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消えたおっぱい

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 目の前に立つ女性の神々しさにほう、と魂の抜けたような息をつく。そしてそのくっきりとした目鼻立ちから、とくに理由はないが自然と下部へ落ちていった視線の先に、白いワンピースのざっくりとした襟で半分ほど隠された豊かな乳房を捉え──咄嗟に自身の両胸を鷲掴んだ。いや、掴もうとしたものの鷲掴むことができなかった。


「お っ ぱ い が な い !!」

「開口一番それかい」


 思っていたよりも低い声でそう言った美女が、楽しげに笑う。
 この人意外と性格悪いな、さては。そう思ってしまうほど楽しそう、というか愉快そうな笑みであった。右手で自身の腹を抑えながら、左手で壁を叩くような動きをしている。笑い声のあとに「ヒィーッ」と空気を吸う甲高い音を鳴らしている。もはや爆笑だ。


「笑い事じゃないんですけど!!私のおっぱいどこにやったんですか!?」

「まあまあ、それよりちょっとこの鏡を見てごらん」


 相変わらずお腹を抱えて爆笑している美女が、ぬっと腕を突き出して大きめの手鏡をこちらへ差し出す。言われるがままそれを覗き込んだ私は、その中で怪訝そうに眉を顰める推定11、2歳の少女の姿を視界に捉え、思わず絶句した。
 肩より少し下まである真っ直ぐな黒髪と、黒目の大きめなきらりとした瞳。メイクをするときにいつも私を悩ませていたうっすらとした隈はその下になく、懐かしさを感じるほど化粧っ気のない、けれど潤いのある白い肌がそこに映し出されている。


「突然のロリ!」

「ちょちょーいっと遊んだらそんな感じになっちゃった、若返っただけだし問題ないよね?」


 この女やはり難ありだ。ちょちょいっとどう遊んだらこんなことになるっていうんだ。肌艶が若返ったのは確かに喜ばしいが、今まで自分のチャームポイントというかセックスアピールポイントだと思っていた豊満なおっぱいがまるっとなくなっているのは誠に遺憾である。というか、このくらいの歳の私もうちょっと胸なかったっけ。いやおっぱいの話はこのくらいでひとまずいいとして。
 そんなことよりなぜこんな不可思議な状況に陥っているのかという根本的な部分を明らかにしなければならない。
 きりっと眉をつりあげて女を睨みつけた私は、両手を握り込み肩を怒らせながら、笑いすぎで歪められている美しい顔に詰め寄った。


「大体これ、この状況!なんなんですか!」

「あぁ…とくに理由はないんだけど、君を別の世界にトリップさせることにしたよ」

「ちょっと何言ってるか分からないです」

「まあ神様の悪戯ってやつかなー」


 神だろうが何だろうが悪戯で突然こんな非現実的なことをされたらたまったものではない。SAN値が下がってしまう。
 突然の異世界トリップ自体は、私のように乙女向けトリップもの小説やらシチュエーションゲームやらを網羅しているオタク女にとって棚ボタものの話であるが。この自称神様の言い分を聞いていると不安しか募らない。大体、勝手にロリ化とかさせないでほしい。どうせだったら元の年齢のままトリップして、イケおじな王様とか年上強面マッチョ騎士とかに囲まれてうはうはハーレムライフを楽しみたかった。チート能力とか授けてもらって。
そんな煩悩マシマシな雑念を抱えながら、私は自称神様に縋り付く。


「とにかく元に戻してください!」

「え~?戻し方わかんなくなっちゃったあ」

「ぶっとばすぞ」


 あまりにあまりな返答に思わず心の声がダダ漏れになった。いくら神だからといってもやっていいことと悪いことがある。仏の顔も三度までというやつだ。神に仏ぶつけるって何が何だかわからないけど。あと三度もそんな顔したっけ?とかつっこまない。三回くらいは敬語を使った気がする、知らんけど。
 私の悪いくせである止まらない雑念を振り払うように頭を左右に振り、自称神様のワンピースの裾を掴む。しかし肌触りの良いそれはするりと簡単に手の内から滑り落ちてしまい、再び足元を襲った浮遊感に「ひっ」と短い悲鳴を零す。


「そういうわけで異世界楽しんで~!ちなみにチート能力的なのあった方がいいと思ってめっちゃ怪力にしておいたから~!あ、あと、水をかぶると一時的に元の姿に戻るけど、お湯をかぶるとまた少女の姿になるからそこんとこよろしく~!」


 最後に吐き捨てられた聞き捨てならないよろしくとその前文の情報量の多さにとうとう頭がスパークしたのか、私の意識は真っ白な光に飲み込まれ、張り詰めた糸が限界を超えてちぎれるように、ぶっつりとそこで途絶えてしまった。



 
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