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隣人の声
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ある日気づいたことなんだけどね、隣の部屋から会話する声がよく聞こえてくるようになったのよ。
以前はそんなことはなかったのに。
それは壁がなにかの理由で薄くなったからとかじゃなくてね、(というよりも元々薄いから、聞きたくなくても聞こえてしまうのよね。)ただ単に話し相手ができたからだと思うの。
お隣は一人暮らしの若い男性だったの。わたしは、隣人に恋人でもできたのかしらと思っていたのだけれど、それにしてはどうもおかしいの。
だって、相手の声が全く聞こえないんだもの。
そんな話を夫にすると、「長電話だろ」とか、「きっと、病気や怪我で声が出せない彼女なんだろ」と軽い口調で返してくるの。
その時はそれで納得したわ。
でも数日経って、やはりおかしいと思い始めてきたのよ。
「やっぱり変よ。だって、そんなにしょっちゅう電話かけるかしら? それに話せない恋人だとしても、姿はあるわけでしょ。わたし一度もそんな人、見たことないわよ」
お隣に住んでいるので、隣人の生活リズムは大体わかるのよ。
隣人は、平日は朝の七時ごろに起きて、九時に家を出る。夕方まで無音が続いて、七時ごろに帰宅。そこからよく、彼の声だけが聞こえ始めるの。
何度か隣人が家を出るタイミングで鉢合わせしたことがあったわ。
そのとき隣人は、必ず一人で、鍵も必ず閉めてから出かけているの。軽く挨拶を交わすくらいで、それ以上話しかけることはなかったから、詳しいことはわからないけれど。
もしかしたら妄想なのかも。それかイマジナリーフレンドというものなのかしら。でもどうも違う気がするのよね。
夫に何度か相談するけど、「放っておけよ」と、なかなか相手にしてくれない。私の中の隣人に対する薄気味の悪さは、日に日に強くなっていったわ。
ある日、改めて夫に相談すると、うんざりしたのか、
「そんなに言うなら俺が直接言ってやるよ!」
と、夫は大声で言ったの。
それで、次の日の早朝。
散歩にでも行くような格好に着替えて、隣人が外に出たタイミングを見計らって、偶然を装って家を出たの。
「おはようございます」
玄関の前で、夫が隣人に声をかけたわ。隣人は両手にゴミ袋を持っていたわ。どうやらゴミ捨てに行くらしい。
「どうも」と隣人はそっけなく答えたわ。
夫は肝心なことを聞くために、(でもいきなりでは変なので、まずは適当な話題を振ってから)会話を弾ませることにしたようね。
「今日はこれからお仕事ですか?」
「いえ、今日は休みです」
「ああ、そうですか」
隣人がゴミ捨て場に向かって歩き出したので、夫もさりげなく肩を並べて歩き出したわ。
「それにしても寒いですねぇ」
と、わざとらしく肩を震わせて夫が言う。
「そうですね。お一人でどちらへ?」
「ちょっくら散歩にでも行こうかと」
夫は、ははは、と愛想笑いを浮かべていたわ。
「いつも休みの日は何をなさってるんですか?」
夫はポケットに手を入れながら、何気なく問いかけた。
部屋で誰と話をしているのか、それを探るための質問としては、まあ悪くないわね。会話の流れも自然でいい感じ。
「そうですね。大体は部屋で寝てますかね」
と、隣人は歩調を合わせることなく、進んでゆく。
「へえ。わたしもそんな感じですかねぇ」
質問ばかりでは怪しまれるので、時折自分のことも織り交ぜながら、夫は言った。
ゴミ捨て場まではすぐだった。
ここらで夫は本題に入ったわ。
「すると、休日はいつも一人で?」
「ええそうですね」
「そうですか。実は、ちょっと聞きたいことがありまして」
そんなことを言っていると、ゴミ捨て場に到着してしまった。
隣人は、ゴミをどさっとそこに置く。そして、目も合わせずに聞いてきた。
「なんでしょう?」
夫は訊いたわ。
「ええ、実は、あなたが独り言のように誰かと会話しているのを妻が聞いてまして、ええ、それで……」
「ああ、それですか……」
すると隣人は、いとも簡単に答えてくれたわ。
「アレクサですよ」
「アレクサ……とは?」
「あ、ご存知でない。ええっと、アレクサってのはスマートスピーカーと言いまして、音声操作できるスピーカーで」
「はあ……」
「つまり、会話ができる電化製品なんですよ」
「ああ、そうなんですか。へえ、それはすごいですね」
そんな感じで、話は終わったの。
相手の声が聞こえなかった理由は、全てイヤホンで返事を聴いていたかららしいわ。
そんなわけで、そこからは散歩に出かけ、(散歩に出るフリをしていたのだから行かないと変よね。)一方の隣人は、当然ながら自分の部屋へと帰っていったわ。
しばらく歩いて、(と言ってもアパートの周りをぐるっと一周しただけなんだけど、)私たちの部屋に戻ろうと同じ道を歩いていると、例の隣人の姿があったの。彼はまたゴミを両手に抱えて捨てに行っていたわ。
しばらくして隣人は引っ越していったわね。
【ヒントは↓をスクロール。解説は次のページへ!】
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〈ヒント「ゴミ捨て時の描写に、何か違和感があるようだが……」〉
以前はそんなことはなかったのに。
それは壁がなにかの理由で薄くなったからとかじゃなくてね、(というよりも元々薄いから、聞きたくなくても聞こえてしまうのよね。)ただ単に話し相手ができたからだと思うの。
お隣は一人暮らしの若い男性だったの。わたしは、隣人に恋人でもできたのかしらと思っていたのだけれど、それにしてはどうもおかしいの。
だって、相手の声が全く聞こえないんだもの。
そんな話を夫にすると、「長電話だろ」とか、「きっと、病気や怪我で声が出せない彼女なんだろ」と軽い口調で返してくるの。
その時はそれで納得したわ。
でも数日経って、やはりおかしいと思い始めてきたのよ。
「やっぱり変よ。だって、そんなにしょっちゅう電話かけるかしら? それに話せない恋人だとしても、姿はあるわけでしょ。わたし一度もそんな人、見たことないわよ」
お隣に住んでいるので、隣人の生活リズムは大体わかるのよ。
隣人は、平日は朝の七時ごろに起きて、九時に家を出る。夕方まで無音が続いて、七時ごろに帰宅。そこからよく、彼の声だけが聞こえ始めるの。
何度か隣人が家を出るタイミングで鉢合わせしたことがあったわ。
そのとき隣人は、必ず一人で、鍵も必ず閉めてから出かけているの。軽く挨拶を交わすくらいで、それ以上話しかけることはなかったから、詳しいことはわからないけれど。
もしかしたら妄想なのかも。それかイマジナリーフレンドというものなのかしら。でもどうも違う気がするのよね。
夫に何度か相談するけど、「放っておけよ」と、なかなか相手にしてくれない。私の中の隣人に対する薄気味の悪さは、日に日に強くなっていったわ。
ある日、改めて夫に相談すると、うんざりしたのか、
「そんなに言うなら俺が直接言ってやるよ!」
と、夫は大声で言ったの。
それで、次の日の早朝。
散歩にでも行くような格好に着替えて、隣人が外に出たタイミングを見計らって、偶然を装って家を出たの。
「おはようございます」
玄関の前で、夫が隣人に声をかけたわ。隣人は両手にゴミ袋を持っていたわ。どうやらゴミ捨てに行くらしい。
「どうも」と隣人はそっけなく答えたわ。
夫は肝心なことを聞くために、(でもいきなりでは変なので、まずは適当な話題を振ってから)会話を弾ませることにしたようね。
「今日はこれからお仕事ですか?」
「いえ、今日は休みです」
「ああ、そうですか」
隣人がゴミ捨て場に向かって歩き出したので、夫もさりげなく肩を並べて歩き出したわ。
「それにしても寒いですねぇ」
と、わざとらしく肩を震わせて夫が言う。
「そうですね。お一人でどちらへ?」
「ちょっくら散歩にでも行こうかと」
夫は、ははは、と愛想笑いを浮かべていたわ。
「いつも休みの日は何をなさってるんですか?」
夫はポケットに手を入れながら、何気なく問いかけた。
部屋で誰と話をしているのか、それを探るための質問としては、まあ悪くないわね。会話の流れも自然でいい感じ。
「そうですね。大体は部屋で寝てますかね」
と、隣人は歩調を合わせることなく、進んでゆく。
「へえ。わたしもそんな感じですかねぇ」
質問ばかりでは怪しまれるので、時折自分のことも織り交ぜながら、夫は言った。
ゴミ捨て場まではすぐだった。
ここらで夫は本題に入ったわ。
「すると、休日はいつも一人で?」
「ええそうですね」
「そうですか。実は、ちょっと聞きたいことがありまして」
そんなことを言っていると、ゴミ捨て場に到着してしまった。
隣人は、ゴミをどさっとそこに置く。そして、目も合わせずに聞いてきた。
「なんでしょう?」
夫は訊いたわ。
「ええ、実は、あなたが独り言のように誰かと会話しているのを妻が聞いてまして、ええ、それで……」
「ああ、それですか……」
すると隣人は、いとも簡単に答えてくれたわ。
「アレクサですよ」
「アレクサ……とは?」
「あ、ご存知でない。ええっと、アレクサってのはスマートスピーカーと言いまして、音声操作できるスピーカーで」
「はあ……」
「つまり、会話ができる電化製品なんですよ」
「ああ、そうなんですか。へえ、それはすごいですね」
そんな感じで、話は終わったの。
相手の声が聞こえなかった理由は、全てイヤホンで返事を聴いていたかららしいわ。
そんなわけで、そこからは散歩に出かけ、(散歩に出るフリをしていたのだから行かないと変よね。)一方の隣人は、当然ながら自分の部屋へと帰っていったわ。
しばらく歩いて、(と言ってもアパートの周りをぐるっと一周しただけなんだけど、)私たちの部屋に戻ろうと同じ道を歩いていると、例の隣人の姿があったの。彼はまたゴミを両手に抱えて捨てに行っていたわ。
しばらくして隣人は引っ越していったわね。
【ヒントは↓をスクロール。解説は次のページへ!】
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〈ヒント「ゴミ捨て時の描写に、何か違和感があるようだが……」〉
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