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前日譚
横道に逸れる。あるいはこれがクズの正道
しおりを挟む「お疲れ様でしたー!」
「また来月お願いしまーす!」
「んじゃ優君、予約しといたから、ご飯いこっ」
「行きましょうか」
撮影終わり、約束通り俺は彩花さんと2人で撮影場所から近くにあるというお店に向かった。
あの喧嘩から今日で1週間経っているが、俺はまだ仲直りをできていなかった。
美愛に謝っているし、美愛からも仲直りしたいと思われてはいるが、仕事を辞める、彩花さんと会わない、との条件を俺はどうしても呑めなかった。
別にどうしても彩花さんに会いたいわけではない。ただこの業界、大御所ならともかく、いくらバズっているとは言えまだまだ若僧の俺が先輩でありカリスマJKモデルの彩花さんを無下にできるわけもなく、むしろ絡むことで立場も上がる。
そして撮影の仕事自体先までしっかり入っているので、全てをキャンセルすることなんて元プロとして絶対にできなかった。
それに本当に浮気なんかしてないのにそこまで縛られる筋合いもない、なんて美愛には言えないが思っていた。
「優君、何か悩んでいるな?お姉さんに相談してみなさい!」
「あー...わかっちゃいます?お姉さん、はちょっと疑問ですが、カリスマJKの彩花さんにちょっと聞いてみたいことがあるかもです」
「失礼な!いくら自分が大人っぽいからってバカにしてー!」
そう、この彩花さん。
カリスマJKモデルって言葉からキレイで大人っぽい女性を想像するだろうが、100%可愛いに全振りしている女性なのだ。
確かにめちゃくちゃ可愛い。スタイルもいい。身長だって女子にしては高い160cmはある。でも顔が小動物系。
ゆるく毛先を巻いた茶髪ロング。カラコンにつけまもつけて、ギャルに思われかねない組み合わせなのに、どうしてもゆるふわって言葉が似合ってしまう。
対する俺は中3にして177cmある。
前世はあまり寝れなかった影響で169.9cmだったことから、誰にも言ってないがとても誇らしく思ってたりする。
身体もそれなりに鍛えてあり全体的に筋肉質な細マッチョ。
彩花さんと並んだらどうしたって俺のが年上に見えてしまう。
「冗談ですよ。彩花さんが可愛すぎて軽口を叩かないと緊張しちゃうんです」
と、しっかり機嫌を取っておく。
「かっ、かわっ..えぇそうよね。カリスマだもの。でも優君..ふーんそっかぁ。私が可愛いすぎて緊張しちゃうんだぁ。へえそっかぁ..えへへ」
うぜぇ。
彩花さんからの印象絶対悪くないよなぁ
正直ちょっと押せばすぐやれそう
なんてたまに前世の嵐が出てくることもあるが、お首にも出さない。俺は優だからな。
「で、聞いてみたいことって?」
「えっとですねー。んー。彩花さんって彼氏とか今までいたことありますか?」
「えっ!?それって....?えぇ。嬉しい。でもでも、まだ優君中学生だし、私も心の準備がぁ...」
「いやいや!そういうんじゃなくて!聞きたいことの前提なんです!」
「もう照れちゃってぇ。んー、私ね、小学生からモデルの仕事やってて、恥ずかしながら彼氏どころか好きな人すら今まではいなかったんだぁ」
今まで は
正直めちゃくちゃ引っかかったけれど
今はそれどころではない。
「あーそうなんですね。だとちょっと分からないかもしれないんですけど...この前俺と彩花さんがデートの撮影したじゃないですか。
もし彩花さんの彼氏が、そういう撮影してたらどう思いますか?」
「んー。私もこの年にしては業界長い方だからあんまり参考にならないかもだけど、あまり気にならないかなぁ。だって仕事じゃん?」
「ですよね!やっぱそれが普通ですよね」
「もしかして優君の彼女の話...?」
「や、違いますよー。友達の話です」
「ふーん。そっかー。」
「はい」
