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七話
しおりを挟むこの世界とあちらの世界(日本)とでは、ボーイの仕事内容が違ったらしい。
朝イチの仕事は、日が昇る前に起きて客室の前の廊下全てにランタンが壁にくっついるので其処の全ての蝋燭に火を灯す作業から始まる。
この宿屋は三階建てなので廊下も三つある。
最初の頃は指をぱっちんぱっちん鳴らしながら一個づつ灯して回ってたのだが、流石に数も多く時間だけが過ぎ去ってしまい効率が悪かった。
なので、廊下の端に立って一度だけ指を鳴らしてその廊下すべての蠟燭に火が灯るイメージをしてみたら、これが意外とうまく行った。
自分の部屋が屋根裏という事もあり、下に降りながら三回鳴らすだけで蠟燭の火をつける事が出来たおかげで大分楽になった。
一ヶ月もすると、寝起きと同時に指を鳴らすと宿屋すべての蠟燭に火が灯る様になった。
蝋燭つけが終わると次の作業は水汲みだった。主に調理場の水瓶に八分目ほどの水を貯める。
調理する場所だけあって水瓶も三本あるので大変な作業だったのだが、これも水が貯まるイメージをするだけで済むようになった。
魔法で言うイメージとは過程ではなく結果を頭に浮かべる事だったのだ。
その結果をイメージできた事によって作業の効率が格段に上がることになる。
半年が過ぎる頃には日に三、四回指を鳴らすだけで灯りを付ける作業、水を汲む作業、食堂の机や床の掃除に竈に火を付けたり、冬場は暖炉に火を付ける事が出来る様になっていった。
ただ、俺の魔法はあくまでも生活魔法だったので、マッチの火くらいの火力しか出せなかった。
なので、竈の火は付いてもお湯になるまで時間が掛かり、その間は野菜の皮むきや一口大に切る作業が追加された。
そのうち調理なんかも任せるような事を言っていたが、もう直ぐ半年が過ぎるので開放される筈だ。
開放されたらいよいよ荷物持ちの訓練をしようと思う。
荷物持ちは冒険者の狩った獲物を担いだり、獲物の皮を履いだり、時には泊りがけの食事を作ったりする裏方が主な仕事なのだそうだ。
意外と作業が多くて止めようかとも思ったが、この裏方の仕事を完璧にやり遂げると冒険者から重宝されるし報酬も割と高いのだそうだ。
宿屋に泊まりに来たパーティーの中に荷物持ちを職業にしてる方が居て、俺が将来そちら方向に進みたいと言ったら結構細かく教えてくれた。
明日か明後日には魔女が迎えに来てくれるので、教えてくれた事を元に準備するつもりでいたのだが……
半年が過ぎる少し前の月に、魔女が俺の様子をコッソリ見に来ていたらしく、俺の居ない所で何やら旦那と話しをしていたと女中のマキネさんに聞かされた。その時魔女の顔はニヤーとした笑みを浮かべていたそうだ。
その時の話は忙しかった事も有り、すっかり忘れていたのだが、ちょうど半年が経った日の朝、宿を出る準備をしていたところ、ノックと共に旦那が入って来た。
片付かれた部屋の様子を眺めた後、眉尻を下げながら俺の肩を掴み、今日から三年程預かることになったと聞かされた。
それと、二号店を出す事になったらしく、そこの運営を任された。
運営と言っても雇われ店長というだけで、金の管理はダッズの奥様がやるらしい。
俺の仕事は今までどおりの雑用に料理長と調理素材の仕入れまで担当するのだそうだ。
理不尽この上ない。
「わずか半年宿屋に居ただけで店主とか巫山戯んな! できるわけ無いでしょ!」
そう言って反論したのだが、宿の規模は今居る宿の三分の一の客室で二階建て、一階は俺の部屋と食堂で客室は2階の10部屋のみ、受付は今の宿屋でやるらしい。
宿屋の場所は町の外で、麦畑を過ぎて坂を下った先の草原の手前なんだそうだ……。
◇
二号店という名の臨時の宿屋は二年起きに作るらしくその理由が、とある生き物の繁殖が二年起きに始まるのだそうだ。
その生き物というのが魔の森の猪と書いて【魔森猪】と呼ぶらしい。
その名前を聞いた俺は吹き出しそうになったが耐えた。
そしてその魔森猪は二種類あり、茶色い魔森猪(茶魔森猪)と黒い魔森猪(黒魔森猪)がいるが、茶色の繁殖は森の中で毎年行うらしいのだが、黒い魔森猪は違うらしく、草原まで出て来て産むらしい。
一頭で20匹は産むらしく、多い個体だと30匹は産むのだそうだ。
遥か彼方まで広がっているような緑の草原が、ピンク色に染まる程産まれる。その猪を求めて国中からよりすぐりの狩人がこの地に集まり、町の宿屋はすべて埋まる。
それで足りない分を臨時の宿場が補うのだそうだ。
この街が発展したのはこの肉祭りのお陰なんだそうだ。
黒魔森猪の子供の名称は桃魔森猪と呼んでいるらしい。
この桃肉はとても柔らかく美味いのだそうだ。
煮て良し焼いて良しの優れ物で、この時期に大量に捕まえて燻製やベーコン等の保存食にしたりして、次の繁殖が始まるまでの二年間保たせるそうだ。
燻製の作り方は後程教えてやるからと言われ、取り敢えずこっち来いというので宿屋の裏へと回る。
宿屋の裏には草原が広がっていた。
まぁ草原の中に有るんだからそうなんだけど……。
そしてダッズの旦那はこの草原を指差しながら耕して畑を作れと言う。
「……いや、野菜の仕入れって買いに行くんじゃないのかよ! 畑から? 畑からなの? 耕すの? マジで?」
「ああ、買いに行ってもこの時期の市場は戦場でな? 此処から買いに走っても間に合わないんだ」
「マジかよ~……」
俺の宿屋と隣の宿屋は意外と距離が離れていた。
等間隔に離して馬車でも置くのかと思っていたが、まさか畑の為とは思わなかった。
そんなことを言ったら
「馬で来る事はあるが、皆お前同様アイテムボックス持ちを雇ってるからな? 持ち運びは楽なもんよ」
そうだった。この世界では誰でもって訳ではないが大体有名所の奴は自前のアイテムボックスを持っていたり雇っていたりしていた。
俺のやつだってそこそこ入る物を貰っていた。最初はレア物貰ったと浮かれていたが、高価ではあるが持てない物では無かったとあとから知った。
一口食べれば若返る実の方が遥かに高かったのだ。
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