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何がどうしてこうなった⁈

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社に戻って詳細を報告すると、散々罵られた。

役立たずだの、これだから女は使えないだの、その胸を有効に使えだの。
その度に両手をきつく握り締め、黙って頭を下げ続けたけれど。
身体を使ってでも仕事を取って来いと怒鳴られ、私の中で何かがぷつんと切れた。


「そんな事、出来ません」

キッと社長を見据え、静かな決意を込めてそう告げる。
私の言葉に社長は唇の端を歪め

「役立たずに用はない」

と吐き捨てた。
その瞬間、職を失った事を悟ったが、かといって社長の望む通りになんかできない。

「では、短い間でしたがお世話になりました」

形だけ頭を下げると自分の席に戻った。


「ほ、本城?」

課長がオドオドしながら私の隣にやってくる。
社長から何か聞いたのだろうか?

「何もそんな自棄起こさなくても」

「いいえ、もう決めた事ですから」

言いながら、自分が少しも未練など感じていない事に気付き、少し可笑しくなった。


女をお茶汲みか雑用係、もしくは「枕営業担当」としか思っていない社長の下で働くのは、もううんざりだ。

そりゃ、以前はそこそこ名の通った広告代理店に入社出来て良かったと思っていた。
女が軽く見られるのは、まぁ嫌だけど…大学出たての私に出来る事なんて、そう多くはない。
だから、1つ1つ仕事を覚えて最初はお茶汲みでもなんでも頑張ろうと、そう思っていた。

けれど…これ以上ここで、理解もしてもらえず評価もされず、罵られながら働いていく気には到底なれない。
だいたい私の胸が少しばかり大きいからといって、舐めるように見られたり「有効に」使って仕事を取ってこいだの…。
これ以上のセクハラ は真っ平御免だ。

大して多くもない荷物を纏めると、もう準備終了。
営業補佐とは名ばかりの私には、引継ぎをしなければならないような事なんて何もなかったのだから。

「短い間でしたがお世話になりました」

頭を下げ、荷物を抱えて出て行く。
誰も声もかけてこないし、私も振り向かなかった。


——3年も働いてこんなものか。

苦い思いが笑みとなって漏れた。


   * * *


ゆらゆらゆら。

まるで水中をゆっくり沈んでいくような奇妙な感覚。
布団に体が沈み込んでいくような心許なさと、何とも言えない気怠さにきゅっと眉を潜める。
すると、不思議な事に温かい大きな手が私をやんわりと包み込んでくれた。
覚醒前のぼんやりした意識のまま、逞しい胸に頬をすり寄せ…。


——胸?

その瞬間、ハッと顔を上げていた。
飛び込んできた空色の瞳に、軽く眩暈を覚える。

だ、誰…?


「おはよう、美月」

え…?
えぇっ? 
ちょっと待って。

どうして神崎さんがここにいるの?
何で…私、何がどうなったの?


混乱を絵に描いたような私の頬に触れ、安心させようとしているみたいに親指の腹で優しくなぞる。
そしてもう1度抱きしめてから、神崎さんはゆっくりと両腕の拘束を解いた。

その腰に回された手の感触に、思わず息を呑む。
直接見て確かめなくても分かった、


——何で!私、何も着ていないの?

フリーズした私に意味深な笑みを投げかけ、腹筋を使って身体を起こした神崎さんは、するりとベッドから抜け出した。


——って!ふ…服!神崎さん!

文字通り最後の砦である布切れだけは穿いていたものの、服の上からでは分からなかったよく鍛えられた身体を惜しげもなく晒している。
そんなあられもない姿に、勝手に血が頬に集まり心臓がバクバクしだした。

いたたまれなくなって目を逸らす私に気付いたのか、神崎さんは苦笑しながら

「とりあえず服着ようか。
悪いんだけど先に着替えていいかな?」

と言った。
もちろん否やもなく慌てて背を向ける。
しばらくすると衣擦れの音がやみ

「着替え、バスルームに用意しているから。
じゃあリビングで待ってる」

という声に振り向くと同時にドアが閉まった。


寝起きだというのにフル回転を余儀なくされ、しかし二日酔いのせいか痛む頭を抱えて必死に思い出そうとしているのだけど。


…何も、覚えていない。

ノロノロと体を起こすと、ツキンと頭が痛んだ。
重たい頭を支えるように額に手を当て、しばらく記憶を手繰り寄せ……何も出てこない事に我ながら呆れる。

覚えているのは、1回荷物を置きに家に戻ってから時間前にロッソに行った事。
えらく話が弾んで、店を出てからもう1軒誘われて、そこでつい飲みすぎて。

それから…?
というか、ここはどこ?

閉まったドアを見つめても、手がかりは何もなし。
何も覚えていないし、何も分からない。

分かるのは、ここが自分の家ではないという事。
私と彼が同じベッドで、しかも抱き合うという甚だ恥ずかしいシチュエーションで寝ていたという事。
お互い着衣が乱れまくって…というか、殆ど何も身につけていなかったという事。

そして…どうやら彼との間に過ちというか、若気の至りがあったらしい、という事。


——あぁっ、なんて事!

もう決して若いともいえないのに、お酒の飲み方だって知ってた筈なのに、こんな小娘みたいなバカな事!

どうしよう…絶対嫌われたわ。
ううん、きっと呆れられた。
泣き出したい気分で頭を抱え、もう1度枕に顔を埋める。
頭は痛いし、胸の奥がざわついてムカムカして少し気分が悪い。
身体も言う事を聞かないし…。


——あぁもう!

ここでグダグダ考えていても仕方ない。
お腹の底から深く息を吐き出し、体を起こすと両頬を掌でパシッと叩く。

「しっかりなさい、本城 美月!」

気を取り直して、着替えも置いているというバスルームらしき扉へ向かう。

備え付けの大きな鏡には、朝だというのに疲労の影を色濃く残した顔が写っていた。
そのまま何気なく首筋に目をやった瞬間、音を立てて血の気が引いた。

虫刺されのような、けれどくっきりと刻まれた紅い印。
昨日まではなかった刻印が全てを物語っていた。



     
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