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しおりを挟む男は暫く空を見上げた後、俺を竈から退くように手を振ると
「ファイア」と小さく呟いた。
すると、薪はたちまち炎を巻き上げ鍋を撫で始めた。
俺はその仕草を目を見開いて眺めていた。
俺が驚いて居る側で、男はグツグツと煮えるスープをくるくると指を回しながら掻き回し、調味料などを入れ始めた。
暫くするとスープの良い香りが辺りに漂い、その匂いに吊られて地竜も帰ってきた。 木の器を2つとフォークみたいな物を2つ出すと、肉と野菜が入ったスープを注ぎ一つを俺に無言で渡すと食い始めた。
食い終わるまでずーっと無言だった男は懐から煙管の様な物を出すと何かの草を詰め、指の先からマッチの様に火をつけるとプカーと煙を吐き出した。
どうやら煙草のようだ。
ただその煙はピンク色をしていて、甘い匂いがした。
俺が食い終わるのを見計らって咳払いを一つすると、神妙な顔をしながら話しかけてきた。
「なぁ、兄ちゃん……このまま街まで行くと赤字なんだわ」
そう言いながら懐から水晶玉の様な玉を取り出すと、俺の目の前に出した。
(何だろう? くれるのだろうか?)
受け取ろうと両手を伸ばすと手を乗せろと言う。
その命令に従い手を乗せ、ひんやりと冷たい感触がしますと感想を告げた。
すると男はため息を吐いて水晶玉を懐へしまいながら言った。
「兄ちゃんをこのまま街まで連れて行くと赤字になるのは確定した訳だ……でな?ものは相談なんだが、兄ちゃん地竜の餌として食われる気は無いか?」
「断る!」
当然即答である。
地竜の餌とか巫山戯んなと俺が怒ると「まぁ、そうなるわな」と平然という。
「だがなぁ……兄ちゃんはアレだろ? 成人になる15歳まで待たれて捨てられた口だろう? 普通ならとっくに死んでる筈だしよ?」
と、訳の分からない事を言い始めた。
俺は二十歳で成人してから14年は過ぎた34歳だ。多少童顔ではあると思っているが、それにしたって15歳くらいに見られているとは思ってなかった。
それに、さっきから言ってる意味が理解不能だ。
魔力無しとか忌み子だとか謎の単語が飛び交い、トドメに魔法の様な力でさっきも薪に火をつけていた。
この事から想像出来る事は、この世界が自分の居た世界とは異なる場所だと言うことだ。
だが、その事を言ってこの男が信じるのか怪しい。しかし、他に誤魔化せる言い訳は思いつかなかった俺は、自分がこの世界とは違う場所に居た事を説明した。言葉を選びながら丁寧に伝えた。
それを聞いた男は驚くでもなく、それは嘘だと呆れるでもなく、頭に手をやりながら再びため息を吐くと
「迷い人とか……更に厄介じゃねーかよ……」
と言って、項垂れた。
暫く唸っていたが、パッと顔を上げると切り替えた様で俺を見ていう。
「お前の処遇は領主に任せる事にしよう! どの道、魔力無しは街にも住めないし、迷い人なら王都へ護送されるかも知れん!そうなったら回収は不可能だ!少しでも稼ぐにはコイツを領主に渡して報酬を請求すればいーんだよ!」
そう叫ぶと一人納得したようで、俺の肩をバンバン叩く。
ポカンとした顔をしてる俺に気が付いたのか、この世界の事を話し始めた。
無知な児童に教える様に優しく。
「先ずは……」
男が言うには、この世界には魔力があり、全人類の八割は生活魔法が使えるらしい。残りの二割の内の半分は亜人と呼ぼれる種族で、俺を縛って男に引き合わせたのが獣人と呼ばれる亜人種なのだそうだ。他にもエルフやドワーフ等の亜人種が居るそうだ。
エルフは精霊の魔法を使えるが、火を嫌うし、木を必要以上に切るからとエルフ以外の種族を嫌い、森の奥深くで生活していて余り人族が住んでる場所には現れないのだとか。
ドワーフも精霊魔法を使うが、火を好んで使う為、人族とも共存しながら街の中で暮らすのだという。
獣人は魔力が多少あるが、主に身体能力を上げるだけの魔力しか無く、生活魔法は使えない者達なのだそうだ。
そんな彼等は浅い森や平原に好んで住んでいるが、仕事は普通に街に来て冒険者や商店の店子等をしているらしい。
中には悪い者もいて、俺を縛った獣人はあの辺の森を縄張りにしてる盗賊なのだそうだ。
犯罪歴がある場合、街には入れない結界がしてあり、自然と排除されるそうだ。
「つまり俺は運悪く盗賊に助けられ、身なりが良かったので奴隷として売り払われたって事か……」
俺がそう言うと、男は首を横に振り運が良かったから売られたのだと言う。
どういう事か聞いてみると、俺を最初に見付けた男も人族で、森の見回りや薬草集めなどの雑用をさせられているらしい。当の本人は獣人だと思っているのか、より獣らしい言葉を使って生きているそうだ。
