20 / 77
20
しおりを挟む「……見慣れない星座だ」
何度となく気絶する俺は、起きた時の景色を楽しむ程の余裕が生まれていた。
その余裕があるならいい加減慣れて気絶はするな!と、自分自身に言い聞かせたいが、俺は自他ともに認めるほどのビビリねのだ。
怖い物は怖いし、慣れろという方が無理なのだ。
そんな事をキラキラと光り輝く星を眺めながら考えているが、一向に誰も声もかけて来ない。何時もだったら意識が戻った俺を気絶させた当事者か関係者が気付いて話し掛けて来るのに……。
不思議に思った俺は上半身を起こして自分の周りに誰もいない事を察する。
月明かりが眩しく、夜目が効かない俺でも周りを確認出来た。
どうやら此処は、いつも走り込んでる広場らしい。
てっきり俺は、肩を掴まれて空を飛んだので、赤い鱗のどっかの無茶振り野郎が、問答無用で自分の巣穴にでも連れて行ったのかもと想像していたんだが……違ったようだ。
寧ろなんで態々数分でたどり着ける場所に、いちいち空中に運んだんだボケナスっ!と、憤っても良さそうな筈なのだが、言う相手が側にいないと、人間無言になるものだ。
普段陽気な奴が「俺……一人になると余り喋らないんだ」等と寂し気にナンパした相手に呟く輩が居たが、当たり前である。
寧ろ一人なのに陽気に喋ってたら何かのヤバイ薬をやってる奴としか思われねーだろう。
なので、俺も文句を言う相手が居ないので、無言で誰か居ないかキョロキョロと見回した。だが、聞こえるのは虫の声や何かの鳥の鳴き声くらいで、特に……あれ?
この世界の虫といえば、生態がおかしいのか大気が濃いのか理由は分からないが、かなり巨大なのだ。
なので、虫の声は寧ろ虫の叫び的な感じで響き渡るのだが、夜行性では無いのか昼間しか叫び声は聞こえないのだ。
それなのに聞こえるのは何故……?
俺は異常を感じ取って(今更)立ち上がる。
武器は無い。
魔法も使えない。
攻撃手段が無い。
逃げなければっ!
脳味噌をフル稼働させて出た答えがこれである。
普通のこの世界の住民ならば、起き上がった瞬間。というか、意識が戻った瞬間から、走り出して逃げているのだが、危機感が薄れた国出身で、平和ボケをボケてると感じてさえいなかったのが祟って逃げ遅れてしまった。
因みに大型の虫でも肉食では無いので、性格は温厚なのが、この世界の虫だ。
襲われれば当然抵抗して襲い掛かってくるが、普段は大人しく側を歩いてるだけでは襲われる心配が無いのだ。
でないと街で農作業などに出かける度に襲われて、今頃は人類が絶滅危惧種に成っているかも知れないのだ。
それだけ多く生息しているのが、この世界の虫である。
つまり、夜行性でもない虫が鳴く状況とは、寝込みを襲った者が居るか、その他の原因だろう。
虫の声と勘違いしてしまった事から考えても、此処からだいぶ遠い場所で鳴いているのが分かる。
つまりそこまで焦って逃げる必要も無いという事だ。
決して平和ボケしてるからでは無い。
俺は虫の声が聞こえた方向を一応警戒しながら身構えていると、目の前の藪から地竜が現れた。
一瞬アニキと勘違いしてしまったが、よく見るとその地竜は月明かりにゴツゴツとした肌をしていた。
月灯りに照らされているので、質感までよく見えたのだ。
アニキもゴツゴツとしているが、どことなく滑らかなので、その違いは見慣れてる俺にはよく分かった。
そしてキラリと光る甲冑を着ているのだ。アニキは生肌派なのか、甲冑を嫌って着けない。
偶に着てても革製を好むのだ。
尚且つ、目の前から迫り来る地竜の背には騎士っぽい人が乗っていた。
それだけ見ても、アニキとは違う個体だと分かるだろう。
俺がのんびりそんな事を考えていると、俺に気がついたのか、竜騎士が叫ぶ。
「何を突っ立ている⁉ 逃げろ! ピンクゴブリンが出たんだ!」
通り過ぎながらそう言ってきた。
だがしかし、考えてみてほしい。
すれ違いざまに言うってことは、先ず『何を突っ立ている』←此処で俺の横か少し手前で言っているのだ。
そして『逃げろ!ピンクゴブリンが出たんだ』←此処で既に俺を追い越し、後ろから叫んでいる。
つまり……。
屈強な竜騎士を追いかけ回している件のピンゴブリンは、今現在標的を俺に変えて目の前に立っている事が分かるだろう。
「つまり詰みって事だ‼ バカーー!」
そんな俺の叫びが心地良いのかピンクゴブリンは舌なめずりを……していなかった。
しきりに首を傾げて、一向に襲われる気配がしなかった。
俺の顔を見ては首を傾げ、ヒクヒクと匂いを嗅ぐ仕草をする。
なので、俺に心と体に余裕が生まれた。
一向に襲っては来ないのだが、匂いを嗅ぐ度にジリジリと寄って来てはいるのだ。
俺を観察するように、俺もピンクゴブリンを観察する。
体躯は普通のゴブリンと同じ小柄で腹だけデカイ餓鬼の様な感じだ。
そして、顔は鬼の子の様な厳つい顔に牙も見えている。
そして、ガニ股で……そこにぶら下がるブツは、異常な程の大きさだった。
こんなモノで刺されたら切れ痔どころか避けてしまうだろう。
そしてもう一つ、尋常じゃないのは腕の力瘤だろうか?
