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しおりを挟むビクビクと周りの視線を気にしだし、怯えて震える俺を無視する様にザケヘルは話し続ける。
「……そんでな、逃げ延びたエルフ達は王国へ援助要請を出した」
その時やって来た軍が騎竜部隊だったらしい。
その部隊にいる者は全員地竜を使役している部隊で、鎧や甲冑を装備した地竜の背に跨ってエルフの住居毎、ゴブリンを蹂躙したそうだ。
蹂躙されたゴブリンは、世界樹の中に籠城した奴等以外は死に絶え、残りは中に居るボス達だけになったそうだ。
そこを一瞬で燃やし尽くしたのが、飛竜の亜種で紅い鱗を持つ個体だったらしい。
ゴブリンは絶滅したが、中まで燃やされた世界樹に住み続ける事は出来ないと、エルフ達は現在の泉周辺で集落を作り、世界樹の化石がある滝壺は放棄したという。
だが、空き家になった滝壺周辺に再びゴブリンが住む懸念があったのか、地竜が一頭住み着き始め、居着いたのだとか。
その地竜が、ザケヘルの地竜なのだそうだ。
その滝壺の地竜の住処は、信用のおける相手しか連れて来ないらしく、ザケヘルも一度か二度くらいしか、行ったことが無いらしい。
「商売で必要な薬草があってな? 如何しても数が揃わなかったんで、取りに行ったんだよ。地竜に乗ってな、そしたら彼処に連れてって貰えて数を揃えることが出来たんだ」
その時を思い出したのか、懐かしそうに語る。そして、此処は地竜にとって大事な場所らしいと、感覚的に分かったらしい。
何故使役しているにも関わらず、感覚的なのか聞いて分かった事だが、使役してる側からは、相手の言葉は分からないと言うことだ。
ーーしかし、それだと(自称)テイマーである俺の能力が異質だと言う事になるじゃないか……。
「俺は地竜の言ってる言葉を理解してるぞ? テイマーって、こんな感じじゃないのか? それに今朝だってこの街に着いてから散々怒鳴られたんだぞ? こっちは気持ち悪くて二回も吐いてたのに……」
そう言うとザケヘルは残念そうな顔を隠しながら俺に言う。
「それはお前が地竜に使役されてるからだろう」
俺は彼が何を言っているのか理解できなかった。
「お前さぁ……地竜の命令に従わない事が出来るか? お前の頭で考えてる事と違う行動をした事は無いか?」
そう言われてハッとした。
滝壺が拠点になったあの日……走れという命令にも抗えずに、二ヶ月間ずーーーっとランニングをさせられた。
地竜の訓練はスパルタだったのだ。
足場の悪い場所も関係無くダッシュで走れと強要された。
少し遅くなると後ろから容赦無く長い枝を鞭のように振るわれて走らされた。
雨が降ろうと関係無く走らされたし、慣れてくると岩を投げて、それを避けながら走らされた。
偶に遊びに来るグレンも、面白がってはアニキに協力して、ブレスを放っては容赦無く俺を走らせた。
炎が肌に触れて火傷して倒れると、青汁の様な液体に漬け込まれて回復したら直ぐにまた走らされた。
毎日毎日気を失い倒れるまで走らされた地獄を思い出して、俺は顔が青くなっていった。
そんな俺を見て「ほらな?」というと、同情してくれた。
「まぁ、中にはそれがご褒美と思っている人種も居るから、そう気を落とすなよ?」
そう言って同情されたが、そんな変な人種と同じ目線で俺を見ないでほしい。
俺はノーマルだ。
☆
「……本当は2ヶ月より長く居続けるつもりだったと話してくれた事があったんだ……」
青い顔をしながら、呟くように言う海人の話に耳を傾ける。
「1ヶ月くらい過ぎた辺りで、一度俺は気分が悪くなって倒れた事があって……」
その時に倒れた理由は塩分不足だった。
中々起き上がらない俺を心配した地竜は、様子を見に来て驚き焦って森の奥に住むエルフを連れてきて診させた。
エルフは嫌々と散々ごねたが、地竜が昔、ゴブリンを蹂躙してくれた騎竜が産み落とした子供だと知っているので、仕方なく協力した様だ。
そのエルフが言うには塩分とミネラルが不足してるというのだ。
そりゃ毎日毎日汗を大量に吹き出すように流し、食べる物は良質だがタンパク質(獣肉)と食分繊維(野草)だけじゃ、足りなくもなるだろう。
そこで俺は地竜にお願いという命令をした。
「塩とか欲しいので買いに街まで行かせてください」と。
だが、返ってきたのは拳大の茶色い石ころと「却下」という、虚しい言葉だけだった。
そしてその時投げ渡された石は、岩塩だった。
それを齧って凌げと言うのだ。
