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しおりを挟む正規街道を進軍する将軍率いる本隊が旧街道から巻き上がる竜巻を見たのは王都を出てから数日後だった。
「報告します!」
休憩所で呑気にお茶を呑んでいた将軍の元へ兵士が一人駆け込み、旧街道付近から巨大な竜巻が幾つも巻き上がっていると報告を受けた。
かなり遠い場所で起こっている自然災害と思っていた将軍は、重い鎧を着込んでいる兵士達は大丈夫だろうと思っているので報告だけを聞いて下がらせた。
「こんな時期に竜巻とは妙ですな」
軍事顧問のグランドル侯爵は眉根を寄せて顎に手を付け何かを案じ考えるフリをする。
そんな侯爵に一瞥もしないまま、用意されたお茶菓子を摘むとマーケン将軍はいう。
「ふん、気にする事も無い。ただの竜巻だろう? 我軍に吹き飛ばされる程弱い兵士などおらんわ、そんな事より今後の事を考えよ。 じゃじゃ馬の姫を手に入れたとして、如何やって乗りこなすかをな」
そう言うと厭らしく嗤う。
生まれた時から知ってるアナスターシアが、すっかり大人になり微笑ましいとも思っていたが、あと数日で自分の伴侶となるのだ。
そう思う度に自分の中から熱く滾る何かを感じていた。
「ふっふ!ワシもまだまだ若いのぅ」
将軍はそう呟くと、ぬるいお茶を飲み干した。
グランドル侯爵はそんな将軍を見て口元を隠す様に手を当てるとコッソリとため息を吐く。
(アナスターシア姫などまだまだ子供だろうに……)
グランドル侯爵は成人したての若い娘にはまるで興味が無かったので、ニヤニヤとしてる将軍を変態野郎と思っている。
ーーこれさえ無ければ良い将軍なのに……。
まぁ、この世界ロリかショタか男色しか居ないのだから仕方ないと諦めたが、胸糞悪い話を聞いた事で少々苛つき、胸のポケットから母の姿絵をウットリと見つめて浄化する事にした。
休憩を終え、準備を整えると旧街道付近を遠目で眺める。
既に竜巻は収まったのか、うっすら紅い空を眺める。
ーー火事でもあったか?
あの辺には民家はなかった筈と思ったが、特に気にするものでも無いとして、号令を掛けさせる。
その声を聞きながら馬車に乗ると、まだまだ先は遠いからと、フカフカな椅子に寝転がると直ぐに鼾をかいて寝始めた。
☆
ガヤガヤと煩い音で目が覚めた将軍は、最近買った自動巻き式腕時計を見る。
休憩地から出てから既に六時間程過ぎていた。
ーー寝すぎたか。
と、思い体を起こす。
フカフカな椅子とはいえ、馬車の中だ。
体の節々からパキパキという骨の音を鳴らして体をほぐす。
外から聞こえる喧騒にいい加減苛ついて来たので、乱暴に扉を開ける。
「おい!何事だ‼」
と、叫んだ先では死屍累々と転がる兵士達や腕や足が無くなって動かなくなってる兵士達がそこら中で呻き声を上げている所だった。
「な……何事だ⁉」
と、恐れ慄きながら状況を確認させる為に大声で誰かいないかと叫ぶが、誰も来なかった。
「おい!グランドル‼ グランドルは居ないのかっ⁉」
叫べどグランドル侯爵の姿も見当たらない。
居ても立っても居られなくなった将軍は転がり扉を押し付けている兵士だった物体を蹴り倒すと、馬車の外へと這い出た。
そして気付く、自分が何故か抉られた場所の中に居て、所々から立ち上がる煙が風で靡いてる事に。
転がって車軸が折れたのか、馬車は動けない状態だし、三百人程居た兵士達は自分の周りには居なかった。
居るのは倒れて息のしていない者達だけ。
「いったい寝てる間に何がっ⁉」
訳もわからず途方に暮れる将軍はその場で跪いて天を仰ぐ。
☆
……時は数刻前に戻る。
「いま将軍の部隊はどのへんかなぁ?」
完成した爆竹を鈴なりにして魔石パウダーの導火線で繋ぎ終わった頃、国枝が篭から顔を出す。
「多分もうすぐだと思うけど……アリサに確認してもらうか」
そう言うと電力鳥のアリサの名前を確認して、ポチッとボタンを押す。
設定した名前のボタンを押す事で、相手に繋がるシステムの為、番号を入力すれば誰にでも繋がる現代の電話と比べるとかなり劣化するが、この世界では最新式だった。
魔力で作る鳥で手紙を送る魔法しか無かったこの世界では重宝されている通信手段だ。
電力で鳥のように言葉を飛ばす事から付いたのが電力鳥という名前の由来である。
【閑話休題】
「もしもーし?アリサ?今どこら辺飛んでる?」
「あ……海人……様? あー……えと、きゅ……旧街道上空……だ、です」
ーー……様?