屈強な体で、肉体こそこの世のすべて!とか、普通に叫び出しそうな筋肉達磨達を赤子の様に扱ってきただけはある様で、腕の筋肉だけが以上に発達しているのか、アンバランスな体躯をしていた。
たが、ガニ股である!
つまり、弱点を隠しもしないでプラプラとぶら下げているのだ!
俺は虎視眈々とチャンスを伺い、狙いを気取られ無い様に時期を待つ。
匂いを嗅いでようやく俺が男だと思い始めたのか、ピンクゴブリンは首を傾げつつも手をゆっくりと伸ばし始めた。
服を脱がせば分かるとでも思っているのか、俺の顔から視線を落として服だけを見ている。
『チャンスだ!』
俺は心の中で叫ぶと、奴の玉袋目掛けて2ヶ月間鍛えに鍛えた脚を鋭くかち上げた!
油断して俺から目線を下げたピンクゴブリンの玉袋は、俺の脚をモロに食い込ませ、一瞬で中の玉がひしゃげる。
その脚の勢いは止まることなく、ゴブリンの恥骨との間に挟まれた玉は『プチ』っと、いう音を置き去りに、ゴブリンの小さな体躯を持ち上げた。
落ちてきたタイミングを合わせながら、手を緩めることなく俺は、次の行動に移す!
ゴブリンの細い首に手刀を両手で叩き込んだのだ!
首にはどんな生き物にも頸動脈が付いている。そこを絞めれば気絶するのは、柔道技にもあるだろう。
そして、そこを軽く叩いても気絶するのだ!(動画にあった)
それを思い出した俺はゴブリンで試したのだ。
そしてそれは見事に決まり、既に玉を潰されて半死半生だったかも知れないピンクゴブリンは、泡を吹いて白目になりながら倒れた。
そこで手を緩めない俺!(褒めていいのよ?)
恐怖からか腰に下げてた解体用のナイフを抜くと、ゴブリンの首に突き立てトドメを刺したのだ!
この一連の動きを、目と口とを大きく開けて唖然と佇む竜騎士は、呆然としたのか暫く動けなかった。
☆
その後俺は、初めて倒した獲物を埋める為に穴を掘っている。
そして、その横では……
「貴殿は中々見所がある様にお見受けする!歴戦の勇者たる吾輩が特別に其方の剣の師匠になってやろう!」
と、一人の御老体が宣っていた。
「何でも良いから穴掘り手伝ってくれませんか?」
だが、俺の言葉は聞こえていないようだ。
そしてそのご老体の横でも、器用に短い手を交差させて腕を組みながら俺を見下ろしながら言う。
『我が愛娘を籠絡するだけの事はある様だ!気に入った!我が祖先が編み出した竜脚拳を特別に指南してやろう! 我をこれから師匠と呼ぶ事を許す!』
そんな事を宣う御老体の方々に俺は無視するかの様に振る舞う。
「何でも良いから、ゴブリン埋めるの手伝ってくださいよぅ。あんたらが連れてきた魔物でしょー?」
そんな俺の言葉を全く聞いていないのか、ふんぞり返って高笑いをしていた御老体達は、俺が埋め終わるのを見計らって何か質問はあるか?と、聞いてきた。
「見てたんなら手伝ってくれたって……はぁ、まぁ良いですけど……てか、質問ですか? そうですねぇ……あ、娘って誰の事ですか?」
そう聞いたのが不味かったのか、思っていた質問が違ったのか、顔を赤くして怒り出した地竜とたわわに実らせた白髭を揺らしながらフルフルと握り拳を作る御老体に、小一時間ほど説教をされたのだった。
34
お気に入りに追加
243
あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

異世界最強の賢者~二度目の転移で辺境の開拓始めました~
夢・風魔
ファンタジー
江藤賢志は高校生の時に、四人の友人らと共に異世界へと召喚された。
「魔王を倒して欲しい」というお決まりの展開で、彼のポジションは賢者。8年後には友人らと共に無事に魔王を討伐。
だが魔王が作り出した時空の扉を閉じるため、単身時空の裂け目へと入っていく。
時空の裂け目から脱出した彼は、異世界によく似た別の異世界に転移することに。
そうして二度目の異世界転移の先で、彼は第三の人生を開拓民として過ごす道を選ぶ。
全ての魔法を網羅した彼は、規格外の早さで村を発展させ──やがて……。
*小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています

【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!
まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。
そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。
その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する!
底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる!
第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる