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参
しおりを挟む開店10分前になり、外で回転練習をしているゴンを呼びに行かせた店長は、全員が集まるとミーティングを行い、ゴンの紹介を始めた。
「今日からバイトで入った木曽川くんだ、働くのが初めてらしいので色々サポートしてやってくれ、じゃあ木曽川くん自己紹介して」
「はい、木曽川・下流・ゴンと言います!宜しくお願いします!」
そう言うと、ペコリと頭を下げたゴン。
「……カリュー? ミドルネームあんの⁉」
と、店長以下全員が驚きゴンを見る。
木曽川には二匹のゴンが居て、それぞれ上流と下流に別れて住んでいた。
なのでミドルネームでは無かったのだが、狐のゴンには皆が言ってる意味は分からなかった。
なので、適当に相槌をうっといた。
「えー……それでは、色々驚く事が多いけど、お客様も来ているので……皆さん今日もがんばりましょう! 開店です!」
「「「頑張りましょう‼」」」
と、店長の合図で一斉に掛け声を上げ、店の前で待ってた客の対応に向かう。
ゴンが華麗にクルクル回る中、誰も気付かず常連客を出迎える為に整列していると
「何であの子回ってんの?」
と、店長と腕を組みながら歩いて来たマダムに指摘され、初めてゴンを見る面々。
皆がゴンに注目していると、視線を感じたゴンは更に華麗に格好良く見える様に心掛けながら二回転したあとポーズを決めて舞う様に回る。
まるで氷の上で回転するフィギアスケートの様に摩擦も無く回る様は美しく、見る者すべてを魅了した。
そして一番最初に意識を取り戻した店長はマダムの肩をソッと抱き、席へと誘った。
何でゴンが回り始めたのか分からなかった店長は、一つのエンターテイメントとして扱うことに決め、気にせずマダムの相手をする事にした。
その店長の態度を真似て、今日はこういう趣旨で回していくのかと、勝手に判断した面々もゴンの事は気にせずに一つの回るオブジェクトとして扱った。
何時もの様にじわじわと増える客達だったが、一人の客が回るゴンに注目し動画を撮り始め、それを人気動画サイトのSNSに上げて拡散。
珍しさも有ったが何より舞う様に回転する様が格好良く、女性達の目に焼き付いた。そのお陰で満員御礼となり、中に入れない客で店の前はごった返す事に。
新規の客は全員ゴンを指名したが、誰もがクルクルと回転するゴンを止められず、その日は他の従業員が対応する事になった。
大体一時間位で入退店を繰り返す為に回転率は上がり、店の前に集まっていた客も閉店間際になってようやく落ち着いてきた。
開店から延々と回り続けるゴンの体力に次第に顔を蒼くする従業員達と、二時間の予定で開店と同時に入店したマダムの顔が無尽蔵に回るゴンに見惚れていた事で全身が火照って来た頃、ようやく閉店になった。
「今度から彼を指名するわね♡」
と、言い残して店長の上客だったマダムが帰っていった。
ここでようやく未だに回るゴンを止めに先輩が声を掛けた。
「ゴンくんお疲れー、もう閉店だから回るの止めていいよー」
「あ、お疲れ様です!」
そう言うと、ゴンは爽やかな笑顔を湛えて挨拶をした。
延々十時間程、休む事なく回ってたのに
(((何その爽やかな笑顔)))
と感心する人と、青褪める人とで二分していると
「ゴンくん何で回ってたの?」
ここで初めて疑問を投げ掛けた副店長。
皆が注目していると、ゴンは
「面接終わった後店長が……」
と、店長を見ながら答え
「えっ⁉ 俺⁉」と、驚きながら
(そんな事指示してねーんだけど⁉)
と、心の中で抗議して次に続く言葉を待った。
「一時間後に回転するからと言っていたので、練習もしてました」
「……あ、いや開店っていうのはね?ゴンくん……」
と、説明しようとした副店長の肩をガシっと掴んだ店長は首を横に振りアイコンタクトで
(説明するなと合図した)
そして、副店長を押し退けてゴンの肩に手を回し皆を見回した後
「これからこの路線で暫く動くことになる!今日はそのテストだった!」
と、言い切った。
如何言うことかよく分からなかった面々は顔を見合わせると、再び店長に注目し始める。
「ショービジネスだよ、ショービジネス。そして、彼の指名を増やすのと同時にその権利を賭けてその日に入店していた人だけが、得られる特典とする」
「あの、何を賭けるんすか?」
言ってる事が理解出来なかった面々はザワザワと話し始め、店長に直接聞く事にした。
「彼が!」
[ゴンの背中を押し一歩前に出させる]
「回転を!」
[店長も一歩前に出る]
「止める時間をだよ!」
[両手を開いてポージング]
まるで予め決めていた様に言っているが、いきあたりばったりなのを知っているのは店長しか居なかった。
なので、従業員全員拍手喝采で迎えた。
その日の深夜に店の公式アカウントから大々的に発表された。
ゴンの回ってる姿と顔写真付きで。
その反響は凄まじく、動画の視聴回数もあっという間に六桁を超えて、まだまだ伸びそうな勢いだった。
電話で問い合わせも着て、その対応を副店長に丸投げした店長は、手持ちの金が無いというゴンに日当+ボーナスとして五万円を報酬として渡した。
「明日もよろしく頼むぞ! ゴンくん!」
面接の時とは別人みたいな対応で少し戸惑ったゴンだったが、初日で五万円も入ったし、明日も頼むと言われれば喜んで暫く続けようと思った。
こうして、ゴンの初めての仕事は終わった。
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