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しおりを挟むガラガラと鳴る音を聴きながら馬車は次の野営場所を目指し、時速20km程の速さで走る。
時より吹く風に乗って森の香りが漂う。
既に街道の周りには、まばらに生える木々と鬱蒼と広がる草原が風によって棚引いていた。暫くそれを眺めて居たが、延々と続くので飽きてしまった俺は、首にある首輪に触れ持ち上げる。
意外と重くて肩が凝るのだ。
俺のそんな姿を横目に見ながらザケヘルは、街に着いてからの予定を話し始めた。
「取り敢えず街についたらそのまま領主の屋敷に向かうからな」
無言で頷く俺に、ザケヘルは溜息を吐きながら言う。
「その首輪を外すには、俺に金を払う必要があるんだ。何か持ってるならそれを俺に売るか、手っ取り早く領主に買い取ってもらうかだな。主人が変わるだけだが、運が良ければ開放してくれるかもよ?」
「売れる物……ねぇ……じゃあコレは幾らになる?」
俺はポケットから鞘付きの果物ナイフを出してザケヘルに見せる。
それを受け取り鞘を抜くと少し目を開けるが興味が無さそうに鞘に戻して俺に返す。
「刃は鋭く綺麗だし鞘も見たこと無い物だが、小さ過ぎる。投げナイフとしてなら使えるが討伐には向かないし、装飾も少ないから買ったとしても銀貨50枚にもならねーよ」
銀貨50枚で俺を買ったんじゃないのかと聞くと、買った値段そのままで売るはずがないだろう?と呆れたように返された。
俺は何となく出すのが嫌だった物をポケットの中で握る。
俺が今持ってるもので売れる物と言ったら義父に貰った手巻き式の腕時計くらいだが、お気に入りのやつだ。
これを売れば多分良い値段で売れるのは何となく分かっていた。
この世界の時計は日時計か街に鳴る鐘の音だけだというのは世間話の中でザケヘルから聞いていたし、地球と同じ時間軸で1日が終わることも確認済みだ。
一年は365日あり、1ヶ月は30日で次の月へと変わる事も聞いた。年の変わり目に残りの5日間を休日に充て、行く年と来る年を祝う習慣があるらしい。
働く日数は十日に1日の休みがある様だ。意外とブラックな世界なのだが、地球の中世時代では、特に決まった休日は無かった気がするからまだマシな方なのかもしれない。
1日は24で分けられてる事も聞いたが、秒単位で動いていた俺の世界とは違い、ある程度アバウトに待ち合わせ時間で動いてるフシがあった。
試しに俺はその時計を見せる事にした。
安く買い叩くなら拒否、売れそうな態度を取るなら街に着いてから領主にでも高く買い取って貰えば当座の資金にもなるだろうからな。
俺はソッと時計を握る指に力が入った。
思い出の品だ。そうやすやすと出せる物ではないが、背に腹は替えられぬと思いチラッと見せる。
落としたら目も当てられない。
その動作に訝しむ様な目で俺を見たあと、ザケヘルは俺の手のひらへと視線を落とす。
一瞬目を見開くと動揺を隠す用にしながらも食い付いた。
「そ、そ、それは何だ⁉ 見た事もない物だな! と、取り敢えず確認したいから次の野営場所に着いてからゆっくり見せろ! 物によっちゃあ金貨で買うぞ!」
鼻息が物凄く荒いが、何でもないフリをしているのがバレバレだった。
「これは時計だよ。 腕に巻いて使うんだ」
そう言うと驚愕に目を開き、興奮気味に話しだした。
この世界の時計は水見式という時計しかないらしい。1秒毎に水滴が皿の様な物に落ち、1時間分貯めるとザバーっと全て落ちる。その音を確認しながら刻を数えるのだとか……。数える者を雇い、2時間毎に鐘を鳴らすのだそうだ。
そしてその時計は領主の街や王様の居る街にしかなく、その他の町や村では、かなり適当に過ごしてるらしい。
日が昇れば起きて働き、腹が空けば何かを食べ、日が暮れたら寝る。
一応各町や村には日時計もあるらしいが、いちいち確認はしないのだそうだ。
つまりこの腕時計は金貨1枚で売る様な物ではないって事だろう。
俺は口角を上げないように気を付けながらポーカーフェイスを貫いた。
今はコイツの奴隷なのだから、もし命令されて売れとか命令されたら逆らえないかも知れなかった。が、俺は最初の日の事を思い出して、それは出来ないと思っていた。
多分だが、奴隷にするのに制約があるのだと思う。無理強いは出来ないのだと思う。
「はい」と言って受け入れ無ければ多分大丈夫な筈と予想する。
(あ!先に値段を言っちまえばいっか? 硬貨の説明は無かったが、ザックリ考えても十枚単位で硬貨の話をしていたから各硬貨は100枚単位で次の硬貨に変わるのだろうし? 金貨5000枚から話をしてみよう)
そんな俺の考え等露知らず、ザケヘルはほくそ笑んでいた。
(ハズレを引いたかと思っていたが、コイツは良い物が手に入るチャンスかも知れないぞ! コイツは迷い人だし、まだ15くらいのガキだ! 言葉巧みに誘導すれば金貨も使わずに手に入れられるかも知れない!)
「質問していいか?」
俺は興奮冷めやらないザケヘルを見ながら言う。
「なんだ? 何でも話してやるぞ? 気分がいいからな!」
鼻歌でも歌い出しそうなザケヘルはニコニコ顔だった、なので俺はずっと気になってた事を聞いてみた。
「何もない所から鍋やら出していたが、あれはアイテムバッグとかそんなやつか?」
「ああ、大概の奴なら持ってるぞ? 珍しい物じゃないし、安い物なら金貨1枚程度で手に入る。まぁ、硬貨くらいしか入らないから余り持つ奴は居ないがな。 お前の世界でもあったのか?」
「ああ、あったな。他人の持ち物は入らなかったがこっちでもそうなのか?」
「ああ。こっちでも同じだよ、他人の持ち物は例え奴隷の物でも奪う事は出来ない」
俺はそれを聞いて安心する。
良い事を聞けたと安堵していると、ザケヘルは俺の顔を見て何かに気づき、少し渋い顔になりながら確かめた。
「……本当にお前の世界でもアイテムバッグがあるのか?……正直に答えよ!」
最後のは命令口調だった。
「あったぞ? 少し特殊だったがな」
そう言うと暫く俺の顔色を伺い、変化が無い事が分かると「ちっ……」と舌打ちをすると、不機嫌になった。
ーー嘘は言ってない。
まさか俺の世界にあるアイテムバッグがゲームの物で、ある種特殊な者しか持てないと言ってるとは思うまい。
しかしこれで予想が確信になった。
何故ならザケヘルから離れた場所に居た時の様に激しい頭痛も無かったからだ。
これで時計を安く買わせる事は無くなった筈だ。
それを証拠にさっきまで鼻歌交じりだったザケヘルは不機嫌になっているしな。
ザケヘルは何かがバレて悔しいのか、鼻息を隠しもしないで、フーフーと荒く吐きながら地竜に速く走れと怒鳴るのだった。
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