月の都の花嫁

城咲美月

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もう1人の花嫁候補3

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奏達が商人ギルドにいる頃

栞side

「やりましたね!栞様!」
目の前で無邪気にはしゃぐ侍女のセバンスティーヌに栞は内心怒っていた。

静かに紅茶を嗜む栞の目の前には
柔らかいブランケットの上にひび割れた月藜龍の卵がある。
(正直あの子を侮っていたわ、私が図書室にいた頃
あの子は先に月藜龍様とお会いしていた。
私より先に………!
それに何よりカインゼノ様のお心を掴んでいるようだった…)


きゅっと唇を一瞬だけ硬く結ぶ。
カップを持ち上げて紅茶をゆっくり口に流し込む。

好きなミルクティーの味も味わずに
ただ自分の喉を通るだけの感触すらただの液体に思えた。

(……………くやしい…………………)

この言葉を声に出して言えたのなら
どんなに楽になるだろう

でもそうする事でより一層自分が惨めになるだけよ、と
心の中で言葉にならない気持ちを叫ぶ


何故だか分からないまま、自分でも不思議に思う事なく
スッと卵を持ち上げて眺めてみる。

「セバンスティーヌ」
「はい、なんでしょう」
「今日はもう下がりなさい」
「え…は、はい…かしこまりました」


セバンスティーヌが出て行ったところで、ゆっくりと唇から息を吐いた。

そして胸元に抱えゆっくりとゆっくりと
まるで宝物のように卵を撫でて、ふふっと柔らかく微笑む。


「私、の……わたくしだけの…………」


ピシッ




「お前は…わたくしをひとりにしないでね」
コロンと揺れたような気がするが、撫でているだけで特に変化はないように思えた。






そのまま栞はベッドに行き、卵を抱き抱えたまま
眠る

まるで宝物のように………




ピシッ




ピシッ




卵の殻の音が破れる音を気づかずに、深い眠りにつく
栞。




ピシッ


ピシッ






???「このまま深く眠りなよ……」
???「うぅんダメだよ……起きなきゃ……」



ピシッ
ピシッ






「そう……よ、わたくし……寝てなんか……いられないも…の……」


ピシッ



???「うん!ママは起きなきゃ!」



ピシッ



???「そのまま深く眠ったほうが楽だよ」
「クスクス…ホントは自分でも分かっているのにね……クスクス」



ピシッ
ピシッ




???「起きて…!ママ…!」



ピシッ


「え、ええ……待って………い、ま………」


ドンドンドンドンドンドン!

ドアが壊れそうな勢いで叩く音が栞の耳にも届く。



心臓の音がひっくり返るくらいの心拍音と、叩き起こされた事で先程見ていた夢がなんなのかを頭の中からサッパリ消えていた。


「朝陽さん!朝陽さん!いる!??」

ドアの外側から聞こえてくるあの子の声に、行きたくない…けれどもこのままじゃ終わらないでしょうね
仕方ない気持ちを抱えながら身体がゆっくり動く


なんだって言うの…?


ドアを開けると、勢いがあったのか開けた拍子に
ドサッと私の上にあの子が落ちてきた



「ちょっと……………」

「痛たたっ…………」


あの子の侍女と護衛騎士がオロオロとしている。

「か、奏様………!」

はあ…………………。



ため息を吐きながら「そろそろ退いて貰える?」
「あっ………!ごめんなさい!」


慌てて私の上から退くと、しゃんと背筋伸ばしながら
「大丈夫!?」

目の前の困り顔の表情をしているこの子に向かって「ええ、大丈夫よ」

「そうじゃなくて!なんて言っていいか分からないけど、
大丈夫だった?怖くない?」

支離滅裂な発言に聞こえるこの子の言葉は、今の私の心の中に
ストンと落ちてくる。

「………………?え、ええ」

「良かったぁ~!」


そうホッとするこの子を見ていると、なんだか気が抜けてしまった。


そうこうしていると、セバンスティーヌとヨレンが私を守るようにこの子に詰め寄ろうとしている。


「アン………タ………こちらで何しているんですか!?」

「セバンスティーヌ…辞めなさい」
「だけど……!」

「奏様、さぁ無事だと分かったんですし今はもう帰りましょう」
「ええ……」

護衛騎士に声かけられて、まだ不安そうなこの子は
なかなか立ち去ろうとしない。


ずっと睨んでいるヨレンとセバンスティーヌは不快感を隠そうともしない。

何かを言おうとしてでも「さあ奏様」「うん…………」
渋々とした様子でようやく帰るみたい。



あの子達が帰った後でセバンスティーヌから「栞様!」
「貴女も帰りなさい」

そう言うと2人の姿が見えなくても、雰囲気が暗いくらいなら分かる。


「でも…………」
「立ち去りなさい」
「はい……」



「栞様、差し出がましいようですが、1つだけ言わせてください…我々の気持ちも考えていただけると助かります」


「…………ええ………理解しているわ」

「そう…ですかでは、我々は失礼しますおやすみなさいませ」


少しピリついた言葉になったけど、静かにドアが閉まる音を聞いて深いため息を吐く。



疲れたわ…………


さっきの騒ぎでそのままにしていた卵をそっと持ち上げてブランケットの上に戻していた。

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