多分誤魔化せてないがとりあえず誤魔化して、そのままご飯を食べてお店を出た。
「ねっ、優君、もう18時だけどまだ時間大丈夫だったりする?」
「はい、一応良い子にしてるんで、ちゃんと連絡すれば何も言われませんよ」
「そっか...そっか...よしっ。
あのさ、優君」
「はい?」
小声で気合いを入れるような呟きが聞こえてきたので、若干嫌な予感を感じながら問い返す。
「その...私の家にきてくれないかな?」
◇◇◇
「お邪魔しまーす」
「ちょっとだけ片付けてくるから、リビングで少し待っててね!」
そうしてドタバタと部屋に入っていく彩花さんを見送る。
唐突な彩花さんの誘い。
勿論反射的に断ろうとしたが、それより先に言葉が飛び込んできた。
「その、あのねっ!変な意味じゃなくてね!私、最近引っ越したんだけど家具の設置とか全然終わってなくて、私、男友達とかいなくて、知らない人もあまり家に入れたくないタイプなの。それに業者さんを呼ぼうにも一人暮らしだからちょっと怖くて...だから優君さえよければ、その、手伝ってもらいたくて...優君筋肉あるし...あの、勿論お金は払うよ!夕飯もご馳走します!...だめかな?」
「あー。なるほど...そう言うことなら...
お金は大丈夫ですよ。夕飯は有り難く。」
「ありがとう!タクシー呼ぶね!」
女性の一人暮らし。
しかも若者限定とは言え有名人で可愛く、弱そうな女の子。
そんな家に業者の男性を入れて、何も起こらないはずもなく...
いや、9割何も起こらないがまだ高校生。
妄想が爆発する年頃だし怖がるのも仕方ないのかもしれない。
両親は...と少し思ったが、小学生からモデルをやっていて一人暮らしと言う言葉に少し前世の俺が過ぎって聞かなかった。多分聞いて楽しいことではないだろう。
「お待たせー!汚くてごめんね。もう全然持ち上げれなくて...」
その言葉通り重めの段ボールが散乱していた。
冷蔵庫や洗濯機などは元々備え付けらしく設置済みだったが、電子レンジなどはそのままだ。
「じゃあ、運ぶんで指示してください」
「うん、ありがとう!それはそこでー...」
そして数時間。
すっかり終電の時刻になる頃に粗方片付けが終わった。
「ううう。ごめんね、私が全然組み立てられなくて」
「いえいえ、タンスの組み立てとか意外に難しいですからね」
「優君まだ中学生なのにスムーズで驚いちゃった」
「俺は基本なんでもできるんですよ」
前世一人暮らしの経験だ。
タンスやテレビ台の組み立てと格闘していた経験は未だに錆び付いていなかったらしい。
「生意気ー。ってやってもらった私が言っちゃダメだね。本当ありがとう優君」
「いーえ。今日はもう遅いんで帰ります。また次の撮影日にでもご飯奢ってください」
「あっ、優君、その、あのね、今夏休みだよね?よかったら泊まっていかない...かな?どうしても夕飯作ってあげたいの」
「泊まるって...大丈夫なんですか?」
「ふぇ?なにが...って、ち、違う!違うの!変な意味じゃなくて!!その、あの、その、その...」
「ふっ。あははっ。冗談ですよ、わかってますよ。この時間に中学生を一人で帰らせるのに抵抗があるんですよね」
「そ、そう!そうなの!だからお姉さんの家に泊まっていきなさい!」
「お言葉に甘えて」
「やったぁ!ご飯ある程度は準備してあるからつくるね!お風呂沸かしてないけどシャワーでもいい?あっ、着替え...」
「あー。このマンション近くにコンビニかなんかありますか?」
「コンビニあるよ!なんなら5分くらい歩けばドンキーも!」
「あ、じゃあドンキー行ってきます。」
「一緒に行こうか?」
「や、近くなら大丈夫ですよ。ご飯楽しみにしてます。」
「そうだよね、一緒に行ったら効率悪いよね...わかった、気をつけてね!」
「はい」
ドンキーに行って、下着と上下のスウェットを買う。
ついでにそういえば在庫が不安だったゴムも買っておいて、帰路に。
