登録証でも同様。
仮の登録証では、名前と登録場所と簡単な自己紹介が書き込めるのみ。
正式登録証は別物との説明を受けた。
「それは、見てからのお楽しみ」
キュートなメイリダさんのウィンクで返され、僕らDTボーイは何も返せずに固まった。
何がどう違うのかは解らない。上位の人になればなる程、他人には見せたがらない。
相当に場数を踏んで、信頼関係を築けた者同士間でないと見せ合わないらしい。
上の人の知り合いも居ないので、結局実物は見れていない。何もかも努力次第。
唯一チート的な面があるとすると、多分成長速度だけ。
それは序盤のウサギ狩りの時から感じていた。
最初は逃げられても、翌日には追い着けるようになったり。手早く捌けるようになったり。
道具が無くても、乾いた木片と草葉があれば火を簡単に起こせるようになったり。
言語でもそう。全く理解出来なかった初めて聞く言葉も、翌日には言葉として認識出来るようになったり。峰岸君くらい要領が良ければ、きっと1ヶ月もあればマスターしてたかも知れない。
ゴルザ先生の稽古でも、鍛冶の手伝いでも。
経験値。失敗と成功。認識。成長。筋肉量や知識。数多くのプロセスを段階的に昇華させる事で身体に染み込んで刻まれる。
ヒオシも同じらしい。実験がてら数日ダラダラと過ごしてみた事がある。
元に戻るまでは行かなかったが、筋肉量は数段落ちた。全部感覚的な物で、上手く説明出来ないのが心苦しい。
詰りは、毎日欠かさず努力せよって事です。
スポーツ系、格闘技系の部員の鴉州さん、山査子さん、桐生君。ベースの身体が出来上がっているあの人たちが武を伸ばして行けば、何処まで成長出来るのか。次に会えるのが楽しみ。
お互い生きていればの話。
今日を生きる為の、初めての魔物狩り。2体までの約束だけど、果たして。
森に入って暫く。3匹のゴブリンと遭遇した。
うーむ。出だしから失敗臭い。
醜悪な顔。禿げた頭に折れた耳。細い手足にでっぷり腹肉。肌の色は紫色。剥き出しの歯は真っ黄色。身長は個別でも、平均して140cm程度。得物は大きな棍棒。
これで人違いですって事はないだろう。
息を潜め、口を閉じて動向を伺った。焦りは禁物。焦る必要は微塵も無い。
1匹が何処かに向い、2匹となった。行くなら今だ。
両サイドから距離を詰め、自作の短剣を手に躍り出た。
不意を突かれたゴブリンたちが硬直。絶好のチャンス到来。
棍棒が振り上げられた瞬間を狙い、ヒオシと交差して喉元を狙って横薙ぎに捌く。
追撃回避の為に対面の草むらに前転で飛び込んだ。
ここまではイメージ通り。
「グ、ガァァァーーー」
ヒオシの側のゴブリンの斬り込みが甘かったのか叫ばれてしまった。更に棍棒を振り回して、ヒオシの背に襲い掛かろうとしていた。
背中に回り込んで、背面を深く抉る。
仰け反った体勢を見計らい、ヒオシが短剣を胸に突き立てた。
油断は禁物。即座に2匹から離れて距離を取った。
僕が斬ったほうは最初の一撃で絶命。ヒオシが胸を突いたほうが、暫く叫び暴れ続けていた。
距離を保ちながら、力尽きるのを待つ。
仰向けに倒れ、呼吸が止まる。ホッと安堵したのも束の間。
離れたゴブリンが、仲間の悲鳴を聞きつけて戻って来ていた。そいつは僕の背後から。
腰の布を解いて、銀鉄鋼の短剣を掴んで振り上げる。
棍棒が降ろされた所でカウンター。棍棒を持った腕ごと醜い顔面を斬り払う。
追加が来ない事を確認して、漸く安心して腰を下ろした。僕もヒオシも、肩で息を切れせていた。
初めての魔物。初めての人型。獣ではない鉄臭い血の臭い。腐ったような臓物の臭い。
僕とヒオシは、盛大にゲロを吐いた。
2つの右耳を切り取る時まで嘔吐は続いた。何も出す物がないのに、胃液まで。
「・・・そうですか。同じ場所に3匹居ましたか。そんな浅い場所に・・・」
僕らの報告を受け取ったメイリダさんの反応。
討伐数が問題ではなく、発見場所が問題らしい。
ゴブリンは複数、3匹以上同じ場所に居ると、近くに巣が在ると言われる。
あれだ。ゴキブリ見たら百匹は居ると思えってやつと同じ理論。
あんなゴブリンが百匹居る場所を想像してしまい、また胃液が上がってきた。
「はい、今回の報酬と。これを飲んで今日はお休みなさい」
銀貨2枚と、銅貨が8枚。緑色の液体が入った小瓶。
「これは?報酬もちょっと多いし」
「初回ボーナスよ。それと胃酸と興奮を抑える香草水。ある程度スッキリすると思うわ」
新人対象のアフターケアか。正直有り難い。
早上がりしたのは僕らだけで、ギルドのロビーにはまだ誰も居なかった。
メイリダさんが周りを気にしながら、受付カウンターを出て僕らの前に立った。
僕らより少し背の低い彼女は、それぞれの肩に手を掛けて伸びをする。
ヒオシから順に、頬にキスをくれた。
柔らかくて温かい。何よりも甘い優しい香り。顔から頭まで燃えるように熱くなる。
2人とも鏡で見れば真っ赤だろう。
「今日だけ。2人にだけ特別。生きて帰ってきてくれた。生きて、ただいまが言える。それがどれ程大切で、尊い物なのか。2人なら解ってくれると信じます」
「「はい!ただいまです!」」
「お帰りなさい。よく、出来ました」
離れ際に頭を撫でられた。一応成人なのに。
素直に嬉しく。さっきまでの吐き気も何処かに消えてしまったようで。
貰った薬は、夜寝る前に飲もう。
「明日は、巣穴探してみようか」
「うん。そうしよう」
宿屋の食堂で軽めの夕食を腹に入れ、早めの就寝。
更に盛られた腸詰めだけは、隣の席の人にあげてしまった・・・。
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