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しおりを挟む将軍を筆頭にグランドル侯爵達が王都を出たと報告を受けたのは、エルフ族のカウェイを北の塔に招待した日の正午過ぎだった。
「陛下、これで此処から逃げる三段が付けられそうですな!」
そう、嬉しそうにカウェイが言うと、王は頷く。
明け方に将軍が寝室に訪れて有無を言わせず北の塔へ幽閉され、『王は病魔に侵されている』と国民に発表された時は我が身もここ迄かと落ち込んだが、魔道士の国枝と我が娘アナスターシアが王都を抜け出せたと聴いた時には、最後の希望にも見えた。
そして、カウェイを通じて海人と国枝が王国へ我々を救い出す為に動いていると聞いて、更に安堵していたのだ。
そして、我々を幽閉した事で事が上手く進んでいると思ったのか、見張りをそこそこ置いて王都を出ていった首謀者達が正門へと進む姿を遠目で微笑みながら眺めていたアーノルド・カロアロン・ナプラー王。
「何日でここまで来れるか賭けでもしますか?」
そう言うのはナプラー王の妻でアナスターシアの母、アナシスタ・ノアン・ナプラー王妃だった。
※因みにナプラーが王国の名で、カロアロンが正当な王の証という意味の古語、アーノルドが自身の名でナプラー王国の正当な王アーノルドとなります。
※ノアンとは、古語で正妃を意味する言葉です。ナプラー王国の正妃アナシスタというように表します。王子や王女には間に入る言葉はありませんが、成人した後に爵位を賜る事があった場合のみ間に言葉が入ります。
【閑話休題】
「では、我は七日後に賭けよう!」
そうナプラー王が言うと、「では私は5日後に!」と王妃は言う。
仲の良い王と王妃を微笑ましそうに眺めるカウェイは、紅茶を手にして目を細める。
前日まではこの様に笑う事さえ無かったのだ。
余程不安だったのだろう。
「さて、婿殿は如何やってこの難関を潜り抜けるのか、楽しみじゃの」と、一人呟くのだった。
☆
将軍が旅立って三日後の朝。
侍女が勢い良く王達の眠る部屋へと突撃し、旧街道付近で大きな竜巻が吹いたと報告した。
ナプラー王は飛び起きて状況を素早く確認するも、吹き始めたばかりなのか、それ以上の情報は得られなかった。
仕方なく王妃を優しく起こすと、「其方の私兵を借りたい」と、告げる。
「私の私兵を……ですか?」
「そうだ 私の私兵では隠密行動等出来ぬ」
そう重々しく言う。
何があったのか詳しくは分からなかったが、王妃は頷くと指を鳴らす。
すると、王と王妃のベッドの前に数名の者が音も無く現れた。
その者たちは誰もが顔に黒い布を巻き、漆黒のローブを纏っていた。
王妃の私兵で別名【黒士鳥】という暗殺集団てある。
王妃の実家は他国の要人の暗殺を目的とした家だった。いわば王国の闇を担うのが王妃である。
国枝の私兵で【ホワイトローブ】は、【黒士鳥】に属する親達だったりもする。
最近では副業に諜報活動等をしている。
ここ数年はもっぱら街で流行りそうな物の調査だったり、美味しそうな物をいち早く見付けて王妃に報告するのが任務であった。
「王の願いを叶えよ」
そうアナシスタが言うと、無言で頷き跪きながら王の言葉を待つ。
「うむ、情報が足りぬので旧街道へ行ってくれ、それと将軍達の動向も知りたいので、何かあったら知らせてくれ」
そうアーノルド王が言うと、【黒士鳥】は無言で素早くその場から消えた。
ーーこれで手に取るように外の様子が分かるはずだ。
王はそう思うと、腹が減ってきたのか王妃を誘って朝食を食べに部屋を出ていった。
その日の午後、将軍達が海人の仕掛けた罠に嵌って吹き飛んだと知らされ、グランドル侯爵もまた即死したと報告を受ける。
「なんと! 早々にやってくれるとは流石は国枝の親友じゃな! 騎竜部隊を集めよ‼ 外にいる雑兵等取るに足らん相手! 我々も討って出るぞ!」
そう叫んだ王は、装備を身体に巻き付ける。
表からは国枝達、内からは王の騎竜部隊が出れば、残りの兵達は屈服すると踏んだのだ。
暫し街の中が戦場になるかもと思った王妃は、自分の護衛達(黒士鳥)に支持を出し、街の中に残っている住民を一人残らず避難させ、その後正門へと国枝達が来たら知らせよと伝達する。
これでこの国も安泰だと思っていた。
王は北の塔に騎竜を配置し、後は国枝達が辿り着くのを待っていた。
そして訪れたという報告の後、出陣の合図を出そうとした矢先、激しく爆発する音が聴こえてきた。
「何事だっ⁉」
王はグランドルでも帰ってきたのかと焦った。
死んだと言っていたのは間違いだったのかと不安になった。
グランドルは腐っても将軍に次ぐ強さがあるのだ。
なので、客間から外がよく見える嵌め込み式の窓へと向かった。
そして……その窓から見える光景に目を疑った。
天変地異でも起こったかのような白い煙がまるで霧のように辺りを包み、次々と城を目指して進んでくるのだ。
その後直ぐに黒士鳥達の報告が入る。
「報告します! エルフ族の雀蜂型に乗った国枝殿達が、追ってくる兵達へ向けて攻撃を開始しました!」
そしてすぐに別の報告が入る。
「報告します! 中央通りを破壊しながら蜂型が凄い速さで突進してます!」
次々と入る報告に対処出来ないままで居る王。
窓の外からはモウモウと舞う煙、魔王討伐の後、勇者とその伴侶が結婚式を挙げたという伝説の教会が音も無く崩れ去る。
魔王討伐の後、凱旋したという中央通りの敷石が木っ端微塵に吹き飛んだと報告されると、プッと何かが切れた音がした。
そして騎竜部隊に何としてでも奴等を止める様に支持を出そうとした瞬間、悲鳴の様な声を出しながら国枝達が蜂型に乗ったまま城内へと突き進み、伝統ある赤い絨毯を引き裂いたと報告を受けた瞬間、王は膝から崩れ落ちた。
「ははは、はは……ハハハハハ」と、力無く死んだ魚の様な目をしながら笑うアーノルドを見て、王妃が側に駆け寄る。
そのまま更に先々代から受け継いでいた壺が割れたとかの報告が入るが、すでに王の耳には何も届く事はなかった。
その後カウェイを先頭に海人達がこの部屋へと来るまで、王妃は王の背中を優しく擦り、咽び泣いたという。
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