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しおりを挟むエルフの族長パウェルは怒っていた。
愛し子の先日の言動から嫌な気配は感じていたが、その謝罪も無いまま今度は大事な娘にまで失礼を働いたと聞いたからだ。
ーー幼子の水浴びを目撃していながら、避ける事なく話し掛けるとは……。それに、先程の従者の話が真ならば争いは避けられぬやも知れぬ……。
愛し子の海人と事を構えれば、自ずと主様とも争う事になる。
なので、下手な事は言えないが海人の出方次第で今後の対応が大きく変わるだろうと思うと、頭が痛くなる。
故に、パウェルは無言を貫く。
海人が父竜に事の顛末を告げて直ぐに、海人達と謁見すると言って呼び出したパウェルは、顔を赤くして押し黙る娘を隣に置くと、海人達を見据えた。
王国の様な謁見室など無く、一段高い場所に族長の血縁者達が座る。
その前に座った父竜は、海人を後ろに控えさせた。
これ以上何かあっては困ると思い、何も言わず、控えていろと告げたのだ。
父竜は目の前に座る男性に頭を下げて、先ずは挨拶をする。
『主の父の地竜で、名は無いが、父竜と呼ばれておる者で御座います。此度は我々に謝罪の機会を与えてくださり、感謝申し上げる。 この度は我が弟子にして、愛し子の暴言及び失態、重ね重ねお詫び申し上げる。今後はしっかり言って聞かせ、今後この様な事が二度と無い様に躾ける所存。本当に申し訳無い事を致した!』
それを聞くと、目の前の男性は海人を睨むという。
「愛し子殿は如何する気かの? 其方の師匠に頭を下げさせ恥ずかしいと思うのなら、何か言葉があろう?」
すると、海人は男性の横に陣取る女性に向き直ると、深々と頭を下げると
「族長パウェル殿とお見受けする。この度の責任を取りたいと思う!」
それを見た父竜は焦る。
ーー何処見て何を言ってやがるんだ!と。
だが、止める間もなく話し掛けられた女性は目を細めると「……何故私が族長だと思った?」と、聞き返す。
普通に考えれば、目の前に座る男性が族長だと、思うだろう。
現に父竜はそう思っていたから、謝罪をその男性にしたのだ。
「何故って……顔似てるから?」
そう言うと場はざわめき、ユーリが怒鳴る。
「何処が似てるというの⁉ そんな事誰も言わないのに! 私の太い眉は父上似だし! 誰が如何見ても母様とは似てないじゃない! 適当なこと言わないで!」
そう言うと、眉毛を抑えて涙目になる。
眉毛は確かに太く、彼女の劣等感を助長させる物のようだ。
恥ずかしいのか顔は耳まで赤い。
「確かに眉毛は太いし、其方のお父上様にも良く似ているが、目元とか口の形とかソックリじゃないか?」
そう言うとよほど驚いたのか呆けている。
ーー今まで誰も言わなかったのか?寧ろ似てないと言う方が無理があるだろ。
そんな彼女をパウェルはソッと撫でると優しい眼差しで頷き「愛し子の言うとおりじゃ、それに妾も申したであろう? 其方は妾に似ていると、嘘偽りは申さぬと、のう?我が娘ユーリ」
そう問い掛ける様に言うと、ユーリは何度も頷き溢れる涙と鼻水でクシャクシャになった。
そして、パウェルは海人に向き直ると静かに言葉を紡ぐ。が、殺気がダダ漏れであった。
「……して? 責任を取るとは如何言う事かの? 我が子の肌ばかりか、誰にも見せた事の無い場所までじっくり見たと聞いたぞ? もう嫁の貰い手も失くなったかも知らんのに、人族如きがエルフ族の娘を如何責任取るというのじゃ?」
「娶る!」
「お前がか⁉ 僅か数十年しか生きられぬお前がか⁉ 奢るなよ小僧! その後の事は如何するつもりだ! 寂しく何百年も独りで生きろと申すのか⁉」
最早殺気を隠そうともせず、恐ろしい顔で海人を威圧するパウェル。
だが、それをものともせずに見詰め返すと海人はニコリと無邪気に笑う。
「思い出を沢山作って残す! 何年も何百年も忘れられないくらいの思い出を! それと、子供も沢山作って俺が居なくなった後も寂しくない様にする!」
それを聞いて言質は取ったと満足したパウェル。
エルフ族にしてみれば、敵になるかも知れなかった相手が味方になるばかりか、何かあった時の保険とも取れる地竜の力も得た事になるからだった。
ーー悪い話では無い、が……。強要はしたくないのう。
そう思ったパウェルは、ユーリに問う。
「……ユーリ、其方は如何したい? 妾は其方の母じゃ。其方が幸せになる方を選びたいと思うが」
ーー話の展開に付いて行けぬ‼ なんで結婚の話に成ってるんだ⁉
父竜だけが困惑している、何故こうなったのか理解出来ず、頭を抱える。
そんな地竜の事など誰も気にせずに話は進んでいった。
「わ、私はっ……私は……」
と、彼女も混乱し顔を赤らめると、立ち上がり
「か、考える時間を下さいっ!」
と言い残して、その場から走り去った。
その場に残された者達もいきなり結婚と言うのは……、と難色を示す。
そして、パウェルの婿でユーリの父が口を開く。
「愛し子殿は、我が娘を無粋な魔法に頼った街に連れて行く気かの?」
エルフ族は自然界の一部として生活している種族だ。
なるべく自然と共に生きていきたいから、便利な街とは離れて暮らしてきた。
そんな世界へ連れて行くのなら、結婚には反対するべきだと思っている。
「俺は常々思っている事があります。それは魔力に頼らない生活をするべきだと、そしてその目処が最近立ちまして、それを目指して世界樹の周りに街を築きたいと思ってます」
その為に協力して貰えないかと伝えた。
ーーやっと本題が言えた……。と、密かに胸を撫で下ろす海人。
最近緊張感を何処かへ置き忘れているのか、年齢に魂が引き寄せられているのか、国枝と会う様になってからと言うもの箍が外れた様になっているのだが、海人は気づけていなかった。
「……木を切る手伝いは出来ぬぞ?」
先日、世界樹の屋上に来ていたのはこの男だった。その時言った侮辱とも取れる言葉を思い出し睨みながら言うと、海人は首を横に振る。
「木は大丈夫です。 多少は切ると思いますが、間伐分になるべく留めるつもりです。 それに、欲しい物はスライムですから」
「「「スライム?」」」
不思議そうな顔をして海人を見詰めては、首を傾げる。
「其方ら人族にはクリーンとかいう無粋だが、便利な魔法があるじゃろう? 旧時代の産物など今更如何する気だ?」
「電力を通す線に必要な物です!」
そして再び何それ?っとなり、傾げる首の角度は増していくのだった。
☆
電気の説明は詳しくしても理解されなかったが、魔法とは違う力というのは理解した様で、何とか話は落ち着いていった。
取り敢えず、街作りを手伝う云々はユーリの判断次第って事になり、スライムはその時に渡してくれる事になった。婚姻を断っても断らなくてもスライムはくれるという言質も取れたので、納得して海人その場を跡にした。
その帰り道……。
『はぁぁ……』と、集落を出てからずっと溜息しか吐かない父竜に海人は謝っていた。
「だからゴメンて師匠……」
スライムを貰いに行くだけで、何故エルフ族との婚姻の話になったのか海人に説明を求めたが、返ってきた言葉が……
「んー、成り行き?」
とかいう無責任な一言だけで、本当に何も考えていなかった事が分かってしまったからだった。
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