何となくアリサの歯切れが悪い。
無理矢理丁寧に話そうとしている気がする。
何かあったのだろうか?
「どした? 何かあった?」
「あ……いえ!あの、 だ、大丈夫だ……です」
頭にクエスチョンマークが浮かぶが、もしかして初めて見たネズミ花火に驚いて混乱しているのかも?と、思いそれ以上聞くのをやめる。
俺も子供の頃、初めて見たネズミ花火に驚いて小便をちびった事があるからだ。
ネズミ花火の感想も聞こうと思ってたが、止めておいた。
「ちょっと悪いんだけどさ? こっちの街道でそろそろ本隊と合うはずなんだけど、どの辺りに居るか空から見てくれる?」
「は、はい! お、お受け致します! し、しょ、少々お待ちください!」
ーー何だろう?
初めて就職した新人ちゃんが、電話対応した時の様になっている。
そんなに驚いたのだろうか? 最早人格が変わってしまったかの様なアリサを少し心配しながら、確認の為に此方側へ飛んで来てるアリサを空を見て確認する。
「あ、海人! 見えたぞ! アリサちゃんと炎帝」
そう叫ぶと空を指差しアリサ達に手を振る国枝。
俺も目視して怪我でもしてないか確認するが流石に高い所を飛行してる為、確認は出来なかったが元気そうに飛んでる炎帝を確認出来たので安堵した。
「目視で確認は出来ませんでしたから、五キロ圏内には来てません。 ですがその先の休憩所近辺で休んでいる団体を発見しました 多分それが本隊かと思われます!」
そう電力鳥からアリサの畏まった声が聴こえる。
「わかった ありがとうアリサ グレンも助かったよ」
「あ、あの……少し気分が優れないのでもうか、帰っても……」
「あ、うんそうだね! ごめん気が付かなくて! ご苦労様でした! ゆっくり休んでて!」
「は、はい、あ、有難うございます……プツ……」
始終敬語のアリサに疑問を抱きつつ、疲れてるだろうから休ませた海人は、世界樹方面に脱兎のごとく飛び去るグレンの姿を見送った。
「この先の先にある休憩所で休んでるようだ」
「じゃあこのまま進めば俺達とかち合うな? どうする? 殺るか?」
国枝は殺気を滲ませながらそう聞いてきた。なので、通る予定の街道に仕掛け花火を施してから通り過ぎようと提案する。
「速さが今は重要だから、すれ違う前に追い抜こう」
「なんだ、殺らねーのか まぁ、いーけどな!」
納得したのか出していた顔を引っ込めると、何処に仕掛けるか相談した。
仕掛けるのは十本毎に纏まった爆竹だ。
それを五束用意して、列の一番前の奴が其処を通過したら爆発する様に仕掛けていく。
一番前の奴が通ると最後尾まで一斉にパンパンと爆発し、撹乱させる寸法だ。
これで単純に追えなくなる筈なので、通り過ぎる姿も見られたとしても、追ってくるのに時間が稼げる筈だ。
「よし、全部土を被せて隠せたぞ!」
「OK! そんじゃサッサと行こうぜ!」
俺はトマトに連絡を入れると先導する様にお願いした。
トマトは少し先の街道でハチワレと共に休憩していたのだ。
彼女は戦闘要員ではないので、今回の作戦には道案内だけが仕事なのだ。
トマトがハチワレに何か呟くと、トテトテと小走りにハチワレが俺達の乗る篭を咥えると、トマトが乗る三毛猫の跡を付いて走る。
音も無く走る猫達の脚は速く、あっという間に休憩所を通り過ぎ、本隊の居る休憩所に近づいて行く、すると其処から騎竜に乗ったグランドルが出て来た。
すれ違い様に目が合うと、グランドルは目を見開いて何事か叫ぶ。
騎竜に乗っているのはグランドルだけの様で、何事か指揮をしたのか他の者を置いてグランドルだけが俺達の跡から付いてきた。
騎竜の脚は速い。たとえフル装備していても、もとのベースが地竜なのでかなりの速さだった。
三毛猫達と比べても遜色無い程どころか、むこうのが少し速いようでジワジワと追い付かれている。
「国枝! 単発でいい! 爆竹を投下して!」
走りながらそう支持を出すと、国枝は一本の爆竹を点火してから放り投げる。
グランドルの騎竜はそれを避けて追い越すが、すぐ後ろで『ドンッ』という、爆発音と爆風で煽られたのか、前のめりになってコケた。
コケた拍子にグランドルは鞍から投げ落とされ、騎竜の前方方向へと転がる。
そして、そのまま気を失ったのか動かなくなった。
それを俺達は目を見開き口を開けて眺め、遥か遠くになって土煙を上げる場所から遠ざかっていく。
「……なぁ 海人?」
俺は返事が出来なかった。
「……ヤバくね?」
その一言で想像するのは、本隊がこれから直ぐに味わうだろう爆竹地獄。
いったい如何なってしまうのか、想像も出来なかったし、俺達にはもうなす術は無かった。
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