月の都の花嫁

城咲美月

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と、そんな甘い事を考えていた数分前までの自分がいました。

向こうから来るなんて卑怯よー!
不可抗力よ、せっかく視界に入らないようになるべく気配を隠していたと言うのに!

私の得意技(?)
「櫻井さんって、後ろから声かけられるとホントわかんない」
「奏ちゃん、足音ないから」
「奏ーアンタそれやめな~?すっごく怖い」
「もしかして前世、忍者だったりして」
「まさか、それはないよー」と、友達同士で話ししてたのを思い出す。
特に静かにしていなきゃいけない場所の病院で、同じ病室のオバサンが「あの子足音聞こえないのよー」
「気を遣ってるんですよ」と
看護士さんの会話が聞こえてきた事もあった。

そんな事を考える前に、少し前の出来事を思い出すと
私が世界史コーナーに来て、本棚のスライド式ドアにカードキーを差し込むと開く仕組みになっている。

ピピッと音が鳴ると、スライド式のドアが開く。
おぉと目を輝かせていると
困った事に中の本を取りたいのに
少しだけ届かなくて、背伸びして取ろうとした所に
後ろから「これかな?」と声をかけられた、そう言う事だった。

アネッタが居たはずなのに、とは思うけど
アネッタは辺境伯爵家の令嬢であっても今は私の専属侍女。
この派手な格好をした男性の事をたった今思い出した所だった。
クインツァイト.スクニード
同列の伯爵家であっても、惜しくもクンツァイトの家のほうが僅かに評価が上であり
辺境伯爵家の令嬢であるアネッタの場合ならば、同等の立場から文句を言えるが、今は侍女だから下手に文句は言えなかったのだろう。
それに辺境伯だからと、田舎者だと侮り罵る貴族はいる。
アネッタがしょんぼりとしていた。

こういうときの身分制度は、足枷にしかならないだろうに。

「あ、ありがとうございます」と、後ろを振り返ってみたら
びっくりして目を瞬いて
派手な格好の男性、つまりはクンツァイトが私の後ろにいたのだ。
「いいよ」とにっこり笑って私に本をポンッと手渡す。

攻略キャラクターではないものの、白髪で長髪、翡翠色の瞳が印象的だった。

 
アネッタをしょんぼりさせるだけでも許せないのに、
この後のお茶会、と言っても「クンツァイトと紅茶を嗜む」
のフラグが立つ。

この古い貴族ルール
身分の上の者から紅茶に誘われたら、用事がある場合や緊急時や体調が悪い時以外は、一杯は必ず受ける事。があるせいで逃れる事は難しい。
今はほとんどの人が適応はしないし、知らない貴族もいる中わざわざ嫌がらせの為に適応する貴族もいる。

さて、目の前のクンツァイトはどちらかな?
ゲームの中じゃ知ってそうな雰囲気があるだけで、詳細などは分からなかった。

このフラグ、そもそもが他のキャラクターを攻略する時に必要なフラグ回収だったはずだ。
他のキャラクターを狙っている人には必要なフラグけど、
私は、そのキャラクターを狙っているわけじゃないし
どう見ても体調が悪いわけじゃないし、用事はあるが緊急でもない今は断るのは難しい。
んーどうしたもんか。


「良かったら、あちらで紅茶を飲まないかい?」
あちらと指を指す方向を見れば、どう見ても
先程、貴方が座っていた場所ですよね?
とツッコミを入れたくなる。

「こちらは飲食は良かったのですか?」と聞けば
「ボクの場合は大丈夫なんだよ」とにっこり笑っている。

答えになってねーよ!あ、イヤイヤ
答えになってやがりませんことよ、おほほ。と心の中で毒吐く。
すると奥のほうから焦った様子のアンさんがやってきた。

「お義兄様!」
「やぁ、アン」
「お義兄様!無理強いはお辞めください」
「無理強いは、してなんかないさ
話題の花嫁候補生とあらば誘わずにはいられないだろう?」
アンさんは、クンツァイトの言葉をスルーして
こちらに向き直る。

「櫻井様、不本意ながらこちら私の義兄なのです
何か義兄が不便をおかけしましたか?」と
困った様子のアンさん。

「いいえ」今はね。と心の中で付け加えていた。
「そうですか」と、アンさんはほっとした様子で
胸を撫で下ろしていた。
「それで…」

「あら、そちら借りて行きますか?」
「ええ」
尚も何か言いたげにしてた
クンツァイトの言葉をスルーしながら私に話かけているアンさんの様子は、なんとしても義兄の迷惑を止めてみたいようだった。

「では、こちらで貸し出しの記録をしますので」と
私に有無を言わせずにいる。

ニコニコの笑顔が、何故か鬼気迫る勢いを感じられた。






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