たとえ岩塩とはいえ、精製もしていない土塊は、口に入れたらジャリジャリしかしないし、齧れるのは鋭く硬い牙を持つ竜種だけだろう。
流石にあんまりな対応に泣いて縋って、どうにか1ヶ月後の今日まで縮める事に成功したのだ。
そして、昨日の昼前に街へと向かって出発したのだが、途中までは走れと命令された。
抗う事は出来ずに悪態を吐きつつ走り出し、滝壺の水が地下へと潜る場所まで来ると、ロッククライミングの様に崖を登れと強要された。俺は嫌々しながら登るが、途中で力尽きて落ちた。
地面に頭から落ちる瞬間受け取って貰えて、何時もの様に肩を掴まれて無造作に腹の袋へ仕舞われた。
その後、街まで地竜の腹袋の中に入って来たのだが、腹の袋は揺れるのだ。その揺れに耐えきれなくなり、吐いた。
それが円滑油になったのか、更に揺れる袋の中でゲロと胃液に和えられた俺の服は溶け出し、匂いと揺れで最高に気持ち悪くなり、2回目を吐いた所で街に着いたらしい。
「テメーッこの野郎!俺の腹の中で何してくれてんだオイッ!吐くなら外に顔を出して吐きやがれ!ああっ!クソッ!どんだけ吐いてんだこの馬鹿! もう二度とお前を中に何て入れて運んでやらねーからな!? 這ってでも走らせてやるから覚悟しろよ⁉」
そう言って弱る俺に追い打ちを掛ける様に怒鳴る。が、意識は残っていたが朦朧とする中思った事は「人で無し」の言葉だった。
あぁ、確かに人では無かったわ……ははは……。
☆
漸く話し終わった俺は、買い物があるからとザケヘルに言って居酒屋を跡にした。
俺の話を聞いてザケヘルは難しい顔をしていた。もしかしたら、これから先の修行は無くなるかも?と、密かな期待を込めて外に出る。
取り敢えず最悪を考えるなら必要になりそうな物は一通り揃えておきたい。
なので、最初に向かった店は塩屋だ。
この世界塩や砂糖は国が管理して、各領地に配分している。人口が多ければ多い程、配分利用も多いし、その街に貴族が多ければ多い程砂糖の配分も多いのだそうだ。
そして、それを扱う問屋が卸す量も多かった。
塩が百キロ単位で砂糖は五十キロ単位でしか売ってくれなかったのだ。
一人しか使わないのだから、もっと少なく売れと言ったら無茶言うななら帰れと言われたので、仕方なくそれで買った。
まぁ、アイテムバッグがあるから運ぶのに苦労は無いが……、一家庭の子供の数は最低値が十人という様な世界だからか、売る量も多いのは仕方ないにしても、それですら小売ですと言うんだからな……。とんでもない世界だ。
貴族や大店も子供の数も多く、貴族に至っては殆ど側室みたいに数人嫁さんが居る。その為に塩や砂糖等に調味料を合わせると、年間数十トン近く買うらしい。
散々文句を言われながら何とか塩と砂糖を手に入れた俺は、そのまま市場へと向かい調味料と野菜を籠ごと買う。というか、籠でしか売ってないのだ。
その籠も背負子の様なデカイやつだ。
そこに山盛り入ってるのを買うのだ。
何日滞在出来るのかを想像すると、半年は楽に過ごせる程の量がある。
野菜だけでそれなのだ。
溜息が漏れるのは仕方ないと思う。既に使った金貨が百枚以上消えている。
その半分が砂糖だったが……。
それから俺はアデルの実を荷車単位で買った。地竜の好物なのだ。
もしザケヘルの言う様に、俺が使役されてる場合、今後も俺の我儘は聞いてくれないだろう。それなら、餌で懐柔しようと企んだ。
ーー蜥蜴風情が人間様の知恵に勝てると思うなよ!
そう思ったのでアデルの他にも大量に果物を買う。
馬車十台分くらい買ったと思う。
金貨が湯水の如く消えていくが、必要経費と思って考えないようにした。
その後、調味料を探したが市場には売ってなかった。薬草の類は売っていたし、シソみたいな葉も売っていたので、それも買う。
そして、擦り傷も絶えないから回復薬か塗り薬でもと薬師ギルドへと行くと、漸く調味料に出会えた。
コーラの実に似た香りがするのも有ったので買ってみる。
松の葉や実も買う。勿論背負子サイズの籠売りだ。カレーに使える実は無かったので、買えなかった。
異世界きたら食品チートは定番だと思っていたので、拍子抜けした。
まぁ、この世界は飯事情は悪くない。
ちゃんとマヨネーズもあったし、ソースなんかもある。
唐揚げに似た物もあったが、ハンバーグは無かった。
似た物は確かに存在するが、米国のハンバーガーみたいな肉のミンチを固めて焼いただけの物だ。
そこはそのうち改善したい。
俺は、色々買い揃えると、調理器具を探して鍛冶屋通りへと向かった。
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