最近は美愛としていないが、仲直りしたらすぐに1箱使い切ってやる気でいる。
それと忘れずに親に連絡を入れる。
「カイさんの家で遊んでたら寝ちゃって、泊まらせてもらうことになった」
「わかった。美愛ちゃんが心配そうにしてるって美愛ちゃんのお母さんが言ってたから、連絡してあげてね」
「わかったよ」
流石に馬鹿正直に彩花さんとはいえず、
同じくモデルの先輩で仲がいいカイさんの名前を使わせてもらった。
学校の友達と違いカイさんは俺の周りと関わりがないのでバレることもない。
両親には心配させないよう、俺と美愛が喧嘩してることを隠しているので、適当に流す。
「おじゃましまー...あれ?」
彩花さんがいると思われるキッチンにおらず、シャワーの音が聞こえる。
キッチンを除いたら下拵えは終わっていたので、
多分彩花さんシャワー→俺シャワー(中にご飯仕上げ)→一緒に食べる
ってプランかなと瞬時に納得し、大人しく買ってきたものを荷物にまとめながら待つ。
「あ、おかえりー!えへへ、どうお風呂上がりのお姉さんの色気は?」
「すごく可愛いですよ」
「ちょっ...ばか!..ありがと」
彩花さんは漫画みたいなツンデレだな。
昔主演をやらせてもらったラブコメ映画の原作にこんなキャラいた気がする。
「じゃあ俺もシャワー借ります」
「はぁい。シャンプーとかボディソープは勝手に使ってね!洗濯物は残念ながらちゃんと私の下着は避けておいたからそのまま洗濯機入れちゃってね!」
「ありがとうございます」
下着がそのままでなんてハプニングもなく、
彩花さんはちゃんと身持ちが堅くて結構結構なんてズレたことを考えながらシャワーに入る。
正直今更女子の家に緊張なんてすることもなく、そのまま風呂上がり髪を乾かす。
逆に彩花さんは俺がシャワーを終えてからずっと顔を真っ赤にして中々俺と目を合わせなくなった。今更男を家に泊めることに恥ずかしさを覚えたのだろうか。まぁ彼氏も好きな人もいないって言ってたし、多分俺のことを憎からず思ってそうだから仕方ないか、なんて思いながら手料理を食べる。
「あ、おいしい」
「ほ、本当...?よかった」
そして寝る時間、ソファーで寝ようとした俺だったが、何故か彩花さんの強い押しで同じベッドに寝ることになった。
「だ、だって優君はそのつもりなんでしょ...?」
なんて意味がわからないことを言っていたがなんなんだろうか。
抱かれたいのか?とも思ったが、処女どころかキスもしたことなさそうだしそれはないな、と適当に流し、ソファーで寝るよりベッドの方が勿論いいのでお言葉に甘えた。
そして電気を消して寝る時、
「そ、その...初めてだから...優しくしてくれると嬉しいなぁ、なんて...」
彩花さんがとんでもないことを言い出した。
「へっ!?」
「な、なによ!彼氏いたことないって言ったでしょ!そうよ!なんならキスだってしたことないわよ!ばかばかばか!」
「い、いや...じゃあなんでやる気満々なんですか...?」
意味がわからない。
「な、なによ!やる気満々なのは優君でしょ!わざわざあんなもの買ってきて...まだ付き合ってもないのに..でも優君だから...それに身体の相性を確かめてから付き合うか決める人もいるって先輩が言ってたし.....」
「あんなものって...あああ!!!」
全てを理解した。
つまり見られたのだ。
あれを、あのブツを。
彩花さんは何故か俺が買ってきたゴムを見てしまったのだ。
てか変なこと彩花さんに教えた先輩は誰だ
昔のセフレみたいなこと言いやがって。
「あー..そうですよね、あんなもん見たら誤解しちゃいますよね」
「誤解...?もしかして着けない派なの?そんな...赤ちゃんできちゃう」
「すとーっぷ!違います着ける派です!てかそこは断固拒否して!」
「ほっ...よかった」
「よかないやい!」
「優君何かキャラ違くない?」
「あんたに言われたかないわ!」
ぜえっぜえっ...
この妄想暴走JKをまともに相手してはダメだ...美愛のことを言うか...?でも確定したが間違いなく彩花さんは俺が好きだ。そんな人に彼女がいることを言ってこれからの仕事大丈夫か?病んであることないこと暴露される可能性も0じゃない...てかされそうだ、昔こんなタイプの子とトラブったことを思い出す。
誤魔化すか...それか..
...調教するか?
スッと。嵐が出てきた気がした。
「彩花さん、その..うちは両親がお盛んで、昔から俺にゴム買ってきてとか気軽に言っちゃうような人なんです」
「なんて言うか...凄いご両親だね」
ごめんなさい、今世の両親。
俺は初めて親不孝をしてしまいました。
「な、なぁんだ...そっかぁ...ほっとしたけど、ちょっと残念...って嘘嘘!今のなし!お姉さんジョークだよ!」
「ははは....」
今更取り繕っても遅いがな。
面倒だから誤魔化されておく。
「でも優君は親と仲良いんだね」
「はい、ずっと可愛がってもらってます」
「そっかぁ...いいなぁ...うちの両親はねー」
初体験の覚悟を決めた緊張から解き放たれ、口が緩くなってしまったのか、俺が誤魔化すのに両親を使ったからか、彩花さんは自分の両親のことを語り出した。
なんてことはない、ただの毒親。
彩花さんのことを金の成る木として見ているクズだ。
彩花さんはお洒落が好きで、モデルの仕事自体は楽しんでやっているらしい。
だけど最近水着グラビアの仕事の誘いが増えてきて、その全てを彩花さんは断っているのだが、そこに両親が口を出してきたらしい。
「彩花!別に裸になるわけじゃないんだ。
ギャラの額もかなりいいじゃないか。なにが不満なんだ? だって、信じられないよね?自分の娘の肌が見られてもいいのかよ!って」
そして喧嘩をして家を出て、この度一人暮らしを始めることになったそうだ。
「元々ね、男の子が嫌いだったの。
私がモデルを初めてからは告白してくる男の子はみんな私じゃなくてモデルの彼女ってステータスを求められてる気がして。じゃあモデル仲間は?って言われても、なんかみんな遊び慣れてる気がしちゃって、それにすっごいガツガツこられるのが怖くてさー。無理矢理キスされそうになったこともあるんだよ?チンチン蹴り上げてやったけど。でも優君とデートの撮影してさ、今だから言うけど私恋人繋ぎすら優君が初めてで、年下の子だからいいかなぁなんて気軽に撮影OKしたけど出てきたのが優君でしょ?全然年下に見えなくて心臓破裂しそうだったから頑張ってお姉さんぶって乗り越えて、最後のキスしたふりとか今キスされたら逃げられないなぁ、なんて思ったんだけど何か不思議と嫌じゃなくてさぁ...って何言ってんだろ私。忘れてっ」
その他色んな毒親や周りの愚痴を聞かされて、勿論俺とは違うが、なんとなくその姿が嵐とかぶってしまった。
多分、この子はこのままにしておくと空っぽだった嵐と一緒になる。
なんとなくそう思った。
でも空っぽの器を満たす方法なんて俺はこれしか知らないから。
「でさぁー!私の意志なんか関係なく...むぐっ!?」
半泣きで自分の半生を語る彩花さんが見てられなくて、俺は唇を重ねた。重ねてしまった。
「っ..はぁ...優...君...?」
涙目で、俺を見つめる彩花はどこか官能的で、その先を期待しているような、そんな目で見つめられて。
そして俺は彩花の空っぽを満たした。
満たされたのは彩花だったのか、俺だったのか。
今は誰も分からない。
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