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しおりを挟む月灯が暗い林を照らす中、一匹の地竜と一人の少年が対峙する。
傍から見れば地竜に狙われてる小動物に見える事だろう。
そしてその周りを囲う様に取り囲む人々。
助けるでも無く、騒ぐでも無く、只眺めるだけ。
『準備は良いな?』
審判のように二人に声を掛ける地竜。
何方ともなく頷くと、『始め!』と、言った瞬間飛び出した少年は、縮地で地竜の側に素早く移動した直後、片手を軸にして地面に手を付けると脚を素早く何度も蹴り、地竜の腹に向かって連撃を繰り出す。
それを避ける事なく全て受け止めると、軸にしてる腕へと尻尾が鋭く薙ぎ払った。
その尻尾をもう片方の腕で払い除ける様に打ち払うと、全身を横に回転させてダメージを減らす。
まともに受ければ骨ごと持って行かれていただろう。
回転したまま地面を蹴って距離を開ける少年を追う様に、地竜が少年に肉薄すると、尻尾を軸にして少年と同じ様に脚を素早く蹴り上げた。
その速さは遥かに少年より素早く、少年は何発か食らいながらも、後ろに飛び跳ねてこれを避ける。
一瞬の出来事に、息を呑む周りの人々。
「流石だなアニキ!何発か食らったよ」
そう言うと少年は口から血をつばを吐くように飛ばす。
『父上に聞いていた話と随分違うな? さては、怠けていたな?海人よ』
そう言うと、小さな手をクイクイと動かし、掛かってこいとジェスチャーで示す。
「最近馬車しか運転してなかったしね、仕方ないだろ!」
そう叫びながら縮地で肉薄すると、片足を軸にして身体を回し、頭を狙う様に鋭く脚を振り下ろす。
『ドゴッ‼』という鈍い音をさせるが、その攻撃を片手で防ぎ、尚且つ軸足を鋭く尻尾でなぎ払い、海人を吹き飛ばす。
地面を転がり樹木にぶつかり止まると血を吹き出した。
『そんな攻撃でこの私を倒せると思ったのか⁉ 馬鹿者め!』
そう吐き捨てると、トドメを刺すつもりなのか、飛び蹴りを繰り出して樹木に横たわる海人へ飛び込むアニキ。
『ドキャッ!』と、鈍い音がして周りの皆が目を背ける。
「「「海人様⁉」」」という恐怖を滲ませながら悲痛の叫びをする嫁達。
『なんのつもりだっ⁉ドワーフ!真剣勝負中だぞ‼』
地竜の飛び蹴りを両手でクロスさせて防いだのは、小柄なアリサだった。
「うるせぇ! 調子に乗るなよ? 蜥蜴風情が!」
そう言うと、片手にアダマンタイトの鉄槌を握ると、地竜に素早く振り下ろす。
それは、尋常では無い程速く地竜でさえ避ける事は出来なかった。
吹き飛ばされながら地竜は信じられない程強い小柄な少女に目を見張る。
飛ばされた先で大の字の様になりながらたおれる地竜を確認したアリサは、意識を失い倒れる海人の側による。
「海人⁉ 大丈夫か⁉」
海人の口から血が流れ落ち、返事もしないので、焦るアリサはガクガクと海人を揺さぶる。
「ち、ちょっとアリサ⁉ 揺すっちゃ駄目!これ呑ませて! 早く!」
その後ろから慌てる様に近付き、揺するアリサを止めると、回復薬を渡し呑ますように促す国枝。
流石はチート転生者、準備はしているようで、回復薬も常に手元にあるようだ。
それを受け取り口に含ませると、傷が癒えたのか薄目を開く。
「……ありがとアリサ……死んだかと思ったわ……」
そう言うと、再び意識を失った。
「わーーっ⁉」
再び意識を失った海人を見て、焦るアリサはガクガクと海人を揺らして目を覚まさせようとするのを、必死で止める国枝は心配そうに見ていたエルフ達を呼び付け、アリサを海人から引き剥がす。
「取り敢えず目を覚ましたから大丈夫だから!揺らしちゃ駄目なんだよ⁉」
そう言われてようやく落ち着いたアリサを置いて、海人を連れ出すエルフ達は介抱する為にハウスの中へと消えていった。
ふぅと一息付いたアリサは、鉄槌を抱えると倒れて動かない地竜の側に歩いていく。
「おい! 起きろてめー!」
怒りのままに地竜を蹴り上げると、胸倉を掴み、睨み殺すかのように憤怒の篭った眼差しで地竜を睨みながらドスの効いた声で何の為にこんな事をし始めたのかと聞き出した。
それを慌てて止めようとする父竜を一睨みで静止させる。
「部外者は黙ってろっ‼」
ーー部外者はアリサもだろ⁉
と、心の中で突っ込む国枝。口に出しては言わない。ぶっ飛ばされそうだからだ。
「……止めなくてよいのか?」
そうパウェルがコソッと国枝に言うと
「あー……、ああなったアリサは止められないよ? 暫く落ち着くのを待つしかないよ」
物知り顔でそう言うのはマリアーヌだ。
「お前達は知らないか?怒るドワーフには近ずくなっていう諺」
「おお、知っとるよ? 近付くと痛い目にあうっていう奴だろう?」
そうパウェルが常識だわと言う。
「それの語源がアイツだよ。憤怒のアリサの二つ名が付いた頃から言われ始めたんだ」
アリサは金に困った時は傭兵もやっていた。その時はまだマリアーヌとはパーティを組んでいない時だった、と言うより生まれてなかったらしい。
つまり、もう少し昔の話。
傭兵時代のアリサは戦う内に怒り出し、敵味方関係なく、自分の周りに居る奴等をぶっ飛ばしていたそうで、そこでついた二つ名が【憤怒のアリサ】その頃の有様を教訓にするかの様に囁かれ始めたのが、『怒るドワーフには近ずくな』であるらしい。
つまり、今の状態を意味するのだそうだ。
ああ、なるほど!と、周りの皆は納得し、ガクガクと胸倉を捕まれ揺すられながら青い顔をしてる地竜を手出ししないで眺める事にした。
父竜だけは何とか止めようと必死にアリサと地竜の周りを回るが、蹴り飛ばされたり、もう片方の手で投げ飛ばされたりして、まるで止まらなかった。
で、海人と勝負した理由をガクガク揺さぶられながらも言う事に成功した地竜は、アリサの足元で正座させられている。
それを遠目で眺めながらマリアーヌは言う。
「私は憤怒のアリサに憧れて仲間になったのだ」
「ああ、その強さに憧れて?」
と、パウェルが言うと
「違うな、その……シバかれたくて?」
そう言うと顔を赤くして照れだしたマリアーヌ。
それを聞いてドン引きしてる皆の横で、一人だけうっとりとした目で見ている奴がいた。
国枝である。
☆
後に国枝は、マリアーヌとも婚約し妻に娶るのだが、いつ恋心が芽生えたのか聞いた人がいて、それはこの時この場所で聞いた『シバかれたくて』が、決め手だったと宣ったそうだ。
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