犬の様に吠えた理由が今更分かった。
まぁ、どうでもいい話だが。
「もし兄ちゃんの身なりが悪かったら、あの男の様に獣人の奴隷となって死ぬ迄扱き使われていたのだ。そうならなかったのだから、俺に売り払われて運が良かった事になるだろ?」
そう言って笑う。
そして残りの半分は魔力が高く、生活魔法から派生させた力で攻撃や防御魔法が使える為、王国の兵士になるらしい。
この男は商人で、街と街の間を経由してる行商なのだそうだ。
名前はザケヘルと名乗ったので、俺も名乗ろうとしたら、奴隷に名前は必要無いらしく遮られた。
「首輪を外した時に名乗ればいーんだよ。ややこしくなるから」
そう言って話の続きをし始めた。
行商人をしていると、野盗に襲われたりするので大店の様な商人以外はある程度強く無いと成れないらしい。
大店なら護衛を雇って街から街へと移動出来るが、ザケヘルの様な小さな店は自分で戦える様に冒険者としても登録するそうだ。
というか、商人になるには冒険者ランクが関係してるらしく、誰でも成れる職業ではないらしい。
「商人ってのは信用が第一なんだよ、それから腕っぷしも必要だ。 なので商人に成りたきゃ最低でもランクCに成らなきゃ申請も出来ないのさ」
冒険者ランクは一番上のSから下にA、B、C、D、E、Fとあり、新人は全員Gからスタートし見習い機関の一カ月を過ぎると自然にFに上がるらしい。
Dまではクエストのクリアポイントを貯めるだけで上がるが、Cからは依頼主の信用とテストをクリアしないと成れないらしい。
依頼主の信頼を得るには護衛任務を熟さなければならず、護衛任務と言う事は対人戦で人を殺せる器量と度胸が無いと得られない様だ。
まぁ普通に考えて依頼主を守れない奴など信用にも信頼にも値しないって事だろう。だが、此処で挫ける冒険者は多いらしい。
ーーそりゃ軽くないわ、犯罪者といえど人殺しだしな。
普通の精神力でやっていける筈がない。
それが異世界であろうと俺の居た世界と何も変わらない。そう思うと少し元気になれた。
商人の成り方を少し話したあと先程の話に戻ったザケヘルは親指と人差し指の先を合わせながら言う。「盗賊に襲われない方法が何か分かるか? それは金だよ」
通る街道次第では多対一になって幾ら個人で強くても敵わないので、賄賂を握らせるらしい。
その賄賂を渡してる相手が俺を売った獣人達で、身なりの良い人質は売りに来るんだそうだ。
ザケヘルは奴隷商人では無いので、買った人質は後ろ盾になってる店や、その貴族に届けて報酬を受け取り、小金を稼いでいるのだそうだ。
そして俺もその様な後ろ盾があると思って買ったのだそうだ。
だが、魔力無しと分かると話は変わるのだと言う。
この世界の一般的な行事で五歳、十歳、十五歳の年齢で祝い事をするらしい。
そして、最初の五歳の時に魔力があるか分かるのだという。
その時に魔力が無いと分かった場合、著しく貧乏な家庭では、その子供を森に捨てるのだという。
そしてその様な子供を獣人が拾って育て、彼等の奴隷として使い潰すのだそうだ。
そんな話を聞いて胸糞悪くなった俺は
「畑を耕したり他の雑用なんかをさせれば良いだろーに、随分残酷だな」
そう言うと、ザケヘルはキョトンとした顔になったあと笑いだした。
「そんなの生活魔法が使えれば手でやるより早いのだから任せるわけ無いだろう?」
ザケヘルが言うには、生活魔法というのはある程度の作業が出来るらしい。
その最もたるものが、掃除関係だ。
糞尿や部屋の掃除、それから汗や垢等は【クリーン】の一言で綺麗になるらしい。
そして畑を耕す魔法は生活魔法の土魔法で穴を掘って埋めるというのがあり、それを使うと簡単に土を掘り起こし、埋め戻すだけで耕せるのだとか。
畝は作らない手法のようで、ただ掘り返すだけなのだから生活魔法で十分なのだそうだ。
普通の一般人は成人まで育て、15の祝いで魔力を授からなかった場合は、街の外で暮らしながら冒険者になるという。親と共に過ごし、稼ぎを家に入れる働き手として過ごす、それは結婚するまで続くらしい。
商人の子供も街の外で暮らしながら店に通う働き手として過ごす様だ。
だが、貴族は違うらしくもっと扱いは酷い様だ。
産まれを証明する家名の入ったタグは取り上げられ、手切れ金代わりに手押し車を渡されて捨てられるのだそうだ。
着ている服も商人が着る少し良い生地に変えられるので、盗賊等に捕まった場合に俺の様に売られるのだそうだ。
それでも大半が野垂れ死にになるから、俺は運が良かったと言われたのだろう。
まぁ、何にしてもこの世界の子供も、生きるには厳しい世界のようだ。
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